襲撃
周囲に怒号が響き渡る。
攻め寄せる者と守る者、両者は激しく手にした凶器をぶつけ合う。
押し寄せるのは異形の集団。
背丈は人間の子供より少し大きいぐらいだが、異様に頭部が大きい。その大きな頭のほぼ中心で、赤い目がぎらぎらとした光を放っている。
他にも、人間の大人よりも更に頭一つか二つ巨大な人影もある。
更にはそんな異形たちに使役されているのか、灰色の毛並みを持った子牛ほどの大きさの狼らしき獣の姿も見受けられた。
異形の者たちは粗末な武器──錆び付いた剣や斧、もしくは棍棒──を振りかざし、獣たちは鋭い牙を剥く。
対する守り手側もまた、手にした武器はそれほど大差はない。
剣や槍といった本格的な得物を構えている者はごく僅かで、そのほとんどが農具である鍬や鋤を手にしている。
そのことから、彼らが本格的な訓練を受けた兵士などではなく、単に寄せ集められた農夫であることが容易に窺えた。
それでも、彼らは必死に得物を振るう。
彼らの背後には守るべき家族があり、その家族が暮らす村があるのだから。
ここで彼らが死力を尽くさないと、異形の怪物たちは村へと侵入し、思う様村を蹂躙するだろう。
現在すでに、何体かの魔族が村の中へと入り込み、家屋などに火を放ったようだ。
村の各所から立ち上る黒煙と、ぱちぱちと木材が燃える音が、必死に得物を振るう村人たちの心をじりじりと焦らせる。
「くじけるな! 踏ん張れ!」
革製の鎧と剣を持った中年の男性──バーラン兵長が、眼前に迫った小さな異形の頭をカチ割りながら叫ぶ。
彼は村の防衛の指揮官として、村人たちに指示を飛ばしながら最前線で戦っている。
彼の周囲には彼の部下たちもいて、必死になって異形の群れを押し返していた。
「おのれ魔族め! 突然襲ってきやがって!」
バーランが群がる異形たちを睨み付けながら吐き捨てる。
「……このままだと……村は魔族に攻め落とされるかもしれないな……」
周囲にいる部下に聞こえないように、バーランは小さな声で呟いた。
「ど、どうなっているのだっ!?」
村長のバモンが、彼の屋敷の奥まった部屋の中で叫んだ。
その表情は完全に不安に支配され、その視線は定まることなく周囲を泳ぎ続ける。
彼の背後にいるその妻と娘らしき女性たちも、互いの身体をしっかりと抱き合わせながら、不安そうに夫であり父である男性の背中を見つめていた。
「げ、現在、バーラン兵長を中心に必死に魔族に抵抗していますが、な、なんせ魔族の数は多く、中には魔法を使う奴もいて……く、苦戦中であります」
戦況を伝えにきた村人もまた、不安を隠すことができないようだ。
「ど、どうしましょう、バモン村長?」
「そ、そんなことを儂に聞かれても困るっ!! この村を守るのはバーランの仕事だろうっ!! こ、この村を守るために国から派遣された兵士だというのに、ま、全く使えん奴だっ!!」
この場にいない兵長のことを口汚く罵りながら、バモンは必死に考えを巡らせる。
「くそっ!! くそっ!! ど、どうして魔族の連中は儂の村を……」
バモンはいらいらと落ち尽きなく、部屋の中をうろつく。
確かに、人間と魔族は長い間争ってきた。
二つの種族が争い始めた切欠は、既に忘れ去れて久しい。
それほどまでに長い間、人間と魔族は互いに互いを敵としてきたのだ。
これまで人間と魔族の争いは、「境界線」と呼ばれる両領域の境目が主な戦場だった。
しかし、二十年ほど前からその境界線がどんどんと人間の領域へと押し込まれており、本来の境界線から離れた場所に存在するはずのこの村の付近にも、魔族が姿を見せるようになっている。
今から十五年ほど前にも、闇エルフに率いられた魔族の一群がこの辺りまで侵攻してきたことがあり、この村も大きな打撃を受けたことがある。
