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第84話 ギャング討伐2

 携帯をみても常にトップニュースはホンジュラスの事件だ。中米の国にどのくらいの被害が出るか分からないので、周辺国も警戒している、だとか。移民を一時的に許可したほうがいいとか、色々。


 バティンからの連絡はまだ来ないけど、来週中には襲撃すると言っていた。時間の猶予はそんなにない。何をどうすればいいのかも理解できず、途方に暮れる。


 そんなもやもやした気持ちを発散できないまま3日が過ぎたころ、ルーカスから連絡がきた。



 84 ギャング討伐2



 “日程決まったから一度、顔合わせしとくか。セーレ使って来てくれ。場所は追って連絡する”


 苦い顔で携帯を見ている横でストラスがのぞき込む。中身を確認して渋い顔をしているけど、それがなんだか自分と同じ顔になっていて少し笑ってしまった。しかし実際は笑い事ではない。

 ストラスは思った以上に大人しい俺を見て怪訝そうな顔をしている。


 『拓也、パイモンに報告しましょう』

 「んだね。シトリーに連絡しとくよ。伝えてくれんだろ」

 『……行きたくないのなら行かなくていいのですよ』


 その言葉に苦笑する。行きたくない、か。行かなくてもいいのなら喜んで投げ出すだろうけど、そう言う訳にもいかなくなっているのはわかっている。それに、一刻も早く終わりにしたいんだ。ただ、それが正しいのかが、わからない。


 「ストラス、あの日からずっと考えてる。天使たちと戦った日から……俺のしてることって正しいことなのかな。リヒトは泣いてた。きっと、ずっと一人ぼっちで辛い目にあってた。でも、サリエルが俺に言ったんだ。この世界は矛盾だらけだって。リヒトのような子供は世界に沢山いて、今の世界の在り方では救われないだろうって。何が正しいか、本当に分からないんだ」


 足元がぐらついて感覚が鈍くなって、何かが死んでいっているような、腐っていくような気がする。初めて指輪を手に入れたときの漠然とした恐怖や不安ではなく、全てを知ってしまったことによる絶望が襲い掛かってくる。世界をたとえ救えたとして、自分は今まで通りに生きていけるんだろうか。


 ストラスは黙って俯き、羽で頬を撫でる。


 『世界はきっと変わらない。ある意味、最後の審判は人類の救済のようなものです。人類は知恵をつけると争いが起こる。自らの優位を誇示したがる。勝利の陰には敗北がある。何も変わらない』


 その答えを聞いて、やっぱりなと言う気持ちと、じゃあどうすればいいんだという気持ちがせめぎあう。俺はストラスにどんな回答を求めていると言うんだ。相手は悪魔で本来なら相容れることができない存在なのに。


 『しかし貴方のように世界を憂い、可能性をのために進む人間は少なからずいる。拓也、数十億いる人間の意識を変えることは数年数十年ではできはしない。しかし諦めずに戦い続けた者が勝利を掴める。リヒトのような子供を全て救えるような世界は来ないかもしれない。来たとしても数百年後かもしれない。それでも、声を上げ続けなければ救われない。貴方が無力感に苛まれていても、貴方がしたことはきっと未来の誰かを救っている』


 ― だから、自信をもって。貴方は誰よりも優しい子だから。


 ストラスの言葉に胸が苦しくなり、零れ落ちそうな涙を息を飲み込んでこらえた。


 俺は結果を焦りすぎているんだ。そうだ、指輪を手に入れなければリヒトのような子供を知ることすらなかっただろう。無難な幸せを目指して一生を終えていたかもしれない。そんな未来はきっと幸せで、誰もが目指す人生なんだろう。

 

 「未来の、いつか生まれ変わったリヒトが今度こそ幸せになれる世界に」


 俺は誓ったじゃないか。中谷といつか公園で話した。

 シャネルのために戦うって。再び目を開けたときに綺麗な世界が広がっているようにって。

 携帯を握りしめて立ち上がる。そうだ、だから立ち止まったらダメなんだ。


 ***


 「ここで、いいんだよな」


 オランダ、ハーグにあるビネンホフと呼ばれる場所が集合場所だった。俺とストラス、セーレとパイモンで来ており、ストラスはリュックの中から顔だけ出し、あたりを観察している。


