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第78話 聖地つぶし 5

 アガレスが澪を連れてその場から離れてパイモンたちに合流する。マシトと言われている槍を持った天使はキメジェスと激しい打ち合いをしていた。カマイタチで撹乱しろって言われたから無差別に打ち込んでいいということだろう。あとはパイモンたちがやってくれるさ。


 浄化の剣をマシトに向けてカマイタチのイメージを剣に送る。激しくぶつかり合う金属音、フォモスとディモスの雄たけび、何もかもが自分たちの戦いとはレベルが違う。どこまで俺がここにいるみんなの役に立てるかは分からないが、それでもやるしかない。



 第77話 聖地つぶし 5



 「行け!」


 光り輝いた剣をマシトの向けてカマイタチを放つと、複数のカマイタチが無差別に飛んでいき、パイモンたちだけではなくヴォラクたちのいる方向にまで飛んでいく。フォモスとディモスは体がデカいから避けられるんだろうか?それだけが少し心配だ。


 『おいおい何だてめえ!このノーコン野郎が!どーこめがけて打ってんだよ!』


 方向を予測できないバラバラに飛び交うカマイタチに話を聞いていなかったんだろうキメジェスはこっちに大声で文句を言いながらマシトの猛追をかわし距離をとる。パイモンが言ったとおりだ、キメジェスの戦闘能力はかなり高いみたいだ。敵も味方も巻き込んだカマイタチはあらゆる方向に飛んでいき、戦いは一時中断する。


 マシトは槍を握り直し上空からこちらを見下ろした。


 『(あのエクソシストたちは死んだのか。サリエル様は依り代のために身を引かれた……その力、確実に我ら天使に近づいていっているようだな)』

 『(覚醒してるのは悪魔ですけどねえ。いつまでこいつをお前らの手のひらで転がせられると思ってるんだ?)』


 マシトとキメジェスが舌戦をしているが、言葉がわからず会話に参戦することができない。上空にいる敵を打ち落とす手段を持たないパイモンは相手が仕掛けてくるのを待つようで動く気配もない。向こうは流石アスモデウスだ、アフって天使を確実に追い詰めているように見える。こっちが有利に戦っているみたいだ。じゃあ、こいつさえ倒せれば俺達の勝ちだ。


 再び剣をマシトに向けた俺にキメジェスはまた魔法を打つのかとでも言いたげに口をとがらせる。


 『ノーコンは引っ込んでろよ!てめえのクソ魔法当てにするほど俺は弱くねえ!!』


 キメジェスが獣にかけごえをあげ、マシトに突進していく。獣の脚力はすさまじく、数メートルの高さにいるマシトに余裕で届く距離を飛び上がった。マシトがキメジェスの剣を槍で受け止めれば必然的に高度が下がる。そしてそれを見逃すパイモンでもない。二対一はかなり相手にとって分が悪そうだ。この二人に任せておけば、俺何もすることないんじゃないのか……


 思わず呆けてしまい首を横に振る。いや、駄目だ。そう言うことを考えたら。何か役に立てることを考えるんだ、何か……


 『マシト!』


 その時、戦っていたアフが大声でマシトの名前を呼び、それに反応したマシトがパイモンとキメジェスの攻撃を避けて上空に舞い上がった。その高さは十数メートルはありそうで、流石にそこまでの跳躍力はないのか地上に降り立ったキメジェスが舌打ちをする。


 『てめえ逃げようってのか!?天使が悪魔に尻尾巻いて逃げるたあ笑えるな!てめえ天界一の道化師の座を獲得したぜ』


 キメジェスの挑発にマシトが返事をすることはない。マシトに攻撃が届かないと判断したパイモンはすぐに標的をアフに移した。アスモデウスとヴォラクと戦っているアフは逃げることができず、さらにパイモンとキメジェスの参戦により窮地に追い込まれていた。


 『ヴォラク、マシトを仕留めに行け。アフはこっちで処分する』

 『了解!』


 ヴォラクが羽を広げマシトを追いかける。俺も魔法で援護したほうがいいんだろうか。


 アフは全身を切り裂かれながらも必死に戦っており、その姿を見て背筋が冷えていく。なんだか無抵抗な存在を痛めつけているように感じて、罪悪感が湧いてくるほどだ。思わず視線をそらしてしまった瞬間に終わりは訪れた。


