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第90話 拡散する悪意

 佐奈side -


 「リーンハルト、お疲れ様。今日でイギリスに帰っちゃうなんて寂しいなー」

 「だから思ってもないこと言うな。気持ち悪い。このブス」

 「うんうん。生意気盛りの反抗期って奴?可愛いな~」

 「あーもう死ね死ね。気持ち悪い。頭おかしいんじゃない?」



 90 拡散する悪意



 相変わらず口を開けば暴言ばかりのリーンハルトの頭をアガレスが杖で叩いたら信じられないような目でこっちを見てくる。他人に叩かれるなんて甘やかされて育てられたリーンハルトには経験があんまりないんだろうな~


 後ろにいるフルカスもすんごい顔してるし、爺ファイト始まっちゃう感じ?


 『帰る前に成果を確認しておこうかね。リーンハルト、仕事は上手くいったかい?』


 アガレスの問いかけにリーンハルトは口を一文字にする。お?この反応は~?


 「あー失敗したんでしょー!ルーカスやアニカ姉様のこと、これから文句言えないね!一緒に謝り行ってあげよっか?今度から佐奈お姉ちゃんって言うなら手伝ってあげるよ」

 「死ねブス。誰が失敗したなんて言った。思った以上の成果だったわ」


 思った以上の成果?直哉君が私たちに協力する意思を固めたとでも言うんだろうか。いやー流石にそれはなさそう。池上君の弟だし、私たちのこともある程度知ってそうだし。でもリーンハルトは苦い顔をしたまま、口元を手で覆っている。


 「フルカスの予言がことごとく外れている。こんなことは初めてだ。池上直哉……あいつ、野放しにしない方がいいよ」

 「どういうこと?」


 フルカスの予言が外れるって珍しい。バティンがイルミナティの予言を流す時ってフルカスに助言を乞うているくらいだし、ほぼ百発百中なのに。その予言がことごとく外れているって、どういうこと?


 『リーンハルト、詳しい話を教えてくれ。私と佐奈が現時点では一番彼らと接触する機会が多い。私たちの身にも危険が迫るほどのことなのか?』

 「いや、どうだろうな。でもバティンが言っていた第四勢力ってのは、池上直哉で間違いなさそうだ。ただラウムの能力にはまだ目覚めていない。僕に災いが降りかかっていないし、ラウムの魔力も感じない。あいつはまだ覚醒してないだろうね。ただ、フォカロルの契約者が池上直哉を守るように現れた。水と風を自在に操っていた。相当手馴れていたね。問題はそいつがソロモンの指輪を持っていたことだ」


 ソロモンの指輪を持っていた?理解ができず私とアガレスも返事ができない。あれって唯一無二の指輪で同じものはないでしょう?リーンハルトが見間違えたんじゃないの?


 でも後ろにいるフルカスが否定しないってことは、本当にソロモンの指輪を持っていたってことなんだろう。池上君の指から指輪が外れた?まさか、ね。


 あまりにも気になって池上君に連絡を入れてみると、相変わらず間の抜けた声が電話越しに聞こえてきた。


 「なんだよ、また変な注文つけに来たのか」

 「あ、池上君やっほ~。ねえねえ池上君って、まだソロモンの指輪持ってるよね。外れてないよね」

 「はあ?外す方法知ってんの?」

 「知らない!」

 「じゃあ連絡してくるなよ!今でも俺の左手で輝いてますけど!?」

 「そっかー!どんまい!じゃあね!」


 電話を切ると、電話越しに会話が聞こえたのかリーンハルトが顔をしかめてこっちを見ていた。


 「僕も池上拓也を見たことあるけど、なんていうか頭悪そうなやつだね」

 「んーリーンハルトよりお勉強はできないかもね。でもいい人だよ~」

 「出たよ。馬鹿をごまかす常套句。いい人かどうかなんて聞いてないよ」


 もう相変わらず生意気ねー!腕を組んでそっぽを向いたリーンハルトにフルカスがやれやれと首を振っている。フルカスも子供のお守りご苦労様って感じ。


 ただ、池上君の話だと指輪はまだ手元にあるのは間違いない。リーンハルトが見間違えたとしか思えないけど、フルカスまで見間違えると言うことはなさそうだし……私たちが知らない何かがあるんだろう。


 「それ、バティンに早く伝えなくちゃね」

 「分かってるよ。じゃあ僕はもう帰る。あとは連絡を待っといて」

 「はいは~い。ねえリーンハルト、直哉君に何かしたりはしてないわよね」


 私の質問にその場の空気が固まる。すぐに否定の言葉をリーンハルトは出してこず、含みを持たせるように笑った。ねえ、話が違うんじゃないの?


