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burst balloon編 第3話

 バーストバルーン編 第三話



 彼は病んでいた。

 黒いサファリハットを深く被った少年の目の下には大きな隈がくっきりと浮かび、目はどこか焦点が合っていない。時折、体をビクンと上下に揺さぶっている。まるで、大きなしゃっくりをしているかのようだ。


――発作が始まっている⁉︎ なるべく早く対処しないと‼︎


 体を揺らす大きな発作はインプ化の前兆のサインだ。発作が激しくなり、その間隔が短くなればなるほど、危険な表れでもある。

 伊織はその様子を見てどうすればいいか困惑したが、結局、番場に言われた通り自分の任務だけに集中することに決めた。

 学はまだ風船の行く末をベランダから見つめている。宙に浮いた丸い玉はみるみるうちに小さくなっていく。


――くそっ‼ このままでは風船を見逃してしまう‼


 目測を誤った。

 少年がなかなかベランダから離れないのだ。今むやみに屋上から降りてしまえばバレてしまう危険性が高まる。

 伊織は望遠鏡をまなこに押し当てては離し、風船の進む方向とベランダの彼とを交互に見つめている。

 学が踵を返した頃には風船は小さな点と化していた。学は何かぼそっと呟いたあと、不敵な笑みを浮かべながら部屋に戻る。それを確認した伊織はすぐさま屋上で立ち上がり、風船の行方を双眼鏡で追う。遠くの方にぷかぷかと浮いているのが辛うじて見える。伊織は屋上から飛び降りて、急いで後を追った。


 地上からだと建物が邪魔になり、風船がどの辺りにいるのか目視出来ない。仕方なく、電柱の真上に登り、風船の場所を確認しながら電柱から電柱へとジャンプして移動する。

 幸いにも風船が進む速度は遅く、すぐに追いつくことができた。目視ができる距離になると、伊織は地上に降り立ち、歩きながら目標を追跡する。周りの人達も風船の存在に気が付き、指をさしては話題にしているようだ。

 もう見失うことはないと踏んだ伊織は、すぐさま番場に連絡を入れる。今自分が風船を追跡しているということと、学が発作を起こし始めているということを細かく伝えた。それを聞いた番場は意外にも冷静だった。


「報告ありがとう。実は、泰子さんから息子が発作を起こし始めているというのは予め聞いていたのだ。大丈夫、まだ心配はいらないだろう。逆に今、刺激を与える方がかえって危険だ。伊織くん、君の任務は風船に括り付けられた紙の回収。くれぐれも任務以外のことはしないように」


 番場にくぎを刺された伊織は、プツリと切れた電話に向かい分かってますよと一言こぼした後、風船に視界を戻す。

 風船は二階建ての一軒家と同じくらいの高さを保ちながら、ゆっくりと進んでいる。伊織は民家をよじ登って風船を破壊することもできたが、万が一、風船が爆発した時のリスクと爆発がどれくらいの規模なのか想像できなかったため、手を出せないでいた。


 しばらくすると風船は駒川に出た。伊織と凪咲が出会った場所から数キロ下流側の河川だ。河川敷には人は誰もいないようだ。


――ここならいける。


 伊織は何度も周辺に人がいないか安全を確認し、よしっと、気合を入れてから左手を開放する。

 護岸でしゃがみ込み、左手でおもいっきり地面を押し出しながらジャンプをする。伊織は河川敷に高々と浮かんだ風船に向かって宙へと舞う。みるみるうちに風船との距離が縮まっていく。