 『残念だアフ、君は優秀な天使だったのに……』

 『神とミカエル、あんたを敬愛していたバラキエルを切り捨てておいて、よくそんな口が叩けたものだな』


 アスモデウスの剣がアフの体を切り裂き、天使は地上に堕とされた。死んでもなお神々しい存在のようにすら見える姿に後ろめたさを感じるのはなぜだろう。神に反旗を翻したなんて、宗教染みた罪悪感を感じているのだろうか。


 アスモデウスはアフが死んだことを確認してこっちに向かってくる。


 『拓也、一旦離れたほうがいい。デカいのが来る』

 「で、でかいの?」


 アスモデウスが何を言っているのかわからず困惑していると、すさまじい轟音が響き、ヴォラクがこっちに戻ってきた。


 『くそ!間に合わなかった!』


 マシトが発光しているように輝いており、その周辺に近づけそうもない。アスモデウスが舌打ちをしてキメジェスに呼びかける。


 『アガレスを呼べないのか!?ムルムルはあれでヘマハと相打ちになって殺された!あの攻撃を防げる結界を俺達は張れないぞ!』

 『気合でどうにかするしかねえだろ!アガレス呼んでも間に合わねえんだよ!』


 一体何が起こるっていうんだよ!?


 意味が分からず呆然とする俺をアスモデウスは庇うように抱きしめて体勢を低くする。この体制はアスモデウスの背中がガラ空きで、攻撃を食らえばひとたまりもない筈だ。


 「おいアスモデウス!」

 『君が死んだら澪が悲しむ。俺も、君が死ぬのはいいと思わない。頭を隠して、どこまで耐えられるか分からない』


 だから、何が起こるっていうんだよ!俺が何とかできないのか!?


 アスモデウスの周りにヴォラクが来て結界をはり、その中にパイモンとキメジェスも入る。全員がこんな避難するってことはよっぽどの攻撃が来るんだろう。


 「な、なに……」


 眩しくて目が開けられない。でもさっきのアスモデウスのキメジェスの言い合いでヘマハって奴とムルムルが相打ちになったのはもしかしてヘマハが自爆みたいな攻撃をしたんじゃないのか。その攻撃をマシトも行うつもりなんだ!


 『俺の結界でどこまで持つか分かんないけど、やるしかない!』

 『まあお前の結界なんて簡単に壊されそうだけどな。いいんじゃねーの?そんときゃそんときだぜ。ヴォラク、お前案外いい奴だったぜ』

 『てめえキメジェス!わざとらしく変なフラグたてんじゃねえよ!』


 まるで漫才のようなやりとりをしながらも二人はあくまでも冷静だ。パイモンは何もしゃべらず眩しそうに目を細めてマシトを見つめている。


 「パイモン、何が来るんだ?なんでこんな……」

 『あいつは今から自分もろとも爆死する。澪がいたところまでは被害が行かないでしょうが、このあたり一面は浄化されます。ムルムルもあれを食らって死にました。あの時はアガレスがいたから被害を最小限に抑えられましたが、今回どこまで持ちこたえられますかね』


 そんな……


 マシトの姿はあまりにも強烈な光で確認できない。しかし辺り一面を覆うような激しい光が包み込み、すさまじい音が響き渡った。強烈な風圧と熱気はヴォラクの結界でも防げずに俺達を襲う。何が何だか分からなくなり、必死にアスモデウスにしがみついた。


 その時間は数秒だったのか数十秒だったのかわからない。何も感じなくなり、恐る恐る目を開けてまずはアスモデウスの無事を確認する。アスモデウスは無事で、それからパイモンとヴォラクたちを確認する。どうやら少しやけどを負っているようだが全員無事の様だ。


 安心してしまい力が抜けてその場に座り込む。これで、終わったんだよな。天使どもを倒したんだ。


 それなのにパイモンたちの表情は険しい。全て終わったのに、なぜそんな表情をするのか……


 『そろそろ終わるころだと思ったんだが、タイミングが良かったようだな』

 『ガアプ……』


 アスモデウスが剣を抜き、相手の反応も見ずに斬りかかるも、その剣はガアプと呼ばれた悪魔には届かなかった。


 『お前とは本当に相性が悪いようだ。今はお前にかまっている暇はない。そこをどけ』


 強い口調でガアプがアスモデウスに指をさした瞬間にアスモデウスは弾かれたように吹き飛ばされた。起き上がったアスモデウスの額からは血が出ており、いかに強い衝撃を与えられたのがわかる。ヴォラクが俺を庇うように前に立ち威嚇するも、ガアプはそれに対して何の反応もせずにキメジェスの元に歩いて行く。


