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第94話 苦言


第94話 苦言


 パイモンside ―



 「あの人、悪い人じゃなかったんだ。イルミナティを倒したいって言ってた」


 グスグスと鼻を鳴らしながらダニエルとの間に起ったことを話している主は痛々しい。あれほど忠告しても契約者に感情移入することを止められない。これはもう天性のお人よしなのだろう。ダニエルに関しては俺から言わせれば同情の余地はない。真相がどうであれ、悪意を駆り立てるブログを立ち上げて、目立つことで主に見つけてもらおうとする時点でだ。結局あの男も自ら表舞台に立つことはなく、主を矢面に立たせて民を先導しようとしただけに過ぎない。あいつが本気ならばハウレスを連れて大統領なりなんなり会いに行けばいいだけだ。それをしなかった時点で奴の卑怯な願望など透けている。


 ただ、バティンに関しては少々度が過ぎている。


 テレビや動画投稿サイト、ネットニュース、SNS、全てにおいてマレーシアの事件で持ち切りだ。バアルを倒してホンジュラスを救ったことで勘違いをしていた馬鹿共も目を覚ましたのだろう。


 “ バティンやばすぎだろ。マティアスも軍使ってでも逮捕しろ ”

“ 動画投稿者燃やして撮影とか頭おかしい ”

“ こんな化け物来たら敵わないでしょ…ソロモンの悪魔ってフリーの奴まだ残ってないのかな?そいつと契約して国守ってもらう方がよくない? ”


SNSの書き込みはバティンとマティアスへの畏怖であふれている。速報で流されているニュースではマレーシアとEUがリヒテンシュタインに抗議し、マティアスの身柄を渡すように交渉しているが、リヒテンシュタインどころかスイスですらそれを拒否しているのだそうだ。


 元々、マティアスはスイスでもかなり名が知られており、年を取って故郷であるリヒテンシュタインに隠居してからも影響力のある存在だったようだ。スイスもイルミナティの拠点になっているで間違いないだろうし、おそらくマティアスやバティンの言っていた悪魔と人類の共存のための統制された国家……その場所となるのがスイスとリヒテンシュタインなのだろう。二か国からしたら最後の審判が起こった際も国としての存続ができる可能性が高いのだ。保険としてマティアスを手元に置いておきたいのは当然か。


 最悪EU、NATOからスイスとリヒテンシュタインの追放案が出ているようだが、マティアスを止めることはできないだろうな。


 テレビの速報を見るたびに主の肩が揺れてズボンの裾を握る手の力が強くなる。


 「どうして……スイスは協力してくれないんだろう」

 『あの国もイルミナティの拠点になっているのでしょうね』


 寄り添うように体を寄せたストラスを抱きしめて主は俯く。これ以上傷ついてほしくはないのに、何もかもうまくいかない。


 「主、今日はもう帰ってゆっくりしてください。ここに残りたいのなら構いません」

 「……何も解決してないのに帰るのか?」

 「解決はしました。ダニエル、ハウレス共に死にました。これ以上の終わりはありません」

 「だってバティンは!」


 それ以上言いかけて口を噤む。言葉が見つからないのだろう。涙を拭って立ち上がった主を見送るためにヴアルが心配そうについていく。


 「帰る。光太郎はまだ残るのかな」

 「シトリーに任せてたら大丈夫よ。送ってあげる。ゆっくり休んでね」


 ストラスに目配せをして主を見送り、静まり返ったリビングの居心地の悪さにセーレがため息をついた。


 「……上手くいかないね」

 「顔を出して行動することを厭わない相手だからな。被害規模はでかくなる一方だ」


 扉が開く音が聞こえて振り返るとバツが悪そうな顔をしてシトリーが入ってくる。光太郎はショックが大きかったのかシトリーの側を離れず、あいつがつきっきりで横にして寝かせていたのだ。


 「光太郎は?」

 「やっと落ち着いて少し寝た。あーもうクソが。腹が立って仕方ねえ。バティンもマティアスも殺してやりたい」


 頭を乱暴に掻いて椅子に腰かけたシトリーにセーレがコーヒーを渡す。どこまでも上手くいかないことに対する焦りを消化できないのだろう。それは、俺も同じだ。ただ共闘するにあたってあいつの挑発行為はこれからも増えていくだろう。そして、俺はそこまで気が長くない。


