砂の王子様 4
沙幕の濃い色と薄い色……
寒色系と暖色系……
と、一つの文字が浮かび上がった。
燕鷹は振り返って、肩越しに覗き込んでいた王子に確認した。
「何と読む?」
「俺の目には〈丹〉」
「俺もだ!」
でも──
それは色の名だった。
最も深く濃い〈赤〉を指す色の名だから、実体はない。
〈珊瑚〉にしろ、この〈丹〉にしろ、結局、〝言葉として〟持って帰るほかなかった。
「こんなに苦労して行き着いた答えなのに実物がないなんて、がっかりだな、燕鷹?」
幾分慰めるように王子が言う。
「それとも、この答え自体が間違いかもしれない。もっと別の答えがまだあるのかも……」
「いや、もういいよ」
意外にも晴れ晴れとした声で燕鷹が言った。
彼としてはそれなりに答えを得て満足だった。
結果はどうあれ、謎を解ききったという爽快感が心を満たしている。
「今度こそ帰らなけりゃ。最後に──馬を貸してもらえるとありがたいんだけど。ほら、俺のは俺を振り落として何処かへ駆け去ってしまったから」
出会った時のことを思い出して王子は笑った。
朝の出来事なのに何だか遥か昔に思えた。
「いいとも。俺も途中まで送ってくよ!」
✟
城壁の門を潜って沙海に出ると既に夕焼けが始まっていた。
そのことで燕鷹は少しも焦らなかった。
星が出た方が帰る方角がわかって都合がいい。
王子も同様らしく二人は夕映えを味わうように緩やかに馬を駆った。
こういうところ、結局二人とも似た者同士の沙海育ち――砂漠の王子様なのだった。
自分とそっくりな王子と並んで疾駆するのも燕鷹には格別な思いがした。
と、いきなり王子が手綱を緩めた。
「そうだ、おまえの見つけた〈丹〉で思い出した。この近くに赤い割れ目があるんだが──寄ってくかい?」
「赤い割れ目?」
須臾王子の言った通りだった。
砂漠にも高低差はあるが、そこは急に地面が突き出したような不穏な形状の断崖で、その一帯は砂からして血を零したように赤かった。
「夕陽のせいじゃないぜ。ここはいつもこうなんだ。俺は遠乗りの際、偶然見つけたんだけど。中はもっと赤い」
馬から下りて、二人は割れ目の奥に入ってみた。
燭を携帯していなかったので夕陽の届く範囲で引き返したが。
それでも充分に断崖の中全体が真っ赤だというのはわかった。
足下に転がっていた岩の欠片を燕鷹は拾い上げた。
濡れたような真紅。岩というより宝石に見えた。
「いい土産ができた! 姉上にはこれを持って帰ることにするよ!」
赤い洞窟から外へ出ると、砂漠は早や月と星を煌かせて夜の顔をしていた。
王子が言った。
「今日は本当に楽しかったよ。また遊びに来いよ!」
「うん。馬を返しにね」
二人は手を振って別れた。
燕鷹は王子の白い綾羅が闇に溶けて見えなくなるまで見ていた。
それから、星を道標に自分の国へ帰ろうと馬首を改めた。
少し時間が掛かりそうだ。
王子に借りた白馬に鞭を当てて走り出す。
王子も愛馬に鞭を当てた。
「兄上が待っている。帰って、碁の相手をしなきゃな!」
昼間はあんな口を利いたものの兄王には今夜も勝てそうな気がしなかった。
ふと、さっき別れた自分似の少年のことが胸を過ぎる。何だか妙に懐かしい気がしたのは顔が似てたせいだろうか?
(本名を聞いとくべきだったかも……)
そらから、思った。
《 告げし 宝物の名を 聞け 》
その場に立ち会った俺にとってもあれは宝物の名なのだろうか?
〈丹〉が?
叫び声を聞いたのはその時だ。
「うわあああぁぁぁぁ――」
「!?」
静寂が支配する夜の沙海のこと。
叫び声は先刻別れた少年の方角から聞こえた気がした。
ひょっとして、また少年が落馬した──?
「まさかな!」
即座に王子は首を振った。
沙海の住人が? その上、少年は何処から見ても瑚族に見えた。
湖族――この砂漠世界の覇権を島帝国と争う騎馬民族連衡国家。
獰猛果敢で恐れを知らない荒ぶる民である。
実は、兄上の目から少年を隠したのもそのためだ。
兄王はすぐ下の弟、月王子を瑚族に殺されて以来、徹底した瑚族嫌いだから。
とにかく、その瑚鬼が落馬するなんてありえない。しかも、一日に二回も……!
王子は母国沙嘴へ向けて駆け出した。
実は、燕鷹は王子の思った〝ありえないこと〟をまたやってしまっていた。
自分でもどうなっているのかわからないが、王子から借りた馬は何かに蹴躓いてバランスを崩し、結果、乗っていた燕鷹を高く虚空へ放り出した──
「嘘だろ? うあぁぁぁぁ―――― 誰か……助けて……」
顔に冷たい感触。
また王子に水をかけてもらっている──
「毎度、申し訳ない……え?」
目を開けるとそこには、昨日走り去ったはずの愛馬の顔があった。
昏倒した主人が心配らしく頻りに冷たい鼻を擦りつけている。
「ここは……?」
燕鷹は跳ね起きて周りを見回した。一体どのくらい気を失っていたんだろう?
周囲は朝の光に包まれていた。
「あ!」
慌てて懐を探る。拾った赤い石はちゃんと入っていた。
✟
燕鷹はその石を持って帰って姉に渡した。
もちろん月針は綺麗だと言ってとても喜んでくれた。
その赤い石が、別名を辰砂、朱砂……
今で言うところの硫化水銀=水銀の鉱石鉱物で、水銀を精製できるほか、顔料や薬として有益であることを瑚族が知るまで多少の時間が必要だった。
とはいえ、結果的にそれは種族に莫大な富と幸福をもたらした。
月針の夢告は正しかったのである。
これ以降、瑚族連衡は積極的に沙海で丹の鉱脈を探すようになる――
燕鷹はまた姉の夢語りを聞いて謎解きの旅をするのも悪くないと思っている。
燕鷹自身としては、赤い石よりも白い綾羅の王子がつけてくれた名前が、持ち帰った一番の〈宝物〉だったという顛末。
そうそう、王子が燕鷹に貸した馬は、翌日、自分で沙嘴国城壁の白門に戻って来たらしい。
このお話はこれまで。
でも……
✟✟✟
月針はまた夢を見た。
星々を繋ぐ岸辺の港。
待合室のオレンジ色の椅子に疲れ果てて眠っている赤い髪の少女は誰?
年は同じくらい。
こんなに懐かしい気がするのは何故だろう?
この少女もまた月針と同じように、
時を駆ける透明な翼を持っている。
ほら?
運命の糸に手繰り寄せられて、少女が辿り着く先は
3つの光の煌く国……
3つの光の名の王子様の国……
── 了 ──
お付き合い頂きありがとうございました!
※丹についてお知りになりたい方はこちら↓
http://image.search.yahoo.co.jp/search?rkf=2&ei=UTF-8&p=%E9%89%B1%E7%89%A9+%E4%B8%B9