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第96話 赤いリンゴ 2

96 赤いリンゴ 2


「ほーん。ここがファイサラバードか。ガチャガチャしてて楽しそうじゃねえか」


 翌日、シトリーを連れて再度パキスタンに向かう。今回の目的地はファイサラバードだ。相変わらずジロジロといろんな人に見られて気分が悪い。やっぱりパイモンたちが目立っちゃうんだろうな。本当はアスモデウスを連れていきたかったらしいけど、さすがにこんな場所に澪を連れてくるわけにもいかず、昨日のメンバーにシトリーと光太郎を足しただけの人選だ。


 「いいねえパイモンちゃんモテモテで」

 「からかうのは止めてくれ。本当に大変だったんだよ。パイモンも怒って相手の腕の骨折っちゃったんだから」

 「草」

 「睾丸も蹴り飛ばして破裂させておけばよかった。あの遺伝子を後世に残さない方がいい」

 「えぐくて草」


 軽口を叩いてはいるが、いまでもジロジロとこちらを凝視しながら通行人が通り過ぎていき、居心地の悪さに光太郎は少し委縮してしまっている。


 「んで、ファイサラバードで聞き込みすればいいんか?俺単体でやればいいんか?集合場所はどこにする?」

 「助かる。すまないがこんな状況だ。主と光太郎の護衛が必要だ。昨日の時点で俺はもう単独で聞き込みするのは止めることにした。お前とヴォラクで行ってくれ。俺とセーレが護衛に回る。そうだな……あの中央のモニュメント前にある飲食店の前はどうだ?時間は二時間くらいにするか。光太郎のWi-Fi持ってけ」

 「お前それ飯食う気だろ」

 「日本時間では十八時だ。夕食の時間にちょうどいい。店内はWi-Fiも飛んでいるしカードも使えると書いていた。お前らも戻ってきたら奢ってやるから行け」

 「一番たけーの食って酒も頼んでやるからな。おーけい。行くかヴォラクちゃん」

 「俺もご飯食べたいよー!爆速で終わらすよ!」


 ぶちぶちと文句を言いながらシトリーとヴォラクが目的の場所に向かっていく。事件が数件起こったと言われていたマナワラ地区という住宅街はそんな事件など風化しているように普段の生活を取り戻している。

 

 でも夕飯食べて待っててもいいんだろうか。効率重視のパイモンにしては珍しいけど、広場とかで待つのも危ないから店に入るのが一番安全なのかも。鞄の中からお腹の音を鳴らしているストラスにどうやって飯を食わせるかが問題だな。


 店内は客がそこそこだが意外と広くて内装も綺麗だ。広めの長机に案内されてメニューを渡される。やっぱり観光客があまりいないからか英語の表記もなく、文字だけのメニューを見ても何が書かれているか分からない。奥の角席だったため、とりあえずリュックを膝の上にのせてチャックを開け、顔をのぞかせたストラスにメニューを見てもらう。


 『カライ、ビリヤニ、カバブ、マサラと書いてますね。聞いたことがないですが郷土料理の店なのでしょうか』

 「分かる。全部知らん」

 『メニューの紹介文ではカライはカレーのように思えますが。カバブはケバブでしょう。ナンのことはチャパティと呼ばれているみたいですね』

 「ビリヤニ俺食ったことあるよ。鶏肉と米だった。ハズレはないと思う」

 「えーストラス何食べたい?パイモン、ストラスの分も頼んでいい?」

 「構いません。ばれない様に食べさせてあげてください」


 目をキラキラに輝かせてメニューを見ているストラスと一緒に俺も選ぶものを考える。パイモンは無難だからという理由でカレーを選んでおり、セーレは面白そうだからとケバブを選んでいた。半分こしようとパイモンに持ちかけているセーレを見て女子かと突っ込みたくなったのは秘密だ。


 「光太郎は?」

 「うーん。俺もケバブにしようかな。肉の気分。拓也は?」

 「じゃあビリヤニかな。ストラスどうする?」

 『カレーが気になりますね』

 「カレーめっちゃ種類あるよ」

 『食べるのも少し大変そうです……』

 「じゃあお前ケバブにする?俺がカレーにするから少しやるよ」

 『ありがたい』


 シトリーたちが調べてくれている間にこんな呑気にしていてもいいのだろうかと少しだけ思うけど、腹も空いたし正直嬉しい。日本と違って水を出してくれないし、水道水だと腹を下すからという理由でジュースも注文させてもらい、料理が到着するのを待つ。結構な量を頼んだけど、日本円だと四千円もいかないらしく、物価が安い国ならではって感じだ。


