第85話 ギャング討伐3
「この場所ってここから結構歩く感じじゃね?」
ルーカスが送ってくれた地図を確認すると、教会がいくつか集中しているコロニア・モンテレイ地区と言う場所だった。多分このいくつかある教会のどれかがアジトになっているんだろう。
のぞき込んできたセーレに場所を確認して経路を検索すると徒歩一時間三十分と出た。
85 ギャング討伐3
「うげーすげえ歩く。これ電車とか乗ったが近いよな」
「……拓也、携帯一度しまった方がいい。何人かがこっちを見てる」
セーレに言われ顔を上げると、建物の陰に隠れるように路上に座り込んでいる全身刺青の中年男性と目が合った。向こうは視線を逸らすことなくこちらを見続け、居心地が悪くなり逆に俺が視線を動かす。
「あまり目は合わせないように。下手したら殺しに来る。」
「……そんな危険なの?ここ」
「入れ墨はギャングの証拠です。目は合わせないでください。壁に特徴的な落書きがあれば奴らのアジトです。見かけたら避けて通りましょう。まあ治安が最悪なのはサンペドロスーラの方なので、テグシカルパはまだマシなようなので大丈夫とは思いますが、今は政府がなくなり無法地帯です。何が起こっても警察も軍も対処してくれない」
そ、そんなリアル北斗の拳のような世界が現代に存在するのかよ……
パイモンは周囲を警戒しつつ、俺の隣から離れないように歩く速さを合わせ、徒歩で向かうと言っている。でもそんな治安最悪なところを九十分も歩きたくないんだけど。
「電車乗っちゃダメ?あ、お金ないんだっけ……」
「それもありますが、歩いた方が安全だと思います。閉鎖空間にはいたくない」
あ、それもそうか。電車の中で襲われたら逃げ場ないよなこれ。パイモンとセーレがいるんだし、歩いた方が安全か。ギャングとかスリとか強盗とかいくら危ない奴がいてもパイモンには絶対にかなわないんだから。
とりあえず後ろからリュックをひったくられると困るので、リュックを前に持ち、抱きしめるように両腕で抱える。カバンの中のストラスが周囲を見て目を細めた。
『落ち着かないですね』
「うん。ストラス、離れんなよ」
『どうやってこの状況で離れられるんです』
ですよね~
携帯は俺が持っているよりパイモンが持っている方が安全そうだから、パイモンに渡す。俺はストラスで手いっぱいだ。
携帯を受け取ったパイモンはマップを確認して、歩き出す。その後をついて行き、セーレを話しながら街を見て歩く。
「なんか、そんな汚い感じでもなさそうなんだけどな……」
「ここら辺はまだ市街地なんだろうね。裏通りは危なそうだ」
「あー確かに。パイモン、大通り通って行こうぜ。できるだけ」
「了解しました。少々遠回りになりますが仕方がない」
うんうん。事を荒立てる必要はないからね。変な道に入ってギャングのアジトとかに入ってしまっても大変だ。しかし既に結構怖いんだけど、これルーカスとか進藤さんは大丈夫なのか?俺はまだ両脇をパイモンとセーレに囲まれているから、平気だけど二人だけで行動するって滅茶苦茶怖そうなんだけど。
でも、リーンハルトはこんな場所に行きたいと自分から言ってたんだよな……イギリスであったあの子供、そんなにやばそうには見えなかったんだけどな……
目的につくまでの時間、何度も揶揄するように通行人に声を掛けられ、物乞いをされ、しまいにはナイフを突きつけられ、パイモンとセーレがいなければ俺は既に数回は死んでいるような地獄を味わった。
パイモン達もあまりの治安の悪さに辟易しており、今も自分たちにタカろうとしてきたガラの悪い男性をぶっ飛ばして、転がっている男性に追い打ちをかけるように蹴飛ばした。
「(喧嘩を売る相手が悪かったな。もう少し見る目を養ってから出直せ)」
男性は悲鳴をあげて走って逃げていき、呆気に取られている俺をよそにパイモンは立ち止まり携帯の画面を見ている。
「主、この近辺が目的地周辺です。教会が複数建っている。とりあえず一番近いところからあたりましょうか」
「そうだね。てかパイモン達がいなかったらやばいねここ。俺死んでるよ」
「だから面倒なことはルーカスにさせとけばいいのに、首を突っ込むから……」
「ごめんって」
さて、ここからどうしようか。聞き込みをするにしても周辺に話を聞いてくれるような人はいないし、いきなり教会に入って反ギャング勢力のアジトですか?と聞くわけにもいかない。えーこれ詰んでない?シトリー連れてくればよかった。
「(そこ、危ないよ。お兄ちゃんたち、離れた方がいいよ)」
後ろから声がかけられ振り返ると個人商店らしきお店の鉄格子の隙間から女の子と男の子の姉弟が顔をのぞかせていた。近づいて話を聞こうとした俺の肩をパイモンが掴んで止める。
「気を付けて。ホンジュラスは銃の携帯が認められている。不用意に子供に近づくと親が発砲する可能性がある。私が行くので主はここで待っていてください」
「え、そうなの?気を付けてね」
怖すぎだろホンジュラス。でも確かに俺が行ったところでスペイン語話せないわけだし。パイモンは周囲を警戒しながら子供たちの元に近づいた。子供たちはパイモンと何かを話して教会を指さしている。しかしどうにかしてこの中に入れないだろうか。
危ないって言ってるってことは、やっぱりこの教会に武装してる人たちがいると言うことだ。それか廃墟になってギャングの住処にでもなったのか?
しばらくしてパイモンが子供たちに何かを手渡し、こちらに戻ってくる。
「何あげたん?」
「チロルチョコです。ヴォラクのをいくつかかっぱらってきました。聞き込みをするのならば対価があった方がスムーズにいきますからね。子供の場合は特に。本当は現金を持っていきたかったのですが、日本ではホンジュラスの通貨のレンピラに換金できませんでした。首都も銀行は開いてないようですし、仕方ないですね」
レンピラとか聞いた事ねーよ。そりゃ日本では換金できないだろう。
ただ、ある程度有益な情報は手に入れたようで、パイモンは教会を睨むように見つめている。
「いくつかあるこの教会の全てが反ギャング勢力のアジトであることは間違いなさそうです。ただ向こうはかなり警戒をしているので周辺住民でさえも発砲されることを危惧して近づかないと言っていました。政府軍がかなりの数いるみたいです。貴方も知っている通りギャングは政府軍と抗争を繰り広げていました。ギャングがホンジュラスを制圧した際にかなりの数が捕らえられ見せしめで殺されているようです。ここにいるのはその生き残りだと聞きます」
「じゃあどうやって中に入るんだよ。その中にアダムさんいるかもなんだろ」
『……イルミナティであることを伝えるしかないかもしれませんね』
カバンの中のストラスが顔を出して小さな声でつぶやく。イルミナティを名乗るなんて嫌だよ!なんでよりによってあいつらの名前を名乗るんだ!
