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砂の王子様 2

 


     ✟


 王子の国に入る際、ちょっとした悪戯をやった。

 同時には入らずに、まず一人が馬で城壁の門の前に立つ。

「お帰りなさい、須臾(しゅゆ)王子。遠乗りはいかがでした?」

 白門の衛兵はすぐに門を開けてくれた。

 5分と経たない内にまた門の前に立った王子を見て衛兵は腰を抜かした。

「どうした? 早く門を開けてくれよ?」

「お、おかしいな? 王子ならさっき通ったはずなのに。しかも──何で徒歩なんてすか? 馬はどうしたんです?」

 怖がって衛兵はなかなか城壁の門を開けようとはしなかった。

「面白かったな! あいつ、俺を沙海(さかい)に住む化け物だと勘違いしてビビッてたぜ」

 沙海には通る人そっくりに化けて後をついてくる砂の精がいると伝えられている。

 ちなみに先に馬で入った方が燕鷹(ツミ)だった。

 改めて二人は自分達がそっくりなことを認識した。

 大いに笑った後で、早速王子は燕鷹に城下を案内してくれた。



 燕鷹(ツミ)は目を(みは)るばかりだった。

 予想を遥かに超えてそこ──沙嘴(さす)国というのだそうだ──は美しい国だったから。

「知らなかったな! 未だにこんな瀟洒で可憐な国が残っていたとは……!」

 思わず燕鷹は叫んでしまった。

 沙海深奥で水源豊かな湖を幾つも有する瑚族連衡(こぞくれんこう)国以外の砂漠の小国は、そのほとんどを〈島帝国(しまていこく)〉に制圧されたと父達に聞いていたからだ。

 独立を保つ沙嘴国の凛々しさを燕鷹が賞賛すると須臾(しゅゆ)王子は真剣な顔で口を引き結んだ。

「そうならないために俺や兄王は、日夜、力を尽くしているのさ」

 同じ年なのに、この時ばかりは王子が大人っぽく見えて、心ならずも燕鷹は見惚れてしまった。


 

 二人は9つの共同井戸を中心に城下を巡った。

 井戸を数える単位が〈星〉なのが面白い。

 その周辺に猫が多いのにも吃驚した。そのことを指摘すると王子は笑った。

「他国から来た人は皆、それを言うな!」

 それから、家々の窓や戸口に取り付けられた沙幕の美しさに燕鷹(ツミ)は感動した。

 それは砂でできたこの国の唯一の装飾品だった。

 家自体はどれも継ぎ目が見えないくらいくっつき合った3層から4層の建物で、窓も出入り口もほぼ同じ大きさだから──そのことが却って下げられた沙幕の美しさを強調していた。

 沙嘴(さす)の町全体が幾何学模様の色石に見えるのだ。

 四角い窓という窓、戸口という戸口に垂れる色とりどりの巾が砂漠の風が吹くたび一斉にさざめく光景は壮観だった。

 井戸の周りの段々に腰を下ろしていつまでも眺めていたくなった。

 だが──

 時間がない。宝物を持って帰る使命を思い出して燕鷹は決然と腰を上げた。

「では、俺の部屋へ行こう」

 と、王子。

「そこでじっくりと詩句について検討するとしよう」



 


