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呪詛と竜族



 捕らえた暗殺者たちは全身を拘束し、自害防止として猿ぐつわを咬ませた上で砂浜に転がしておいた。

 だが翌朝、捕らえた暗殺者たちは全員冷たくなっていた。

 その原因を究明するため、暗殺者たちの亡骸を調べていたマーオは、彼らが全員同じ護符を所持していたことに気づいたのだった。




「呪詛?」

「ええ、そうですぜ、アニキ。あいつらが死んだ原因は呪詛によるのもですね」

 マーオは手にした数枚の札をひらひらとさせながら、いつもとは違って真剣な表情でレイジたちに語る。

「連中が持っていたこの護符ですが、こりゃ一見しただけでは感知系の魔術をかく乱する道具なんですが、その術式の中に呪詛が組み込まれていたんですわ。しかも、かなり巧妙に隠されてね」

「マーオさんも闇魔法の使い手ですよね? やっぱり、マーオさんも呪詛とか使えるんですかー?」

 チャイカのこの質問にマーオは、ちちち、と舌打ちしながら右手の人差し指を振る。

「呪詛などの呪い系と闇系はまるで別系統なんですぜ、精霊の姐御」

 よく同一視されがちだが、マーオの言う通り呪い系と闇系は別系統の魔法である。

 一番大きな違いは、呪い系はいわゆる邪法であるのに対し、闇系は「闇」やそれに属するものを操作する魔法であり、決して邪悪なものではない。

 確かに闇系の中には冥界と関連する魔法があるが、冥界とは死者の安らぎと裁きの場であり、邪悪な場所ではないと考えられているのが一般的である。

「うーん……そうすると、呪詛に対する防御はどうしましょう? さすがにわたくしでは呪詛を防ぐことはできませんからねー」

 いかに超高性能AIであるチャイカでも、呪詛には無力である。これが炎や冷気といったものであれば、高度に進んだ科学技術である程度は防御することは可能だが、呪詛となると科学では防ぎようがない。

「ああ、それなら心配はいりやせんぜ、姐御。確かに呪詛は強力ですが、強力なだけに制限も多いんです。誰かれ構わずかけられるものじゃありやせん」

 呪詛を仕掛けるには、様々な下準備が必要となる。一番有名なものは、呪詛する相手の身体の一部が必要というものだろう。

 例えば髪の毛や皮膚の一部、爪の欠片などの身体を一部を触媒にして、対象に呪いをかけるというものだ。

「その他には、道具などに仕込む場合もありますね。こっちは呪詛が発動するまでに時間がかかり、道具の持ち主を無差別に呪うという欠点がありますが、対象の身体の一部を手に入れることができない時などには有効と言えやす。今後、アニキたちは得体の知れない品物には不用意に触れたりしてはいけやせんぜ?」

 今回の暗殺者に対する呪詛は明らかに後者であり、彼らが所持していた護符に呪詛を忍び込ませ、任務の成果を問わずに時間が来たら呪詛が発動する仕組みが施されていたのではないか、というのがマーオの見解である。