しかしそれに関してはパイモンも同意見のようで頷いている。
「でもそれって拓也に被害が行くこともあるかもしれないだろ。指輪をしていること、聡い人間がいたら気づかれてしまうかもしれない。ここが反ギャング勢力のアジトであることは分かったんだ。キメジェスたちに連絡を取って、彼らに任せた方がいい」
「バアルについて話を聞きたい。軍人の生き残りがいると言うことはバアルを見た奴もいるかもしれん。マルコシアスたちはバアルの討伐はこちらに丸投げする気だった。セーレ、お前バアルの実力、知っているか?」
「とても強いってことは聞いたことあるけど……俺は戦ったことがないから、なんとも」
「俺もだ。純粋な力比べなら恐らく俺は負ける。アスモデウスがいるとはいえ、契約者の餓鬼も始末しなければならん。奴らを味方に引き込むのはこちらとしても必要だ」
パイモン、まさか内紛起こすとか言わないよな……
不安が顔に出ていたのかストラスが大丈夫だと告げる。
『大丈夫です。私たちが何とかして見せます。私たちを信じてください』
それを言われたら、どうしようもないじゃないか。ずるいよ、そういうこと言うの。
パイモンは再び先ほどの鉄格子から覗いている二人の子供の元に向かい、何かを話し出した。子供たちは頷いて姿を消した後、パイモンに何かを手渡した。
「(はい、これお父さんの。気を付けてね……私たち、また学校に行きたいの……)」
「(助かる。危ないから家から出るなよ)」
パイモンが戻ってきてから俺に渡してきたのは手袋だった。サイズは大きくぶかぶかだけど、これで指輪を隠せと言うことらしい。確かに透視能力でもない限り手袋しとけばバレないか。俺は適当にアジア人とのハーフです的なこと言えばいいかな。
パイモンがセーレ、ストラスと頷きあって教会に向かっていく。ここら辺一帯の教会全てが反ギャング組織の一部らしく、各教会に数十人から数百人の構成員がいるらしい。
しかし教会の手前まで来たパイモンが歩みを止めた。
「……威嚇してますね」
パイモンは顔を上げて、そう呟く。一体誰がいるのかは一緒に見上げてみてもさっぱりわからない。
『銃を持った男がこちらに銃口を向けています。撃ってくる気配はないですが、撃つ用意はしているのでしょう』
銃口向けられてんの!!??
これ、もしかして扉に手をかけた瞬間に撃たれるってやつ?セーレから後ろに隠れろと言われて避難する。まさか強行突破したりしないよな。心臓持たないぞマジで。
しかし教会がわずかに開き、4人の銃を持った男たちが構えた状態で姿を現した。
「(何者だ。何の用があってここに来た)」
「(とある人物を探している。アダム副大統領、匿っていないか?)」
その瞬間、銃声が響き思わず声が出た。口を手でおさえ、セーレの肩に額を擦り付ける。心臓がバクバク言ってる。誰も怪我をしていないから撃たれたわけではないけど、威嚇射撃されたんだ……!向こうは俺たちを殺す気だ!
男たちは空に向けていた銃口をこちらに向ける。次はないとでも言うように狙いを定めるように構える奴らをどう説得する気なんだ。
「(勘違いするな。アダム副大統領を殺害したりはしない。保護するために探している)」
「(……保護?)」
「(悪魔バアルと契約者の子供を殺害し、アダム副大統領を次のホンジュラス大統領にしたい。この国が復活するには彼が絶対に必要だ)」
「(その言葉、信じられると思うか?お前たちがギャングの一員である可能性もあると言うのに)」
「(その通りだ。それを証明するものも存在しない。ただ、一つだけ教えてやる。イルミナティを知っているか)」
パイモンのその言葉に男達が動揺するようにざわついた。イルミナティがバアルを殺すって言ってるの、知ってるのかもしれない。パイモンが一歩前に出ると、慌てて銃口をパイモンに向ける。しかし銃口を向けられてもパイモンは動じず一歩一歩容赦なく足を動かして距離を詰めていく。向こうは怖いだろう。威嚇が全く効かないってのは。
「(それ以上は来るな!撃つぞ!)」
「(撃って見ろ。当てられるものならな。その銃の持ち方、随分とぎこちないな。ライフル銃を持つのは初めてか?)」
「(うるさい!!)」
次の瞬間銃声が再び響き渡り、セーレが小さい声で「うわ」とつぶやく。まさかパイモン撃たれたのか!!?
慌てて顔を出して状況を確認すると、男性の腕を持ち、銃の方向を変えたパイモンの姿があった。パイモンの力はあまりにも強く、男性は腕を動かせないことと、ミシリ……と筋肉が締め付けられる痛みに呻き声をあげた。
残りの三人がパイモンを囲むように銃口を向け、状況をよしとしない判断をしたセーレも飛び出すように体勢を低くする。
「(もう一度言う。その銃の持ち方では動く奴に弾は当たらない。悪いことは言わない。俺が本気で暴れる前に銃口を下げろ。国を取り戻す志半ばにここで死にたいのならかかってこい)」
ギロリという効果音が似合う様な鋭い視線に相手の戦意が消失して銃口が下がる。それを確認してパイモンは扉を開けろと催促した。しかし素性もわからない奴をいきなり入れるわけもなく、男性の一人が中に入っていき、しばらくすると屈強な男性が姿を現した。
服装からして元軍人である事が伺える男性はパイモンの前に仁王立ちして腕を組んだ。
「(入団希望者か?それともギャングの仲間か。身元を確認するものは?)」
「(持っていない。アダム副大統領を探している。ここに居なければ他を当たる)」
男性の目つきが変わり、パイモンは捲し立てるように知っている情報を話せと攻め立てた。
『パイモン、力を使っていますね』
「力って……」
『絶対的な発言力。相手に否と言わせないほどのプレッシャーを与える。あの男性は従わなければ殺されるような恐怖で支配されていると思います』
そうか。パイモンの能力ってそうだったな。じゃあ、対人戦ではパイモンって超有利なのか。シトリーのように穏便に事が済まないのが少々面倒だけど。男性は返事をすることもできず、パイモンがどうなのかと詰め寄った次の瞬間、パイモンの足元から大きな音と細かな小石が飛び散り、隙を見た男性がパイモンを羽交い絞めにしようと手を伸ばした。
しかし勿論そんな不意打ちで負けるはずもなく、のばされた腕を掴みひねり上げ、膝をついた男性の背後に立ち、マウントをとった。
『教会の上部に居たあの男……スナイパーですね。狙うようにパイモンの足元に発砲した。彼は本物の軍人でしょうね』
小石が飛び散ったのは、教会の上部から銃をこっちに構えていた男が足元を撃ったからなのか。セーレが俺の腕を掴んで後退する。まさかこっちに発砲する気か!?
