第77話 聖地つぶし 4
リヒトの亡骸を祭壇に置いて、シャビエルがこちらに振り返る。その後ろにはまるで降臨するようにサリエルが後ろに控えていた。呆然としている俺と泣き崩れている澪を庇うように進藤さんとルーカスが迎え撃つように立ちふさがる。
進藤さんはともかくルーカスはいくつもの切り傷を抱えている。どうしてそれで戦えるっていうんだ。なんで、そんな状態で戦おうとするんだ。
サリエルの腕が包み込むようにシャビエルの首に回り、少しずつ体が透明になっていく。いつも俺がウリエルに体を預けていた時と同じ現象が、このおっさんには起こっているのか。
聖地つぶし4
空気が震えている。この状況をよく思っていないのは当然で、進藤さんが相手を待つことなく土で作られた槍を放つも、それはシャビエルには届かず全て粉砕された。ルーカスも攻撃を仕掛けることができないのか状況を見守り、俺は金縛りにあったように動けず、澪は未だに泣いている。
顔を上げたシャビエルの表情は今までの物と違い殺気に満ちている。歯は強く噛み締められ目は血走っているようにも見えた。しかしサリエルが持っていた鎌を手に取り大きくこちらに振り下ろした瞬間、とんでもない風圧が襲い掛かり全員が吹き飛ばされる。
「化け物が……!ティクドシェ、あいつを殺せ!」
ルーカスの命令に嬉々として斧を握り締めたティクドシェが笑いながらシャビエルに向かって走っていく。それに援護しようとルーカスも体勢を整えた瞬間、何が起こったのか分からなかった。気づいたらティクドシェの首と胴体が離れていて床に転がり、その光景を見て澪の悲鳴が聞こえた。
「(汚らわしい悪魔が。お前たちのような不信人者が世界を滅ぼしていく。悪魔に魅入られた人間など堕落の極みだ。貴様たちに今から神の裁きが下るだろう)」
ティクドシェの死体を踏みつけて一歩一歩シャビエルが前に出てくる。しかし一歩ずつ歩くごとに体から出血していくのか見えて確信する。やっぱり、天使のエネルギーを受け止めることができないんだ。このままじゃ数分持たないぞこのおっさんは。
放心しているルーカスの肩を掴んで声をかける。キメジェスの能力が確か色んな言語を話せるようにするとか言ってたなら、ルーカスもスペイン語を話すことができるはずだ。最悪英語でもいい、このことを伝えないといけない。
「ルーカス、あのおっさんに言ってくれ。いますぐサリエルを体から追い出さないと死んでしまうって。天使を受け入れることを体が拒否しているって。このままじゃ数分も持たない」
「へえ、いいこと聞いたあ」
話しが聞こえた進藤さんがニヤリと笑って立ち上がる。ルーカスも吹き飛ばされて切れてしまった口元の血をぬぐって立ち上がるもシャビエルに俺の言ったことを伝えてくれる気配はない。まさか、助けるつもりがないのか!?
「じゃあ数分耐えたら死ぬんでしょ?あいつ。殺すのは難しいけど耐えるくらいならできる。いいこと聞いちゃったわ」
「バティンの予言はシャビエルの殺害だが、死に方にバティンからの注文はない、要はこいつが死ねばなんでもいいんだ。俺もそれを望んでいる。あいつに救いの手なんか差し伸べるか」
二人とも、殺す気なんだ。和解する気なんてさらさらない。でも二人じゃ無理だ。だって今のシャビエルの状態は俺が一番わかっている。ウリエルを体に宿している間、無敵だと思っていた。こいつがいる限り、俺は地獄に連れていかれることなんてないんじゃないかって。今のシャビエルもきっとそうだ、サリエルがどのくらいの天使かは知らないが、それでも大物であることには間違いない。だったら今のシャビエルの強さは俺達の想像の比ではない。
シャビエルが鎌をもって走り出し振りかざす。ルーカスは恐れを知らないのかその鎌をサバイバルナイフで受け止める態勢をとる。嫌な予感がする。これを受け止めたらどうなるんだ?サリエルの鎌だぞ。普通の武器じゃない、ルーカスのサバイバルナイフが役に立つのか?
最悪の未来が予知のように頭の中で広がり、気づいたら駆け出していた。
ルーカスが死ぬのは駄目だ、こいつには目的があるって言っていた。その目的を果たすまで、ルーカスは殺させない!!