     ✟


 王城も施された色石は銀一色という簡素で清冽な美を保っていた。

 沙嘴(さす)国人の美意識が燕鷹(ツミ)も大いに気に入った。

「〝王僕(おうぼく)達の(はべ)る 柄杓(ひしゃく)水際(みぎわ)〟……問題はここなんだが」

 自室で冷たいハーブ茶と水蜜桃を勧めながら、王子は腕を組んで言った。 

「俺に言わせれば、実は解決したも同然なんだ。つまり、その場所とは──」

 ここで突然の声。

「いるのか、須臾(しゅゆ)? 入るぞ」

「兄上!」

 咄嗟に王子は近くにあった上掛けを燕鷹(つみ)に被せた。

「おや、来客か。これは失礼した」

 入って来た朱色の綾羅(りょうら)の人こそ、沙嘴(さす)国王・(あけひ)である。

 目の醒めるような長身。砂色の髪を腰まで伸ばし、涼しげな双眸はいつも微笑みを含んでいる。

「兄上、これは燕鷹と言って、そう、友人です!」

「ようこそ、ツミ君?」

「――」

「お気になさらずに、兄上。彼は凄い人見知りで……その上、赤面症を気にかけていて……恥ずかしいから王様には顔を見られたくないと言うんです」

「これは却って悪いことをしてしまったね。私は退散するから、どうぞゆっくりしていきなさい」

 気さくに笑って王は(きびす)を返した。

「あ! 兄上、俺に何か用でも?」

「いや、何、おまえが昨夜の碁の返り討ちをしたいんじゃないかと思ったまでさ」

「それなら、今夜、こちらから出向きます。昨夜はちょっと不覚を取ったけど次は俺の勝ちです!」

「それは楽しみだ!」

 兄王は声をあげて笑うと、もう一度振り返って燕鷹を見た。

「ツミ君とやら? どうか、これからも弟と仲良くしてやっておくれ」



「ふー」

 王が去ると王子は大きく息を吐いた。

 上掛けを剥ぎ取りながら、

「流石に兄王におまえを見られちゃマズイよ。俺達、瓜二つだから、あれこれ詮索されると面倒だ。兄王はそりぁあ賢い人だからな」

「それより、さっきの話だけど──」

 上気した顔で(上掛けを被っていたせいではない)燕鷹(ツミ)は問い質した。

「『解決したも同然』って、どういう意味だ?」

「ああ。おまえの姉君の夢告の詩、その3行目〝王僕(おうぼく)達が侍る 柄杓(ひしゃく)水際(みぎわ)〟だろ?」

 砂色の髪を掻き揚げて得意げに王子は言った。

「それが当て嵌まる場所はこの国には一箇所しかないんだよ」




 王城の中院(なかにわ)。噴水の泉。

 琅奸(ろうかん)色の色石が張り巡らされたそこはため息が出るほど美しい場所だった。

 とはいえ、自信満々の王子の横で燕鷹(ツミ)は首を傾げた。

「?」

「どうした? 何か気に掛かる点でもあるのか?」

「素敵な場所だってことは認めるけど──〈詩〉と違ってる……」

「え? どこさ?」

「〝柄杓(ひしゃく)〟だよ! この麗しい泉にそんな庶民的なものはないだろ?」

 確かに。中院の泉は観賞用で、誰もここの水を飲んだりしないから柄杓など置いていない。

 だが、王子は取り合わなかった。

「解釈の問題だろ?」

 王子曰く、〈詩〉の中で重要なのは〝水際(みぎわ)〟であって〝柄杓(ひしゃく)〟はそれを引き出す掛詞(かけことば)に違いない。

「だいたい〝柄杓の水際〟って言葉からして変な言い回しだもの。本当に柄杓が重要なら〝柄杓が置かれた水際〟と書かれるはずだ。だから、やっぱりこの場合の〝柄杓〟はそれ自体は意味のない飾り言葉の(たぐい)さ」

「……」

「それに〝王僕(おうぼく)(はべ)る〟だぞ。王僕が居るのは王城内だ。その王城内に〝水際〟はここしかない」

 なるほど。そう言われるとその通りの気がする。だけど──

「でも、もう一つ決定的な違いがある。4行目の詩句で……」


   《 色とりどりの  かけた  モザイクが  告げし  》


 燕鷹はピシリと指摘した。

「この泉は美しい色にせよ、色石の色はたった一色(・・・・・)じゃないか! 〝色とりどり〟には当て嵌まらない」

「フン」

 王子は露骨に顔を(しか)めた。

 常々、(ちのひ)は感情を顔に出し過ぎると父や母に叱られるが、今、鏡に映ったような瓜二つの王子を見て、なるほどと納得した。見る人の心を凄く傷つける表情だ。可愛らしいだけに。

 よし、これからは自分は大いに気をつけよう。

 燕鷹の決意はともかく――眼前の王子は明らかに気分を害した顰め面のまま言った。

「チェッ、それもレトリックの一種だと俺は思うな!」

 


 王子に言わせれば重要なのは〝かけたモザイク〟であって〝色とりどり〟ではない。

 王子は叫んだ。

「さあ! ぐずぐず言ってないでこの泉の中の〝欠けた色石(モザイク)〟を捜すんだ! もし、おまえの姉上の夢告が真実なら、その欠けた部分(・・・・・)に何かメッセージが刻まれているに違いない」

「諾!」

 若い二人は濡れるのも厭わず泉に飛び込むと欠けている色石を探し始めた。



「普段は気にかけなかったけど……結構あるもんだな?」

 王城の人工の泉に〝欠けた色石〟は全部で8個見つかった。

 噴水自体に3個、周囲の泉の底に5個だ。

 だが、そのうちのどれにも字なり印なり、何かが刻まれたものはなかった。

「本当におまえの姉上は夢の中でここへ来て……この風景を見たのだろうか?」

 夢告が正しいとか間違っているとかより王子自身はそのことが気になっている様子だった。

 自分の国の庭を真夜中こっそり訪れる少女……

 王子にとってはそんな少女自体が夢のように思えるのだろう。

 今晩あたりこの泉に腰掛けて、夢で訪れる少女を待ってみようかな、と王子は思った。

 自分が恋に墜ちるとしたら、この泉の縁だと言う気がしてならなかった。

 一方、燕鷹(ツミ)は燕鷹で、この美しい泉に佇む姉の姿を想像してみた。

 深い緑色の色石の中で長い黒髪を垂らして立っている月針(げつしん)

 上半身には噴水の雫がキラキラ降り注ぎ、腰から下は小さな白い花達が飛沫と同じように零れて揺れている……

 現実には直立した姿を一度も見たことがないけれど夢の世界の姉上は違うのだろうな? きっと軽やかに動き廻るのだろう。

「待てよ、色石自体に何か刻まれてるとは限らないぞ!」

 王子の声に燕鷹は我に返った。

 見ると王子は泉の縁に飛び乗って周囲を見回していた。

「こういう風に俯瞰して……欠けた色石全体で何かの形や印になっているとわかる場合もあるだろ?」

「なるほど!」

 燕鷹も飛び乗って王子と並んで目を細めてみる。

 が、何かの模様というには無理があった。

「それなら、数が重要かも」

 と王子。

「全部で8個。まとまりとしては3個と5個だったな?」

「3と5……」

「さんご……珊瑚(さんご)?」

 この発見に王子は手を叩いて喜んだが逆に燕鷹は肩を落としてしまった。

 がっかりして燕鷹は呟いた。

「もしそれが答えなら、色んな意味でアウトだよ……」

 確かに珊瑚はもう充分〈宝物〉だ。

 だが、沙海(さかい)の住人にとって容易に手に入るものではなかった。

 海洋域を支配する〈島帝国(しまていこく)〉が独占している産物の一つだから。

 とうてい月針に持って帰ってやることなどできない。

「まあ待てよ」

 落胆する燕鷹の肩に王子が手を置いた。

「全ての可能性を検討してみるべきだ。諦めるのはそれからでも遅くないさ」

「?」

「珊瑚でなくても──それに類するもの(・・・・・)が王城内に一つあるのを思い出したんだ!」





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