 『やれやれ折角庇ってやったのにこの歓迎だ。結界を張ってやったのに、恩を仇で返す奴らめ。キメジェス、状況を説明してくれ』

 『ムルムルが死んだ。契約石もろとも消滅したから復活は審判の時だけだ。あとは佐奈が重傷らしい、アガレスが看病してるけど、その後の連絡はまだない』

 『君たちの怪我もその程度なら上々の成果じゃないか。あとは俺に任せていいよ』


 ガアプはそう言い、今度は祭壇に指をさす。その瞬間、空中に魔法陣が描かれ、魔法陣から光線のような光が溢れた。すさまじい音をたててその光は祭壇を破壊し壊していく。不気味な程に神々しく輝いていたイエスキリストの像も、その後ろのあった壁画も全て破壊されていく。


 教会のシンボルを壊したことに満足したガアプは床で死んでいるアフとマシトの元に向かう。


 『さあ食事の時間だ。天使の肉なんて最高のごちそうじゃないか異教の王たちよ』


 ガアプの体から四つの浮遊物が現れる。それは徐々に王冠を持った人間の姿に変わる。一人は老人、もう一人は成人男性、もう一人は成人女性、最後は少年。四つの霊のような奴らは天使に群がって、全てを食いちぎっていく。


 あまりにも生々しくむごい光景に手で顔を覆い、蹲った。ぐちゅぐちゅと粘着質な音が響き渡り、その音だけで何が起こっているか安易に想像できてしまい吐気すらした。

 

 『さて、全員こっちに連れてきてくれ。転送魔術でマルバスの所に送る。大聖堂の前はすごい人だかりだよ。正面から逃げるなんてことはできないからね』


 今の時刻が何時か分からないが、イルミナティの予言で何かが起こっていることだけは分かった。キメジェスが獣に跨り、澪たちの所に向かっていき、天使を食い殺したガアプの使い魔たちは満足したように姿を消す。


 その場に残された俺達を静寂が包んでいた。しかしパイモンからの問いかけで静寂は打ち砕かれた。


 『ガアプ、聖地つぶしが終わったあとこの場所はどうする気だ。俺達は天界に向かいたい、そのためにはこのゲートが必要になる』

 『生憎だが、今は諦めてくれ。理由は ― わかるだろう?』


 パイモンは一瞬大聖堂の扉に視線を向け、ため息をついた。この外に沢山人がいると言っていた。この扉が開けられた後のことなんて考えたくない。ヴォラクは納得がいかないようでガアプに掴みかかったが、向こうは相手にせず薄気味悪い笑みを浮かべている。


 扉をドンドン叩かれる音が聞こえて肩が跳ねた。


 『ガアプ、来ていたのか』


 アガレスがキメジェスと共に現われ、ルーカスが進藤さんをおぶっている。澪はこっちに小走りで駆け寄ってきた。


 「拓也、ケガはない?」

 「俺は大丈夫……」


 その言葉に澪は安心したように息を吐いた後にアスモデウスの姿を見つけて駆け寄った。ケガをしているアスモデウスの側に膝をつき状態を確認している。


 『キメジェス、全員か?』

 『おう。一刻も早く頼むぜ。佐奈を安全な場所に避難させたい。どうしてもゲートくぐりたいってーのなら、こいつらはここに残しても俺は構わねえぜ』


 キメジェスはこっちに視線を送り、どうするかすぐに決断するように圧をかけてくる。ヴォラクは勿論ここに残ると頑なに言い張り、アスモデウスは撤退を指示している。パイモンはどうするんだろう。


 考え込んでいるパイモンと視線が合い、思わず息を飲んだ。


 『今の状況、私は天界に行くことは無理だと思います。リスクが高すぎる』

 「でもサリエルがゲートを消滅させるって……」

 『消滅させたとしても、ここは元聖域。消滅させたゲートをこちらからこじ開ける方法もあるはずだ。この場所がこちらの物になったのなら今すぐに向かう必要はないと思います』