 「私達共闘期間よ?まさか手を出して怪我をさせたなんて言わないわよね」

 「さあ、どうだったかな。本人に確認とってみれば?悪魔がもたらす災厄を全て僕が防ぐなんてできるわけないだろう?」


 あーつまり、手を出したってことね。フルカスがOKだしたから自分は止められなかったって。そう言いたいの?余計なことしてくれたわね。


 リーンハルトの胸ぐらを掴もうとした私の首元にフルカスの鎌が添えられる。主にそれ以上近づくなと言う警告だ。でも、あんた忘れてない?私にも悪魔がいるってこと。


 『フルカス、話が違うんじゃないかい?バティンはあくまでも“穏便に”事を運べと言っていたはずだが』

 『穏便に事は運ばせたさ。わしらの中では穏便にな』

 「リーンハルト……お前、私の邪魔をするんならぶっ殺すぞ。マティアスの孫だか何だか知らないが、調子にのるなクソ餓鬼が」

 「なんだ、そんな風に怒ることできるんじゃない。ブスが猫被ってるから違和感があるんだよ。普段から素を出しとけよ。まあお前が僕に命令を下せる立場じゃないんだよ。僕は僕なりの仕事をしたまでだ。その成果を評価するのはお前じゃないからね」


 バティンから咎められてもどうせ反省しないだろ。リーンハルトは勝ち誇ったように笑い、フルカスを引き連れて姿を消した。あいつの口から直哉君に何をしたかは知らされないままだ。非常にまずい。本当に怪我をさせていたとしたら、パイモン達が私とアガレスを攻撃してくるだろう。


 流石にパイモン相手になるとアガレスだけで勝てるとは思えない。一対一では間違いなく殺されるのは私達だ。


 『面倒なことをしてくれたね。しかし何かしらの手は打ってあるだろうね』

 「なんでそう言えるのよ」

 『先ほどの電話、随分彼は呑気だったじゃないか。本当に弟を傷つけられていたことを知っていたら向こうからアプローチがあると思うからね。リーンハルトのあの様子では少なくとも彼へ攻撃をしてから時間が経過しているように感じる。記憶操作でも何かして帰したんだろう』


 でもそれって魔力に気づいちゃわない?池上君ならともかく、ストラスは違和感に気づいちゃいそうなんだけどな。

 でもアガレスは大丈夫だと言っている。


 『池上直哉、種々の悪魔と契約しているせいか随分と複雑なエネルギーになっている。ストラス、パイモン、セーレ、ラウム、これだけの悪魔とエネルギーを共有していれば、そこにフルカスの魔力が加わったとこで微々たるものさ。気づきはしないよ』

 「だと、いいんだけどね。警戒はしておかないと。流石にパイモン相手では負けるのは私達だからね」

 『そうだね。ルーカスとキメジェスが常駐してくれていればいいんだけど、彼らもオランダにいるからね』


 もう大学なんて休学しているんだから日本に住み着いてくれたらいいのにさ!ルーカスったら役に立たないんだから。


 でも、ルーカスがもし池上君の弟にリーンハルトが手を出したなんて知ったら烈火のごとく怒りそう。だからそういう意味ではいなくて良かったのかもしれない。


 もうー面倒なことしてくれちゃったなあ!


 「また予言流すってのに、もう本当に面倒くさいなあ。今回の予言ってなんだったっけ?」

 『私たちに情報が届いていないのなら関係のない地域だろうね』


 ***


 拓也side -


 高校三年生になって一週間が過ぎた。今のところクラスは問題なく、光太郎と上野が一緒だから友人に困ることなく過ごしていた。最高学年に上がったことで受験という単語が現実味を帯びてきて、それぞれが大学進学の雑誌を手に取り志望校を決めている段階になってきていた。


 かくいう自分もそろそろ進学を決めなければならず、将来の夢も特になく漠然とした日々を過ごしていた。


 そんな中、頭上に影が落ちて頭をあげると進藤さんがにんまりと口元に弧を描いて立っていた。


 そういえばこいつ、昨日訳のわかんねえ電話してきてなんだったんだろう。指輪のことを聞いてきたんだよな。しかも最後は電話ブチられたし、意味わかんねえ。


 「なんだよ。昨日の話の続きか?」

 「のーのーのー。今日、流すよ。日本では速報かもね。リアルタイムで見たければネット使った方がいいよ」


 予言を流すんだろうか。賑やかなクラス内で俺たちの会話に耳を傾けている者は誰もおらず、進藤さんは言いたいことだけを言って席に戻っていった。今日の何時からとかも全然言ってないけど、そのくらいは伝えて来いよマジで。