とはいえそれは一度きりのことであって、それ以来国から派遣された兵士も僅かながら村に常駐するようになったこともあり、魔族の襲撃はゴブリンやコボルトといった下位種族が少数で散発的に活動する程度でしかなかった。
しかし、今回の襲撃は五十近い数の魔族が押し寄せてきている。実に十五年振りの大がかりな侵攻と言えるだろう。
「れ、連中の狙いは何だっ!? 何が目的でこの村を襲っている……っ!?」
バモンは必死に考える。だが、彼が考えるのはこの村を救うための方策ではなく、あくまでも自分とその家族が助かるための方法だ。
「さ、サイファよ! きっとサイファが魔族を呼び寄せたに違いないわ! だ、だって、あの娘には魔族の血が混じっているのよ! あの娘が仲間を呼んだのよっ!!」
突然の声にバモンがはっとした表情を浮かべる。そして、その発言をした自分の娘へとものすごい勢いで振り返った。
「そ、それは間違いないのか、レーリア?」
「え、ええ、絶対にそうに違いないわっ!!」
もちろん、それに確固とした証拠があるわけではない。ただただ、バモンの娘であるレーリアは、襲いくる魔族への恐怖と不安から思わず口走っただけである。
そして、娘と同じように恐慌状態に近いバモンは、自分の娘の言葉ということもあってそれを疑うこともなく信じた。信じてしまった。
「す、すぐにサイファをここに連れて来い! 本当にあいつが魔族を呼び寄せたのならば許すことはできんっ!!」
立ち上る煙を見て茫然自失だったサイファだが、我に返るとすぐに村に向かって駆け出した。
例え、どんなに冷たい扱いを受けようとも、自分が生まれ育った村だ。もしも村がなくなれば、彼女は暮らしていく宛を失ってしまう。
村で何が起きているのかさえ判らないが、それでもじっとしていられる訳がない。
背後でレイジが何か言っているのが聞こえたが、それさえ振り切ってサイファは村へと走った。
「待て、サイファ!」
反射的に走り出したサイファに、レイジは静止の声をかける。
だが、サイファはそれを聞くこともなく、立ち上る煙──村を目指して走り去って行った。
「チャイカっ!! 何が起きているっ!?」
見えなくなったサイファの背中。その方角を睨み付けながら、レイジは怒鳴るようにしてチャイカに質問する。
〈どうやら、魔族と呼ばれる種族がサイファさんの住んでいる村を襲撃しているようですね〉
「魔族の襲撃だとっ!?」
魔族。それは人間以外の知的生命体の総称。
正確には人間と魔族以外にも、竜族という知的生命体が存在するが、竜族は人間と魔族の争いには一切関わらず、完全に中立の立場を保っている。
チャイカが集めた事前情報により、レイジも人間と魔族の間で長い戦争状態にあることは知っている。
人間にとって敵対勢力である魔族が襲撃している村へと戻れば、サイファにも危険が及ぶ可能性は高い。
正直言って、レイジには襲撃を受けている村を救おうという気持ちはあまりない。
彼はここではあくまでも流浪者であり、変則的存在である。その彼がここに存在する一定の勢力に荷担するのは、あまりいい影響を与えないだろう。
それは人間、魔族の双方共に、だ。
しかし。
しかし、実際に知り合い、言葉を交わし合った個人までを見捨てられるほど、冷徹な人間ではない。
村と魔族の戦いに積極的に関わるつもりはない。だが、サイファが怪我をするのも嫌だ。
かなり利己的で偏った考えだが、レイジにはそれで十分な理由だった。
「チャイカ。今すぐ運用できる火器は何がある?」
〈小型の降下ポッドを使用しましたから小火器類ぐらい……しかも、文化レベル『7』から『11』相当のものしか準備してませんよ?〉