 『中谷を見捨てるのか!?』


 撤退を表明したパイモンにヴォラクが食って掛かる。しかしそんなヴォラクにくぎを刺したのは意外にもルーカスだった。


 「あのゲートの先にはメタトロンとサンダルフォンがいるってサリエルは言っていた。その傷でやりあえる相手じゃないと思うけど」


 ルーカスの言葉はヴォラクにとって耳が痛いらしく、表情を曇らせ言いよどむ。一刻も早く中谷を助けたいのは事実だけど、正直今の状況で天使の巣窟に乗り込んで生きて帰れる可能性があるかと聞かれたら限りなく低いように感じる。それに……


 澪の手を握ってアスモデウスが何かを話している。澪は泣きそうな顔で何度もうなずきアスモデウスの肩に顔をうずめた。澪が、ヴアルの能力に目覚めていることも伝えなきゃ……


 『……悪趣味野郎め。人間のガキだまくらかして何が楽しいかね。あの女を甦らせても何一つ、変わりはしないのに…………まあ、おたくらも撤退ってことでいいね?頼むわガアプ』


 キメジェスは吐き捨てるように何かを呟きガアプという悪魔に振り返る。ガアプは頷き、転送魔術って奴の準備をしている。全て終わったはずなのに肝心の目標が達成できない歯がゆさと、どうしようもない虚無感に襲われる。しかし今にも泣きだしそうなヴォラクを見て、胸が締め付けられ走り寄って抱きしめた。


 ヴォラクは緊張の糸が切れたように俺にしがみつく。肩は震え、次第に嗚咽も聞こえてきて、こっちまでつられて目に涙がたまる。


 『悔しい……やっと、中谷を連れ戻せると思ったのに』

 「うん。誰よりも中谷を助けようとしてたのお前だもんな」

 『どうすればいいの拓也?中谷が遠いよ。どんなに頑張っても届かない。悔しい、悔しい……!』


 転送魔術が完成したのか、少しずつ体が薄くなっていく。この大聖堂を離れたら、すぐにはここに戻ってこれない。結局、中谷を助けることができなかったんだ。食いしばっていた息が漏れヴォラクと一緒に泣き崩れる。その状況をパイモンとアスモデウスは黙って見ていたが、側に来たのはキメジェスだった。


 『これが終わりじゃねえよ。俺は中谷って奴知らねえけど、まあきっと何とかなるだろ。俺もルーカスがいなくなったら悲しい。お前、いい奴と出会えたんだな』


 そう言ってヴォラクの頭を少し乱暴に撫でたキメジェスは笑みを送る。セーレと親友だって言っていた、こんな状況じゃなかったらきっと……こいつとは心から分かり合える仲間になれていたかもしれない。共闘期間だ、だから俺達に敵意がないのも分かる。でも、こんなに優しくなんてしないでほしい。


 アガレスもキメジェスも心から悪い奴だとは思えない。イルミナティに所属しているから俺達の敵ではあるけれど、契約者を守ろうとしているのは間違いない。好意的な態度を向けられると、倒さなければならないときに躊躇してしまいそうで怖い。


 こいつらは、悪い奴じゃない。


 視界が白く染まっていき、ヴォラクを抱きしめている腕も、複雑そうな表情のパイモンも、全てが透明になっていく。全てが真っ白に塗りつぶされて、その眩しさから目を覆った。


 ***


 『無事だったか』


 声が聞こえ、恐る恐る目を開けた先にはイルミナティの隠れ家のマンションだった。マルバスは作戦会議でもしていたのか机に複数枚の紙が置かれた状態だったが、俺達の帰還に書類を片付けてこっちに歩いてきた。しかし進藤さんがぐったりをしているのを見て表情を歪める。


 『有事の際は連絡をと伝えていたが?』

 『すまないね。大丈夫、応急措置はした。マルバス、あとは任せていいだろうか』

 『構わん。他に治療がいるものはその後に来い。優先順位は佐奈からだ』


 アガレスの返答にため息をついた後、ルーカスから進藤さんを抱き上げマルバスは別室に向かっていく。あとは任せてもいいかとアガレスが言っていたことから、治療役を担っているんだろう。マルバスの契約者はルーカスの元に向かい、状況説明を求めている。確かエストニア人って言ってたよな。ルーカスとマルバスの契約者が英語で話しているからほぼ聞き取れないが、ムルムルというワードだけは聞き取れ、相手が表情を曇らせたのを見て、そこだけは何となく察した。