 仕方なくネットで調べてみると、トレンドの中にイルミナティの予言が入っており、既にネットでは知られているようだった。


 「……夜の八時か」


 今日はマンションにいた方がいいだろうな。光太郎と澪にも一応声をかけておこう。


 ***


 「まーた予言かよ。こいつらどんだけ暇人なんだ」

 「マジそれな。かまってちゃんうぜえ」


 コーラを飲みながらテレビの前で待機している光太郎とシトリーは悪態ばかりついている。澪も光太郎も二人とも今日はマンションに来てくれたので全員集合だ。予言の時間までは勉強をして、パイモンが海外の動画サイトから予言をリアルタイムに配信するチャンネルを見つけ、テレビとパソコンを繋いでいる。


 既に会場で報道陣が待機している映像がテレビに映され、教科書を片付けて俺と澪も画面に体を向ける。


 「日本に関係ない予言だといいね」

 「だな。また大地震なんて予言されたら最悪だよ」


 その時は予言が起こる前にアガレスを叩くしかないだろう。幸い契約者は割れている。進藤さんを人質に取るくらいはしてもいいかもしれない。

 時間になり、部屋にマティアスとバティンが入室してきた。二人は席につき、マイクを手に持つ。


 「(我らに対しての注目の高さを伺わせる数だ。急な事態に対してこれだけの報道陣には正直驚いた。さて、今回も我らの予言を行おう。今度の災厄は疫病だ。未知のウイルスか既知のウイルスかは定かではないが、疫病の発生により数万人規模の尊い命が奪われるだろう)」


 疫病、だって?

 

 マティアスの凄惨な予言に報道陣がざわつく。質問は手をあげるようにと司会が言っているにもかかわらず、どの場所で起こるんだとか、いつ起こるんだとか、発生源はなんだとか、様々な質問が飛び交っている。


 百発百中のイルミナティの予言。その予言先が疫病の発生源になるとしたら世界から総スカンだろう。他の国も自分の国ではないことを願っているようで、発生場所の特定を促す声が会場を覆っている。


 『すごいですね。マティアスの言葉一つでこれだけ踊らされるとは』


 ストラスが感心したようにテレビに視線を向けて状況を見守っている。俺と澪はストラスの通訳を聞きながらだからどうもワンテンポ理解が遅れてしまう。

 マティアスは騒がしい報道陣に苦笑しながらもマイクを手に持った。


 「(発生場所は南米だ。細かい国までは予測がつかない。疫病は人の流れとともに移動する。防ぎたければ流れを止めるしかないな)」


 その言葉に会場は阿鼻叫喚だ。この予言を理由に飛行機や船、電車を止めるなんてできる訳ない。でも、イルミナティの予言は必ず起こる。疫病が世界に蔓延して数万人規模の死者を出すとしたら、世界を震撼させる出来事になるだろう。


 「どんどんスケールが大きくなっていっている」

 『最終的にはイルミナティが世界のトップに君臨するためです。予言はどんどん大規模になっていくでしょうね』


 言いたいことだけを言って席を立ちあがったマティアスとバティン。バティンに関しては今回は余計なことを言う気はないらしい。二人が席を立ちあがって報道陣たちがざわつく中、現地のアナウンサーがなにかをリポートしている映像に切り替わり、パイモンが画面をシャットダウンした。


 「さっきの見なくてよかったのか?」

 「構いません。スイスの現地メディアの配信なので、私達には関係のない内容でしょう」


 あ、あれってスイスだったんだ。どうりで英語でもないなって思った。全然聞き取れない訳だよ。

 パイモン達は今回は予言先が南米であることが判明しているからか動く気配はない。でもそこに悪魔がいるって考えたら叩けばいいんじゃないか?