 テーブルに魔力で描いた魔方陣に指を置く。薄く光った魔法陣は相手が応答した合図だ。携帯なんて便利なものを持っていない時、こうやって連絡を取り合っていた。俺の行動に何かを感じ取ったアスモデウスが顔を上げる。言葉を介する必要はない。相手もそれが分かっている。


 「セーレ、今からリヒテンシュタインに向かう。ついてきてくれないか」

 「え?どうして……それに今の連絡用の魔術だろ。誰に連絡していたんだ」

 「俺とお前だけでいい。あとはいらない。ついてきてくれたら話す。頼まれてくれないか」


 リヒテンシュタインに向かうのだ。流石に俺が何をしたいのかなど他の奴らも理解するだろう。二人だけという言葉に突っかかったのはシトリーだった。


 「おい、お前バティンに会いに行くんだろ。俺も行く。戦力的にはアスモデウスもヴォラクも必要だろうが」

 「全面戦争をしに行くわけではない。その場合はお前たちを呼ぶ」

 「いや、だからって……」

 「そうなったらセーレを向かわせる。あいつら相手でも時間を稼ぐくらいはできる。最初から総力戦と言わんばかりに押し掛けるわけにもいかないだろう」

 「そんな遠慮する必要があるかよ」

 「光太郎のためだ」


 そう返答すれば言葉に詰まったシトリーが舌打ちをして引き下がった。契約者の為に身を引くのはいいことだが、相手にそれが通じないのが厄介だな。


 向こうには連絡はついている。時間を空けるとも返事が来た。ならば気を使う必要もない。


 「大丈夫なのかパイモン。相手に乗せられていないか?」

 「だとしてもだろう。どのみち奴には言っておかなければならないだろう。バティンだけならば俺が勝てる。奴には負けたことがない。最悪、あいつだけでも道連れにして殺す。バティンさえいなくなれば統率をとれる者はいない。組織は瓦解するだろう」

 「一騎打ちをしに行くの?」

 「まさか。苦言を呈しに行くだけだ。お前も、一言言ってやりたいんじゃないのか?」


 セーレは押し黙ったが、背中には肯定がにじみ出ていた。最終的には俺たちは敵になる。バティンのやっていることが間違いかと聞かれたらそうではない。だが、それでも子供にあんな現場を見せる必要はなかったはずだ。ダニエルの素顔が割れているのなら誘拐なりなんなりすればいい。主のスケジュールを理解したうえで、奴は今回の騒動を起こしたのだ。


 ジェダイトに乗っている時間はわずか三分ほどだったと思う。それなのに時間が長く思えたのは俺が恐怖を感じているからだろうか。


 リヒテンシュタインの到着地点ではまるで迎えるようにルーカスが立っていた。今すぐ、そのすました面を殴ってやりたかったが、セーレもいるし乱暴なことはやめておく。


 「拓也は大丈夫だった?」


 開口一番そう問われ、お前が言うかと聞き返したかったがバティンの単独行動による事件だ。ルーカスは本当に知らなかったのだろう。こいつは主に対して攻撃的な態度をとらないしな。だが、納得ができない部分はいくらでもある。


 「お前たちのせいだろう」


 そう返答するとクシャリと表情を崩し、背中を向けた。


 「ダニエルの目的に関しては分からなかった。俺たちの敵であることに変わりはないが、あんた達には悪いことをしたと思ってる」


 それ以上を語らず無言で前を歩くルーカスについていけば、ガードマンが立っている一軒家の前にたどり着いた。ルーカスが中を指さして入るように促しあとをついていく。このガードマンはイルミナティ関係者か?それとも金で雇われているだけ?どちらでもいいが。


