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burst balloon編 第2話

 バーストバルーン編 第二話



 伊織が席に着くと早速、番場は資料片手に説明を始めた。


「まず初めに、この要件はダークサイド・リアライゼーション関連の話で、一歩間違えると取り返しのつかないことに成りかねんということをしっかりと理解してもらいたい。君、伊織くんは、見習いという立場であることを忘れてはならないよ」

「はい」

「この要件は、能力者である子供をもった母親からの依頼だ。息子さんのカウンセリングのね。ある事件がきっかけで、息子さんはずっと家に引きこもっているらしい。まあ、ダークサイド関連では正直よくある話なのだが……」


 番場は、ファイルから一枚の写真を抜き取り、テーブルの上にヒラリと乗せる。それは男性と女性に挟まれた少年が両手でピースサインをしている写真だった。三人とも満面の笑みで、とても幸せそうである。


「真ん中にいるのが息子さんの(あき)(もと)(まなぶ)くん。十歳の小学五年生。こちらがお母さんの泰子(やすこ)さん。そしてこっちが、亡くなられたお父さんの昌男(まさお)さんだ。学くんは父の死がきっかけで能力者になった、というだ」

「噂、というのは?」

「この少年がいつコンタクトしたのか定かではないのだ。母の泰子さんが、息子さんが能力者だと気が付いたのは最近のことだそうだ。基本、コンタクトした人間は警察やDPB(うち)に届けを出すことが決まりになっているだろ。心のケアとその人の今後を見守っていくために。父親が亡くなったショックでというのが定説ではあるが、届けが出されたのは父親の死の直後ではなく最近だ。だから、以前から能力者であった可能性も最近になって能力者になった可能性もあるということだ」

「能力を発動していないと能力者かどうかなんて外見では分かりませんものね。うーん、もしかしたら、お父さんとの関係が無い可能性もあるよなぁ……」


 番場はファイルからもう一枚写真を摘むと、デスクの中央に置かれた写真に向けて滑らせる。それは事故現場の踏切付近の写真であった。


「事故の内容だが、学くんはこの踏切で足を取られ、動けなくなってしまったらしい。そこを父親の昌男さんが助けに行ったのだが、息子さんを助けた昌夫さんは逃げおくれて亡くなられた、ということだ。これは学くんの証言だ。もともと人通りの少ない踏切で、目撃者は誰もいなかったそうだ」

「なるほど。普通に考えてショックでしょうね。自分のせいでって思っちゃうでしょうね」

「うむ。泰子さん自身も息子が悲しくて引きこもりになったと考えているようだ。まあ、普通そうだろうな。――ところで、泰子さんは最近、息子さんの妙な行動を目撃するらしい」


 番場は中央に置かれた二枚の写真の上にもう一枚、その上から落とす。それは少年がベランダから風船を飛ばしている姿であった。


「はい? 妙は妙ですけど、風船飛ばしてるだけですよね?」

「そうだ。我々もこれを見て、特におかしな点は無いと思った。しかし、我々は最近妙な報告を聞いていてね。――ちなみにこの子の能力は風船を作り出し、移動させることができるという、いわゆる動く風船だ。息子が指から風船を出しているところを泰子さんが目撃して、その時初めて能力者だと分かったらしい」

「へー、なんか遊び心のある能力ですね。好きな人に告白の手紙を括り付けて送ったら、とてもお洒落じゃないですか」

「ところがあんまりお洒落じゃないんだ。この風船、割れると爆発する」


 伊織は仰天のためか声をあげる。彼が頭の中で想像していたものとは大きくかけ離れていたからであろう。


「それじゃあまるでリモコン爆弾じゃないですか⁉︎」

「ああ、非常に危険だ。最近、空高くに浮いていた風船がいきなり爆発したという報告が後を絶たない。それに、死んだ鳥が大量に空から降ってきたというニュース、知っているかい? もしかしたら、今回の件と関連性があるかもしれない」

「なるほど……では俺がカウンセリングをしに行くということでいいですか?」


 それを聞いた番場は呆れた様子で大きなため息を一つつくと、横にあったファイルに写真を戻していく。


「ばかたれ。伊織くんにはまだそういう仕事は早いよ」

「え、えぇぇぇーっ? じゃあ俺は何をすればいいんですか、鳥たちを風船から守れとか言うんじゃないでしょうね?」

「それも一理ある」


 伊織はまさか冗談だろとでも言いたげな様子で天を仰いでいる。


「勘弁してくださいよ。どこに飛んでいくかも分からない風船を監視し、鳥たちを守れと?」

「半分正解で半分不正解だ。この写真をよく見てくれ。風船の紐に何か括り付けてあるだろ。今回は、伊織くんにその紙の回収を行ってもらいたい。必ず何か手掛かりがあるはずだからな。飛んでいる風船から取るのもよし。破裂し終わった風船から回収して来るのもよし。申し訳ないとは思うのだが、風船と一日追いかけっこをしている時間は我々にはないのだ。――やってくれるね、伊織くん」