 「悪魔、倒しに行かないのか?南米に悪魔がいるってことは確定だろ」

 『そうではありません。イルミナティに疫病の蔓延と治癒を司る悪魔がいます』


 え、誰だよそれ。そんなのできそうな悪魔とか全然分からないんだけど。


 バティンは高速移動だろ。ガアプって奴はテレポートって言ってたし、アガレスは地震、キメジェスは言語能力付与だったよな。マルバスってやつか?それともマルコシアスとか?でもマルコシアスならパイモンが反応してそうだけど。あとはフルカスって奴も名前出てたな。


 『恐らくマルバスです。彼女は非常に有能な騎士ですが、能力は疫病の蔓延と治癒。彼女が南米で疫病を蔓延させるのでしょう。少量の疾病でも現在は人間の移動方法が極めて多彩だ。爆発的に感染拡大するでしょう』


 マジかよ。確かマルバスってあれだよな。バティンの恋人だよな。

 確かにスペインの聖地潰しの時も進藤さんの怪我を治癒していた。セーレみたいな白魔法が使えるのか程度にしか考えていなかったが、もっとやばい能力持ちだったってわけか。面倒すぎる力だな。


 「これ南米閉鎖、ありえるよな」

 「飛行機くらいは止まるかもしんねえな。旅行行く予定もねえし問題ねえだろ」


 そういう問題じゃない!と、光太郎がシトリーの頭を叩いている。でもこれからどうするものか。流石に病気に関しては俺達がどうこうできる問題でもないし、マルバスを叩きに行ければいいんだけど、バティンが出てくるだろう。どうやっても八方塞がりだ。


 静まり返った室内にパイモンが静寂を切り裂く様にパソコンの画面をテレビに映した。何が始まるのだろうと画面に目を向けると、そこには誰か分からないブログが載っていた。


 「パイモン?」

 「主、少々厄介な人間が現れた。こいつ、恐らく悪魔と契約していると思います。マルバスよりもこちらの対処が先かと」


 ブログの内容は英語で書かれており、少なくとも日本人ではない事は分かっているが、何を書いているのか全く分からない。記事は数十個投稿されており、コメントや高評価ボタンが数万件送られている。

 相当な人気ブログのようだ。


 「こいつ、ソロモンの悪魔のことを調べまわっていて、かなりの影響力を持つブロガーです。顔を出さないため、どこの人間かは不明ですがパソコンのサーバーはシンガポールになっています」

 「最近多いよな。こういうの。動画サイトも悪魔の情報を伝える動画とか再生回数すごいし」


 それだけ世界中の人たちが悪魔に関心を持っているんだろう。それもそうだろう、イルミナティとか言うマジの悪魔を従えている奴らが出てきたんだから。


 「このブロガー、元は新聞記者だったらしく、アメリカやイギリスの大手新聞社にも勤めていたようです。現在は独立してジャーナリストとして活動しています。顔は出していないが、このブログが世界で反響を呼んでいる」

 「でもそんな有名なら日本でも話題になってもいいのに」


 コメント欄は日本人からのコメントもある。これだけ世界を騒がせているのなら日本の情報番組とかに出てきそうなのに。ただ、呑気にしている俺と澪と光太郎と正反対に記事の内容を見たストラス達は顔を真っ青にしている。


 「この記事、そんなヤバいの?」

 『やばいなどという次元ではない。ソロモンの悪魔の詳細が正確に記載されている。なんなんですかこの記事は!?』


 正確に、記載されている?

 どうも英語で書かれているからハッキリと理解ができないが、内容を見るために画面に目を凝らした光太郎も目を丸くしている。


 「主、このブログの内容を日本語に訳したサイトを作っている人間がいます。見てみますか?」

 「あ、うん。英語だとよくわかんねえ」


 日本語訳を書いてくれている人がいるんだ。じゃあその人の内容を見て判断しようかな。


 パイモンがそのサイトに飛ぶと画面には「大問題ブログ、元新聞記者が語る悪魔の実態」という見出しのサイトが出てきた。左にはいくつものタグが貼られており、ソロモンの悪魔の名前が羅列されている。名前にリンクが張られている悪魔をクリックすると、驚きの内容が出てきた。


 ― 悪魔ストラス。ソロモン七十二柱 序列三十六位の悪魔。天文学、薬草の知識、宝石について精通しており、その加護を契約者に授けてくれる。見た目はフクロウの姿をしているが、カラスの姿とも言われている。

 ストラスは現在情報が不明な部分が多く、一説によると日本に召喚されているのではないかという話が出ている。他の悪魔が討伐される際に姿を現している情報が入っているため契約者の命令に従い、悪魔討伐をしているのでないかという話だ。

 情報が不足している悪魔のため、情報提供を求めています。


 なんだよ、これ……

 最初の部分は問題ない。ネットで見ても同じような情報を見かけたから。でも後半は違う。日本に召喚されているなんて詳細が載せられているんだ。こんなのどうやって調べたんだ!?


