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第93話 拡散する悪意4

 拡散する悪意4



ヴォラクside ―



 「(ハウレス、まだここで終わる訳にはいかない。ダニエルが指輪の継承者を見つけ出す。それまで何とか持ちこたえて)」


 ふざけんなよババア!こんな面倒くさいことしやがって!


 パイモンが目配せをしてシトリーが拓也たちの護衛に回るために隙を見て離脱させようとしている。でもそんな上手いこと行くかな?ハウレスは結構有名な悪魔だ。もちろん強いって意味で。真っ黒な甲冑を身に着け、炎で燃え盛る鋭利な槍を持っている百戦錬磨の騎士。とはいえ、パイモンに勝てるかと聞かれたら知らないけど。パイモンもシトリーに離脱を許すくらいだ。自分だけでなんとかなるとは確信しているみたいだ。


 『この場には主はいない』


 淡々と響く声に顔をあげる。拓也がいないからなんだっていうんだよ。安全だと言いたいのか?それとも被害を気にせず暴れられる?でもここはホテルの一室だ。派手に暴れられないってのは分かっているはずだ。


 しかしパイモンは冷たく笑い剣を抜く。


 『あの人がいないのなら、俺の悪事を止める者もいない』


 その言葉とともに走り出したパイモンの先にハウレスはいない。まさか、契約者を率先して殺す気か!?


 『(お前を先に始末して契約石を砕いてやる)』


 やっぱりそうだ!パイモンはハウレスの相手をするつもりはなく、契約者から殺す気なんだ!もちろんハウレスがそれを許すはずもなく、パイモンの剣はババアには届かず、ハウレスが槍で受け止めている。炎で包まれた槍と剣を合わせるのはパイモンにとってはきついはずなのに、本人は全く気にしていないようだ。


 『(……お前、耐性があるのか?そうか、バティンに近い者だからか)』

 

 バティンって確か高速移動するイメージしかないけど、本来は火炎術師として地獄では有名だ。愛想と容量の良さで立ち回るだけではない、れっきとした実力者なのだ。さらに本人の耐火性能は地獄一とも言われているレベルで、火炎術師としての能力もおそらくトップクラスなんだろう。いつも口八丁手八丁でのらりくらりしているイメージだけど、あいつもパイモン同様、馬鹿みたいに強いんだったな。そんな奴の同僚をしていれば奴の炎を間近で見る機会はもちろんあるし、なんなら手合わせもしていたのかもしれない。だとしたら多少の炎ではパイモンもビクともしないってこと?


 パイモンはハウレスの問いかけには答えず、全身を捻りバネのように動かしてハウレスの槍をはじき、再度契約者を狙う。正直あんまり気は乗らないけどさっさと片付けなきゃいけないのも事実だし、まあいっか!


 『シトリーも行けば?光太郎心配でしょ?』

 「おう。わりーけど一旦戻るわ。パイモン一人でもなんとかなるんじゃねえか?」


 シトリーが背中を向けて部屋を出ようとした瞬間、ババアを守っていたハウレスが槍を構えてこちらに突進してきた。おいおい契約者どうすんだよ!?


 慌てて剣を抜き、シトリーの前に立ってそれを弾く。目の前で剣と槍が音を立てているのを見てシトリーの顔が真っ青になっていく。


 「ひえ……そんなのあり?」

 『ふざけてないで下がれよ馬鹿!』


 結界を解こうとしていたシトリーが安全な場所に避難する。とはいっても、このホテルもそこそこ広いけど、戦うにしては狭すぎる。ハウレスは結界まで張って何をしたいんだろう。こいつが一般人の被害を出さないようにする意味が分かんないね。


 「(きゃああ!)」


 ババアの悲鳴が聞こえて、視線を向けると血を流して倒れているババアがいる。パイモンマジで斬ってんじゃん。容赦なさすぎだろ。パイモンの足元にはババアの腕が落ちていて、もう一本の腕も容赦なく削ぎ落とそうとしている。

 

 『(次は左腕)』


 そう告げてパイモンが剣を振り上げてもハウレスは見向きもしない。俺とシトリーを殺そうとしている。剣を合わせ、お互いの顔を睨み付けている間にも、ババアは左腕を切り落とされ床に突っ伏している。ハウレスは振り返りもしない。


 さすがにこの状況は可笑しいと感じたのは俺だけではない、パイモンもだ。これ以上ババアに危害を加えることはせずにハウレスの方に体を向けた。


 『この女、契約者ではないな。三角形の方陣に入っているとき、ハウレスは契約者に忠実になる。結界破壊の阻止を優先して契約者を見捨てるなどありえない。ただの協力者だろう。契約者はダニエル・リーで間違いなさそうだ』


 勝手にくたばっておけ。そうババアに吐き捨ててパイモンはハウレスを仕留めるために剣を向けた。このババアは契約者じゃなかった。ただの協力者……一般人だったのか。なんだろう、俺たちは戦いをしているし悪魔だ。人間の道理に従う必要もないし、加害者になることに躊躇もない。それでも少しだけ、後ろめたい気持ちになってしまう。きっと拓也は、パイモンが他人を傷つけることを望まない。この状況を見ていたら絶対に止める。だからパイモンも拓也がいないから最短で終わらせる方法をとったんだろうけど。


 拓也に状況を聞かれたら、このやり方をパイモンは正直に話すのかな?


 『ハウレスだけだ。さっさと終わらせて主の元に向かう。小細工をした落とし前はつけてもらう。俺の契約者を直接害するようなら貴様も契約者もろとも始末してやる』


 パイモンの殺気に何を思ったのかハウレスは槍を下す。え、なに?急に戦う気がなくなったとか?まさか怖くなったの?呆気にとられてる俺とシトリーを無視して、ハウレスは既に死にかけているババアの元へ向かう。こいつ、なに?なんで急に戦うことを止めたんだ?


