生命の限界と新たな命
太陽系第三惑星、地球。
その惑星は、生命の限界を迎えていた。
各種資源の枯渇、絶滅していく生物、環境破壊、そして、尽きることのない局地紛争。
特に局地紛争による環境破壊は、地球という生命に手酷いダメージを与えていた。
さすがに核を用いた全面戦争こそ起きなかったものの、それでもBC兵器などの大規模破壊兵器は度々用いられ、その地域は普通の生物の住めない「死の大地」と化した。
更には環境に与えたダメージが、変質した新たな生命──ミュータントと呼ばれた──を生み出し、それが通常の生物へ更なる殺戮を加えていくことになる。
そしてそれは、人類と言えども例外ではなかった。
無論、人類も地球が瀕死の状態になるまで、ただ見ていたわけではない。
南北のアメリカで、ヨーロッパで、オセアニアで、アフリカで、そしてアジアで。人類は自らが暮らす惑星を守るため、様々な手段を講じた。
しかし、これまでの歴史を振り返って見れば判るように、人類は決して一枚岩ではない。
様々な地域や国の利害が衝突し、意見が対立し、完全なる協力体制を取ることは夢物語。
その結果、「地球を守る活動」よりも「地球にダメージを与える活動」の方が勝り、徐々に地球はその寿命を減らしていった。
そして、人類が地球が瀬戸際まで追い込まれたと気づいた時、もう全ては手遅れだった。
資源は枯渇し、環境は破壊され、生命は死に絶えていく。そして、その変わりに新たに生まれてきた生命は人類にとっても脅威でしかなく、人類はその数を見る見る内に減らしていくことになる。
ここに至り、人類は地球から離れることを決意した。
頑なに地球に残ることを選んだ一部の例外を除き、人類は月や火星、金星などの近隣の衛星や惑星に居住可能な空間を作り上げ、そこに移り住むことを選択する。
新たな大地を故郷としてから数世紀。人類は新たな計画を打ち立てた。
〈外宇宙移民計画〉。
それが人類が打ち立てた新たな計画の名称である。
文字通り、太陽系の外に新天地を目指し、移民を行うというものだ。
月、火星、金星といった、人類の新たな居住圏から様々な人種の科学者、技術者、軍人、そして民間人が集まり、新天地を目指して旅立つ。
もちろん、行き先のあてなどない。旅立つ者たちも、その殆どは自ら志願した者だが、中には借金の返済免除を約束された者、減刑を条件に乗船する者、誰かに命じられた者など、様々な理由で太陽系を発つことになる。
当然ながら、この計画には賛否両論が飛び交った。
世論の中には「意図的な人口削減ではないか」というものもある。
現状、地球を捨てて月や火星に移り住んだ人類には、十分な余裕があった。資源、居住スペース、食糧生産量など、まだまだ人類の生活を支える余地は残されていた。
しかし、その余地もいつまで続くか判らない。
かつて地球上で生活していた人類が、瞬く間に資源や食糧を枯渇させていったように。
月や火星、金星に移り住んだ人類は、余裕のある内に次のステージを見定め始めたのだ。
そして立案されたのが、〈外宇宙移民計画〉であった。
様々な紆余曲折の結果、〈外宇宙移民計画〉が立案されて一世紀近い時間が経過した時、遂に〈外宇宙移民計画〉は実行に移される。
〔ヴィンソン・マシフ〕──南極大陸の最高峰の名称──を旗艦とした、数隻の巨大宇宙船団。
乗り込んだ人員の数は、船団の運営に必要なスタッフや移民の民間人を合わせると一億近くにも及ぶ。
人類の技術の粋を結集した巨大な方舟が、新天地を求めて遂に太陽系を旅立ったのだ。
「……またか」
「はい、またのようです」
〈外宇宙移民船団〉──いつの頃からか、彼らは自分たちを〈アルカディア〉と呼称するようになった──の旗艦である〔ヴィンソン・マシフ〕に存在する行政府、通称〈アルカディア大統領府〉の大統領席で、〈アルカディア〉第六十八代大統領カーナー・ヴィンセントは、秘書官から手渡された資料を目にして深々とした溜め息を吐いた。
秘書官から手渡された資料には、最近発見された居住可能な天体の詳細な資料が表示されている。
その中にある「先住の知性体あり」という言葉を見て、カーナーは暗澹たる気持ちに襲われたのだ。
「また、居住可能な天体には先住民たる知性体がいたか……」
「はい。となると、我々が降り立つことはできません」
〈アルカディア〉が太陽系を旅立ってから、既に三世紀近い時間が経過していた。
当然、〈アルカディア〉の住民は故郷である地球も太陽系も知らない者ばかりだ。
その三百年近い時間の中で、いくつもの居住可能な天体は発見されてきた。しかし、それらの天体には既に、知的生命体が繁栄していたのだ。