 伊織はソファーにうなだれながらも、仕方ないと納得したようだ。


「話は分かりました。――あの、学くんが風船を放った瞬間に確保するというのは駄目でしょうか?」

「いや、だめだ」


 番場はぴしゃりと言い放つ。


「学くんがその行動に気が付いて、いきなり風船を爆発させたら? そのことが引き金になって、インプ化してしまったら? 最悪の事態を常に想定しながら動かなくてはならない。――私の憶測だが、爆発する前に破壊してしまえば普通に破裂して終わりだと思う。風船を自由自在に操ることは出来るが、目がついている訳ではないと思うので、学くんが風船を目視できなくなった時点で割ってしまうといい。そうすれば、割れたことに彼が気づいたとしても、なんかの拍子で割れてしまったのだろうと思うはずだ」


 番場は椅子から立ち上がると、そのファイルを伊織の膝元に軽く乗せる。


「詳細などはこの中に全て記してある。くれぐれも君の任務は手紙の回収だ。余計なことは絶対・・にしないように」


 番場は伊織に対し、強めに釘を刺したつもりだったが彼には伝わっていない様子だ。彼の頭の中は、早く任務を実行してみたいという胸の高鳴りしかないようである。


「わかりました。期間とかってあります?」

「もちろん早ければ早い方が良い。しかし、リスクもあるのでな。まあ、ゴールデン・ウィーク前にはってところかな。失敗したら仮ライセンスの剥奪だからな」

「うぇっ、そんなぁ……そういうこと言われると変なプレッシャーがかかっちゃいますよ……」

「はははっ、冗談さ。最悪の事態も考え、先に手は打ってある。失敗されては困るが、被害のない事を最低限に精一杯やりなさい」


 番場は椅子に掛けてあったジャケットを羽織り、透明のイヤホンマイクを左耳に取り付ける。


「伊織くん、悪いが私は今から現場に行かなくてはならない。戻って来るまで留守番を頼んだよ。電話対応して、緊急のものは私に回すように。いいね」

「支部を空けるんですか? ほんと忙しいですね。じゃあ、おれが今日は隊長ですね」


 番場は支度をしながら呆れ顏でため息をついている。


「馬鹿言ってんじゃない。まぁ今回は割と平和な理由での出動だからすぐに戻ってこれると思う。先日、自動販売機が何者かに破壊されたらしくて、それが人間業ではあり得ない破壊っぷりだからと警察から調査依頼が来てな。もしかしたら能力者の仕業かもしれないと。な、なんと、その自動販売機は重力で潰したかのようにぺしゃんこになってたらしい。――そんな、自動販売機がぺしゃんこだなんて、伊織くんじゃあ有るまいしな、はははははっ」


 番場は腹を抱えて笑いながらエレベーターへと向かっていく。伊織はとても嫌な予感が頭をよぎり、引きつり笑いをしながら彼女を見送った。


 DPBでの仕事が終わり伊織が家に帰ると、彼の父である(おり)(まさ)が久々に帰宅していた。


「いおりくぅーん。おかえりー」


 織雅は伊織を見ると嬉しそうに両手を広げて抱きつこうとするが、伊織は軽くあしらい洗面所へと向かう。

 

「親父、帰ってたのか。今回はどこ行ってたの?」

「聞きたいか? うーん、そうだなぁ」


 織雅は白髪交じりの髪の毛をくしゃくしゃに後ろにかき上げた後、髪の毛と同じ色の髭をゴリゴリとさする。髪の毛をいじる姿は伊織とそっくりだ。ワイシャツと首から元気なく垂れたネクタイはとてもしわくちゃである。


「ヒント、女性が可愛い」

「はぁ? わかんねーよ」


 伊織は洗面所で手を洗いながら、彼のいるリビングに届くようにぶっきらぼうに答えた。


「ヒント二つ目、日本の反対側」

「あー、ブラジル?」

「せいかーい。さすが我が息子だ」

「ヒントの一つ目、分からなすぎだから。ね、お兄ちゃん」


 美織はリビングでごろごろしながらアイスクリームをなめて、二人の会話に合いの手を入れた。

 伊織が織雅の座っているソファーの横に腰を下ろすと、織雅は伊織の膝元に青色の袋をがむしゃらに置く。


「じゃじゃじゃじやーん‼︎ 伊織くんには今回もお土産がありまーす」


 織雅は出張に出るたびに必ずお土産を買ってきていた。渡された袋の中には『風船アート』と書かれたマジックショーでピエロが使う道具が入っていた。


「っ!? ブラジルかんけーねーじゃん‼︎」

「いやいやいやいや。ブラジルでピエロがこれを作っているのを見たのだよ。わたしは、わたしはだねっ……とても感動したんだ。一本の細い風船が様々な物に変化していく様に……」