 『(……奴の気配がする。やはりお前たちはバティンに協力しているのか)』


 ハウレスの問いかけにシトリーと顔を見合わせる。俺たちがイルミナティと協力してる?冗談じゃない。なんであんなのと一緒にされなくちゃいけないんだ。しかしパイモンはその質問に答えることなく、ハウレスに剣を突き立てた。その剣を槍で受け止めながらもハウレスはパイモンに再度問いかける。


 『(お前ほどの悪魔でも、イルミナティには逆らえないのか。バティンに対抗できるのはお前だけなのに)』

 『(無駄口を叩く必要はない)』


 そのままパイモンが槍を弾き、剣を突き刺すように腕を伸ばす。正確に甲冑の隙間に剣が突き刺さり肉をえぐる様に剣の角度を変えながらハウレスの腕を叩き斬った。ハウレスが抵抗しようと槍を構えるもパイモンには通用しない。槍を避け、今度は足に剣を突き刺す。


 『(本気を出さないのは結構だが、俺が見逃すような甘い性格に見えるか)』

 『(なぜ、イルミナティに尽くす。なぜ、ダニエルの邪魔をする)』


 既に息絶えているババアを見てハウレスは膝をつく。何かが可笑しい。ハウレスは強壮な戦士だ。地獄ではそこそこ名前も知られている。なのに、こんなあっさりと倒される訳がない。俺たちと戦う意思がない?でもそれならどうしてこの状況になったんだ?


 「パイモン、ちょっと待ってくれ。なんか可笑しいぞ」

 『始末するチャンスを邪魔するな』


 同じことを思っていたのだろうシトリーがパイモンを止める。しかしパイモンはシトリーの腕を振り払いとどめを刺そうと剣を突き立てるようにハウレスの頭上に持っていく。


 「なんか可笑しいんだって!話を聞こう!ハウレスに戦う意思がねえんだぞ!?」

 『戦う意思がない?冗談は顔だけにしろよ。現にこの女は俺たちを始末しろと号令をかけた。奴もそれに従ったから俺たちに槍を向けたんだろう?現状がどうあれ、始末することは変わらない。さっさと殺してダニエルから契約石を奪う。それでいいだろう』

 「いや、良くねえよ!俺たちをイルミナティと勘違いしてんだぞ!もしかしたら最初から敵意がないのかもしれねえ」

 『だから?』

 「だからって……」

 『そんな事情、俺に関係あるか?主に危害が加えられるかもしれない。問題点はそこだけだ。その可能性がわずかでもあるのなら、こいつを生かす理由はない』


 言っていることは間違ってない。今更敵じゃありませんとか言われても通用しないでしょ。しかしパイモンがシトリーと言い合いをしている間にハウレスが弾かれたように顔をあげる。


 『(この気配……奴だ。憎らしや……直接手をかけに来たとは)』


 結界が解かれ、ハウレスは槍でホテルの窓ガラスを砕く。逃げる気か!?って思ったけど、そんなことをパイモンが許すはずもなく、ハウレスの足めがけて剣を投げつければ、それが突き刺さり膝から崩れ落ちていく。


 『(バティンを殺す。ダニエルの望みを果たすとき……イルミナティは皆殺しだ)』


 イルミナティは皆殺し?その言葉にパイモンも何かを考え、ハウレスの足に突き刺さっていた剣を抜き、蹴り飛ばし仰向けに転がす。


 『(気が変わった。お前の質問に答える。何が知りたい)』


 いや、ここまでボロボロにしておいて……左手は切り落とされてはないけど健を切断しているから動かせないだろうし、右足は二回斬られてるんだ。引きずって歩くことはできるだろうけど戦うことができるかと聞かれたら……


 しかしハウレスは側で息絶えているババアを見て、小さな声で問いかけた。


 『(お前は、イルミナティの仲間か)』

 『(違う)』

 『(違う?嘘をついているのか?)』

 『(なぜつく必要がある)』

 『(お前たちがイルミナティと行動を共にしていることは知っている。ホンジュラスやスペインの事件もそうだろう。タンザニアの件も然り)』

 『(共闘期間だ。エクソシスト協会を潰すまで共闘している。イルミナティの悪魔に手を出さない見返りに、それ以外の悪魔の討伐には奴らは関与してこない。それだけだ)』

 『(……ダニエル、奴らは違ったようだ。きっと、説得ができる)』


 説得?ダニエルは面白おかしくブログを投稿していたんじゃないの?ハウレスの様子では違うみたいだけど。


 『(今度は俺の質問に答えろ。あの悪趣味なブログは何のために作っている。製作者はお前たちで間違いないか)』

 『(俺が悪魔の情報を調べ提供していた。知っている限りではあるが……理由は、ダニエルが望んだから)』


 そう呟いた瞬間に、ハウレスが目を見開き、パイモンに槍を向ける。


 『(ダニエルが消えていく。命の炎が消えていく……バティンを殺す!)』


 片足を引きずりながらも窓から飛び降り姿を消したハウレスをパイモンは追いかけなかった。逃がしちゃっていいの!?絶対に面倒なことになるけど。


 『パイモンなんで逃がしたのさ』

 『……バティンが来ている。主に接触されたら困る。ハウレスが奴を仕留めようとしている間に主を保護する。行くぞ』

 『ハウレスがバティンに敵うの?』

 『あの傷では無理だろうな』


 あ、そういうこと?他人を利用することに抜かりないな。上の奴っていうのは皆こんな感じなのかな?


 パイモンが人間の姿に戻り走り出す。でもこのババアの死体とか割れた窓とかどうするの?ハウレスが行っちゃったから死体、そのまま残っちゃったけど?