 澪は未だにアスモデウスに抱き着いて泣き続け離れようとしない。そんな澪にアスモデウスが逆に困惑しているように見えた。


 『澪、もう大丈夫だよ?あいつらはもういない。今後のこと、ちゃんとヴアルも交えてはなそう』

 「アスモ……怖いの。何もかもが怖い」


 ヴアルの能力に目覚めたことがよほど恐怖だったのか、澪は始終泣き続けている。マルバスが戻ってくるまでは何もできないようで、全員が一言も話さず澪の嗚咽が室内に響いていた。


 『おい継承者』


 不意に名前が呼ばれ振り返ると、キメジェスが険しい表情でこっちを見ていた。ルーカスはまだマルバスの契約者に報告が終わっておらず、キメジェスが俺を呼び止めたことにパイモンたちも視線をこちらに向ける。それをいなし、キメジェスはこっちにこいと手招きをした。パイモンやヴォラクたちは来るなと釘を刺されると正直行きたくないとは思うけど、相手の表情はだまし討ちするとかそういったものではなさそうで、言われたとおりに向かうと、ここでは話せないと言われ隣の部屋の扉を開け中に入る。


 キメジェスの表情は複雑そうで、いいことは言われないんだろうなということだけは察する。


 『お前、あの幼馴染に違和感ないか?』


 いきなりの問いかけに目が丸くなる。幼馴染というのは澪のことだよな?なぜキメジェスがそれを聞いてくるのだろうか。こいつと澪に接点はないはずだ。澪に違和感っていうのはヴアルの力が目覚めた時期か何かを知りたいのだろうか。


 「違和感……ヴアルの力使えるようになってたの、本人も知らないと思うけど。俺は何も聞いてなかったし」

 『本当に今のところは何もわからないんだな?』

 「あ、おう……澪に何かあるのか?」


 キメジェスは複雑そうな表情を崩さない。一体こいつは何を知りたいんだろう。こっちの質問には答えずに、視線を逸らす。俺に聞くだけ聞いて、なんで俺の質問には答えないんだよ。


 「教えてくれよ。澪になにかあるのか?澪に何かしたら許さないからな」

 『お前、アスモデウスをいつまであの女に渡しておく気だ?』


 視線をそらしていたキメジェスが今度は切り込んでくる。その内容ははぐらかされ、アスモデウスの話題になり、確信をつくことは言わないくせに質問ばかりしてくるから少しだけ腹が立つ。


 「いつまでって……アスモデウスの契約者は澪だし、あいつはすげえ強いし、悪い奴じゃないし……」

 『お前の幼馴染がサラの子孫って知ってるのか?サラとアスモデウスの関係も?バティンがあの女をサラの代用品として奪いに来たのも知ってる?』

 「全部知ってるよ。分かったうえで契約してる。俺がとやかく言える問題じゃないんだよ」

 『全部知ったうえでなんで……信じられない。バティンにばれたら怖えから、俺の口から確実なことは言えない。でも一つだけ、お前に忠告しといてやるよ。ルーカスがお前のこと気にかけてるからな。アスモデウス、早めに始末しておいた方がいい。できるなら、あの女自身の手で』


 俺達がアスモデウスを殺す?キメジェスの言い方や表情にはイルミナティの思惑とか、そういったものは含まれていなさそうに感じる。だけど、こいつらは元々アスモデウスを殺害しようとしていた。仲間割れでも起こさせる魂胆だろうか。


 「お前に言われて殺す訳ねえだろ。そこまでイルミナティの思い通りになんかさせねえよ」

 『……後悔するぞ。アスモデウスとお前の幼馴染が心中する前に、アスモデウスをお前たちの手で殺せ。サラも流石に目の前でアスモデウスが死ぬとこ見たら、今度こそちゃんと諦めるだろうさ。あの女、成仏させてやりなよ。俺達が殺しても意味がない。あの女の目で見て、ちゃんと死んだことを確認させないと』

 「なに、言ってるんだよ……」

 『お前とルーカスの立場が似てて、ルーカスはとても苦しそうだ。ルーカスが苦しいのは俺も嫌だ。お前は引き返せる道がある。あの幼馴染の女を救いたいなら、あの女にアスモデウスを殺させろ。本当に、戻れなくなる前に』