ルーカスを突き飛ばして振り下ろされた鎌が自分の肩口に迫る。それをラグビーでトライするかのように体を低くして相手に突進することでかわした。シャビエルは飛びついてきた俺の背中に肘うちをして、痛みで緩んだ腕を引きはがしそのまま殴りつける。
吹き飛んだ俺にとどめを刺そうと再び振り上げられた鎌は澪の爆破によってこちらに届くことなかった。
「やめて……拓也に乱暴しないで!!もういや、消えて、あんたなんか消えて!!」
澪は泣き叫び狂ったかのようにシャビエルの周囲を爆破していく。ヴアルに比べたら威力ははるかに弱いが、それでもじかに食らえば火傷を負うことは容易で、シャビエルの服は焦げ、皮膚には火傷ができていく。
その隙を逃さず、進藤さんが土の槍で追い打ちをかける。呆然とその光景を見ているしかできなかったがルーカスによって引きずられて距離をとる。
「無茶するな!」
「あいつの武器、天使の武器だぞ。そんなサバイバルナイフじゃポッキリ折られちまうかもしれない!」
未だに進藤さんと澪の攻撃の手は緩まず、シャビエルの姿は見えない。このままこいつは死んでしまうんじゃないか?この光景を見ながらふとバティンが思い出された。今の状況をバティンはきっと笑っているんだろう。俺達が死んでも、シャビエルが死んでもバティンにとっては徳しかない。本当にとんでもない奴だ。
しかし澪と進藤さんの攻撃はシャビエルの反撃によって終わりを告げた。
全身を血だらけにしながら、攻撃を食らうこともものともせずに突っ込んできたシャビエルの鎌が進藤さんに届く。
「佐奈!!」
ルーカスの大声と共に進藤さんの体に鎌が食い込み、肩口から体を一刀両断された進藤さんが全身の血をぶちまけてその場に倒れこんだ。その光景を黙って見ているしかできなかった。とどめを刺そうとしたシャビエルにルーカスがサバイバルナイフを投げつけて動きを阻止して、その隙を見てもう一本のナイフで首を狙う。
しかしナイフはシャビエルに届かず、鎌の先端についているナイフのような部分でルーカスは腹を刺され、蹴り飛ばされた。
「(アーメン、悪魔の子よ)」
倒れている進藤さんの息は浅く、ルーカスは腹部を刺された痛みですぐに戦闘復帰できそうにない。ここで進藤さんは死ぬ?心臓は嫌な音をたてる。進藤さんが死ねば、解放されるんじゃないか?こいつがいるから、こんな事になってるんだ。こいつが現れるから。
進藤さんとルーカスがやられたことに澪は固まって動けそうにもない。シャビエルは俺と澪だけで倒さないといけない。進藤さんがいなくなれば……
シャビエルの鎌が進藤さんに振り下ろされる。しかしその鎌は一匹の悪魔の乱入により届くことはなかった。
「ヴォラク!」
『なーにやってんだよ拓也!固まってる場合かよ!』
ヴォラクはシャビエルに攻撃を仕掛け、二人は激しい打ち合いに発展する。その隙に進藤さんの元に駆け寄り体を抱き起した。肩から斜めにざっくりと斬られた箇所は血が溢れ、このまま死んでしまうのではないかとすら感じる。
しかし進藤さんは痛みで顔をしかめながらも俺の肩に手を置いて体を支えた。
「進藤さん、動いたら……」
「平気よお。私死なないって、言ったでしょ……」
そんな傷で話したら……進藤さんは顔を真っ青にしながらも笑みを作る。なんで、この子はこんなにも……
「ふふ、ふふふ……痛い、でも死ぬのはきっと、もっと痛いわ。とっても、痛い。同じ目に、遭わせてあげる……ッ!」
無数の土の槍が再び現れシャビエルに向かって飛んでいく。数十本の土に矢が飛んでいき、気づいてヴォラクは退避したがシャビエルは鎌を振りまわし矢を砕いていく。しかし動くたびに口から血を出し、もう体にガタが来ていることを感じる。