しかし弾がこちらに向かってくることもなく、スナイパーの男は声を張り上げた。
「(ドミニク、そいつら入れてやれ。中々に腕が立つ)」
「(ジョシュア本気か!?ギャングの一味かもしれないんだぞ!)」
「(今は戦力が欲しい。使えそうなやつは使え。今の状況が長引くと一般市民の革命の火は消えていく。奴隷生活に慣れてくるからな。心配するな。少しでも妙なことをしたら撃ち殺してやるよ)」
スナイパーの男と何やら大声で話したあとに男性の戦意が消えた。降参だと言うように空いている左手をヒラヒラ振り頭を下げたことを確認してパイモンが拘束を解く。
男性はパイモンに振り返り、何かを話している。説得に成功したのか!?立ち上がった男性は教会の扉を開けて中に入っていく。パイモンが手招きをするので俺たちもゆっくりと教会に向かうけど、既に腰が抜けかけな俺はセーレに支えられて近寄った。
「パイモン、何話したん……」
「構成員はナーバスな状態だから刺激するなと言われました。しかしあの男、私を撃ち殺すこともできたはずなのに、わざわざ足元を狙って撃ってきた……何が目的なんだ」
銃を持っていた男性はもういなくなっていた。でもどうせ教会のホールに移動しているんだろうし、中に入れば会えるだろう。
扉を開けた先は薄暗い回廊になっており、その奥に銃を構えた男性が扉の前に立っていた。ドミニクと言われた男性は目配せをし、門番二人が道を開け、扉を開ける。
教会の中には十数人の人間がいた。武装している人もいれば、非戦闘員らしきラフな服装の人もいる。教会は思った以上に広く、中央の椅子に先ほどのスナイパーの男性が座っていた。
「(ジョシュア、連れてきたぞ)」
「(ドミニク、怪我はない?)」
「(問題ない。すぐに回復する)」
「(そう)」
ジョシュアと呼ばれた男性は立ち上がり、こちらに近づいてくる。セーレの後ろに隠れ状況を見守っている俺の前でパイモンがジョシュアと向き合った。
「(俺はジョシュア、反ギャング組織の第七部隊の隊長だ。ここにいる人間は同じ志を持つ同士だ。あんたの名前は?)」
「(……アーバインだ。アダム副大統領を探している。無事を確認したくてな。だが、ここにはいないようだな)」
偽名を名乗り、周辺に視線を向けて、警戒を緩めずに目的を告げるパイモンにジョシュアは頷く。
「(そうだね。ここにアダム副大統領はいないよ。彼は本部がある第一部隊で保護されてる。軍隊の駐屯施設だ。ここより整備も揃ってるからな)」
「(イルミナティの予言を聞いているか?)」
その質問にピリッとした緊張感が走る。イルミナティの予言について、この反応は知ってるんだろうな。全員の表情がこわばりヒソヒソと話している。ジョシュアは笑みを崩すことなく頷いた。
「(近いうちに殲滅するってやつ?いいね。ドンパチやってくれるのかな。混乱に乗じて俺たちも交じりたいね)」
細かいことは知らなさそうだ。ジョシュアは再度椅子に腰かけて銃を大事そうに持ちあげる。
「(で、君たち入団希望者?それとも政府の関係者?腕が立つのは既に証明済みだけど)」
えー入団はさすがにちょっと……
政府の関係者ってことにしといた方が安全そうだけど、調べられたら厄介なのかな。
「(ある人物に頼まれてアダム副大統領を探していた)」
「(その人物はホンジュラスの人間か?)」
「(イルミナティの人間だ。雇われた)」
その言葉に教会内がどよめく。おいおい、そんなこと言っちゃっていいんかよ……
その瞬間、携帯が震え画面を見るとルーカスから連絡が入っていた。まだ四時間しか経ってないけど、何の用だろ。画面を開いてメッセージを確認すると、内容はこうだった。
ルーカスと進藤さんは調査を終えて元の場所に戻ってきているらしい。まだ俺の方が終わってなければ手伝いに行くと言うことだった。
セーレに携帯を見せてどうするか聞く。情けないけど、自分一人では決められないから。
「来てもらおう。パイモンもイルミナティの話を持ち出してしまったし、丁度いい」
まあ、そうだね。
ルーカスと進藤さんに教会の場所を連絡すると、来てくれると返事がすぐに帰ってきた。
あとは、パイモンがうまくやってくれるといいんだけど。
セーレがそのことを伝えると、ジョシュアは椅子から立ち上がり背を向ける。え、まさか怒った?
「(じゃあ、その人たち来たら俺の部屋に来させて。俺は銃の手入れしてっから)」
ジョシュアが去っていき取り残されて気まずい。こんな状況で置いて行くってマジか。
周囲の畏怖と奇異の視線を一身に浴び、いたたまれなくてセーレに隠れて萎縮してしまう。注がれる視線に顔を上げることができずに隠れていると服の袖が引っ張られ驚いて変な声が出た。
「(お兄ちゃん、どこの出身なの?そのお洋服綺麗)」
俺の胸くらいの身長の少女が人懐っこい笑みを浮かべて立っていた。その服は土で汚れており、靴もボロボロだ。なんで、こんな幼い女の子が反ギャング組織に入ってるんだ……
「俺は、遠いとこ。ホンジュラス出身じゃないよ。君は、なんでこんな危ないところに?」
「(弟がギャングに入ってるの。私の家、お父さんもお母さんもいないから……弟がお金を稼ぐためにって。私を養ってくれていたの。でも、こんなことになって……弟を連れ戻したくて)」
あまりにも重い背景に返事ができない。俺も、直哉が危ないことをしたら全力で連れ戻しに行くだろう。目の前の少女があまりにも自分と被って何とも言えない息苦しさを感じる。返事ができない俺に少女は笑い、ここはみんなそうだと言ってくる。
「(みんな、大切な人を守りたいの。だから、怖くても戦わなくちゃ)」
ここの人たちのほとんどが銃を使ったことのない人たちだと言う。元は商店の店主、学校の教師、医師、会社員、普通に生活していた人たちだ。この人たちはギャングからの襲撃にあい、誰かしら周りの人が殺され、仕事もできなくなっているのだという。
奪われたものを取り戻したいと告げたこの人たちの意思は強く、俺はあまりにも自分とはかかわりのない環境を目の前にして終ぞ言葉が出ることはなかった。
***
「なーによ。話、ついてる感じじゃない。私たち、別に来なくたってよかったんじゃないの?」
すんなりと教会の中に通せてもらえたことで俺たちが目的を達成していることを察した進藤さんが頬を膨らませて不満をあらわにする。だから可愛くねえってそれ。
あれから数十分後、思っていたよりも早く進藤さんたちは到着した。
今俺たちはジョシュアの部屋に案内されているところだ。ドミニクが扉をノックし、部屋の中から返事が聞こえたことを確認して、俺たちに入れと促し、自分は教会の中心部に戻っていく。
少し立て付けの悪い扉を押すと、キィ……と言う音を立てて扉が動き、ベッドに座って銃を磨いているジョシュアがいた。ジョシュアは入ってとでも言うように手招きをし、パイモンを先頭に入っていくと、あとから入ったルーカスと進藤さんが声を出した。
「(ジョシュアって……おい、なにしてんだよジョシュア)」
「やだー顔見ないと思ったらこんなところに居たの」
知り合い、なのか?
ジョシュアの方はさして驚くことなくクツクツ笑いながら手を休めることなく銃の整備をしている。そんなジョシュアの前にルーカスが立ち、苦い顔で問いかける。
「(で、なんであんたがここにいるんだ)」
「(つれないこと言うなよ。あいつの能力の一つはテレポーテーションだからな。俺はどこにでも一瞬で行ける。バティンのように他の人間にも加護を与えることはできないが)」
「(そういうことを言ってるんじゃなくてさ……あんた、力を使ったのか)」
ジョシュアは口元に弧を描く。それが肯定を意味していると如実に現しており、ルーカスと進藤さんは溜息をついた。知り合いぽいが、感動の再会をしている気配はなく、面倒なことをするなと怒られているような感じがする。
ジョシュアは慣れた手つきで銃を解体し整備している。この人、この組織のリーダーだって言ってた。だから、ホンジュラスの軍人だと思っていた。でも実際は違うのか?
