第2話 もう一度
おかしい。
絶対におかしい。
奥に見える赤や黄色に染まった山。そして水色に光る山。
そして目の前にある大きな門。
これはどうみても数学の授業の時にみた夢そのものだ。
「同じ夢を連続でみるなんてことあり得るのか……?」
今まで夢を見たことがなかった僕はこれが当たり前のことかどうかもわからない。
とりあえずここでぼーっとしてても仕方ないし、門の先がどうなってるかでも調べようかなーー。
そう思った矢先、門が勢いよく開いた。
それだけでも十分驚いたが、そこからまるで伝説のペガサスのような馬が、人を背中に乗せ勢いよく飛び立ったのをみて腰を抜かしてしまった。
そんな腰を抜かしている僕を、門の中にいた少女が不思議そうに見ている。
腰を抜かしている僕が心配になったのだろうか、少女がかけよってきて僕に声をかける。
「〜〜〜〜〜〜〜、〜〜〜?」
……え?
僕はなにを言っているのかわからなかった。
戸惑う僕の顔をみて少女は困った顔をしたがなにかブツブツとつぶやいたあと、もう一度話しかけてきた。
「あ、あー、うん。これで通じるかなぁ?
お兄さん大丈夫?」
日本語だ! でも日本語を話せるならさっきの言葉は一体なんだったんだろうか……?
「大丈夫、ちょっとびっくりしすぎただけだよ。心配してくれてありがとう」
「良かった〜!言葉が通じなかったらどうしようかと思ったよ〜」
「さっきの言葉は何語なの?」
今まで聞いたことのない発音などが使われていて、まったく理解ができなかった。
「さっきの言葉はこの世界じゃ共通語だよ?
言葉が通じないなんてこと今までなかったからびっくりしちゃった!」
……嘘だろ?
僕が普通じゃないのか?
というか夢ってのは自分の知らない言語が出てくるものなのか?
「でもどーしてその共通語が最初は僕には通じなかったのに今は通じてるの?
現に今は日本語でしゃべっているよね?」
「お兄さんたちは日本語っていう言語を使っているの?」
この子は何を言っているのだろうか……現在進行形で日本語をしゃべっているだろうに。
「そう、いましゃべっているのが日本語。というか君も日本語でしゃべってるじゃないか」
「ううん。私がその、日本語っていうのでしゃべってるんじゃなくて、ケーシスを発動させたから通じてるの。
まぁ相手にもそれなりの知能がないと失敗しちゃうけどね」
日本語でしゃべっていない?
それに……【ケーシス】?
なにを言っているんだこの子は。
「その、ケーシス? ってやつは一体なに?」
「お兄さんケーシスもしらないの?!
ケーシスっていうのは、イメージしたものを現実に引き起こすことだよ」
僕たちの知る魔法みたいなものか……?
僕と通じ合うことをイメージして、ケーシスとかいうのを発動した。ってこと?
そうして僕との言葉の壁を取り除いたと……?
そんなことありえるのか?
でも、夢ならあり得るのか……。
というか僕はなんて設定の濃い夢を見ているんだ……。
まぁ、連続で同じ夢をみたなんてなにかこの夢に縁でもあるのかもしれない。
とことん楽しんでみるか。
「お兄さん、どうしたの?」
「いや、なんでもないよ。
それよりそのケーシスとかいうやつについて詳しく教えてくれる?」
「お兄さん今までにケーシスを発動したことないの?
それに、ケーシスを知らないなんて一体どこから来たの?」
「僕は地球にある日本というところから来たんだ。
それに、僕が来た地球という場所にはケーシスというものは存在しないんだ」
「チキュー? ニホン?
そんな場所聞いたことないなぁ……。
帰ったら調べてみよっか!
ここで説明するのもなんだから、家に来てよ! 歓迎するからさ!」
少女はそう言うと、とても少女とは思えない力で僕の手を引っ張り門の中へ駆け出したーー。
門の中は大小様々な家が建ち並び、奥には小さいけどお城が見える。
少女に手を引かれたまま商店街のような場所を駆け抜け路地裏へーー。
路地裏にもさっきみた家よりはすこし古そうだが、多くの家が建ち並んでいた。
その中のひとつの家の前までくると少女は僕の手を離した。
「ここが私の家!」
そこは、少女が1人で暮らすには十分な大きさの家だった。
「まぁあがってよ!
少しきたないけどそこは我慢してね〜」
僕は言われるがままに彼女の家にあがる。
入ってすぐの廊下をぬけるとぬいぐるみがたくさんあるリビングが広がっていた。
「座って座って!
私は飲み物とってくるからすこしそこで待っててね〜」
そう言いながら彼女はリビングから出て行った。
彼女がいなくなってからちょっと考えをまとめてみる。
僕は今、数学の授業中にみた夢と同じ夢をみている。
夢のなかの門の前で少女に会い、ケーシスというものを初めて体験した。
そしてケーシスを体験した後、ケーシスやこの世界のことを詳しく教えてもらおうと思って少女の家におじゃましている。
考えれば考えるほど意味がわからなくなってくる。
そういえば彼女の名前を聞いてなかったな……。
それに、僕の名前も教えないと。
そんなことを考えてるうちに彼女が戻ってきた。
「おまちどーさま〜」
きれいなオレンジいろのコップに透明な液体が入っている。水なんだろうか?
でも熟した果実のような芳醇な香りがする。
「まぁ飲んでみてよ! お口にあうと嬉しいなぁ」
彼女はニコニコしながら一気に飲むジェスチャーをした。
「いただきます」
コップを口へ近づけると香りが一気に鼻腔へ抜ける。
とてもいい香りだ……。
まずはひとくち飲んでみる。
「ーー!!
