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第86話 ギャング討伐4

 ルーカスside -


 「随分な歓迎を受けているな」


 南アフリカ特有のなまりの入った英語で呑気なことを告げているアニカを睨み付ける。誰のせいでこんな面倒なことをしていると思っている。今だって目の前の男をぶっ飛ばしたのも、こいつが女性であるアニカに性的な暴行を加えようとしたからだ。ナイフまで取り出してヤらせろなんて、あまりにもストレートな脅しに手が出てしまったのだ。


 胸ぐらを掴まれて首がダランと揺れている男は完全に気を失っている。よく考えたらアニカに任せればよかった。向こうだって軍人なんだ。こんなチンピラを捻り上げるのなんて余裕だろうに、なんで俺がこんなボディガードのようなことをしているんだ……


 「お前の国とどっちが治安が悪い」

 「今はこっちだな。まあ大した違いはない」



 86 ギャング討伐4



 胸ぐらを放せば、ドサリと音を立てて男が崩れ落ち、一部始終を見ていた全身に入れ墨をした相棒の男が悲鳴をあげて逃げていく。多分、あの入れ墨は構成員だ。あの程度でよく絡んでこれたもんだ。

 キメジェスなんて蟻を数えだしたじゃねえか。


 「キメジェス、蟻なんか数えるな。さっさと行くぞ」

 「うわあああ!なにすんだよおおおお!!もう数分かんねえよ!!!」


 んなもん分からんだっていい!!!

 俺とキメジェスの漫才のようなやり取りをクールに流したアニカは隣にいるマルコシアスに顔を向ける。


 「ギャングのアジトにかなり近いはずだが、思ったより数が少ないか?」

 「叩けば出てくるさ。ルーカス、手はず通りにやるぞ。正面突破はお前がするで問題ないんだな?俺が行っても構わんぞ」

 「ん?ああ。俺とキメジェスで正面突破する。お前らこそ隠れる場所は見つかったのか?」

 「ええ。丁度いい死角がね。スナイプは任せて。ただ、大丈夫なの?マルコシアス、そっちに渡した方がいいんじゃない?」


 アニカの提案に首をかしげる。そんなことをしたらアニカが危ないだろう。いくら離れた場所から攻撃すると言っても、護衛を一人もつけないのは自殺行為だ。


 「お前の背中がガラ空きになるだろ」

 「別に問題ないわ。一人で戦わなければならない場面なんて、いくらでもある。貴方こそ妙な覚悟なんてしなくてもいいのよ。まだ学生なんだから。殲滅はキメジェスとマルコシアスに任せて後方支援に徹しなさい。二人もそれを望んでいる」


 ……リーンハルトと佐奈、俺はいつも餓鬼扱いだ。

 前の二人はともかく、俺はもう成人男性だ。それに覚悟だって固まっている。いまさら綺麗なところで守ってもらおうなんて思っていない。でも、俺が前線に出ることを皆が嫌がっている。


 「過保護すぎる。俺もイルミナティの一員だ。安全なところに逃げて見てるだけなんてしたくない」

 「だって貴方まだ子供だもの」

 「俺はもう成人してる」

 「でもこの中では一番年下」


 どうやってもアニカは言い返してくる。でも、もう今更だろう。俺もあんたも……


 「一人殺しても百人殺しても一緒だ……数で罪の重さが増えるのは法律の世界だけだよ。今更安全なところなんて、そんな価値が俺にはないだろ」

 「でもバティンは貴方を気に入っている。あまり怪我をさせたくないのよ。後で文句を言われるのなんてごめんよ」


 バティンにとって俺は面白いだろうさ。命知らずで首を突っ込む俺をいつだって興味深そうに観察しているのだから。でも、それが戦わない理由にはならないだろう。


 「このままでいい。それより時間が迫っている。急ごう」


 まだ何か言いたげなアニカをその場に残してキメジェスの腕を引っ張り足を進める。


 拓也たちは大丈夫だろうか。悪魔討伐に関しては正直言って向こうに丸投げだ。ジョシュアがいたことは予想外だったが。そういえば、拓也の幼馴染だと言う少女も来ていた。バティンがちょっかいをかけた子、だっけ。悪魔に好かれた可哀想な子 - あいつと、おんなじ。


 “ルーカス、私怖いの。どうしたらいいの?”


