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第95話 赤いリンゴ

95 赤いリンゴ



 マレーシアの事件から二週間が経過した。今のところバティンから連絡は来ないけど、いまだに毎日ニュースでもSNSでもイルミナティの話題で持ちきりだ。今日もSNSのトレンドにバティンやイルミナティの文字を見て嫌気がさす。


 『懲りませんね。彼らがいくら騒ぎ立てようが何も解決しないだろうに』

 「悪戯に犯罪予告する人も増えたよな」

 『そうですね。いったい何が楽しいのか』


 イルミナティの名前を使って大量殺人を起こす。自然災害を起こすなどの噓をつく人間が増えていると話題になっていた。結局パイモンからは特に連絡はなく平穏に二週間過ごしていたけれど、その安寧が崩れたのは学校終わりだった。


 もうすぐGWが来ることもあり、賑わっていた教室で携帯が振るえ画面を確認するとシトリーからだった。悪魔を見つけたという端的なワードに隣にいた光太郎の眉間に皺が寄る。


 「今日行ける?」

 「大丈夫。しんどいなあ……」


 机に突っ伏した光太郎の背中を叩く。終わりが見えないと思っていたけれど、ソロモンの悪魔は残り十匹ほどまで減っており、全ての悪魔を倒したら解放されるんじゃないかっていう希望だけを胸に進むしかない。


 鞄を持って、上野に手を振る。なんだかんだ言いながらクラスに馴染んだ上野は楽しそうに過ごしており、俺たちも三年生になって三人組のグループと仲良くなり大体六人で過ごしていた。


 「あ、拓也、広瀬ー!雄一が近いうちに集まろうって」

 「マジ?めっちゃ集まりたい。グループの方に後で連絡入れるわ」

 「おっけーじゃあな~」


 上野は悪夢を未だに見ているようだが、なんとか過ごしている。あの能力が消えることはあるのかな。光太郎と二人で笑い声が溢れる廊下を歩いていると、時々無性に腹が立つ。


 「なんで俺らばっかって思うよ」


 ポツリと漏れた光太郎の背中を叩く。本当に、なんで俺たちなんだろう。他にも人はいるのに、どうして俺たちがこんな目に遭うんだろうな。笑ってふざけあっているクラスメイト達は、憂鬱な気持ちで足取り重く歩く俺たちをどう見るのだろう。


 マンションに到着すると、ゲームをしていたヴォラクとヴアルが振り返った。


 「あ、もう来たんだ。パイモンたち偵察に行っちゃったからもう少ししたら帰ってくると思うよ」

 「他のメンツは?」

 「シトリーはバイト。アスモデウスはパイモンたちに付き合って移動しちゃった。ストラスは連絡入れたからもうすぐ来るんじゃない?それよりマリカーしようよ!」

 「お、いいぞ~直哉と鍛え上げた俺の腕を見ろよ!」


 コントローラーを受け取り、光太郎と定位置に陣取りゲームを開始する。パイモンたちが戻ってきたのは一時間後で、それまでゲームをしてまったり過ごしていたんだけど、お目当ての人物が帰ってきたことにヴォラクがゲームをスリープモードに切り替えて対応を待つ。


 「主、光太郎、待たせてすみません。危険地帯だったため多少状況確認に手間取りました」


 危険地帯ってまたホンジュラスとかメキシコとかそこら辺なんだろうか。光太郎も息を飲み、これから向かうことになる国の情報に耳を澄ます。


 「場所はパキスタンです。詳しいことはまだ調べきれていませんが男性が次々に殺害されています。日本では話題になっていないため気づきませんでしたが、同様の事件が二年ほど前から百数十件起こっていたみたいです。死亡者の外傷から全ての事件が恐らく同一犯です」

 「は!?それ死者数いくらになってんの?」

 「正確な数は不明ですが恐らく千人以上の男性が殺害されています。年齢層もバラバラですが、共通点は一つ。名誉殺人を起こした男性が親族もろとも殺害されています。中には裁判中の男性が留置所で八つ裂きにされるなどもあったようです。特徴的なのは親族でも男児は殺害されているが女性や女児は見逃されているということです。」


 名誉殺人って聞いたことある。確か中東とか中央アジアの方の悪い文化みたいなやつ。結婚断った腹いせとか、そんな感じで女の人が理不尽に殺されたってやつをネットニュースで見たことある。