 そういえば、カレンさんは元気かな。アンドレアルフスと契約してた女の子って確かオランダだったよな。これ、ルーカスが来るまで観光とかしてもいいだろうか。


 「拓也」


 そう思っていた矢先に名前を呼ばれて振り返るとルーカスと一人の女性が歩いてきた。20代半ばから後半くらいで焦げ茶色の髪の毛とさすが外国人、自分と同じくらいはあるだろう長身の女性だった。


 女性は何か言葉を話しているが、英語でもない発音で全く単語すら聞き取れない。しかしルーカスは全て分かるようで頷きながらこちらに指をさして説明している。多分、俺のことを紹介しているんだろう。


 女性がジロリと睨むように視線を移動し、委縮する。海外の女の人の目力やべえ。


 「(ああ、こいつがパイモンか。マルコシアスが口にしていた)」


 パイモンとマルコシアスと言う単語だけはわかり、パイモンが眉を動かした。女性は近くの店にでも入るつもりなのか人で賑わうストリートを指さしている。観光客の多いエリアなのかもしれない、大勢の人で賑わっているストリートは周辺にお土産屋なども並んでいた。


 「とりあえず、向こうで話でもするか。キメジェスの奴、まだ並んでんのかなあいつ」

 「あ、一緒居るんだ」

 「途中でジェラート食べたいってうるせえから、金渡して買って来いって言ったんだよ。あいつ方向音痴だからマルコシアスについて行ってもらったけど、混んでんのかな」


 悪魔がジェラートを並ぶってワードがなんだか面白くてクスリと笑う。マルコシアスはともかくキメジェスは知れば知るほどヴォラクにそっくりだ。セーレが世話を焼くのもわかる気がする。ルーカスと話しながら移動していると、噂の中心人物が嬉しそうにジェラートのカップを二つ持って走ってきた。


 「(ルーカス見てよこれ!トリプル初挑戦!はい、こっちはルーカスね。チョコレートとピスタチオ!)」

 「(お前買いすぎ。くそカラフルなことになってんじゃねえか)」


 くつくつ笑っているルーカスを後目にキメジェスはセーレを発見したことに目を輝かせて詰め寄った。今にも飛びかからんばかりの勢いにパイモンが庇うように間に入れば輝いていた目は不機嫌そうに細められ、キメジェスは唇を尖らせた。


 「……お前ちょー邪魔。マルコシアスのとこ行けよ。もうすぐ来るから。セーレは元々俺んだよ」

 「興味ない。共闘期間とはいえ不要な馴れ合いは鬱陶しい」

 「てめーに飛びついてねえだろブス!」

 「お前より見目麗しい自負がある」

 「ぐっ……ナルシストだとお!?」


 パイモンってそんな冗談のような切り返しできちゃう系なのか?いや、もしかしたら本心。確かにパイモン美人なのは同意だけど、自分で言っちゃうんだ……


 セーレはパイモンに大丈夫だと告げてキメジェスの前に立つ。そういえば、二人は親友って聞いてたけど、直接的なやり取りを見るのは初めてだ。パイモンは舌打ちをして小さな声で「やりづらい」と呟いた。そっか、気まずいよな。要は絶交した親友と同じ作業しないといけないってことだもんな。うん、すげえ嫌だ。


 「セーレ、鞍替えする気になった?イルミナティに来るなら歓迎だよ。バティンもきっと喜ぶ」

 「……そんな気は多分起こらないかな。キメジェス、君が俺をまだ友として慕ってくれているのは嬉しいよ。でも、俺は君の期待に応えられない」


 拓也が心配だからね。


 その一言でキメジェスが黙り込む。前はそういえば食って掛かられた気がする。けど、今は違う。すごすごとルーカスの隣に行って、その手を握った。


 「……俺も、ルーカスのこと心配だな」

 「お前はすぐに影響される。俺にはお前がいる。お前には俺がいる。それでいいだろ。キメジェス、俺の願い……叶えてくれるんだろ」

 「……うん」


 ルーカスがキメジェスの手を握りしめる。


 そういえば、二人の契約条件って何だったんだろう。ルーカスはエクソシスト協会に会いたい人がいるって言っていた。その人に関係してるんだろうか。きっとそれはあまりにもルーカスの心の柔らかい部分に触れることになりそうで、自分なんかに聞く権利がないようにも感じる。