 届いた料理を食べながらシトリーたちが戻ってくるのを待つ。あ、飯美味い!思った以上に美味いけど辛い!ストラスにも一口運ぶと毛を逆立てて慌ててジュースを飲んでいた。


 『なんという癖になる味……!美味!舌に残る痺れ!だが止まらない一品!』

「ストラスって毎回こうなの?」

 「あーうん。母さんの飯でも結構こんな反応してる」


 光太郎からケバブをもらい、俺もビリヤニを相手の皿にのせる。思った以上に料理が美味しく大満足だ。正直観光しに来ただけになっている。ヴォラクが戻ってきたら喜んで食べそう。


 和気藹々と夕飯を食べていると扉が開きシトリーとヴォラクが入ってきた。あれ、もうそんな時間なのか。時計を確認したら既に一時間半経っていた。ヴォラクは空になった皿を見て自分も食べたいとメニュー表を店員に頼んでいる。


 「俺も頼む!肉系どれ!?」

 「おーい酒おいてねえじゃん。夜しか出さねえんかよダル。俺カレーでいいわ」


 二人が料理を注文して届くまでの間、パイモンがどこまで調べられたか問いかけた。


 「思っていたより早かったが情報はつかめたか」

 「ばっちり。しっかし杜撰な国だなここ。警察官から記録もらおうと思ったのによ。二年近く前だから保管してないとか言いやがってビビったわ。殺人事件の調査ファイル無くすとか意味わからんだろ」


 随分と大変だったみたいだ。デザートのアイスが届き、俺たちも食べながら話を聞く。


 「ただ、ヴォラクが事件被害者の生存者と接触できてな。そこから話し聞けたわけよ」


 あとはパス。そう言って投げたシトリーに一生懸命ケバブを食べながらヴォラクは顔を上げた。


 「アリーシャ・ムハンマドって女が行方不明らしい。被害者の女の子の母親だよ」

 「父親は?」

 「死んでる。事件の日も二年前の八月だ。そこから母親も行方不明になってるらしい」


 他に行方不明者の女性がいるか探したらしいが、基本的にパキスタンは結婚以外で女性が別の州や場所に移ることはほぼないらしく、事件関係者の中では今のところ、その人以外は行方が分からない女性の話はなかったようだ。


 カレーを食べ終わったシトリーが携帯を見せてくる。そこには結婚式の写真なのか花嫁らしき人が写っている。この人がアリーシャなのか?年齢からしたら俺よりも幼く見える。十代前半くらいか?


 「娘から写真見せてもらった。母親に会いたいって常に持ってるんだとよ。健気だねえ。でも十年くらい前の写真だろうけどな」

 「他の写真なかったのかな」

 「持ってねえってことはないんだろ」


 節目とかしか写真撮らないのかな……十年くらい前なら容姿もかなり変わってると思うけど。


 「そうか。この女を探せばいいんだな」

 「俺はお前の言われたとおりにはしたが、本当にこの女か確証がないぞ。それにイスラマバードで探すってなると骨もおれる。どうする気だ?」

 「事件が起こるまで待つだけだ」


 事件が起こるまで待つってどういうこと?この女の人がいつ動くなんて誰にも分からないし見張り続けるわけにもいかないだろう。しかしパイモンは淡々と場が凍り付く言葉を放った。


 「今日の朝、イスラマバードで名誉殺人が起こっている。二十年上の男性との結婚が決まっていた十三歳の少女が十五歳の少年と駆け落ちし、男性側の親族から集団リンチのすえ殺害されている。少年は首を晒され、少女は裸で市内を引きずられ、死体になった後ですら野ざらしにされ複数人から強姦されたようだ」