 「随分と分かりやすい所に住んでいるんだな」

 「マティアスさんの所有物件の一つだよ。あの人金持ちだからな。本人はここには住んでない。場所は俺も知らない。バティンとリーンハルトくらいしか知らないんじゃないか」


 そう簡単に奴の尻尾がつかめるはずがないか。通された部屋の中央の椅子にはバティンが腰掛けており、その横にはマルバスと、もう一組。光に反射する銀色の髪の毛と陶磁器のような白い肌、宝石のような紫色の瞳の幼い双子の少年少女。絵画から出てきた天使のような外見をしているが、奴らの正体を知っている俺とセーレは言葉を失った。


 『パイモンとセーレだ。久しぶり』

 

 まさか、こいつらまで協力していたなんて……


 『やあパイモン、君からの連絡とても嬉しかったよ。もう僕もスケジュールかつかつなのに嬉しくて他の予定をキャンセルしちゃったよ!マルコシアスに怒られちゃうなあ』


 何事もないような顔であいさつを言うバティンに返事ができなかった。バティンとマルバスならば最悪どうにでもなると思っていたがベリアルがいるとなると話が違う。


 「……ベリアル、お前もイルミナティ関係者か?」

 『違うよ。ただバティンはお友達だからね。声をかけられたら顔を出してるんだ』


 不気味なほどに笑みを張り付けている少女と無表情で感情の起伏のない少年。双子の悪魔ベリアル。ソロモン七十二柱の中でも最強の悪魔と謡われているそいつらは地獄の王の称号であるサタネルの一員でもある。

 

 現時点ではイルミナティに所属してはいないようだが、それもいつまで持つか。当の本人は眠そうにあくびをしており、テーブルに置かれたお菓子を食べている。


 『日本から来るって聞いたから日本のお菓子を楽しみにしてたのにな。テミヤゲってやつ?日本では常識なんでしょ?』

 「お前とはそんな仲ではない」

 『……お友達じゃないなら、今ここでお前殺してもいいよね?』


 少年が眉を動かして言葉を放っただけで場の空気が凍り付くのを感じる。


 『駄目だよポルックス。喧嘩したら怒られちゃう。大きい声と頭を叩かれるのは嫌い』

 『カストル……本気じゃない。冗談だよ。パイモンと喧嘩したら怪我をする。痛いのは嫌いだ』


 カストルとポルックスとお互いに呼び合っており、首をかしげる。こいつらに単体の名前など無かったはずだが。今の契約者がつけたのか?俺の疑問を補足するようにバティンが楽しそうに笑っている。


 『この子たちの契約者がね、ベリアルって名前だけで個別の名前がないことが不便だったらしくてカストルとポルックスってつけてるらしいよ。女の子がカストル、男の子がポルックス。ギリシャ神話の双子から来ているらしい。ロマンティックだよねえ』


 奴の契約者らしき人間は近辺にはいない。契約石を持っていないのなら契約者がいるはずだが。ただ、イルミナティに協力しているわけではないようだが、この感じでは契約者とすぐに連絡が取れる立ち位置にはありそうだ。面倒なことになった。


 ベリアルはこの場を動くつもりはないようでテーブルに置かれているお菓子に再び手を伸ばしている。この状況で一触即発の状況になることは面倒だが仕方ない。しかし俺の考えをどこまで理解しているのかは知らないが、ベリアルはポツリと呟いた。


 『別に君たちの喧嘩に口を出すつもりはないよ。ルシファー様に怒られるの面倒だし』


 関与しないのならどうでもいいが、警戒を緩めずに進めるしかない。バティンの座っている場所はテーブルに本、パソコン、プリンター、タブレット端末、随分と過ごしやすい環境のようだ。ここで奴はイルミナティを統括しているということか。