銃の整備をあらかた終えたジョシュアが銃をテーブルに置き、こっちに向かってくる。しかしそれをまるで阻止するかのようになぜかアガレスとキメジェスが俺の前に壁を作り、ジョシュアは足を止めた。
「(おいおい、俺よりそいつが大事なの?ひっどいね……仲間は俺でしょうよ)」
「(ジョシュア、これバティンは許可出してんの?お前の契約悪魔様いないようだけど)」
「(ああ、どっか近くにいんじゃない?いいでしょ。これも実践経験ってことで。なんだよ、怒ってんの?俺がいたから簡単に組織に入れたんじゃねえか)」
ストラスに全部訳してもらい、ルーカスたちが何でこの人と喧嘩をしているかやっと理解した。多分、こいつイルミナティの人間だ。そして契約者。イルミナティの悪魔は大体契約者がわかってる。でも一匹だけ、契約者がわからない悪魔がいた。
パイモン達の鋭い視線も意に介さないように青年は銃を組み立てる作業に戻る。
「(んで、ジョシュア、いつまでここにいるつもり?ガアプはいつ迎えに来る)」
「(ん~この抗争が終わるまで)」
カシャン……
金属がぶつかり合う音が響き、室内に沈黙が漂う。
銃の組み立てを終えたジョシュアが銃を手に持ち違和感がないかを確認している。作業中、まったく動揺する気配も感じられなかった。でもパイモンも言っていた通り、多分、こいつもアニカと同じで元軍人か何かなんだろう。
ルーカスがイラついているキメジェスをいさめる。
「キメジェス、この状態のジョシュアに何言っても無駄だ。好きにさせろ」
「ルーカスがそんなんだから舐められんだよ!こいつぜんっぜん仕事しないくせにこんなところで油売ってさー意味わかんねえよ!」
「でもアダム副大統領が生きていることの確認は取れた。(ジョシュア、お前は副大統領を見たことがあるのか?)」
「(一回だけだがある。彼の側近含めてピンピンしてたよ)」
「(十日後に討伐命令が出てる。それも知っているか)」
「(知ってる。俺たちもその近辺に総攻撃をかける。詳しい出撃内容決まったら教えてくれ。もう話すことない?じゃあもういいね。お前らの安全が知れてよかったよ)」
ジョシュアはこれ以上話すことはないと手をヒラヒラ振った。納得ができないキメジェスが掴みかかるが、顔を上げたジョシュアは先ほどまで陽気にしていた姿からは想像できないほど昏く病んだ表情でキメジェスの手を振り払い銃を布で拭き続けた。
「あーゾーンはいっちゃった。池上君、行こう」
進藤さんに腕を引っ張られ部屋を後にして教会の外に出る。見張りをしていた青年からジョシュアの客人であると認識されたことから、いつでも来ていいと笑顔を向けられ、うまく返事ができなかった。笑った顔は人のいい青年なのに、こんなゲリラ活動している組織に入っている。平和な世界だったなら、きっと、こんなこともしないで済んだはずなのに。
「ジョシュアと言う奴が占拠しているのか?ここは」
パイモンの問いかけにルーカスたちは恐らくと頷く。
「ジョシュアもガアプの能力使えるからな。テレポーテーションと相手の感情を支配する力。それ使ったんだろうな」
「正確に俺の足元を狙って銃を撃ってきた。あいつも軍人か?」
ルーカスは詳しいことは知らないと言い首を横に振る。
「……中東の方の出身だってことは聞いた。それ以上は知らない」
中東って……あんまり治安よくないイメージしかない。ジョシュアって人も恐らく悪魔と契約しなければいけない理由があったんだろう。じゃないと、あんな昏い目はしない。シャネルやトーマスのように全てを憎んで、自分の生い立ちを呪っているような目だった。
あの人はきっと言葉にしたくないほど苦しい思いをしているんだ。
あの教会に居る人は皆、大切なものを奪われた人たちだ。
その後、ルーカスと進藤さんと情報を共有した。ルーカスたちは違う部隊の人間に接触し、それぞれが悪魔の力を使ったこともあるが、ゲリラ活動の予定日を聞き出し、イルミナティの襲撃の日と合わせるように話をしたんだそうだ。もちろんイルミナティがこの日に襲撃しますと言ったわけではなく、遠回しな発言だったようだが。
二人が行った場所にアダム副大統領はいなかったようだが、反ギャング組織の最終目標はアダム副大統領を次期大統領として据えることらしく、ルーカスの希望と同じであることから、もう接触は必要ないと言う判断になったようだ。まあ、無事が確認できたなら、もういいよな。
細かいスケジュールはまた連絡すると告げられ、俺たちはルーカスと進藤さんと別れ一度マンションに戻ることにした。
***
「大丈夫だった?」
マンションに戻った俺たちを心配そうにのぞき込んできたヴアルの頭をポンポンと叩いてリビングに向かう。シトリーは不在だったが、ヴアル、ヴォラク、アスモデウスはマンションにおり、今後の対応をするための話し合いに移る。
パイモンが状況を説明し、今回の同行メンバーをアスモデウスとヴアルで区切ったことに納得のいかないヴォラクは食って掛かる。
「はあ!?なんで俺が外されんだよ!ぜってー行くからな!大体なんで俺がアウトでヴアルがインなんだよ!俺のが戦力でしょ!?」
「澪も今回は同行する。聖地潰しの際はアスモデウスだけで対応したが、さすがに何度も離れさせるわけにもいかないだろう。それに中・遠距離支援が欲しいのも本音だ」
「だからってよお!」
「お前までいなくなればこちらの戦力が全ていなくなる。向こうにはまだフルカスやアガレス、マルバス、ガアプがフリーで控えている。流石に全戦力をホンジュラスに集中させるわけにもいかないし、残存戦力がヴアルだけで有事に対応できるとも思えない」
イルミナティがこの状況で攻めてくるとは思えないけど、何かあったときに対応してくれるのは確かにヴアルよりヴォラクの方が戦力的には安心かも……
ヴォラクはまだ納得していなさそうだったが、ヴアルは唾を飲み込んで緊張した面持ちをしている。そんなヴアルの手を握ると、不安そうに揺れた瞳が俺をとらえた。
「怖い?」
「……少しだけ。澪に、絶対に怪我をさせないようにしないとって思ってるけど、何かあったらどうしようって」
澪に怪我をさせたくないと言うヴアルの頭をなでる。俺だって、澪には安全な場所に居てほしい。やっぱり、ヴアルとアスモデウスを契約させるべきじゃなかったんだ。澪は自分の決断を後悔していないだろうけど、やっぱり俺は間違ったことをしたんじゃないかと思ってしまう。
話を聞いて今まで黙っていたアスモデウスが口を開く。
「イルミナティのいいようにされてない?向こうがバアルを討伐することだってできるはずだ。正直、戦力はこっちよりも豊富だろ。今回マルコシアスとキメジェスじゃないか。ガアプの契約者もいるのなら、ガアプだって参戦可能じゃないの?」
「奴らはギャングを殲滅するらしい。大量に人を殺す方を選ぶのならば向こうが討伐するようだがな。俺はよくわからんが、ルーカスと言う男は随分と主を買っているのか知らんが気を遣ってくる。奴に影響されているキメジェスもこちらには友好的だ。今回の共闘、悪いようにはしないだろう」
パイモンの言う通り、ルーカスとペアっていうのは正直ありがたい。アニカとリーンハルトって言われたらやりづらいから。まだ話が分かるし、こちらにも情報提供をしっかりしてくれるルーカスで良かったって思う。ただ、ジョシュアだけは気になる。契約者がいるってことはガアプも近くにいるんだろうけど、ジョシュアだけをあんな危険な場所に置いて平気なんだろうか。
心臓がバクバクなって深呼吸した俺を励ますように膝に座っているストラスが顔を上げた。
『拓也、やることは変わりません。世界情勢から緊張感が漂うのは間違いないですが、私たちが行うことは一つ、バアルの討伐です。他の人間は関係ありません』
「でも、沢山、人が死ぬかもしれない……」
『それは私たちに関係なく死者は出るでしょう。ホンジュラスは内紛状態なのですから。ですがバアル討伐とアダム副大統領が大統領に就任することがホンジュラス復活の近道であることに変わりはありません。私たちはできることをしましょう。今回も、貴方について行くことはできませんが……』
