第81話 話せない神様3
「ふぅ~!春休み、到来!!つっても補講あるし一週間くらいしか休みねえよな~」
修了式が終わり、上野が大きく背伸びをしている。今日で高校二年生の生活も終了だ。春休みが終わったら高校三年生になる。既に受験モードになっている生徒もいれば、俺や上野のようにまだのんびりしている奴もいて教室内は様々だ。このクラスともお別れか。結構寂しいな……仲が良くなった面子とも三年からクラスがわかれるんだろうな。
第81話 話せない神様3
「マジ拓也と同じクラスじゃないと俺マジで無理だから。マジ一緒のクラスなろうな」
「俺に言われても……同じクラスがいいのは俺もだけどさ」
俺の学校では二年から理系と文系で分かれ、さらに三年から国立文系、私立文系、国立理系、私立理系の四つに分かれる。俺と光太郎は国立理系に進むことにしており、上野も確か同じだったはずだ。でも上野と仲がいい桜井は私立理系を希望しており、この二人はクラスが分かれることは確定している。慣れたら人懐こいけど、どちらかと言うと人見知りの上野は既に三年時のクラス替えに怯えていた。
「大丈夫だろ。誰か一人は仲いい奴と同じになるよ。俺だってお前ら全員とクラス引き離されたら本当無理だから」
「えーそうかなあ。立川とジャストと広瀬とか、誰かいるかなあ」
「オガちゃんと桜井と藤森は私立理系だもんな」
中谷もこの場にいたら多分私立理系を希望してるだろうな。
上野は肘をつきながら複雑そうだ。
「三年とかなりたくねえし。二年のままが良かったな~……」
「隆ちゃん寂しがりやでちゅか。俺がおらんと本当にお前駄目駄目だなあ」
どこからともなく桜井が現れて上野の頭をガシガシ撫でまわしている。なんか上野って姉ちゃんいるからか末っ子気質だよな。可愛がりたくなるの分かるわ。
俺も一緒に上野を撫でまわせば、勢い良く手を払いのけられ、桜井はさらに蹴りを入れられていた。
「雄一やっぱ国立来てよー寂しいよ俺ー」
「無理無理。俺私立の指定校狙ってっから。お前は国立理系クラスで優秀な成績を収めて俺にいい指定校を回してくれな」
「死ねよお前マジでー!!」
「おい殴んなって!遊び行ってやるからよーそっちのクラスにさあ」
「絶対来てよ。週一は昼一緒食べような」
「……俺前から思ってたけど、お前姉ちゃんと仲いいからか、ちょっと女子くせえとこあるよな」
それ俺も若干思った。からかわれた上野はぶすくれてそっぽを向いてしまい、会話は俺と桜井だけになる。
話しながら光太郎の方を見ると席の近い藤森や立川と話しており、お互いまだ会話は終わる気配がない。
修了式と言っても結局補講があるから春休み自体はそんなに長くはない。でも今日から補講が始まるまで三日間は休みがある。その間にパルバティを見つけないとな。三日間はマンションに泊まり込みする覚悟だ。それは母さんにも伝えてるし了承済だけど。
「拓也、帰ろうぜ」
光太郎が席に迎えに来てくれて、俺も鞄を肩にかける。
未だにブスくれている上野の頭を指でつついて、桜井に手を振った。
「池上、広瀬、グループにメッセージ送るから春休み中に一回集まんべ」
「おー泊まり込みで遊ぶか」
「おお、いいなそれ!じゃあな!」
他のクラスメイトにも挨拶をして二人で教室を出ようとしたとき、同じタイミングで帰ろうとしていた進藤さんと目が合った。進藤さんは問題なく学校に来れている。あの時の怪我はもう完全に癒えているようだ。
相変わらず契約石を身に着け、アガレスを連れているんだろう。
「池上君、広瀬君またね。春休み楽しんで」
「……そっちもな。進藤さん、一つだけいい?」
進藤さんの友達に進藤さんを借りることを告げて生徒でにぎわう教室の中でもできるだけ隅っこに移動する。進藤さんも大勢の前で話せない内容なのは理解しているようで面倒そうに髪の毛を掻きあげた。
「どうしたの?私多分、池上君が欲しい答え、何も持ってないと思うよ」
「いや、その……ルーカスと連絡を取りたいっていうか。ルーカスの連絡先知りたいんだけど……駄目?」
進藤さんは目を丸くした後に口元を手で押さえて笑いだす。なんでそんな笑うんだよ!可笑しいこと言ってないだろ!