 「じゃあ、契約者は女の人?」

 「見つけられていませんが女性でしょう。イルミナティに所属していることがまだ分かっていない悪魔はもう数匹のみです。モラクス、ベリス、アロケル、プロケル、アンドロマリウス。正直能力的にはプロケルは省けるとして残りの四匹のどれかは判別できません」

 「悪魔の確証ある?」

 「確証はありませんが、殺害現場に被害者が逃げたり抵抗したときについたのだろう傷が建物の至る所にありました。レンガで作られた壁を一刀両断しています。現在の人類の武器で一撃で巨大な岩を真っ二つに切れる刃物は存在しない。我々悪魔の武器であることは明らかです」


 パイモンが言うには残っているどの悪魔も対人に対する魔術や能力はないんだそうだ。だから契約者が自分の意志で悪魔に命じて殺して回ってるんじゃないかって話だ。俺たちはとんでもないシリアルキラーを相手にするってことなのか?


 でも先ほど聞いた共通点では名誉殺人を行った家の男性が殺されているという。つまり契約者も思うところが何かあるのは間違いない。もしかしたら自分もその被害者になりかけていた、とか?分からない。考えるだけ無駄だ。そんな過去があったとしても俺にできることは何もないのだから。


 「パキスタンは人口が多く殺人事件発生率が高い。またテロリストなどの潜伏先としても名前が挙がっているので、多少の事件には動じない国民がほとんどです。首都のイスラマバードや第一都市のカラチも大きな混乱はないですが、治安は悪い。一応比較的安全なルートは確保できたので、そこで情報を探っていこうと思います」

 「分かった」

 「ちなみに首都には観光名所はありませんでしたよ。調べるだけ無駄ですね」


 携帯で何かを調べている光太郎にパイモンが釘を刺す。こんな時でも一か所くらいいけるんじゃないかなんて思ってるんならお前お気楽すぎるぞ。見透かされた光太郎は携帯の画面を閉じて分かってます~と口をとがらせている。


 俺たちの準備ができ次第向かうらしい。危険なことさえ起らなければいつでも大丈夫だけど、少しだけ不安だ。でもホンジュラスよりはさすがにマシか。事件性を考えれば観光客を襲ってるわけでもないし、パイモンたちいるから大丈夫だろう。


 窓を突く音が聞こえ顔をのぞかせていたストラスを見てヴアルが中に招き入れる。


 『悪魔の情報が見つかったと聞いて文字通り飛んできましたよ。場所はどちらですか?』

 「気楽な奴だなお前」


パイモンの冷静な突っ込みも気にした様子がなく、ストラスは俺の頭の上でふんぞり返っている。そろそろこの羽毛が暑苦しく感じてくるころだ。


 「パキスタンは時差は四時間でした。主たちが向かえそうなら出発します」


 そっか。ヨーロッパよりは短いんだ。日本に近いもんな。元々悪魔の情報を聞きにマンションに来たんだ。すぐに向こうに行くこと自体は問題ない。


 「俺らいつでもいいよ」

 「ではすぐに向かいましょうか。私とセーレとストラス、ヴォラクで向かいます。シトリーがいないため光太郎はマンションで待機でいいか?」

 「大丈夫だけど……拓也平気か?」

 「おん。偵察だけっぽいし」

 「じゃあ俺はここで勉強でもしとくよ」

 「そうしてくれ。ヴアル、あとは任せた」


 ヴアルは何かを察したように頷いてアスモデウスに一瞬視線を送る。当の本人は居心地悪そうに肩をすくめ、奥の部屋に引っ込んでしまった。何かあったんだろうか?


