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交渉

 魔族の一部隊を率いるパジャドクは、その村を発見した時に心の中で喝采を上げた。

 人間と魔族の陣営の境である「境界線」。その「境界線」を巡る何度目かの戦闘の際、彼が率いる部隊は友軍から突出しすぎ、敵中に孤立してしまった。

 このままでは周囲から攻撃され、彼の部隊は全滅を待つしかない。

 幸い、パジャドクの部隊の士気は低くはない。彼は友軍と合流するのを諦め、敵の層が薄い部分を突破して生き残る可能性に賭けた。

 その賭けに、パジャドクは何とか勝つことができた。敵を突破した彼の部隊は、そのまま戦場を離脱する。

 本来ならば、友軍のいる方へ逃げるべきだろう。

 しかし、そちらは敵の層が厚く、とても友軍の元へと帰れそうもない。

 そこで、パジャドクは戦場を大きく迂回して、友軍との合流することを選んだ。

 戦場から飛び出し、そのまま森の中へ突入する。そしていくつもの森と山を越えた。

 この時だ。パジャドクは自分が方角を見失っていることにようやく気づいたのは。

 今、自分がどこにいるのかも判らない。どちらに向かえば友軍と合流できるのかも判らない。

 途方に暮れるパジャドクだったが、このまま一か所にじっとしていると、敵軍に発見されるかもしれない。

 結局、そのまま宛てもなく野山を彷徨うパジャドクの部隊。

 携えていた食糧も底を突きかけ、部隊の士気はどんどん下がっていく。

 このままでは野垂れ死ぬのを待つばかり。だが、彼らの神は彼を見捨てなかった。

 なぜなら、彼らの前方に人間のものと思われる小さな集落を見つけたからだ。

 集落の規模は、それほど大きくはない。この規模ならば、彼の部隊で十分攻め落とせる。

 集落を落とせばそこで食糧を手に入れることもできるだろうし、人間の集落を一つ落としたとなれば、ちょっとした手柄にもなる。

 人間の集落を前にして、部隊の士気も上がっている。

 これならば、容易く集落を落とせるだろう。

 そう判断したパジャドクは、部隊を率いて集落に襲いかかった。




 しかし、実際には容易く集落は落ちなかった。

 僅かとはいえ、しっかりと訓練された兵士たちがいたことに加え、集落の人間たちも必死に抗ったからだ。

 特に、敵の指揮官は大したものだった。

 パジャドクとて、魔族軍の中では「八魔将」と呼ばれる幹部の一人だ。

 そのパジャドクの目から見ても、敵の指揮官はかなり有能だった。

 部下に的確な指示を出し、素人のはずの人間を纏めて動かす。

 パジャドクの部下の内の何体かを、大きく迂回させて背後からこっそりと村の中に忍び込ませて撹乱しようともしてみたが、多少の効果は与えたものの、侵入させた部下の数が少なかったこともあり、その殆どが討ち取られたようだ。

「……やはり、相手の指揮官は優秀だな。背後の撹乱をあっという間に沈めてみせたか」

 そう呟いたパジャドクの表情には、なぜか嬉しそうな笑みが浮かんでいる。

 敵とは言え、相手の力量を素直に称賛しているのだ。

 一気に攻め落とすことが無理だと判断したパジャドクは、部隊を一時後退させた。

 魔族は人間と違って夜目が利く。夜陰に紛れて再び集落を襲うのだ。

 部隊を後退させたパジャドクは、部下たちに夜まで休息を取るように命じ、自分もまた身体を休ませる。

 そして、パジャドクはいつしか深い眠りに陥っていた。

 そのため、晴天に響き渡った雷鳴を、彼とその部下たちは耳にすることはなかった。




 突然空から舞い降りてきた奇妙な人物。

 その人物は、まるで地面に横たわる半魔族の少女を守るかのように、背後に庇って立っていた。

 その右手には、黒光りする奇妙な形の筒。その先端からは、灰色の煙がゆらりと立ち上っている。

 フードに隠されて、その顔は見えない。しかし、その人物が友好的だとはバーラン兵長にはとても思えなかった。

 兵長は予備の小剣を引き抜くと、それを謎の人物へと向けた。

「おまえ……魔族か?」

 魔族という言葉を聞き、それまで呆然としていたバモン村長やグルーガ司祭、そして村人たちが慌てて後ずさる。

 だが、その人物はバーラン兵長の質問に答えることなく、ただただフードの奥から周囲の様子を伺っているだけ。

「……どうしてだ?」

 不意に、フードの奥から声が響いた。

「サイファはこの村の住人だろう? そのサイファを、どうして同じ村の人間が殺そうとする?」

 煙がたなびく奇妙な筒を構えたまま、謎の人物が問う。

 聞こえてきた声は、まだ年若い男性のもの。おそらくその声からして、目の前の奇妙な人物は、せいぜい二十歳になっているかいないかぐらいだろう。

 相手がまだ年若く、なおかつ喋っている言語から人間のようだと判断したバモン村長は、怯えを取り繕うかのように声を張り上げた。

「と、当然だろう! そいつは魔族で、他の魔族をこの村に呼び寄せたんだ! そんな奴は、殺すのが当然だ!」

 村長が張り上げた声に、居合わせた村人たちからも「そうだ」という声が上がる。

 そんな中、小剣を構えたバーラン兵長が、一歩レイジへと近づいた。

「兄ちゃんは見慣れない奇妙な恰好をしているが……流れの傭兵か何かか?」

「そうだな……まあ、そんなもんだ」

 レイジは傭兵ではないが、流れ者であることには違いない。だから彼はバーラン兵長の言葉に頷いてみせた。

「その流れの傭兵が、どうしてその半魔族の娘を庇う?」

「彼女は俺にとっては恩人なんだよ。俺にいろいろなことを教えてくれたからな」

 それに、サイファは俺が初めて交流を持った相手だし。

 と、レイジは心の中だけで付け加えた。

「まあ、兄ちゃんがその娘とどういった関係なのかは、俺の知ったことじゃない。だが、こうして交渉をする以上、まずはその被っている奇妙なものを取れ。顔も見せない相手じゃ、交渉するしないの以前の問題だろ?」