申し訳なさそうに俯いたストラスの羽を撫でた。今もついてきてほしいと思う気持ちと、また自分のせいで傷つくストラスを見たくない気持ちがせめぎあう。少しは慣れてきたのだろうが、まだ片足での生活に慣れていないストラスはよく転ぶ。この傷は、俺を庇ったせいだ。
ストラスを抱きしめて大きく深呼吸する。
「死なせないよ」
凛とした声が響き顔を上げると、資料を見ているアスモデウスがこちらに視線を向けずに口を開いた。
「君は、絶対に死なせない。バアルは俺が殺す」
一切の迷いのない言葉に返事することもできずに、でも心にのしかかっていた何かが軽くなるような気がした。
***
『拓也、今回は家族には報告するのですか?』
家に帰った俺にストラスは心配そうに問いかける。聖地潰しの時の遺書はまだ机の中に入っているけど、今回はどうだろう。悪魔が出てきているのはハッキリしているんだ。黙って行っても正直ばれそうな気もする。
「でもバレたら行かせてもらえない気がするしなあ」
『まあ、そうでしょうね。話が今回は大きすぎる。ホンジュラスに行くことを簡単に賛成はしないでしょう』
泣いて行かないでくれと母さんに縋られたら、手を振り払うことができるだろうか。逃げたいと言う気持ちが勝ってしまいそうな気もする。だから、できるだけバレない様に、見つからない様に。
ストラスに言わないことを告げて、窓の外を見る。日本はこんなに平和なのに、ホンジュラスは今も誰かが戦っている。終わることのない戦いをしているんだ。
「拓也」
ドアがノックされて入ってきたのは澪だった。澪が来ていたことを知らなかった俺は慌てて立ち上がり、走ってドアの方に向かう。
「澪、話聞いたの?」
寒さだけではないだろう、顔を真っ青にしている澪は手を握りしめることでなんとか手の震えを抑えているようだった。小さくカタカタと震え、今にも崩れ落ちてしまいそうなほどに怯えている。その姿に話を全て聞いていることがわかってしまった。
腕を引いてベッドに座らせると、澪の手が俺の腕をとらえ、肩口に頭が乗せられる。
「……怖いの」
「うん」
俺だって怖いんだ。澪の恐怖は俺以上だろう。危険な目に遭わせないようにと言っておきながら、一番危険な悪魔の討伐には強制的について行かされるんだから。やっぱり、アスモデウスとの契約は破棄したほうがいいのかもしれない。
「澪、アスモデウスとの契約、止めた方がいいよ。あいつとは俺が契約する。そうしたら危険な所には行かなくてよくなるから」
その瞬間、弾かれたように顔を上げた澪が首を横に振る。あまりの拒絶に返事ができない俺を見て、澪の瞳にじわじわと涙がたまっていき、再び肩にのった顔から泣き声が聞こえ、震えている体を抱きしめた。
「ごめんね拓也、ごめんね」
「やっぱり、バティンと何かあった?」
澪は泣くだけで何も教えてくれない。ストラスに視線を向けるも眉を下げて首を横に振る。ストラス達もまだわからないんだ。でも澪はアスモデウスと離れることを嫌がる。契約したことで二人が仲良くなるのは構わない。けど、それだけじゃない何かを感じる。サラの存在を、引きずっているんだろうか。
「澪にとってアスモデウスは何?」
その問いかけに澪の肩が震える。でも答えようとはしない。何かあったことは明白なのに。
よっぽど知られたくないことなのか、何か脅されているのか。
「……今は、言えない。でもちゃんと言うから。嫌いにならないで」
なるわけないだろ。ずっと、澪のことが一番大切だったのに。世界で一番大好きな女の子なのに。
問い詰めたら答えてくれるのかもしれない。でも悲痛な声で聞かないでくれと言う澪を問い詰めることもできず、せめて抱えきれなくなったときに一番に頼ってくれるのは自分でありたいと言う実力も伴わない我儘な願いを抱え、澪を抱き締めてあやすしかできなかった。
後日、ルーカスから連絡がきた。
― 3月28日に襲撃する。詳細は連絡しておくが、当日に最終確認をしよう。
その死刑宣告はその日の深夜に届いていた。
***
再度深呼吸をして周囲を見渡す。場所はホンジュラスの首都であるテグシカルパ。今日、俺たちはバアルを討伐し、ギャングを潰す。周辺には人一人歩いていない。それもそうだろう、ルーカスやジョシュアが口裏合わせをしているお陰で本日、反ギャング組織は全勢力を使ってギャングに総攻撃をかけると宣言しており、巻き込まれることを恐れた一般人は家の中に籠っているか、避難場所を作っており、そちらに逃げているかの二択だそうだ。
普段ならば人でにぎわうであろう首都の大通りも今日は人一人、車一台走っていない。そんな中、東洋人の俺と澪だけが立ちすくんでいる状況はかなりの違和感だ。
「時間ですね」
パイモンが呟いた瞬間、空間が歪み、ルーカスとアニカが姿を現した。後ろにはキメジェスとマルコシアスがいる。
ルーカスは全員いることを確認して、計画の最終確認を行った。
「今から三時間後に、複数のギャング基地に爆弾を仕掛けて爆破する。もちろん本丸の大統領府もだ。向こうも全勢力使って潰しに来ると思うが、お前たちは真っ先に大統領府に向かえ。大統領府は第一部隊が包囲する。表はドンパチが苛烈するだろうが、お前らの存在を感知したらバアルは反ギャング組織を相手にする余裕はないだろう。アレハンドロとあいつは全力でお前たちを殺しに行く。裏口からの侵入はジョシュアに任せてある。時間通りに大統領府に向かえ」
「そこまでの案内は?」
「ドミニクに頼んでいる。あいつは教会に待機しているから、解散したら合流しろ」
話を聞けば聞くほど緊張が走る。未だにどこか現実味のない話を聞いているようだ。まさか自分がこんな形で巻き込まれるとは。
「俺とアニカは同時間にサンペドロスーラのギャングのアジトに突撃する。こっちのスケジュールは知らなくても問題ないだろうが」
「そっちには反ギャング組織は……」
「サンペドロスーラには元々いない。地下活動している奴くらいはいるだろうが、表だって戦える武器や戦力があるのはテグシカルパだけだ。こっちは任せろ。終わり次第、そちらの援護に行く」
「ふん!人間相手だ!十五分で捻りあげてやるよ!」
フンと鼻息を荒くしたキメジェスをみてルーカスは苦笑いだ。ある程度の説明を終えてルーカスはアニカに声をかけている。アニカはライフル銃とマシンガンを持っており、ズボンにはナイフと短銃をベルトで括っている。マジの軍隊スタイルだ。狙撃に自信があるんだろう。
「じゃあ、俺たちはサンペドロスーラに移動する。お前たちは教会に向かえ。あとはドミニクに聞けばわかる」
ルーカスたちは再び姿を消し、俺たちだけが残される。
パイモンが教会に向かって歩いて行き、俺も慌てて後ろをついて行く。所在なさげに視線を動かしている澪の手を握りしめ、後ろには硬い表情をしているヴアルと興味なさそうに辺りを見渡しているアスモデウスがいる。
未だに実感がわかないが、静まり返った街は閑散としていて、商店もデパートも家も全て鉄格子とシャッターで固く閉じられ隙間から覗いている人すら見つけられない。ギャングの構成員ですら街を闊歩している余裕がないのか歩いていない。
これからを考えると恐ろしくて、教会というゴール地点にこのまま着かなければいいのにと思ってしまった。
***
「(来たか)」
教会の前ではドミニクと装甲車が停まっており、数人がバタバタと忙しなく動き回っていた。ドミニク自身も流石軍人だ。銃やナイフ、爆弾などを持ち、臨戦態勢ばっちりと言う感じだ。本当に、始まるんだ。
パイモンが返事をするとこちらを見て眉間にしわを寄せる。
「(後ろの二人は非戦闘員じゃないか?ここで保護しろと言うことか?)」
指さした先には澪とヴアルがおり、ドミニクは二人が前線に行かないものと思っているらしい。それは一般的な考えで、このままこの場所に澪を置いて行けばいいんじゃないのかと言う考えに行きつく。
「パイモン、澪をここで守ってもらえばどうかな」
「……本気で言っています?ここは反ギャング組織。ゲリラ集団ですよ。ギャングとの抗争次第ではこの場所だって襲撃場所ですよ。澪を一人残して最悪な状態になったらどうするんですか」
簡単に言い負かされて言葉に詰まる。確かにそれもそうだけど、でも最前線に連れていく必要なんて……
パイモンはドミニクに準備はできていると告げると、車に乗り込めと言ってきた。
車って、装甲車!?これに乗り込むの!?
