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第98話 命の護り手

98 命の護り手



 ルーカスside ―


 『(ごめんねルーカス、君の目的がパイモンにバレちゃったみたい)』

 「(いや、いずれバレることだったし)」


 悪びれもなく告げられて責める言葉も見つけられず、無難な返答をした俺を見てバティンは再度ごめんねと思ってもいないだろう謝罪を口にした。イルミナティの定期報告会での出来事だった。アロケルの討伐で拓也たちがパキスタンに向かった際にアスタロトと会ったようだ。この間、パイモンには遠回しに話してしまったのが失敗だったか。


 今思えば弱点みたいなことを相手に教えて、向こうから利用されたりしないだろうか。それはさすがに考えすぎか……


 『(お前わざとじゃねーだろうな)』

 『(やだな。そんなに怒らないでくれ。かわいい顔が台無しだよ)』

 『(お前の思ってないことを平気で口にするところがムカつくんだよ)』


 キメジェスが不愉快そうに舌打ちをして俺の隣に腰掛ける。俺の言いたいことを代わりに言ってくれて感謝しかないが、バティンには通じないだろうな。お前がいなければ、今頃俺はどうしてたんだろうな。


 キメジェスとバティンのやり取りにタブレットとにらめっこをしていたリーンハルトが眉間に皺を寄せて顔を上げる。


 「(話進まないなら僕帰っていい?あんたらと違って僕は寮生活なんだよ。長時間は抜けられない。ただでさえ課題多いってのに)」

 『(送ってあげるからもう少し待ちなよ。ね、ミスターも言ってくださいよ)』

 「(リーンハルト、勝手な行動はするな)」


 マティアスさんに怒られてリーンハルトは不貞腐れたように唇を尖らせてわざとらしくため息をついて再度タブレットに視線を落とした。定期報告会とは言え、もう最後の審判の準備はほぼ整っている。あとは聖地を潰し天使どもを弱らせるだけ。地獄への門はもう開きかけているのだ。


 時々思う。この場所にいてよかったのかと。最悪のシリアルキラーになってしまうのではないかと不安に思う時がある。どのみち最後の審判は俺一人で止められるスケールではない、だから身近な人間だけでも守ろうとした結果がこれだから救いようがない。


 なぜ、彼らはイルミナティに協力するのか。離れた席に座っているアニカに関しては南アフリカでしたいことがあると言っていた。審判が起これば国がなくなってしまうのに、いまさら何を思うのだろうか。ジョシュアに関しては分からない。彼は自分を語らないから。ヴァレリーさんはなぜこの場所にいるんだろうか。


 『(聖地潰しに関してだけど次はエルサエムの聖墳墓教会がターゲットだ。ここを落とせばいよいよヴァチカンのサンピエトロ大聖堂が視野に入る。天使は前回同様に依り代がいるだろう。ジョシュア、君の準備は整ってるの?)』

 「(問題ない。あとはあちらの都合聞いて好きにしてよ。あんまり期待してないけど)」

 『(そんなことないさ。アスモデウスとパイモン、ヴォラクの力は借りたいだろ?)』

 「(別に)」


 ジョシュアは相変わらず何を考えているか分からない。けど、手に持っているナイフを眺めながら視線だけをあげた。


 「(聖墳墓教会を落としたら、サンピエトロ大聖堂を落とすまでの間は俺の目的を遂行させてもらう。一旦イルミナティは抜ける)」

 『(好きにしなよ。イスラエルを落としてから戻っておいで)』


 イスラエルを落とす?ジョシュアはにんまりと口元に弧を描いて満足そうに笑い立ち上がり背中を向けた。


 「(じゃあ、俺の方は準備ができてるから継承者との予定合わせはそっちに任せるよ。行こうガアプ)」

 『(ベリアルが出ると聞いているが、そこだけは確認しておきたい)』


 ベリアルが出る?まだ聞いていない話だが、俺と佐奈以外は特に動揺している感じはない。リーンハルトですらだ。俺たち以外は知っていたのか?ジョシュアは知らなかったのか足を止めてバティンの方に振り返っている。肝心の本人は何食わぬ顔で頷いた。


 『(彼らの契約者がご希望なんだってさ。メタトロンとサンダルフォンを始末してくれるらしい。有難いよねえ)』

 『(あいつらが素直に言うことを聞くか?)』

 『(聞くんじゃない?今の契約者には随分従順だったし)』


 だとしたらこの報告会に顔も見せずにどこにいるというんだ。聖墳墓教会で顔を合わせるにしても協力するのだ。事前に打ち合わせは必要だろう。英語で会話をしているため話の半分も理解できていないんだろう佐奈は頬杖を突きながらアガレスに通訳をしてもらっており、口を開いた。