 そして前方から歩いてくる男性が俺たちの前に立ち止まり、全員が集合した。


 「(お守りご苦労様)」

 「(イルミナティに入ってからこんなことばっかりだ。腕がなまりそうでイライラする)」


 言い終えたマルコシアスはパイモンの存在に気づき、睨みつけた後に視線をそらした。こっちはセーレとキメジェスとは違って仲良くと言うわけにはいかなそうだ。パイモンも自分から話しかける気配はなく、二人は移動中、一言の会話もなかった。


 ルーカスに連れてこられたのは一軒のカフェだった。テラス席と店内に大勢の客がおり、すでに満席状態だった。おいおい、こんな誰が聞いているか分からないところで話していたらネットでさらされるぞ。誰が何聞いてるか分からないんだからな。


 そう言おうとしたが、アニカと言う女性が店員に声をかけると別室に通された。


 「ここの店長、よく知らんけどイルミナティの所属らしい。バティンが席とってくれた」

 「あいつ、なんでもありすぎだろ」

 「悪魔だけど、そこら辺の人間よりも指導力あるよ」


 魔法使えて人間より頭よけりゃ勝ち目ないよなもう。


 通された部屋は会議用の部屋なのか、長いテーブルに椅子が8席置かれていた。そのままメニューを聞かれ、書かれてあるメニューから適当にケーキを選んで注文する。VIP席なのかは知らないが、ケーキもお茶もすぐに持ってこられ、店員が部屋を出て行った俺たちだけが残された。


 「てかルーカスってさ、なんで今回オランダなの?ルクセンブルクだよね出身地」


 あ、ケーキうまい。海外のケーキってまずい説あるから不安だったけど普通にうまい。

 ケーキを食べながらの質問にルーカスがコーヒーを飲んでいたカップをテーブルに置いた。


 「大学がオランダだから。ハーグは大学から丁度いい距離なんだよ。そこそこ近いし知り合いに会うこともあんまりない」

 「ルーカスってどこ大?」

 「……言ってお前に分かんのかよ。デルフト工科大」

 「ごめんわかんねーや」

 「でしょうね」


 話は終わったかと言うようにアニカが目配せをして、今から話し合いスタートだ。まずは向こうがどういう方向でいるかを再確認しなくちゃいけない。本当に全員殺すのか。アニカがマルコシアスに視線を向けると、マルコシアスは資料を数枚テーブルに投げるように置いた。若干散らばった紙を整えてのぞき込むと、何枚かの写真と地図が載っている。


 「(奴らの大部分は首都のテグシカルパには滞在していない。元々のアジトのあるサンペドロスーラに滞在している。ただ、契約者の餓鬼とバアル、数十人のいわば側近がテグシカルパに留まっている状況だ。今回、俺とキメジェスでサンペドロスーラのアジトを襲撃する。お前たちは通常通り悪魔討伐だけに専念するといい)」


 英語で話され全く理解できない俺にストラスが通訳をしてくれる。携帯のマップ機能を使って場所を確認すると滅茶苦茶離れている。これ簡単に合流できなくねえか?実際は別行動ってことなんだろうか。隣に座っているルーカスの腕をつついてマップを確認してもらう。


 別行動することはわかったけど、実際はどういう流れをするんだろう。


 「俺たちがアジトを襲撃して手薄になってるところを狙え。どうせ武器持ってイキってるだけのチンピラだ。本物の悪魔には手も足も出ねえよ」

 「でもルーカスと、その……アニカさんは、大丈夫なのか?アジトを襲撃するって向こうは人数多いだろうし」

 「自分の身さえ守れれば、ほぼキメジェスとマルコシアスに丸投げだ。アニカは元軍人だぞ。銃の使い方や対人格闘も俺やお前より強い」


 確かに滅茶苦茶治安悪そうなアフリカの軍人なら対人格闘とか超強そう。本人もギャングとの抗争になると言うのに動揺の色は見られない。なんで、この人はイルミナティに入ったんだろう。