 全身に鳥肌が立った。あまりに凄惨な事件が起こっている。そんな惨いことを簡単にやってのける化け物がいるんだ。


 「事件性が極めて悪質だ。警察も複数人は逮捕しているが、おそらく本人たちは留置所で殺害されるだろう」


 警察で殺されるとなると、俺たちがどうこうできる話でもない。


 「このレベルの殺人を契約者が見過ごすとは思えない。捕まっていない男性の親族を近いうちに殺しに行くだろう、そこを仕留める。今日中に加害者の住所は割る。張り込みは俺がやる。悪魔を確認し次第セーレに連絡して主たちに来てもらう形にする予定だ」


 シトリーのおかげで契約者の可能性が高い女の顔も割れた。あっさりと言ってのけたパイモンにシトリーは複雑そうだ。


 「事件が起こった後に叩くのか?」

 「何か問題が?」

 「いや……」


 普段の俺や光太郎なら、事件が起こる前に犯人を捕まえようと言っていたはずだ。シトリーもそれがあるから口を挟んでくれたんだろうけど、今回はそんな気にはなれない。


 「主に思うところがあるのなら別の対応をします」

 「……それでいい」

 「では私は今から現地で契約者探しを続行します。主たちは帰ってもらって結構です。契約石のエネルギーもまだ問題ないでしょう。セーレだけ悪いが付き合ってくれ」

 

 パイモンが席を立ち会計を済ませて店を出ていき、俺たちも無言で後をついていく。


 「大丈夫なんか拓也」

 

 光太郎も複雑そうだ。でも、お前だって止めようなんて思えないだろ。


 「……こういう奴らは警察から出たらまた同じことをするよ。助ける必要ない」 

 『貴方は何も考えなくていい。パイモンに任せましょう』


 セーレに日本まで送ってもらい、帰路に就く。契約者はどんな気持ちだったんだろう。もし本当にアリーシャって人が契約者なら、何を思って自分の夫やその親族を殺して、娘まで置いて行ったんだろう。


 家に帰りつき、玄関を開けると中からは笑い声が聞こえ、直哉が顔を出してきた。


 「あ、兄ちゃんストラスおかえり。澪姉ちゃんも来てるよ。ちょうど今からみんなでケーキ食べようってなってたんだよタイミング最高じゃん」


 弟が屈託なく笑って、リビングでは楽しそうに笑ってる澪と母さん、父さんがいて、この当たり前の光景を契約者は何を思って手放したんだろう。


 「拓也?少し元気ない?」

 「ちょっと疲れただけ。俺ショートケーキがいい」

 「お茶淹れるから待っててね」


 何気ない日常を得ることができなくなったとき、俺も殺人の道に進もうと思うんだろうか。


 結局パイモンから連絡がないまま三日が経過した。途中、マンションに立ち寄って話も聞いてみたけど、本当にイスラマバードで張り込んでいるらしい。少なくとも十回は結婚を申し込まれたらしく、切れたパイモンが本当に相手の股間を蹴り上げて現場が騒然としたらしい。


 セーレは可笑しそうに笑っていたけど、未だに契約者が見つからないのなら別の手を考えなきゃいけないのかもしれない。ただ変なタイミングで呼び出しを食らうよりかはマシだ。幸い今日は金曜日で今日からなら土日でなんとかなる。契約石のエネルギーの関係上、パイモンもそろそろ一人での行動はしんどいはずだ。


 「拓也、今日どうすんの?」

 「マンション寄ってみるわ。光太郎は確か今日は塾だっけ」

 「うん。時差四時間って言ってたよな?二十一時に終わるから二十一時半くらいにはマンション行けるよ。明日休みだし遅くなっても平気だから、行く事なったらその時間からでいいか?」

 「無理しなくていいぞ。まだ決まったわけじゃないし」


 それでも気になるんだろう。とりあえず連絡してと言葉を残し光太郎は教室から出ていった。じゃあ俺もマンションに行って、緊急の事案がなければ勉強でもしようかな。


 「上野。俺も帰るよ。集まる日、最初の奴でいいから」

 「おっけーおつかれい」


 上野やクラスメイトに手を振りマンションに向かうために教室を出てマンションに向かう。光太郎がああ言ってくれたわけだし、急ぎじゃなければ光太郎がマンションに来てから向かおうかな。


