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魔王

 宿場町を出たレイジたちは、街道沿いに魔族領を南下する。

「この先には、ガールガンド要塞があります。万が一、境界線を人間の軍に突破された際、それを食い止めるために築き上げられた要塞で、数万を超える魔族軍を支えることができる我が軍の一大拠点であり、その勇姿は一見の価値ありというものです」

 自慢そうに告げるパジャドク。彼が指差す先には、確かに城壁らしき連なりが見える。

 かなり離れた距離からでも見える城塞は、パジャドクの言うように魔族軍の巨大な拠点なのだろう。

 当然、地上に築かれた軍事的な大要塞を見るのは、レイジにとっては初めての経験である。

「なるほどなぁ。遠目に見てもかなり大きな要塞みたいだな。でも、どんなに頑丈な城壁も、空を行かれたら一発で抜けるだろ?」

「ははは、ガールガンド要塞の上空を抜けるですと? そのようなことが可能なのは竜族ぐらいでしょう。そして、竜族は我々魔族と人間との戦いには無関係を貫いておりますからな。彼らがここに姿を見せることはまずありますまい」

「でも、人間の方に竜騎士とかはいないんですか? ファンタジーの定番だと思うんですけど」

「精霊様のおっしゃる『ふぁんたじぃ』が何のことか理解しかねますが、確かに人間たちには亜竜を駆る竜騎士が存在します。ですが彼らはその数が少ない。例え竜騎士といえども、少数ならば地上からの弓矢や大型の弩、そして魔法による対空攻撃で迎撃することは十分可能です。これが竜族ともなると、弓や魔法の届かない上空を行かれてしまうので正直お手上げですがね」

 茶目っ気を込めて、パジャドクがぱちりと片目を閉じてみせる。

 それに合わせて、レイジたちも笑い声を上げる。こうして道中楽しそうに進んでいくレイジたちだったが、その歩みは突然止まることになる。

 パジャドクの言うガールガンド要塞。

 その巨大な軍事拠点の前方の平野部に、数万の魔族の軍勢が隊列を整えて整列する光景を目の当たりにして。




 ガールガンド要塞を背後に、魔族の大軍が陣容を整えている。

 歩兵や弓兵、そして巨大な鼠や蜥蜴のような騎獣に跨った騎兵など、様々な兵種が見て取れた。

 その数、少なめに見積もっても十万近い。それは魔族軍の半数以上を投入した、いや、重要拠点の防衛部隊などを除いた、投入可能な全兵力を集めたまさに総軍と言っていい陣容であった。

 そんな魔族軍の先頭に、一際巨大な蜥蜴に跨った人物がいた。

 漆黒の鱗を持つ、二足歩行する蜥蜴。それは人間で言えば「軍馬」に相当する騎獣である。

 周囲にいる他の蜥蜴よりも、一回りは大きな身体に跨った人物は、遥か前方を見てにやりと笑う。

「来たか」

 先程、その人物の元に斥候より報告が入った。

 標的が、ガールガンド要塞前方に広がる平原──ガールガンド平原に入ったという報告だ。

「全軍に通達! 標的がガールガンド平原に入った! だが、俺様の指示があるまで、絶対に手出しをするな!」

「御意にございます、魔王様」

 その人物──魔王の背後に控えていた伝令兵たちが、それぞれの部署に今の魔王の言葉を伝えるために走り出す。

「さあて、勇者とやらがどう反応するか楽しみだぜ。これだけの軍勢を前にして、敵わないとみて逃げ出すか? それとも……」

 まるで新しい玩具を見て喜ぶ子供のような表情で、魔王は前方をじっと見つめ続けた。




「ど、どうして魔族軍が展開しているのだ……? それも……あれは魔族軍のほぼ全軍ではないか……」

 ガールガンド平原に展開する大軍を目の当たりにして、パジャドクは震える声で呟いた。

「ら、ラカーム! 我々は……いや、勇者ランド殿は決して魔族の敵ではないと、おまえは魔王様に伝えたのではないのか?」

 相変わらず狼形態のままレイジの足元に控えるラカームは、パジャドクの言葉に何度も頷いた。

 レイジとの腕試しに負けた後、魔王の元に一度帰還したラカームは、パジャドクたちがレイジにどれだけ救われたのか、正確に報告している。

 その報告から、レイジが魔族にとって敵ではないと、魔王や側近の二極元帥たちも理解したとラカームも思っていたのだ。

「す、すぐに魔王様に伝令を送れ! 我らは……いや、勇者ランド殿は魔族の敵ではない、とな!」

 パジャドクの命令に部下が走り出そうとした時、レイジがそれをストップさせた。

「ちょっと待てよ、パジャドクさん。もしも魔王が俺たちに攻撃をするつもりなら、とっくに動き出している筈だろ? 俺たちが向こうを見ているように、向こうだって俺たちのことには気づいているだろうしさ」

