表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/92

第89話 新年度2

 直哉side -


 「直哉、教科書はそれで全部かしら?」

 「うん。めっちゃ重い」


 入学式は無事に終わろうとしていた。長い式を終えて自分のクラスを確認して、一応後ろの席の男子とあいさつを交わして少しだけ話して、今のところは順調だ。大輝は残念なことに中学校が違うから、今までみたいにいつも一緒にいることはできないけど、お互いに学校で上手くいくといいな。


 今は教科書を順番にもらっていて、パンパンになった袋を持って、なんとか教室まで戻っているとことだ。教科書を問題なく全てもらったことを確認して、家に帰る準備をする。今日は外食って言ってたけど、流石にこの荷物を持って歩くのはきついから一度家に帰るからだ。


 先ほど少し話したクラスメイトと再会し、母さんたちが挨拶している横で、俺も手を振って帰路につく。



 89 新年度2



 「直哉も中学生かー早かったような、なんだかね」


 しみじみと語る母さんを見て小さく笑う。この一年半、色んなことがありすぎてついていけない。悪魔なんかが現実の存在になって、兄ちゃんが指輪の継承者とか意味わかんない勇者みたいなポジションにされて。そして俺も……

 中学入学祝いに買ってもらった携帯に入った文字を見て、目を細めた。


 「……母さん、俺、家に帰ったら少し出ていい?」

 「ん?いいわよ。でも遅くならないようにね」

 「うん」


 家に帰り荷物を置いた俺はすぐに家を出る準備をして、制服のまま外に飛び出した。目指す場所は一つ。この連絡を送ってきた奴。


 「お、直哉くーん」

 「……何かあったの?」


 いつもフォカロルと一緒にいるDだった。Dは両手に大量の荷物を持っており、中に入るように促した。今ではこの場末のバーが俺たちのたまり場と化していた。ここの持ち主は見たことがないけど、いったい誰なんだろうか。


 Dは意気揚々とコンビニの袋を開けて大量の食糧をテーブルに並べている。


 「いやー美味しそうなものが沢山あったからさーついつい買いこんじゃって。一緒に食べようと思ってさ」

 「……そんなことのためかよ。俺、今日家族で外食行くからあんまり食べたら夜食えねえよ」

 「男子なんだからいけるだろ!食え!」


 唐揚げをドンと目の前に置かれ、ため息をついて口をつける。その様子を満足そうに見てDは目の前にある食事を口いっぱい頬張っていた。あまりの勢いに、大食いファイターかと勘違いしてしまうレベルだ。


 「Dってマジよく食べるね」

 「そう?まあ忙しくてねー俺もバイトに明け暮れてるし。ゆっくり飯食う時間もないって奴?生活するにも金がいって大変だよね」


 Dは未だに自分の素性は明かさない。でもバイトができる年齢であることは確かだ。少しだけDの素性のメモリが埋まった気がした。どこに住んでいるとか、普段は何をしているとか、そういったことは何も分からない。学校に行っているかすら不明なんだもん。


 「お前、そんなことするために呼んだんじゃねえだろ」

 「お、フォカロルじゃん。お前も食う?」

 「まあ食うけどよお」


 どこからか顔を出したフォカロルに諫められるが反省した様子もなく、差し出されたチキン南蛮弁当にフォカロルはあっさり陥落した。気になってるんだけど、Dって学校行ってないのかな。小学生だった俺に集合時間を合わせられるくらいだし、高校とか行ってなさそうなんだけど。


 「Dって高校とか行ってないの?」


 その言葉にDは箸を止めて少しだけ笑った。


 「あー今は行ってないね。お休み中。このままだと留年するから早く復帰したいんだけどね」


 これ以上は聞くなとでも言うように話を遮られ、腑に落ちないけど納得するしかない。家は複雑なんだろう。


 考えてしまい箸が止まった俺の目の前にコップが置かれる。それが何を意味しているのか分かってしまい、ため息をつきながらも指をさす。


 「おーすごいすごい。フォカロルと特訓した甲斐があるねえ。水、自在に出せるようになったね」

 「水鉄砲くらいだよ。もっとすげえの使えるのかと思った」

 「百年はえーよ」


 横からフォカロルの突っ込みをうける。あの日、フォカロルから契約石のアクアマリンを飲み込んでからフォカロルの力が出てくるのは早かった。すぐにDに報告して、その日から力の制御方法とか使い方とかをフォカロルにずっと教わっていたのだ。


