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障害


「おお、勇者ランド様っ!! 今この時、こうして勇者様が私の目の前にご降臨くださったのは、まさにレシジエル様のお導きとご加護以外の何物でもありますまいっ!!」

 そう言いながら額を床に擦り付けんばかりに頭を下げているのは、このゲンガルの街とその周囲の土地の領主であるジョルジュ・クローリア男爵だった。

 年齢は四十代半ばほど。背はそれほど高くはないが、恰幅のいい体形はある意味で「貴族」らしいと言えるかもしれない。

 そのクローリア男爵が、涙を流さんばかりに喜んでいた。もちろん、それには理由がある。




「どういう状況なんだ、これ?」

 ぺこぺこと頭を下げているクローリア男爵を見下ろしながら、レイジは困りきった顔を隣のアーベルへと向けた。

 当のアーベルもまた、その整った容貌に困惑の表情を貼り付けていた。

「私も先程の先触れの騎士からは、クローリア男爵が是非ランド様にお会いしたと言っている、としか聞いていませんでしたので……」

 レイジたち一行をこの場──クローリア男爵の屋敷へと案内した騎士は、すでにこの部屋を退出している。

 今、クローリア男爵家の応接室にいるのは、レイジと彼が所有する二人の奴隷──ということになっている──とアーベル、そして当クローリア家の当主であるジョルジュだけであった。

 困惑しつつも、レイジはアーベルに視線で訴える。

 交渉は任せたんだから何とかしろ。彼の視線は無言でそう伝えていた。

 レイジの言いたいことを理解したアーベルは、にこりと爽やかに微笑むと跪いて額を床に擦り付けているクローリア男爵の肩に手を置いた。

「クローリア男爵。察するに何かお困りのことがあるのではないですか? 具体的なことを教えていただきたい」

 さすがは聖職者と言わんばかりの慈悲に満ちた笑顔。マーオ辺りからすると胡散臭いと言いそうだが、それでも追い詰められているクローリア男爵からすると、アーベルの申し出はまさに救いの手以外の何物でもない。

「おお、アーベル高司祭殿……じ、実は……」

 クローリア男爵が言うには、このゲンガルから街道をグリンガム王国方面へ一日ほど行った山岳地帯に、凶暴な魔獣が住み着いたらしい。

 魔獣によって街道の行き来が制限されてしまうと、宿場町であるゲンガルには大きな痛手となる。

 既に山岳地帯に住み着いた魔獣によって何人もの旅人が被害を受けており、中にはその魔獣に食われた者までいるという。

 そうなるとこの地域の領主として、クローリア男爵は黙っているわけにはいかない。

 すぐさま配下の兵を派遣したのだが、山岳地帯という数多くの兵を展開するには不向きな地形と、魔獣の高い戦闘力の前にあっと言う間に壊滅したそうだ。

「魔獣との戦いで兵に多大な被害を受け、次なる派兵もままならず……どうしたものかと悩んでいた最中、勇者ランド様がこのゲンガルを訪れになられました。これはレシジエル神が私をお救いくださる采配に他なりません! どうか……どうか、我々をお助けくだされっ!!」

 相変わらず額を床に擦り付けるクローリア男爵。

 正直、レイジは男爵のこの姿に驚いていた。貴族というものは、もっと高圧的なものだと勝手に思い込んでいたからだ。

「え、えっと……クローリア男爵だっけ……?」

「はい、仰せの通りでございます、勇者様!」

「どうしてそこまで頭を下げるんだ? 自分で言うのも何だが、俺たちって得体が知れないだろ? いくらアーベルさんが一緒だからって、この国の貴族ってのは俺たちのような連中を相手にそこまで頭を下げるものなのか?」

「何を仰せになられますかっ!? 私ごとき下級貴族が頭を下げて勇者様に願いを聞き届けていただけるのなら……そしてそれで我が領民や我が領地を通りかかる旅人たちが助かるのならば、頭ぐらいいくらでも下げて見せましょうぞ」

 そう言いつつ、クローリア男爵は更にごんごんと額を床に打ち付ける。

 その姿を見て、レイジは思わず目を細める。

 彼が見た限り、クローリア男爵が嘘を吐いているようには見られない。そもそも、魔獣が領内に住み着いたといってレイジを騙す必要性が感じられない。

 魔獣の実在するかどうかなど、調べればすぐに判ってしまうものだ。何らかの理由でレイジを騙すつもりならば、もっと他の嘘を吐いた方がいいだろう。

 それに、領民たちのために頭を下げるという彼のその姿勢は、レイジにはとても好感が持てた。

「とりあえず、詳しい話を聞かせてくれないか? そうでないと話が進みそうもない」

 レイジがそう言うと、クローリア男爵は弾かれるように頭を上げ、その顔に希望の光を輝かせた。




「……結局、アニキ……いや、ご主人様はあの男爵の頼み事を引き受けるつもりなんですかい?」

 クローリア男爵との対面の後。別の部屋に移動したレイジたちは、仲間だけでこれからのことを相談していた。

「少なくとも、俺はあの人が嘘を言っているようには思えなかった。それに、領民のために必死に頭を下げていたあの人を、助けてあげたいと思うんだ」

「レイジ様の視覚センサーを通して、クローリア男爵の様子を解析していましたが……体温の変動や発汗現象などから、あの人が嘘を言っているような兆候はありませんでしたねー」