 到着したマンションでは難しい顔で話し合っているパイモンとセーレがいて、ポテトを食べながら会話をしていたストラスが肩に乗ってきた。


 「どうしたんだ?難しい顔をしてるけど」

 『拓也、パイモンの睨んだ通りです。この間の名誉殺人で逮捕された男たちがまとめて留置所で殺害されています』


 やっぱり契約者は見逃すつもりはないんだろう。こういった事件が多発しているから警察も警備は普段よりも厳重にしていたらしいけど、その警察さえも被害に遭ったそうだ。檻は一刀両断にされており、正面から殺しに来たようだ。


 『その際に悪魔の姿が監視カメラに映っていたという話です。もちろん警察は情報を公開していないため映像の流出はありません。ですが、赤い鎧を着た恰幅の良い男だと公式に声明を出しています。悪魔ベリスかアロケルで確定と見ていいでしょう』


 契約者は恐らく近くで待機して悪魔だけを現地に派遣していたんだろう。イスラマバード内の距離なら離れていても契約石のエネルギー供給は問題ないもんな。ヴォラクが言っていた通り、ベリスかアロケルで悪魔は確定のようだ。しかし問題はここからだ。


 『警察がこの情報を公開したせいで、一般人……特に女性から悪魔が神格化されています。声を大にして今まで抗議できなかった自分達女性への境遇の不満を訴えだしたようです。そのせいでイスラマバードが今とても混乱している。身分の高い女性たちが先導しデモが起こり、男性たちとの衝突になっている』


 もちろんパキスタンにもまともな男性は沢山いるんだろう。特にイスラマバードは首都だ。意識改革や法規制だって一番最初に浸透するだろうし、厳しくなるはずだ。それでも一部の男性が暴徒化し、デモに参加した女性への性的暴行や殺人が起こっており、逆に女性側も武器を用い、男性を刺殺したりする人も現れたようで、機動隊も出動する事態にまで発展しているようだ。


 『厄介なのが、加害者の男性側の親族が警察に保護されているようです。私たちも近づけない。悪魔がまた親族を殺害し次の事件に移るでしょう』


 じゃあ契約者を見つけられないってことか?


 この状況では迂闊に動けないのか、張り込みができなかったパイモンも面倒そうに頭を抱えている。


 「シトリーの力を使って親族の保護施設に潜入し悪魔を討伐することは可能ですが、契約者が側にいる可能性が低い。契約者を別に探さなければ契約石を使い簡易で再度悪魔を召喚できてしまいます。先に契約者を見つけたいのですが本人も身の危険を感じているのか姿を現しません。なので保護施設周辺で待機し、悪魔が契約者の元に戻るのを確認しようと思います。私とシトリーで行きます。ただ、今日見つけられなければ契約石のエネルギーが残り少ない。次回からは主にも来てもらわないといけません」


 できればすぐに連絡が取れるようにしておいてほしい。そうパイモンに告げられ頷く。光太郎も塾終わりに来てくれることを報告し、パイモンは奥の部屋にいるシトリーを呼びに行き、セーレに準備を促している。


 「……大丈夫かな」

 『心配しすぎです。彼らが失敗することはないですよ。私たちは今日はここで待機しましょう』

 「んだね」


 皆が行ってしまった後、静かになったリビングのソファに腰掛ける。ヴアルとヴォラクは今日は太陽の家で仲良くなった子の誕生日パーティーに呼ばれているようだ。セーレも勿論声を掛けられていたけど今回の事件があるから行けなかったらしい。アスモデウスは個人で調べものがあるらしく、外に出ている。


 「アスモデウスは何を調べてるんだろうな」

 『おそらく六大公の動きでしょうね。ガアプはイルミナティ、パイモンが言うにはベリアルはポルトガルにいるようです。アスタロトはシトリーたちがメキシコで契約者らしき女性を発見しておりノアの箱舟のメンバーだったと言っていました。彼らの情報を探しているのでしょうね』

 「移動方法もないのに、日本にいて分かんのかね」

 『使い魔を派遣しているのでしょうね。下級悪魔を放ち情報を集めさせているのでしょう』


 え、大丈夫なんかよそれ。ストラスは人間に危害は加えないだろうと言ってるけど本当にぃ?