後ろからはルーカスがナイフを持って走っており、土の矢に気をとられているシャビエルの背中にナイフを突き刺す。血を吐きつつも鎌を大きくスライドさせて土の矢と共にルーカスの足も切り裂いてシャビエルはこちらに突進するが、ヴォラクがそれを食い止め最終盤面に向かう。
ルーカスはもう立つことも難しいのか、痛みで蹲り、進藤さんの息も荒い。シャビエルの動きは鈍く、とてもじゃないがヴォラクを倒せるとは思えない。おそらく、こいつはここまでだ。そしてその瞬間は訪れた。
ヴォラクが鎌をいなし、身を翻し振り下ろした剣がシャビエルの首をとらえる。あまりにも鮮やかに首から噴き出した赤い血と崩れ落ちるシャビエルの体に目が丸くなる。
倒れこんだシャビエルはもう動かず、その頭上にサリエルが現れた。
『……だから言ったのに、無理だよ僕を受け入れるなんて。君は人間で僕は天使だ。これが君の限界だ』
シャビエルは全身から血をぶちまけて絶命しており、この戦いが終わったことを感じた。全身の力が抜け、進藤さんは浅い息をしながらも笑みを浮かべた。
「ばあーか。私たちに、逆らうから」
『その首、落としてやれたらいいんだけどね。僕に今回そこまでの権限が与えられてないのがな』
サリエルの鎌がヴォラクをとらえる。その鎌をはじき反撃をしかけ、ヴォラクとサリエルの戦いが始まった。あまりにも激しい打ち合いに何も手伝うことができない。
『言え、中谷をどこにやった!?お前ら天使が隠してることは知ってるんだ!』
『ああ、お前があいつの飼い犬か。随分と面倒ごとを押し付けてくれたね。あんな餓鬼、のしつけて送り返してやりたいところだが、利用価値を見出してる奴がいるみたいでね』
ヴォラクの剣を打ち上げて、不利を悟ったのか距離をとろうとするヴォラクを逃がさず、サリエルはどんどん距離を詰めていく。どこか、だれか援護できないのか!?パイモンたちは!?
なんとか援護が来るまでヴォラクに頑張ってもらうしかない。俺も、行かないと……
サタナエルの炎を手に出して、ヴォラクの援護に向かうタイミングを見計らう。どうやってこの間に割り込めばいいんだ。ヴォラクが俺の攻撃を避けてくれることを期待するしかない。考えたって無駄だ、俺に高等テクなんてないんだ。当たればラッキーくらいの勢いで臨むしかない。そう開き直りサタナエルの炎を思いっきり放射する。
サリエルがひらりと身を翻し、ヴォラクも距離をとり一旦打ち合いは停止する。時間を稼ぐんだ、パイモンたちが助けに来てくれる時間を。無差別に炎を打ちまくり、二人の戦闘を中止させる。こんなことしかできないけど、ヴォラクに不利なことは分かる。今は二人から距離をとらせるしかない。
「ヴォラク、あっちの様子はどうなんだ!?」
『あー知らない。拮抗してるよ!パイモンが援護行けってさー!』
向こうもケリがついてないのか。たしかに姿は見えないけれど戦っているような音は聞こえてくる。ヴォラクも一刻も早くケリをつけて援護に行きたいだろう。サリエルは優位に立っていたのを邪魔された割には焦りは見えない。鎌を握り直して、空中に胡坐をかく。その姿は戦うにはあまりにも不釣り合いで、ヴォラクは苛立って一方的に攻撃を仕掛けた。
しかし結界に阻まれて攻撃は届かず、サリエルは胡坐をかき頬杖を突き結界を破壊するために攻撃をするヴォラクを黙って眺めている。
「ヴォラク、もういい止めろ!」
『でも拓也!』
『悪魔ヴォラク。ゴエティアの記述によると三十の軍団を率いる序列六十二番の地獄の大総裁。召喚者に財宝のありかを教えるとされ、召喚者に害を与えず望む物をもたらすともいわれる。僕は気になってたんだけどねえ、なぜその力をあんな子供に使うんだ?』
ヴォラクの動きが止まる。周囲が静まり澪の泣き声と進藤さんの荒い息遣いだけが空間を占領する。支えている進藤さんの表情は苦しそうで、一刻も早く治療をしないと間に合わないんじゃないか?