 「てかさ~ベリアルとか知らないんだけど~。私が知らないところで味方増えてんの?そいつ、どこにいんの?」

 『契約者はポルトガルに住んでるよ。ただ、出身はギリシャみたいだけどねえ……拓也君に会ってみたいんだってさ』

 「なにそれ。池上君と因縁でもあるの?」

 『あるんじゃない?教えてくれなかったから知らないけど』

 「ふーん」


 さして興味もなさそうに視線を戻した佐奈と比較してガアプは不満気だ。


 『(一方的な共闘は困る。俺とジョシュアもイスラエル陥落を次の目標に動いている。他の悪魔に足を引っ張られたくない)』

 『(少々荒っぽいけど、あの子たちはいい子だよ。ガアプ、あと誰か連れていきたい子はいる?マルバスとフルカスは駄目だけど、他の子なら手が空いてたら手配するよ)』

 『(おい)』


 聖墳墓教会を陥落させるとなると上位の天使が出てくることは間違いない。ガアプは俺たちの中でも最上格の悪魔だけど、それでも相手次第では最悪がある。ちゃっかり選抜から外されたマルバスとフルカスはため息をついている。


 『(バティンお前、そういうのは止めろ。私が行こう。戦力的にも私で十分だろう)』

 『(マルバスは駄目だよ。君が怪我したら嫌だからね。リーンハルトも駄目。ミスターに怒られちゃう)』

 「(なんのためにフルカスと契約してんだよ!)」


 おじいちゃんもなんとか言って!そう声を荒げたリーンハルトを無視し、マティアスさんが口を開く。


 「(新たに予言を行う。リーンハルト、お前はそれの手伝いをしなさい。バティンもいいな)」

 『(もちろんですミスター!僕は貴方の手足。なんでもご命令ください)』


 マティアスさんはどうやってバティンをここまで骨抜きにしたんだろうな。あれだけ口が達者なバティンもマティアスさんのすることには全て従うんだから。新たな予言か……正直もうソロモンの悪魔はそれほどの数は残ってはいないけど、何をするんだろうか。


 「(決めた。ルーカス、お前にする)」


 陽気な声に全員の視線が一転に集中する。その本人は俺を指さして歯をのぞかせて笑っている。なんだ、俺が指名されたのか。


 ガアプを無視してジョシュアは不気味なくらい笑みを張り付けて近づいてきた。


 「(お前はエクソシストに因縁がある。丁度いいじゃん。アスタロト来るかもね。そしたらお前の大事な子、やっと殺してあげれるかもね。俺も手伝いができる)」

 『(悪趣味かよ)』

 

 面白いと思われてるんだろうか。俺の目的はこいつにとっては余興にしか過ぎないと。悪魔に支配される恐怖を分からないはずがないのに。


 「(お前の手は借りない。俺の手でケリはつける。お前なんかに汚されていい相手じゃない)」

 「(お前が本気で怒ってるの初めて見た。いいね)」


 言いたいことだけ言って満足したのかジョシュアは今度こそ帰るようだ。わざとらしく両手をあげて声高らかに宣言する。


 「(聖墳墓教会を落としたら嘆きの壁も破壊する。その次にイスラエルだ。ユダヤ人どもに目にもの見せてやる。アッラーは偉大なり)」


 あいつ、イスラエル出身とは聞いてたけど、やっぱりアラブ人か……イスラエルに潜伏しているテロ組織の一員ってことか。中東戦争でもしかけたいのかクソ野郎め。ジョシュアの奇行を目にしたアニカは表情を険しくしている。


 「(あんなのに任せて大丈夫?私とマルコシアスの方がいいのでは?)」

 「私は~行きたくないな~ジョシュアとペアとか怖いし~」


 サイコの佐奈ですらこれだ。ジョシュアは常軌を逸している。確かにイルミナティで一番実力があるのはジョシュアで間違いない。アニカと同じ軍人だが、退役軍人のアニカと違い、ジョシュアは現役の軍人で今も傭兵稼業で生計を立てているプロの兵士だ。俺とは実力に差がありすぎる。


