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第93話 拡散する悪意3

 「拓也、すまない駄目だったようだ」


 父さんとの会話から三日後、携帯を片手に頭を下げられて俺とストラスが逆に申し訳なくて気を遣う。


 「あ、駄目だったんだ。父さん謝んなよ!頭上げて!」

 『そうです父上!もともと駄目元でしたし!そのような謝罪はいりませんよ!』


 俺達のフォローを受けて申し訳なさそうに顔をあげた父さんが携帯をこっちに差し出してくる。画面には英語の文章が並んでおり、訳せず目が点になっている俺とは対照的にストラスは表情を険しくした。



 拡散する悪意3



 『この内容、データを送ってもらうことは可能ですか?』

 「勿論だ。そのつもりで見せているからな。拓也の携帯でいいのか?それともマンションにあるパソコンに送った方がいいのか?」

 『拓也ので結構です。情報共有はこちらでします』

 「わかった。分かってるだろうが無断転載は禁止な。個人情報が載っているからね」


 父さんはそう言って俺にメッセージを送付してきた。中身を開いてストラスに見せると確かに送られたと満足気だ。この内容に肝心な何かが書かれているんだろうか。

 俺達への用事が終わった父さんが母さんに呼ばれてリビングに向かっていき、俺とストラスだけが部屋に残された。


 「これ、なんて書いてんの?」


 内容を見ても俺に分かる部分はほとんどない。アドレスって所に書かれてるのは住所なんだろうか。もしかして相手の場所が割れた!?


 『ダニエル・リーの次の所在地が書かれています』

 「え、どこ!?この住所のこと!?」

 『いえ、そこに記載されている住所はこの間私たちが伺ったマンションでしょう。父上から送られてきたメッセージに添付されているファイルは一つではないでしょう?』


 あ、本当だ。父さんからのメールで転送されてるのって四つくらい添付ファイルある。ストラスに言われるがまま、タップしてファイルを開くと当たりがヒットした。


 『このやりとりでは父上の友人がシンガポールに赴くことも大丈夫と言うことを書いていますが、それに対しての回答がマレーシアのジョホールとマラッカに明日から取材に向かうため対応できないと書いています』

 「じゃあこいつ!」

 『マレーシアに向かうのでしょう。ジョホールはシンガポールからも近い。車で移動できるはずです。メールにはラマダンとラマダンファストについてのコラムを書くために取材をするようですね』

 「へーそんなの誰が読むんだよ」

 『コラムが機内誌に載ると書かれていますよ』


 あー確かに飛行機の中って航空会社の雑誌みたいなのが各座席にあるな。その中の一角に掲載されるってことなんだ。よく考えたらすげえ人なんだな、この契約者。


 マレーシアの航空会社の機内誌ってことだよな多分。


 じゃあシンガポールを探してももう見つけられないってことか。この中にマレーシアでの滞在先とか書いてくれてないかな。


 「でもそれだけじゃ見つけられなくね?滞在先のホテルとか書いてくれてねえかな」

 『正直そこまでは分かりませんね。ただ取材期間が十日間ほどだと書かれています。その間に場所を探し当てましょう』


 ええ、それめっちゃ当てずっぽうじゃん。ラマダンの取材が終わるまで待ってた方がいいと思うけど、その間にブログ更新されても嫌だもんな。探すしかないのか。


 とりあえずもらった情報をパイモンのパソコンに転送してシトリーに連絡して確認してもらうことにした。ラマダンファストってのが何かわからなくて調べてみたけど、屋台みたいなものらしい。


 ラマダンは日没までは何も食べれないから日没後に屋台やらなんやらが出てお祭りみたいになって楽しいんだとか。少しだけ見てみたい。


 「まずは相談して現地行って調べるってことだよな!」

 『その通りです!何事も報告ですよ!早速パイモン達に報告して調べてもらいましょう!』


 お前は他人事かよ。

 とりあえず父さんのお陰で次につながる手がかりみたいなものも手に入ったし、あのブログが更新される前に早急に済ませないとな。


 ***


 マンションの扉を勢いよく開けてリビングに入ってきた俺にソファに座っていたシトリーとヴアルとセーレは目を丸くした。そんな三人の反応を無視してズカズカ中心に向かって歩き、携帯の画面を見せると、シトリーは嫌味たらしく笑った。