 「アスモデウスの奴、どうしたんだ?」

 「特には。向かいましょう」


 有無を言わせない言葉にそれ以上聞くことができず、パキスタンに向かうためにセーレの後についてった。


 ***


 パイモンが言った通り、パキスタンの首都であるイスラマバードは特に大きな混乱もなく人で賑わっている。インドやネパール付近特有の独特な臭いと溢れかえる人に少しだけ眉をひそめながらも事件が起こった場所にパイモンが向かうためついていく。俺は同じアジア人だからかジロジロ見られたりはしないが、通り過ぎる人たち全員がパイモンを振り返って凝視している。


 綺麗な銀髪に整った目鼻立ち、非の打ちどころのない美人だもんなパイモンは。一目見ただけではこの美人が男性なんて思わないだろう。俺も初対面は女性だと思ってたし。でも名誉殺人がどんなものかは俺でも知っている。日本でも度々ニュースになっており、インド付近は女性の一人旅行なんて危ないと言われているくらいだ。パキスタンもイメージ的にはインドに近い。そんな中で、どんな女性よりも綺麗で美人なパイモンが堂々と街中を歩ているのだ。大丈夫なんだろうか。


 「パイモン大丈夫?めちゃくちゃ見られてるよ」

 「ああ、私のことを女性と勘違いしているのかもしれませんね。何かされたら返り討ちにするだけです。問題ありません」


 確かにパイモンなら一発で返り討ちだろうな。それでもあまりジロジロ見られるのは気分がよくない。


 「感じ悪い所だな。こんな風にジロジロ見て、後ろついてくる奴までいる」

 「性欲を隠すこともしない。無視しておけばいい。貴方も私達から離れないようにしてください。日本人男性はそういう嗜好がある現地男性からは人気らしいですよ」

 「……え、マジで?」

 「ネットにはそう書いていました。男性だからと油断するなと。怖いのなら離れないことです。必要なら手でも繋ぎますか?」


 少し馬鹿にするように笑われて必要ないと返答する。手なんか繋いでもらわなくたってはぐれねーよ馬鹿にしやがって。別に手を繋ぐ相手ならヴォラクがいるし。パイモンの後ろを歩いているヴォラクの手を握れば、相手はすっごく嫌そうな顔をして、パイモンとセーレは肩を震わせて笑っている。


 『仕方ないですね。私が手を繋ぎましょう。ほれ、手を出しなさい』

 「なんでフクロウと。抑止力にもなんねえよ」

 『なんと失礼な』


 ヴォラクの頭の上でフンッとそっぽを向いたストラスの羽毛に指を突っ込んで遊びながらパイモンたちについていくと、人だかりができている場所があった。


 「あの場所が殺人事件が起こった家です。比較的裕福な家だったみたいですが、家の壁を見てください」


 ヴォラクに手を引かれて人込みをかき分けていくと、家の門が真っ二つに斬られていた。門は結構大きく、鉄の柵だけではなく、周辺のレンガでできた壁も一刀両断にされていたのだ。パイモンの言う通り、大砲とかで崩すならともかく、こんな鋭利に斜めに断ち切ることは難しいだろう。断面は美しく、チェーンソーではなく、本当に刃物で一刀両断されていることが分かる。組織での犯行なのか、単独犯なのか、現場はその話題でもちきりだ。


 「レンガ一刀両断できる武器って何……」

 「少なくとも俺の剣じゃこの長さのレンガを断ち切るのはリーチ足りないな」

 「じゃあ結構でかい武器ってこと?」

 「多分ね。ベリスかアロケルの可能性が高いんじゃない?モラクスってこんなことできるイメージないし、アンドロマリウスも確かダガーとかの短剣だったよねあいつ」


 ヴォラクの推察では悪魔は二体に絞られているという。あとでベリスとアロケルって奴、俺も調べてみよう。周辺の人だかりはほとんど男性で色んな声が聞こえてくる。ヴォラクに分かる範囲で訳してもらうと、やっぱり恐怖や畏怖の声がほとんどで、絶対に捕まえて死刑にしてほしいといった訴えばかりのようだ。


 「事件が百数十件も起きているのなら、正直犯人の目星がつかないな。パイモン、どうしようか」

 「今から聞き込みをして最初の事件を探す」


 パイモンとセーレの会話が聞こえてきてそっちに顔を向ける。最初の事件?それを探してどうなるんだろう。


 「最初の事件って、最初に名誉殺人が行われた事件ってことか?でもニュースに疎い俺でもパキスタンってそういう事件多いイメージあるよ。見つけられんのかな」

 「今回の事件はかなり特徴的です。なんせ男性の親族も男のみが殺害されています」

 

 女性だけ見逃されてるって言ってたよな。じゃあ契約者はやっぱり、名誉殺人をする奴だけを狙っているのか。この特徴的な事件を聞き込み最初に起こった事件を探すのだという。


