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第75話 聖地つぶし 2

 ストラスside ―


 拓也がマンションに泊まりに行くと母上に嘘をついて家を出て行って数時間。そろそろ準備も終わってスペインに到着しているころかもしれませんね。何も知らない母上はいつも通りの生活を行っていて、直哉も父上も変わりなく平凡な家庭の風景がそこにはある。


 かくいう私は不安で何をするにも上の空で気晴らしにテレビを見ようと電源をつけてバラエティにチャンネルを合わせた瞬間、緊急速報のアラームが鳴り、音が聞こえた母上もリビングにやってきました。


 ― イルミナティの予言が行われました。マティアス・カレンベルク氏(62歳)はリヒテンシュタイン首都ファドゥーツにて会見を行い、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂の司教であるシャビエル・アグィレサローベ氏の殺害を予言しました。現在イースターによるイベントが各地で開かれているヨーロッパではEUがすぐさま緊急会合を開き非難決議を送り、スペインは警備隊などの対応を検討しています。 ―


 テレビで中継されなかったから分からなかった……!パイモンたちも聖地つぶしの下調べでイルミナティの会見のことまでは調べていなかったはずだ。慌ててチャンネルをNHKに変えると緊急のニュース速報で取り上げられており、現在百発百中で予言が的中しているイルミナティのさらなる予言をアナウンサーが淡々と取り上げていた。テレビの先にはバティンの契約者であるマティアスが映されており、会見会場からは怒声が響き渡っています。


 「やだ、これって……」


 隣で見ていた母上も表情をゆがめ画面を食い入るように見つめている。こうしてはいられない。シトリーに伝えなければ。今拓也に連絡をとれるのはシトリーだけだ。まさか拓也がそのスペインの大聖堂に向かっているなど微塵も思っていない母上はどこか他人事のようにテレビを見ている。


 『母上、私はマンションに行ってきます。予言のこと、伝えなければ』

 「あ、そうね。気を付けてね。ストラス、拓也は貴方が守ってくれるのよね……?」


 すぐに返事を返すことができず、沈黙が室内に漂う。その拓也は遺書を書いて死ぬ覚悟で聖地に向かっている。私は何もできずにここで生命の危険にさらされることなく眺めているだけ。


 『……はい。私は戦闘はからっきしですが、拓也にはパイモンがいますので』

 「そうね、そうよね。パイモンさんて強いのよね。私もあの子が悪魔と契約したって話を聞いてからネットとかでソロモン七十二柱を調べたのよ。パイモンさんはすごく強いって書かれていた。大丈夫よね……そんな人が拓也を守ってくれるんだもの」


 それ以上何も言うことができずに、周辺に人がいないことを確認してマンションに向かう。シトリーかヴアルがいればいいのだが。一刻も早く伝えなければいけない。



 75 聖地つぶし 2



 拓也side ―


 「大分慣れた?」


 一時間以上歩きサンティアゴ・デ・コンポステーラの市街地に到着した俺は隣を歩くパイモンに問いかけた。パイモンは頷きはしたものの、まだ完全には慣れていないようだ。俺にはわからないけど、やっぱり天使の臭いというか力みたいなもので充満しているらしい。


 「もう少し時間があれば。ですが大分ましにはなりました」


 市街地は巡礼者っぽい人たちが多い。とはいっても、大半は旅行がてらって感じでガチの信者って人は付近にはいなさそうだ。ヴォラクの言う通りイースター近辺の日にちだったおかげか観光客がかなり多く、この人たちを進藤さんたちはどうするつもりなんだろう。澪は不安そうに視線を下げて、アスモデウスとヴォラクも警戒するかのように周囲に気を配っている。


 その時、携帯がポケットで震え取り出すと、メッセージが入っている。相手はシトリーからで、その内容を見た瞬間に背筋が凍った。


 「進藤さん!」


 思わず出した大声に進藤さんだけじゃない澪やパイモンたちも一斉にこっちに振り返る。進藤さんは首をかしげて「なあに?」とかわいらしい声を出した。


 「これ、どういうことだよ……」


 メッセージを開いて進藤さんに見せる。その内容はイルミナティの予言だった。前回ほど大々的には行わず、テレビ局への周知もしなかったから日本まで情報が来なかったんだ。でも奴らのこの内容じゃ、また俺たちに予言を実行させる気なのか!?