 俺の肩から降りてポテトを食べだしたストラスに一枚くれと手を伸ばすと、ソムリエのように粉が沢山ついてるでかいのをくれた。食い意地張ってるくせにこういうところ優しいんだよな。


 パキスタンの状況はいまいちわからなかったけどSNSで検索してみると意外と出てきて一部の人間は関心があるようだ。それを調べながら連絡が来るのを待つしかない。途中から手持無沙汰になりストラスを教師に迎えて勉強を始める。


 『そういえば貴方、塾はいつからでしたっけ?』

 「五月から。でも数学と化学だけだから週一だよ。英語とか生物はお前らいるからマジで助かってるわ」

 『そうでしょうそうでしょう。ほっほっほ』


 嬉しそうに羽をばたつかせてふんぞり返っているストラスの頭を撫でる。なんだかんだでこいつには世話になりっぱなしだ。


 結局ヴォラクたちが帰って来てからもパイモンからは連絡は来ず、光太郎が塾を終わらせて顔を出してきた。時刻にしては二十一時四十分くらいだ。コンビニで買ってきたカップ麺を食べながら連絡を待つ。そろそろ無理せずに帰ってくる頃だと思うんだけどな……


 携帯が震え、お目当ての人物からの連絡を確認してアプリを開く。連絡はシトリーからでマップのスクリーンショットが載せられており、すぐにここに来てほしいと書かれていた。悪魔を見つけたってことなんだろう。そしてもう決めてしまいたいと思ってる。


 『拓也、来てくれ。光太郎もいたのか』


 セーレがベランダに迎えに来てジェダイトに乗れと急かしてくる。光太郎とヴォラクも一緒に乗り込んでパイモンたちの元に向かう。


 「やばい状況?」

 『やばいというか、相手の悪魔と契約者をパイモンの空間に引きずり込むことに成功したんだ。もうすでに戦いが始まってる。エネルギー不足の可能性があるから急がないと』


 わずか数分でパキスタン特有の人混みが眼下に広がってくる。セーレは一直線に上空を滑走し、人里離れた砂漠のような砂丘地帯に広がる黒い空間に飛び込んでいく。パイモンの空間だ。


 「こんな場所に契約者が?」


 光太郎が息を飲み、真っ暗な空間の中に入ったジェダイトが着陸する。どこかから金属が弾く音が聞こえて音のなる方にセーレと向かうとパイモンが相手と距離をとっていた。


 『すまないセーレ無理をさせたな』

 『少し疲れた。ジェダイトも休んでいいよ。有難う』


 もしかして契約石のエネルギーが不足したんだろうか。パイモンも少しだけ安堵の表情を浮かべている。ギリギリだったのかもしれない。


 パイモンの向かいには赤い甲冑を着た恰幅のいい男が巨大で鋭利な権を持って立っており、相手が今回の悪魔だと理解する。その後ろには布で顔を隠している女性が立っており、目元しか見えない女性の表情は伺えない。


 『(アリーシャ、私たちの敵のお出ましだ)』

 

 悪魔が何かを話し、女性が視線だけを動かす。俺たちを見て同じ中央アジアの人間ではないと察したのか、鈴のなるような声で問いかけた。


 「(東アジアの人間?中国人ですか?)」

 

 ストラスに訳してもらい日本人だと返答すると、女性は顔を覆っていたストールのようなものを脱ぎ素顔を露わにした。大人びているが、どこか幼い。年齢にしては二十代前半くらいに見える。娘がいる母親だと聞いていたから、もう少し年齢がいっていると思ってたから少し驚いた。


 『(ストラスが話してるのは日本語か?すまないが日本語はあまり分からない。お前達はバティンの差し金か?あいつは身内以外に容赦がないことはハウレスの件を見ていたら分かる)』


 相手の悪魔は日本語が話せないらしい。そんなことあるんだな。悪魔って基本どの言語も理解してると思ってたんだけど。この悪魔は今まで日本と関わってこなかったようだ。契約者であるアリーシャに何かを告げ、アリーシャの口からアロケルと聞こえてくる。そうか、この悪魔はアロケルなのか。


 アリーシャは俺が来たことに対して何も口を開くことなく諦めたように目を閉じた。


 「(アロケル、全て殺しなさい。罪のない人間に手をかけるつもりはなかったが仕方ないです。できなければ、私の願いもこれまでです)」

 『(そう言うなアリーシャよ。お前との契約、私は気に入っている。お前は今まで通りに私に魂を貢げばよい)』


 悪魔とアリーシャは随分と温度差がある。抑揚なく淡々と言葉を紡ぐアリーシャの感情が全く読めない。きっと契約理由や彼女の気持ちも答えてくれないだろう。


 「(アリーシャ、あんたの娘が帰りを待ってるぜ。帰ってやらなくていいのか?)」


 シトリーがそう言葉を投げかけてもアリーシャは口を開くことはなかった。目を瞑り、全てを拒絶している。その姿に説得が不可能だと思い知る。元々すさまじい数の犠牲者を出しているんだ。今更普通になんて、この人は戻れないだろう。