 「あの、アニカさんはなんで、イルミナティに入ったんですか?その、軍人ってことは国を守る兵士だったはずなのに」


 いきなり話しかけられたことに腕を組んで座っていたアニカは目を丸くして、マルコシアスに通訳を求めている。あ、そうか。バティンが言ってたな。母国語以外は英語しか話せないって。マルコシアスに翻訳された言葉を聞いて納得したようにアニカは振り返った。


 「(どうもしない。元々軍は除隊処分だ。私の過去を詮索する必要はない)」

 「あ、すみません……でも、悪魔を契約するのには理由がありますよね」

 「(もちろん。ただそれを貴方に言っても意味がないと言っている。ビジネスパートナーに余計な詮索はいらないでしょう?)」 


 ハッキリと言い返され言いよどむ。黙って見ていたルーカスも踏み込んでくるなとでも言うように、これ以上の詮索はやめろと言う空気を出している。


 だから、話を戻して深呼吸した。よく考えれば、イルミナティなんて気性も悪いし中身だって犯罪組織みたいなもんだ。真面目に取り合うだけ、きっと無駄だ。


 話が終わったことでマルコシアスが本題に戻る。この悪魔を倒すことだけに集中しろ。


 「(俺は同行していないから知らんが、聖地つぶしに行ったとき同様、人数は必要最低限で留めたい。今は特に周りの目が面倒だ。イルミナティの信者は世界中にいるし、バティンもうまく統率をしているが、それでも世界は俺たちソロモン72柱と指輪の継承者にご執心だ。下手に目立つ必要はない。警戒心のない餓鬼がボディガード引き連れるように悪魔はべらせれば嫌でも噂になる。無駄な人員は連れてくるな。パイモンとアスモデウスだけでいい。他はいるだけ邪魔だ。今回に限ってはヴォラクもいらない。アスモデウスの契約者も含めて、人数はそれだけでいい)」

 「(え、ヴォラクこねーのかよ)」


 その反応は俺ではなくキメジェスからだった。頬杖をついてあまり話に参加していなさそうだったが、マルコシアスの話を聞いて驚いたように顔を上げた。ルーカスが頷けば、不満そうに唇を尖らせる。


 「(あいつと結構、戦闘の相性いいような気がするんだけどなー)」

 「(するだけだろ。したがっとけ)」

 「(マルコシアスは前回の共闘で不参加のくせに偉そうに……)」


 「(ヴアルは連れて行く。今回は先ほどのメンバーにヴアルを加えた五人で参戦する。戦力については申し分ないだろう)」

 「(……俺の足を引っ張るなよ)」


 眼だけで人を殺せるのではないかとでも言うように鋭い眼光でマルコシアスがパイモンを睨み付け、一触即発のような状況にこっちがヒヤヒヤしてしまう。しかし「あ、」と思い出したようにキメジェスが声を出して、視線がそちらに集中する。


 「(わりーわりー忘れてた。おたくらバアルはどうするつもり?ご丁寧に地獄に返しちゃう奴?そちらの美学に反さなければ、できるだけバアルは殺処分でよろしくってバティンが言ってた。つーか殺した瞬間連絡くれたらバティンが見せしめで保存して次の会見で使うって言ってたから、まあ協力してくれるかは好きにして。できれば殺す方向でよろしく)」


 よろしくって……何言ってんだこいつ。


 その気持ちが表情に出ていたのだろう、ルーカスに突かれて表情を戻す。意味が分からないけど、その件に関しては俺は関係ない。パイモンたちに従うだけだ。今回も、ストラスとは一緒に行けないのかな。フクロウなんて周囲の目を引くストラスを今までのように肩に乗せて歩くことができないのはわかってるけど、一緒に来てほしいと思うのは俺のわがままなんだろうか。