 お陰で好きにこうやって水鉄砲程度の水を出したり、出した水を球体にして浮かせられるくらいにはなった。でもまだ竜巻やカマイタチ、高度に圧縮した水を出したりなどはできず、風もそよ風程度を出すレベルだ。


 俺もフォカロルのような力を手に入れられたら、兄ちゃんを助けることができるのかもしれない。


 「特に変わったことはない?」


 弁当を一つ平らげたDが次はカレーに手を付け頬張りながら問いかけてくる。その変わったこととは多分悪魔の力に目覚めたことだろう。


 「いや、全然何かが変わったってかんじない。でも練習したから多分、怪我を治せるのは少し上手くなったかも」

 「お、やったじゃん。治癒能力は便利だからもう少し鍛えたがいいかもな。次はフォカロルを包丁で刺して治癒練習する?」

 「てめえふざけんなよ!俺を実験材料にすんじゃねえ!!」


 二人の漫才のようなやり取りも見慣れてきたころだ。敵意を向けられないから想像できないけど、フォカロルが本当に兄ちゃんを地獄に送った奴なのかすら分からなくなる。それくらいこいつは俺に対しては献身的に力の制御に関しては世話を焼いてくれていた。


 唐揚げを食べ終わり、近くにあったチョコレートの袋を開ける。その姿を見ていたフォカロルがつぶやいた。


 「あいつはどのくらいだった?」


 俺に話しかけたのかと思って顔をあげたけど、フォカロルの視線はDに向いている。Dはスプーンを置いて、腕を組んで考えている。


 「んー俺が話を聞いたのは夏頃だったんだよ。だからそれよりも前に出てたのは間違いないな。俺は何も知らなかったから……能力が出てすぐに俺に相談ってのはしなかっただろうし」

 「ふうん……あいつに詳しい時期聞いとかなきゃな。今日もアレクと一緒か?」

 「そうみたい。アレクは絶対側を離れないからね。あいつのこと大好きなんだろうね」

 「アホくさ」


 訳の分からない会話をされて自分には関係のない話っぽくてチョコレートを食べることを再開させると、フォカロルが俺の顔を覗き込んできた。


 「な、なんだよ……」

 「平和ボケしてんのになあお前……」


 いきなり悪口を言われて口を開けてポカンとしている俺を見て、フォカロルは奥の椅子に腰かけた。二人しか分からない会話をしていたくせに、いきなり悪口を言われて意味が分からない。


 けど、こいつらが二人しか分からない会話をするのなんていつものことで、俺は何も知らされないまま。結局、なんで呼び出されたかも分からないまま家族で出かける時間になり、俺はビルを後にした。


 ***


 「皆さん、今日はオリエンテーションです。怪我せずに楽しみましょう」


 中学生になって二日目。オリエンテーションで授業は始まらず、体育館で親睦を深めるようなレクリエーションをこなし、一日が終了した。一か月後は二泊三日の合宿のようなものもあるらしく、まだ学校には慣れない。


 幸い入学式の時に話しかけてくれた尾田という男子はいい奴だったため二人で行動できていたけど、それ以外での友達作りは皆まだ慎重だった。


 何かをしたわけではないけど、一日のスケジュールが終わったころには精神的に疲れており、少しだけ仲良くなったグループみたいなものができていた。


 「直哉、家どこなん?」

 「結構近いよ。歩いて三十分くらい」

 「あ、俺と同じじゃん。方角一緒なら途中まで帰ろうよ」

 「いいよ。尾田ー俺、濱本と帰るよー」

 「おー池上、また明日なー」


 クラスメイトに手を振って帰路につく。幸い方角も同じだったため、途中まで一緒に帰ることになり、お互いにしょうもない事を話しながら足を進める。濱本は携帯でニュースを見ながら話をしていて、何かを見つけて記事を読み上げた。