 「こいつどーすんの?」

 「どうもしない。どうせ俺たちにまで足がつくことはない」


 いや、そうかもしんないけどさ。監視カメラとか、こういうホテルってあるんじゃないのー?シトリーも死体が気になるのかその場を動こうとしない。俺たち二人が渋るのを見て面倒そうに舌打ちをしたパイモンがババアの側に向かう。


 「面倒だな」

 「拓也のために頑張ってパイモン」

 「……そういえば俺がなんでも言うことを聞くと思うなよ。馬鹿にしているのか」


 パイモンが手を翳して何かを唱えればババアの肉体から青白い浮遊物が出てきた。あ、これ魂だ。パイモンはその魂を手に収め、ババアの死体に触れる。ババアの死体が干からびていき砂になって消えていく。血痕は残ってはいるけど、死体は完全に消えてしまった。もしかして……


 「パイモン、ババアの人生奪っちゃった?」


 振り返ったパイモンは冷たく笑う。


 「だとしたら?お前たちも処理をしてほしいと言っていただろう」


 いや、確かにそうなんだけど。悪魔に人生を奪われると存在そのものが消滅する。要はその人間は生きていたという証明を誰もできなくなるのだ。最初から存在していなかった人物になり全ての人間から記憶が消え、書類もすべて改竄される。確かに死体が残るのは望ましくないけど、これは如何なものなのかな。


 「……仕方ないにせよやりすぎだろ」

 「主には黙っていろよ」

 「言えるかよこんなこと」


バツが悪そうに頭を掻くシトリーの足を軽く蹴り、パイモンが小さく笑った。まるでいたずらが成功した子供のようにクツクツ笑うから目を丸くする。


 「馬鹿正直に信じるのもどうかと思うぞ。俺がそんなことをする訳がないだろう」


 パイモンが握っていた手を開けると魂が浮遊している。それは行き場無く彷徨い消えていった。


 「帰る肉体がないんだ。成仏するしかないだろう。地縛霊になったとしてもそこまでは面倒を見る必要がない」

 「えー……そんな嘘つくの?ブラックジョークもいい所じゃん」


 魂を遊離した後に肉体を風化させて粉にする魔術だとパイモンは言う。そんなの使えたんだって気持ちと、あまりのブラックジョークに反応できなかった。ここで和気藹々としてるけど、容赦なくこのババア殺したのってパイモンなんだよなあ……


 「でもこいつ殺したのパイモンだよね」

 「それに関しては俺から言うことは何もない。行くぞ」


 まあ、いっか。黙ってればどうせばれないし、うんうん。俺たちはホテルの一室を出て拓也たちがいるだろうロビーに向かった。


拓也side ―


 「パイモンたち、大丈夫かな」

 『安心なさい。貴方がいないことで伸び伸びと悪魔と戦っていますとも』

 「えー何それ。複雑すぎんだろ……」


 ホテルのロビーでポツリとつぶやいた言葉にカバンの中のストラスがお菓子を食べながら顔を上げる。流石高級ホテルだ。ロビーは広く煌びやかで沢山の人が行き交っている。ストラスを見られないようにカバンの中に押し込むと不満そうに声を上げつつも大人しくしている。


 セーレは周辺に異変がないか辺りを見ており、光太郎はいつシトリーから連絡が来るか待っているようで携帯から目を離さない。パイモンたちがいなくなってから十分程度経過したのだろうか。手持無沙汰な今ではその時間すら長く感じる。パイモンたち大丈夫かな。


 「落ち着かない?」

 「……うん。怪我、しないでほしいなって」

 「そうだね」


 安心させるようにセーレが優しい声で問いかけてきたから頷く。


 『パイモンは状況を正確に見極め判断できる。無理はしないと思います。手に負えない相手ならば撤退するでしょう。今回はイルミナティも被害に遭っているため手に負えない場合はバティンも協力してくれるはず。その場合はルーカスに頼んでみましょう』


 そうだね。ルーカスも困ってるって言ってたし、最悪は協力してくれるだろう。なんだかなあ……あいつらとは敵なのに協力しながら戦うなんて奇妙な関係いつまで続くんだろう。ルーカスに毎回迷惑かけてる気がする。またキメジェスに嫌味言われるんだろうな……


 「セーレ」

 「ん?」

 「キメジェスっていい奴?」


 そう問いかければセーレは眉を下げて笑った。セーレの親友だって言ってた。向こうは今でもそう思っているんだろう。でもルーカスの願いを優先したいと言っていた。俺たちに対しても好意的で、正直あいつのことは嫌いじゃない。なんなら俺だって好意的に思っている。


 「……あの子、ヴォラクに似てるでしょ?」

 「うん。めちゃくちゃ似てる」

 「乱暴者な部分はあるんだけどね。懐に入れた相手にはどこまでも優しくて、でも子供みたいな我儘を言う。あの子と一緒にいると毎日が刺激的でキラキラして見えるんだ」

 「敵になったこと、後悔してる?」

 「……少しだけ。キメジェスはとても素直な子だ。イルミナティに彼が見つかる前に、俺が見つけたかったって思うよ」


 そしたら違ってたのかな。セーレはそう言って寂しそうに笑う。最後には戦う未来が確定していてパイモンがキメジェスをボロボロにしたら、セーレはどう思っちゃうんだろうな。そんな未来、来てほしくない。俺だってキメジェスのことは嫌いになれないんだから。


 「考えたくないけど、あの子と戦う未来が来たとしても最後まで説得はしたい。あの子は俺の大切な子なんだ」

 「俺も、キメジェスの事好きだよ。いい奴だって思うし」

 「拓也がそう思ってくれて嬉しいな」


 嬉しそうに笑うセーレを見て、本当にキメジェスと仲が良かったんだって再確認する。だからこそあいつと戦う未来は避けたい。あいつと、ルーカスとは戦いたくない。少ししんみりしてしまった中、光太郎だけが携帯から目を離さない。そんなにシトリーが気になるんだろうかと声をかけようとした瞬間、俺に携帯の画面を見せてきた。