 ふと、頭によぎった彼女の言葉が反芻されて髪の毛を掻きむしる。この仕草をする時は俺の機嫌が悪い時だと理解しているキメジェスは複雑そうな顔をしている。


 そうだ、拓也にはまだ、引き返せる道がある。でも、もう俺は……


 周囲の人間は鉄格子とシャッターで固く閉じられた家から出てこない。サンペドロスーラはホンジュラスで一番治安の悪い場所だ。ただでさえ治安が悪い状態なのに、さらに今は政府もなくなり無法地帯だ。逃げ場のない住民は家に立てこもるしか身を守る術がないのだ。ギャング達はそんな街をまるで自分たちが手に入れたかのように虐殺と強盗を繰り返す。


 本当に胸糞悪い存在だ。お前たちの存在が、世界にどれほどの迷惑を与えているか考えもしないで。


 塀に描かれたアルファベット。他の壁に描かれている落書きとは違う簡素な落書きはここから先がアジトであると言う印。この先はギャングのメンバー以外が足を踏み入れられない場所。


 ここからは別行動だ。


 「アニカ、マルコシアス、後は頼む」

 「援護が必要ならすぐに呼べ。まあ、問題はないと思うがな」

 「俺がついてんだぜ!余裕っしょ!!」


 フードを深くかぶり、顔を隠すためにマスクをつける。いつどこに情報提供者がいるか分かったもんじゃない。ただ、この中にいる人間を誰一人、生かすつもりはない。

 アニカとマルコシアスと別れ、キメジェスと二人になる。


 「ルーカス、行こう」


 緊張しないと言えば嘘になる。泣きわめいたりはしないが、本音を言うと家に帰りたいし、普通の大学生に戻りたいとも思う。でも、その全てを捨ててでもイルミナティに入ると決めた。だから、俺はもう後悔などしてはいけないのだ。


 サバイバルナイフを手に取り、キメジェスと進む。入り口付近には見張りの門番なのか少年達が数人地べたに座り談笑をしている。端から見たら仲のいい少年たちが学校の帰りに寄り道しているような光景だ。でも、こいつらはもう生きては帰れない。


 目の前に立ち止まった俺を見て少年たちは怪訝そうな表情で睨みつけてくる。


 「なんだてめえ。俺らになんか用か?ここはてめえみてえなお綺麗な白人様が来る場所じゃねえんだよ。ぶっ殺すぞ」


 なまったスペイン語で罵倒され、後ろにいる少年たちがゲラゲラ笑っている。後ろにいるキメジェスが今にも飛び掛からんばかりの表情をしているが、それを視線で止める。


 大丈夫だキメジェス。俺はお前の契約者。これは俺の望みで主犯は俺だ。だから、ちゃんと始まりは俺の手で始めるよ。


 笑っていた少年が狂ったような声を上げて目をひん剥いて地面に崩れ落ちた。びくびくと痙攣を起こし、口から泡を吹いている。倒れている少年の頭からナイフを抜き取り、血をぬぐう事もせず隣にいた少年の喉を掻っ切った。


 「てめえ!!何しやがる!!」


 急な展開に目を丸くしていた残りの少年二人が我に返り、それぞれがナイフと銃を持って立ち上がる。でも、そんなもの俺に届くわけないだろう。なんだろうな、この危機感の無さは。俺たちの忠告は、全くこいつたちには響いていなかったってわけだ。


 力の差を思い知れよ。


 「お前、イルミナティの忠告を聞かなかったのか?俺たちはきちんと告げたぞ。お前らを殲滅するって」


 銃を持っていた少年の首が一瞬で落とされ、悪魔の姿に変わったキメジェスがハルバートに首を突き刺し掲げている。その表情はいまいち気分が乗らないと言った様子でハルバートの先端に突き刺した生首を見て、首をかしげている。