 伊織と美織は父の感無量な様を見て、またか、と目を合わす。織雅は変なところに涙腺を刺激される癖があり、伊織と美織はついていけず、無視をして流すということがお決まりになっていた。


「同僚に聞いたら、一般人でも簡単に作れるらしいんだ。だから、伊織くんも練習してみてくれたまえ」


 伊織はお土産が入っていた青色の袋に見覚えがあった。袋の中央には白い字で島田の文字、その上には犬が舌を出して笑っているコミカルなキャラクターがプリントされている。


「え? てか、島田おもちゃじゃん……」


 伊織は呆れた顔をした。

 島田おもちゃというのは、商店街にあるおもちゃ屋さんである。

 脱力感が現れたのか、伊織はいつの間にかとても浅くソファーに寄りかかっていた。


「せめてブラジルで買って来いって感じよねー。見てお兄ちゃん、私なんか、これ」


 美織の手にはピエロお化粧セットと書かれた箱が握られていた。

 織雅は二人が嬉しがっていると思ったらしく、うんうん、と頷いている。


「二人でマジックの練習をして、今度お父さんに披露してくれな。完成度なんてものはいらない‼︎ 心のこもったものがあれば、お父さんは……」


 伊織と美織の二人はその後に続いた長い演説を聞き流しながら、深いため息をつき合った。


 晩御飯を食べ終わり、伊織は自分の部屋のベッドに寝転がっていた。父親からもらった箱を開け、試しに一つ作ってみると、意外と熱中している自分に気が付き、恥ずかしくなって箱を横に投げ落とした。


 三日後の土曜日、伊織は任務を決行しようと家を出た。今日は、伊織の楽しみでもある京浜本部での稽古をわざわざ休んだ。重要な任務だとはいえ、休む必要はなかっただろう。それだけ伊織にとって、任務を早くやってみたいという気持ちが彼を掻き立てていたのだ。

 彼の足取りはいつもより早い。

 早く決行したいという気持ちと、初任務というちょっとの不安が入り混じった様子。わくわくとドキドキを胸に抱きながら秋本家のマンションへと向かっていた。

 秋本家は七階建てのマンションの一室。マンションの周りには住宅が密集しており、マンションの前の通りは車一台分しか通れないであろう細い幅しかない。人通りはほとんどなく、その近辺の住人がたまに出てくるぐらいであった。

 ひっそりと隠れられそうな場所はない。かといって、堂々としていたら目立ってしまうような場所である。

 伊織は任務の難しさという壁にすぐにぶちあたった。


――さて、どうするか。


 伊織は思い出す。広い視野を持って状況を確認しろという音葉。これは、太田隊長の口癖のようなものだった。

 周囲をよく見渡す。すると伊織はあることに気がついた。


――この辺はこのマンションよりも大きな建物は無いみたいだな。屋上に行ってみるか。


 伊織は屋上ならば人目につかずに見張れると踏んで、マンション内へ足を運ぶ。

 最上階の七階に到着し、天井を確認する。屋上へのはしごを下ろす入口があったが、鍵がかかっていたためそこからは上がれないようだ。伊織は階段のところへ行き、上空を見上げた。


――ここからなら行けそうだ。


 伊織は辺りに人がいないか確認し、左手を開放させた。階段の淵によじ登り、天井の外側の壁を掴むと、思いっきり腕を下に振り下ろす。その勢いで屋上に着地をした。

 早速、渡された資料を広げて目を通す。


――学くんはきまってお昼過ぎに必ず風船を放っているのか。あと、三十分くらいか。


伊織は双眼鏡を首にぶら下げ、あぐらをかきながら、しばし時間がくるのを待つことにした。


マンションのベランダが並ぶ側から戸を開ける音が聞こえてきたのは、四十分が経過した頃だった。伊織は顔を出さないように注意しながら下に目をやると、少年が赤い風船を持ってベランダに出てきているのが見えた。そして、何かぼそりと呟いているのが伊織の耳に断片的に入ってくる。

 伊織は自分の耳を疑った。


「お父さん……許しません……てもあなたのことは……今日も呪いの儀式で……」


 少年は手に持っていたものを高々と空に放った。




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