新作ゲームは発売日にプレイしたい
「どうか、どーかお願いいたします!」
「わ、わかったから。わかったから土下座はやめよ?」
今。手芸部の部室には異様な光景が広がっていた。額を地面にこすり付けている男と椅子に座り困った顔でそれを見ている美少女。はたから見れば、男が美少女に対して媚びへつらっているようにも見える。
「これからはより一層部活に励みます。だから、だからどうか私めの願いを聞いていただきたい!」
「声、声を抑えてください!周りに聞こえてしまいますから!」
媚びへつらっているようにも見えるというか、実際に媚びへつらっているんだけどね。
俺が神代にお願いしているのは明日の部活についてだ。明日はどうしてもはずせない用事があるから部活を休ませてほしいと交渉をしている。
明日は前々から楽しみにしていたとある一大イベントがあるのだ。そう・・・・・・・・・
以前プレイしたギャルゲーの続編が発売されるのだ!!!
俺はそのゲームを買うために予約したゲーム屋へ行かなければならない。別に通販で買ってもよかったけど、俺の住んでいる所は都会か田舎でいえば田舎よりの町だ。予約しても発売日当日に配達されないなんてことが時々ある。もしかしたら発売当日にプレイできない可能性が。その可能性をなくすために、俺は安心と信頼の最寄のゲーム屋で予約したのだ。
家とは逆方向のゲーム屋まで行くのは少し手間だけど、たった数キロ歩く距離を増やすだけでユキちゃんに会えるなら、そんなもん全然苦にならない。
と言うより、ユキちゃんのためだけにこのゲーム買うようなもんだからね。
ユキちゃんっていうのは、前作『真昼のスターゲイザー』に出てくるヒロインの一人。フルネームは五木島ユキ。おっぱい担当。目つきが悪く、無口で、いつも不機嫌そうな雰囲気を纏っているが、実は人一倍の甘えん坊。
クラスの皆と仲良くしたいと思っているけど人見知りな性格や周りから避けられていることもあって、なかなか友達が出来ない。
主人公との出会いは、放課後の公園で一人ブランコに乗っているユキちゃんの姿を目撃して、気まぐれで主人公が話しかけたのがきっかけ。最初はお互いうまく話が続かなかったけど、臨海学校で一緒の班になったあたりから徐々に心を開いていき、その後、友達がほしいという彼女の願いをかなえるために主人公が奮闘していく。そしてユキちゃんは、そんな主人公の姿をみて惚れていく。
無表情から時々漏れるデレの破壊力も中々のものだったけど、付き合い始めてからはもっとすごかった。もうね、デレっぷりがね、ヤバイの。見ているこっちがニヤニヤしてしまうくらいの砂糖増し増しストーリー。
続編決定の知らせを見た瞬間に家を飛びだしたのは今での覚えている。
あぁ・・・すでに『メタリックギアリソッド4』の初回限定版を予約していたせいで、初回生産限定版プレミアムエディションどころか普通の限定版にすら手が出せなかったことが悔やまれる。バイトすれば金は何とかなるんだけど、うちの学校はバイトを禁止している。前に黙ってバイトをしいたことがあったんだけど、見つかった次の日はもう散々な目にあった。しかも、その時に「またやったら次はこんなものでは済まない」と釘を刺されてしまっている。
けど、今思えばやっぱり多少の無茶をしてでも・・・・・・ってこのままじゃあいつまでたっても話が進まない。まだか足りたり無いけど、そろそろ本題に戻ろう。
まあ要約すると、俺は明日そのゲームを買いに行くから部活を休みたいと鬼教官にお願いしているのだ。
「もう・・・仕方ないですね。明後日からはちゃんと部活に参加するんですよ?」
「あ・・・ありがとうございます!!」
よし、準備は整った。後は明日に備えて万全の体制で挑むのみ。今日は1時間早く眠るとしよう。
―――――次の日
キーンコーンカーンコーン。
6限目の授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り響く。
戦い(攻略)の時は近い。体調は万全。食料、飲料水も過剰に確保。財布の中には諭吉を装備。今日の俺に抜かりはない。
HR終了後、俺はいち早く教室を飛び出した。早足で階段を駆け下り、流れるように靴に履き替え、校門まで全力疾走。ここまでの消費時間は5分にも満たない。よし、これなら予想よりも早い時間で家に帰り着きそうだ。期待に胸を膨らませながら、俺はゲーム屋まで走り続けた。
「こんちわー」
「お、いらっしゃい。頼んでたの届いてるよ」
数十分後、何事も無くゲーム屋に到着した俺は意気揚々と扉を開けた。
ここのゲーム屋は小学生の頃からお世話になっている。店は狭いけど店長のおじさんの人柄がとてもいい。常連の人には値引きとかしてくれるし、たまにトレーディングカードゲームのレアカードをタダで配ったりしている。俺も何度かお世話になった。
さて、さっそく受け取りたいところなのだけど・・・先客がいるみたいだな。しかもあの制服、俺と同じ学校の奴だ。しかも、よく見ると肩で息をしている。どうやら、俺と同じで急いでここに来たんだろう。一体何のゲームを買ったんだろうか?ちょっと気になる。
さりげなくレジ前のショーケースに陳列された商品を覗くふりをして、横目で先客の奴が受け取る商品を見た。
(・・・マジかよ)
俺は先客の奴が受け取った商品を見て驚愕した。そいつが手にしていたのは、俺が今から買う予定の『真昼のスターゲイザー2』だった。だが、まったく同じものではない。そいつがもつパッケージの分厚さ、そして側面に書かれた金色の文字。見間違えるはずが無い。あれは『初回生産限定版プレミアムエディション』!!
ドラマCD、サウンドトラックCD、設定資料がついたスペシャル仕様。ただし、価格の方もスペシャル仕様で1万は超えていたはずだ。くそっ、本来なら俺もあの分厚い箱を今から受け取るはずだったのに・・・。恨めしい目をしながらそのまま視線を上げると、そこにはこっちを凝視する学生の顔があった。
・・・俺はこの顔に見覚えがある。
神代と同じで学園の有名人だ。整った顔立ちに加えて高身長、さらに勉強も出来てスポーツも出来る。他の追随を許さない圧倒的存在。
こいつの名前は『香坂』。
神代学園において唯一『不良』と呼ばれる存在だ。