 「(作戦の決行は十日後だ。場所の特定や最終調整はバティンがする。連絡はルーカスがとれるだろう。要件は伝えた。俺とアニカは本部に戻る。ルーカス、お前はどうする)」

 「(俺はもう少しこっちに滞在しとくよ。最近リヒテンシュタインに入り浸りすぎてる。そろそろ帰省してるで誤魔化すのも厳しくなってきた)」


 ルーカスの返事を聞いて、マルコシアスとアニカは立ち上がって出口に向かっていく。


 「マルコシアス」


 扉の取っ手に手をかけた瞬間、黙っていたパイモンが声を出し、名前を呼ばれた本人が振り返る。

 嫌な緊張感が漂い、向こうは立ち止まるも「どうした?」など声をかけることもなく静かにパイモンに視線を向けているだけだった。


 パイモンがマルコシアスの方に体を向け視線がぶつかる。マルコシアスの眉が不快そうにピクリと揺れ、面倒そうに溜息をついた。


 「なぜ、イルミナティに協力している。バティンは狡猾だ。お前が心から信用できる相手ではない」

 「……何を言い出すかと思えば。俺はルシファー様の願いを遂行しているだけだ。バティンがどうこうは俺には関係ない。ただイルミナティに協力していた方が単独で動き回るよりも効率がいい。それだけだ」

 「そうか」


 今度こそマルコシアスは部屋を出ていき、アニカもそれに続く。残されたルーカスはキメジェスがケーキを食べ終わったことを確認して席を立ちあがった。流石に俺たちだけでこの場所を使う訳にもいかず、一緒に出るために準備をする。


 「まあ、現地では別行動だ。深く考えなくていい」

 「ルーカス、本当にやるのか。悪魔だけを返したらいいんじゃないか?わざわざ人を殺さなくても……」

 「バアルだけを殺したら本当の意味で無法地帯だぞ。あの混乱をだれが治める。頭張ってるやつも始末しないと何も変わらない」


 ルーカスは携帯の画面を見せてくる。そこには白髪で少し小太りの男性が写っていた。このおっさん誰なんだ。ストラスも画面をのぞきこみ、何かを理解したのか表情を変えた。


 『この男性、まだ生きているのですか』

 「可能性は高い。バティンはここまでしろとは言ってないが、俺とキメジェスは単独で一足先にホンジュラスに乗り込んでこの男を探すつもりだ」


 このおっさんは誰なんだよ。

 俺とルーカスの会話にパイモンたちも加わってくる。しかしパイモン達もこのおっさんを知っているようで、単独で捜索すると言っているルーカスに危険ではないのかと訴えている。


 「ストラス、この人誰」

 『ホンジュラスの副大統領であるアダム・ホセ・セザル・サンチェスです。契約者の子供が会見を行った際に大統領や側近たちの首が晒されました。あの中にこの男性の首は見つからなかった』


 え、なに?名前なんかすごくなかった?アダムまでしかわかんなかったんだけど。

 聞き取れなかった俺とは違い、ルーカスは頷いた。


 「死体が公開されなかったと言うことは生きている可能性がある。元からギャングの内通者だったならば知らんが、中南米諸外国からの政治手腕の評価はかなり高い。ギャングとは無関係の人材のはずだ。俺はこいつを次期大統領に据えたい。だからこのおっさんを探して保護する」

 「バティンは、でもそんなこと言ってないんだよね?」

 「ああ。あいつはホンジュラスの混乱に乗じてイルミナティの能力を見せたいっていうのがあるんだろうな。他の悪魔共への警告だよ。俺たちに無断で勝手なことをするなって。ただ、ギャング掃討はいいが指導者もいなくなった状態での丸投げはホンジュラスが国としての機能を回復するまでに十数年はかかる。だが、指導者がいれば話は変わってくる」


 どうして、ルーカスはここまでできるんだろうか。わからない。ルーカスのことが。


 キメジェスと契約している理由だってわからないんだ。ルーカスを理解できるはずもない。でも悪人ではない。それはわかるんだ。ルーカスのことをもっと知りたいと思うのに、向こうが踏み込まれることを嫌う。このもどかしいような不安定な距離を縮めることができない。


 でも、ルーカスの言っていることが正しいことは理解できる。


 「……俺も、手伝う」

 「無理だやめとけ。ホンジュラスの治安はいま最悪だ。危険なことに首突っ込むな。言われたことだけ遂行しとけ」

 「ルーカスだってそうだろ。単身で乗り込むなんて危険なことしなくていいのにするってことは、多少なりとも罪悪感があるんだろ。だから、罪滅ぼしがしたいんだ」


 黙ってしまったルーカスは図星をつかれたようだ。イルミナティの根幹に関わっているのに、悪魔が人間に干渉するのを嫌う。ルーカスのしていることはあべこべでハッキリしない。けど、それでもブレずに立っていることがすごいと思う。