 それだけを告げてキメジェスはこちらの質問にも答えずに一方的に部屋から出て行った。アスモデウスを澪に殺させる?そんな馬鹿な話があるか。アスモデウスを殺す理由もないし、そんなことをしたら澪が傷つくだけだ。誰がキメジェスの話なんか信じるか。


 そう思いたいのに ― キメジェスの表情や話し方からはこちらを騙そうとする意志は感じ取れなかった。澪がアスモデウスと心中する前に、って言っていた。背筋が震える。


 ストラスに相談しよう、俺一人では決められない。


 居てもたってもいられず扉を開けてリビングに戻ると、マルバスが立っており、澪も少し落ち着いたのかこっちに気づき、小走りで近寄ってきた。


 「拓也、もう帰っていいって。セーレさんにはあたしから連絡したから……迎え来ると思う」

 「え、そうなのか」

 『状況はこちらから佐奈を通じて連絡する』


 マルバスがここにいるってことは、進藤さんは問題なかったってことだ。少しだけ安心して息をついた俺を見てマルバスは呆れたように笑った。


 ***


 「澪―――!!!!!」

 「うぐっ!」

 「拓也!!」


 迎えに来てくれたセーレと共にマンションに戻った俺達を待っていたのはヴアルからの熱烈なハグだった。こいつ……!俺の名前はかけらも呼ばないくせに殺人タックルだけは澪にしたらいけないと分かっており、こっちにしてきやがった!!


 思い切り石頭ヴアルの攻撃を心臓付近に喰らい蹲りそうになるが、何とか持ち直して部屋に入る。シトリーは俺達がこんなに大変だったにもかかわらずバイトに行っていて不在らしくマンションにはヴアルだけだった。現在の時刻は朝の三時、今から家に帰るにはまだ外は暗すぎる。澪は泣きそうな顔でヴアルを抱きしめ、セーレに治療してもらったとはいえ、まだ全身が筋肉痛のようにギシギシする。


 今日はもう休んで家に帰ってもいいと言われて安心する。皆は今回の出来事を共有するために話し合いをすると言われ、俺と澪だけ一足先に休むことにした。


 澪が部屋に入る前に服の袖を引っ張る。


 「拓也、あたしね……拓也に言わないといけないことがあるの。できたら拓也に聞いてほしい。拓也、あたし……」


 その瞬間、携帯のバイブがなり、画面に出た名前に目が丸くなった。相手は進藤さんで、俺は話しを聞かないといけないのがわかっていながら、その電話をとってしまった。

 澪の瞳に暗い影が宿ったのに気にもしないで……


 「進藤さん!?大丈夫だった!?」

 『今目が覚めた~なんかお騒がせしたみたいで』

 「はは、は……相変わらずだな。でも良かった無事で……」

 『うん、もう大丈夫。池上君に助けられちゃった。もう本当に大好き、日本に帰ったら沢山ぎゅってしてチューしてあげる』

 「いらんわアホ」


 進藤さんの声は思った以上に元気そうで、安心した。イルミナティからの伝言とかではなく、純粋にお礼の電話だったようだ。進藤さんの間の抜けた話し方に笑ってしまう。なんだかこのやり取りも懐かしいような気もする。


 少しだけその後話して電話を切って澪との会話に集中する。


 「ごめん澪、タイミング悪かった。話聞くよ」

 「あの……」

 「あーまだ起きてる!!」


 今度は何の邪魔が入るんだ!!

 ヴアルがまだ俺達が起きていることに大声を上げて澪の手を引いて部屋に連れていく。おいまだ俺達は話しがあるんだぞ!!


 「おいヴアル!」

 「澪疲れてるんだから拓也邪魔しないでー!」

 「あ、拓也、大丈夫。なんでもないの!おやすみなさい」


 ヴアルに澪が連れていかれ、伸ばした手は宙を切った。仕方なく、俺も部屋に向かいベッドに横になる。やっと戻ってこれたのに、眠気は全く訪れず視界が滲んでいく。リヒトを、あんな小さな子供を死に追いやってしまった。許されないことをしてしまった。


 サリエルからの質問も頭から話せない。この世界は矛盾だらけだ、リヒトみたいな子を救いたくても救えない。トーマスみたいなやつをアメリカに逃がすんじゃなくてメキシコで胸を張って生きれるようにしてあげたいのにできない。滅んでしまった方がいいって言っていた。汚いやつらがみんないなくなれば、幸せになれるんだろうか。