 『うーん。雑魚だと打ち取った高揚感的なの?わかないなあ~。ねえルーカス。ジャッシュはきっと腹が減ってる』

 「餌にしてもいいぞ。どうせ死ぬ奴らだ。そのまま転がすよりも有効活用してやれ」

 『ははは!ご主人様の許可が出たよ!食っちまいな!!』


 キメジェスの掛け声とともに空間が歪み出てきた巨大な獣に、最後の少年は命乞いする前に頭からかじられ絶命した。一連の流れが終わるまで二分と満たず、この程度ではアジトの中の人間たちもまだ自分たちが捕食される側だとは思っていないだろう。最後の餓鬼は生かして人質にすればよかった。早まった行動をしてしまった。


 人間の肉を嬉しそうに食べるキメジェスの相棒。ライオンのようなたてがみを持つ勇猛な獣。キメジェスが頭をなでると嬉しそうにすり寄った。


 キメジェスはジャッシュに跨り手を伸ばす。


 『暴れようルーカス。皆殺しだ』


 この手を掴む俺の、どこに守られる価値があると言うんだ。


 ***


 アニカside -


 彼らは、どこまでも純粋で酷く臆病だ。そのくせ、何でも一人でできると思い込んでいる。


 若気の至りって奴なのかしら。貴方のことを心配している人間がいることを知っていて、平気で危険に身を置こうとする。きっと、愛されていると言うことが当たり前すぎて実感がわかないのね。親の心、子知らず。とは良く言ったものだ。佐奈もルーカスもリーンハルトも、きっと恵まれている。なのに自ら危険に身を置こうとする。あの三人の考えを、私が理解できる日は来ないんだろう。


 マルコシアスとスナイプができる場所に到着する。三階建ての廃墟の屋上で、今のところは誰かが来る気配はない。腰を下ろして状況を観察している私の隣に警戒を緩めないマルコシアスが歩いてきた。


 彼はとても不思議な人物だ。悪魔と言うには程遠いような、私たちが想像する存在とは全く異なった性格をしていた。私の国の人間よりもずっと誠実で謙虚な性格なのだ。腕に自信があるのか、その部分だけは妙に自信家になるようだけど、それ以外は嘘をつかず一貫性があり、好感の持てる人物。


 そこら辺の人間よりも遥かに、彼は素晴らしい存在だった。


 私の隣に腰掛けたマルコシアスは目を細め、アジトの入り口を凝視している。マルコシアスは非常に目がいい。私からしたら豆粒のようなサイズの人もきちんと認識できる程度には。


 「ルーカス達、大丈夫かしら」

 「問題ないだろう。キメジェスがいる。過保護なくらい、あいつに付き従っているだろう」


 そうね、キメジェスはルーカスがお気に入り。境遇が似ているとかなんとか言ってたっけ。いざと言うときは自らが盾になって彼を逃がすくらいはするでしょう。


 この組織に入っている契約者はきっと、皆そう。何かしらの大きな不満がある。この世界に大しての……異質なのは佐奈やリーンハルトの二人だけで、ヴァレリーやジョシュア、ルーカスは本人の口から聞いたことはないけれど、悪魔と契約しないとどうしようもないくらい精神的にも追い詰められていたと言うことだけは聞いたことがある。


 でも、それはきっと私も同じ。


 ― マルコシアスがいなければ、私はとっくに死んでいただろう。


 マルコシアスの手を握る。不思議、悪魔なのに指はちゃんと五本あって温かい。私よりも大きな男の手をしている。


 怪訝そうな表情で好きにさせているマルコシアスの手に指を絡め握りしめた。その手を見て、私のいつもの悪い癖だと理解している彼は溜息をついて手を握り返した。


 「……ナーバスになるのは終わってからにしろ。今からが本番だ」

 「そうね。マルコシアス、これは私の夢の第一歩なの。私はあいつらに復讐したい。私から全てを奪ったあいつらに」

 「心配するな。お前はあいつとは違う。俺は最後までお前に付き従う。お前には、それだけの価値があるから。いずれ世界を変える女に仕えられるのなら……俺も本望だ」


 マルコシアスは私と出会う前は別の人間と契約をしていた。それを奪ったのが私。


 マルコシアスも相手に嫌気がさしていたようで、契約を完了させてこちらに来た。本当に守れる存在でなければ、己が使えるべき存在でなければ意味がないと。


 銃を手に持ち、体勢を整える。これで、奴らを全員殺してやる。


 「あいつらを殺しても彼女は戻ってこないし、あいつらは変わりにもならない。それでも、今はイルミナティに従うしかない。でも、私はあいつらを少し羨ましいとも思っているの」