 「お。はえーじゃん。暇人かよ」

 「うっせえよクソが!これ、マジなの?」

 「俺がお前に嘘つくわけねえだろうが。感謝しろよ。指輪のヘボ継承者様に仕えている俺様によ」

 「だからうっせえんだよ馬鹿!お前に聞いてねえし!セーレマジで?」

 「うん。ダニエル・リーのマレーシアの滞在先が分かったよ。調べたのはパイモンとシトリーだけどね」


 学校にいる間にシトリーからきた連絡はダニエル・リーのシンガポールでの滞在先が割れたと言うものだった。詳しいことはマンションに来たら話すとしか書かれていなかったので、学校が終わってマッハで来たと言うわけだ。


 「なんでわかったんだ?父さんからの情報で分かるようなこと書いてなかったくね?」

 「だから昨日と今日のお昼で現地に行ってきたよ。機内誌のコラムを書くって仕事だったから、その航空会社からシトリーが情報を探ってね。現地の滞在先と緊急連絡先をゲットしてきたんだ」

 「だーから俺様に感謝しろっての。光太郎いねえの?俺様の優秀さをあいつもわかったろ」


 マジかよ。仕事が早すぎる。とりあえず、ダニエル・リーの滞在先が分かったのはデカいぞ。絶対に捕まえられんじゃん。


 「だからパイモンが今週中に仕留めたいって言っていたから空いてる日があったら教えてね」

 「うい。明後日に行こう。今日明日は光太郎が塾だし、俺も用事があるんだよ」

 「今度はパイモン助けて~って泣かないようにくっついときなさいよ」

 「う、うるせえぞヴアル!」


 ヴアルのあまりにも痛い言葉にセーレの表情が変わる。


 「え、拓也はパイモンに泣きついたの?もうそういうのちゃんと教えてよ」

 「泣きついてないし!!」

 「嘘だー!泣いてたじゃん。助けて~!って。ボロ泣き」

 「パイモンが知ったら喜ぶと思うよ。怖がられてるって自覚はあったみたいだから」

 「だから違うって!!」


 なんで余計なことを言うんだよ!!こんなの言う必要絶対にないじゃん!

 否定しても顔が真っ赤になっている俺の言葉を信じる者など誰もおらず、生暖かい目で見られて気分が悪い。この場にパイモンがいなくてよかった。ヴアルお前マジで絶対に許さんからな!


 「揶揄い続けるんなら帰るぞ俺は!」

 「おー帰れ帰れ。要件伝えたし、もうお前に用はねえ」


 ニヤニヤしているシトリーから追い払われるように手でジェスチャーされて、踏ん切りつかなくなって荷物を持って踵を返した俺をセーレが慌てて追いかけてくる。

 玄関で靴を履いている俺の背中に投げられた言葉に振り返ると、相手は相変わらず穏やかに笑っている。


 「もう帰るの?ゆっくりしていけばいいのに」

 「揶揄われるから帰る」

 「まあ、そうだね。でも拓也、甘えることは悪い事じゃないんだよ。あんな戦いに巻き込まれた君に勇敢に立ち向かえなんてことは誰も言わないよ」


 セーレの手が頭に乗る。黙っている俺に気分を悪くすることなくセーレは穏やかにそう告げた。なんて返事をしていいかも分からないし、あの場所で起こったことを話したいとも思わない。


 「でも拓也ってパイモンのこと正直苦手だろ。俺とストラスには言えるような軽口もパイモンにはあんまり言わないもんな。それでもいいけど、たまには本人に言わないと伝わらない事ってあると思うよ」

 「……ん」

 「二人には俺からお説教しておくからね」


 その一言に小さく頷いてマンションを出た。言わないと伝わらないことがある、か。俺はあいつに何を伝えたいんだろう。最後まで守ってほしいってことなのか?それとももっと優しくしてほしいって思ってるんだろうか。俺のすることを否定せずに話を聞いてほしいとか?