 「俺たちにお前らの予言をまた実行させる気なのか!?」


 進藤さんはメッセージを見て、にんまりと口元に弧を描き、後ろにいるアガレスとキメジェスとムルムルもくつくつ可笑しそうに笑っている。やっぱり、こいつらは知ってたのか!黙ってたんだな!?


 唯一表情を変えなかったルーカスが携帯を持っている俺の腕をつかんで下げさせる。


 「大声を出すな。日本語がわかる奴がどこにいるか分からない。それも含めて今から話をする予定だ。着いてこい」

 「信用できるかよお前らなんて」

 「信用しろとは言ってない。だが説明が終わっていない段階でのその態度は軽率だ。全てを聞いてから考えろ。来い」


 ルーカスが背中を向け先を歩く。その方角は大聖堂とは別の場所だ。ついてこない俺にため息をつくけどそのままルーカスたちは歩いて行ってしまう。


 「ここで説明はするわ。心配しないで。ちゃんと貴方達も納得できるんじゃない?」


 話を聞かないと始まらないと思ったんだろう、怪訝そうな顔でパイモンが後をついていく。パイモンが行くのなら仕方ないのか。でもいざとなったらパイモンもヴォラクもアスモデウスもいるんだ。逃げるくらいはできるだろう。


 「大丈夫なのかな……」

 「わかんねえ」


 澪と不安をこぼしつつも俺達も後ろをついていった。


 ***


 「遅いぞ。待ちくたびれた」

 「マルバス姉さまー!」


 ルーカスたちに案内されたのはマンションの一角だった。その中にはマルバスが待っており、隣には三十代後半から四十代前半くらいの男性の姿もある。室内に二人以外は見当たらず、恐らくこの男がマルバスの契約者なんだろうってことだけはわかる。


 飛びついた進藤さんを受け止めてマルバスが顔をしかめる。


 「佐奈、抱き着かれると動きづらい。離れてくれ」


 進藤さんは随分懐いているようだけど、澪はマルバスを見て体を硬直させた。そんな澪をマルバスは冷ややかに笑い一歩前に出る。


 「久しぶりだな澪。随分と君は私が思っている以上に強情で頑固のようだな」


 いったい何の話なんだ?やっぱりバティンに連れ去られていた時にマルバスに何かされたのか!?

澪は唇をかんでマルバスを睨みつけており、アスモデウスが守るように敵意を露に前に出た。


 「やっぱりお前、澪に何かしたな。何を隠している」

 「何も。どうもバティンの癖が移ったようだな。不快にさせたなら申し訳ないが今ここで私とやりあうつもりなら、その勝負受けて立ってもいいぞ。そこまで貴様が短絡的で愚かな奴だというのなら剣を抜け」


 随分と煽るな。バティンの補佐を務めているだけあって腕は立つんだろうけど、相手はアスモデウスだぞ。正直、女性が相手になるとは思わないけど。でもマルバスの近くにいたキメジェス達もこっちに敵意を向けてきて一触即発の状態にアスモデウスは舌打ちをしてそれ以上行動は起こさなかった。


 アスモデウスが下がったのを見てマルバスは鼻をならし、側にいた男性にバトンタッチするように進藤さんに抱き着かれたままソファに腰掛ける。


 「マルバス姉さまが今回参加しないの寂しいなー。バティンったらマルバス姉さまのこと大好きだから贔屓してるのね」

 「そうだといいんだがな。まあ、バティンもマティアスも殺害予告が出回っているし迂闊には動けないんだろう。伝言役はすべて私に回してくる。面倒な奴らだ」


 そりゃそうだ、バティンもマティアスも世界中から今すげえ嫌われてるだろう。殺害予告の一つや二つあって当然だ。てか動画サイトで普通に見たことあるし。マルバスが休憩に入ったところで黙っていた男性が数枚の紙をテーブルに広げた。見るように促され、恐る恐るテーブルに近づくと手を差し出される。