 「拓也、一回ここを離れた方がいいかも」

 「え、なに?」

 「ダニエル・リーだよ。あいつブログ以外にもSNSとかやってんじゃね?って思って探してたんだよ。Xとインスタはアカなかったんだけど、Facebookで見つけた。五分前に更新してんだよ」


 ダニエル・リーのSNSを見つけたと光太郎が見せてきた。顔写真的にはたぶん本人と思うおっさんがプロフィールに写っており、写真だけではなく文章なども載せている。その中の一つを光太郎が指さしているけど、これ何語?中国語か?漢字だもんな。シンガポールって中国語なんだ。


 とりあえず投稿されている文章を翻訳してもらうと、内容に目が丸くなった。


 ― 指輪の継承者を今日見つけてみせる。彼が俺に会いに来てくれるから。俺の確かめたかったこと全てが分かるはずだ。


 そう書かれていたのだ。ダニエルのブログはオカルト的な意味で、今有名になっている。そのコメントには様々な言語で書かれており、セーレに読んでもらい眩暈がしそうだ。本当にこいつ、俺たちのことをブログで書く気なんだ。冗談じゃない。


 光太郎に携帯を返して大きく息をつく。なんで悪魔と契約してこんなことするんだろう。最後の審判を止めたいとかでもなく、皆の悪魔を暴こうなんて、その好奇心を別のところに向けてほしい。


 俺たちが項垂れる中、セーレが何かに気づき、一点を見つめる。そんなセーレに声をかけようとしたけど頭を下げていてほしいと言われて、光太郎と言われたとおりに頭を下げる。


 「え、何?」

 『何があったんでしょうか。カバンの中にいる私には何も』


 少ししてセーレが俺と光太郎の腕を掴んで立ち上がらせる。


 「拓也、光太郎、少しお祭りに行こうか。ホテル前の広場に行こう」

 「え、でも……」

 「俺はやだよ。ここならホテルのWi-Fi飛んでるけど、広場行ったら飛んでない。シトリーと連絡取れなくなるだろ」

 「いいから」


 有無を言わさずセーレが俺たちの腕を引っ張りロビーから出ようとする。なぜセーレがそんな強硬なことをするのか分からず、そして普段温厚な彼がこういった行動を起こすにはきっと意味があるのだろう。大人しくして、教えてくれるタイミングになったら話を聞こうと今は従う。光太郎も仕方なくポケットWi-Fiを取り出し接続しながらついてきた。


 ホテルも人は多かったが、ホテルの前に面している広場は屋台が並び、たくさんの人で賑わっている。そういえばセーレ、お金もらってたよね。なんか買ってくれんのかな。当の本人は警戒するように後ろを睨み付けており、何かを確認して息を吐いた。


 「ごめんね。急に連れてきて」

 「いや、いいんだけど何かあった?」

 「俺の見間違いなら申し訳ないんだけどダニエル・リーがいたんだ。君たちを探してるんじゃないかって思う」


 え!?ダニエル・リーが!?あいつらって悪魔と一緒にいるんじゃないの!?


 「別行動しているのかもしれない。この距離程度なら離れても問題ないし、そのSNSでは拓也たちが来ることを事前に知っていた。安全な場所で待機していたのかもしれない。なんにせよ君たちに会わせる必要がない」


 そう、だね。俺も会うの怖いし、それがいいか。


 とりあえず何か購入しようかとセーレに連れられて屋台を回る。現地の食べ物以外にも日本のたこ焼きなども売っており、試しにそれを買って待機する。ストラスにどうやってたこ焼きを食べさせればいいか悩みつつ屋台を回る。パイモンたち大丈夫かな。光太郎はソワソワしており、ダニエルを撒ければホテルに早く戻りたいくらいだ。


 「……気づかれてる?」


 セーレが呟き、俺たちの腕を引っ張りさらに屋台の奥に連れていく。広場は広く人も多いのに、さらにホテルから離れる必要があるのか。光太郎はホテルの方に視線を向けており、俺もこれ以上離れるのは正直怖い。


 「セーレ、これ以上は広場の外になる。危ないよ」

 「……恐らくダニエルは君の顔を知ってる。まっすぐこちらに向かってきている」


 ダニエルが追いかけてきてる?後ろを振り返ってもダニエルの姿は俺には分からない。それでもセーレが言うにはまっすぐ俺たちを追いかけてきているらしい。光太郎と俺がいる状況では相手を撒くことができないと判断したセーレは俺たちを中央広場の像の前に置いて、人混みの中に消えていく。手持無沙汰のままで取り残されて、どうすればいいのか分からない。


 「どうする?」

 「ここにいるしかないよな」


 先にホテルに戻る訳にもいかない。パイモンたちも気になるし、セーレがいなくなったことにとてつもない不安が広がる。


 『しかし妙ですね』

 「ストラス?」

 『あなたの存在に気付いている割にはダニエルの行動はえらく慎重だ。セーレが先に気づいているからかもしれませんが、行動に移してこない。貴方がどういう人間かを確かめている気がする』


 それってどういうこと?そう言いかけた瞬間、光太郎が声をあげた。


 「なんで連れてきたんだよ!」


 セーレがダニエルを連れてきたのだ。中年の男性はヴァレリーさんに教えてもらった通りの姿をしている。どうしてセーレはこいつをここに?力業で従えるつもりなのか?俺たちの表情を見て安心して。とセーレがダニエルから回収した携帯を見せてきた。