 なんだろう、悪魔のことを聞きに来たのに、モヤモヤしっぱなしだ。


 あの契約者は何を思って悪魔と契約してこんなことをしてるんだろうな。正義のヒーローでも気取ってるんだろうか。あんな記事を更新して混乱を招かない訳がないのに。その界隈では有名な人なんだろうに、どうしてこんなことを発信するのかが理解できなくて、今回の契約者とも分かり合えないんだろうなと会う前から確信してしまう。


 「……光太郎に連絡しなきゃな」


 ***


 「……熱気と人がやばい」


 一寸先すら見えないくらいの人の多さにぽつりと呟いた言葉さえ隣にいる光太郎には届いておらず、宙に溶けていく。


 パイモン達に連絡を送ってから次の日、俺達はジョホールのラマダンファストに来ていた。周囲には楽しそうにアルコールを飲みながら騒いでいる大人達や嬉しそうに頬を膨らませて食事をしている子供たちと様々だ。


 なんだろうな、アレハンドロやリヒトを見た後にこうやって大人に手を引かれて美味しそうに食事をしている子供を見ていると胸が詰まる。あの子たちも、何も高望みなんてしていない、本当は目の前の子供たちのようになりたかっただけなのに。


 感傷に浸っている俺を置いて、パイモン達は目的のホテルに向かって歩いて行ってしまう。


 「拓也、大丈夫か?」


 進まない俺に振り返った光太郎と鞄の中から顔を覗き込んでくるストラスに大丈夫だと告げて、今度こそ俺も一歩を踏み出した。


 「うわ、なんだこれ美味そう!!」


 少し先にヴォラクの声が響き、隣に並んでいた少女がニコニコ笑って屋台の看板に指をさしている。看板には竹筒に入った餅みたいな絵が描かれており、何の食べ物だと首を傾げた俺に光太郎が指さした。


 「あ、俺これ食った事ある。レマンって食い物。ココナッツで炊いた餅みたいな感じだった」

 「えーココナッツ餅?美味いんかよそれ」

 「個人的には微妙。となりのマンゴージュースのが美味いと思うぜ」

 「なんだよそれ……」

 「えーやだ!俺食うもん!餅食うし!!」


 完全に食べ物にロックオンしたヴォラクが屋台を指さして騒ぎ、セーレは周囲に謝っている。その姿は我儘息子に手を焼くお父さんそのものだ。


 「パイモン買って!俺食いたい」

 「死ね。誰が買うか」

 「お前しか金持ってないだろー!買って!食べたい!」


 駄々を捏ねるヴォラクに痺れを切らしたパイモンが拳を振り上げたが慌ててセーレがそれを止めて公共の場で子供に暴力を振るうと言う最悪の事態は避けられたようだ。パイモンはセーレを睨み付け、こんなことをしに来ているわけではないと正論をかましているが、祭りの空気にヴォラクの暴走は止まらず、隣に並んでいる女の子と話しだしてしまった。


 「いいじゃん、俺も食う。買えよパイモン」


 おいシトリー、煽んない方がいいって。ぎろりと鋭い眼光がこちらに向いてヒエッと俺と光太郎の声が漏れ、それが聞こえたパイモンは溜息と共に舌打ちをした。


 「……仕方がない。おい、これで全員分買って来い」

 「わー!やったぜ!隣のマンゴージュースも欲しい!」

 「好きにしろ。それだけあれば足りるだろ」


 意気揚々と俺の手を引いて走り出したヴォラクの後を光太郎とシトリーが追いかけてくる。あとで怒られないか心配だよ俺は。俺たちの前に並んでいた少女が購入しビニール袋に入れられたそれを嬉しそうに抱えて家族の元へ走っていく。