 パイモンが剣を抜き、アロケルも巨大な剣を手に持つ。


 『(パイモン、一つだけ質問に答えろ。お前はイルミナティの仲間か)』

 『(どちらでもいいことだ。だがバティンはお前の加勢には来ない。それだけは断言しておく)』

 『(やはり繋がっているか。いや、私とお前を比較してバティンがお前に牙を剥けるはずがないか)』


 再び剣を交わらせた二人に加勢するようにヴォラクも悪魔の姿になって剣を持って飛んでいく。流石に戦いに割り込むつもりがないのか、シトリーが頭を掻きながらこっちに戻ってきてセーレの側にしゃがみこんだ。


 「大丈夫かお前」

 「平気。契約石のエネルギーが不足するってこんな感じなんだね。間に合ってよかったよ」

 「おう。パイモンもすげえ戦いずらそうだったわ。流石だぜ本当に」


 二人の会話を聞いた後にパイモンたちの方に顔を向けると、アロケルは鎧を纏った馬に乗って戦っており、ヴォラクが上空から、パイモンが下から攻撃しながら戦っていた。その光景を見ていてもアリーシャは目を閉じて前を見ようとしない。もしかしてこの人は戦いが怖いのか?これほどの事件を起こしているのに?


 「あの人……」

 『話に行くのですか?私は正直反対ですが……』


 ストラスに止められて動かそうとしていた足が止まる。説得ができるなんて思っていたんだろうか。それでも同情しないわけがない。数日しかいなかった俺でもこの国が異常だということは分かる。尊厳を壊されてきた女性であるアリーシャはもっとそれを感じていただろう。


 今もそうだ。起こっている惨劇から目をそらそうとしている。こんなことを引き起こしているのは自分だというのに。


 パイモンたちの方はというと流石だ。馬の脚や胴体は鎧を装備しており、剣が通りにくいから少しずつだが鎧の隙間に剣を突き刺すように攻撃している。アロケルもヴォラクと戦っていては他に気を回す余裕がないのだろう。視線がずっとヴォラクに向いている。


 『(やはりこのままでは……アリーシャ!)』


 アロケルが声を張り上げ、アリーシャが弾かれたように顔を上げて宝石の付いた小手を持つ。契約石か?しかし俺たちが普段身に着けている契約石とは違い、濁った光を見せている。


 「なんだあれ……」

 「うわ、えぐ」


 隣にいたシトリーが声をあげて光太郎に後ろに来いと手招きしている。


 「拓也、おめーもこい。そこは危ねえ」

 「え?なんで?」

 「いいから。あとカマイタチ放つ準備しとけ。ヴォラクもパイモンも察してくれんだろ」


 良く分からないけど、浄化の剣を手に持って光太郎とともに後ろに避難する。


 「アフガナイトの小手だ。アロケルの契約石だが……相当量の魂を入れこんでる。契約石にため込んでんだろうな」


 まさか……あの契約石に今まで殺した人たちの魂を?


 「契約石ってそんなことできんのか?」

 「エネルギー貯める装置みてーなもんだからな。人間の魂直接食うのも手だが、保存食みてえに保管もできる。意外と便利にできてんのよあれ」


 すごいっしょ?みたいなノリでシトリーは答えているけど正直笑えない。どれだけの人が犠牲になってるんだよ。


 「(お前達、出てきなさい)」


 アリーシャの言葉に反応するように複数の悪魔が姿を現し、群がっていく。


 『アロケルの使い魔か。あいつの使い魔って有能なの多いもんなあ~』

 「契約石の魂を食わせる気だな」


 契約石からあふれ出ている魂に群がっている悪魔はあまりにも不気味で見るに堪えない光景だ。一刻も早くアロケルを仕留めようとしているけど、中々決定打にかけている。なんとかパイモンが馬の足を斬り落とし、倒れこんだ馬にとどめを刺すも、アロケルは距離をとり仕留めそこなってしまった。