 しかしバティンはにこやかに笑い首を横に振った。


 『(ルーカス、悪いけど付き合ってあげてくれない?戦闘はガアプとアスモデウスに投げといていいよ。君は君の目的を遂行するんだ。キメジェス、ルーカスを守るんだよ)』

 『(お前に言われたくねえよ!)』

 『(そこまでしてジョシュアの機嫌をうかがう必要もない。俺とアニカが行く。お前はここに残れ)』


 マルコシアスにまで諭される始末だ。世界から認識される犯罪者集団なのに仲間にはこれだもんな。でも、もし聖墳墓教会にあいつがいるのなら……やっと連れ戻せるかもしれない。あいつを……家族と一緒に眠らせられるかもしれない。


 「(いい、俺が行く)」

 『(ルーカス)』

 「(心配はいらない。俺だって戦える。餓鬼扱いは止めてくれ)」


 バツが悪そうにマルコシアスがため息をついてバティンに視線を送っている。当の本人は解決したとでも言いたげに手を叩いて立ち上がった。


 『(よし!情報共有終了!ヴァレリーと佐奈は少しお願いしたことがあるから残ってくれない?リーンハルトはそのあとで送ってあげる)』

 「はーい。情報共有って言ってたのにぜーんぶ英語で話されて半分も理解できませんでしたー次は日本語でお願いしまーす」

 『うーん。無学無教養な子の要求に応える気はしないんだけど可愛いから許しちゃおうかな』

 「うわーうぜー殺して~」


 殺伐としたやり取りの中、バティンのお願い事とやらが気になるのは俺だけではなくアニカも同じのようで、その場を離れようとしない。俺たちが座ったまま動かないのを気に留めずバティンは佐奈とヴァレリーに体を向けた。


 『マルバスの能力で南米で黄熱病が蔓延中だ。でもどうにもかかりが悪い国があるんだよね。恐らく悪魔が防いでる。邪魔にならないなら見逃していいから悪魔と契約者の特定をお願いしたい。ベリスの行方は掴めてる。能力的にはプロケルもない。モラクスかアンドロマリウスのどちらかだ』

 『私に対抗できる能力ならばアンドロマリウスではないだろう』

 『ならモラクスだね。契約者を殺すのも任せるよ。探し出して特定して』


 最後の審判は最終段階に入っている。バティンとしては死んだ悪魔たちを復活させるためにある程度の魂が必要なんだろう。マルバスが引き起こした感染症で亡くなった人たちの魂はそのままマルバスが地獄に送っていると聞いている。それの邪魔をするなってことなのか。


 マルバスがヴァレリーさんに説明し、頷いている。情報収集の要としてイルミナティにいるんだ。すぐに契約者の特定は済ませるだろう。ただ……本当に殺害までしてしまうとしたら……


 「契約者、殺しちゃってもいいの~?」

 『好きにしていいよ。目立ちたかったら思いきり目立っておいで』

 「えー目立ちたくはないな~まだ学校生活あるし~」

 「俺はマルバスの意思に任せるよ。マルバスが殺したいなら殺せばいい」


 呑気な会話に反吐が出そうだ。腕を組んで座っているアニカも眉間に皺を寄せている。むやみな殺生は必要ないと思っているのか。俺の目的の達成も近い。あいつを連れ戻せたら俺がイルミナティに協力する理由もない。


 「んで、その国ってどこなの?」

 『あーそうだったね。そこは……』



 ***


 拓也side ―


 「航空便を大幅減便。水際対策急務……」


 携帯の画面に出ていたのはこの一週間ほどで南米全土に広まっている感染症の話題だった。SNSのトレンドになっているワードをタップして出てきたニュース記事の見出しにはそう書かれていた。


 『マルバスの能力ですね。これほどの威力とは……日本にしかけられたら危なかった』


 黄熱病とか教科書でしか見たことがない。バティンに付き添っていた剣士のような悪魔にこんな恐ろしい能力があるなんて……南米で爆発的に大流行しているようで、医療機関が少ない地方や村ではとんでもない被害になっているそうだ。日本の企業もワクチン接種の強化と駐在員の一時帰国も視野に入れて動いていると書かれていた。


 “ もう無茶苦茶だよ。これ絶対イルミナティのせいじゃん ”

 “ だれも止めれないとか終わってる。このままイルミナティの好きにさせる気かよ “

 “ 最後の審判が明日来るかもしれないのに働きたくなーい笑 イルミナティ死んでほしい ”

 “ 死にたいって思うときあるけど、いざ世界が全部壊れるってなったら怖いな。イルミナティ何者 ”


 SNSに書き込まれた文章は悲壮感にあふれている。少し前までは悪魔という架空の存在を面白おかしく茶化していたのに現実の存在だと認識したとたんこれだ。それでも一般人が何かをすることができるわけもなく、みんな普段の生活を送っているのだ。少しの恐怖に駆られながら。


