代替と本物と理想※第三者視点
私はとある騎士様の館の使用人です。
――いえ、でした。と言うほうが正しいですね。
つい先ほど、暇乞いをさせていただきましたから。
どうして辞めたのかって?
人には色々な事情があるんですよ。
そうですね……始まりは、ご主人様がさる高貴な御方に恋心を抱いてしまったことですね。
ご主人様は、身分違いだからと諦めようとしたのですが、結局諦め切れずにずるずると婚期を逃していました。
そんなとき、王子様の花嫁探しの舞踏会が開かれたのです。
それは王子様が、海辺で出会った素性のわからない少女と結婚するために計画した、独身者根絶お見合い舞踏会だったそうです。
聞いた話ですけどね。
王子様のお考えとしては、自分は少女の存在をアピールし、花嫁候補の令嬢たちには独身の有望株をあてがう……一石二鳥を狙ったそうです。
その王子様が、現在の王様です。……ええ、昔からそういう御方でした。
素性のわからない少女は、大臣の養女となり、王妃になりました。
まるで、物語でしょう?
実は二人を題材にした話が何冊も出版されていて、若いお嬢様方に人気なんですよ。
まあ、事実二割の脚色八割のほぼ虚構の物語なのですが。
『海の国から来た娘』とか『舞踏会の夜』とか『靴の脱げた娘』とか、色々なパターンがあって王家公認の本もありますよ。
……素敵な夢物語に仕上がっていますよ。ええ、事実は二割程度です。
そんな舞踏会で、ご主人様は愛しい方とよく似た声の方がいると聞いたそうなのです。
部下の方を利用して検証すると、とてもよく似た声でいらっしゃいました。
そうして、ご主人様はその方と結婚されたのです。
奥様は美しいスミレ色の瞳を持った、可愛らしい方でした。
私達の目から見ても、ご主人様を愛していらっしゃるとわかりました。
しかし、ご主人様は奥様にほとんど関心を示しませんでした。
奥様はどんどん元気がなくなっていかれました。
そうして、奥様のお誕生日が来ました。ご主人様はお仕事で帰られませんでした。
我々は少しでもお慰めしようとささやかなお茶会を開きました。
何事にも一生懸命で、可愛らしく朗らかな奥様は、屋敷の皆に愛されておりました。
ご主人様は奥様の誕生日を間違えて覚えていらっしゃいました。何度も指摘させていただきましたが、毎年必ず間違えます。
そして、本当の奥様の誕生日には、決まって仕事を入れてしまうのです。
間違った誕生日に、似合わない装飾品をいただいて、『似合わないわよね』と鏡を覗き込んでがっかりする奥様に、我々はいじらしさを感じておりました。
しばらくすると、奥様は次第にご主人様と距離を取り始めました。
物静かで、落ち着いた女性になりました。
ご主人様の前でだけは。
昼間、ご主人様のいない時。我々の前では、以前よりも楽しそうに過ごされておりました。
お嬢様が産まれてからは、更に楽しそうでした。我々も、お二人の姿を見る度、幸せな気持ちになりました。
奥様が亡くなって、お嬢様は元気を無くされました。ご主人様の前では、気丈に振る舞っていらっしゃいましたが、寂しくてよく泣かれていました。
お嬢様は、あの茶色いカナリアに『お母様』と呼んで、いつも話し掛けていらっしゃいました。
カナリアも、お嬢様にはよく懐いていて……囀る声が、お嬢様に話し掛けているようでした。
そのいじらしい姿に、我々はまた胸を打たれました。
そんなお嬢様も、ご結婚を機にこの屋敷から出ていかれることになり、まもなく新しい奥様が嫁いでいらっしゃいます。
我々の奥様がスミレの花のように可憐な方だとしたら、新しい奥様は大輪のバラのような華やかな方。
昔、ご主人様が奥様に贈られた、華美な装飾品がよく似合いそうな方です。
奥様のお部屋の荷物は、『お母様のものは全部持っていくの』と言われたので、すべてお嬢様にお渡ししていて、お部屋は何も残っておりません。
一ヶ所を除いて。
……鍵の掛かった机の引き出しはそのままに、と奥様がおっしゃっていたので、そのままにしてあります。
元王女で元王妃の新しい奥様との生活に、ご主人様がこれからどんな思いを抱かれるかはわかりませんが、恋い焦がれた『本物』が手に入ってよかったのではないですか。
ただ、『本物』にも『理想』を押しつけて、壊してしまわないかと心配ですけれど。
まったく、傍から見たら物語みたいな純愛ですよね。
『初恋を実らせた騎士』と『元王女』なんて、素敵な設定じゃないですか。
お二人の物語が『二人は幸せに暮らしました、めでたしめでたし。』になればいいですねぇ。
――私が作者だったら、絶対にしませんけどね。