 魂を摂取した使い魔たちの見た目が変化していき、一つ一つの悪魔が集合体になり、手をいくつも持ち、複数の目を持つ化け物に変化していく。付き従うようにアロケルの側に歩み寄り、アロケルがこちらに指をさした。


 『(お前たちはあの子供を。全ての魂を使って構わん。また集めればいい)』


 使い魔がこちらに向かって腕を伸ばしてきて、ヴォラクが斬り落とすも、いくつも腕がある化け物だ。次から次に腕が伸びてきて埒が明かない。


 「拓也、カマイタチ今うて。ほらほら」


 シトリーに急かされて慌てて剣にイメージを吹き込む。魔法なんてしばらく使ってなかったから上手くできるだろうか。


 うっすらと輝きだした剣を相手に向けてカマイタチを放てば、使い魔に複数ヒットする。それを黙って見ていたパイモンが駆け出しアロケルに剣を向けた。


 腕が斬り落とされた使い魔を見て安堵の息をついたのもつかの間。一瞬でちぎれた腕が生えてきて、形態が変わっていく。


 「マジ?」

 『相当魂取り込んでるな。エネルギー満タンって感じ。ガス欠起こさないといつまでも補充されるな』


 ヴォラクが隣に飛んできて状況を分析してくれる。じゃあやっぱり契約石をあの人から奪わないとダメなのか?それともパイモンがアロケルを仕留めてくれたらいいのか?


 「でも前、ああいうの駄目ってヴォラク言ってたろ!?」

 「ん?あーバラムのこと?あれは自分に不釣り合いの量の魂を一気に摂取したからだよ。消費したエネルギー補給をする分なら問題ないよ。例えばちぎれた腕を一瞬で再生するために消費したエネルギーの補充とかならね。魂の濃度もあの感じ、きちんと薄めてそうだし」


 つまり、常に人を殺して魂を保管していたってことだ。そんなのありかよ!?


 アリーシャはこんな化け物飼いならして平気なのかよ!?


 まだ契約石には魂が入っているんだろう、鈍い光を放っている。アリーシャは動じず、動かない。その口から言葉が発せられることもない。ただ目を瞑って、事態が過ぎ去るのを待っている。アロケルが全てを終わらせてくれると思ってるんだ。


 「ヴォラク、アリーシャから契約石を奪おう」

 『え?あの女から。別にそれはいいけど……どっちが行くの?あの女、アロケルの短剣持ってるけど』


 ヴォラクに言われて目を凝らすとアリーシャの腰に短剣がぶら下がっている。あれ、悪魔の武器なのか。レンガとかも一刀両断にできていたっていう……もしあの剣を使われたら、一瞬で真っ二つにされるのか。かといって、あの使い魔たちを俺だけで足止めできると思えない。光太郎も今回は竹刀を持ってきてないから戦うこともできないし。


 「おいおい、悪戯なら俺も混ぜてくれよ~」


 シトリーが俺の肩を組んでくる。そうだ、シトリーがいた。二人ならなんとかなるはずだ。


 『シトリー、あの女から契約石奪ってくんない?お前の対人能力はアロケルの加護があるから多分通じないけど、力づくで取れるだろ』

 「余裕余裕。契約石ぶち壊してやるよ。アロケルもパイモン相手じゃこっちに茶々入れれんだろ」


 正直、パイモンとアロケルの戦いは俺たちが入れるものではない。お互いの武器を弾きあい、わずかな隙を見つけて武器を振るっている。激しい金属音が響きわたっている。


 「よっし拓也、いくか!」

 「おう」


 ヴォラクが剣を握りしめ使い魔に斬りかかっていき、その瞬間に俺たちは契約者の前に立つ。ゆっくりと開かれた目が不快そうに揺れて、眉間に皺を寄せたアリーシャが短剣を手に取る。穏便に済ます気は向こうもなさそうだ。


 「(邪魔ばかり……他国の事情に口なんて挟まなければいいのに)


 忌々し気に呟いた言葉は聞き取れなくても、俺のことを憎いと思っているのが伝わる。


 「あんたの契約石、ここで壊してやる」

 「(平和な国で大人しくしていればいいのに……本当に嫌になるわ)」






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