 その当たり前の光景すらなんとも言えない気分になり、小さく息を吸い、注文しているヴォラクを眺めた。


 隣の屋台に並んでいる光太郎にお金を渡し、お目当てのココナッツ餅をゲットしたヴォラクの機嫌はよく、早速袋から取り出してかぶりついている。


 「あっち!あっちい!!」

 「あーもうバカ。光太郎達がジュース買ってくれるの待てって」


 そう言いつつもハフハフと頬を緩めて頬張るヴォラクに笑い声が漏れる。今から悪魔を倒しに行くと言うのに観光みたいなことをしていて訳が分からないけど、ヴォラクのお陰でなんだか少し元気が出た気がする。


 ヴォラクがリュックに入っているストラスにあげようとしているためリュックを預け、セーレとパイモンに買ったものを渡しに行く。


 「あ、なんか不思議な味。東南アジアには召喚されたことないから新鮮だなあ。作り方調べて作ってみようかな」


 セーレは意欲を搔き立てられたのか、中身を確認しながら食べており、隣にいるパイモンは無言で口にしている。


 「パイモンはどう?美味い」

 「まあ、そうですね」


 ドライな反応だけど、本当に嫌いなものは不味いと一言告げて食べようとしないので不味くはないようだ。少し安心した俺にパイモンは一言口にした。


 「少しは気分転換できましたか?」


 理由までは分からないだろうけど、この祭りの光景に複雑そうにしてしまったのに気づかれていたようだ。


 「……うん」

 「ならいいです」


 奥から光太郎とシトリーがマンゴージュースを戻ってきて、少しだけ祭りの空気を堪能する。今から悪魔を倒しに行くって言うのになんだか不思議な感覚だ。このあと少し先に地獄が待っているはずなのに。


 一時間ほど現地の空気に触れた後にお目当ての人物がいるホテルに到着する。相手は取材している可能性もあり、ホテルにいない場合もあるが部屋番はシトリーに聞きだしてもらい、部屋の前や最悪ホテルのロビーで待機するということだった。


 この時期は観光も盛んなのかホテルには沢山の観光客が宿泊しており、中には日本人らしき人物も祭りで購入したビニール袋を手にフロントを抜けていく。


 立派なロビーに敷かれているフカフカの絨毯に足を置いた時、一気に緊張して変な汗が出た。


 「い、今から、なんだよな」

 「そうだよな。俺も緊張してきた。おいシトリー、ヘマすんなよ」

 「しねえわ馬鹿」


 シトリーはこんな状況でも緊張感のかけらもない様子で横を通り過ぎていった女性に親しげに手を振ってフロントに向かっていく。すげえなあいつ。


 フロントで何かを話しているシトリーを見ている間、ロビーのソファに腰掛けて吉報を待つ。ソファまでフカフカで座ってしまったらしばらく立ち上がれなくなりそうだ。


 五分ほどで戻ってきたシトリーはソファに肘を置き、偉そうに鼻を鳴らした。


 「部屋は538だ。まだ帰ってねえかもしれねえが、一旦行ってみるか。っし、拓也、光太郎、おめーらはここで留守番だ。セーレ、か弱い男子高校生二人の面倒頼んだぜ」

 「ん。気を付けて」


 は??


 シトリーの言葉に目が丸くなったのは俺だけではなく光太郎もだ。ここまでついてきてここで待機しろと言う今まで聞いたことのない命令に上手く反応できず、その間に皆は淡々と話を進めていく。