 「あ、直哉これ見て。イルミナティが予言を流すって。来週中らしいよ」

 「え、あ、本当だ」


 イルミナティてストラスが言っていたバティンって悪魔が統括している組織。バティンのことは覚えている。去年の夏休みに兄ちゃんを地獄から連れ戻そうとしたときに俺たちの前に来た奴だ。あいつのせいで、なにもかも変わってしまった 。


 「この間のホンジュラスの奴とかも会見するのかな。やばいよな、もう悪魔がこの世界を支配してるって言うの本当なのかもね」

 「んーどうなのかな」


 まさか家にその悪魔がいるなんて向こうも想像していないんだろう。俺にいろんなことを話してくるけど、どこまで話を合わせていいか分からない。これからはこんなのが日常になってくるんだろうか。ストラスが嫌な思いしないといいな。俺、ストラスのこと大好きだから、ストラスがいなくなるなんて嫌だな。


 「日本に関係ない予言だといいよな」

 「そうだな」


 また、あんな地震みたいなの起こされたらたまらない。でもバティンって奴は俺達には手を出さないはずってストラスが言っていたから、多分日本には関係のない予言だと思うんだけどな。どこの国が巻き込まれるんだろう。


 「あ、俺こっちだから」

 「じゃあな」


 クラスメイトと手を振って、一人になって考えてしまう。予言のこと、D達は知っているんだろうか。会いたい、会って話を聞いてほしい。兄ちゃんやストラスには言えない事、D達には言えるんだ。大丈夫だよって言ってほしい。


 「池上 直哉?」


 声をかけられて振り返ると、外国の少年が立っていた。俺と同い年?いや、多分年上だ。でも兄ちゃんよりは年下っぽい。俺はこの少年を知らない。でも相手は俺を知っている。


 返事をしない俺に相手はもう一度、俺の名前を呼ぶ。日本語を話しているけどイントネーションは少しずれていて、不慣れなことが伺える。


 「そうです、けど……誰ですか?」

 「……少し、君に話が。君のお兄さんにも関係していることだ」


 兄ちゃんに関係していること?じゃあ兄ちゃんの知り合いなのか?ついてきてほしいと相手は言う。正直ついて行ったら駄目なんだろう、首を横に振ってこの場所で話をしてほしいと訴えた俺に相手は怪訝そうに表情をゆがめた。


 「ここでしてもいいけど、目撃者はいないほうがいい。全て殺しても構わないのなら、ここでするけど、それでもいい?」

 「え?」

 「ここで話をつけてもいいけど、目撃者は全て殺したいと言っている。それでもいいのか?」


 冗談、だよな?


 淡々と言ってのけているけど、内容があまりにもぶっ飛びすぎている。でも嫌な予感がするんだ。やってみろって言ったら、この少年は本当にやるんじゃないのか?周囲を歩いている子供連れのお母さんや、自転車を押しているお年寄り、スーツを着て足早に歩いているサラリーマン、この人たちをこいつは本当に殺してしまうんじゃないかと思ってしまった。


 相手は溜息をついて腕を見せる。そこに光っているものを見て察せないほど、馬鹿ではない。


 「僕の名前はリーンハルト・カレンベルク。イルミナティトップのマティアス・カレンベルクは僕の祖父だ。本当はもう少し観察したかったけど、やっぱり四連休程度じゃ無理だったからね。もう直接確認したほうが早いと思ってね」


 マティアス・カレンベルクと言う名前を知らない人間なんて今はいないだろう。世界を混乱に陥れているイルミナティのトップ。政治に興味ない俺だって、クラスメイトだってみんな知っている。その、孫?なんでそいつが俺に会いに来たんだよ。


 腕に黒色の宝石がついているバングルを身に着けている。ストラスの能力を手に入れたおかげであれが何の石か、今の俺にははっきりとわかる。


 「オブシディアン……フルカスの契約石だ」

 「ん?お前詳しいな。そうだ、僕は悪魔フルカスと契約している。今も僕のすぐ側に居て死神の鎌を振り下ろすのを待っているのさ。ここで話をつけるのなら、ここら一帯の通行人は全て殺す。僕たちにとって邪魔な存在になりえるからね」