 GWになっても俺がどこかに行くわけでもなく、ストラスと部屋でだらだらしながら過ごしている。直哉に関しては未だに何をしているか分からない。まだ雑居ビルには入り浸っているようだが本人に変わったところは見られないし、ストラスが監視しているままで終わっていた。


 「これ以上の予言って他に何があると思う?核を落とされるとか?」

 『その規模になると契約者が政府関係者になる。今のイルミナティの契約者たちを見る限りなさそうですが』


 確かにそうだな。あいつらはこれが最後の予言にするつもりはないだろう。次に来る予言はきっと聖地潰しだ。パイモンが近いって言ってたから。今度こそ中谷を救う手立てを見つけることができるのだろうか。


 ストラスと話しながら携帯を見ているとメッセージの通知が出現し、相手を確認する。


 「ルーカスからだ」

 『ルーカス?』


 何の用だろう。まさか聖地潰しについてなのか?メッセージを開いてみると、報告したいことがあるから会いたいという内容だった。ただ、セーレだけで来てほしいと書かれており、ストラスとパイモンの名前がないことに不安になる。


 『無視してパイモンを連れていきましょう』

 「でも……」

 『セーレではいざという時に貴方を守れません。いくらルーカスが貴方に危害を加えないとはいえ、向こうがルーカスだけで来るとも限らない。危険です』


 確かにそうだよな。正直怖いし。キメジェスも俺たちに攻撃をしてはこないと思うけど、それでも戦うってなったら絶対に勝てないし。でもルーカスがこういうことを言うなんて何があったんだろう。


 「とりあえず連絡して確認してみるよ」

 『そうですね。内容次第では無視です無視』


 ストラスが俺の肩から降りてテーブルに置かれているポテチの袋を開けて食べ始める。こいついつまでたってもポテチ大好きだな。飽きるってことがねえのか。


 メッセージアプリからルーカスに通話を入れてみる。こっちは朝だけど向こうは夜か。出てくれるかな?メッセージ送ったばっかりだから起きてるか。


 数コール後、ルーカスの声が聞こえてきた。


 「ルーカス、メッセージ見たけど、どういうこと?パイモン連れてくるなは難しいよ」

 『言い方が悪かった。相談したいことがあったからだ。パイモンいたらキメジェスがうるせえし、こんなことで呼びつけるのも気が引けたんだよ』

 「キメジェスが?」

 『こえーんだとよパイモンが』


 ルーカスの後ろではそんなこと言ってない!と言う声が聞こえて思わず笑ってしまう。少しだけ肩の力が抜けて、再度用事が何か問いかける。ルーカスは先ほどより小さな声で会話をしており耳を澄まして話を聞く。周りに聞かれたくないんだろうか。


 『俺の独断だからあまり声を大にして言いたくなかった。悪魔の契約者が見つかったかもしれない。そいつを保護してほしいだけだ』

 「保護?」


 まさかの契約者を守ってほしいという言葉にオウム返ししかできず、ストラスもその言葉に俺の膝の上に戻ってくる。ルーカスが独断で動いているってなんだろう。悪魔の情報を知っているってどういうことだ?


 『そのことを相談したかった。俺とキメジェスしかいない。だから別にそっちもセーレだけでいいってことだったんだよ。キメジェスもセーレだけの方が喜ぶし』


 セーレに会えるの!?後ろからキメジェスの歓喜の声が聞こえてくる。確かにキメジェスがセーレにまとわりついたとき、パイモンが近づくなみたいなことしてたの何回か見たな。ルーカス的にはキメジェスに喜んでほしいだけだったのか……


 「ストラス、ルーカスだけらしい。それならいいのかな」

 『貴方は彼を信用しすぎです。私は反対です』

 「キメジェスがセーレに会いたいって」

 『だから何ですか』


 ストラスの冷たい返答が聞こえていたのだろうルーカスは通話越しに苦笑いだ。


 『そっちの言いたいことは分かるよ。無理強いはしない。お前が来れるんなら今週土曜日の十三時にルクセンブルクのギョーウム広場に来てほしい。俺が日本に行ければいいんだけどバティンの加護がないから転移術と高速移動が使えない』

 「あれ?前はオランダだったくね?ルクセンブルク?」

 『ああ、俺の出身地だからな。実家の近くなんだよ』


 そっか。ルーカスって休学してるけどオランダの大学生だったっけ。しかもかなり頭がいい。出身もルクセンブルクってそういえば言ってたわ。ルーカスはキメジェスが呼んでるからと言って通話を切ってしまい、ストラスに相談する。