 しかし放心している俺の横で我に返った光太郎がシトリーの腕を掴んだ。


 「え、待って。なんでここまで来て?俺も契約者に文句と嫌味と右ストレートの一発かましたいんだけど」

 「おお、契約者様が勇ましくて感激だぜ。でも駄目だ。今回は相手が悪い」


 相手が悪いって……相手は記者でしょ。暗殺者とかギャングの構成員とかマフィアの構成員とかじゃないじゃん。あっちの方が遥かにやばかったと思うんだが。

 納得がいかない俺を見て、黙っていたパイモンが口を開いた。


 「主、今回は相手があまりにも悪意を持って行動をしすぎている」

 「え、どういうこと?でもトーマスとかアレハンドロに比べたら全然だろ」

 「それは事件の規模の大きさで言えばそうですが、一つ違う点は彼らは他の契約者には興味を示していなかった。しかし今回の契約者は違う。悪趣味なブログを立ち上げて悪魔や契約者について探っている。私達が悪魔であることはバレても最悪どうとでもなりますが、貴方と光太郎がバレるのはまずい。貴方たち二人は外国語で私たちと流暢にコンタクトを取れないでしょう?すぐに日本人の学生だと言うことはバレますよ。顔まで見られては特定に繋がりかねない。ここで待機しておいた方がいいと思います」


 なるほど、そういうことなのか。確かにパイモン達の言うとおりだ。相手が最後のあがきに悪魔に戦わせている間に俺たちのことをブログに載せられたら一貫の終わりだ。今回は安全域にいた方がいいんだろう。


 ちょっとだけ安心。いや、したら駄目なんだけど、駄目なんだけど!


 「でも、本当に大丈夫なのか?」

 「大丈夫って……俺ら拓也より強いんだから拓也と光太郎いて俺たちが損になることはあっても得になることはないんだけど」

 「おいヴォラク、正直に言うな。少しはオブラートに包め。主と光太郎が傷つく」

 「ええ、お前がそれ言っちゃうのお~」


 正論すぎてぐうの音も出ない。項垂れた俺にシトリーは頭上から「そういうこった」と陽気に笑っている。


 「お前らも安全域のが安心だろ。マジでやべー時は一旦セーレと一緒に日本に帰れ。連絡は俺がとれるから」

 「やべー時って?」

 「例えばホテルが倒壊したり、爆発したり」

 「……ない事願うわ」


 話がまとまり、パイモン達が頷きあって席を立ちあがりセーレに何かを渡した。お金かあれ?


 「まあ、これでも使って観光でも付き合ってやれ。祭りの日は夜が長い」

 「君たちのことが気になって二人は動かないよ」

 「それならそれでホテル内に売店でも何でもある。時間を潰しとけ」


 それだけ告げてパイモン達は立ち去って行き、残された俺たちの間に沈黙が漂う。鞄の中に隠れているストラスに小さな声で問いかけた。


 「これ、最初からこのつもり?」

 『そうですね。エネルギーが届かなくなるので、マレーシアまでは来ていただきましたが契約者との対決は避ける予定でしたので、予定通りです』


 有り難いけど、心配でもある。いや、パイモン達がミスするなんて思ってないけど、相手がどんな悪魔か特定できていない状況なのに……


 セーレがパイモンにお金もらったからお祭り行く?と言ってくれるが、この状況で楽しんでいられる気持ちの余裕もなく首を横に振った俺にセーレは何か飲み物を買ってくるとロビーを後にした。


 流石にこれだけの人がいる中で悪魔に襲われることはないだろうと、肩の力を抜いた俺と光太郎はソファにもたれかかって深い息を吐いた。


 ***


 ヴォラクside -


 ひろーいホテルの一角でパイモン達と通せんぼ。高級ホテルらしい部屋にはお金を持ってそうな奴らが部屋を出入りしている。ここで今から俺たちは契約者と鉢合わせってストーリーのはずなんだけどな。


 目的の部屋をパイモンがノックして挨拶すると、中から女性が現れた。小綺麗な身だしなみの女は俺達をホテルの従業員と勘違いしていたようだが、スタッフの制服を着ていないことに気づいて扉を閉めようとした。