 どうしよう、どうすればいい?イルミナティが俺のところに来るなんて想像したことなかった。動けない俺の腕をリーンハルトが掴み引き寄せる。そのあまりの力と握られた腕の痛みにうめき声をあげて蹲った俺の頭上であいつが笑っている。


 「僕のこと、憎い?理不尽な暴力を振るわれるって思ってる?」


 なに言ってるんだよこいつ。意味が分からない。しかし瞬時に走った腕の痛みに小さな悲鳴が漏れた。痛みが走った場所に目を向けると、手の甲が切られて血がにじんでいた。悪魔に切られた?でもフルカスなんて奴はここにはいない。じゃあリーンハルトが刃物を持っている?しかし本人に刃物を使用している形跡がない。


 「僕のこと、殺したいって思ってる?僕はお前を殺したいって思ってるけどね。さあ行こう直哉、僕のお仕事のお手伝いをしてくれ」


 今の自分には相手に逆らえる力なんて、どこにもない。


 ***


 「どこもかしこも人が多い。東京って場所は嫌になる。このうちのほとんどが新世界には必要のない人間なのに」


 都内で人の少ない場所を見つけるなんて難しくて、結局人通りの少ない少しだけ開けた住宅街に俺たちは移動した。リーンハルトは周囲に人がいないことを確認して、俺の腕を開放した。


 「さて、本当はもう少し確認してからが良かったんだけどね、僕もお前と同じ学生で好きに動き回れないんだよ。単刀直入で聞く。お前は何者だ?」


 いきなり連れてこられて訳の分からない質問をされて何を答えてほしいんだろうか。質問の意味が分からず首を傾げた俺にリーンハルトは舌打ちをして腕を組んだ。


 「バティンからお前のことを探ってほしいって頼まれた。今はお前たちとは共闘期間だし、お前を傷つけるのは本意ではないけど、お前、なにか良からぬ輩を従えてないか?」


 肩を震わせた俺を相手は見逃さなかった。小さな声でやっぱりと呟いたリーンハルトは周囲を探るように視線を動かしている。


 「僕の悪魔はとても万能でね。その悪魔の占いでお前のことを何度か占ってみたが、どうも毎回予言や占い結果が変わる。お前が未来の何かを捻じ曲げているはずだ。ソロモンの悪魔達の契約者はこちらである程度認識しているつもりだが、お前は何を従えて能力を使用している」


 俺が、未来を捻じ曲げている?一体何のことを言っているんだ。フォカロルの力を使えるようになったから?でも水を少し出すくらいだ、未来を変えるほどの力なんて持っていない。兄ちゃんを救えるような力も、そんな可能性も今の俺にはない。じゃあ、なぜ?


 いつまでも返事をしない俺に業を煮やしたのかリーンハルトが組んでいた腕を解いて、手刀のような構えを取る。


 「しらばっくれるか?まあいい。僕が確認したいものはもう一つあるしね」


 リーンハルトが俺の手の甲に触れた瞬間、すさまじい痛みと血があふれ出し、あまりの痛みで声をあげて蹲った。手の甲がぱっくりと切れ、血がしたたり落ちている。俺、斬られたのか!?


 「痛い!!いだいいいいぃぃ!!」

 「お前、悪魔の力をどこまで使える?感情の制御はできていないように見えるけど、可笑しいな。聞いていた話と全然違う。そろそろだと聞いていたんだけどね」


 意味が分からずこんな痛みを与えられ、相手に対する怒りと憎しみ、恐怖で全てが支配されていく。泣きながらリーンハルトを睨み付けた俺に、相手は小さな声で悪魔の名前を呼んだ。