 多少の起伏やまばらな樹木はあれど、ガールガンド平原にはほとんど視界を遮る物はない。

 如何に距離があろうとも、魔族には魔術がある。魔王率いる魔族軍も、レイジたちの存在にはとっくに気づいているだろう。

 それなのに魔族軍が動かないのは、何か理由があってのことに違いない。

「むぅ……確かにランド殿の言にも一理ありますが……」

 パジャドクはその太い腕を組み、唸りながら考え込む。

「チャイカ」

「何でしょう、レイジ様?」

「向こうの様子……特に魔王って奴の様子を探ってくれ」

「そう言われると思って、既に偵察ドローンを飛ばしてありますよー」

「さすがチャイカだ」

 チャイカの返答に、レイジは右手の親指を突き出して応えた。




「何? 勇者から話がしたいと言ってきただと?」

 伝令が伝えた内容を聞いて、魔王は楽しげに口角を釣り上げた。

「くくく。敵わないとみて、降伏の申し出か?」

 パジャドクの部隊は約三十名。十万近い大軍の前には、塵芥も同然である。

 更には、パジャドクの部隊は魔族軍である以上、魔王の命令に逆らうことはない。つまり、勇者はたった一人で十万の軍勢の前に立つことになる。

 勇者が降伏するつもりだと魔王が考えたのも、道理というものであろう。

「い、いえ、そ、それが……」

 そんな魔王を前にして、伝令は言い辛そうに更に言葉を続けた。

「勇者は、魔王様との直接の対談を希望する、とのことです」

「直接の対談だと?」

「対談と言いながら、魔王様を騙し討ちにでもするつもりか?」

 魔王の左右に控えていた白と黒の二人の元帥が、怒りと警戒を滲ませた声を上げる。

「まあ、待て、二人とも」

 いきりたつ二人の側近を、魔王は笑みを浮かべたまま引き止めた。

「いいだろう。勇者の申し出を受けようではないか。ただし、こちらの条件を飲めるのであれば、な」

 魔王が浮かべた笑みが、更に更に深くなった。




 今、レイジは一人きりでガールガンド平原の中央に立っていた。

 彼の目の前には、魔族軍十万が整然と並んでいる。

 つまり、レイジはたった一人で魔族軍と対峙しているのだ。

〈…………こうして見ると、威圧感が凄いな〉

〈十万近い軍勢が並んでいるのを、これほど近くから見るのは壮観ですねー〉

 脳内でチャイカと会話しながら、レイジはじっと前方を見つめる。

 レイジのいる場所から、ほんの五十メートルほど先。そこに魔族軍は展開している。もしも今、魔族軍が一斉に攻撃を開始すれば、レイジなど一瞬で蹂躙されるだろう。

 しかし、彼が見ているのは十万近い魔族軍ではない。

 その魔族軍の先頭で、巨大な二足歩行する蜥蜴に跨った大柄な人物だ。

──あれが魔王か。

 騎乗しているのではっきりは判らないが、それでも魔王が相当大柄な体格をしていることはよく判る。

 おそらくは二メートル近い長身と、それに見合った厚みのある身体。

 その身体に、豪華な装飾が施された白銀の全身鎧を装着している。

 容貌は、はっきり言って厳つい。魔王ではなく山賊の親分だと言えば、間違いなく誰もが信じるだろう。

 頭部は禿頭で、両のこめかみの辺りから天を突くように優雅な角が二本、雄々しく突き出している。

 武器らしいものは所持していないが、その鍛え上げられた巨体そのものが既に凶器だ。

 その魔王が、にやにやとした笑みを浮かべながら、ゆっくりとレイジの前まで移動してくる。

「よく来たな、勇者とやら。こちらが出した条件、こうもあっさりと飲むとは思わなかったぞ?」

 騎乗したまま、魔王がレイジに声をかけてきた。

 今魔王が言った、レイジと魔王が対談する条件。それはレイジが一人で魔族全軍の前に立つこと。

 十万の軍勢の前にたった一人で立つなど、普通ならばできるはずがない。

 例え、魔族に対して反抗的な意思を持っていなくても、だ。

 しかし、レイジはその条件を飲んだ。

 もとより、圧倒的な人数差である。魔王が最初からレイジを殺す気でいるなら、このように待ち構える必要などない。

 それにチャイカが偵察によって入手した情報によると、どうも魔王はレイジに興味を抱いているらしい。

 ならば、魔族軍の前にレイジが出ていったとしても、いきなり攻撃を受けることもないだろう。

 レイジはそれらの情報を元にそう判断し、魔王の申し出を受け入れたのだ。

 このまま逃げ帰ることもできるだろう。だが、逃げてしまえば、後に残されたパジャドクの立場が悪くなる。

 レイジは魔族に対して敵対するつもりはない。

 しかし、魔族側から見れば、勇者と呼ばれるレイジは危険人物だと思われても仕方がないのだ。