光太郎はなんでイルミナティの人間と連絡を取り合うんだ、とでも言うように顔をしかめている。
でもルーカスはいい奴なんだ。あいつは俺のことを気にかけてくれてるってキメジェスが言ってた。だから、俺もルーカスのことは信用しようと思う。進藤さんよりはるかに頼りになりそうだし、うさんくさくない。
「ルーカスと超仲良くなってんじゃん。まあいい奴だもんね~ルーカス……大学でも人気者だし、スクールカーストの頂点にいるタイプよね」
え?大学??
「あれ?池上君って知らないの?まさかタメと思った?違うし~!あいつ成人してるから~!」
年上!!??
あ、いや、タメとは思ってないけど、あ、そうなんだ。でも確かに年上とは思ってた。年齢考えたことなかった。じゃあ向こうは俺なんかと連絡とっても面白くないだろうな。ルーカスってたしかルクセンブルク出身って言ってたな。そこの大学に通ってんだ。
「まあ、休学中だけどね……ルーカスに何があったかは知らないけどさあ。なんか色々あったらしいわよ。いいよ、連絡先教えてあげる。私から池上君の連絡先をルーカスに伝えとくわ。連絡来なかったら拒否されたってことで」
……連絡来なかったらすごく悲しいんですけど。
信用できるかは別として、一応進藤さんはルーカスに連絡を取ってくれるらしい。あっさりと肯定の返事をもらえて意外だったけど、まあ問題ない。さてと、マンションに行くとするか。
そう思って進藤さんに別れを告げようとしたとき、逃がさないとでも言うように服を掴まれた。
「私からも池上君に聞きたいことあるのよね。リーンハルトに会ったんでしょ」
心臓が嫌な音をたてる。やっぱりあの時、リーンハルトは気づいていたんだ。俺達がイルミナティと協力している奴らだってこと。進藤さんの耳に入っているのなら、バティンの耳にも入ってる。
「マティアスがカンカンに怒ってたよ。リーンハルトに手を出しに来たのかって。バティンが諫めてるから大事にはなってないけどね~だから忠告。リーンハルトには関わらない方がいいわよ。私たちを敵に回すって意味でもそうだけど、あの子、私から見てもサイコパスだから」
「リーンハルトが……?」
「成績優秀、容姿端麗、誰からも好かれる学校の人気者。分かりやすい優等生ね。でも腹の中は殺戮衝動と悪魔の権力を行使したい欲求が渦巻いてる。自分が特別な人間だって理解してるのよ。悪魔を使役できる人間だって。いるのよね~悪魔の力手に入れたら、その力を誇示して使いたい奴。リーンハルトはね、そのタイプ。あいつ、多分バティンから行動起こせって言われたら嬉々として容赦なくやるわよ。気を付けて」
進藤さんは言いたいことを言い終えて、友人の元に戻っていく。あいつ本当に不穏になることしか言わないな。怪訝そうな光太郎の腕を引いて教室を出る。細かい話はマンションですればいいだろう。まずはフェネクスだ。リーンハルトはどちらにせよ今すぐにどうこうできるわけじゃない。向こうだって一応バティンがストッパーをしてくれているのなら、こっちに危害は出さないはずだ。
そう思っていたんだけど……
***
「いやあ感心だね。マンションに直帰するなんて。君たち遊んで帰らないの?若い時間ていうのは一瞬だ。こういう時間を楽しむのは大切なことだと思うけどね」
なんでバティンがマンションにいるんだ。優雅にカップで紅茶を飲んでおり、その隣にいるパイモンは鬼のような形相で睨んでいる。一体これはどういう状況なんだ。距離をとっているヴアルに声をかけるといきなり現れたようで俺と光太郎がマンションに来るまでは用件は伝えないとしか言わないんだそうだ。
「いくら俺達が共闘期間と言えど、お互いのテリトリーに入るほどの仲になった覚えはない。要件次第では斬り殺すぞ」
「僕と君の仲だろ。情報は共有しておいた方がいいじゃないか。悪魔を探しているんだって?リーンハルトから連絡来たよ。世界中飛び回っているようじゃないか拓也君、光太郎君」
やっぱりリーンハルトから情報を受けてるのか。フェネクスがイルミナティに協力している悪魔なのか。わざわざこいつが足を運ばせに来たってことは俺達を止めに来たのか?