 「ダニエルの件、どこまで知っていた」

 『どこまでって?』

 「俺たちに討伐を依頼しておきながら、なぜお前が姿を出してきた。ご丁寧にマティアスまで連れて民衆に畏怖を植え付けたかったのか」


 そんなことか。と気にもせずバティンは笑っている。奴の胸倉をつかもうとした体は向けられた剣によって止められた。


 『マルバス大丈夫だよ』

 『……お前にパイモンが倒せるとは思えないが』

 『まさか。軽い喧嘩さ。地獄でも良くした。バルマがいないから少し長引きそうだけど、殺し合いにまではならないさ。そうだろうパイモン』

 「お前の返答次第だ」


 大きな声は苦手だからやめてね。呑気な声でベリアルが眺めている。


 『知らなかったよ。知ってすぐにマレーシアに向かったんだよ。そしたらまさかの拓也君と光太郎君がいるじゃないか。僕もびっくりしちゃったよね』

 「白々しい真似を…ッ!」


 今度こそ胸倉をつかんだ俺にマルバスが動こうと体制を低くしたがバティンはそれすらも制した。


 『僕にとってダニエルは危険因子だったから敵視するのは当然のことだよ。君は何か勘違いしていないか?僕が拓也君に配慮する理由なんてないんだよ。ただ、個人的には僕は拓也君も光太郎君のことも好きだからね。僕にできうる限りの情報提供と支援をしているはずだけど?』


 確かにパルバティの件といい、ダニエルへの情報提供といい、こいつは協力を惜しまない部分はある。だがそれは見返りあってこそだ。その見返りがこれだとしたら悪趣味極まりない。


 「人の契約者に随分なものを見せておいてか?」

 『とても怖がってたよね!可愛かったなあ。大丈夫だよって抱きしめてあげたくなったよ。でもあの場所で彼の存在を明らかにしなかったんだから約束は守ってるよね?』


 埒が明かない。悪魔の姿に変わり剣を抜いた俺にマルバスが反応するが遅い。そのままバティンの腕を切り落としてやれば驚いたセーレとルーカス、そしてベリアルが声をあげた。


 『うわー早い。僕なら避けれたかなカストル?』

 『ポルックスなら真っ二つね。私なら避けれたな』

 『君は鈍くさいからもっと無理でしょ』


 マルバスが剣を振るい、それをいなし距離をとる。こいつには何を言っても無駄だ。挑発行為を繰り返して遊んでいる。ぬるい方法では理解できない馬鹿だ。


 『……酷いなあ。これってルール違反じゃないの?直接危害を加えるなんて』

 『生ぬるいやり方では貴様は理解しない。馬鹿にも分かるように少々痛い目を見た方がいい』

 『ふふ……君らしいな。でも、僕を殺さない詰めの甘さが愛おしいくらいだ』

 『気味の悪い妄言は必要ない。次はこの程度では済まない。お前が主を気にかける理由も分かっているつもりだ』


 バティンの腕の治癒に当たっているマルバスが顔を上げる。放っておけばいい。腕なんて一週間もすれば新しく生える。お前ほどの騎士がなぜバティンに従うのか疑問でしかないな。


 『サタナエル様のお力はまだ本調子ではない。再生の力の一部を主に譲り渡しているのだろう?』

 『そこまで知っていて僕に聞く必要あるのかな?』

 

 やはりそうか。バティンは容赦のない男だ。共闘期間とはいえベリアルとも連絡を取り合える状況となれば俺たちを力づくで潰すことはできたはずだ。それをしないということは、主に対して思うところがあるからだ。その理由を考えていた。


 バティン個人として主と光太郎を確かに気に入っているのだろう。それでもバティンならばたくさんの手を持っていたはず。それを使わないということは、最悪の事態を恐れているということだ。


 「パイモン、どういうことなんだ?」

 『サタナエル様のお力の一部が指輪に入っているのは知っているだろう』

 「あ、ああ。その力に適応したから拓也がサタナエル様の子供って話になっただろう」

 『サタナエル様のお力は破壊と再生だ。あのお方が封じられている水晶は天使たちが束になって作った封印魔術。ルシファー様でも溶かせないものだ。いくら主が力を受け継いだとはいえ、未熟な炎では水晶は溶かせない』

 「それと何の関係が……」

 『サタナエル様が主に譲渡した力はサタナエル様が目覚めてもあのお方に戻らないということだ。サタナエル様が自身の再生の力の一部を主に譲渡した。そしてその力が自分の元に戻るのに主が必要なんだろう』