 「ルーカスが悪魔の契約者を見つけたって。それを教えたいって……なんだろう」

 『なぜ彼が?』

 「分からない。でも悪魔の情報って探せてないよな」

 『ええ。パイモンからは連絡が来てません。場所が判明していない悪魔はベリス、プロケル、アンドロマリウス、モラクスだけです。その内のどれかであることは間違いない』


 なら、情報をもらいに行った方がいいのかもしれない。残りの悪魔たちも騒動を起こしてくれないと日本に住んでる俺たちが見つけ出すって難しいし、向こうも俺たちをもう狙ってはいないんだろう。


 そのまま調べてみたがギョーウム広場という場所はルクセンブルクの中心地で観光地でもあるようだ。流石にここで大事を起こすつもりはルーカスもないだろう。向こうも人目が多い方がこちらが安心できると思ってるからこの場所を指定したのかもしれない。


 「行ってくるよストラス」

 『本気ですか?』

 「パイモンには黙ってて。セーレいるし、ルーカスの指定した場所って観光地だから何も起きないと思う。向こうもルーカスとキメジェスしか来ないって言ってたし」

 『駄目です。私はパイモンにチクります』


 チクりますとか言うな!後で怒られるの俺なんだから!


 「チクったらお前一か月ポテチなし」

 『むぎゃっ!?』


 笑わすな。


 ストラスの目は泳いでおり、どうしていいか分からないという感じだ。お前あれだけ威勢よく騒いでいた割にはポテチで静かになるんかい!なんだかんだでルーカスだから大丈夫ってお前も思ってんだろ。


 『うぐぐ……危ないときはすぐに戻るのですよ。人通りの多い場所を通ること。知らない人について行かないこと。いいですね』

 「俺は幼稚園児か」


 土曜日って言ってたな。明日じゃん。別に特に用事ないからいいけど。上野たちとも遊んだし。問題はどうやってセーレだけを連れ出せるかなんだよなあ。パイモンにばれない様にしないと。絶対に行くの許可してもらえなさそうだもん。


 ***


 「拓也本当に良かったの?俺だけじゃ最悪は対応できないけど」

 「ルーカスだけだから大丈夫のはず。契約者を保護してほしいって言ってた。それなら俺も協力したい」


 ギョーウム広場は土曜日なこともあって観光客含めて人が多い。なんかルクセンブルクでは有名な人なんだろう銅像の前でセーレと待っていると、ものすごい勢いで走ってくる子供がいた。ぶつかるんじゃないかってくらいの速度で走ってきた子供はセーレの前で急ブレーキした後に威力を落として抱き着いた。


 「久しぶりセーレ!」

 「キメジェス!久しぶり」


 抱きしめ返したセーレの表情は本当に嬉しそうだ。そうだよな……親友と戦うなんてしたくないよな。キメジェスはセーレから身体を放して俺の腹を軽く殴る。


 「お前結構いい奴じゃん。本当にセーレだけで来るなんて」

 「お前らが来いって言ったんだろ」

 「まあね~」


 太陽の家のイベントに付き合ってほしいって嘘ついて連れてきたんだけど大丈夫だよなバレないはず。パイモンもわざわざ調べたりしないだろうし。


 なんだかこいつ本当にヴォラクそっくりだな。生意気な餓鬼そのものだ。遅れてルーカスも歩いてきてキメジェスの首根っこを掴む。その手には袋に入ったお菓子袋が握られており、キメジェスはそれに手を伸ばしている。


 「ルーカス!それちょうだい!俺の、俺のー!」

 「人が会計済ませてる間に店から走り去って喧嘩売ってんのか。罰として夕方までこれは無しだ」

 「やだ!いーやーだー!」


 ルーカスが歩いてきた方向にはお菓子屋さんらしき店がある。そこでお菓子をルーカスに買わせている間にセーレを見つけて走ってきたようだ。ルーカスが怒るのも無理はない。袋に入ったお菓子をなぜか俺に渡して好きなのをとっていいとルーカスが言った瞬間のキメジェスの悲壮感に満ちた表情は面白かった。