「ああ勘違いしないでくれ。フェネクスは僕たちの管理下じゃないんでね。君たちの好きにするといいよ。僕が来たのはね、一応君たちにも報告したほうがいいかなと思ってね。大聖堂の件だ。あの後ガアプが聖域としての機能を破壊した。聖地潰しは完了と言っていいだろう。それで君たちが一番気になっていたのはゲートに関してだけど、申し訳ないね。ゲートは閉じられてしまったよ」
は!?閉じられた!?
ヴォラクが身を乗り出し、バティンに掴みかかる。その手を振り払い、バティンはヴォラクの手を握り笑みを向ける。元々パーソナルスペースが極端に狭いっぽいバティンから手を握られたヴォラクは気持ち悪いと叫び、乱暴に手を振り払い距離をとった。
「残念だねヴォラク。でも仕方なかったんだよ。一応天界に攻め込む拠点が欲しいからこちらからガアプとマルコシアス、フルカスを向かわせたんだけどゲート入り口でメタトロンとサンダルフォンが待機していてね、今無理に戦うのは得策じゃないという判断をしたんだ。ゲートは天使側が一方的に閉じてしまったから、こちらからは向かうことができない」
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ!!話が違うじゃねえか!!」
「僕も神様じゃないからね。なんでも思い通りに事を運ばせられる訳じゃないんだよ。だからそのお詫びとして、君たちの悪魔討伐は目を瞑るよ。本当はフェネクスも勧誘したかったんだけどね。流石に君たちと喧嘩になりそうだから。ね、パイモン。君も僕とはともかくマルコシアスと喧嘩はしたくないよね」
マルコシアス?聞きなれない悪魔の名前について行けない俺とは違い、パイモンはバティンを睨みつける。その視線の鋭さにパイモンは本気で怒っているんだと感じる。パイモンは立ち上がりバティンの胸ぐらをつかむ。普段よりもはるかに乱暴なそれにその場の空気が固まった。
「……前から気になっていた。なぜ、あいつがお前に付き従っている。お前、あいつに何をした」
「何もしてないよ僕は。ただ、マルコシアスは天界に随分未練があるんじゃないの?君と一緒に天界に戻りたがっていたし。その彼の手を振り払ったのは君だろう?」
パイモンの表情が崩れ、苦しそうに眉を寄せた。その隙をバティンは見逃さず、パイモンの腕をつかみ顔を近づける。口元は挑発するように弧を描き、目を細め笑っている。
「言おうと思ってたんだけどさあ……マルコシアスはもう君のこと切り捨ててるよ。未練たらたらなのは君だけだね」
パイモンの拳がバティンを襲い、セーレは声を出して止める。しかしバティンはパイモンの背後に回り、後ろから抱きしめるように腕を回し、耳元に口を近づけた。
「そんなに彼が大事なら、あの時、僕たちの手を取ればよかったのにね。本当に君って面白いよね、地獄にいたときはこんな感情的な奴とは知らなかったよ。付き合いは長いつもりだったのになあ」
パイモンの拘束を解き、残った紅茶を飲み終えバティンは立ち上がる。用件を伝えたから帰るつもりなんだろうか。
「じゃあ僕はお暇させてもらうよ。紅茶ありがとうセーレ。とても美味しかったよ。落ち着いたら是非僕専属でお茶を淹れてほしいなあ」
「……あはは、どうも……」
あきらかに反応に困っているセーレを気にすることなくバティンは手を振り、その場から消えてしまった。静まり返った室内で全身の力が抜けて座り込んだ光太郎にシトリー(女)が駆け寄る。まさかバティンがいるなんて思いもしなかったから、何だかどっと疲れてしまった。
ヴォラクは悔しそうに地団太を踏み、自分の部屋に走って行ってしまった。
「ヴォラク……」
「しばらくは放っておいてあげてください。私たちに八つ当たりするのも良くないと分かっているんです。それより主、パルバティの件ですが、目星の場所はいくつか探しました。問題なければ行きましょう」
『拓也、今回は私も行きますよ。留守番ばかり納得いきませんからね』