 だからバティンは共闘期間といいながらも付かず離れずの距離を保っているのだ。イルミナティ以外の悪魔の討伐に目を瞑るのも主とある程度の協力関係を築いておきたいから。主の抹殺命令が出てはいるが、ルシファー様は最後まで主を掌中に収めたいのだ。それができないのなら殺せ。そういうことだろう。


 バティンは腕を押さえながらもクツクツ笑っている。


 『本当に賢いな君は。嫌になるよ。僕の考えなんてお見通しってことか。そうだよ、彼がイルミナティに直接危害を加えるまでは彼の説得と保護に努める。でも君にそれがバレても暴れられるだけだから少しくらいちょっかいかけてやろうとしたらこのザマだ。直哉君も僕たちのものにならないしねえ……上手くいかないものだ』

 

 無理やり手に入れようとして自死されても困るしねえ。そう言って笑うバティンをよそにマルバスは眉間にしわを寄せている。


 『私はそんな話は聞いていない。他の奴らもだ。お前は私たちを利用しているのか?』

 『そんなことないよ。これは僕の我儘だからわざわざ言う必要がなかっただけだよ。怒らないでマルバス、君に嫌われるのだけは嫌だよ』


 止血した腕をプラプラと動かしながらバティンが近づき、思いきり俺の顔を殴る。


 『これでおあいこね。いや、僕の方が痛い目を見たか。腕を持っていかれたんだから。拓也君の件に関して僕はこれからもスタンスとしては変わらない。君がどう思おうとね』

 『……お前、俺が必ず近いうちに殺してやる』

 『いいね。僕も殺されるなら君がいいな。でも勝つのは僕だけどね。君の用事は済んだかな?僕への苦言だろ?その話は聞いたから、次は僕の話を聞いてくれ。近いうちにイスラエルに向かってほしい。聖地潰しだ。詳しいことはおって連絡する。こちらからはジョシュアとガアプは手配させてもらうよ。ジョシュアに関しては出身地に近い。君の力になってくれるだろう』


 返事をする必要はない。どのみち中谷を連れ戻すには避けては通れない道だ。ガアプがいるとなると戦力としては申し分ない。できるだけ力を温存してゲートに向かいたい。


 『その時、僕たちも呼んでくれないかな?』


 静まり返った室内で呑気な声が響く。声の主はジュースを飲み終わり背伸びをしている。まるで近所の公園に遊びにでも行くかのように。


 『ベリアル、興味あるの?』

 『僕の契約者が興味あるんだ。聖地潰しはどうでもいいんだけどね、神への復讐も兼ねてるし』


 楽しそうに笑った双子を見てバティンはこちらに視線を向ける。正直ベリアルと共闘は避けたい。こいつらは人の話は聞かないし、計画を実行する協調性もない。こちらが苦労するだけだ。だが、こいつらなら天界のゲートを管理しているメタトロンとサンダルフォンを始末できる可能性がある……


 『ベリアル、俺は天界に向かいたい。神への復讐を兼ねているのならメタトロンを始末してくれないか』

 『天使に戻りたいの?僕は嫌だなあ。あそこは縛りばかりだし』

 『詳しい目的を言う必要はない。協力するのなら謝礼はする』

 『本当?なら君の契約者に会わせてね。それで手を打つよ』


 面倒な奴だな。今までの流れならヴォラクのように菓子で妥協しておけよ。だがこいつらの契約者の素性を知れるのなら悪い条件ではない。この感じ、ベリアルを上手く操縦しているようだ。この化け物を操縦できるほどの人間とは協力関係を築きたい。


 『いいだろう。お前の契約者もその時に顔を出せ』

 『ポルトガルにいるから会うときは一緒だよ。日本なんて遠い所、一緒じゃないといけないからね』


 なるほど。契約者はポルトガルにいるのか。ベリアルを殺すには正面からでは不可能だ。アスモデウスにも協力を要請しなければな。


 『俺は帰る。バティン、あまり調子に乗るなよ。あと、主に付きまとうあのクソ女にも警告しておけ』

 『佐奈の事?可愛いじゃないか。拓也君のことが好きなんだよ。僕からもじゃあ君に言葉を送ろうかな。馬鹿で無能な契約者に仕える感覚って一生理解できないな』

 『今ここで死にたいか?』

 『冗談だよ。拓也君によろしく言っておいてね。君に会いたいから、遊びに来てほしいなって』


 誰が言うか馬鹿が。セーレに帰ると告げて二人でバティンのいる室内から出る。今まで黙っていたルーカスは再度見送りという形で俺たちについてきたが、こいつにも話を聞いておきたい。