 「好きなのとっていいよ。そこの量り売りの店だ。ルクセンブルクでは結構人気でな」

 「あ、いいの?じゃあこのグミみたいな奴」

 「それ俺が好きなやつー!」

 「やかましい。少しぐらい他人に分けろ」


 お菓子をとって食べてみると海外特有の酸っぱい粉がまぶされたゼリーのような触感で美味しいけど俺は日本のグミの方が好きだなって再確認できる味だった。セーレも一つもらいルーカスに返している間、キメジェスはずっと口をとがらせていた。仕方ないから日本から持ってきたチョコと飴をキメジェスに渡す。前に会った時に甘いものが好きだというのは見て分かったから俺からのお土産だ。


 「はい、日本のお菓子」

 「え?なんで?」

 「お前オランダで会ったときにジェラート嬉しそうに食べてたから甘いもの好きなんだろ。お土産」

 「う……ええ……俺に?あ、ありがとう」


 急に借りてきた猫のように大人しくなったキメジェスがお菓子を受け取りルーカスの後ろに隠れる。本音言うと家にあった適当な板チョコと兵庫に住んでるじいちゃんが送ってきた飴なんだけど、普通に美味しかったし気に入るだろう。


 セーレがくすくす笑いながらルーカスに声をかける。


 「人たらしでしょこの子」

 「心配になるくらいお人よしだな。人の悪魔を誑し込むのは止めてくれよ」

 「え」


 ルーカスが指をさし歩いていく。この広場付近の店を予約しているらしい。昼ご飯を奢ってくれるということなのでついていきながら、中世の街並みのような美しさに首をキョロキョロ動かして歩いている俺にキメジェスはお菓子を食べながら振り返る。


 「お前こういうの好きなのか?」

 「え?あ、うん。街並みすごいよな。綺麗だし」

 「んな。俺もルーカスの故郷好きだよ。飯食ったら俺のおすすめスポット連れてってやるよ」


 お菓子あげただけでここまで懐柔できるなんて俺はキメジェスが心配になってくるよ。現地観光連れてってくれるなんて。でもこの感じならストラスが心配していたことは起こらなさそうだ。


 連れてこられたレストランは既に客であふれており、reserveと書かれている席に案内される。メニューは英語と多分ルクセンブルク語なのか?で書かれており全く分からず、とりあえずルーカスにおすすめを聞いてみる。


 「何が有名?」

 

 ルーカスは首を傾げキメジェスと話しだした。


 「お前何が美味かった?」

 「えーパテとか?ジュッドは嫌い」

 「ジュッドは俺もあんまり。これでいいんじゃねえかな。パテ・オ・リースリング。ルクセンブルクの代表料理だ。肉をパイで包んで焼いた奴。微妙ならここら辺の牛肉のワイン煮頼んどけば外れないよ」

 「ここはベルギー系料理屋だから全部美味しいよね~」


 キメジェスがニコニコメニュー表を見ながら料理を見ている。日本ではまったく聞きなじみのない料理に困惑してしまうが、セーレがパテなんとかを頼んだので、俺は大人しく外れがない牛肉のワイン煮を頼んでおく。結構高そうだけど大丈夫なのかな。


 「ベルギー料理の店?」

 「まあ、そうだな。ベルギー系だな。ルクセンブルクはドイツとオランダとベルギーに近いから料理もそこら辺からの影響うけてんだよ。好き嫌い分かれるが俺はベルギー系が一番うまいって思ってる」

 「へえ」


 ネットで調べてもお金持ちの国、街並みが綺麗としか出てこないからこういった事情みたいなのは現地の人間ならではって感じだ。料理が運ばれてきてキメジェスが喜んでフォークを持つ。ルーカスとセーレはビールも頼んでおり、テーブルがどんどん豪華になっていく。なんだか本当に飯食って観光しに来ただけになってるけど大丈夫なのか?


 普通に美味いし。外れがないって言ってたけど本当だ。


 和気藹々としていたが、料理を食べながらルーカスが声を出す。内容は肝心な部分で、俺とセーレも食べる手を止めて話を聞く。

 

 「この間、定期報告会があった。その時にバティンが言うにはウルグアイにモラクスがいるんじゃないかって言ってたんだ」


 モラクス……ストラスと話したときに名前が挙がってたな。ルーカスは他にも知ってる悪魔がいるんだろうか。


 「ルーカス、他の悪魔の居場所は知らないの?」

 「ベリスは場所が分かるとバティンが言ってたけど、俺は知らない。プロケルとアンドロマリウスは分からない」


 そっか。分かってるのはモラクスだけなのか。でもどうしてルーカスがそれを俺に教えるんだ?討伐ではなくて保護してほしいってどういうことだ?