 マルコシアスの眉がピクリと揺れる。だってそうじゃない、結局私にはそこまでの勇気がなかった。彼らは無謀で命知らずだけれど、だからこそ起こせる行動だったのだろう。


 「私も、自分の祖国を滅茶苦茶に壊滅してやりたかったわ」


 ― 貴方と一緒なら、きっとそれができた。


 倫理や体裁なんてくそくらえだ。そんな形のないものを守ったところで、本当に守りたいものはもう戻ってこない。そういう意味では、己の欲だけに忠実で、こんな大それたことをも行えた彼らを心のどこかで羨ましいと思っている。


 マルコシアスはその言葉には返事をせずに、視線を背けた。貴方の本当の願いを聞いたときはビックリした。あれだけ豪胆で勇猛な戦士が過去を懐かしむのだもの。親友と天界に戻りたいと彼は言った。ルシファーの命を受けている彼を支えないといけない、と。


 “あいつは、何でも一人で抱え込む。だから俺が手伝ってやらないと。あいつのことは俺が一番わかっている”


 ねえマルコシアス、貴方はキメジェスとルーカスがとても似ていると言っている。


 でもきっと私と貴方もそっくりよ。一番大切な人が、自分の手から零れ落ちていったあの感覚。自分が一番の理解者だと思っていた傲慢。そして、何もできなかった自分自身への絶望。今でもはっきり覚えているの。どうして、あの時、私は何もできなかったのかって。いつも考えているの。


 貴方も私を自分と重ねたから、私と契約したんでしょう。


 アジトの動きが慌ただしくなっていく。どんどん人が集まっていき、その中心にはライオンのような大きな獣が暴れている。キメジェスが本気を出した証拠だ。


 銃を構えて臨戦態勢の状態で出番を待つ。


 「派手にしすぎね。楽しそう」


 ライフルのスコープで見つけたキメジェスとルーカスは先陣を切るように勇猛果敢に進んでいた。ギャングのアジトは廃墟ビルで、柱だけのボロボロのビルにそれぞれが区切りを設けて部屋を作っていると言う質素なものだった。まあ、末端の構成員なんてそんなもんでしょう。


 ギャングと言うには可愛いけれど、私の国にもそういった場所で生活し、盗みをしている人がごまんといる。私の国では珍しい光景ではない。


 『アニカ、建物の隙間から出てきたぞ』

 「ええ。マルコシアス、私に加護を与えてちょうだい」


 ルーカスとキメジェスが大暴れしていることが伝わったのだろう。ナイフや爆弾を持った男たちが迎え撃つようにぞろぞろと出ていき、アジトの柱に隠れて銃を持った人間達も出てきた。こいつらは、私とマルコシアスの獲物。


 悪魔の姿になったマルコシアスが私の隣に膝を下ろし、肩に手を置く。大丈夫よ、私は貴方の契約者。ソロモンの悪魔の中でも有数の実力者である貴方の主。貴方の価値を落とすようなことはしない。


 『俺の加護は与えている。アニカ、全てを撃ち抜け』

 「外す気がしない」


 彼の言葉はまるで呪詛。彼の言葉一つで私はきっと何でもできるし、どこまでも行ける。


 狙いを定めて放った銃弾が脳天にヒットする。百点のコントロールによる快感に背筋が震えた。すぐさま次の相手に狙いを定めて発砲する。再度ヘッドショットで相手を撃ち抜いた高揚感が駆け巡る。こうやってみんな死ねばいい。野蛮な奴は皆、惨めにくたばるべきだ。私たちに優しくない世界なんて、何の価値もないんだから。