「つまり、あの暗殺者たちは最初から捨て駒だった、ってわけか?」

「まあ、もともと暗殺者なんてものは使い捨てにされる場合が多いものですがね。おそらく、アニキの言う通りで間違いないでしょうな」

「でも……一体誰が暗殺者を差し向けたのでしょうか……?」

 突然暗殺者に襲撃された恐怖からまだ解放されていないサイファは、自分で自分の身体を抱きしめるようにしながら問う。

「それについては、わたくしが徹底的に調べ上げますよー。こともあろうにレイジ様を暗殺しようなど、許し難き罪ですからねー」

 拳を振り上げて──立体映像だが──怒りを露わにするチャイカ。

「私も精霊様と同じ思いです。ただちにアルミシア大司教様に報告し、レシジエル教団の情報網を用いて調べていただきましょう」

 アーベルもまた、怒りを感じているようだ。レシジエル教団は、既にレイジを正式に勇者と認めている。その勇者を暗殺しようなど、神に逆らうにも等しいのだから。

 レイジたちがそのように今後の対策を練っていると、四輪車(ヴィーグル)に搭載された各種の警戒センサーが作動した。

 けたたましい突然の警報音に、レイジたちは再び緊張を強いられることとなるのだった。




「何か巨大なものが近づいて来ているようですね。方角は南西……海からです」

 チャイカの警告に、レイジたちは思わず顔を見合わせる。

 海から迫りくる巨大なもの。その正体に何となくだが思い至ったのだ。

「海からって……」

「ま、まさか……」

 レイジとマーオは、互いに頷き合ってからキャンピングユニットから飛び出していく。

 取りあえず多目的ライフルだけを手にしたレイジと、いつものように無手のマーオが海岸線に到着した時、それは目の前にいた。

 四輪車とそれに接続されたキャンピングユニットの全長よりも、更に巨大な体。その体の表面は白銀に輝く鱗で覆われており、レイジたちの遥か頭上から爬虫類によく似た頭部が彼らを見下ろしている。

 巨体の割に重厚感はあまりないのは、やはり海という環境に適応したスリムな体形をしているためだろうか。

 それはこの惑星──チャイカが「ファンタジー・アース」と命名したこの星の海を統べる支配者にして、この惑星で最も強大な生物の一つ。

「……竜……」

 頭上を見上げながら、レイジの口から零れ出る言葉。その言葉通り、今彼らの目の前にいるのは、一体の巨大な竜だった。




「我が領域の端で、邪悪な波動を感じたので様子を見に来てみれば……まさか、こんな所でお主に会おうとはな。ここは人間たちの領域であろう? どうしてお主がここにいる? 魔族の王よ」

 遥か高みから金色の双眸で見下ろしながら、どこか掠れた声で尋ねたのは、まぎれもなく目の前の竜だ。

「マーオ、この竜……知り合いか?」

「い、いえ、俺様に竜の知り合いなんていませんぜ?」

 レイジの問いかけに、マーオはぶんぶんと首を横に振る。

 そんなレイジたちに対し、竜は穏やかに頭上から再び言葉を降らせる。

「人間よ。確かに我らが領域は海原なれど、陸に対して全く無関心というわけではない。我らは我らなりに、陸の情報は集めておる。その方法は我らが秘伝ゆえに教えることはできぬがな」

 どうやら海を領域とする竜族も、陸上に対して決して無知でも無関心でもないらしい。

「それで、何事があったのだ? かなり強い邪悪な波動を感じたのだが……できれば説明していただけまいか、魔族の王よ」

「説明するのは構わないが……その前に一つだけ訂正しておくぜ、竜よ」

 マーオは胸を張りながら、びしっとレイジを指差した。

「現在の魔族の王……つまり魔王は俺様じゃねえ! こちらの勇者ランド様こそが今の魔王様よ!」

「勇者……? 確か、人間たちが信じている神の書とやらに記されている存在であると記憶しているが……そちらの人間がその勇者だと言うのか?」

 長い首を器用に傾けながら、竜はまじまじとレイジを見下ろした。

「まあ、周囲はなぜか俺のことを勇者にしたがるようだけど、俺自身は自分が勇者だなんて思っていないんだ。俺の名前はレイジ。レイジ・ローランドだ」

「レイジ殿か。我が名はジルギルゼルベルガル。海原の支配者にして偉大なる竜族の王、ガザジザベザガルの三九番目の息子である。人間や魔族には言い辛い名前であろうから、ジールとでも呼んでいただきたい」