 「彼の持ち物は回収したから安心して。周囲に怪しい動きやつけている人間も彼以外にいない。協力者はいないはずだ」


 だからと言って連れてくる必要なんて……そう言いかけたけど、セーレは渋い顔をしており、ダニエルを見た後に俺たちに向き直った。


 「彼は敵ではないかもしれないんだ」

 「え?」


 日本語が分からないダニエルは俺と光太郎をマジマジと見て、何かを考えこんでいる。


 「(君が指輪の継承者で間違いない?指輪の特徴はハウレスに聞いた通りだ)」


 ダニエルの言葉をもちろん聞き取ることはできないけど、ハウレスって単語だけは聞き取れた。たぶん今回の悪魔の名前。ダニエルはセーレに何かを問いかけており、首を横に振った後に何かを考えこんでしまった。


 「セーレ?」

 「ダニエルは俺たちをイルミナティ関係者と思っているらしい」


 それの説得のために連れてきたとセーレが言う。俺たちがイルミナティ関係者?そんな勘違いをしていたのか。でも、だからと言ってなんだっていうんだ。こいつが面白半分に作ったブログが許される訳がない。


 「(俺たちをなぜイルミナティ関係者だと思う)」

 「(バティンの会見を見ていればそう思うだろう。ハウレスに調べさせた。スペインやホンジュラスの件はイルミナティとの共同作業と聞いた)」


 セーレに翻訳してもらい、ダニエルが勘違いしているのを知って慌てて首を横に振る。俺が言っていることを翻訳してもらい、ダニエルの表情が変わっていく。


 「(君に聞きたい。君は人類の味方か?)」


 そう問うダニエルの目は真剣だ。冗談や茶化すような声色ではなく、頷いた俺を見てダニエルが肩の力を抜いた。手で顔を覆い、安堵したように呟く彼はまるで自分の努力が報われたように呟いた。


 「(良かった……君は人類の味方か。やっと君に会えた。いや、会いに来てくれた)」


 ダニエルは感動しているようだがこちらとしては笑えない。あんなことしておきながら友好的な態度をとられてもどう対応していいのか分からない。セーレもそこは同じなようで、まずなぜあんなブログを立ち上げたのかダニエルに問いかける。


 「(全世界に情報を共有するためだ。国や政府には期待できない。ならば俺たちで戦うんだ。あの情報を見て、協力や賛同してくれる人間たちを集めている。順調に集まっている。あとは君を見つけ出して協力をしてもらえれば)」

 「(彼を表舞台のトップにする気か?)」


 セーレの鋭い言葉にダニエルは言葉を詰まらせる。セーレはため息をついて光太郎に俺をかばうように告げてダニエルの前に出た。


 「(君から見てこの子は何歳に見える?)」

 「(……学生、としか)」

 「(そうだろう?学生に見える。貴方より幼い子供だ。戦いとは無縁の世界で育っている。そんな彼を表舞台に立たせて祭り上げるつもりなのか?)」

 「(世界を救うためだ。多少の理不尽は耐えてほしい。今までそうやって戦ってきた若者は沢山いるはずだ)」


 話にならない。セーレはそう呟いてダニエルの言葉を訳してはくれなかった。ストラスに聞いてもカバンの中にいては声が聞こえなかったのだろう。少しだけ顔を出し状況を確認している。


 「(彼は普通の人間として生きることを望んでいる。表舞台に立つことはない。だけど安心してほしい。最後の審判を止めるために彼は行動している)」

 「(個人の力では防げない。だから指輪の継承者が表立って世界に訴えて各国が協力していかなければならない。俺のブログの賛同者には軍事ジャーナリストや軍関係者もいる。彼に不都合なことは起こさせない。しかし最初の声を上げるのは彼でなければ意味がない)」

 『言っていることはもっともなのですがね』


 カバンから顔を出したストラスがポツリと呟く。何を訴えているのか全く分からない俺は会話に入ることもできず、俺のことを話しているのに肝心の本人が置いてけぼりだ。しかしセーレは首を横に振り、男性の訴えを退けるように手を振った。


 「(ならば、貴方たちだけで声をあげくてれ。悪魔の契約者だ。バティンとマティアスの影響力を見ればわかるだろう。貴方も十分表に出れば影響力がある存在だ。俺たちは今までのやり方を崩す気はない。声をあげるのは彼でなければならない理由もない)」

 「(……君たちには失望した。分かったよ。指輪の継承者は腰抜けで軟弱者だということがな)」


 舌打ちをして吐き捨てるように呟いたダニエルがセーレから携帯を奪い踵を返す。なんだか交渉決裂したみたいだけど大丈夫なのか?セーレがダニエルに何かを話しているが、彼は苛立たし気に返事をして顔をそむけた。


 「ブログには書かないとは言ってくれたけど、信用できるのかな」

 「逃がしてよかったの?パイモンたちに相談した方が……」

 「……パイモンなら彼を殺す選択をとるのかな。でも、彼は俺たちの敵ではないよ。だから殺す必要もない。君のことを話さないのなら、それでいいと思うんだ」


 そういう、もんなのかな?何の話をしたのかは俺には分からない。でもセーレがホテルに戻ろうと促して、俺たちも足を進めようとしたとき、祭りの喧騒が酷くなり、何かに気づいたセーレが俺と光太郎の腕を引いて人混みに紛れるように後退する。人が何かを避けるように引いていき、動画を撮るように一斉に携帯をかざしているのだ。すぐそこのホテルではパイモンたちが戦っているというのに。しかし先ほどまで俺たちを尋問するように矢継ぎ早に言葉を放っていたダニエル・リーも足を止め、視線の先にいた人物と対面した。


 「(なぜお前が、こんな場所に……)」

 『(なぜそんなに驚いている?まさかずっとバレずに好き勝手出来るなんて思ってた?冗談きついな。僕の周りには非常に優秀な人材が揃っているからね。君を見つけ出すのにそう時間はかからないさ)』


 現れたバティンは民衆の騒ぎに我関せずといったように視線をホテルに向ける。あの場所でパイモンたちが戦っていることもまるで知っているかのように笑みを浮かべた。


 『(あの場所でハウレスが戦っているわけか。さてダニエル、今日僕が自らここに来た理由、まさか分からないなんて言わないよね?)』


 あの悪趣味なブログのことか。でもそれに関してバティンはこっちに投げてるってルーカスが言っていたのに、わざわざ自ら出向いてまで確かめたいことは何だったんだ?