 「今では目的が名誉殺人を行った男性共への復讐になっているのでしょうけど、おそらく一番最初の事件は契約者本人か身近な人間が被害者や犠牲者になっていると思います。そこから契約者を割り出したい。日本の記事や海外の記事でも調べるのは限界があった。シトリーがいないため面倒ですがやるしかないですね」

 「二手に分かれるか?」

 

 聞き込みを開始するってことは何人かに分かれるってことなのかな。セーレの問いかけにパイモンは難しい顔をして首を横に振った。


 「いや、止めておこう。主が心配だ。性的暴行が起こるケースがある。二手に分かれるにしてもセーレ、お前としか行動させられない。守れるとは思うが少し不安だ」

 「どうして俺?ヴォラクや君でもいいと思うけど」

 「ヴォラクは見た目が子供だ。返り討ちはできるだろうが抑止力としては頼りない。俺も正直こんな見た目だ。主と一緒にいて輩に絡まれるのも面倒だ」

 「治安よさそうな場所で聞き込みするのはどうかな」

 「そういう場所は観光客が集まっている。あまり有益な情報が聞けるとは思えないが……今日はシトリーがいないしそれもいいかもしれないな。主、少し待っていてください」


 確かにパイモンは見た目が完全に美女って感じだし、ヴォラクも白人の子供だ。一緒にいたらそういう事件に巻き込まれる可能性はそれなりにありそう。中では背も高く体格のいいセーレになるけど、セーレは非戦闘員だしな。ストラスは論外だし。


 パイモンは俺にそう告げて近くにいる男性に声をかけている。美女に声をかけられたと思っているのだろう男は興奮しており、パイモンの周りに人がどんどん集まってくる。心配なんだけど大丈夫かな……パイモンが心配っていうか、パイモンにちょっかいかけた男たちがぶち転がされて騒ぎにならないか心配だ。


 「日本っていい国だよねえ~どこもここも綺麗だし」


 ヴォラクがのほほんと急に日本を褒めるもんだから面食らってしまう。確かに国ガチャとしては俺はURを引いたんだろうなって思うけど、急になんだ?


 「ここ、首都なんだろ?東京なら地面が道路じゃないところの方が珍しいし、建物も大きいし、なにより道が綺麗!ご飯もおいしい!うーん、この国って何がおいしいんだろう」


 途中から自分の欲求に正直になっているが確かに言われてみたらそうだな。首都、なんだよなここ……俺たちが立っている場所は地面も土だ。人が歩くたびに砂埃が舞い、少しだけ視界も悪い。建物も古くて高さがないし、狭い道に人が密集している。俺たち日本人からしたら治安も悪いし、色々と整備されていないと思うんだろうけど、この人たちからしたらそれが日常なんだろうな。


 「あ」


 セーレが声をあげて、そちらを見ると、パイモンがしつこく言い寄る男の腕を振り払い、相手が声を張りあげて怒っている。この状況大丈夫なのか?セーレが慌てて加勢しに行き、ヴォラクが俺の手を強く握る。


 「なに?なんなの?」

 「あのおっさんがパイモンとデートしたいんだってさ。まあ、デートという名前の集団暴行なんじゃない?白人女性なんて向こうからしたらターゲットでしょ。パイモンって顔だけは本当に綺麗だもんねえ~美女も顔負けって感じ。しかも観光地でもないこんな住宅地に来てる。無理やり抑え込もうとして拒否されて逆上してるんだよ」


 セーレがパイモンの肩を引き寄せ、何かを説得するも男性は声をあげ続け、それに同調するように別の男性がパイモンの手を握る。え、ちょっとこれ本当にやばくない?


 『行ってはなりませんよ』

 

 ストラスに小声で釘を刺されたけど、人はどんどん増えていき、パイモンとセーレの周りを十数人の男性が囲っている。パイモンの腕を引っ張りどこかに連れて行こうとしているんだ。現地では騒ぎを起こさないように静かにしているパイモンだったけど段々表情が怒りに変わっていく。セーレに関しては邪魔な男と思われているのか肩を押されたりとパイモンから引き離そうとする動きすらあった。


 しかし後ろにいた男性の一人がパイモンの髪の毛を引っ張り抱き着いたのを見た瞬間、ヴォラクの手を放して俺は男性を後ろから引きずり張り倒していた。


 「ふざっけんなよさっきから!なんなんだよお前ら気持ち悪い!離れろよ!!」


 急な乱入と日本語でキレ散らかす俺に現地の人間たちは一瞬怯んだけど、大声で何かを言い返してきた。後ろで笑ってるヴォラクと顔をしかめているストラスが見えるけど、そんなの無視だ無視!