ストラスが肩にとまりふんぞり返る。何もできないくせにって思いつつも、ストラスがいることがなんだか心強くも感じる。パイモンはパソコンでマップを開き、俺と光太郎は画面をのぞき込んだ。
「今回降り立つ場所、四か所に絞ります。カトマンズ、ルンビニ、マヘンドナガル、メチの四か所で捜索します。ただ優先順位的にカトマンズは最後です。理由としては逃げ出したパルバティが首都のカトマンズにいる可能性は極めて低いと考えています。中国方面はヒマラヤ山脈を越えなければならない故、ネパールの北にも向かわないでしょう。となると、インド方面に向かっているのではないかと考えています。ルンビニ、マヘンドナガル、メチはインドに地理的にかなり近い。この三か所を捜索します」
捜索って難しいんだろうか。でもストラスに聞くと難しくもなんともなく、フェネクスの羽を持っているのでエネルギーの入っている羽に契約石が反応すればすぐに見つかるらしい。つまり俺と光太郎は特に何もしなくてもいいんだそうだ。
あっさり解決しそうで安心した。羽はパイモンが持っており、いつでも行けると準備をしている。ヴォラクとヴアル、アスモデウスはいかないんだよな。じゃあ、この間のメンバーにストラス付け加えた感じか。
「早く見つけてあげましょパルバティを。フェネクスの羽に魔力が残ってるのって、パルバティのメッセージと思うのよね……あの子、スティーブンとマイクに会いたいんじゃないの。羽を目印に持っててくれって意味じゃないの?」
シトリーは自分が思ってるだけだから確信はないって言ってはいるけど、確かになんで自分の足をつけるような真似をスティーブンさんにしたのかは分からない。パルバティはあの羽を目印に逃げようとしている?じゃあ、彼女の最終目的地って……
「あの子、ロンドンに行きたいのか?」
「わかんない。けど、マイクが言ってたでしょ。自分のせいで傷つけたって。パルバティがマイクの言葉に何かを感じ取ったのは間違いないと私は思っている。それが切っ掛けで逃げたいと思ったんじゃないかって」
行ってみないと分からない。でもロンドンを最終目的地に設定してるって仮定したら……
パイモンはセーレに準備するように伝えてベランダの窓を開ける。
「まだネパール国内にいて、シトリーの仮説を考えるのならば、マヘンドナガルから反応があるのかもしれないですね。そこから探しましょう」
***
「なんか人ばっか多くて何にもねえな。観光資源ほぼないらしいぞ」
携帯をいじりながら光太郎が街を見渡している。インドの国境に近いせいか、心なしか服装がカトマンズと違う人も多い。多分インドの文化が混じってんだなこれ。周辺は路面店と歩いている住民だけで目立つ建物などはなさそうだ。
この間換金したルピーがまだ残っているからとパイモンに買ってもらったジュースを飲みながら待機する。結構うまいけど、そこら辺の路面店で買ったジュースだ。あとで腹を下したりは、ないだろうか。まあいいか、どうせ春休みだし。
ジュースを飲んで待機している俺達の所にパイモンたちが戻ってきた。その手にはフェネクスの羽が握られている。
「主、非常に運がいい。羽が反応しています」
「え、マジか!」
羽が反応したってことはフェネクスはここら辺にいるってことだよな。あの女の子も。
でも隣でジュースを飲んでいる光太郎の表情は明るくなく、運がいいと言ったパイモンの表情もまだ固い。
「でも結構範囲広いんじゃないっけ」
「そうだな、最低限はクリアしたと言うだけだ。主、前にも言いましたよね。契約石の反応する範囲はかなり広いです。今からがスタートだと思います」
あ、そうだった……日本国内で計算したら東京から山口くらいは反応するんだっけ……絶対無理!見つけられない自信しかない!!だって日本で東京から山口で一人の人間見つけ出すとかテレビ局にでも頼らないと無理じゃね!?
今から聞き込みを開始するのか?いやーでも、なあ……相手は逃げてる子だからなあ。一か所に住み着いてるわけでもないだろうし……いやきつくね?