 指先をぴんと伸ばし、指と指の間で紐に括り付けられている紙を挟む。しっかりと掴んだ感触を得たのち、親指の爪で紐を切った。


――やった‼︎


 成功した、と思われた。

 しかし風船は何かのスイッチが作動したかのようにパチンと割れる。空中の乾燥した冷たい空気を焼き払い、あたり一面に洞窟の中で手を叩いたような轟音を轟かす。

 伊織は爆風により地面に叩きつけられる。

  幸いにも、落ちた場所は芝生だった。むくりと上半身を起き上がらせて頭を振るう。


――いってー。くっそ、生身の人間だったら瀕死だぞ。


 河川敷の上空で爆発したことにより、誰にも被害を出さずに済んだ。そして、彼の黒い手の中にはしっかりと紙切れが握られている。最低限の任務はできたようだ。

 伊織は服の汚れ掃い、その場であぐらをかく。そして、手に入れた紙きれを膝元で広げた。


 支部に着いたのは夕方の四時くらいであった。事前に番場に連絡を取っていたこともあり、番場は支部で伊織を待っていた。


「お疲れさん。――あれ、伊織くん、服が丸焦げじゃないか。はっはっはっ……もしや失敗したな」


 番場は腹を抱えて笑っている。先ずは被害状況などを聞くのが先だろうと心の中で呟きながら、伊織は肩をすくめて来客用のソファに深々と腰を下ろす。そして、ポケットから紙切れを取り出すと、ピラピラと振ってみせる。


「紙はちゃんとここにありますよ。――っていうか理緒奈さん、笑いごとじゃないですよ‼︎ 言ってたことと違うじゃないですか。おれが紙を取った瞬間、爆発したんですよ」

「おお、そうだったか。もしかしたら紙をとると爆発するとか、何か条件があったのかも知れないな。先に割ってしまえばよかったのに。いやー、私の憶測が誤ったようだな、はっはっはっ……」


 番場は明らかにオーバーなリアクションを取りながら大げさに笑う。その様子を見て伊織は大きくため息をつく。


「おれじゃなかったら死んでましたよ。――理緒奈さん、こういうことが起こるかもって分かってたんじゃないですか?」

「確かに危険な任務だ。いや、危険すぎる任務だと、少なくともは思う。しかし、太田隊長の決定だからな」


 番場はどことなく納得の言っていない様子である。


「まあ、何はともあれ、被害なしで目標を確保出来たのだからな。初任務遂行おめでとう、めでたしめでたしだ。――それにしても、伊織くんの体は本当に頑丈だね。さすがは架空の生き物の身体変異タイプ。我々の想像を遥かに超えた能力だ。隊長が君に目をつけただけのことはある」

「もうっ……能力発動していなかったら、まじで死んでたかもですからね」


 能力にはいくつか種類がある。自分の体の一部を別の何かに変化させる身体変異タイプ、存在していた生き物や架空の生き物を召喚する実体召喚タイプ、物体を出現させたり変化させたりして操ることができる物体操作タイプの三種類である。伊織の身体変異タイプはその変化された部分でその能力を使えるだけでなく、他の部分の肉体も多少強化される。例えば、魚だと変化部位にかかわらず水中での泳ぎが上手くなるとか、ある程度呼吸しなくとも水中に潜っていられるとかだ。

 伊織の場合は前例がなかった。

 というのも、本人にも分からない架空のナニカであったためで、能力は未知数なところが多い。

 伊織の記憶に残っていたこと。それは、薄っすらと脳裏に浮かび上がる能面。その記憶と腕の特徴から、般若や鬼ではないかと言われているが、本当のところは分からないでいた。


 伊織と番場はテーブルを挟み向かい合う。


「早速なのですが……」


 伊織はテーブルに紙を広げた。



 お父さん、ボクはあなたを許しません

 