 「うるせー!お前ら何語だ!何言ってんのかさっぱり分かんねえよ!せめて英語話せカス!俺どう見たってパキスタン人じゃねーだろーが見て分かれぶぁーか!!」


 もう自分でも何が何だかわからなくて意味不明に切れてる俺にパイモンが肩を震わせて笑った後に俺の肩を掴んできた男性の腕を捻り上げた。


 「(近くに警察らしき男がいたから騒ぎを大きくする必要もないと黙っていたが、俺の主に手を上げるのなら話は別だ。大丈夫、左手は利き腕じゃないだろう?)」


 悲鳴をあげるのも無視してパイモンは男の左腕を掴み続け、腕を押さえて蹲った男を蹴り飛ばす。他の男性たちが声を荒げパイモンに手を伸ばすが、相手の髪の毛を掴み地面に叩きつけ、もう一人の男に関しては胸倉を掴み投げ飛ばした。


 流石に一気に三人の男が地面に倒れ、残りの男性はあまりの強さに逃げるように去っていく。警察っぽい人が近くにいるって言ってたのに、その人は何で助けてくれないんだよ……


 左腕を押さえて蹲っている男性は何かを呟いている。何言ってるんだ?聞き取れず立ち尽くしている俺の腕をパイモンが引いて全員でその場を走って去る。


 「あの、大丈夫だった?あいつらありえねえよ!」

 「ええ大丈夫です。ご心配をおかけしたようで。ですが危ない真似はしないようにしてくださいね」

 「うん。ごめん……カッとなった」

 「いえ、頼もしかったですよ。次は主にエスコートを頼みます」

 「俺じゃ無理だよ……最初の男の人は左腕ずっと押さえてたけどパイモン何したん?」

 「ああ、左腕の骨を折っておきました。貴方に手をあげたのです。当然の報いですね」


 ……やっぱり俺が割って入る必要なかったやん。パイモンさっさと蹴散らしてくれたらよかったのに。


 パイモンが言うには首都のバザールの近くにザ・センタウラスという大型ショッピングモールがあると聞いたようで、そこならば観光客も多く治安もいいのだそうだ。その近辺はホテルやオフィス、住宅も一体となった施設らしく、要は金持ちエリアらしい。その情報を聞いて去ろうとしたら相手の男が情報を渡したんだから体で支払ってほしいとか意味不明のクソ気持ち悪いことを言ってきたから喧嘩になったんだと。割に合わなすぎだろ。ネットで調べたら一発でわかること教えただけでヤらせてとかキモすぎだろ。


 光太郎いたらポケットWi-Fi借りて調べられたから、あんな奴に話聞くこともなかったのにさ。携帯使えないってやっぱり不便だ。


 「でも本当に酷いな。まともな人も多いんだろうけど、あんなことが日常茶飯事なのかな」

 「セーレとかどつかれてなかった?」

 「お前の女を俺たちによこせって言われたよ。パイモンも大変だね」

 「お前が彼氏役では役者不足だったらしい。次は主に頼むことにする」

 「そうした方がいいかもね。日本語で怒る拓也面白かったな」


 もう恥ずかしいからやめて!パイモンとセーレが可哀想だから突っ込んだけど反省してるんだよ!いざとなったらみんなが助けてくれると思って首を突っ込んだけど、あまり危険なことはしない方がいいよな。


 「この被害者の家からだとどのくらいかかるんだろう。そのモールには」

 「バスで十五分ほどだと言っていました。歩くと一時間程かと」

 「えーそんなに遠いんだ。バス乗るの?」

 「パキスタンの通貨を持ってきていない。カードも使えないだろう。ジェダイトに乗りたいが、いまだに追いかけてくる奴らがいる。歩いていくしかないだろうな」


 うげえ。一時間歩くのかよ。確かにあれだけ暴れたのにいまだに俺たちの後ろをついてくる奴がいる。まだ諦めてないのかよ……


 こんな中で人のいない場所を探す方が難しく、ジェダイトを召喚できる場所もないため仕方なく歩いて向かう。後ろを振り返れば多分ヒマラヤ山脈なのかな。大きな連山が見えて、あまりに壮大で息を飲む。富士山よりでかいんだよなあれ。でもその際に目が合った男性が手招きをしており前言撤回だ。マジで俺もこれ狙われてるとかある?