 「(まだ、この調子ではラウムの力は出てきていないようだけど。お前の予言、また外れたな)」

 『(わしの占いがことごとく外れる。こんなことは初めてだ。この子供、種々の悪魔の力をまとっていて、特定ができない)』

 「(ストラス達と一時的に契約していたことはバティン達から聞いた。それ以外にもいるのか?)」

 『(ああ、この力は……詳しく調べよう。リーンハルト、この子供はわしが記憶を操作する。思い切りいたぶって吐かせてやれ)』


 リーンハルトが口角をあげる。それと同時に嫌な予感がして、逃げようと起き上がった瞬間、リーンハルトの振り下ろした手が俺の肩から腹部を切り裂いていく。


 「は……?」

 「フルカスがいたぶっていいってさ。早く全てを吐け。失血死は辛いよ」


 その場に崩れ落ち、必死に呼吸する。痛い痛い痛い痛い!!!誰か助けて!兄ちゃん助けてよ!Dでもフォカロルでも誰でもいい!こいつを倒して!!


 どうして誰も人がいないの?誰か、俺を助けて……!!


 蹲って痛みに耐える俺をあざ笑うようにリーンハルトは腕を組んで宙に腰掛ける。足で顎を持ち上げられ、冷や汗を流して痛みに耐える俺を笑っているんだ。


 「痛いよね。なんで自分がこんな目に遭うか分からないって顔をしている。本当に自覚ないの?ラウムとストラス達以外にお前の力を制御している奴がいるってこと。僕の悪魔の予言なら、おとといの段階でお前はラウムの能力に目覚めているはずなんだよね。でもそれが外れている。どういうことか分からないのか?」


 フォカロルが、俺を助けてくれたから……ラウムの力を目覚めさせない様に、上書きしてくれたから。でもそれを言うとフォカロルにもDにも迷惑が掛かってしまうし、もう喋る余裕すらない。


 足を引かれ顎が地面にぶつかり痛みが走るが、そんな痛みが些細なくらい全身を引き裂かれた痛みが体を支配している。


 どんどん意識がなくなっていきそうな、そんな気がして涙がこぼれたとき、小さな声が脳裏を掠め、俺は意識を手放した。


 ***


 リーンハルトside -


 「(うーん、話と全然違う。可笑しいなあ。僕に災いが降りかからない。時間差があるものなのかな)」


 目の前で意識を無くした少年は死ぬ間際に僕に殺意の視線を向けていたけれど、その視線に魔力は感じず、結局何も起こらず終わってしまった。バティンからの話と全然違う。ラウムの能力が発症している可能性が高いから状況を見てきてくれと頼まれていたんだけど、あまりにも気配がない。


 むしろ、ラウムではなく別の何かがこいつを守っている。それが何かわからないけど。腕時計の時間を確認する。まだ時間に余裕がある。こいつは一度イルミナティに連れて帰り、記憶操作をしてから池上拓也の元に送り返すのがいいだろう。


 「(フルカス、こいつを連れて帰る)」


 フルカスが頷き手を伸ばした瞬間、周囲に結界が張られ、無数のカマイタチが襲い掛かった。僕はフルカスに守られて無傷だったけど、これほどの力、池上拓也ではないだろう。だとしたら誰だ?この力の持ち主は……


 『フォカロル……』


 フォカロル?ソロモンの悪魔の知識は一通り身に着けている。その中に池上拓也を地獄に送った実力者がいると言うことも知っている。そいつがフォカロルだと。


 なるほど、この子供を守っていたのはフォカロルと言う事か。しかしなぜだ?なぜフォカロルが僕たちの邪魔をする?こいつが池上拓也の身内だということを知らないのだろうか。しかしフルカスの予想は外れ、僕たちの前に降りてきたのは人間だった。


 東洋人特有の黒髪に鋭い目つき、年齢は僕より少し上だとは思うが東洋人は顔が幼いから分からない。多分十五~六歳くらいには見える。腕にはアクアマリンのバングルがはめられている。そして……


 「(……なんで、お前がそれを持っているんだ)」

 「消えろ!」


 相手がそう叫んだ瞬間、複数のカマイタチと突風、圧縮された水がレーザーのように襲い掛かってきた。


 『(リーンハルト、乗れ)』


 フルカスに言われて、フルカスの愛馬に飛び乗る。フルカスが鎌を振るいカマイタチを相殺し、相手に突進していく。しかし相手も手をかざし大量の水を出現させ、壁のように僕たちの間を覆った。