 死んだとしても、許しません


 今日も呪いの儀式であなたを懲らしめます



 書かれた文字はとても幼く、大きさもまばらだ。しかし、その文字からは力強い何かが確かに感じられる。

 番場はしばらくの間黙ったままでいた。なんどもなんども読み返しているのだろう。

 しばらくして、番場はその場から離れて誰かに電話を掛けに行く。そして、電話が終わると伊織の前へと戻り、静かに一言告げた。


「伊織くん、君の任務は終わった。よくやってくれた、ありがとう」


 番場はにこりとは笑っていたものの、すぐに険しい顔に戻っていた。


「理緒奈さん、彼、どうするんですか?」

「明日、秋本家に向かう予定だ。太田隊長には連絡を入れておいた」

「……逮捕、ってことですか?」

「いや、まだ学くんがお父さんを殺したとは断定できない。しかし、少なくとも拘束という形にはなるだろう」


 伊織は視線を落としながら頭をくしゃくしゃと撫で回す。彼が考え事をしている時の癖だ。

 伊織は視線をあげて、自分のデスクから書類に手を掛けている馬場の顔を覗き込む。


「理緒奈さん、おれ――」

「だめだ」


 理緒奈は伊織の考えていることがわかったらしい。彼がいい終わる前に言い放つ。


「伊織くん、今回は本当に助かった。でも、ここから先は残念ながらプロの仕事だ。危険な目に合う可能性だって十分に考えられる」

「俺にも何か出来ること、ないでしょうか」

「残念ながらこの件については無理だ。さぁ、日も暮れたからもうお帰り」

「でも――」

「伊織くん」


 番場は強い眼差しで伊織を見据え、強い口調ではっきりと言う。心の中に溜めていたものが吐き出されたかのようである。


「はっきり言わせてもらおう。足手まといだ。今回の任務遂行は素晴らしいものだったが、素人が現場に足を踏み入れることは断固として反対だ。たとえ、太田隊長が許そうとも私が連れて行かん。――今回の件はよくやってくれた、感謝している。今日はもう帰りなさい」


 伊織は家に帰り、自分の部屋で父からもらった風船で犬を作っていた。

 伊織は父親と妹を心から愛している。母親のことだってもちろん愛していたはずだ。伊織は父親や妹とはたまに衝突をする。でも、相手のことがその時は許せなくとも、時間がたてばお互いが冷静になり物事を解決していった。冗談でも相手を殺したいなんて考えたことは一度もなかった。

 人は誰しも怒り、憎しみを相手にぶつけてしまうことがある。それでも、人を殺してまでしてぶつけたい想いというのは、伊織には全く理解できなかった。

 伊織はベッドの上で横になり目を瞑る。

 もし、母親を殺害した犯人が現れたら自分はどうするのだろう。犯人に対してどのように思い、どのような行動を取るのだろう。そんなことを考えながら、犬の風船を抱えたまま、伊織は深い眠りについた。


 翌日の日曜日、伊織は特に何もすることはなかった。頭から昨日のことが離れずにいたため、無理やりやりたくもない宿題を終わらせたり、外へランニングに出かけたりして過ごした。それでも心の中のもやもやは晴れていかない。


――やっぱりDPBへ行ってみよう。


 伊織は昼過ぎに支部へ行ってみることにした。


 支部に着くと番場と北原が、中央の大柄な男にと共に資料片手に立っている。


「栗原、昨日はご苦労だったな。番場から話は聞いた」


 中央の男は伊織にねぎらいの言葉をかけた。その男はDPB駒丘支部隊長、太田(おおた)伸彦(のぶひこ)である。伊織の二倍はあろうかというがっしりとした上半身で、鍛えているのが服の上からも見てとれる。隊長と言われて誰も異論のないような強靭な体つきで、堂々とした態度から安心感も漂わしていた。


「学くんの家に向かうのですか?」

「ああ。井出(いで)京浜総隊長からの許可も下りた。理緒奈と朋文がこれから向かう」

「そうですか……」


 ちょうど今、打ち合わせが終わったところなのか、馬場と木原は支度を始めている。


「あの――」


 伊織は隊長に向かって切りだした。


「あの、隊長。おれも同行させていただくこと、出来ないでしょうか。足手まといなのは分かっています。でも、自分も何かしたいんです。学くんの顔を見て思いました。とても憎しみのこもった顔をしてるなって。それと同時に、どこか悲しい顔をしてるとも思いました。おれに何ができるかなんて分かりません。でも、彼と話がしたいって思ったんです。彼と話をして理解したいなと思ったんです」