 言葉に詰まっているダニエルにバティンは声をあげて笑い、スマホの画面を見せている。もちろん人混みに紛れて少し離れた位置にいる俺たちに画面など見えるはずもなく、さきほどまで賑やかで隣の人間の会話さえ集中しなければ聞き取れないくらいだったのに、今では全員が会話もせずにスマホを向けてバティンの言葉を待っているという、あまりに歪な光景になっていた。


 返答しないダニエルに業を煮やしたのかバティンはスマホをポケットに戻して腕を組む。


『(君のブログ、表面上は情報提供を呼び掛けているけど、賛同者に対しては別のサイトに誘導していた。随分と上手いこと隠してたね。これに関しては探すのに苦労した。でもね……この内容ばかりは僕も許すことができないんだ。そうですね?ミスター)』


 バティンの後ろから現れた初老の男性は今、世界を震撼させている存在でもあった。


 「(マティアス・カレンベルクだ!)」


 現地の人間が声を張り上げ、一斉にスマホのシャッター音が鳴る。当の本人はそれを鬱陶しそうにしながらバティンの側に歩み寄っていく。


 「(鬱陶しい奴らだ。私は客寄せになるつもりはないんだがな)」

 『(仕方ないですよミスター。貴方は今、世界で一番注目されている人物ですからね。本当に申し訳ない。僕も世界中を移動しすぎた。今回ばかりは契約石のエネルギーが不足してしまったようです。すぐに事を終わらせて貴方をリヒテンシュタインに連れて帰ります)』

 「(構わん。少しばかり私も興味がある。融通できるか?)」

 『(勿論です。僕が貴方の意見に苦言を呈したことがありますか?)』

 「(そうだな。お前は私に忠実な奴だ。誰よりも)」


 バティンが道を譲り、マティアスがダニエルの前に足を進める。動画を回している人間の中には配信者もいるのか、興奮気味に動画を撮っているスマホに向かって何かを訴えかけており、異様な空気に包まれている。パイモンたちも気になるのに、バティンとマティアスが目の前にいる。しかしこの人混みの中に姿を出す勇気はなく、事の顛末を見守ることしかできない。


 「(十字軍、とは聞こえのいい言葉だな。ダニエル・リー、君の経歴は調べさせてもらった。随分と優秀なようだ。そんな君が悪魔を手に入れ、この状況を見て、まだ夢を見ていることに私は驚いているよ。まさか私の暗殺計画を企てているとは、いやはや有名になるのは恐ろしいものだ)」


 周囲がどよめき、英語が聞き取れなかった俺はセーレに訳してもらい、耳を疑う。ダニエルはマティアスの暗殺計画を企てていた?そんな馬鹿な……あのおっさんは悪魔について面白半分にリークして回っているだけじゃないのか?本当の目的は違うところにあった?


 「(最後の審判を止めるために指輪の継承者と協力関係を築きたい。そしてイルミナティを壊滅に追いやりたい。国や政府は当てにならない。ならば自分たちで十字軍を立ち上げて世界を救おう ― とても耳障りの良い言葉だな。英雄に憧れる愚か者どもが次々と賛同している)」 

 「(ああ、そうだ。俺たちはお前を殺すために準備をしていた。最後の審判なんて行わせてたまるか。俺たちは悪魔にも天使にも屈しない!我々人類を舐めるな!)」


 ダニエルの両手から炎が溢れ、近くにいた人たちが悲鳴をあげて逃げていく。悪魔の力をこんな場所で使うのか!?


 セーレが俺と光太郎を後ろに隠し状況を見守る中、炎を突き付けられたマティアスは口元を手で覆い、肩を震わせて笑っている。


 「(くくく!人類を舐めるな、か。私は舐めてはいない。だが、現実逃避をするあまり、身の程を弁えないのは如何なものだろうか)」

 『(そういえばハウレスも火炎術師だったかな。ミスター、僕が対応しましょう。後ろにお下がりください)』

 「(これくらい私一人で対応できる)」

 『(僕にとっては貴方が全てです。貴方に傷一つつけることは許されない。ミスター、僕が貴方にふさわしい悪魔かどうか、見定めてください)』

 「(先ほどまでは私に忠実だと言っていたのに良く回る舌だ。いいだろうバティン、行け)」

 『(仰せのままに)』


 ダニエルが炎を宿したままマティアスに突進していき、悲鳴と歓声が聞こえる。中には警察を呼べ!警備員を呼べ!そんな言葉も飛び交っているらしく、この場所は混沌に包まれていた。ダニエルが炎が宿った拳でバティンに殴りかかるも、相手は簡単に避けて翻弄するようにダニエルを蹴り飛ばし、ひっくり返るも立ち上がりダニエルは再びバティンに向かっていく。


 でも勝てるはずがない。バティンは高速移動ができる悪魔なんだ。普通の人間の速度なんてバティンからすれば歩いているように見えているかもしれない。子供をいなすように余裕を崩さないままダニエルは地面に転がされ続け、やじ馬たちはそれに怒声を浴びせている。なんだよこの状況、どうなってんだよ!?


 「シトリー!うん、今、ホテルの外に……!ば、バティンとマティアスが来てるんだ!そんでダニエルと戦ってる!うん、うん!早く来てくれよ!やばい事なってんだよ!」


 シトリーたちの方の戦いが終わったのか!?悪魔を地獄に返すってこと?でも電話を切った光太郎の口からはその言葉は出てこなかった。悪魔を殺したのか?それなら契約石は?どういうことだ?