パイモンが頷いてさっさと乗り込んでしまい、慌ててその後に続く。車高が高く乗り込むのが少し大変だったけど。あ~~~これが日本でのイベントとかならテンションマックスで乗り込むんだけどなあ!!ここがホンジュラスじゃなかったらなあ!!
装甲車の中は数人が腰かけることができる長椅子が二つ設置されており、パイモンの隣に腰掛けた。次に乗った澪は俺の隣に腰を下ろし服を掴んでくる。その手が震えており、寄り添うように澪の肩に手をまわし二人で身を寄せた。ヴアルとアスモデウスは向かいの長椅子に座り、全員乗り込んだことを確認してドミニクが扉を閉め助手席に乗り込んだ。既に乗っていたドライバーがエンジンをかけ、車は走り出した。
この車って大統領府に行くんだよな。
ガタガタと走る車の中で会話はない。装甲車は運転席と助手席にしか窓がないため、俺たちが座っているところから外の景色は見えない。澪に声をかけると顔色は悪く、未だに緊張から少し震えている。
「大丈夫。皆いるから大丈夫だよ」
「……うん。拓也がいるから。一緒に帰ろうね。絶対に一緒に」
その言葉に頷いて澪の肩を抱く手に力がこもる。そうだ、澪は絶対に守らないといけない。ここで負けるわけにはいかない。
「(ドミニク、俺たちはあまり詳細を聞いていない。大統領府に向かえとしか言われていないが、向かった後はどうすればいい?ジョシュアはいるのか?)」
「(何も聞いてない!?ジョシュアの奴……何考えてんだあいつ。伝言はジョシュアが全部引き受けていたはずなんだが……)」
おいおい、俺たちマジで何も聞いてないぞ。ジョシュア、何も教えてくれてねえだろ。
「(時間になったらギャングのアジトで爆発を起こす。それが合図だ。爆弾の設置はできている。ジョシュアとあんた達は大統領府の裏口から中に侵入しろ。もちろん向こうも戦力を用意しているだろうが、こちらで大部分は引き受けるから後は任せる)」
詳しいことはジョシュアに聞けと言われ、パイモンも頷いた。話していた内容を教えてもらったけど、ルーカスから聞いた話とほぼ変わりなく、要はジョシュアに会わないと駄目だと言うことくらいだ。
「私とアスモデウスを先頭にヴアルを護衛につけます。主は戦うことは考えず、澪を守ることだけ頭に入れていて下さい」
「わかった。でも、何か必要なときはすぐに声をかけて」
「……頼りにしています」
パイモンは小さく笑い、会話は終了した。パイモンとアスモデウスが俺と澪を前線に立たせることなどしないことはわかっている。だから、怖くても自分たちのために戦ってくれる人の前で駄々を捏ねられる状況でもなく、パニックになりかけの頭で随分と及第点をもらえる返事ができたと思う。
それから数十分後、車が停まり扉があけられた。
外には武装した人たちが沢山いて、ここが戦場になるのだと言う現実を突きつけられた。
ドミニクが着いてきてと言って、奥で待機していたジョシュアの元に俺たちを送り、自分も持ち場に向かっていく。
ジョシュアは数枚の紙をパイモンに渡した。のぞき込むと、建物の内部の地図で、おそらく大統領府のマップと言ったところだろう。
「(出撃までそんなに時間はないけど覚えといて。裏口は俺がこじ開ける。一気に突っ込め)」
「(向こうが奇襲してこないのか?計画通りに行くのか?)」
「(籠城戦する気なんだろ。だから俺とあんたたちだけで部隊を組む。まあ心配するな。こう見えて野営戦は得意なんだ)」
その言葉で少なくともジョシュアは契約する前から軍人と同じような環境で育ってきたことがわかる。中に入ったらジョシュアはギャング掃討に戻るらしく、あとは俺達に任せると言っている。
しかし地図の一か所をトントンと叩き、ここに行けと訴えた。
「(ここは大会議室だ。あの最初の会見で大統領共の首が晒された場所だ。周辺の部屋の壁もぶち抜かれてるようだが、かなりの広さだ。ここで待機しときゃ、バアルはすぐさま向かってくるだろう)」
ジョシュアは最終調節なのか銃の手入れに戻り、戦局を見守っている。なんだかとんでもないことになっている。
うるさく鳴る心臓をごまかすように一歩前に出ると、ジョシュアから双眼鏡を渡された。言われるがまま覗き込むと、建物の窓から銃を向けているギャングたちがいる。
恐ろしくてすぐに双眼鏡を外した俺にジョシュアは小さく笑う。
「(もうすぐ門の塀を破壊する。一気になだれ込むから、俺から離れるなよ。全力で走れ)」
反ギャング組織も全勢力を集結させているんだ。ルーカス達のところも、そうなんだろうか。
パイモン達がマップを共有して場所を確認している。三人が頼りだ。とにかくこの塀から先にある庭を抜けなければ建物には入れない。ギャング達も窓から一斉射撃してくるはずだ。
震える足に鞭を打って、深呼吸する。
「主、澪、塀が破壊され次第、一気になだれ込み、銃撃戦が始まります。私たちが向かうのは戦局が動いてからです。ここから建物までは数百メートルはあるでしょう。全力疾走してください。何も考えず、私たちだけを見て走ってきてください。絶対に立ち止まらずに」
未だに震えている澪の手を握り頷く。
とてつもない緊張感が包む。しかしどこからともなく大声が響き、ジョシュア含む組織のメンバーが銃を掲げ声をあげた。それが開戦の狼煙のようで、声だけにビクついてしまう。
「主、澪、耳をふさげ」
パイモンに言われ、慌てて耳をふさいだ瞬間、とんでもない大きな爆発音が聞こえ、土煙が視界を覆った。その爆発音とともに数台の車が壊れかけの塀を体当たりで蹴散らし突進していく。その後は発砲音が響き渡り続々と組織のメンバーたちが参戦していく。
あまりの光景に血の気が引いた。
戦争だ、この人たちは戦争をしている!
この時間がどのくらい経ったのか、一分だったのか十分だったのか、とてつもなく永遠に続くように感じた。しかしパイモンに腕をひかれ現実に戻る。
隣にいるジョシュアが臨戦態勢に入り、こっちに手招きをしていた。
「(行くぞ)」
タイミングを少しでも逃さないとでも言うように、何の迷いもなく走り出したジョシュアをアスモデウスが追いかける。
「ヴアル、お前が行け。俺は最後尾を行く」
「わかった!」
ヴアルが心配そうに澪の腕を撫でて走って追いかける。俺たちもいかないと……
唾を飲み込んで震える手で澪の腕を引いた。しかしその足は一歩進んだところで思わぬ力で引っ張られ前に進まなかった。
振り返ると、今にも泣きそうな澪が首を横に振って立ち尽くしていた。
「どうして、足が、動かない……」
「澪……」
零れ落ちた涙とともに膝をついた澪に駆け寄って一緒にしゃがみ込む。どうしようジョシュアたちはもう行ってしまった。アスモデウスだってヴアルだって!