「ここの文化レベルはほとんど『3』だろ? なら、『7』でも十分オーバースペックさ」
〈もう少し待ってもらえたなら、離着陸可能なシャトルも準備できたんですけどねー。シャトルなら、車両だって降下できたのに、レイジ様が慌てて小型の降下ポッドで降りたりするから……〉
「仕方ないだろ? 目覚めたら目の前に本物の大地があったんだ。一刻も早く本物の大地を踏みたいじゃないか」
レイジはチャイカと交信しながら、降下ポッドの着陸地点を目指す。
森の中を風のように駆け抜けるレイジ。当然ながら、森の中は下生えや岩、張り出した枝などの障害物で溢れている。
しかし、彼は平地を駆けるような速度で森の中を突き進む。
この辺りの地形のデータは既に補助脳にインプットしてある。そのデータを元に、障害物を避けることは造作もない。
あっという間に降下ポッドへと辿り着いたレイジは、ポッドの中から幾つかの火器や予備弾薬を取り出すと、それらを身に着けていった。
サイファが村へと辿り着いた時、村のあちこちからから火が出ていた。
しかも、村の中にはゴブリンらしき下級魔族の姿が散見され、作物や家畜などを好き勝手に貪っている。
「い、一体何が……」
彼女がきょろきょろと周囲を見回していると、その視線の先では一体のゴブリンが畑を勝手に掘り起こし、作物を貪り食っていた。
そのゴブリンの背後から一人の村人がこっそりと忍び寄り、手にしていた鍬でゴブリンを思いっ切り打ち据えた。
「こ、この魔族野郎が! お、俺が育てた作物を勝手に食うんじゃねえっ!!」
鋤で脳天を割られたゴブリンがは、血と脳漿をぶちまけて一瞬で絶命する。
力なく大地に倒れるゴブリンの死体。だが、村人はその死体に向かって何度も何度も鍬を振り下ろす。
恐怖心に駆られた村人には、ゴブリンが既に息絶えていることが判っていないのだろう。
何度も何度もゴブリンの死体を打ち下ろし、その身体を完全に破壊する。
そうして、ようやく村人はゴブリンの死体から視線を逸らす。
顔を上げた村人。その視線の先には、呆然と立ち尽くすサイファがいた。
ぎらぎらと狂気を孕んだ村人の視線。それに晒されて、思わずサイファの足が竦む。
「い、いたぞっ!! サイファだっ!! こんなところにいやがったっ!!」
村人は背後を振り返り、大声で叫ぶ。
その声を聞き、村人が何人か集まってくる。
集まった村人の目は、先程の村人と同じように狂気が見え隠れしていた。
村人たちは無造作にサイファに近寄ると、その細い腕を捕まえて彼女を戒める。
「な、何をするんですか……っ!! や、止めてください……っ!!」
サイファは必死に訴えるが、村人たちは聞く耳を持たない。それどころか、ぎりぎりと彼女の腕を背中でねじ上げていく。
「い、痛いです……っ!!」
黒曜石のような双瞳に涙を浮かべるが、村人はお構いなし。彼らはサイファの腕をねじ上げたまま、彼女を押しやるように歩き出す。
「おら、さっさと歩け!」
「ど、どこへ……」
「決まっているだろ、村長がいる所だ! 村長がお前を見つけて連れてこいって言っているんだよ!」
「おまえが魔族を引き込んだんだろ? 村長がそう言っていたぜ?」
村人たちは、口汚くサイファを罵る。
「そ、そんな……わ、私は魔族を引き込んだりはしていませんっ!!」
サイファは必死に弁明するが、村人たちは彼女の言葉など聞き入れない。
「ふん、言い訳は村長にするんだな!」
村人の一人が、サイファの顔に唾を吐きかけた。
「……わ、私は……魔族を引き込んだり……していません……」
サイファは腕の痛みに耐えながら必死に訴え続けたが、誰も彼女の言葉を聞き入れたりはしなかった。