 しかし光太郎に一瞬視線を動かした瞬間、ダニエルと野次馬たちの悲鳴が響き、再び騒動の中心に体を向けると、全身を燃やされているダニエルがいた。


 「(あ、あああああ!!あづいいいいい!!!!)」

 『(こう見えて僕も火炎術師なんだ。火刑なんて中世の拷問のようだね。まあ、いいか。これは僕からの審判なのだから似たようなものだ)』


 燃え盛るダニエルにバティンが手をかざすと、炎に包まれたダニエルの体が宙に浮き、その場にいる人々全てが宙吊りにされ焼かれていくダニエルを凝視する。もがき苦しみながらダニエルは声を張り上げ抵抗を続ける。


 「(バティンを、マティアスを、殺せえええ!人類の敵がいるッ!!!)」

 『(あはは!どうしてだろうねダニエル。君がこんな目に遭っているのに、君に賛同しているかもしれない人々は誰一人、僕に危害を加えようともしないよ)』


 これだけ沢山人がいるのに、警備員や警察官だって到着しているのに、茫然として燃えていくダニエルを眺め、誰一人としてバティンに挑もうとしない。銃を持っていても、それをバティンに向けようとしない。その光景にもがいていたダニエルの動きが鈍くなっていき、顔がこちらに向く。


 「(メシアよ……お助け、ください……俺は、人類の、未来の、ために……)」


 心臓がバクンと大きく鳴り、ストラスが入っているリュックを抱きしめる腕の力が強くなる。リュックから俺を覗いているストラスは悔しそうな表情で首を横に振る。この人は、俺たちの敵じゃなかった。俺を探していたのは最後の審判を止めたかったから。それなのに俺は、よりにもよってイルミナティに協力をあおり、目の前の光景を引き起こしている。


 「拓也、苦しいだろうけど動いたら駄目だ。ここは人が多すぎる」


 セーレの忠告に足が縫われたように動かない。そんな俺を見てマティアスとバティンは愉快そうに笑っているのだ。


 『(可哀想!メシアにも見捨てられちゃったね。君の事鬱陶しいって思ってるのかもね!)』

 「(実に滑稽だ。独りよがりの正義感の末路がこれか。ダニエル、いい土産になっただろう。お前が信じている人類は、メシアも含め、誰もこの場で私たちに牙を向ける勇気がないようだ)」

 「(あ……あ、ああ……)」


 ダニエルが力尽き、彼の遺体が空中に吊るされ燃えている。彼が死亡したことを確認したバティンが指を突き出す。


 『(最後は華々しく、皆の記憶に残るように)』


 パチンという音とともにダニエルの体が爆発し、焼け焦げた遺体が空から降り注ぎ、会場はパニックになっている。セーレが俺と光太郎を抱きしめて遺体の雨から守ってくれているけど、自分のした愚かさに言葉が何も出てこない。


 しかし次の瞬間、バティンが一歩後ろに下がりマティアスを守る様に手を翳した。何かが地面を割る音が聞こえ、悲鳴を上げて見物人が距離をとった先には巨大な槍が刺さっていた。


 『(あれ?この槍は見覚えがあるな)』

 『(バティン!良くも、ダニエルをッ!!)』


 現れたのは漆黒の甲冑を身にまとった騎士のような姿をした男だった。見物人たちがざわつく中、姿を見たセーレが目を丸くした。


 「ハウレス?なぜ彼がここに?パイモンたちが負けたのか?」


 あの悪魔がハウレス!?パイモンは?ヴォラクとシトリーは?殺されたとかじゃないよな?だってさっき光太郎に連絡が来てたんだ。なんでハウレスがここにいるんだ?


 光太郎も詳しくは聞いていないのだろう、ハウレスがこの場所に現れたことに目を丸くしている。しかしハウレスは民衆の視線など興味がないように地面から槍を抜き取りバティンに向けた。


 『(主を失う苦しみを貴様にも味わわせてやる!)』

 『(ん?まさかミスターの殺害宣言かい?あはは!冗談きついなぁ……ハウレス、その言葉を今すぐ取り消してくれないか?僕が本気で怒る前に)』

 『(黙れ狐が!貴様もマティアスもこの場で殺してくれる!)』

 『(……調子に乗るなって言ってるんだよ雑魚が)』


 バティンが指を鳴らし、ハウレスの足元に火柱が上がる。民衆が慌てて逃げていく中、ハウレスはバティンに向かって突進していく。


 『(あれ?君、足を怪我してるのかい?生まれたての小鹿だってもう少しまともに歩けるよ。パイモンに手も足も出なかったのかな?)』

 

 ハウレスの攻撃をバティンは簡単に避けていくが、奴はバティンを無視してマティアスの方に向かっていく。


 『(死ね!マティアス!)』


 槍を構えて突進していくハウレスに民衆の悲鳴が大きくなる。しかしマティアスは避けることなく、手を突き出し結界を張ってハウレスの攻撃を防いでいた。あのおっさん、あんなことできんのかよ!?


 「(……悪魔というものは、この程度なのか?話にならんな)」


 そのままマティアスが指をさせば、ハウレスが炎に包まれた。このおっさんもバティンの力は使えるようになってるんだ。しかしそんな程度の炎でハウレスが怯むことはなく、結界を壊そうと大きく槍をグラインドさせる。


 窓ガラスが割れるような音が響き、再度ハウレスがもう一突きすれば結界は粉々になって消えていった。


 「(中々やるじゃないか)」

 『(打ち取った!)』


 再度ハウレスが腕を振り上げた瞬間、後ろにいたバティンがマティアスとの間に立ちふさがった。


 『(さあ、勝つのはどっちかな)』


 バティンの言葉とともに爆発音が響き、衝撃に目をつぶってしまった。しかし静かになった広場で視界に入ったのは腕と足、腹部まで吹き飛び、首を無くしたハウレスが崩れていく様だった。悪魔と悪魔の戦いはバティンの勝利に終わり、この状況を見守っていた民衆は歓声と悲鳴で包まれている。