 「俺も、この状況がいいとは思わないんだ。だから、自分にできることはしたいんだ。その人がいれば、ホンジュラスはやりなおせるんだよな」

 「……確定じゃない。でも指導者がいないと、いつまでも事態は収束しない。幸い副大統領の側近数名も死体が公開されていない。この派閥は逃げ切った可能性がある。それに諸外国はホンジュラスの国民の移動に警戒している。亡命はできていないはずだ」

 「助けに行こう、その人」


 パイモンが後ろでため息をついたのが聞こえる。そんな面倒なことはルーカスに任せておけとでも言いたげだ。でも、ここまで関わって危険なことだけを全てルーカスに任せるなんてことはできない。


 「な~んか楽しそうなこと聞いちゃった」


 ふいに声が聞こえ振り返った先には進藤さんとアガレスがいた。なんでここに!?まさか、今までの会話を聞かれていたのか!?


 ルーカスが面倒な奴に見つかったと呟く。進藤さんは楽しそうに笑っており、ゆっくりと近づいてきた。


 「それ、私も手伝ってあげる。楽しそうじゃん探すの。もう今から行っちゃお。善は急げってやつ」


 俺の腕に自分の腕を絡めて、ホンジュラスに行こうと楽しそうに言う進藤さんは状況を理解できていない気がする。そんな簡単に言えるような場所じゃないはずなのに。


 その腕を引きはがし、少し強めの口調でいさめると肩をすくめてぶりっ子する様に舌を出した。ぜんっぜん可愛くねえからそれ!!


 「ほら~私とルーカスって元々ペアだし~ってなると、ルーカスのお手伝いしてあげなくちゃね~」

 「佐奈、お前どういうつもりだ」


 キメジェスの低い声でピリッとした緊張が走る。進藤さんはにこにこと笑ったままで黙っていたアガレスが庇うように前に出た。


 『バティンからの差し金と言うわけではないよ。佐奈が純粋に興味があるようでね。それに君たちもアダムを見つけられたとして、どこに匿うつもりなんだい?余剰戦力はないはずだよ。継承者の仲間にでも頼むのかい?それならば君から見ても私と佐奈の方が信用できるだろう』


 アガレスの意見を最もだと判断したのかルーカスは仕方がないとでも言うように、やれやれと首を横に振った。そうと決まればできるだけ早く行動しないといけない。向こうも命からがら逃げたのだろうし、ギャングの方だって反乱分子の可能性のある副大統領は殺害対象だろう。


 もし生きているのだとしたら、俺たちが先に見つけないといけない。


 決まりだと言うように進藤さんは時刻を確認している。


 「今の時間だと~オランダで今16時だから……あ、ちょうどいいじゃん朝の8時だって。行けちゃうんじゃない?」

 「今から行くのか!?」


 おいおい待てよ。今から行くのはさすがに聞いていない。でも善は急げっていうし……


 「おい、俺のサバイバルナイフないぞ。取りに帰らせろよ」

 「えー包丁でも使えば?」

 「はあ?アホか。せめて護身用に小型のナイフ持たせろよ」

 「えー面倒くさいなあ。じゃあ、明日にしようか!明日の日本時間の朝6時に出発ね!時差が-15時間だって。場所は~テグシカルパのカテドラルの前にしようか。じゃあ池上君、かーえろ!」


 一方的に話をまとめて進藤さんが俺の腕をぐいぐい引っ張りカフェを後にする。どうすんだよこの流れ。こいつほんっとーに余計なことしかしないな。ルーカスには後で連絡を入れておかないと。


 「主、本当に明日向かうつもりですか?」

 「流石に考えなしだよ。相手の戦力もわからないし、危ないよ」


 パイモンとセーレが俺を止めるけど、もう後戻りはできない。悪魔だけを地獄に戻したって意味はない。滅茶苦茶にされたホンジュラスは戻らないんだ。だから、俺にできることをしないといけない。


 「行くよ。悪魔を倒すだけが全てじゃないから」


 不満そうなパイモンとは対照的にカバンの中のストラスはどこか満足そうだった。


 ***


 首都であるテグシカルパは酷いありさまだった。店は全て閉まっており、いたるところに破壊された跡がある。暴動が各地で起こっている証拠だ。カテドラルの前は中央広場と言う普段は比較的人で賑わう場所のはずなのに、人はほとんど歩いておらず、数人の人間が小走りで通り過ぎていくだけだった。