銃撃音が響くたびに澪の呼吸が荒くなる。それを励ます余裕が俺にはなく、パイモンが合図で先に行けと促している。
「どうして……やらないと駄目だってわかってるのに、ちゃんと理解してここに来たのに、怖くて進めない。悔しい……どうしてぇ……」
泣き崩れた澪の両手を握って何とか泣き止んでくれと励ます。時間がない。このままじゃパイモンもこの場所に縫い付けてしまう。でも怖い怖いと泣いている澪に早く立てなんて言えない。安全な場所に居てほしい。それなのに……
「澪、最後尾には俺がいる。お前たちに怪我は負わせない。俺たちを信用してないか?」
必死で呼吸をする澪の隣にパイモンが膝を下ろし、澪の背中をさする。澪は頭を横に振り、そうではないと返事をしているが、完全に膝が笑っておりすぐに立ち上がることはできないだろう。
「澪、時間がない。時間が経てばバアルが前線に姿を現すだろう。あいつらはイルミナティの悪魔の襲撃を警戒し、ギリギリまで俺たちの対応をするために表には出てこない。だが、時間が経てば俺たちがすぐに襲撃してこないと判断し表に出て大規模攻撃を仕掛けるだろう。そうなればここにいる奴らは全員死ぬ。戦いでは一瞬の判断が命取りだ。俺もヴアルもアスモデウスも、主もいる。澪、俺たちを信じて」
「俺がずっと手を握ってるから。怖かったら目をつぶってていいから。俺が絶対に守るから……澪、行こう」
どんな言葉も銃弾の音と悲鳴、怒声に澪の奮い立たせた勇気は簡単に折られてしまう。それは俺も同じだ。怖くてたまらない。このままここで、安全なこの場所に居られたら ― そんな気持ちで支配されそうだ。
パイモンの表情にも焦りが見える。もう十分近くもこうしている。順調にしていたらジョシュアたちはかなり先に行ってしまっているかもしれない。向こうだっていつまでたっても来ない俺たちに痺れを切らしているかもしれない。
もう、駄目だ。これ以上は、時間をかけられない。
「……俺一人で行く。パイモンはここに澪と残って」
「主?何を言っているんですか?」
「バアルはアスモデウスとヴアルと俺の三人で戦う。距離的には澪がここにいたってエネルギー供給は問題ないだろ。パイモンはここで澪を守って」
「私は貴方を守るために……!」
伸ばされた手を振り切って立ち上がる。銃に当たらないように走るなんて俺にはできない。本来なら前はアスモデウスとヴアル、後ろからの銃弾はパイモンがカバーしてくれる手はずだったんだろう。でももう、一人で行かないといけない。大丈夫だ、裏口の場所は俺だって確認した。銃弾さえ飛んでこなければ、俺だってできる。
「やだ、拓也行かないで!」
澪の制止を振り切って、走り出して俺をパイモンが追いかけようとするが、足元に居る澪を置いて行くわけにもいかず、唇を噛む。人が次から次に入っていく壊れた塀にたどり着き、中に乗り込むと地獄絵図が広がっていた。
既に数人の死体と怪我をした人間が撤退をしており、新しく参戦した人間が銃撃戦に参加している。
「主、止めてください!」
追いかけてきたパイモンの声が聞こえて慌てて足を進める。戻れるもんなら戻りたいよ!!でもチャンスは一度きりなんだ!ルーカス達だって参加してる。失敗は許されない。バアルを倒すチャンスはここしかない!
怖いに決まってる、パイモンが隣にいないのがどんなに心細いかだってわかってる。でも澪をここに一人残すわけにもいかないし、いつまでも俺たちがジョシュアと合流できないのだって許されない。だったら、俺が行かないといけない。
俺が澪と一緒に二人で残るよりかはパイモンがいたほうが澪は遥かに安全だろう。だったら、これしかないじゃないか!!
「なんで、話を聞かない……ッ!!この、馬鹿が!!戻れ!!!」
今まで聞いたことのないパイモンの怒声に心臓が大きく跳ねたが、これ以上俺を追いかけると澪と離れすぎると判断したのか、それ以上、パイモンの声は聞こえなかった。もしかしたら周りの騒音でかき消されているだけなのかもしれない。
なんだか、パイモンらしくない怒声に少しだけ笑ってしまった。こんな状況で笑うことではないことはわかってるけど、俺を本当に心配してくれている声だった。後でものすごく怒られるんだろうな。
周囲は俺と一緒に目的地に向かっている人が他にもいる。至るところに車が停まっており、そこをバリケード代わりにして銃撃戦を繰り広げているようだった。一先ず一番手前のバリケードまで辿り着き、息をついた。
ここまで撃たれなかったのは奇跡だ。
周りの人間が隙間から銃撃しているのを掻い潜り、ジョシュアたちを探す。多分、向こうも隠れる場所は装甲車のはずだ。裏口の場所から右手の方の装甲車をメインで探すと、ここから二つ先の装甲車に三人が隠れているのを見つけた。
一刻も早くその場所まで行きたいけど、明らかに銃撃戦が激しそうなエリアを横切らないといけないし、どうしたもんか。
しかし一つ先の装甲車に待機しているドミニクを見つけ、なんとか気づいてもらえないかと大声を出す。
「ドミニク、ドミニクさーん!!!」
こうなってはなりふり構っていられない。なんとしてもジョシュアの所に行かないと!スペイン語も話せないけど、やるしかない!!
何度も呼びかけると、気づいたドミニクが首をかしげている。が、装甲車に隠れている俺の存在に気づき、ジョシュアの場所を確認して「なぜ?」と言う顔をしていた。どうしたらそっちにいけるんだ!!という顔で見つめ続ければ、言葉なくても最低限は理解したらしく、隙を見て大声で「Camon!」と叫ばれ、その声に反応して一気に駆け出した。
周りの銃声にビビりながらもヘッドスライディングでもするように飛び込んだ俺を受け止めたドミニクは慌ててなぜここにいるのか的なことを聞いてくるが、もちろん話が分かるはずもない。
「あ、I want to go there!」
それだけ告げてジョシュアの方を指させば、ドミニクが他の仲間に何かを伝え、腕を引く。
「(本当はもう少し時間をかけたかったが仕方ない。今からランチャーを一発撃ちこむ。その隙に一気に駆け込め。って、君はスペイン語分からないんだよな)run when I give a signal.」
あ、良くはわからないけど、多分タイミングを見て走れ的なことを言った。
頷けばジョシュアは後ろにいる仲間とロケットでも打つのか大きな筒の中に何かを充填して、着弾場所を決めている。早く行かないと、もう戦いだして三十分近く経つんじゃないのか?バアルが出てきてしまうかも……
ドミニクが耳を塞いで蹲れとジェスチャーをして慌てて言われたとおりにする。ガチャガチャと言う金属音が響いた瞬間、ドン!と言う発砲音にビビって悲鳴が出た。その瞬間、ドミニクが俺の手を耳から引っぺがし声を張り上げた。
「run!!」
条件反射で慌てて立ち上がり、ジョシュアたちの元に向かう。怖くて横も後ろも振り返ったらいけない。足元で倒れている人を見たらいけない。一点だけを目指して、絶対に止まるな!!
しかしものすごい爆音に体が反応し、地面で息絶えている人に躓いて思い切り転ぶ。起き上がった瞬間に視界に入った目を見開いて死んでいる人を捉えた瞬間、緊張の糸が切れて悲鳴を上げていた。
「う、うわああぁぁぁああ!!ああぁぁああああ!!!」
その人の血が俺の服にこびりつき、泥だらけで酷い状態になっている。でも周りはこんな人たちばかりだ。この人だけじゃない、他にも亡くなっている人がいる。でもこの人たちを後方に連れていくことが誰もできない。どうかしてる、こんなの可笑しい。
なんでここまでするんだよ!!意味が分からない!こんなことしてなんになるんだよ!!
立ち上がらなきゃ。力が出ない。腰が抜けてる。なら這ってでも行かなきゃ……ここに居たら殺される!!