 「(ご苦労バティン)」

 『(ふふ。貴方に直接言葉で褒められるなんて今日はとてもいい日だな。さて……まだやることがある)』


 バティンはパンパンと手を叩き、いまだに興奮しながら動画撮影をしている若い男性に顔を向ける。


 『(君は動画配信者かな?それ、ライブ配信してる?)』

 「(え、あ、は、はい……)」

 『(そうか。いいものが撮れて良かったね。なら、君ももう満足だね。僕は君のような危機感もなく面白半分に見せしめや晒しをする人間は嫌いでね。己の信じる正義のために戦ったダニエルでさえこんな末路を辿ったんだ。愉快犯を見逃すわけがないだろう?)』

 「(え、あ、うあああああ!!!)」


 一般人の男性すらバティンは自らの力で放火し、炎に包まれ暴れまわる男性に全員が悲鳴をあげながら離れていく。中には水をかけようとしていた人もいたが、そんな人間でさえもバティンは指を向け燃やしていく。


 『(邪魔をする奴らは全員僕の敵だ。勘違いしないでくれ。ホンジュラスの悪魔を倒したことで勝手に僕たちを正義の味方と勘違いする者が多すぎる。君たちは僕たちの作る新世界には不要な存在だ。そういう人間には僕たちは容赦しない。ダニエルは僕たちに共感さえしてくれたら歓迎したのに本当にもったいないことをしたよ)』


 焼けただれ苦しんでいる男性が落としたスマホをバティンは拾い上げ、あろうことかそれを向けて配信を続行している。


 『(昨今のスマホの動画はすごいね。君が燃えて死んでいく様がしっかりと映っている。最後の動画の再生数はきっと伸びるよ。おっと、死んじゃったかな?動かなくなっちゃった。じゃあ動画はこれで終わりにするよ。ご視聴有難うございました)』

 「(そのくらいにしておけ。全く派手に暴れて……契約者を殺害するために来たというのに、これだけの一般人に被害を出して私を国際指名手配犯にでもしたいのか)」

 『(まさか!心配いりません。貴方は僕たちが守ります。リヒテンシュタインもスイスでさえも貴方の身柄の引き渡しは拒否するでしょう)』


 面白おかしく笑いながら動画を撮り終えたバティンはマティアスに手を伸ばす。これだけ騒ぎを起こして外交問題すらも考えていない。でもバティンもマティアスも涼しい顔で大丈夫だと話しているようだ。まさか、リヒテンシュタインだけじゃなくてスイスすらイルミナティの拠点になっているのか?


 『(帰りましょうミスター、この場所は貴方に相応しくない。やはり貴方は玉座に座っているべきだ)』

 「(くだらん見世物だった。もう少し、面白いものを見られると思ったんだがな)」

 『(残念です。次はもう少し過激に、そして華々しくやりましょう)』


 バティンは何かに気づき、手に持っていた物を思い切り投げた後、エスコートするようにマティアスの手を取り、二人はその場から消えていき、残ったのは複数の焼死体だ。一瞬の静けさの後、阿鼻叫喚が包み、恐怖から泣き崩れる人、その場から逃げ出す人、焼死体に駆け寄る人、様々だ。


 混乱の中、俺たちを見つけたシトリーが走ってきてあまりに凄惨な状況に顔をしかめる。光太郎がはじかれたように顔をあげ、一目散にシトリーに向かっていき、飛びついた光太郎を受け止めたシトリーはあやしながらも抱きしめた。


 「大丈夫だよ光太郎。もう大丈夫だからな。大丈夫」


 光太郎は声を押し殺して泣いている。あまりにショッキングな出来事と、あんな風にバティンが現れた時、何もできなかった現実に打ちひしがれる。どうすれば良かったんだろうか。人目を気にして、助けを求めるダニエルに手を差し伸べることすらできなかった。


 「主」

 「……パイモン、ヴォラク」


 パイモンとヴォラクが戻ってきて、光太郎の様子を見た後にこっちに視線向ける。パイモンは騒動の中心地を睨み付けるように見て、手に持っている宝石を動かした。


 「パイモン、それ……」

 「ハウレスの契約石であるペリドットのバングルです。奴が投げてきたんですよ。体よく使われたみたいで腹が立つ。バティンが随分と場を荒らしたようですね。大丈夫でしたか?」

 「……俺、何もできなかった」

 「それでいいんです。何かをする必要はなかった。飛び出さなかったのは正解です」


 励ますようなパイモンの言葉に隣に来たヴォラクが手を握る。セーレがいたわるように背中をさすり、抱きしめているリュックの中にいるストラスがすり寄るように体重を預け、やっと訪れた安堵に俺も涙がこぼれ、自分のしたことを悔いる。


 「あの人、本心はイルミナティを倒したかったって……俺、そのイルミナティに協力してあの人を見殺しにした……ッ!」

 「詳しい話はマンションに戻ってからにしましょう。ハウレスの契約石もそこで砕きます」


 セーレが腕を引き、悲鳴で埋め尽くされている場所から一歩ずつ足を動かす。イルミナティは敵だと分かっている。分かっていても、心のどこかでルーカスやマルバスの契約者のヴァレリーさんは親切にしてくれて、安心していたのかもしれない。譲れない部分を除いては協力できるって。でもバティンが全てを壊していった。全て、あいつに仕組まれていたのかな?でもヴァレリーさんに頼らなきゃ、ダニエルを見つけ出すことはきっとできず、イルミナティに先に殺されていただろう。どうすればあの人を救えたんだろうか。


 人目に隠れて行動することの限界を思い知らされ、それでも表立って行動することが怖くてできない自分が情けなくて嫌になる。


 祭りで起こった悲劇は、終わりそうにない。





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