「ヴォラク、進藤さんの治療してあげて。応急処置でいいんだ。このままじゃ……」
振り返ったヴォラクの視線の冷たさに息を飲む。
『なんで俺がそいつを?イルミナティなのに?俺達の敵じゃん、そのままくたばれよ』
その一言にサリエルは噴き出して大声で笑う。
『ははは!何お前ら仲間割れかよ!面白いね。僕を倒すために来たんじゃないの?そこは見捨てちゃうんだ!こういうの見るとさ、人間って生きる価値のない生物だよなって思っちゃうよねえ』
『お前の理論とかどうだっていい。俺は俺の好きにやる。中谷を連れ戻すのが俺の使命だ』
『せいぜいちちくり合ってろよ。無駄ってことがわかるだろうよ』
サリエルは鎌を直し戦闘態勢を解除する。戦う気がない?ヴォラクの攻撃もいなし、サリエルは倒れているシャビエルを抱きかかえ、奥の祭壇にいるリヒトの体を浮かせた。その表情は複雑そうで、俺達に向けているものとは全く別の慈悲を含んでいた。
『信じる者には救いを。宗教の基本だ。そろそろ肉体から魂が遊離する。僕はここでお暇させてもらうよ。この二人と君らに殺されたエクソシスト諸君を聖人として天界に連れて行ってあげないといけないんでね』
振り返ったサリエルの表情には笑みが浮かんでいて追い詰められているという感情は全く持っていなさそうだ。このまま逃げられたらゲートはどうなるんだ?中谷を連れ戻すことは!?
大体聖人認定とか馬鹿げている。シャビエルは知らないが、リヒトはそんなこと望んでなんかいないだろう。あの子の望みを与えることもしないで、何を救った気になるんだ……!!
「お前可笑しいだろ……そんだけの力持ってて、なんでリヒトたちを助けようとしないんだよ!?」
『人間同士の抗争は僕たち天使の管轄外だからね。僕は仕事である魂の回収を先にさせてもらうよ』
サリエルの体が浮かび上がり、すかさず攻撃を仕掛けたヴォラクの剣は相手には届かない。何度も攻撃をするヴォラクにサリエルは笑った後に祭壇の上に立った。
『アフ、ヘマハ、マシトがやられたらこのゲートは消滅させるしかない。くぐるんなら今のうちだよ。ただ、メタトロンとサンダルフォンがゲートの前で待機している。あの双子を倒せる力が君らにあるんならね』
こいつ以外にも他の天使が待機しているのか……メタトロンとサンダルフォンと言う天使の名前をヴォラクは知っているんだろう、悔しそうな顔をしてサリエルを追うことを止めた。自分一人では不利だということが分かっているようだった。こっちに見向きもせずにヴォラクはパイモンたちがいるであろう方向に向かう。
『さっさと、あのクソ天使どもを殺してゲートに行かないと、天界に行けない!』
「ヴォラク待って!」
サリエルの姿はそこにはなく、残されたのはすでに息絶えているエクソシストの三人だけ。リヒトとシャビエルに関しては肉体ごとサリエルが持って行ったのか……
ルーカスの傷は分からないけど、目が合うと心配するなとでも言うように手をヒラヒラと振った。俺達、勝ったんだよな?死体が転がり腕の中には今にも息絶えそうな進藤さんがいる。自分たちの戦いが終わったことを実感した瞬間、虚無感に襲われ自然と涙がこぼれた。
「拓也……」
澪が泣きながら名前を呼んでいる。駆け寄って励ましてあげたいのに、進藤さんを見捨てることもできない。立ち上がれない俺の視線の先には手で顔を覆って泣く澪がいる。
ルーカスがゆっくりとこっちに近づいて肩を掴む。顔には汗がにじんでいて顔色も悪い。
「佐奈の奴……こんなところでくたばる気かよ」
「……死なないって、言ったでしょ。ルーカス、本当にうるさい」
「文句だけはまだ言えるんだな」
進藤さんの悪態にルーカスは小さく笑い、俺の横に膝を着く。
「拓也、悪いが、アガレスに報告してほしい。佐奈が危険な状態だって。アガレスなら佐奈を治癒できる。こいつは俺が見ておくから、頼む」
確かにルーカスの傷ではなんとか歩くことはできても走り回ることはできないだろう。澪も、到底そんなことをできる状態じゃない。
ルーカスの言葉にうなずき進藤さんを預ける。