 番場はすかさず口をはさむ。


「伊織くん、自分の立場、分かっているのかしら。昨日も言ったわよね。これはお遊びじゃないの。学くんの命だけでなく、周りにも危険が及ぶかもしれないのよ。家に帰って宿題でもしてい――」

「まあ、待て」


 太田が番場の話を遮る。顎のあたりを摩り、何やら考えていた。話を止めた時点で答えは出ていたのかもしれない。しかし、少しの時間を置いてから口を開いた。


「そうだな、栗原の気持ちを尊重しようと思う」

「隊長‼」


 番場は荒げ声を太田にぶつける。太田はなお、顎のあたりをいじりながら、冷静な口調で続ける。


「理緒奈、お前の気持ちもよく分かる。しかし、栗原の気持ちも分からないでもない。栗原は精神不安定な能力者の話を聞きたい、心のケアをしたいと言っているのだ。それはとても大事なことで、それはDPBの心意気において非常に重要なこと。栗原がそうまでして強い意志を持ち望むのであれば、同行を許可しよう」

「隊長は伊織くんには何かと甘すぎます‼ 風船の捜索だって私は反対でした‼︎ 見習いにさせる任務を遥かに超えています‼︎ 被害が無かったとはいえ、もしも被害が起こっていたらどうするおつもりだったんですか⁉︎ 私は――」

「ちょっと」


 今まで横で静かにしていた木原は、右手を上げて馬場の話を遮る。この男だけは三人のやりとりを楽しんでいるかのようにほくそ笑んでいた。


「おれも別にいーと思いますけどね。昨日、伊織くんが体を張って任務をこなしてくれたおかげで、こんなにも早く対応できた訳ですしー。結果論かもっすけどね。それに、俺らが風船と追いかけっこしても被害が出なかったとは言い切れないですしー」


 木原は伊織にウインクを飛ばしている。その様子見て、番場の怒りは頂点に達する。デスクを両手で叩き、声を大にして叫んだ。


「何か問題が起きてからでは遅いのよ‼︎ 私たちのやってる仕事は人の命がかかっているの‼︎ どうしてもやるっていうなら――」

「番場副隊長」


 太田が低い声で軽く発する。

 馬場の声にかき消されてしまうような小さな声。しかし、馬場は太田のその言い方を聞いて言葉を飲み込んだ。

 長い沈黙が流れる。


「少し頭を冷やせ。人を救いたい、街の安全を守りたいと思っているのは栗原も同じだ。それは、素人もプロも関係ない。そして、栗原はそれをするためにDPBで見習いをやっているのだ。栗原は見習いではあるが、本部から認められた立派な隊員だ。――理緒奈……あまり自分を責めるな。栗原は自分の命くらい自分で守れるさ」


 番場はまだ熱が冷めないのか、デスクの上で両手を強くにぎっている。しかし、腑に落ちないことがあっても決定は決定なのだ。

 勢いよく椅子に腰を下ろす。


「……分かりました。同行だけなら許可しましょう」


 馬場は出動のための支度を始めている。その様子を見て、木原は硬いやつやなぁ、などと言いながら自分も支度に入る。

 一人取り残された伊織に対し、太田は近づきながら話しかける。


「栗原、分かっているとは思うが訓練のようにはうまくいかん。ハプニングはつきものだ。二人の先輩の言うことは絶対に順守するんだぞ。もし、最悪の事態で戦闘になった場合、一切戦闘に参加しないこと。それと、自分の命は自分で守ること。自分の命を守れないようなやつには、他人の命など到底守れないからな」


 太田は伊織の横で足を止め、大きな手のひらで肩を叩く。


「――理緒奈のことは気にするな。あいつはな、見習い時代、君よりも若い年齢で現場へ赴き、インプに粛清までやってのけている。昔は君と一緒で好奇心旺盛な問題児だったよ。彼女には彼女なりの思いがあるんだ。悪く思わんでくれ。さぁ、頑張って行って来なさい」

「はい。ありがとうございます‼」


 伊織は後ろを歩いていく太田に体を向けることなく、そのまま深々とお辞儀をした。


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