 その瞬間、そいつは池上直哉を抱きかかえ、水に覆われて姿を消してしまったのだ。いきなり現れて、目的の人物をさらわれたことに僕もフルカスも目を丸くする。


 「(あいつ、何者だ?)」

 『(わからん。フォカロルの契約者であることは間違いない。しかし契約者の少年は今まで見たことがない。バティンに報告しよう。問題は……)』


 フルカスも気づいていたはずだ。なぜ、あいつが持っていたのか。あれの持ち主は一人だけなのに……


 「(なんで、あの男がソロモンの指輪を持っていたんだ)」


 ***


 D side -


 「お、おい!直哉君大丈夫なのか!?」

 「フォカロル、治癒を頼む」

 「おう。お前、怪我はないのか」


 久しぶりに姿を見たと思ったら傷だらけの直哉君を抱えているもんだからびっくりした。ぐったりと意識を失っている直哉君をタオルを敷いた床に寝かせ、フォカロルが治癒に取り掛かっている。しかしフォカロルは直哉君の治癒をしながら顔をあげた。


 「万が一の時は俺を呼べって言っただろ。俺はそんなに信用ねえかよ……」

 「自分で対処できると思ったんだけどな。流石に相手を殺すまでは無理だった。逃げるだけで精いっぱいだ」

 「殺しとかなきゃ、お前の姿見られただろ。どうする気だ」

 「また暫く隠れとくよ。俺を見つけ出すなんて、どうせできねえよ」


 簡単に言うけど……相手に見つかったって言うのなら面倒なことになるのは確実なのに。でも……こんな未来を俺は知らない。


 「これ、前もそうだった?リーンハルト、このタイミングには来てなかったよな」

 「未来がずれてきてるんだろ」


 お前平然と言ってのけてるけどさあ!!それだと俺たちの行動も予測できなくなってくるだろ!!

 俺の突っ込みも何のその、そいつはペットボトルの水を飲んで、振り返った。その視線の先には小麦色の肌の少女が立っている。


 「……リーンハルト、中々だな」

 「あの人は、とても強い、から……無事でよかった」


 その声が沈んでいたのは俺の聞き間違いじゃないんだろう。少女は震える声であいつに抱き着いて、肩に顔をうずめている。俺たちの参戦はもう少し先になると思ってたのに、話が変わってきてるじゃないか。まあ、俺は何もできないんだけどさ……


 治癒を終えたフォカロルは未だに気を失っている直哉君を見て対応を考えているようだ。


 「んで、こいつどうする。リーンハルトに攻撃食らったってのがバレたなら共闘決裂だろ。まあ、リーンハルトが勝手に暴れたって感じだろうな。バティンはそんな命令してなさそうだが」

 「……記憶操作すればいい。できるだろフォカロル」

 「できるけど、お前そんな簡単に。お前にも影響出るんだぞ」

 「後からまた話して聞かせくれよ。今はまだ動いたところで、どうにもならないだろ」

 「まあ、な」


 フォカロルが立ち上がってあいつの側に近寄っていく。直哉君を助けるために少し怪我をしたんだろう腕を見て眉間にしわを寄せた。


 「俺との契約内容、忘れたわけじゃねえよな」


 その言葉に反応して、あいつがフォカロルの腕を掴み、心臓付近に頭を寄せた。その姿は本当に信頼している相棒のように見える。そしてそれを羨ましいと思っている自分がいるんだ。俺がもっとしっかりしていれば、フォカロルの位置に自分がいられたんじゃないかって。


 「分かってるよフォカロル、俺たちは唯一無二の存在になる。神さえも手が出せない存在に。全てを取り戻すために、俺はここに来たんだ」


 その言葉を聞いて、フォカロルは頷いた。

 直哉君、俺は……ずっと後悔してたよ。中学が一緒なら良かったのかな。中学になってお互いに友達ができて一度疎遠になって、お前が苦しんでいたのを気づかなかった。だから、罰が当たったんだろうか。