 「なぜお前がバティンに協力する。お前はイルミナティには向いていないぞ」


 問いかけてもルーカスは返答せずはぐらかすだけだ。別に寝返ることを期待していない。ただ、主がこいつを気にかけているから。だから俺もこいつに限っては最悪がない限りは見逃すつもりでいる。


 「……アスモデウスのことは拓也から聞いたか?」


 帰ってきた返答は的外れでセーレと立ち止まって振り返る。俺たちの反応で話を聞いていないと理解したルーカスは気まずそうに髪の毛を掻きむしりため息をついた。


 「キメジェスが伝えたはずなんだけどな……直接的な言葉は言えなかったかな。アスモデウス、早く始末した方がいい。澪のためにも」

 「どういうこと?」

 「バティンがサラの呪いを澪に受け継がせた。方法とか、どういった意味かは分からない。でも少しずつ澪の意識はサラに乗っ取られていくはずだ。バティンが言ってたんだ、サラとアスモデウスが二人で朽ちていく姿が見たいって。近いうちにそれが現実になる。サラの望みはアスモデウスと終焉を迎えることだから」


 これ以上は知らないとルーカスが言う。バティン、あいつ……よりにもよって澪に手を出していたのか。恐らく主が修学旅行でニュージーランドに行った際だろう。本当にどこまでも狡猾な奴だ。


 「澪がアスモデウスを殺すことが条件ってことだけは知ってる。方法とかは知らない」

 「そんな……」

 「俺も、幼馴染の女の子がいる。俺はあいつを助けられなかった。拓也には同じ目に遭ってほしくない」


 伝えることは伝えた。気を付けて帰ってくれ。そう残しルーカスは背中を向けた。あいつが主を気にかける理由は自分と状況が似ているからなのか。ルーカスにとってその幼馴染の女は主にとっての澪と同じ立ち位置だったのかもしれない。


 「パイモン、どうしよう。澪に殺させるなんてあんまりだ。でもルーカスのあの感じでは嘘は言ってない」

 「そうだな。一度ヴアルに報告する」


 戦力の低下は避けたい。利用できるだけ利用して死んでもらう予定だったが、澪に危害が行くとなると話は別だ。アスモデウスは近いうちに殺す。元々最終的には殺す予定だったのだ、時間が早まっただけだ。問題は澪をどう説得するかだ。


 サラは契約石を呪っていたと聞いた。その呪いの中にあるサラの意思を澪に移植したのだろう。サラの意識が覚醒すればアスモデウスを巻き込んで終焉を迎える。思えば澪はあの修学旅行以来からアスモデウスを気にかけるような行動が増えていた。主も気にしていたし、そういうことだったのか。なぜ、澪が俺たちに相談しなかったのか……ほかにもまだ理由があるのか?どちらにせよ、様子を探りながらいくしかないだろう。


 澪の意識が乗っ取られるのにはまだ時間がある。できる限りは手荒な真似はしたくない。


 「バティンを一発殴ってやるだけのつもりだったが、情報が多くて嫌になるな」

 「腕を切り落としたとき、本気で心臓止まりかけたんだよ」

 「悪かったな」


 だが、バティンが主に対して手が出せないことは確認できた。これからはもう少し強気に出てもいいだろう。


 「マンションに戻る」

 「皆にお土産買って帰ろうか!落ち込んでたし、甘いものとかね」

 「……観光したと後で文句を言われるぞ」

 「いいじゃない。行こうパイモン」


 主は甘いものは好きだが海外の菓子はどうなのだろうな。とりあえずあの人が食べられそうなものを探すためにセーレのあとをついていった。



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