 「パイモン、倒された悪魔の所をクリックして」

 「了解です。アモンでいいですか?」


 パイモンがアモンをクリックすると、そこにも衝撃的な記事が載っていた。


 ― 悪魔アモン。ソロモン七十二柱 序列七位の悪魔。嘴から鋭い犬歯が覗く梟もしくはカラス頭の、大蛇の尾を備えた青い肌の狼の姿で描かれることが多いようだ。

 口から炎を撒き散らし、過去と未来の全てを語り、さらに友人間に敵対心を生み出したり、争いをおさめる調停者としての力も併せ持つ。

 この悪魔はメキシコの麻薬組織の構成員が契約者であったことがほぼ確定している。その力を使い、組織を乗っ取ったのか壊滅させたのかは不明だが、世界に悪魔が存在することを証明した悪魔だ。

 だが、彼はメキシコの地で悪魔対悪魔の抗争に負け命を落としているようだ。彼を好ましく思っていないイルミナティの仕業なのか、それとも。どちらにせよ彼は命を落とし、契約者の消息は不明だ。


 メキシコで殺されたってことまで記事にされている。

 それぞれの記事の閲覧数は多く、コメント欄は様々な言語で感想が書かれている。これほど詳細な内容を、どこで調べたんだ!?


 「これだけの内容を個人で調べられるとは思えない。悪魔から情報提供を受けているのは間違いないでしょう。放っといてもいいかもしれないとは思いましたが、最新記事で指輪の継承者に対する情報提供を呼び掛けていてイルミナティにもアプローチをしていると言う記事をあげていました。正直見過ごせません。こいつを討伐しに行きます」


 俺の存在を探しているんだ。この記事を書いている奴は悪魔と契約しているのはほぼ確定か。でも場所が分からない。パイモンが言うにはシンガポールのサーバーを使っているらしいけど、それだけじゃ情報は分からない。

 でも、イルミナティにアプローチをしているってことはバティン達も知っているのかもしれない。


 「俺、ルーカスに連絡してみる」

 『そうですね。彼はイルミナティの中心人物の一人です。何か知っているかもしれない。流石にこのブロガーに情報提供をしているのなら一言貴方に連絡を入れてくれそうですがね』


 ルーカスに電話をかけてみると、向こうは時刻としては昼間だからすぐに出てくれた。ざわつく声も後ろから聞こえ、彼が外にいることだけは分かった。


 「どうした拓也、俺に何か用か」

 「ルーカス、その、聞きたいんだけど。ルーカスはソロモン王の小さな鍵ってブログ知ってる?」


 電話越しのルーカスが少しだけ時間を置いた後にため息をついた。


 「お前、そのブログ見たのか。知ってるよ、イルミナティに情報提供をってうるせーらしい。心配しなくても共闘期間だ。バティンも門前払いしてるから何も漏れてねえよ。そういやバティンがフェイクの指輪できたから受け取りに来いって言ってたぞ。佐奈から連絡ねえか」

 「え、何も来てない。あ、それでさ、俺達そいつのこと探してるんだけど詳細知らない?」

 「俺達も直接交渉されたわけじゃねえ。メールが何度も来るだけだ。シンガポールの奴じゃねえのか。サーバーはそうらしいが」


 やっぱりルーカス達もそこまでは調べてるんだ。でも相手はメッセージのみで姿は現しておらず、ルーカス達も最初はいたずらだと思っていたらしい。しかしブログのURLを送ってきて情報提供を呼び掛けているんだそうだ。


 「熱心な信者の一人じゃねえかとは思うんだが、あまりにも詳細を書かれている。キメジェスについても表に出してねえのにイルミナティに協力しててタンザニアの地で契約者を見つけているって記載されてた。どこから情報漏れてるか分からねえ」

 「そっちで何か調べられないかな。俺達、悪魔の契約者がやってるんじゃないかって思ってて」


 俺の言葉にルーカスは考え込むように「んー」と声を出して返事をしない。やっぱり駄目だったか。自分たちで調べるしかない。でも相手は正体不明だし、サーバーだけで本当にシンガポールにいるかどうかも怪しいし、どこから調べればいいのか分からない。

