引き出しの中の手紙『愛する旦那様へ』
愛しい旦那様へ
この手紙を旦那様が読んでいるということは、私たちの関係に変化がなかったのだと思います。
この手紙を旦那様が読む頃には、私は既にこの世にいないでしょう。
病床でこの手紙を書いています。私が体調を崩したのは、流行り病のためですが、もともとは自分の所為なのです。
昨年の大雪の日、旦那様がお帰りになるのに合わせて、屋根から雪を落とそうとしていて、風邪を引いたからです。
あのとき、旦那様は驚いて腰を抜かされたわ。ごめんなさい。
でも、ちょっとびっくりさせたかっただけなのよ。
だって、旦那様ったら出かけるときに、娘を「今日も可愛いなあ」って抱っこして、私には「いってきます」も言ってくれなかったのだもの。
いくら娘には甘いからって、完全無視はないと思うわ!
雪玉一個の攻撃のはずが雪崩になって、結果的には大事になったのは申し訳なかったのだけれど。
あとね、旦那様。
旦那様が私の名前を間違えるたびに、次の日の食事が旦那様の苦手なものばかりになっていたことに、気付いていらっしゃったかしら。
あれはね、厨房の皆と一緒に、私が作っていたの。
……ちょっとくらい、意地悪をしてもいいじゃない。
味は美味しかったはずよ。
それからね、旦那様。
気付いていらっしゃらないみたいだから言ってしまうけれど、旦那様の服を改造したのは……私なの。
シンプルな服を好まれていたから、すぐに気付かれるかなと思っていたのだけれど、まったく気付いてくださらなくて……どんどん派手になってしまったの。
袖口にレースをつけても首を傾げるだけだなんて、どれだけ関心がないのかしらと思ったわ。
小物もこっそりスミレ色のものを増やしてしまったわ。
ハンカチーフにカフスにボタンに……でも、きっと気付いていらっしゃらないわよね。
……部下の方に指摘されても、『そうか?』と言っただけだったもの。
むきになって一ヵ月掛けて、制服の裏地に家紋を刺繍してしまったわ。
気付いたら、ただでさえ素敵な旦那様がより素敵になってしまって……失敗だったわ。
……旦那様が寝ている間に、カーラーをつけて縦ロールを作ったのは、私です。
理由?……私の言葉に旦那様が顔を顰めた日の夜の行動よ。
次の日、旦那様がどんなに冷たい態度を取られても、直視したまま我慢できない笑いを噛み殺す努力をすることで、悲しさも相殺されたわ。
旦那様に謝りたいことはたくさんあるわ。
長い時間をこんなふうに意地を張っていると、素直に「私を見て欲しい」とか「私を愛して欲しい」とか、面と向かって言えなくなってしまっていたの。
だからね、私……こっそりと旦那様に甘えていたの。
寝ている間は、私が話し掛けても、旦那様は辛そうな顔をされなかったから。
気付いていらっしゃらなかったでしょう?
夜の間だけは、私は旦那様に対して素直になれたの。
本当は、起きている間も素直になりたかったわ。
でも、旦那様が起きている間……私の声は、私の気持ちを伝えてくれないのだもの。
だからね、私の気持ちを伝えようと思って、手紙を書くことにしたのよ。
旦那様と結婚して、悲しいこともあったけれど、私幸せだったわ。
昔の日記にはたくさん愚痴も書いたし、結構悩んだのだけれど、意地悪をして発散するのも意外に楽しかったわ。
だって旦那様ったら、全然気が付かないのだもの。
ねえ、旦那様。
私が死んだら、少しは悲しんでくれる?
この手紙は、私の部屋の机に隠しておくわ。
鍵はね、旦那様のクローゼットの奥に、ずっと昔に頂いた装飾品とともに置いておくわ。
そうしたら、……もしも旦那様が再婚などをされたときに、手紙を見つけてもらえると思うから。
最後に……拒絶が怖くて、直接言えなかったことを書いておくわ。
愛しているわ、私の旦那様。
たまには私を思い出してね。