 「(初めまして。マルバスの契約者のヴァレリー・タンムだ。出身はエストニアだ。今回は戦闘に参加できなくて申し訳ないけど、精一杯サポートするよ)」


 条件反射でこっちも手を出してしまいがっちり握手してしまう。進藤さん以外はイルミナティ抜きにしたらルーカスもこの人もまともそうなんだけどな。ヴァレリーさんは挨拶をすると再び紙に視線を戻す。正直何を書いてるかはさっぱりだけど、おっさんの写真が載ってるから、その人のことを話すんだと思うけど。


 「(この男性はサンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂の司教シャビエル・アグィレサローベ。今回の俺たちの討伐対象だ。恐らくこの男が依り代になってるのは間違いないだろうな。こいつの他にもヴァチカンから悪魔払い師(エクソシスト)が数人大聖堂に恐らく駐屯する。ルーカス、今回はあいつはいないみたいだ)」

 「(そうか……)」


 ほぼ聞き取れなかったけど、隣にいるヴォラクに訳してもらい何とか意味を理解する。


 ルーカスは表情を歪め苦々しそうに返事をしてるけど、もしかしてエクソシスト協会に復讐したい相手でもいるんだろうか。機嫌を悪くしたルーカスを隣にいたキメジェスがなだめている。俺には敵意むき出しのくせに契約者には随分と態度が違うみたいだ。それはパイモンとかもそうだけどさ。


 でもやっぱりそれならイルミナティの予言ってのはいったい何なんだ?


 「(状況は分かった。それで?お前たちの予言とやらと関係があるのか?)」


 パイモンが切り出せば、ヴァレリーは頷いた。


 「(ああ。イルミナティの予言はこの男の殺害なんだ。多分、こいつは依り代だ。基本的に天使は自由に人間の世界を行き来できるが長時間の干渉は行えない。だから依り代を使うんだ。要は悪魔との契約の天使バージョンってやつ。この男の力を借りて長時間下界で活動するんだ)」


 やべえ。まったくわかんねえ。でもパイモンは分かってるらしい。大人しくしておこう。


 「(この男から天使に呼びかけを行えるということか?)」

 「(恐らく。というか、大聖堂にゲートは間違いなくあるんだ。召喚は訳ないだろうね。でも依り代がいるっていうのが厄介なんだ。あんたたちも知ってると思うけど、人間が死んで優秀な魂が導かれて天使になるのとは訳が違う。生粋の天使は神の創造物だ。不純物を取り除いた純粋で完全で完璧な存在。それが本物の天使。人間が天使になった場合は下界との接触は比較的自由に行えるけど、奴らは人間の世界のゆがみ次第では長時間の活動が行えない。今みたいに悪魔の影響力が濃くなっている状態では特に。そのためにエネルギーを補給する依り代がいる。つまりこいつがいるってことは大物が出てくる可能性が高い。最悪、すべてのゲート管理を行っているメタトロンかサンダルフォンレベルは覚悟してほしい)」

 「(そこら辺の天使とメタトロンはレベルが違いすぎるだろ。もう少し調べられなかったのかよ)」


 キメジェスが顔をしかめて反論するけどヴァレリーは首を横に振った。


 「(あくまでだからな。それに召喚現場を見てないんだ。想像つくかよ)」

 「(あっそ)」


 メタトロンとかサンダルフォンって前ネットで調べたときにすぐに出てくる大物だった気がする。そんなレベルが出てくるってのかよ。悪魔で言うとどのくらいのレベルの強さなんだ?パイモンよりもアスモデウスよりも強い?流石にそうなったらまずいな。


 でもそんな人間がいるなんて想像つかなかった。


 あまりにも他人事のような俺の態度に、ヴォラクが不思議そうに首をかしげる。


 「お前案外冷静だな。お前の同族だぞ」

 「え?俺の?」

 「お前、ウリエルの依り代だろ。今は違うかもしれないけど」


 え、あ、ええ!?そういうこと!?確かにウリエルは俺の体に憑依していた。俺ってウリエルの依り代だったの!?