「これからどうすんのこれ……」
「できるだけ人気のない所に行きましょう。この羽が契約石を感知していることは向こうも同じです。シトリーの言う通り、パルバティがスティーブンとの邂逅を望んでいるのなら……向こうから会いに来る可能性もかなり高い。相手がネパール国内にまだ留まっているのなら、カルナリ川上流まで行っても反応すると思います。行きましょう」
セーレは移動準備に入っているらしく、パイモンについて行く。光太郎とシトリー(女)はいったん残るらしく、移動して羽が反応するのならセーレが二人を連れて行くんだそうだ。
人のいない場所でセーレがジェダイトを召喚して、急いでジェダイトによじ登って離陸に備える。大きく羽ばたいて空をかけるジェダイトに振り落とされない様にしがみついた。
***
「ここでも反応はするのですね」
着陸した場所は近くに村もない川沿いの道の上だった。道と行っても道路がある訳でもなく、舗装されていないガタガタ道で車や人は一切通行していない。でも羽は未だにキラキラと輝いており、フェネクスの契約石に反応していることだけは分かった。
羽が反応するのなら、フェネクスがこっちに向かってくるかもしれない。セーレが光太郎とシトリーを迎えにマヘンドナガルに向かい、俺とストラスとパイモンだけが残される。この場所ならストラスを出しても大丈夫かな。
人通りが多い場所でストラスを出すのも気が引けたけど、ここなら大丈夫そう。リュックのチャックをあけると中からストラスが顔をのぞかせた。
「ごめんなーストラス。苦しかったよな」
『平気です。それより羽に反応があるようですね。フェネクスにもこの羽のエネルギーは届いているでしょう』
「ああ、奴がこの羽を未だにスティーブンが持っていると考えているのなら、コンタクトをとってくるかもしれんな」
『ドウシテ君ガソノ羽ヲ持ッテイルノ』
甘いような、透き通るような、うまく表現できないけれど心地いい声が聞こえ振り返った瞬間に辺りは真っ赤な火の海で囲まれていた。ビックリして尻もちをついた俺を庇うようにパイモンが悪魔の姿に変わり剣を構える。上空から降り立った炎に包まれたまばゆく輝く巨大な金の鳥は俺達が持っている羽を険しい表情で見ている。
『ソノ羽、ナゼ君ガ持ッテイルノ?アノ子ノ願イヲ、スティーブンハ気ヅイテクレナカッタノ?』
「あいつは関係ない。半ば強制的に俺達がこの羽を強奪したようなものだからな。フェネクス、俺達がここに来た理由、分かっているな」
『分カッテルヨ。君達ハ僕ヲ地獄ニ戻シニキタ。デモ僕ニハマダ、スルコトガアル。ソノ羽ヲ返シテ。ソレハスティーブンニアゲタモノダ』
「すまないがそれはできんな」
フェネクスの表情が変わる。俺達を囲っている炎は眩しいほど輝き燃えており、巨大な鳥であるフェネクスが羽をはばたかせただけで、ものすごい風圧が襲い掛かりひっくり返らない様に踏ん張るしかない。
『拓也!』
上空から光太郎たちを迎えに来ていたセーレの声が聞こえ、空中戦力の到来にフェネクスの表情が歪む。パイモンは隙を見てフェネクスに斬りかかるも、上空に舞い上がったフェネクスに剣は届かず、セーレに降りるように促している。
『シトリー、ストラスは主と光太郎を守れ。俺とセーレで奴を討伐する』
討伐するって、じゃあパルバティはどうするんだろうか。あの子は、フェネクスがいなくなったら……
でもそれを言う前にパイモンとセーレは上空に舞い上がっており、その場に立ち尽くした俺の肩にストラスがとまる。
『……パルバティのこと、考えていますか?』
「俺達がフェネクスを倒したら、あの子どうなるんだ?」
上空では炎と大きな羽を動かすことによっておこる風で攻撃するフェネクスをパイモンとセーレが避けながら反撃している。でもものすごいスピードを誇って、なおかつ小回りの利くジェダイトには
フェネクスの攻撃をよけるのは簡単なようで、パイモンの剣で羽を切られフェネクスの悲鳴のような叫び声が聞こえる。
あのまま、倒してしまったら……
「助けたいの?拓也」
凛とした声が響き、振り返ると光太郎を支えているシトリーと目が合った。光太郎が大丈夫だとジェスチャーをすれば、こっちに近づいてくる。シトリーはフェネクスとパイモンたちの戦いを見て、もう一度俺に助けたいのかと問いかけてきた。
「……分からない」
「まーだあんたはそんな煮え切らないことを……」
「分からないよ!でも、フェネクスをここで倒して、あの子はどうするんだ!パルバティは、あの子はこれからどうしたらいいんだよ!!」
「知らない。野垂れ死ぬんじゃない?この国にもう、あの子の居場所なんてないでしょ。インドに逃げたとしても幼い女の子一人で生き残れると思えないけど。レイプされて捨てられちゃうだけかもね」
「だったら……!」
俺は、あの子をどうしたいんだ。
写真でしか見たことがない、あの女の子を。全てを捨てて逃げ出した幼い女の子を。
安全な場所に避難させてあげたい ― それはどこ?