 「店、全部閉まってない?開店時間っていつからなんだ?」

 「暴動を恐れて開けていないようですね」


 パイモンが時刻を確認して約束の時間であることを告げる。まだ進藤さんもルーカスも来てないけど、そろそろだよな。


 「(君たち、観光?こんな時期にわざわざ?)」


 声をかけられて振り返ると還暦を過ぎたくらいの男性が立っていた。こんな時期に観光なんて命知らずのすることだ。どう返事をしていいか分からない俺にパイモンはジャーナリストだと適当に嘘をついた。


 「(ジャーナリスト……今はもうここはどこもかしこも危ないよ。各地で暴動が起こって物流もストップしている。食料も出回らない。悪いことは言わない。早くこの国から出なさい)」

 「(貴方は危険ではないのですか?)」

 「(……息子と孫が殺されてね。なんだか、どうでも良くなってしまったんだよ。家にこもっているのが辛いんだ)」

 

 暴動で家族を殺されたと男性はハッキリ告げた。それに返事ができずにパイモンも「そうですか」と告げると、男性は力なく笑い早く逃げろともう一度警告して去っていった。本当に最悪な状況であることは間違いないみたいだ。


 確かに現地の人間以外は外国人らしき人はいなさそうだけど、みんな避難したのかな。ネットで調べたら元々観光資源は首都とかではなくリゾート開発されている別の場所とか書かれていたし……


 「いっけがっみくーん」


 あまりにも場違いな明るい声にげんなりする。


 進藤さんとルーカス、アガレストキメジェスがこっちに向かっていた。進藤さんのこのノリは何とかならないのか。四人は手ぶらで盗難防止でチェーンをスマホにつけてポケットに入れているだけだった。


 ルーカスは俺の格好をジロジロ見てため息をつく。


 「鞄とか持つなよ。すられるぞ」

 「え、いや、この中にストラスいるし」


 チャックが開いている場所からひょっこりと顔を出したストラスにキメジェスは噴き出し笑い出した。大声でげらげら笑うもんだから周囲の視線が突き刺さって少し怖い。しかし次の瞬間、全身に入れ墨を入れているガラの悪そうな青年が4人こちらに来て、取り囲んできた。


 「え、なに?え?」

 「拓也、下がってろ」


 言われたとおりにセーレの後ろに進藤さんを引っ張って避難して状況を見守る。青年たちは聞きなれない言語で何かを訴えており、ルーカスはその要求みたいなものに首を横に振って拒否をしていた。その瞬間、ナイフを出してきた青年に小さな悲鳴が漏れた。


 しかしルーカスの動きは速く、青年の顔面を殴り飛ばし、いきなりの攻撃に残りの青年たちが驚いた瞬間にパイモンとキメジェスもそれぞれを殴り飛ばし、あっという間にこの場を制圧してしまった。


 る、ルーカス凄い……度胸ありすぎだろ。


 ルーカスはナイフを持っている青年の手を思いきり踏みつけて胸ぐらをつかむ。


 「(お前、例のギャングの構成員か?ちょうどいい。お前に聞きたいことがある)」

 「(お、俺は何も知らない!末端なんだよ!だから見逃してくれ!)」


 ルーカスの目がみるみると冷えていき、思い切り青年の手を踏みつけた。体重をかけたそれに青年が悲鳴を上げて片方の腕で手を押さえている。まさか、骨を折った……?