 「日本ではニュースになってないか?南米の黄熱病について」


 その言葉にセーレが眉間に皺を寄せる。マルバスの能力のせいだってことは分かってる。そういえばウルグアイって南米じゃないか。もしかしてイルミナティに協力しているとか?いや、それなら保護してほしいっておかしいよな。


 「黄熱病による死者数が圧倒的に少ないのがウルグアイだ。バティンが言うにはマルバスの力に対抗している悪魔がいるんじゃないかってなってる」

 「それがモラクスって悪魔ってこと?」


 ルーカスが頷く。あんな大規模な攻撃をする悪魔から国を守っている奴がいるってことなのか?


 「バティンがヴァレリーさんと佐奈に契約者の捜索を頼んでる。バティンは指示はしていないが契約者の殺害は好きにしていいってことだ」

 「進藤さんが……?」


 あのサイコパスならやりかねない。人を殺しても笑っているような女だ。でもルーカスは首を横に振り、進藤さんではないと告げた。


 「佐奈は騒ぎを起こしたくないと言っていたから自分たちの邪魔をしないのなら手を出さないと思う。けどヴァレリーさんは違う」

 

 ヴァレリーってあのおっとりしたおじさんだよな。あの人こそ人を殺すとかそういったことに無縁そうなのに。


 「本人は興味なさそうでマルバスに任せるって言ってたけど、マルバスは恐らく契約者を殺害する。自分の邪魔をする相手には容赦のない女だからな。だから先に契約者を見つけてなんとかしてあいつらに見つかる前に契約を放棄させて一般人に戻したい。悪魔を見つけられないのなら契約者も殺害されることはないはずだ」

 「……どうして、バティンに逆らうような真似を?」


 それはルーカスにとって何の意味がある?ルーカスもイルミナティに在籍している人間だ。しかもキメジェスの契約者、イルミナティの中心人物だ。バティンの目的も分かっているはずなのに、契約者を救おうとするんだろう。


 ビールを飲んだルーカスがグラスをテーブルに置く。陽気な音楽と楽しそうな笑い声が店内に響く中、沈痛な面持ちで話すルーカスは正直言ってこの場には場違いだ。


 「死ぬ必要のない人間が死ぬのは好きじゃない。それに、もうすぐ俺の目的も達成できる……イルミナティにもう用はない」


 その言葉にセーレが眉を下げた。そういえばルーカスの目的ってなんだっけ。確かエクソシスト協会に会いたい人がいるって言ってたけど、パキスタンで出会ったあの女だろうか。アスタロトに体を乗っ取られたって言われてた人……ルーカスの知り合いだって言ってた。


 「アスタロトに乗っ取られたあの女の人と、何か関係ある?」

 「拓也」


 セーレがそれ以上聞くなというように首を横に振る。でも俺はルーカスを助けたいよ。細い糸の上を歩いているような、崩れ落ちそうなのに気丈に振舞っている。見ていられない……


 キメジェスは黙っており、口を挟む気配はない。ルーカスに全て任せるとでも言いたげだ。ルーカスはそこまで知っているのならと小さく笑う。


 「俺の幼馴染だよ。名前はジェシカ。元恋人だ」

 「恋、人……?」

 「ま、振られちまってんだけどね。俺の一方的な片思いだ」

 「違う。ジェシカはアスタロトからルーカスを守るためにお前を振ったんだ。あいつはお前のことを心から愛してた」


 いつになく真剣な表情のキメジェスにルーカスは肩をすくめた。ルーカスの恋人があの女の人?心臓がツキンと痛んで、顔を伏せる。なんでだろう、澪と重ねてるんだろうか。アスモデウスに澪を奪われる未来をルーカスに見たんだろうか。セーレは知ってた。恐らくパイモンも知っていたんだろう。だからあの反応だったんだ……俺は、教えてもらえなかった。


 「あの子、助けられないってバティンが言っていた。それでも?」

 「そうだな。生きて帰るのはもう無理だろうな。でも死んだあとも悪魔に利用されるなんてまっぴらごめんだ。遺体になったとしてもあいつを取り戻して両親と同じ墓に入れてやりたい」

 「両親って……亡くなってるのか?」

 「アスタロトの暴走でジェシカは両親を殺害してる。日本ではニュースになってねえだろうな。警察に捕まってたんだけど、精神鑑定中に意識を完全に乗っ取られて、そのまま精神科医を殺害して国外逃亡してんだよ。あいつ、この国では指名手配犯だよ」