「私を、助けるの?池上君」
「……貸しひとつ。もう、俺に偉そうにできないな」
「……生意気」
そう言って笑う進藤さんは目を閉じる。慌てて名前を読んだけど、まだ息をしている。大丈夫、まだ間に合う。
パイモンたちの所に行く前に澪のとこにに向かう。澪は泣きじゃくって俺を見るなり抱き着いてきた。
「拓也、拓也……!」
「怖かったな澪。ありがとう、俺を助けてくれて」
混乱して壊れたように俺の名前を呼んで泣きじゃくる澪を抱きしめる。ヴアルの力を使えていた。澪も、悪魔の能力に目覚めていたんだ。そのことについても考えていかないといけない。澪は俺から離れるのが不安なのか、体を放そうとするのを泣きながら嫌がる。
「澪、俺と一緒に行く?パイモンたちの所に行こう」
「……うん」
俺と一緒に行くという話を聞いて澪は少し冷静さを取り戻したのか一緒に立ち上がる。不安から握られた手は震えている。その手を握り返して、ルーカスに行ってくると伝えて俺達はパイモンたちが戦っているであろう場所に向かって走った。
サリエルが広げた空間は元の大聖堂よりも空間や面積がかなりおかしくなっているようで、どこにパイモンたちがいるのかは金属音がぶつかる音を頼りに行くしかない。こっちも軽いとはいえ怪我をしているから、あまりむやみやたらと走り回って体力を使いたくはない。時折立ち止まり音を集中して聞き、方向を考える。
「拓也、あの子助けるの?」
ポツリと澪が呟き走っていた足が止まる。振り返ってぶつかりあった澪の瞳は不安げに揺れていて、進藤さんを助けることを戸惑っているようだ。でも見捨てるなんてできないだろ。
「進藤さんに死んでほしい?」
それに肯定も否定もせず、澪は俯く。進藤さんは確かに俺達にとっては邪魔な存在だ、イルミナティに所属していて日本で大地震を起こしたアガレスの契約者。バティンに協力している進藤さんを好意的にとらえられるわけがない。だけど……
「俺は進藤さんを助けるよ。正直いなくなってほしいとは思うけどさ、見捨てたなんてなったら後味悪いじゃん」
その言葉に澪は小さく笑い、小さく呟いた。
「……そういう所、トビアにそっくり」
聞きなれない言葉に聞き返せば、澪は目を見開いて激しく頭を振った。何かを抑え込むように手で頭を押さえて顔色も一気に悪くなる。澪に何が起こったのかわからず伸ばした手は思い切り払われ距離をとられた。
「澪?」
「な、なんでもないの。大丈夫だからごめん……早くパイモンさんの所に行こう」
会話は遮られ、澪は音が聞こえる方に指をさす。ついて行くと、だんだんと音は大きくなり獣のうめき声も聞こえてきた。パイモンたちの所にたどり着いたのかもしれない。パイモンの名前を呼んで走る速度を上げると、地面に倒れている獣を発見する。なんだこいつ、キメジェスが連れていた奴とは違う。鷲の頭にライオンの体、背中には羽がある。こういうのゲームで見たことがある。グリフォンだ。でもキメジェスがのってた獣はライオンみたいなやつで、グリフォンではなかった。てなるとアガレスかムルムルのものだろう。
少し奥からはフォモスとディモスの雄たけびも聞こえ、その姿をついにとらえた。
「パイモン!!」
『主、ご無事でしたか!』
俺の声で戦っていたパイモンがこっちに振り返るも、その隙をついて背後を攻撃しようとした天使をキメジェスが襲い、パイモンがいったん前線を離脱してこっちに走って向ってきた。その姿は傷だらけで、あちこちに斬られたあとがあり戦いの激しさを物語っていた。パイモンは俺達の怪我を見て大したことがないと判断したのか安心したように息をついた。
「こっちは決着ついたよ。サリエルからは逃げられたけど……そっちは?」
『ヘマハは殺害しました。しかしアフとマシトがまだです。こちらもムルムルが死亡しました』
ムルムルってネクロマンサーの悪魔だよな。そうか、あいつ死んじまったのか……
『ヘマハとの相打ちです。奴の契約石のユークレースの盾も粉々に壊れたので、砂になって消えました。ただ戦局はこちらが有利です。ヴォラクも戻ってきたしアスモデウスもいる。認めたくはないがキメジェスとアガレスの戦闘能力も高い。主は澪と安全なところに避難してください』