 「(嘘はいけないな。テグシカルパにはギャングの中心人物しかいないと聞いているが?残りはサンペドロスーラにいるはずだ。次にまた嘘をついたら……)」


 ルーカスが再び足を上げると、青年は痛みで真っ青になった顔で何度も謝るように頭を下げ足を下ろしてくれと訴えている。完全に流れの主導権を握ったルーカスが青年を蹴倒し、首に足を置く。


 「(次に俺を騙すようなことを言ったら首の骨を折る。お前が本当に末端構成員なら死んだところで組織に影響はないもんなあ)」

 「(や、やめてくれ!俺にわかることなら何でも言うから!殺さないでくれ!!)」


 国自体が崩壊しているホンジュラスでこんな一方的な暴行が行われても警官が駆けつけてくることもなく、数少ない通行人ですら目をそらして逃げるように去っていく。中にはギャングを痛めつけている光景に口元に弧を描いて去っていく人すらいた。


 「(とある人物を探している。アダムと言うこの国の副大統領だ。お前たちは奴をもう始末したか?)」

 「(い、いや、俺たちも探しているんだ!国道は全て道を封鎖してある。奴はテグシカルパから逃げれていないはずだ!)」

 「(まだ、お前たちも見つけていないと?)」

 「(あ、ああ!あいつ、国を取り戻すなんて言って、ゲリラ行為をするだのなんだの噂が出てて、俺たちも一刻も早くあいつを始末したいんだよ!)」


 カバンの中にいるストラスに翻訳してもらい状況を理解する。


 「あの人たち、何語話してんの?」

 『スペイン語ですね。しかしキメジェスの言語能力は本物ですね。ルーカスはなん十か国語も理解できるようですね』


 ルーカス、イルミナティ抜けて商社に入るか通訳にでもなれば大活躍できそうなのに……英語とスペイン語と日本語話せるだけでもすごいのに、多分ドイツ語とかフランス語とかも話せるだろあれ。


 これ以上有益な情報はないと判断したのか、ルーカスはキメジェスを呼び、男たちを一列に並べた。


 『記憶管理、するようですね』

 「え、じゃああいつらにキメジェスの能力が適用されるってこと?」

 「いーやーそう言う訳じゃなさそう。多分、私たちが攻め込むまでの間だけと思うわ~今はルーカスが単独で動いてるから、ホンジュラスで広がるのが嫌なんじゃないかしら~」


 男たちは催眠をかけられたように虚ろな目でルーカスを見つめていたと思ったら、そのまま全員倒れこんだ。まさか死んだのかと思ったが、気持ちよさそうに眠っているだけだった。

 ルーカスは首を横に振り、こっちに戻ってくる。


 「まだ捕まってないことは確実だが、場所まではわからん。テグジカルパにいることは間違いなさそうだが」

 「随分範囲広いね」

 「そうだな。とりあえず、拓也、お前ここに行ってくれないか?」


 ルーカスから添付されてきたメールを開くと地図が載っていた。この場所が何だっていうんだ。横からのぞき込んだ進藤さんが苦い顔をしているから、よくない事なんだろうとは思う。


 「げえ~これ、バティンのパソコンからデータとったの~!?やばいってー怒られちゃうかもよ」

 「既に向こうは気づいてるだろ。気づいていて俺を泳がせている。俺のことを信用できないから今回のパートナーがお前じゃなくてアニカとマルコシアスなんだろ」

 「あー……うーん、まあ、ルーカスは、そうね~バティンのお気に入りではあるけど、信用されてるかって言われると、また別って感じ~」

 「そう言うことだ。拓也、この場所は推測だが反ギャング組織と言われている組織のアジトだと思われているところだ。構成員も一般人から医師、軍人と揃ってる。おそらくこの組織がアダム副大統領を保護しているんじゃねえかと思ってる。分散型組織だからギャングの方も尻尾を掴めてないんだろう。俺と佐奈は別のアジトを探る。お前はそこを探ってくれ」

 「あ、うん。わかった」

 「集合はこの場所にしよう。今から五時間後を目安に。連絡はいつでもしてくれて構わない」


 ルーカスは進藤さんにも同じようなデータを送っている。どうやら進藤さんとも別行動をとるようだ。でも、よく考えたら人探しになるならシトリーを連れてくればよかった。組織に簡単に潜入できるのかな。ルーカスはともかく、俺とか進藤さんとかアジア人は顔立ち全く違うわけだし。


 「どうしよう。上手く行くかな。変なことにならないといいけど」

 『とりあえずやるだけやるしかないですね。パイモンもセーレもいます。無理な場合はすぐに引き返しましょう』


 ルーカスたちは既に離れて行ってしまい、俺たちだけが残される。とりあえずマップに乗っている場所に向かうしかない。

 パイモンとセーレに場所を見せて、俺たちは静まり返る街から一歩踏み出した。



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