 暫くするとルーカスから提案をされた。


 「お前、今週の土日は暇か?」

 「え?あ、うん。土曜日の昼間は用事あるけど、それからなら。日曜は何もないよ」


 俺も高校三年生になったから、土曜日は光太郎が通っている塾の見学に行くんだよな。そんなに時間はかからないと思うけど、母さんも一緒に行くし流石に断れないだろう。


 「時差考えたら日本発は夕方以降でいいよ。エストニアに来てほしい。俺とキメジェスも同行する」

 「エストニア?って、どこにあるの?」

 「そこからかよ。それはネットで調べてくれ。詳細はまた連絡する」


 電話越しにルーカスの名を呼ぶ声が聞こえ、ルーカスは連れが呼んでるから切ると言って電話を切られた。電話が終わった俺に澪が何を話していたのか聞いてきて、俺は先ほどの話を報告した。


 「エストニアになんで行かなきゃいけないのさ」


 やっぱりそうだよな。ヴォラクの言う通りだ。なんで急にエストニアになったんだって話。相手はシンガポールじゃないかって言われてたのに、エストニアって多分絶対場所違うよな。どこにあるか知らんけど、ヨーロッパってことくらいは分かる。


 暫くしてルーカスからマップが送られて、とりあえず俺とストラスとパイモン、セーレでそこに向かうことにした。万が一のためにアスモデウスとヴォラクは日本に待機してくれるみたいだ。


 多分、ルーカスだから大丈夫だと思うけど……何もないといいな。


 ***


 「よお拓也、時間きっちりだな」

 「まーたてめえか。ルーカスに頼りすぎなんだよタコすけ」


 エストニアの首都タリンで出迎えてくれたのはルーカスとキメジェスだった。おとぎの世界のような美しい中世の街並みを残している広場は観光客で賑わっており、大通りの一角にある旧市庁舎の前はカフェやレストランが多く、そのテラス席に二人は座っていた。


 キメジェスが食事を食べ終わったのを確認したルーカスが席を立つ。


 「行くか。ここからはバスで三十分程度なんだ。説明するにしてもちょいと面倒でな。ついてきてくれ」

 「あの、どこに行くんだ」

 「あーヴァレリーさんの所。見たことあるだろ。マルバスの契約者」


 ヴァレリーってそういえば見たことがある!出身がエストニアって言ってたな確か。

 ルーカスが歩いて行ってしまい、俺達は慌てて後ろをついて行く。


 「あの予言、どういうつもりだ」


 パイモンの問いかけにルーカスは歩みを止めずに答えた。


 「元々あの予言はもう少し前に実行する予定だったが、バアルのせいで遅れた。別にどうってことねえよ。時期が少しずれこんだだけだ」


 何の罪もない人が疫病にかかって亡くなることに罪悪感がないんだろうか。ルーカスはいい奴だって信じたいのに、こういうのを見ると何とも言えなくなってしまう。多分、ルーカスは目の前のこと以外に興味がない。だから遠い異国の地で何人死のうが興味がないんだ。


 それを正そうとしても、きっと適当にかわされるだけだろう。


 悪びれもしないルーカスにパイモンもそれ以上の追求をする気が無くなったのか、お互いに一切の会話がない状態でバス停に辿り着いた。鞄の中に隠れているストラスに大丈夫だよ、の意味を込めてポンポンと叩くと小さく身じろぎされた。


 「キメジェス、俺達は指定の場所に来ただけだから金銭は持ってないよ。俺達も乗れるのかな」

 「だーいじょうぶだよセーレ!ヴァレリーからカードもらってっから!気にしないで!」


 こいつ、セーレには猫被りやがって。俺にはタコとか言うくせに。

 バスが丁度到着し、俺達はそれに乗り込んだ。バスから美しい街並みを見るのは楽しく、携帯で写真を撮りながら目的地に向かう。

 そこは三十分程度で到着した。


 「(あ、ルーカス、わざわざごめんな。来てもらって)」

 「(いや、こっちこそすみません。急な連絡で)」

 「(大丈夫。今は仕事も落ち着いてるからね。例のブログ、俺も見たよ。あれは確かに問題だな。できる限りはやってみよう)」


 バス停で降りた先にはヴァレリーが待っていた。ここから自宅が近いのかついてきてと言われて歩いていく。先ほどまでの中世の街並みとは正反対で近代的な建物が並ぶオフィス街のような場所だった。


 その一角にあるマンションに入っていき、俺達も中に入る。ここがヴァレリーの自宅なのか。


 家の中は酷く閑散としていた。一言で言うと生活感がないって言うのかな。最低限のものが置かれているだけの質素な部屋だった。しかしテーブルの上に置かれている写真に恐らく妻と娘らしき女性が写っており、それだけが唯一生活を感じさせるもののように感じた。