 答えはそこにはなく、罪悪感で潰されそうに痛みで悲鳴をあげる心臓を押さえつけるように声を殺して泣いた。


 ***


 マルバスside ―


 佐奈とルーカスたちを送り出し、先ほどまで賑やかだった室内は私とヴァレリー以外いなくなり静寂に包まれていた。しかしその静寂を乱す乱入者の気配を感じ、これから起こる面倒ごとに嫌でも表情が硬くなる。


 『上手くいったみたいだね。速報が楽しみだ』


 私とヴァレリーしかいないはずの空間に響く場違いなほどの陽気な声。全世界を恐怖のどん底に陥れている悪魔がそこにいた。マティアスを一人にしているのか?あの男が今の私たちにとっての重要人物であることを分かっていないはずがないだろうに。


 『マティアスに護衛は付けたのか。まさかあの男を一人にしてこちらに顔を出しに来たわけじゃないだろう』

 『もちろん。彼は僕らの大切な王様だからね。マルコシアスをつけている。今日は君にお願いがあってきたんだ』


 ソファに腰掛けたバティンは相変わらず胡散臭い笑みを張り付けている。こいつからのお願いで碌な頼みをされた記憶がない。考えが顔に出ていたのだろう、私を見てバティンは笑みをさらに濃くした。


 『美人が台無しだマルバス。ヴァレリー、二人にしてくれないかな?後で君にもお願いしたいことがあるんだ』


 ヴァレリーはこっちに視線を向け、大丈夫なのかとアイコンタクトを送ってくる。問題ないと言う意味で手を振ると、ヴァレリーはバティンに頭を下げて部屋を出て行った。今頃ガアプが佐奈達を保護しているはずだ。事前にイルミナティから予言を流しているから、報道陣も警察も大聖堂に押しかけてくるはずだ。スペインがこの予言をまともに受け、的確な判断ができたのならば現在の時刻は朝の八時半。そろそろ動いてもいい筈だ。


 ヴァレリーがいなくなったことを確認してバティンが立ち上がり、こちらに近づいてい来る。ヴァレリーにも聞かれたくない会話なのだろうか?そう思ったが、別に内容は大したことではなく、単にこいつの悪い癖なだけのようだ。最近のこいつは人間に触発されたのか疑似恋愛がお好みの様だ。


 腰に手が回り、引き寄せられ相手の息遣いを肌で感じるほどに近づく。


 『君の力を使ってほしい。またマティアスから予言を流す』

 『……内容次第だ』


 私に頼むこと、能力と見合わせたら、一つしかないだろう。限定的な被害でとどまらせる気はバティンにはなさそうだ。


 『疫病を流行らせてほしい。被害規模は全世界で万単位で出していいよ。死者数はあちらが勝手に調整するだろう』

 『地域は?』

 『そうだな。南米にしておこうか。広範囲に広めていい。ただ、南米領域に限定して使ってくれ。移動による疫病の地域移動は向こうの責任だ。僕らには関係のないことだ』

 『疫病の種類はこちらで勝手に決めさせてもらうぞ。追って連絡をくれたら取り掛かる』


 話しが終わったため距離をとろうと相手を押しのけるも案外強い力で反発され、ため息をつく。目の前の男はニコニコ笑っており、相手の望む物がわかってしまう自分にも嫌気がさした。


 身長は大して変わらないが相手の方が少し高い。その唇にそっと自分の物を重ねたら満足したかのように拘束をほどいた。本当に、面倒くさい男……


 『恋愛の真似事なんてお前らしくない。ヴァレリーにも話があると言っていたな。奥にいるぞ』

 『うん、有難う。じゃあマルバス、君だけは最後まで僕の側に、ね』

 『……私は酔狂な女ではない。見限るならとっくに見限っている』


 その言葉に満足そうな顔をして、バティンは部屋を出て行った。追って連絡が来るまではこちらから動く必要はない。何の気なしにテレビの電源をつけると、緊急特番でシャビエルの殺害に関する速報がすでに流れていた。イルミナティの予言通りになったと。私たちの組織をテロ組織だとリポーターは見識者たちは批判している。その点に関しては否定はしない。


 近いうちにバティンは予言を流すだろう。今回の件を教訓に次こそはこちらを楽しませるように対策を講じてほしいものだ。


 『試されているぞお前たちは……まあ、何もわかるはずがないか』


 その独り言は空気に溶け、誰の耳にも届くことはなかった。




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