両親のもとに返してあげたい ― 両親と和解できなかったら?
スティーブンさんとマイク君に会わせてあげたい ― その後は?
あの子を、あの女の子を、どうしたら救える?
上空では未だにパイモンとフェネクスたちが戦っている。でも、俺から見ても分かる。フェネクスは負ける。多分戦闘にはそんなに特化していない悪魔なんだろう。パイモンとセーレのコンビには勝てない。
フェネクスが負けたら、あの子どうなんの?リヒトみたいに、誰も助けてくれる人がいないまま、俺達を恨んで生きていくのか?
― そんなの、嫌だ。
でもいい考えが浮かばない。逃げるのは楽だ、このままパイモンとセーレに任せたらフェネクスは倒せる。何も見ないふりをして、悪魔を倒すことだけを考えたら……
でもその思考は両手で頬をはさまれ思い切り顔をあげさせられた瞬間に消え去った。
目の前のシトリーの表情は真剣で、目をそらすことを許さないとでも言うようにこちらをジッと見つめている。
「拓也、私はパルバティを助けたい。力を貸して」
「力を貸すって……俺、何すれば」
「セーレはともかく、パイモンは私には説得できない。あいつは、あんたの頼みしか聞かない。パルバティを助けるにはここでフェネクスを倒したら駄目だってことは分かる。あいつを倒したら、パルバティがどこにいるか、絶対に分からなくなる」
シトリーは両手をはなして、光太郎の所に近づいて行く。座り込んでいる光太郎に抱き着くシトリーは普段の強引な姿とはかけ離れ、か弱く感じた。
「ダーリン、私のこと怒らない?私、あの子を助けたいって思ってるの。駄目?私、わがまま言ってる?」
光太郎は目を丸くした後に首を横に振った。二人は手を握り合い、額をくっつける。
「シトリーは俺が守るよ。大丈夫、俺がついてる。つっても、俺は何もできないけどさ……一緒に怒られたらいいじゃん。失敗したら、俺も一緒に尻ぬぐいするよ」
「……大好き。本当、世界で一番好き」
あれ?この二人っていつの間にこんな雰囲気になったんだ?俺の知らない所で、かなりディープな仲になってない?シトリー(女)は立ち上がり、何かを呟く。その瞬間、光に包まれ俺が良く知る男の姿に戻った。
「お前も大概甘ちゃんじゃねえの。俺にとやかく文句言えねえな。これ貸しなシトリーちゃんよ。もう俺に文句つけんじゃねえぞ。拓也、いっちょ行くか」
「い、行くかって何すんの。てかなんでお前が男に戻る必要あんの」
「馬鹿。フェネクスとパイモンのとこ行かなきゃいけねえだろうがよ。てめえにも前に言ったろ。豹の姿になるには俺からじゃねえと変身できねえってよ」
シトリーは何かの呪文みたいなものを唱える。再び光に包まれたシトリーは羽の生えた豹になっており、光太郎に甘えるようにすり寄った。
『イケメンダロ俺』
「豹がすり寄るの滅茶苦茶怖えし勘弁してよ……」
『俺ガオ前襲ウワケネエダロ。信用ネエナア』
まさか、シトリーに乗れってこと!?
嫌な予感は的中しており、シトリーは俺の前でかがみ、背中に乗れと言ってくる。フォモスとディモスに乗った悪夢がよみがえる……これ、振り落とされたりする可能性かなり高いよな。ジェダイトはセーレの能力で飛行中は向かい風とか気圧とかの飛行の障害になるものすべてをかき消す力があるけど、シトリーにはそんな能力ない筈だ。アクロバットに動かれたら絶対落ちる……
「シトリー、安全第一で頼むぜ。俺、結構振り落とされる予感がするんだけど」
『イヤ~約束デキンネ~落チタラ光太郎ガキャッチシテクレンダロ』
「てめえ適当なこと言うな首絞めんぞ!!」
『止メロ馬鹿!!』
俺とシトリーの言い合いにストラスはため息をつき、光太郎は苦笑いをしている。おい、こんなことしてる場合じゃねえだろ!この間にもパイモンがフェネクスに攻撃仕掛けてんだぞ!!