「困っている者に手を差し伸べる……さすがは勇者ランド様。そのお志し、私はそれを尊重し、尊敬いたします」

 チャイカやアーベルの言葉を聞きながら、レイジはこの場にいる最後の一人へと目を向けた。

「サイファはどう思う?」

「困っている人たちがいるのなら、それを助けてあげたいと思います……でも、それでレイジさんが傷ついたりするのは……」

 サイファも、困っている人たちがいるのなら力になってあげたいと思う。

 彼女自身には何の力もないが、レイジにはその力があるのだ。しかし、だからと言ってレイジが傷つく姿は見たくない。

 それは言わば、彼女の理性と感情のせめぎ合いだ。どちらを優先するべきか、彼女自身もよく判っていない。

 ちなみに、相変わらず狼形態のラカームは、さすがに領主との対面には同行していない。今頃、彼女はキャンピングユニットの中で、彼らの移動拠点を守りながら主であるレイジの帰りを待っているだろう。

「まあ、その他にも即物的な理由もあるしな」

 レイジはそう言いながら苦笑を浮かべる。

 彼の言う即物的な理由、それは金銭的な問題だった。

 今、彼らは人間領で流通している貨幣をほとんど所有していないのだ。

 魔族領で流通している貨幣ならばある程度所持しているが、それは人間領ではまず使えない。

 今だ交戦状態のままである人間と魔族。敵国の貨幣が全く使えないわけではないが、かなり価値が下がってしまう。

 当然ながら両替をしてくれるような施設もなく、現在、レイジたちはその財政事情をアーベルに──より正確にはレシジエル教会に──頼りきっている状態なのだ。

「魔獣退治の報酬として、かなりの金額を男爵は提示してくれたからな。正直言って、そっちも捨てがたいんだ」

 やはり、何はなくとも金銭は必要なのである。このままいつまでもアーベルの財布に頼るわけにはいかない以上、どこかで稼ぐしかない。

「つまり、今回の依頼は金銭を得るいい機会ってわけですかい」

「そういうこと。しかも、一度で大量の額を手に入れられるんだ。ただ、問題もあるけどな」

「問題……ですか?」

 こくん、と首を傾げるサイファに、レイジは優しく微笑む。

「そう。その問題っていうのは……件の魔獣が亜竜種らしいんだ」




 亜竜種。

 この世界──チャイカのが命名したファンタジー・アースという惑星──に暮らす、三つの知的種族。

 人間、魔族、そして竜族。

 亜竜種は見た目こそ竜族に酷似しているが、全く別の存在である。

 知的種族である竜族に対し、亜竜種は知性を持たないただの獣であり、飛亜竜や地亜竜、いわゆるワイバーンやドレイクが代表的な亜竜種だろう。

 前脚を持たず、巨大な翼で大空を駆ける飛亜竜(ワイバーン)。翼は持たないが、巨大な体躯を誇る地亜竜(ドレイク)

 どちらも竜族によく似た姿をしているが、その存在は全く別物。ちなみに、竜族と亜竜種を同一視することは、竜族にとっては酷い侮蔑となる。

 しかし、ただの獣と侮るなかれ。亜竜種は強靭な肉体と様々な特殊能力を有する恐るべき生き物だ。クローリア男爵の有する軍が、たった一頭の亜竜種に壊滅したのも無理はない。

 そして、このクローリア男爵領の山岳地帯に住み着いた亜竜種は、特に気性が激しいと言われる炎亜竜──ファイアー・ドレイク。その名の通りに炎を吐く能力を有する亜竜種最強の一角だった。

「炎亜竜ですかい……そりゃまた強敵ですな」

 マーオがその太い腕を組んで顔を顰める。

「しかし、アニキ……じゃない、ご主人様なら炎亜竜でも簡単に倒せるのでは? なんせ、ご主人様には神代の魔法である《流星召喚》があるじゃないですか」

 魔族の堅牢な城塞を、わずかな時間で崩壊させた神話級の魔法。それを使えば、いかな炎亜竜と言えども無事ではいられない。

 実は魔法でのなんでもないただの地上攻撃用のミサイルなのだが、そんなことを説明してもマーオやサイファには理解できないだろう。

 そして、彼らのそんな会話をアーベルが目を見開いて聞いていた。

「りゅ、《流星召喚》……? 神代の時代に神々が使用したとされる、神話に登場する魔法をランド様が……?」

「おう、その通りだ。なんせアニ……ご主人様は、俺様の目の前で実際に《流星召喚》を使用し、魔族が誇るガールガンド要塞を一瞬で破壊しちまったんだからな!」

「が、ガールガンド要塞……? 魔族領に存在するという堅牢な要塞ではないか……そ、それをランド様が神話級の魔法で……」

 ガールガンド要塞の存在は、人間領にも広く伝わっている。

 境界線を超えて侵攻した人間の軍勢を尽く阻んだ頑強な要塞。これまで、人間はガールガンド要塞を超えて魔族領へと侵攻した事実は一度もないのだ。

 感嘆と驚愕が入り交じった複雑な視線を、アーベルはレイジへと向ける。

 レイジもその視線に気づいていたが、ミサイルのことを説明するのが面倒なので敢えて何も言わない。

「確かにアレなら相手が炎亜竜でも倒すことができるでしょう。でも、それだとちょっと不都合なんですよねー」

「どういうことですかい、精霊の姐御?」

「私が集めた情報によると、亜竜種の各種素材は高い価値を有するそうなんです。まあ、相手が相手だけに容易には手に入りませんから当然ですよね。そこで、どうせなら炎亜竜の各種素材も入手いたいんですよ。そうすれば、男爵から得られる報酬と合わせて、かなりの額の金銭が手に入りますからー」

「た、確かに、アレで攻撃したら……炎亜竜と言えども粉々になるでしょうなぁ……」

 崩れ落ちたガールガンド城塞の姿と炎亜竜を重ねて、マーオが溜め息を吐き出す。

「と、いうことですから、今回はアレは使わない方向で戦術を考えましょうー」

 これから強敵と対峙するというのに、どこか気楽そうな口調でチャイカが宣言した。


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