第9話 勝ちたい
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「再来年で閉校……」
校長先生の口から出た予想外の言葉に体育館がざわめき出す。
全校生徒数四十一人の小さな学校は再来年ついに隣町の学校と合併し、閉校することになった。
9 勝ちたい
北海道余市郡仁木町にある商業高等学校。全校生徒僅か四十一人の小さな高校は再来年の春に他の高等学校と合併が決まり、この高校はもうすぐ閉校する。
その話を聞いて驚いていたのは自分だけじゃなく、他の奴らも驚きを隠せないようで少ない生徒達が広い体育館の中でざわめく声が聞こえる。
「そりゃそうだべや。こんだけしか生徒いねえし」
「俺の中学のダチも違う高校さ行ったしなぁ……」
中には諦めてる生徒もいるけど、でもそれでも自分達の代に学校が閉校と言う衝撃は隠しきれない。その話を聞いたのはお盆が明けて補講が始まって三日目の事だった。皆の空気が重い中、教室に戻った後、予定通り授業を迎え、そして予定通りに学校が終わった。
俺は部活に行くべくカバンを背負い、教室を後にする。
早歩きでグラウンドに向かう理由は焦り、この高校で事実上のラストチャンスが始まるんだ。もうすぐ秋大がある。秋大でいい成績をとれば春の選抜甲子園だって夢じゃなくなる。もうチャンスは少ない、今年の秋大と来年の夏がこの高校で甲子園に行けるチャンスなんだ!
でも現実はそんな甘くない。
「おめえら……また部室私物化しとるんか」
「だってよぉ~部員四人じゃ野球できねぇべや」
そう、今年の夏を一回戦負けした俺達は三年の引退の後、なんと部員が四人になってしまったのだ。元々三年入れても八人しかいなかったから一人剣道部から助っ人を頼んで今回の試合に参加した。
でも秋大まで五人も助っ人を頼むのは正直無理がある。
しかも合併が決まってしまった来年は新入生をもう受け入れないんだそうだ。それは仕方ないけど、そうしたら野球部に入部する一年生がいない。つまり人数が四人のままで夏の甲子園地区予選に出なければならなくなる。
そんなの無理に決まっている、だから皆やる気が無くなっているのだ。部室に置かれてある椅子に座って漫画を読んでいる奴に携帯をいじってる奴、更にはゲームをしている奴……先輩がいなくなってから、完全にここの部室はこいつらの私物と化していた。
その不甲斐ない姿に苛立ちが爆発し、与えられている部室の壁を叩いた。
「お前ら少しはやる気出せ!秋大さもうすぐやろ!?」
「でも助っ人五人も手に入れたとこで、どうせ一回戦負けさぁ」
「わかんねえ!ここは秋季道大会出場経験だってあった強豪校だったべ!?それがこんな地に堕ちてちゃOBが泣くべ!」
「お前も過去の栄光縋りつくなや、そんなん俺らが産まれる前の話だべや。今のここは部員も揃わんで、大会一回戦負けの常連校さぁ。今更頑張ってもいい結果でねえ」
漫画を閉じてそう言われたらカッとなって、バットとミットとボールを持ってそのまま部室を飛びだした。でもポジションがキャッチャーの俺はピッチャーがいなければなんの練習もできない。
仕方なく壁当てをしていたら、ペットボトルを持ったマネージャーの香奈子が練習を見ていた。
「お疲れ」
「あ、おう……」
「また一人で練習?あいつら強制的にやらせればいいやん」
野球部のマネージャーの香奈子が少し怒ったように部室を睨んでいる。
でも強制的にやらせた所で身につく訳じゃない。それに野球部にいる顧問自体野球の素人だし、野球自体やった事がないって言うんだ。顧問も当てにならなければ、俺ごときが何を言っても無駄だろう。
秋大はもう二週間を切っている。それまでにどうやって人数を集めて練習を間に合わすかだ。