 「もう日本帰りたいよ」

 『そうですね。私も帰りたいです』


 速足で歩いて四十分程経過したくらいから周辺の建物が変わってきた。目の前に大きなビルのようなものが視界に入り、道も綺麗に舗道されている。もしかして、あの大きな駅みたいな建物のことだろうか?心なしか歩いている人たちも今まではくすんだ感じのシャツを着ていた人が多かったのにスーツを着ている人をチラホラ見かける。看板の文字は読めないけど、ヴォラクが目的地だと言っていたためやっと到着したんだろう。


 「この辺なら大分マシそうだね」


 セーレが安堵の息を吐いて、俺もやっと少しだけ落ち着いた。センタウラスという巨大ショッピングモールに到着した俺たちは中に入ろうと足を動かしたがガードマンに止められた。


 「(入店時には身分証が必要だ。外国人観光客ならパスポートを見せろ)」


 何を言われてるか分からなかったけど、パイモンが面倒そうに舌打ちをしてガードマンの前に出る。


 「(お前にパスポート?スキミングでもする気か?信用できないな。見ての通り丸腰だ。早くそこをどけ)」


 ガードマンの表情が変わり後ずさった後に中に入っていいとジェスチャーを送る。良く分からないけどパイモン絶対に力使ったよなこれ。相手ビビってる感じだもん。


 中はお土産屋はもちろんだけど有名ブランドの店舗も入っており、観光客らしき人たちの姿も伺えた。本当にここだけなら大丈夫そう。警察官っぽい人も沢山立ってるし。


 「日本人とか現地にいないかな」

 「残念ですが外務省からはパキスタンは渡航レベル4に分類されています。危険だから行くなと言われているんです。旅行者自体はいないと思いますけどね」


 あ、そうなんだ。そんなに危険なんだここ。さっき身をもって理解したけど。日本とは比べ物にならない危険が常に隣り合わせなんだろう。


 運よくモールの中はWi-Fiが飛んでおり、俺の携帯も役に立つ時が来た。光太郎から来ていた連絡を返してモール内で聞き込みを開始する。ここでなら警官も多いし、別々に行動しても大丈夫だろうとなり、俺とセーレとヴォラク、パイモンとカバンに入ったストラスに分かれて行動することにした。


 「(あの事件?ああ、今話題になってる奴か。詳しくは知らないが、身分の高い男性が襲われているとか聞いたけど)」

 「(犯人は女性じゃないかって噂だ。政府関係者が関与してるって話も出てる。なんにせよまともじゃないね)」

 「(一番最初の事件?すまないが分からない。復讐のような事件は良くある。一々ニュースでも報道はしていない)」


 モールの中で主に現地人だろう人に聞き込みをしていくけど、なかなか情報が集まらない。そして男性はこういったように立ち止まって話を聞いてくれるんだけど……


 「(……すみません。急いでます)」

 「(私にはわかりません。ごめんなさい)」

 「(事件についての話はしないよう夫から言われています。私の口からは何も言えません)」


 女性の方はこういった回答ばかりでぜんぜん答えてくれない。被害者が男性ばかりだからあまり関心がないのだろうか。仕方ないから携帯でパキスタンの事件についても詳細は出てこないし、酷い男尊女卑の社会だということしか分からなかった。


 「女の人、答えてくれないね」


 セーレが困ったように頭を掻く。でも今調べてたけど、女の人は自分の夫以外と話したらいけないって書いてた。それをしたら浮気とかに該当して体罰を受けるとかなんとか。怖すぎるだろこの国。