力の抜けた体に鞭を打って這って進む。どこも怪我なんてしていないのに、全身が悲鳴を上げている。これが戦争なんだ。そして、最後の審判が起こった場合はこんな最悪な状況が世界各地で起こるんだ。
「拓也!!」
俺の存在に気付いたアスモデウスが駆け寄ってきて、肩を貸す。アスモデウスが来てくれたことの安心感でますます力の入らない俺を普段どこに隠してるんだと思う力で引き上げ、アスモデウスと一緒にジョシュアとヴアルがいる装甲車になんとか辿り着いた。
すでに全身が震え泣き出しそうな俺を慰めるようにヴアルが抱き着いて、他人の体温に涙腺が決壊して涙がこぼれた。
グスグスと鼻を鳴らす俺にアスモデウスとヴアルは慰めながらも状況を確認する。
「まさか一人でここまで来たの?怖かったよね。ごめんね拓也、迎えに戻ればよかった」
「俺も、気か効かなくてごめん。中々来ないなとは思ってたんだけど、パイモンもいるし、大丈夫かなって……」
「澪が動けそうになくて、パイモンに澪を任せてきたんだ。だから、バアルは俺達で倒さなきゃ」
「…………それ、パイモンがOKしたの?」
首を横に振るとヴアルは苦い表情をする。
「本当は私が澪の側にいないといけなかったから、こんなこと言える権利もないし、拓也は何も悪くないけど……戻ったらパイモンに謝ってあげてね。いくら仲間だって言っても、パイモンも私とアスモデウスに拓也を預けるの、本当に嫌だったと思う。なんだかんだ言って、拓也は絶対に自分が守って見せるって思ってるから。歯がゆくて苦しくて、辛いと思う」
「今まで聞いたことない声で怒鳴られたよ。この馬鹿が!!って」
俺の言葉を聞いてヴアルは小さく笑う。
「でもそれを無視してきたんでしょ?拓也、三人でやっつけよう。早く澪とパイモンの所に一緒に戻ろう」
頷いた俺にアスモデウスも小さく笑って肩をポンと叩く。
その光景を黙って見ていたジョシュアは無表情で感情が読めない昏い瞳をしている。
「(……そうやって、助けてくれる存在が隣に居れば、俺だって、あいつだって、きっとまともだったのに)」
「(ジョシュア?)」
「(三人で全員ってことでいいね?じゃあ、突破するよ。上手いこと他の部隊がやってくれてる。今から一気に駆け抜けて奥のモニュメントの像まで行くよ)」
アスモデウスに翻訳してもらい、頷いてジョシュアからの合図を待つ。ヴアルに深呼吸してと言われて合図までの間に深呼吸して少しでも気持ちを落ち着ける。
しかしジョシュアが建物内の様子を双眼鏡で見て小さな声で何かを呟き舌打ちをする。
「(まずいな、バアルが出てくる。向こうが短期決戦決めたみたいだ。情報が届いたんだろうな)」
「(情報?)」
「(サンペドロスーラのアジトをルーカスとアニカが攻撃してる。あっちは反ギャング組織もないし、悪魔の力使ってガチの正面突破してんだろ。こっちの片をつけて向こうに行く気だなこれ。たぶん、テグシカルパに悪魔を派遣してないって読んだくさいな。あいつが表に出てくるのはまずい。急ごう)」
ジョシュアが走り出し、アスモデウスがこちらに視線を向ける。それに大丈夫だと告げれば、ヴアルに後を任せ走り出した。
「行こう、拓也」
しっかりとヴアルの手を握って俺も二人の後を追う。ヴアルとアスモデウスがいるだけで、恐怖が完全になくなることはないが、それでも心が幾分か軽くなる。今度は躓くことも振り返ることもなく、俺たちは像の台座に身を隠すことに成功した。ジョシュアがこっちに気付いたギャングの構成員を見事な腕前で撃ち抜き、こちらに気付く者はいなくなった。
もう大統領府の扉が目視で確認できるようになってきた。あそこに辿り着きさえすれば、バアルの元に行ける。
「(今から扉を爆弾で破壊する。音と外部からの侵入でセンサーが鳴るだろうが気にせず突っ走れ。場所は教えたところに行けよ。お前らはここに居ろ。俺が合図をするまでは動くなよ)」
そう言い残し、ジョシュアは銃を構えながらも小走りで扉の近くに向かう。辺りに敵がいないことも確認し、肩にかけていたショルダーから小さい爆弾を取り出してガムテープで固定していく。爆弾は全部で四つあるようで、すべて装着したことを確認したジョシュアは距離を取り、こちらに顔を隠せと合図する。
次の瞬間、爆発音が響き、土煙がジョシュアを飲み込んだ。物陰から銃を構えているジョシュアの姿は土煙で見えないが、銃を発砲する音が響き、うめき声と悲鳴も聞こえてくる。
ジョシュアが音を聞いて駆けつけてきたギャング達を撃っているんだ。あの土煙の中で、外すことなく。
「すごい腕前だな。プロのスナイパーだ」
暫くして土煙が薄れていった場所には無残にも破壊された扉と入り口で倒れている青年たちがいた。
ジョシュアに手招きされ、側に行けば凄惨な光景を目の当たりにして吐き気がこみ上げる。できるだけ見ない様に視線をそらした俺をしり目にジョシュアはアスモデウスに告げた。
「(俺ができるのはここまで。俺は前線に戻る。バアルは任すよ) ケセラセラ」
ジョシュアは再び銃を持って走っていき、俺たちだけが残された。ここから先はもう誰も助けてくれない。本当に三人だけだ。澪は、大丈夫だろうか。パイモンに任せてるから大丈夫だと思うけど、パイモンが澪に当たってないといいな。あいつ、澪には優しいから大丈夫だろう。
関係ないことを考えて少しでも気を紛らわせないとおかしくなりそうだ。
「行こう」
アスモデウスがそう告げて、ヴアルが頷く。本当はまだ心の準備をする時間が欲しいけど、バアルが出撃する準備をしているとなると、ゆっくりしている余裕はない。一刻も早く向かわなければいけない。
ヴアルに手を引かれ、俺たちは大統領府の中に足を踏み入れた。
中はひどい有様だった。
大統領府と言うくらいだから元の建物は綺麗だったはずなのに、至る所が破壊されており、かけられていた絵やシャンデリアは壊され、壁は落書きだらけ。床に敷かれた絨毯はボロボロだ。
ギャングに見つからない様に隠れて進む。中に入った瞬間にアスモデウスもヴアルの悪魔の姿になっており、バアルも二人の存在は関知しているだろう。
階段を駆け上がり、五階まで辿り着いた先は広いホールだった。元々広いであろう部屋は周辺の壁が破壊され、さらに広くなっている。
多分ここが、大会議室だ。
中には誰もおらず俺たちだけだ。本当にこの場所に来るんだろうか。
カチャンと言う音が響き、振り返った先には一人の少年が立っていた。見覚えのある全身刺青の少年は日本でも報道されたアレハンドロで間違いない。近くで見れば見るほど、思った以上に小さくて細い。でもその姿は武装しており拳銃やライフルを持っている。
「(あーもう来ないんじゃないかって話してたのに、来たのかよ~だりい~)」
溜息をついたアレハンドロにアスモデウスが剣を向けるも、本人は全く動揺する気配がない。
「(え~そんな剣で脅しちゃうの?だっせー!ビビるわけないっしょ~そんなのでビビると思ってんの?)」
『(バアルはどこだ。あいつとお前を始末しに来た)』
「(だって~バアル)」
アレハンドロが名前を呼ぶと暗闇からテレビに出ていた悪魔が姿を現した。でも依然見た姿と違う。バアルは首のない人間に寄生するように憑依し、操っていた。
カエルと猫の舌は腕になっており、憑依元の人間の腕も相まって四本の腕にそれぞれ剣を持っている。四刀流とか漫画の世界じゃん……
「(あはは。それ、サイズぴったりって感じ!)」
『(うむ。中々の使い心地だ。死体は沢山ある。遠慮なく使える)』
「(うんうん。早くこいつら殺しちゃおう。すぐにでも)」
銃を構えたアレハンドロにアスモデウスとヴアルも臨戦態勢だ。なんで、こんなことを、こんな子供が……
その気持ちが前に出てきて上手く言葉にできない。
「(俺の夢は絶対に誰にも邪魔させない。お前らみんなここで死ね)」
きっと、この子が俺と分かり合えることはないんだろう。