 夢中でライフルを撃っている私に相手も流石にスナイパーがいることに気づいてくる。


 ほら早く見つけろ。私はここにいる。撃たれた角度と音で探しなさい。


 相手が私を探している間に私は次から次へと獲物を仕留めていく。まるでハントのようだ。彼らは人間ではなく動物で私はハンター。この関係では私が捕食者。彼らは私から逃げるしか生き残る道はない。


 『気づかれた』


 マルコシアスの一言で、銃弾がこちらに向かってくることを察する。でも、何も怖くない。隠れる必要もないのだから。


 鈍い音を立てて威力を失った鉛玉が床に転がる。こちらに向かってくる弾数発をマルコシアスが剣で弾き、私には一発も届かない。可哀想に、無駄よ。だって貴方達にはいないでしょう?人間を凌駕する絶対的な存在が。


 「マルコシアス、そのままカバーをして。奴らを全滅させるまでは帰らない」


 マルコシアスは当然だとでも言うように頷く。一人も生かしては帰さない。全員、ここで死ね。


 ルーカスとキメジェスの邪魔にならない様に、障害になるものは全て私が殺す。それが私の今回の仕事。スコープ越しに血をぶちまけて倒れていくギャング達。キメジェスのペットはとても獰猛で次から次へと食い殺していき、キメジェスは勇猛にハルバートを振るっている。


 今、彼らはきっと、この世の終わりを感じているでしょう。なんせ、自分たちが悪魔に殺される未来を想像していなかったのだろうから。イルミナティなんて返り討ちにしてやるなんて生意気なことを思っていたのだろうから。


 でも、蓋を開けてみればこれだ。


 再びこちらに向かってきた銃弾をマルコシアスが剣で弾き、私の撃った弾丸は相手の肩に命中した。


 「……本当に、どこまでも馬鹿な奴ら」


 ***


 ルーカスside


 『ルーカス、もういいよ。後は俺がやる』


 十人程度、殺した。それだけで腕が震え、握力もなくなりかけている。人を切り裂くのは思った以上に力がいる。これ以上は戦えない。


 それを見越したキメジェスが俺を下がらせて、ジャッシュに乗り戦場を駆け抜けていった。銃弾が飛び交う音が聞こえるが、こちらに向かってくる弾は一発もない。アニカがほとんどを仕留めたのだろう。この短時間であの女は三十人以上の人間を撃ち抜いているのだ。


 その場に立ち尽くし、キメジェスの背中を見つめる。


 この間はジェラートを買って嬉しそうにしていたのに、その姿とは全くかけ離れている。一瞬の躊躇も戸惑いも感じない刃は敵の急所を正確に切り付けていく。構成員たちがどんどん出てきて、この場所には百数十人程度がいると聞いていたが、殲滅は時間の問題だろう。散らばっている構成員自体は数千人レベルでいるのだろうが、アジトとバアルを潰しさえすれば組織なんて簡単に瓦解する。後は、お互いが食らいあって共倒れするだけだ。


 『ルーカス』


 声をかけられて振り返ると、マルコシアスがこちらに向かって来ていた。アニカを一人残して移動するなんて。それが顔に出ていたんだろう、マルコシアスは小さく笑った。

 

 『問題ない。あらかたスナイパーは撃ち殺した。柱の裏に待機させている。お前も下がれ。後は俺とキメジェスで殺す』


 身の丈ほどの鋭利な剣を手に持ち、マルコシアスも前線に向かう。


 ギャング達は悪魔二人に逃げ腰になっており、何人かは悲鳴を上げて背中を向けるも、一瞬でジャッシュにかじりつかれ、その場に崩れ落ちていく。これで、こちらの作戦は成功だ。まあ、最初から失敗するなんて思っていない。キメジェスとマルコシアスがいて、相手が普通の人間で、失敗なんてするわけがない。


 問題は拓也の方だろう。あっちの方が問題だ。


 あいつは、どこか俺と似ている。キメジェスもそう思っているから気にかけているんだろう。


 初めて見たときは不思議な奴と思った。指輪の継承者で地獄からの生還者。悪魔と数匹契約し、サブナックやエリゴス、アモンと戦ったと言う話だけを聞いていたら、どんな奴がくるかと思っていたら、実際は自分よりも幼い子供だった。