 「(ダニエル・リーの部屋で間違いないですね。失礼ですが貴方は?)」


 パイモンが扉を押さえつけて無理やり引っ張ったせいで女性は前のめりに倒れかけたのを踏みとどまった。

 こいつもしかしてさーあいつの奥さん的な奴なのかな。

 そう思ったのは俺だけじゃなくてシトリーも同じ意見だったようだ。携帯で何かを調べている。


 「(主人は仕事で席を外しておりますが)」

 「(ならば戻ってくるまで邪魔をさせてもらう)」


 女の意見なんか知ったことかとでも言うように部屋に上がり込んだパイモンを相手は非難するけど、どこ吹く風だ。俺も一緒に中に入ってソファに腰掛ける。部屋は思った以上に広く、ベッド二台にソファとテーブルが奥に置かれており、ベランダからは夜景が輝いている。


 「(貴方達なんなの!?)」


 女が携帯で何かを打ちながら声を荒げる。多分ダニエル・リーに連絡を入れてんだろうな。それは好都合だ。向こうが早く帰ってきてくれる方がありがたいからね。


 「(貴方の主人に話を伺いたいことがある。例のブログの件、何か話を聞いていないか?)」

 「(ブログ?)」


 そっか、この女も何か知ってるかもしれないじゃん。パイモンの問いかけに女は目を細めたが答える気はなさそうだ。


 「(あのブログのせいで世界が混乱している。あの男の可笑しな行動に心当たりがないか?)」


 パイモンのその言葉に女の目が変わる。でもそれは俺たちにとって都合のいいものではなく、弧を描いた口元から発せられた言葉は期待していた言葉とはかけ離れていた。


 「(貴方達はイルミナティの関係者?悪魔の情報提供を?)」

 「(何を言っている)」

 「(ふうん。違うのね。じゃあ、指輪の継承者の付き添いがあんたたちね。それ以外で個人で私を探しに来るはずがないもの。どうやってこの場所を嗅ぎつけたのかは知らないけど、いいわ。ブログのネタ出来たわけだし)」


 ブログのネタ?

 目を丸くした俺たちの前に暗い影が落ちてくる。三角形の方陣で縛られた黒い影は主からの命令を待ち望んでいた。


 「ハウレス……」


 おい、マジかよ。ダニエル・リーは契約者じゃない?悪魔の契約者はこの女か!?


 女が携帯を俺たちに向ける。俺らを撮影でもする気かこのババア!!


 咄嗟にテーブルに置かれていたグラスを女に投げつけ、携帯を手から弾き飛ばす。ろくでもねえ女だ。こいつはさっさとケリつけなきゃ不味い。間違いなく、ダニエル・リーもこのババアの協力者だ!この女はずっと携帯で何かを打っていた。ダニエル・リーに連絡していたに違いない。おそらく拓也たちを探せって連絡していたんだ!!


「(何すんのよクソ餓鬼が!!まあいい、ハウレス!こいつら三人を始末しろ!あとはダニエルが隠れている契約者を見つけ出すわよ。ソロモンの指輪持ってる奴をね。離れたところには置いてないでしょう?治安もいいとは言えない場所には置いて行かないわ。だとしたら、このホテルのロビーが一番安全のはず)」


 さいっあく。


 シトリーが踵を返し扉に手をかけた瞬間、熱気が俺たちを襲い、出口が結界で封鎖された。空間がみるみる崩れて行き、ハウレスの空間に引きずり込まれる。


 三角形の方陣まで使って従えるとは本物じゃねえかこのババア!

 

 ハウレスはシャックスやフルフル同様、強壮な悪魔だが契約者に使役されることを嫌うため三角形の方陣に召喚しなければ嘘をつき、相手を陥れる行動しかしない。でも三角形の方陣の中から命令すれば、奴は契約者に従順な悪魔になる。知ってて使ってんだからこのババア、相当研究してやがる。


 三角形の方陣から出てきたハウレスは漆黒の鎧を纏い、燃え滾る槍を持って立ちふさがる。


 『(主の命を聞き入れる。この槍は目の前の悪魔達を全て貫く)』

 「(期待しているわハウレス。起こっている全ての事柄と情報を平等に世界の人々に報道する。これが真のジャーナリズムよ。だから、私の邪魔はしないでね)」



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