 じゃあ、このおっさんも天使を自分に憑依させて戦うって言うのなら、相手次第ではとんでもなく強いぞ。だってウリエルがめちゃくちゃ強かったし……


 一通り説明が終わったのか、黙っていたマルバスがこちらに声をかけた。


 「援軍が必要なときはすぐに呼べ。一応私とガアプは待機している。バティンの護衛はフルカスがいれば十分だろうしな」


 いやいや、待機するくらいなら参戦してくれよ。強いんだろ、あんたたちは。


 でも、よく考えたら大聖堂は目前だ。ここならエネルギーは間違いなく届く。澪を連れていく必要はなくなるんじゃないか?正直こんな場所に澪を置いていくのはすさまじく不安があるが、大聖堂に連れて行くのとどちらかを選べば、こいつに任せるしかないのかもしれない。外で待機しとく手もあるけど、戦いが始まって、もし澪に危害が出たときに守れる奴がいない。


 いまだに進藤さんに抱き着かれて嫌そうな顔をしているマルバスに声をかける。


 「マルバス、さん……お願いがあるんですけど」

 「マルバスでいい。聞くだけなら」


 チラッと澪に視線を向け、再びマルバスに視線を戻して大きく息を吐く。


 「澪を、ここに残していけませんか?大聖堂は危険なんですよね」

 「拓也!?」

 「何言ってるんだよ!」


 澪とアスモデウスが非難の声をあげる。俺だって分かってるよ!こんな奴に預けられる訳ないって。でも澪があんな危険な場所に行って殺されるくらいなら……マルバスはまだ澪に何かをするわけじゃないと思う。共闘期間なわけだし。今攻撃とかしないって、信じたい……


 アスモデウスから険しい表情で掴みかかられ、息苦しくなって咳き込んだ俺をパイモンが引きはがしてにらみ合う。


 「俺の前で手を出すのは止めろ。契約主を攻撃されるのを俺が黙って見ているとでも?」

 「だったら、澪を敵に預けるなんて言われた俺の気持ちだってわかるだろう!?」


 だって、大聖堂に行ったらもう逃げられないかもしれない。アスモデウスだって絶対に勝てるとか分からないし、澪が死んでしまうかもしれない。進藤さんはアガレスの力を使える。ルーカスだってここに来てから部屋に置いてあったサバイバルナイフを二本携帯したんだ。戦えるんだろう。でも澪は違う。戦えないんだ。


 マルバスはため息をついて首を横に振った。


 「悪いが無理だ。大聖堂を見てくれたら分かる。あの場所は聖域だ。あの中に入ったら外にいた契約石のエネルギー供給は遮断される」

 「よくわからない……」

 「要はあの場所は特に浄化されすぎていて悪魔には毒だということだ。お前は分からなくていい。とにかく今日はここでこの環境に慣れてもらって明日向かってもらう」


 マルバスは表情を変えずに淡々と告げ、パイモンに手招きをして近くに来るように促した。アスモデウスを警戒しながらも怪訝そうな顔でマルバスに近づいていき、パイモンがいなくなったことでアスモデウスと一対一のにらみ合いになって視線をそらした。


 「万が一、全滅の恐れがある場合は呼べ。アガレスたちに頼めばいい。私とガアプで契約者たちだけは逃がす手配はしている。佐奈とルーカスのついでだ。拓也と澪もその場合の保護の対象に入れてやる」