 「男の人に聞いてった方がよさそう。女の人は旦那さん以外と話したら駄目なんだってさ」

 「え、そうなの?随分と厳しい戒律だね」

 「へーだから態度そっけなかったんだ」


 聞き込みをする人間を男性に絞り、セーレが声をかけていく。夫婦で歩いている二人組に声をかけると女性の方は目元しか出していないが瞳が潤んでいた。


 「(すみません。少しお話伺っても?)」

 「(ん?ああ、構わないよ)」

 「(今問題になっている事件のことなんですが。男性が親族もろとも殺害されているという)」

 「(未だに犯人が捕まっていない奴か。男に手をあげるとは罰当たりな奴だ。即刻捕まえて見せしめに殺してほしいくらいだ)」

 「(それの最初の事件を調べています。ご存じないですか?)」

 「(最初かどうかは知らないが、事件が話題になったのは二年ほど前だ。二年前に俺の知り合いが被害に遭ってる。俺が知ってる限りはそれが古い方の事件だとは思うが)」

 「(話を伺っても?)」


 セーレが男性に何かを聞いており、俺とヴォラクはそれを黙って聞いている。隣にいた女性に関しては何も言葉を発することなく、お腹を押さえて後ろに控えているだけだ。何を思ったのかヴォラクが女性に問いかければ、困ったように目元を緩め首を振った。そういえば子供に関しては話すのOKてネットに書いてたな。ヴォラクならいけるのかも。


 しかしヴォラクと話しているのを見つけた男性が語気を強めて女性を咎め、会話が中断された。慌ててセーレが助け船を出そうとしたがそれも意味のない事だった。


 「(もしかして子供と会話は駄目でしたか?申し訳ないです。この子には言い聞かせておきます)」

 「(いや、大丈夫です。こいつは使えない嫁ですがそこは弁えている)」

 「(お腹を押さえていますが、どこか体調が?)」

 「(大したことはない。子供が女だと分かって降ろす話を医師とした帰りだからでしょう。あれだけ男を妊娠しろといったのに使えない女だ)」


 セーレの表情が曇り、ヴォラクの目つきも鋭くなる。俺だけ会話に入れず、悪くなった空気の中、視線を彷徨わせるしかない。


 「(そうだったんですね。お大事になさってください)」

 「(女を産んでも役に立たない。次は男を産めよ。降ろすのもタダじゃない。次に男を妊娠できなければどうなるか分かってるだろうな)」


 女性の目から涙が零れ落ちて、やばい話をしているのは分かるけど、いったい何なんだろう。男性はセーレに手を振りその場を去っていく。


 「……酷い国だな」

 「セーレ?なんの話してたんだ?ヴォラクも」

 「あの男、奥さんが女の子を妊娠したから殺すんだってさ。俺たちみたいな初対面の人間にも悪びれなく言うんだもん。この国では日常的なことなんだろ」


 は?女の子だから降ろす?そんなの許されるん?少なくともこのモールにいるくらいだ。それなりに国内ではお金持ちなんだろ?それなのに女の子が駄目って意味わからないんだが。


 「考えても嫌な気分になるだけだよ。拓也、この話はもう忘れよう。有益な情報は聞けた。そろそろ時間にもなるし、合流場所に向かおう」


 セーレたちが歩いて行ってしまい俺も慌ててついていく。たった数時間しかいないのに、それだけでこの国の異常さが浮き彫りになったような気がして、少し気分が悪くなった。


 ***


 「あまり役に立ちそうな話題は見つけられなかった。だが、首都の方で事件が起こりだしたのは数週間ほど前で、それまでは別の街で事件が起こっていたそうだ。その街に向かおうと思う」


 既に集合場所についていたパイモンとストラスと情報を共有する。やっぱりそんなに上手くいかないか。シトリーとかいれば警察官に力使って事件のファイルとか見せてもらえるのにな。


 「パイモン、こっちでは少し気になる話が……」

 「セーレ、いい情報があったのか?」

 「知り合いが被害に遭ったって男性がいたんだ。親族も男性だけが殺されたって。それが二年前の八月だそうだ」

 「……俺たちソロモンの悪魔が召喚されたのが二年前の七月だ。かなり近いな。場所は確認できたか?」

 「ファイサラバードだと言っていた。犯人はまだ捕まっていない。その人の自宅はマナワラ地区の一角だと」

 「俺の方だとラホール、グジュランワーラ、そしてイスラマバードで事件が複数起っていると聞いた。主、マップを開いてもらっていいですか?」


 パイモンにそう言われマップアプリを開いて渡す。それを確認しながら何かを確信したパイモンは俺にもマップを見せてくれた。


 「私たちがいるイスラマバードがここです。パキスタンでは上の方ですね。セーレが聞いた事件がファイサラバード。この中央部分になります。私が聞いた事件が多数起こっていた場所がこの二か所です」