 ヴァレリーから腰掛けるように促され、ソファに腰掛けて鞄からストラスを出した。ひょっこり顔を出したストラスにキメジェスが噴き出し笑っているが、ヴァレリーは微笑ましく見ていた。


 「(なんだか可愛いね。話はルーカスから聞いているよ。例のブログの投稿者の居場所を知りたいんだよね。どこまでできるか分からないけど協力するよ。俺もマルバスのことを書かれててエストニア人と契約しているまで書かれてるんだ。正直気が気じゃない。君たちが対処してくれるのなら有り難い)」

 『(肝心なマルバスはいないのですか)』

 「(いたんだけど、バティンにデートに誘われていっちゃったよ。よくあることだ)」


 ……やっぱりあの二人ってそういう関係なのかな。シトリーもグレモリーと恋人だし、悪魔でも恋愛感情的なのってあるんだな。


 でもヴァレリーの所に連れてきたのには何か理由でもあるんだろうか。マルバスの能力では探すのは難しいと思うけど。ヴァレリー自体がそういうパソコン関連に詳しいんだろうか。


 「(実はまだ作業の途中でね、いい結果は報告できないんだ。だからお茶でも飲んでて待っててくれ。ルーカスから連絡をもらってから調べてるんだけど、肝心な部分はまだでね)」

 「(大人しくしとくんで大丈夫っすよ)」


 ルーカスの返事にヴァレリーは手を振って部屋を出ていった。え、なんだこれ。


 連れてこられたけど、結局放置されて何をしていいか分からない。隣にいるセーレにどうしようか問いかけても、セーレも状況をよく理解できていないらしい。


 この状況で待ってくれって、どのくらい待つんだろうか。


 「ルーカス、なんでここに来いって言ったの?俺たちお茶するために来たんじゃないんだよ」

 「ヴァレリーさん、エストニアのサイバー警察らしいぞ。あと国家機密保護の仕事もしてるらしい。要はプロハッカーだ。ブログのサーバーやドメインから相手の所在地を探してくれている」


 プロハッカー!?あのぼんやりしてる感じの人が!?ハッカーと言う聞きなれない単語にストラスが首をかしげている。


 『拓也、ハッカーとは?』

 「いや、俺も詳しくは分からないんだけど。ネットから隠れた情報を抜き取ったり攻撃したりする人のことじゃない?」

 「おいおい、なんか違うぞその説明」


 やばい、俺も全然わかってないのバレた。

 何だか恥ずかしくなってストラスはルーカスに渡して説明はそっちでしてもらう。ここは自宅兼仕事場ってことなのかな。でもハッカーて正直ちょっと格好いい。


 「今の世界は変わった仕事があるね。ネット社会ならではの仕事なのかな」

 「かもな。俺プログラミングとか授業でしたけどチンプンカンプンだったわ」

 「主、貴方はいったい何ならできるんですか?」

 「な、なんだよその言い方!なんでもできるよ最低限は!ただ、得意じゃないってだけで……!」


 俺達がくだらない会話をしている途中でキメジェスが「あ」と声をあげた。


 「ブログ更新されてる」

 「え、あのブログ!?」

 「うん。見てみたら?」


 はい。と渡されたけど英語で書かれた記事は全く分からない。しかしセーレが記事を読み上げてくれて、その中身に目が丸くなった。


 「指輪の継承者は十代~二十代の男性である可能性が浮上してきた。バアルが以前、アジアに契約者がいると発言していたが、アジア地域の上記の年齢である可能性が高い。性別は男性で間違いないだろう。左手に指輪をしていると言う情報もある」


 これって俺のこと……

 左手に指輪をしていると言う情報まで漏れている。何も言うことができない俺から携帯を取り上げてルーカスがヴァレリーの元に向かう。

 暫くして、ヴァレリーとルーカスが部屋に戻ってきた。その手には数枚の紙が印刷されている。


 「(遅くなってすまない。今、記事を更新してくれてよかった。前回の記事から投稿位置が全く違う。シンガポールに常駐はしていないようだな)」


 ルーカスから渡された紙をパイモンが受け取り中身に目を通している。


 「(前回の記事の投稿時はフィリピンにいたようだが、今回の記事の投稿はタイからだ。アジア圏内を移動して投稿しているようだね。今はタイにいる可能性が高い。投稿時に使用しているパソコンを割り出して、そこからGPS検索をかけた。バンコクのホテルから投稿しているね。そのホテルの場所はURLで送るよ。あと、彼は唯一自分の経歴の一部を自己紹介欄に乗せているね。アメリカとイギリスの新聞社の職員ファイルに潜入した。その中にどちらの新聞社にも一時期勤務している男がいたよ)」