「進藤さんが大変なんだ。アガレスを呼びに来た」
パイモンの目つきが変わる。詳しく話せということだろうけど、後ろで激しい戦いは今も続いている。手短にしないといけない。
「進藤さんがサリエルにやられて虫の息だ。このままじゃ死んじまう。アガレスに回復を頼みに行ってくれってルーカスに頼まれてきたんだ」
『……あの女を助けるのですか?』
パイモンが信じられないというように表情を険しくする。やっぱり、パイモンも見捨てたらいいと思ってるんだろう。アガレスに視線を向けると戦っているヴォラクとキメジェスとアスモデウスを献身的にサポートしているように見えた。
『あの女が死ねば、アガレスも殺害できるチャンスは必ず来る。奴らに恩を売る必要はありません。もう一度言います、安全な場所に避難してください』
パイモンはそれだけ言って背を向けた。つまり、俺の頼みを聞く気がないということだ。
「拓也、行こう。ここ危ないよ……」
澪が袖を引っ張り、避難するように後ずさる。でもなんでろうな、進藤さんのこと嫌いなのに、どうして諦めきれないんだろうな。
― 大丈夫よ。私たちきっと負けない
進藤さんのあの言葉で救われたのは他の誰でもない自分自身だった。誰が言うわけでもない、他の誰から言われても何の慰めにもならないだろうあの言葉を、なんでか進藤さんがいうだけで受け止められた。
嫌いだ、大嫌いだ、あんなサイコパス女。でも、ここで死ぬべきじゃないってことだけは分かるんだ。
「アガレス!!」
おもいきり大きな声でアガレスに呼びかける。その声は相手にも届いたようでアガレスがこちらに振り返り、パイモンが苦虫を噛み潰したような表情に変わる。
「進藤さんが大けがした!お前なら助けられるってルーカスが!!」
『佐奈が?』
『いって来いアガレス。あとは俺らだけでどうとでもなる。ついでにルーカスの状態もチェックしてきて。こいつらに寝首かかれようが俺なら逃げきれる自信もある』
『キメジェス……すまない。継承者、佐奈の所に行こう。契約石をたどれば場所は分かる』
杖を下ろしてアガレスがこっちに向かってくる。そう言えば音を頼りにこっちに向かったから、逆に戻り方全く分からなかった。景色はどこまでも変わらず、目印になるものも何もなかったから。でもアガレスがそういうのなら何とかなりそうだ。
アガレスが抜けた穴をどうカバーするかだけど……
「俺があんたの代わりにここに残る。早く進藤さんの所にいってやって」
『君が?流石に荷が重いと思うよ』
「そんなことはわかってるよ!でも俺にもまだ何かできることがあるかもしれないだろ!澪も一緒に行ってくれ。ここは危ないから』
澪は顔を真っ青にして首を横に振り、離れたくないと意思表示をするけど、ここは危険だ。いつ何が起こるか分からない。俺の勝手でアガレスをこの場所から引き離すんだ。ここで俺も安全な場所に戻るわけにはいかない。ちゃんと責任はとる。足さえ引っ張らなければ怒られはしないはずだ。
アガレスは何も言わず、澪の肩を掴みその場から姿を消した。残った俺は走ってパイモンたちの元に向かう。
「パイモン、俺も参加する。魔法で援護する」
『本当にどこまで貴方はお人よしなんだ……信じられない』
「ごめん、でも進藤さんはここで死んだらいけないと思うんだ。それだけはわかる」
『私には分かりません。ですが行動の責任をとるのは貴方だ。勝手にすればいい。主、カマイタチで援護を頼みます。弓を武器にしているヘマハを殺害で来たので残りは大剣を持っているアフと槍を持っているマシトです。魔法でのサポートは有難い』
なるほど、アフはアスモデウスとヴォラク、マシトはパイモンとキメジェスで戦っていたのか。俺はマシトをとりあえず倒せばいいんだな。
流石に一対一は不利なのかキメジェスが早くパイモンに戻れと急かしている。浄化の剣を出して戦闘準備をした俺を確認してパイモンも前線に復帰する。ラストだ、こいつらを倒す。全部、終わらせてやる!