 東洋人特有の童顔でうまく話すことができないのか所在なさげに視線を動かし、困ったように眉を下げ、パイモンとストラス、セーレの後ろに常に隠れているような奴だった。あと、よく泣いている。


 なぜ、こんな奴が大事に保護されているのか不思議でならなかった。佐奈は随分と気に入っているようだったが、俺は興味がなかった。ただ、バティンがあいつを必要としているし、キメジェスの探していたセーレがあいつの契約悪魔だと言うことを知ったから、キメジェスのためにもそこそこの距離を保つ必要がある程度の認識だった。


 でも、あいつは生粋の優柔不断のお人よし。


 ここまで戦いに駆り出されていながら、他人を憎んだり嫌ったりすることもあるだろうに、自分が手を下したり、相手が傷つくことを嫌う。いまだに倫理観を持っている子供だった。


 優柔不断で泣き虫のくせに、他が傷つくことが嫌で何もできないくせに積極的に前線に上がる。泣きながら戦っているあいつを見て、どこか重ねてしまったのかもしれない。


 ― きっと、周りから見たら俺も、こんな感じに映っているんだろう。


 ここまで人のいい人間ではないけれど。


 イルミナティに入って変わってしまった日常はあまりにも残酷で、自分の中の感覚が少しずつ狂っていくのがわかる。人を殺すことだって平気で行えるようになってきた。だからこそ、他人が傷つくことで涙を流している拓也を見て、心から可哀想だと思った。


 こいつは、まだ狂えていないんだと。倫理観があるから、道徳があるから、他人に同情し涙を流せるのだと。リヒトを救えなくて苦しいと天使に叫んで泣いていた。どうやって救っていいのか分からないと。あいつを見ていると、全てをへし折りたくなる。綺麗事なんて言っている場合ではないと、否定したくなる。


 拓也、他人を救うなんて、きっと俺達にはできないんだよ。だから優先順位をつけて、大切な人たちだけでも守らなければ。


 今はもういない大切な人から言われた言葉が脳裏をよぎり掻き消すように頭を振る。


 センチメンタルに浸っている場合でもないのに。あいつを、救うためにどんなことでもしようって決めた。俺は全部、選択を誤ってしまったから。だから拓也には選択を誤ってほしくないんだ。本当に大切で、愛しいのなら、他人に預けたら駄目だ、全てをかなぐり捨ててでも守らないと。


 敵がアジト内に籠城する。流石に倒せないと理解したんだろう。マルコシアスがアニカから預かってきている爆弾を設置している。数か所崩せば全て崩壊するだろう。


 『お仕事完了かな~ルーカス、離れよ。建物倒壊したら危ないよ~』


 ニコニコ笑っているキメジェスは全身に返り血を浴びている。俺の契約悪魔。俺に寄り添って、守ると誓ってくれた大切な相棒。唸り声をあげてジャッシュが手にすり寄る。キメジェスの態度を見て、俺のことを主と認めているらしい。マルコシアスも離れろと合図を送り、俺はジャッシュに乗り、その場から避難する。


 数分後に爆発音が響き渡り、建物が土煙を巻きあげながら倒壊していく。倒壊後の生き残りはマルコシアスが処理してくれるらしく、俺とキメジェスの仕事は終了だ。


 『まあ余裕だね!俺がいるんだもん!』


 誇らしげなキメジェスの頭を後ろから撫でる。


 「拓也たちは、上手くやってんのかな」

 『さあね。アスモデウスがバアルと相打ちになるといいな』


 ― あの子の目の前で。


 キメジェスの言葉に頷く。


 アスモデウスの存在は全てを狂わせていく。どこまでも業が深く可哀想になる。あいつが存在する限り、サラの願いは消えないだろう。バティンはそれを面白がっているが、悪魔に大切な人が奪われる苦しさは分かっているつもりだ。


 深呼吸して呼吸を整える。大丈夫だ、まだ戦える。


 「一度アニカと合流しよう。後処理もしないといけないしな」

 『了解。大丈夫だよルーカス、きっと上手くいく』


 キメジェスのその言葉が、なぜか涙が出そうなほど嬉しかった。



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