 そんな、ことって……ルーカスはテーブルに肘をついて口元を手で隠して焦点の合わない目でぼんやりとテーブルを見つめている。


 「俺は……あいつが悪魔憑きだってことを信じてやれなかった。恋人が気味の悪い妄言を吐くようになったと軽蔑さえしてた。あいつの声に耳を傾けていれば……」


 馬鹿みたいだろ。そういってルーカスは笑った。でも、どのくらい苦しく辛い思いをしたんだろう。真実を知った時、ルーカスはどれほど絶望しただろう。


 「イスラエルの聖墳墓教会かサンピエトロ大聖堂でジェシカとは絶対に決着をつけるようになる。そうなればあとはどうでもいい。イルミナティを抜けはしないが表立って活動はしない。あとは、家族や大切な人を審判で守るだけだ」

 「ルーカス……」

 「本音を言うとさ、お前ともっと早く出会いたかった。そうしたら俺は迷わずお前を選んでジェシカを助けてくれって懇願できたのにな」


 俺だって、ルーカスともっと早く出会いたかったよ。敵になんてなりたくなかった。俺に手を汚すなって言ってくれた。汚いことは自分がやるって。敵なのに、俺を守ろうとしてくれてたのに。


 テーブルに置かれていたルーカスの手を握る。相手は目を丸くしたけど振り払おうとはしなかった。


 「助かる可能性がゼロじゃないなら、諦めるなよ。俺も、ジェシカさんを助けられるように頑張る。だから、バティンとかイルミナティとか抜きにして、俺たちは友達として協力しよう」


 イルミナティにいる限り、ルーカスに表立って協力はできない。でも友達としてなら、個人の願いなら俺にだって手伝えることがあるはずだ。キメジェスはどこか嬉しそうにしており、ルーカスは口元を覆って笑っている。


 「お前、馬鹿だな。はー本当に憎めないな」

 「ルーカスはいい奴だよ。友達はできるだけ助けたいよ」

 「じゃあ、まずはウルグアイの件を協力してくれ。契約者を探し出したい。セーレの力がないと俺たちはウルグアイに向かえない。一緒にウルグアイに乗り込んでほしい」

 「分かった」


 今回の件は、きっとパイモンも反対しないだろう。契約者を助けて、奴らの出鼻をくじいてやる。


 「ご飯も食べたし観光だ!ルーカスが信じるなら俺もお前を信じる」


 空になった皿の上にフォークを置いてキメジェスが立ちあがる。そういえばおすすめのスポットに連れて行ってくれるとか言ってたな。今から行くんだろうか。


 ルーカスがウェイターを呼び会計を済ませてくれる。本当に奢ってくれるみたいだ。なんだか申し訳ないな。会計を終わらせて先を歩く二人の後をついていきながら隣を歩いているセーレに振り返る。


 「セーレ、怒ってる?」


 勝手に決めてしまったことを。パイモンに怒られちゃうかな。でもセーレは首を横に振って笑ってくれた。


 「ルーカスのことは知ってたんだ。パイモンも彼のことは気にかけてた。だから、俺は拓也の選択を支持するよ。それに……キメジェスと戦うのはやっぱり嫌だな」


 二人が本当に仲がいいのは見て分かったし、キメジェスはいい奴だ。あいつと戦いたくないと俺も思う。地味にヴォラクの事も好きだしなあいつ。


 「よーし!今から旧市街地に向かう!ついてこい!」

 「はーい」

 「はしゃぐなよ」


 手を振り上げて意気揚々と歩くキメジェスを追いかけると、相手が俺の腕を引く。バランスを崩してこけかけたところを踏みとどまり文句を言ったが、相手は俺の言葉を無視してまっすぐ見つめてきた。


 「ルーカスを裏切るな。絶対にだ。ルーカスもお前を裏切ったりしない」

 「あ、うん……お前、ルーカスの事が大好きなんだな」

 「当たり前だろ~俺の契約者なんだからな!俺たちはずっと二人だよ」


 歯を見せて笑ったキメジェスにヴォラクの姿を重ねる。中谷とヴォラクを見ているみたいだ。やっぱり、ルーカスとキメジェスと戦うのは嫌だな……


 「そっか」


 俺の手を放し、キメジェスはルーカスの方に駆けていき手を繋ぐ。見た目としては十代前半くらいの容姿のキメジェスがルーカスと一緒にいると兄弟みたいだ。あのまま、笑っていてほしいな。


 日本に戻ったらパイモンに相談だな。その前にルクセンブルクを観光してからだ。


 人で賑わう観光地を歩いている二人の後をついていく。空は雲一つない晴天だった。




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