 このままだと、レイジと一緒に行動したパジャドクまで、あらぬ疑いがかかってしまうかもしれない。

 自分が魔族とは敵対するつもりはない。そして、パジャドクも決して魔族を裏切ったわけではない。

 それを理解してもらうため、レイジは魔王との対談を望んだのだ。




 魔王が目の前まで来ると、レイジはその場に片膝を着いた。

 相手は魔族を統べる王である。例えレイジが魔族に属するつもりはなくとも、王の前ならばそれ相応の態度を取るべきだろう。

「なかなか肝の座った奴のようだな」

「お誉めに預かり、恐悦です」

 魔王は騎上から、じっくりとレイジを見下ろす。

 見慣れない斑模様の外套を着て、傍らの地面に黒い鉄製らしき杖が寝かせてある。

 勇者は神界の魔術を使うと報告にあったが、あの黒い杖がその神界の魔術を使うための補助具だろうか。

 そして何より魔王の目を引くのは、人間どころか魔族でさえ見たことのない金色の髪。

 この金色の髪もまた、人間たちの聖典に記された勇者の証の一つなのだとか。

「ところで、本当におまえは勇者……人間たちの聖典に記されているという神の使徒なのか?」

「自分で自分をそのように名乗った覚えは、一度たりともありません」

「ほほう? では、おまえは何のために魔族領に来た? 人間たちの言う神の使徒として、敵である我ら魔族を滅ぼすためではないのか?」

 魔王の言葉を、レイジは顔を上げてきっぱりと否定する。

「いいえ。自分が魔族領に来たのは、人間領のとある村を巡る戦いでパジャドク将軍の部隊と戦い、彼らに傷を追わせてしまったためです」

 レイジが今言ったことは、魔王もラカームからの報告で聞いている。そして、捕虜となったパジャドクたちを解放し、その後は魔族領まで一緒に旅をしてきたことも。

「だが、最初から魔族領へ入り込むことが目的でパジャドクたちを助けた、という可能性もあるのではないか?」

「確かに、そう言われてしまえばその通りですが……」

 所詮、レイジの心情を証明することなどできないのだから、ここで言い合っていても平行線のままだろう。

 もちろん、証明する術がないことは魔王とて判っている。判っていながら、敢えて魔王はそれを持ち出している。

 そこには勇者と呼ばれる者がどのようにこの窮地を抜け出すのか、楽しみで仕方がないという思いが透けて見えていた。

 レイジと魔王、二人の視線が真っ向からぶつかり合う。レイジは自分に敵意がないことをどうやって理解してもらうか、必死に頭を悩ませる。

 そんなレイジと魔王の会話の僅かな隙間を突くように、突然女性の声が割り込んだ。

「では、レイジ様が魔族の皆様に対して敵対するつもりはないことを、レイジ様に代わってこのわたくしが証明してみせましょうー!」

 同時に、レイジの隣に絶世に美女が姿を見せる。

「……お、おまえは……そうか、おまえが報告にあった、勇者に仕える精霊とやらか」

「はい、わたくしはチャイカと申します。以後、よろしくお願いしますねー」

 にっこりと微笑むチャイカ──の立体映像──。

「それで精霊殿。この者が我らに敵対するつもりがないと、どのようにして証明するのだ?」

 突然出現した精霊の姿に魔族軍からどよめきがいくつも上がるが、魔王はそれを無視してチャイカに問いかけた。

「簡単なことです。レイジ様がその気になれば、あなた方を瞬く間に壊滅させることができるからです。今、魔族軍はその総力をこの平原に集中させています。その魔族軍が壊滅に至れば、それは魔族の敗北に他なりません。魔族軍を壊滅させることができるのに、レイジ様は敢えてそれをしない。それこそがレイジ様が魔族の皆様に敵対しないという証拠になりませんか?」

 魔族軍を壊滅させる。精霊のその言葉に、魔王の背後に控える十万近い魔族軍が色めき立つ。

 そんな中、魔王だけは相変わらず笑みを浮かべていた。

「これはおもしろいことを言う。たった一人で十万の軍を壊滅させるだと? 確かにこのガールガンド平原に集結している軍が壊滅すれば、魔族軍は敗北するだろう。しかし、本当にそんなことができるのか?」

「はい、できます。何なら、その証拠をお見せしましょうか?」

「証拠……だと?」

 この時、初めて魔王の顔から笑みが消えた。

 そのことに気づいているのかいないのか。チャイカは半ば透き通るその右腕を上げ、ぴたりとあるものを指差した。

「あれに見えるガールガンド要塞。あの要塞を……僅かな時間で破壊して見せましょう」


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