「なるほど。あんたの言葉は正しいな」

 バーランの言葉に納得したレイジは、右手でオート拳銃を構えたまま左手で被っているフードを背中へと落とす。

 その途端、周囲の人々から声が上がる。

 その声は、感嘆や疑惑、当惑などの様々な感情が入り交じったものだった。

 レイジの正面に立っているバーランも、剣の構えこそ崩してはいないものの、レイジの一点を呆然としたように眺めている。

 陽光を受けてきらきらと輝く、レイジの金色の髪を。

「き、金色の髪……だと……? に、兄ちゃんは本当に人間か……?」

 そう呟いたバーランの髪の色は、濃い茶色だ。

 この国──アンバッス公国というらしい──やその周辺の国に暮らす人間の髪は、黒や灰色、そして茶色系が殆どだ。

 そのため、金色の髪をした人間など、彼らは初めて目にしたのだ。

 ちなみに、彼らと敵対している魔族には、青や赤、緑などのカラフルな色の髪が多いが、彼らの中にも金や銀などの金属色の髪を持つものはいない。

 濃い茶色の瞳を訝しげに細め、バーランはまじまじとレイジを見つめる。

「なあ? サイファを殺そうとしたってことは、あんたらにはもう彼女は必要ないってことか?」

「……どうだろうな? 俺はこの村に派遣されているだけで村人ってわけじゃない。その娘について、俺はあれこれ言う資格はないんだ」

 レイジの問いかけに、それまで呆然としていたバーランは我に返り、背後を顎で示しながらそう答えた。

 彼が示す方には、村の代表者ともいうべきバモン村長とグルーガ司祭がいる。

「で、どうなんだ? サイファは不要なのか?」

「そ、そのような魔族の血を引いた穢らわしい娘など、この村に置いておいても今回のような災いを呼ぶだけだ!」

「そうだ! そんな半魔族の娘など、儂の村には必要ない!」

 村長と司祭という村の代表者格の言葉に、レイジはにんまりとした笑みを浮かべた。

「そっか。あんたらにはサイファは必要ないんだな。じゃあ……」

 レイジは倒れているサイファを片手で軽々と抱え上げた。

 小脇に抱えるような形で居心地は悪いだろうが、少しの間だけ辛抱してもらうしかない。

「……サイファは俺がもらう。あんたらはいらないと言ったんだ。俺がもらっても構わないよな?」

 華奢な少女とはいえ、人間一人を片手で軽々と抱えるレイジの力は異常に見えたのだろう。

 村長や司祭、そして村人たちが目を丸くしているのを、レイジはゆっくりと見回した。




「……サイファは俺がもらう。あんたらはいらないと言ったんだ。俺がもらっても構わないよな?」

 というレイジの言葉を、一番驚いていたのはサイファ当人だっただろう。

 レイジに小脇に抱えられながら、必死に首を捻ってレイジの顔を見上げる。

 初めて見る彼の顔は、サイファが思っていたよりも幼かった。

 年齢は十七歳か十八歳ぐらいだろうか。まだ二十歳までは行っていないに違いない。

 金色に輝く髪にも驚かされたが、サイファが一番目を引かれたのは彼の瞳だ。

 紫水晶のような透明感のある彼の瞳。今は不敵な笑みを浮かべているが、その瞳が優しげな光を湛えるのを彼女は幻視する。

 思わずサイファがレイジの目に見入っていると、聞き慣れた声が彼女の鼓膜を刺激した。

「か、勝手なことを言うなっ!! そ、その娘は、いわばこの村の共有財産だ! 村の財産であるそいつが欲しいのならば、それ相応の対価を払えっ!!」

「……さっきと言っていることが矛盾していないか?」

 レイジは呆れたように呟いた。

 このアンバッス公国やその周辺の国々に、奴隷という制度があることはレイジもチャイカの集めた事前情報で知り得ている。

 正確にはサイファは奴隷ではないが、村人から見れば同じようなものなのだろう。

 奴隷とはその持ち主の財産である。サイファを奴隷扱いしている村人たちからすれば、対価の要求は正統なのだ。

 例え、レイジの感覚からは大きく逸脱しているとしても。

 だが逆を言えば、ここでそれ相応の対価を払うことができれば、レイジは大手を振ってサイファをこの村から連れ出すことができる。

 サイファを奴隷扱いすることには少々気が引けるが、それで彼女が自由を得られるならばと、少しの間だけ我慢することにした。

 しかし。

「対価ね……俺、今は一文ナシなんだよな……」

 ここへ来てまだ一日しか経っていない今のレイジに、ここの貨幣を持ち合わせているはずがない。

 代りに何か品物を渡すか、とも考えたが、彼の所持品の中で人一人に相当するような価値のあるものがあるだろうか。

 確かにレイジの所持品は全て物珍しいだろうが、逆に物珍しすぎて価値が付かないような気がする。

 そう思い悩むレイジに横から声をかけたのは、彼と村長たちとのやり取りをじっと聞いていたバーラン兵長だった。

「なら、兄ちゃんが魔族の撃退に力を貸せばいいんじゃねえか? 兄ちゃんは傭兵なんだろ? だったら戦働きで支払えばいい」

 と、にやにやとした笑みを浮かべながら、バーランはレイジを見ていた。


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