自分たちは放浪者ではあっても、決して侵略者ではない。
それが〈アルカディア〉の民の矜持であり、〈アルカディア〉の民は、先住民のいる天体には絶対に降り立とうとはしなかった。
その結果、三百年近い時間を宇宙を放浪し続けることとなったのだが。
そしてつい最近発見された居住可能な天体。そこにも、先住民たる知性体が存在したため、カーナー大統領と〈アルカディア大統領府〉は、その天体への移住を諦めることを決意する。
「……もしかして、先住民のいない居住可能な天体など、この宇宙には存在しないのかもしれぬな……」
「そんなわけはないと思いますが……ただ単に運がなかっただけでしょう」
「運がないだけで三百年宇宙を漂うことになるとは……初代〈アルカディア大統領府〉の面々は想像もしなかっただろうて」
カーナーは椅子の背もたれに身体を預けると、そのまま天を仰ぐ。
大統領室の天井はドーム状となっており、そこにはリアルタイムで外の──〔ヴィンソン・マシフ〕の外──の景色、つまり、宇宙空間が映し出されている。
無限の星空をしばし無言で眺めていたカーナーは、がばりと身体を起こして秘書官に向き直る。
「早急に次の目標のあてをつけろ。我々には、さほど時間は残されておらん」
「はっ!!」
秘書官は見事な敬礼を決めると、足早に大統領室を後にした。
その背中を見送ったカーナーは、再び溜め息を吐き出す。
「そうだ……我々には……時間がないんだ……」
現在、〈アルカディア〉における最大の問題。
それは、出産率の低下による人口の減少である。
太陽系を旅立つ時、一億近い人間をその腹に抱えて旅立った〈外宇宙移民船団〉。
しかし、最初こそ人口は緩やかに増え続けていたものの、旅立ちから百年を数える頃から出産率の低下が目立ち始め、逆に緩やかに減少を始めた。
更に百年の時間を重ねた頃には、人口の減少によって十隻近い船団を維持することさえ難しくなり、〈外宇宙移民船団〉はその数を少しずつ減らしていく。
旅立ちから三百年を数える今では、船団の数は当初の半分にまで減じていた。
不要となった船は解体され、他の船の補修材料として再利用されたが、これ以上の人口の減少は〈アルカディア〉に致命的な問題となりかねない。
〈アルカディア〉を存続させるには、最低限必要な船の数があるのだ。
船内の生態系の維持は、食糧生産に関わる。
巨大な宇宙船を動かすには、当然人手も膨大な数になる。
このまま人口の減少が続けば、それらを根本的に改めねばならなくなるだろう。
それらの研究は、万が一のことを考えて〈アルカディア〉が太陽系を旅立った直後から始められてはいる。
ある種のバクテリアなどの細菌を原料に、食糧を生産合成する技術は確立しているし、宇宙船の航行に必要な人員を削減するための、超高性能人工知能の開発も終了している。
しかし、それでも人口の減少に歯止めをかけることは、〈アルカディア〉の最も重要な命題であった。
そもそも、どうして〈アルカディア〉はここまで人口を減らしてしまったのか。
もちろん、様々な方向から研究され、人口を回復させる試みは幾度となく繰り返された。
しかし、〈アルカディア〉の出生率は下降の一途を辿り続ける。
一部の生物学者は、「これは自然淘汰である」と唱えた。
その生物学者たちによれば、人類は外宇宙という過酷な環境に適合できなかったのだ、という。
環境に適合できない生物が淘汰されるのは、自然の摂理。出産率の低下は、人類という種が外宇宙という環境に適合できなかったからだ、と一部の生物学者は唱える。
確かに、それは心理ではあるだろう。
これまで、環境が変化することによって死滅した生物は他種に渡る。人類だけがその例外であるとは、言い切ることなどできないであろう。
どんどんと下降し続ける出生率。
同時に〈アルカディア〉の平均年齢はどんどん上昇し、自然分娩による出産が絶望視され始めた頃。
研究用に保存されていたとある精子と卵子が運命の出会いを果たし、新たな命を得ることに成功した。
全〈アルカディア〉の民たちが見守る中、新たな命は大切に育てられ、遂に産声を上げるに至る。
卵子を提供した女性の特徴を色濃く宿したその命は、美しい金髪の男の子だった。
〈アルカディア〉の全ての民から祝福された、生まれた男児。
精子と卵子を提供した男性と女性は既に故人であり、それゆえ、その男児は〈アルカディア〉の民全ての子供であると認識される。
〈アルカディア〉の民は生まれた男児に「レイジ」という名前と、〈アルカディア〉初代大統領の姓である「ローランド」が与えられた。
レイジ・ローランド。
それは〈アルカディア〉の全ての民から、希望の象徴として祝福されて誕生した命だった。