美味しい! めちゃくちゃ美味しいよこれ!」
「そっかそっか、お口にあったようで嬉しいよ」
僕はコップに入っていた飲み物を一気に飲み干したーー。
「あー。久しぶりに飲み物に感動した……。
これ、なんていう飲み物なの?」
「これは果水っていって、甘水の実っていう果実からとれる果汁なの。
わりと希少品なんだよ?」
「甘水の実……地球にはない果実だね。
ほんとに美味しかった、ごちそうさま」
「どういたしまして〜」
こんな美味しい果汁がとれる実があるのか……。
現実にもあればいいのに。
……おっと、いけないいけない。感動はこれくらいにしといて本題にはいらなきゃ。
名前を聞こうとした瞬間、彼女の方が先に口を開いた。
「そーいえば自己紹介してなかったね、私はアリエ!
お兄さんはなんて言うの?」
「僕は夕凪空。空って呼んでくれればいいかな」
名前から察するにやはり日本人ではないようだ。
「空って言うんだ。よろしくね!」
アリエと名乗る少女は満面の笑みを浮かべている。
「アリエちゃんか、こちらこそよろしくね」
「さっき果水をとりにいったついでに地図をみてきたんだけど、やっぱりチキューもニホンも地図にのってなかったよ?」
やっぱりここは地球とは違う場所ということなのか……。
「そっか……地球や日本がないということは、僕には帰る場所がないってことだね……」
夢の中とはいえもともと住んでいた世界が存在しないというのは悲しいものだ。
「それなら空。私の家に1個空いてる部屋があるから、そこ使ってよ!」
「え?!
いや、いいよ! 年下の女の子の家に住まわせてもらうなんてだめだよ!
それに、迷惑かけちゃうだろうしさ」
いきなり何を言い出すんだこの子は……。
「女の子? わたし今16歳だよ?
もう立派なお姉さんと言ってもいい歳じゃないかな!」
彼女はエッヘン! と胸を張った。
え……?
そーなると僕の方が年下……?
絶対に僕の方が年上だと思ってたのに……。
てか、見た目が幼すぎるでしょ!
今度は彼女が質問をしてくる。
「空は何歳なの?」
「……15歳」
「年下だったのかぁ。
上か下かわからなくてとりあえずお兄さんって呼んでたんだけど、その必要なかったね」
彼女はクスクスと笑っている。
「僕はアリエのこと年下だと思ってたよ……。
アリエさん、だったのか」
「やめてよ、そんなさん付けなんてしなくていいって」
彼女は照れ臭そうに笑いながら言った。
「じゃあ、そのままアリエでいいの?」
「うん、そーして。
うちに住むの、私が年下じゃなければ大丈夫だよね。
大丈夫じゃないって言っても私が無理やり住ませるけどね!
1人だと暇でさ〜、喋り相手が欲しかったんだよ〜」
アリエは手を合わせてお願いのポーズをとっている。
ここで「女の子には変わりないんだからだめだ!」なんて言ったって逃がしてはくれなそうだな……。
夢のなかだし、お言葉に甘えようか。
「ほんとは女の子には変わりないからだめって言いたいところなんだけど、お言葉に甘えることにするよ。
でも、ほんとにいいの?」
念のためもう1度確認をとる。
「もっちろん!
これで1人さびしく時を過ごすこともなくなるのか〜!」
彼女はとても嬉しそうだーー。
でも、本当は僕がお願いして住ませてもらうものなんじゃないだろうか。と思ったが、あまりにも嬉しそうにしているので言いそびれてしまった。
「部屋はいつ客人が来てもいいように整えてあるからさ!
ささ、こっちだよ!」
そう言いながら彼女はこの家へ案内してくれたときのように、僕の手を引っ張る。
リビングから階段をのぼり、何個かあるドアのうちのひとつの前で彼女は足を止める。
「ここが空の部屋!」
そこには先ほどのぬいぐるみがたくさんあるリビングからは想像できないほどシンプルで、機能性を重視した部屋だった。
部屋に入るとアリエは窓から空を指差した。
「ここの窓からは空がよくみえるんだ。空も暇になったら空を見てみてよ!
……なんか空って言いすぎてよくわからなくなってきちゃった」
そこには大きく、青く澄んだ色の空が広がっていた。
「……とても綺麗な空だね。地球じゃこんな澄みきった色はほんとに限られた場所でしか見れないよ」
ふ〜ん。と彼女は不思議そうな顔をしていた。
この世界ではこの空は特別綺麗というわけではないのかもしれない。
「アリエ。こんないい部屋をありがとう」
見ず知らずの僕に、しかもこんなにいい部屋を貸してくれるなんて……。
「いえいえ〜、常に空いててなんかもったいなかったからちょうど良かったよ!」
彼女は満面の笑みで答える。
談笑するのもいいけど、そろそろ本題を聞かないとな。
「ところで話題は変わるんだけど、ケーシスについて詳しく教えてもらえるかな?」
「そう言うと思ってたよ。
でも空も初めてきた土地で疲れたでしょ?
それに、私は少し用事があるからケーシスの説明は私が帰ってきてからでもいい?」
「全然いいよ、僕も手伝おうか?」
こんなにお世話になったんだ、手伝えることは手伝わないとな。
「大丈夫よ、1人でできるからさ、空はケーシスの説明の時、頭がよく回るように少し睡眠でもとっておいて」
彼女はそう言うと部屋から出て行った。
遠慮することないのにな。
でもたしかに色々なことに驚いて疲れたなぁ。
1時間くらい昼寝をするか……。
ぼくは部屋にあったふかふかのベッドで、夢のなかにもかかわらず眠りについたーー