 紙に書かれている男性は中年の男のようだ。こいつが契約者なのか。


 「(ダニエル・リー。シンガポール生まれの四十三歳の男性で元新聞記者だ。彼が契約者で間違いないと思う。自宅はシンガポールだとは思うから、タイで見つけられないのならシンガポールで探すといい。相当用心深い。各記事の投稿時の場所が違う。場所がばれないように一か所にとどまってはないんだろうね)」


 すげえ。ここまでわかんのかよ。これがプロハッカーか。

 紙を受け取ったパイモンが立ち上がり、出口に向かっていく。もう帰るのか。確かに用は終わったけど、なんだかこれで帰るのは申し訳ない気も。


 「(協力感謝する。あとは俺達に任せろ)」

 「(うん、よろしくね。拓也君)」


 名前を呼ばれて背が伸びた。ヴァレリーさんは緊張した面持ちの俺に苦笑して力を抜いてと告げる。


 「(気を付けて。無理はしないようにね)」

 「あ、はい」


 なんだろうこの人。なんだか不思議な人だ。


 そういえばこの人の家族はどこにいるんだろう。奥さんと娘がいるのは間違いないんだろうけど。でも部屋の中がこれだけ生活感がないってことは、もしかしたら亡くなっているのかもしれない。


 だって、俺を見る目がまるで子供を見るような目なんだ。確かに相手は大人で俺はまだ高校生だけど、なんていうんだろう。もっと小さい子供を見るような、そんな感じ。もしかしたら娘は俺と年が近いのかな。いや、それはないな。このおっさん多分行ってても四十くらいだろうし。でも直哉くらいの年齢なのかもしれない。


 「あ、忘れてたわ。拓也、これどうぞ」


 ルーカスに投げられて受け取ったのはシルバーの指輪だった。あ、これって……


 「フェイクの指輪。それ開くから指輪に被せろってよ」

 「あ、ありがとう。もらっとくよ」


 早速自分の指輪にフェイクの指輪を装着してみると、型をとっただけある。綺麗にはまり、ソロモンの指輪は端から見たら全く違う指輪になっていた。これならみんなに見られても問題なさそうだ。

 ルーカスとキメジェスはまだエストニアに滞在するらしい。二人に礼を言ってパイモン達の後を追いかけた。


 ***


 ヴァレリーside -


 『(帰ったのか)』


 僕の契約悪魔が戻ってきたのは拓也君たちがいなくなって一時間ほど経過した頃だった。今日、彼が来ることをマルバスは知っており、会えなくて少し残念そうだ。


 「(もう帰っちゃった。マルバス、会いたそうだったのにね)」

 『(パイモン達なら、予言内容で私の能力を使うことを理解していると思ったから、あのアホ面の契約者を拝みたかったんだがな)』

 「(のんびりしていたよ)」


 ルーカスが的確だと笑い、キメジェスもつられて笑っている。その場にいなかったマルバスは相変わらず仏頂面だ。


 『(で、ブログの投稿者は分かったのか?今日も記事を更新していたようだな。バティンはこれ以上暴走するなら私とキメジェスで討伐して来いと言っていたぞ)』

 「(ええ!?俺!?)」


 突然のご指名に素っ頓狂な声をキメジェスがあげる。なんというか、可愛らしい悪魔だと思う。あれだけ勇猛果敢に戦うのに、ちょっとしたことに笑ったり怒ったり拗ねたり、小さい子供のようだ。

 そう、あの子のようだ。


 「(大丈夫。契約者もある程度わかったから。多分だけどね)」

 『(そうか。ならいいんだが。少し気を付けておいた方がいい。そのブログの閲覧者がどんどん増えている。妙な知識を手に入れた一般人が粗さがしを始めだすころだ)』


 そうだね。情報提供を呼び掛けているコメント欄にはコメントが殺到している。その中には本当かどうかわからないが目撃情報を載せている人もいる。まあほとんどが嘘だろうけど。


 「(でも、不思議なブログだね。他人の興味や探求心を煽る。その中に含まれている悪意も感じ取れる)」

 『(ああ、気をつけろヴァレリー。悪意は拡散するぞ。このブログのようにな)』



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