「ジール……って、ちょっと待て! い、今、竜族の王の息子とか言わなかったか?」

「言ったとも。我が父にして竜族の王、ガザジザベザガルには全部で七二の息子と娘がいるが、我もその内の一体というわけだ」

「つ、つまり……目の前のこの銀色の竜は、いわば竜族の王子ってことですかい?」

「どうやら……そういうことらしいな……」

 竜族の表情の変化はレイジたちには判断し辛い。それでも、何となく目の前の竜族が誇らしげにしているようにレイジたちには思えた。

「それでレイジ殿。何があったのか説明していただけるかな?」

「そうだなぁ……正直、俺たちにもことの真相はよく判っていないんだけどさ……」

 そう言い置いてから、レイジは夕べの暗殺者の襲撃に関する話を、竜族の王子に説明していった。




「なるほど……我が感じたあの邪悪な波動は、呪詛によるものだっというわけだな」

「そういうことになると思う。決して、ジールたち竜族に対して何かをしようってわけじゃないんだ」

「ああ、我もそれに関しては疑ってはおらん。過去、人間や魔族が竜族に刃を向けたことは皆無ではないが、概ね、人間も魔族も我らには関わろうとしないものだからな」

「まあ……誰も好き好んで竜族と戦おうとは思いやせんからね……」

 間違いなく、竜族はこの惑星上に棲息する生物の中では最強の一角である。その最強生物に挑む者など、人間にも魔族にもまず存在しない。

「しかし、そのように強力な呪詛を用いてまでレイジ殿を亡き者にしようとする……か」

 ジールの縦長の瞳孔を持つ双眸が、じっと高みからレイジを見下ろす。

「一見しただけでは魔力も感じられず、さほど力を持っているようには見えぬが……レイジ殿が真に人間の言う神々が遣わした使者……勇者なれば、我らには容易に感じ取れぬ力を秘めていても不思議ではない……か」

 ジールの黄金の両眼にきらりとした輝きが宿る。その輝きの名前は明らかに好奇だ。

「ふむ、我はレイジ殿に興味を持ったぞ。どうだろうか、レイジ殿……」

 ジールの問いかけに、レイジは嫌な予感を感じる。何となくだが、ジールの纏うその雰囲気が、以前にどこかの誰かに似ているような気がしたのだ。

「レイジ殿さえ良ければ、一手手合わせ願えないだろうか。我ら竜族は、『強さ』というものに惹かれるのだ」

 竜族が惹かれるという「強さ」。一口に「強さ」と言っても、何も戦闘力の高さだけを言うわけではない。意思の強さや知力の高さ、蓄えた知識の豊富さなど、竜族の言う「強さ」は実に多岐に渡る。

「古来より、我ら竜族は自分を打ち倒した者に対して敬意と服従を以て報いるのが習わし。レイジ殿にはどうやら侮れない敵がいるようだし、ここで我の助力を得られるのは損ではあるまい?」

「確かに、ジールが助力してくれるのは心強いだろうけど……多分、俺たちだけでも何とかなると思うんだよな……」

 レイジを排除しようとする勢力があるのは確かだ。だがジールの助力がなくても、レイジたちならばその勢力を退けることはできなくはないだろう。

 最悪、レイジたちには宇宙という安全な退避場所があるわけだし。

「そう言われず。我としても、人間たちの伝承の中の存在である勇者に関心があるのだ。果たして、神の遣いという勇者がいかほどのものなのか……是非、一手お願いしたい! 無論、命を奪うようなことはせぬゆえに!」

 巨大な頭をずずいっとレイジに近付けるジール。それに圧されて、思わず身体を仰け反らせるレイジ。

「さあ、是非!」

「い、いや、だから……」

「お願い致す!」

「俺にそんな気は……」

「そう言われず!」

「ちょ、ちょっと待てってば!」

 ずいずいと押し迫るジールと、どんどんと後退するレイジ。

 気づけば、いつの間にかジールの巨体は完全に海から浜辺へと上がってしまっていた。

「あーもー、判ったよ! ったく、チャイカ!」

「はーい、呼ばれて飛び出てじゃんじゃかじゃーん!」

 レイジの隣に現れたチャイカが、びしっと敬礼を決める。

 突然現れたチャイカにジールが思わずきょとんとしている間に、彼女はその透き通った腕で天空を指差した。

「『オペレーション・メテオ』、再びですねー。レイジ様とマーオさんは大至急この場から退避してくださいー」

 チャイカの言葉の終わりと同時に、天空より真紅の光が飛来。真っ赤に燃える流星は、レイジとマーオが大急ぎで安全圏まで逃げ去った直後、轟音と共に大地に突き刺さった。


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