香奈子が何度もあいつらに声をかけると、暫くして面倒そうにユニフォームに着替えてやって来たけど真面目に練習する気配はない。
もう嫌だ、お前達は野球したくて野球部に入ったんじゃないのか?確かに今の状況は絶望的だけど、なんでそんな簡単に諦められるんだ?俺はまだ大会に出たい。だって甲子園をかけた試合ができるなんて俺達にはこの大会しかないじゃないか。
高校卒業したらプロにでもならない限り甲子園の土は踏めない。
俺達はプロになれるほどの実力がないんだ。だからこうして目指すしかないのに……何で皆そう割り切れるんだ。
最初は違った、去年までは真面目だったんだ。俺達が一年で、まだ二年と三年がいた時は……部員は十一人でギリギリだったけど、でも甲子園に行こうって頑張ってた。
対戦校のビデオ研究して、他の部活の奴らにバッティング練習とか手伝ってもらって……なのに何で今はこうなってるんだ。その二年と三年がいなくなって、今の野球部には俺達二年生が三人と一年は僅か一人。
なんでこんな事になったんだよ……
練習が終わってグラ整を終わらせた三人が先に帰って、香奈子も帰り、一人でグラウンドを眺めていた。もっと強くなりたい、甲子園の土を踏みたい。俺達は来年三年になる。来年の夏の大会が最後の挑戦になる。
「なんで上手くいかねえ……」
ポツリと漏らした言葉が反芻されて耳に届き、苛立ちが募っていく。
俺は諦めたくない。甲子園に挑戦したい、行けなくたって挑戦したいのに……何が何でも、全てをかなぐり捨ててでも諦めたくない。
『汝の強い信念……我にも届いたぞ』
「え?……うぁ!」
声が聞こえたと思って顔を上げた先にいた姿を見て驚いた。そこに立っていたのは明らかに人間の姿をしていなかったから。
意味が分からない!コスプレか、コスプレなのか!?
そう思って、まじまじとそいつを見たけれど縫い目などは一切無い。完璧に作られた着ぐるみなのか、それとも……俺は夢でも見てるんだろうか。
あまりの事態に驚いて声が出せない俺に、そいつは淡々と言葉をつなげていく。
『汝の願い、強き信念、強き想い、我は全てを聞き届けた。どうだ?汝、我と契約をする気はないか?』
「け、契約……?」
『如何にも。汝の望んでいた物……すぐに手に入るだろう。ソロモンの悪魔である我が力を使えば』
訳の分からない事を言ってる動物の姿をした“それ”は、間違いなく現実に存在してる。
二足歩行で歩いてるし日本語も話してる。お面でもかぶっているのかと思えば、そんな感じでもない。じゃあ本当にこれは悪魔って存在なのか?ソロモンの悪魔って言ってたけど……そんなの普通の生活を送っていれば、まず聞いたことがあるわけが無い。
悪魔なんて漫画の世界でしか見た事がない、しかも大抵悪い奴。
でも目の前のこいつは……
***
拓也side ―
「もうすぐ秋大だな!」
サッカー部に在籍してる藤森が嬉しそうにサッカーボールを磨いている。九月に入って学校も始まり、また面倒な毎日を過ごしている俺とは違い、藤森はやる気に満ちている。秋大かぁ……部活してる奴らが公欠とるから、また教室に活気が無くなるな。
去年までは中谷も一緒に浮かれていたのに。次第に表情が曇っていたらしい俺に立川が慌ててフォローした。
「ま、まぁどうせサッカー部は一回戦負けだろうけどな。うち弱いし」
「なんだと!?」
「うちの高校強い部活あんまないし、皆がいないのもぶっちゃけ一日だけって感じだもんなー」
立川が笑って藤森を茶化してるけど、それを一緒になって茶化す事が出来なかった。この中に中谷もいてくれれば笑えたはずなのに。思わず零れた溜め息を皆が心配そうに眺めていた。
***
「悪魔?」
『はい、まだ恐らくですが』
暫くして秋大も始まり、教室に生徒がいなくなりだした日、いつも通り学校から帰った俺にストラスがそう告げた。この時期に見つかるなんてまさか秋大関連!?