 フォカロルが未だに眠っている直哉君の頭に手を置く。


 「全て忘れろ。怖かったことも、痛かったことも……ごめんな直哉、助けてやれなくて」


 フォカロルが記憶操作をしたこと、ストラスなら気づくかもしれない。これは時間つぶしにしかならないのかもしれない。それでも今はこれしか手がない。


 記憶操作が終了し、未だに眠っている直哉君を抱き上げてソファに寝かせる。その後ろでは頭を抱えているもう一人の存在がいる。不思議だね……少し見ない間に、君は君じゃなくなってたんだ。明るく笑っていた君はもう帰ってこないんだろう。


 「フォカロル、状況説明してくれ。なんで直哉がここにいるんだ。しかも俺も怪我してんだけど。戦って気を失ったのか?何も思い出せない」

 「……直哉の所にフルカスとリーンハルトが攻めてきてお前が戦ったんだよ。だから記憶を操作した。お前がそれを望んだから」

 「訳がわからない……まだ、そんな時期じゃないはずなのに」


 苦しんでいるお前を救う術を俺は持たないんだろうな。


 「詳しいことは大輝に聞けよ。俺は目が覚めたら直哉を家に送る。お前も直哉が目を覚ます前に姿を消した方がいい。話はまた後でする」


 フォカロルは卑怯だ。俺だって苦しんでいるあいつに言いたくなんかないのに。どんな気持ちで言ったんだろう。自分で自分の記憶を消してくれって。殺されかけていた自分を助けるって、どれだけ苦しいんだろうか。

 思い出そうとすると頭痛がするのか頭を押さえてあいつは立ち上がった。


 「悪い大輝、状況教えてもらっていいか?俺、何も覚えてなくて」

 「直哉が、過去の直哉君を助けただけだよ。きっと直哉君にとってお前はヒーローだっただろうな」

 「……俺の顔が見られたから記憶消したのか」

 「違うよ。リーンハルトに襲われたから。今はまだ共闘期間だろ?だから穏便に事を運ばせたいって、直哉が……」

 「そっか」


 意識を取り戻しつつある直哉君が身じろぎをするのを察して、俺は直哉の手を引いてバーを出た。アレクもおらず二人なんて久しぶりだ。昔はいつも二人で遊んでいたのに、それが遠い昔のようだ。


 「しばらく、行動控えた方がいいよ。リーンハルトはお前のこと報告するだろうし」

 「まあ、そうだな。でも俺が池上直哉なんて、絶対に誰もわからないよ」


 そうだろうな。バティン達から見た池上直哉は池上拓也の弟で今年から中学一年生の少年だ。とても目の前の青年が池上直哉なんて思わないだろう。直哉の指にはめられているソロモンの指輪。俺たちはその力を使ってこの世界に来た。そうだ、未来を変えるために……直哉の兄ちゃんを救うために。


 「直哉、無理はしないでよ……」


 俺には何の力もない。契約者でも何でもない俺は、何もできない。でも今でも覚えている。泣きながら俺に相談してきた直哉のことを。


 “ラウムの力を使いたくない。怖いよ大輝……!!俺、もう外に出られない!”


 「不思議だよな」


 ポツリとつぶやいた声が聞こえ、後ろを振り返ると直哉が笑っていた。


 「前の俺はさ、中学に入学する少し前にラウムの能力に目覚めてさ、同じ部活の気が合わない奴に知らず知らずに力使っちまってから何もかも怖くなって結局学校にもあれ以来行けなくて不登校になった。でも、今日、過去の俺は普通に学校行ってたんだ。俺にもその記憶が思い出のように蘇ってくる。一つ、未来を変えられた」


 そう言って嬉しそうに泣く直哉に耐えられなくなって、他人の目とか関係なく、直哉を抱きしめた。


 「全部巻き戻そう。今度こそ、最後の審判から全てを救うんだ」


 何のためにここまで来たのか。全てを巻き戻すためだ。


 俺達にも幸せな未来があるってことを証明したいだけなんだ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