シトリーが羽を広げ、浮遊感を感じる。足が大地から離れ風がダイレクトに体を押してくる。垂直に上空に上がるため重力が襲い掛かり、シトリーにへばりつくようにしがみついて圧を耐え、フェネクスたちの背後に浮上した俺達にパイモンとセーレが目を丸くした。
『主、なぜここに……おいストラス、お前がいてなぜ主をとめられない』
『パイモン、剣をしまってください。フェネクスと話がある』
ストラスの言葉に俺の悪い癖が出たと思ったんだろう、パイモンは盛大なため息をつきながらも攻撃の手をとめた。フェネクスはパイモンが剣をしまったのを見て、こっちに振り返る。その体は傷つき、羽はボロボロだけど、それでも未だに目を細めたくなるほど神々しく輝いている。
『ナゼ、君ガ僕ニ話ガアルノ?僕ハ君ニ話スコトハナイヨ』
「パルバティ、どこにいるのか教えてくれ」
フェネクスの動きが一瞬鈍くなる。何も答えてくれる気配はなく、こちらに詳細を促すように無言で見つめてくるだけだ。近くにあの子はいないんだろうか。どうして、フェネクスだけがここにいる?
「教えてほしい。なんでパルバティと契約したのか、どうしてあの子は何もかも捨てて逃げ出したのか、俺は戦いに来たんじゃない。できたらあんたもパルバティも傷つけたくない」
『ソノ言葉ヲ信用デキルト思ウ?現ニ今、僕ラハ戦ッテイルノニ』
「だから止めに来た。俺、お前と戦わないといけないかがわかんないんだ。この羽をどうしてスティーブンさんに渡したんだ?パルバティの望みは何?俺はあの子の望みをかなえてあげたい」
たった十二歳で全てを捨てて逃げ出したいほど辛い毎日を送っていたパルバティ。悪魔に縋ってまで逃げたいと願ったパルバティ。救えるものなら救いたい、そう思うのは当然だろう。
パイモンは険しい表情で睨みつけるようにこっちを見ており、セーレは困ったように眉を下げている。二人からしたら俺はまた余計なことに首を突っ込んできた奴なんだろう。でも、シトリーも救いたいって言ってた。俺も、あの子を助けたい。
『ドウシテ、アノ子ノ望ミヲ叶エタイノ?君ニハ関係ナイノニ』
「あの子は、悪魔と契約してでも叶えたい願いがあったんだろ。俺があんたを地獄に返すのは簡単だ。パイモンに任せてたらいいんだ……でも、それだけじゃパルバティは救えないんだろ」
フェネクスは黙り込んでしまった。沈黙が包み込み、お互いに攻撃をする気配はない。しかし地上を包んでいた火の海が少しずつ消えていき、フェネクスは地上に降り立った。目の前にいきなり降りてきたフェネクスに光太郎はびっくりして後ずさったが、フェネクスは攻撃をする気はないらしい。
パイモンとセーレも地上に降り、俺達もそれに続く。シトリーは再び女性の姿に戻り、光太郎の元に駆け寄った。
『彼女ノ望ミハ、マイクト言ウ少年ト一言デモイイカラ会話ヲシタインダ。本当ニ、ソレダケ』
マイク君と……?
マイク君はパルバティを傷つけてしまったと言っていた。パルバティはマイク君と何を話したかったんだろう。
『パルバティハ、何モ高望ミナンカシテナイヨ……普通ノ女ノ子ニ戻リタイ。ソレガ彼女ノ望ミダヨ』
普通の、女の子に戻りたい?
『ソウダヨネ。パルバティ』
フェネクスが名前を呼んだ瞬間、俺達の後ろに女の子が立っていた。写真で見たときは化粧を施された姿だったが、化粧を落とした少女は写真よりもはるかに幼い印象を受けた。
「君が、パルバティ?」
日本語は理解できないだろうけど、自分の名前を呼ばれたのは分かったのか、パルバティは頷いてフェネクスに駆け寄り、抱き着いた。裸足の少女の足は血まみれで、服もボロボロ、食事も満足に取れていないのか頬はこけ、やつれていた。
「(フェネクス……負けちゃったの?)」
『(負ケテナンカナイヨ。デモ、信ジテモイイカモッテ思ッタンダ。マイクニ会イニ行コウ)』