「秋大関連か?」
『秋大?良く分かりませんが大会関連です。中谷と同じ野球部が契約しているとパイモンは踏んでます』
「え、俺マンション行った方がいい?」
『いえ、今日は大丈夫です。私が口頭で説明してもいいですし、パソコンで画像を見ながら説明してもかまいません』
どうやら今日俺が行く必要はないようだ。どうせ説明されるんならパソコンがあった方がいい。そう思ったからパソコンがある部屋に足を運び、電源を入れ、立ち上がる間ぼんやりと考えていた。
中谷をいつになったら救えるんだろうと。パイモン達が必死で探してくれてる、でもまだ見つからない。
そして澪とアスモデウス、澪はどうして契約しようなんて思ったんだろう。アスモデウスが何を考えているか全く俺には分からない。
『拓也、パソコンがつきましたよ』
ストラスに指摘されて、慌ててマウスを動かした。言われた通り入力して検索をかけると、数百件の記事が出た。ほとんど関係の無い物や、ブログで書いてるだけの物もあるみたいだけど、その中の一件をストラスは表示しろと促した。
それをクリックすると、学校の校舎の写真が出てきて、その下に野球部について書かれていた。
「古豪復活、奇跡の快進撃。閉校直前の学校で過去の栄光を取り戻せるか……なんだこれ」
『北海道の余市郡仁木町にある商業高等学校の野球部の記事です。この高校は再来年に隣町の学校との併合が決まっており、事実上閉校する事になっています。この高校は野球で過去に秋季道大会出場経験を持つほどの強豪校だった時期もあったそうですが、現在は正規部員自体が四人、事実上廃部になってもおかしくない状況でした。しかし助っ人五人を借りて大会に出てみれば、まさかの三回戦突破の快進撃。閉校する学校の廃部寸前の野球部、更に野球に関してほとんど素人と言っていい助っ人五人、監督は野球もやった事がない国語教諭。これは奇跡以外言いようがありません。だから北海道のローカルニュースでは大きく取り扱われているのです』
確かに……中谷達だって毎日泥だらけで夜遅くまで練習して、秋大優勝経験なんて一度も無い。甲子園だってヴォラクの力を借りたあの一回きりだ。
それなのに素人同然の助っ人でこれは出来過ぎてる気もする。一体どういう事だ?
「思い当たる悪魔はいるのか?」
『残念ながら今回は特定できませんでした。しかしきな臭い』
確かにね……これはパイモンが目をつけてもしょうがないって所かな。納得した俺はパソコンを閉じて後ろのソファに凭れかかった。ストラスは俺の顔を覗き込み、首をかしげている。そんなストラスに胸の内を吐き出した。
「これからどうなんのかな」
『どうなる、とは?』
「中谷見つかんのかな。澪は大丈夫なのかな、アスモデウスと契約してさ。ちゃんと笑って全てを終わらせることできんのかな」
『拓也、貴方は何があっても希望を捨ててはいけません。貴方自身が希望なのですから』
「ん?」
『心に留めておいてください』
ストラスは難しい事言うな。そんなこと言われても今一理解できないし。
***
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「すげぇ!俺達三回戦突破だ!」
地元のニュース記事に写っている自分達の学校を見て皆が騒いでいる。助っ人五人もそうだけど、俺達野球部員もモチベーションはあがっている。それが本当のモチベーションなのかは分からない……だってこいつらは操られてるから。
俺の言う事には絶対に従う。
騒いでいる皆から逃れるように部室から逃げて誰もいない場所まで言って、俺は小さく声を出した。
「なぁ、ありがとう」
『それは我に言うておるのか?』
再び目の前にあの化け物が現れて俺を見つめている。黙って頷けば、少し小馬鹿にしたように笑われた。俺そんな変な事言ったっけ?
目の前の化け物は何も言わないで、俺の望むままにしてくれている。綺麗な宝石と引き換えに。この宝石が契約の証なんだと言う。なんか誓約書でも欠かされると思ってたから少し拍子抜けだ。
でもそのお陰でここまでこれた。まだ先は長いけど、このままだったら絶対にいい線行けるはずだ。
「お前は一体何が欲しい?」
『我の望むものか』
「ん」
頷けばそいつはニヤリと笑った。
その顔が怖くて顔の口角が引きつったのを感じた。
『我の望みは汝に与えた物の大きさで変わる。汝の望み全てを果たした後で我への等価交換の代償を頂こう』
「金とか無理だべ」
『何、簡単なものだ。すぐにでも差し出せる簡単な……』
「ならいいけど」
こいつが何が欲しいかなんて、今の俺には全くわかりゃしない。
今回は本当に実在する高校をモデルにさせていただきました。
物語の背景と余りにもぴったりだったので…^^;
野球の助っ人人数は高校野球連盟の規定とかありそうですね。下調べをあまりしない状態で書いたので、不足している部分がありそうです。