 「あ……イスラマバードとファイサラバードの間だ……」

 「はい。パキスタンの第一都市はカラチという場所になっています。イスラマバードは首都移動して新しく作った街のようで、元々の首都はカラチのようです。そちらに関しては海に面しており一番南になっています。同様の事件はファイサラバードより南では現時点では起こっていない」


 つまり、契約者は元々ファイサラバードの人ってことなのか。その人が移動してイスラマバードにも来ているかもしれない。でも本人の拠点になっていたのはファイサラバードなんだろう。


 「今日はもう日本時間で二十時半になりました。一度日本に戻りましょう。後日、ファイサラバードで契約者を絞ります。イスラマバードで事件が起こっているとなると、ファイサラバードの事件関係者の女性が恐らく地元から離れているという情報が手に入るでしょう」

 「その人が契約者の可能性が高いってことか」

 「はい」


 どうなるかと不安だったけどやっと状況が見えてきたぞ。ファイサラバードってところで聞き込みしていけば被害者遺族の情報も手に入るだろう。そこから行方が分からなくなってる女の人が出てくるはずだ。


 「何とかなりそうだね」

 「そうですね。正直、事件が起こったとしても構いませんし」


 どこか吐き捨てるように呟いたパイモンを咎めることができなかった。たった数時間だ、それだけしかいないのに、この国の嫌な部分ばかり目が行ってたまらなくなる。嫌な気持ちを引きずらないようにしても正直難しい。


 その気持ちは日本に帰ってからも俺の心の中に小さなしこりを残した。


 ***


 「お帰り。俺もそろそろ帰ろうって思ってたんだよ」


 アスモデウスとヴアルと三人でサンドイッチを食べていた光太郎が俺が帰ってきたことに安堵の表情を浮かべた。詳しい話は後日するとして一旦マンションで解散する。俺も玄関に向かおうとしたんだけど、少しだけ気になってアスモデウスに振り返った。


 「お前、人間の世界で結婚してたって言ったよな」

 「どうした急に?確かにしてたけど……」

 「サラは、結婚の道具にされていたことをどう思ってた?」


 旧約聖書に載っていたサラは何度も結婚をさせられていたと書かれていた。それは本人の望む結婚ではないはずだ。アスモデウスは当時を思い出したのか眉を下げ、首を横に振った。


 「答えたくない。どうしてそんなことを聞く?」

 「パキスタンの女の人たち、幸せそうに見えなかった」


 あんな奴隷のように子供を降ろせと言われても抵抗できないような生活を送っている。女性に乱暴を働こうとする男が沢山いた。そんな国で心から幸せだと思える女性なんて一握りだろう。現地に生まれて住んでいれば感覚が違うとしてもだ。


 「……サラはどうあっても不幸だったよ。政略結婚だとしても俺と愛を交わしても、どのみち不幸にしかならなかった」

 「でも、お前は幸せにしたかったんだろ?」

 「買いかぶりすぎだ。俺はただ、自分の欲望に忠実に生きただけだ」


 吐き捨てるように答えたアスモデウスはそれ以上は分からないと話を打ち切ってしまった。後ろに気まずそうに立っている光太郎に謝罪を入れて、今度こそマンションを後にする。


 「お前、なんかあったのか?やっぱパキスタンってやばい国だったのか?」

 「うん。かなり。メキシコとかホンジュラスもやばかったけど、あそことはまた違うジャンルっていうか」

 「ネットニュースでも時々見るよな。女の人への縛りがすげえって」

 

 そうだな。ネットで見る分は可哀想とか酷い国だとか、ここに生まれなくて良かったって思うだけだ。でも実際に状況を目の当たりにして何とも言えない歯がゆい気持ちになってしまったのだ。


 『考えすぎないようにしましょう。貴方は優しいので少し心配です』


 ストラスが寄り添うように体を傾ける。そうだな、考えないようにしよう。でも、あの女の人の涙が魚の小骨のように喉に突っかかってどうしようもない気持ちになるんだ。


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