 「随分と良心的だな」

 「バティンの頼みだ。私はなぜお前たちを助けなければならんのか理解できん」


 パイモンがマルバスとの会話を終わらせてこっちに戻ってくる。

 細かい話があるらしい。俺と澪はこのマンションの二階に部屋をとっているからそこで休めと言われた。進藤さんとルーカスも休憩をとるようで二人に促され部屋を出る。


 「これ以上、澪に何かするようなら……いくら君でも許さない」


 アスモデウスの憎しみのこもった視線に、目を合わすことができなかった。


 ***


 「あー明日って聞いてないわよ~。そんなにここって悪魔にとっては毒なのかしら?」

 「キメジェスはまだ若干居心地が悪そうだった。街でこれだ、大聖堂の中で動けなくなるのは困る」

 「でも警備隊とか出てきたらどうするの?一般人相手はリスク高いじゃない」

 「一日で政府も結論なんか出ないだろ。仕掛けるなら明日の早朝だ」

 「早朝って……あいついるの?自宅で寝てんじゃないの?」

 「いるさ。殺害の予言が出たとなれば天使を呼び出せる大聖堂が一番安全だからな」


 進藤さんが機嫌悪く文句を言う横でルーカスは冷静にサバイバルナイフの手入れをしている。二階の部屋は広くはなく四人入ったことで室内にそんなにスペースはない。

 かくいう俺は部屋にあったソファに腰掛けて景色を眺めるしかないんだけど……そんな俺の前に澪が仁王立ちする。


 「拓也、どうしてあんなこと言ったの?」


 澪の怒っている凛とした声に進藤さんもルーカスも会話をやめてこっちに視線を向ける。

 澪からしたらどうだよな。急に俺がマルバスに預けるとか言ったら不安になるし怒りたくもなるよな。ごめんと謝っても澪の怒りは収まらない。


 「あたしをマルバスに預けてどうするつもりだったの?アスモを一人にするつもり!?いや、違う。どうして拓也はそんなに背負い込むの!?」


 澪?澪は顔を真っ赤にして怒ってくる。でもアスモデウスの名前を出して自分で突っ込みまで入れている。

 進藤さんはまるでこっちを馬鹿にするかのようにくすくす笑っている。


 「そんなのあんたが邪魔だからでしょ?さっさとアスモデウスとくっついちゃってよ」

 「ああ、この子が例の」


 とんでもないことをサラッと進藤さんが言って俺も澪も固まり、隣にいたルーカスだけが平然と納得したように反応した。てか例のってなんだよ……

 時間が経って意識が戻り進藤さんに声を荒げてしまう。


 「進藤さん!」

 「だって見ててうざいんだもん。鬱陶しいんだよね~フラフラしてるもんね。池上君とアスモデウスで。こういうのなんて言うんだっけ?あばずれ?えーと、び……びって?」

 「ビッチ」

 「そうそう!もールーカスったら私より日本語がうまくなっちゃって」


 意味わかんねえ。大体お前らが余計なことしなかったらこんな面倒なことにはなってないんだよ!

 澪も今の発言でかなり頭にきたらしく声を荒げる。

 

 「それは貴方達のせいでしょ!?」

 「少なくとも私じゃないわー。ねえ澪ちゃん、池上君を私に頂戴よ。アスモデウスは澪ちゃんにあげる」

 「アスモと拓也は貴方の物じゃない!」

 「あ、二人とも澪ちゃんの物って言いたいの?生意気~!」


 進藤さんは相変わらずけらけら笑っている。本当に何なんだよこいつは……ルーカスも止めてくれりゃいいのに我関せず再びナイフの手入れを再開してしまった。その間にも進藤さんと澪の間に火花が散る。


 「進藤さん、いい加減にしてくれよ。俺は澪を危険な目に遭わせたくないし、どうして理解してくれないんだよ」

 「私は危険な目に遭ってほしいから。いいとこどりはずるいでしょ?アスモデウスとヴアル従えてていつまでお姫様するつもり?」

 「あたしはそんなつもりじゃ……」

 「だって見ててわかるでしょ?みんなが澪ちゃんに気を遣ってる。マルバス姉さまも含めて。何もできないくせにアスモデウス従えてお姫様気取ってるから嫌いなの」

 「まあ、あんたは一番契約しちゃいけない部類の人間であることに間違いないな。どうせ契約条件も内容も大して決めてないんだろ?本当にその力、欲している奴は他にいるのにな」


 またルーカスまで話に加わって、一斉に責められた澪の目は潤んでいる。でも進藤さんはそんな澪を見て笑みを深くする。


 「本当に可愛い。食べちゃいたいな」

 「変態野郎」


 本音出たわ。この発言にはルーカスも噴き出して「的確だ」と呟いた。進藤さんは馬鹿にされたにもかかわらずニコニコしている。この女にプライドってもんはないのか。


 「ま、いいわ。元気出たみたいだし。許してあげる」

 「あたしは許してない」

 「うん、澪ちゃんに許してもらわなくていいわ。でも私は貴方のこと食べちゃいたいくらい可愛いって思ってるの」


 澪までドン引きだ。その嫌な空気が流れているにもかかわらず、ルーカスは呑気に手入れが終わったサバイバルナイフを鞘に入れて顔をあげる。

 まだパイモンたちは来そうにない。


 「で、あんたたちはどれだけ戦える?流石に全く戦闘未経験な奴はいないだろ?」


 澪が気まずそうに俯く。多分、この中でルーカス以外に戦闘をまともにできそうなやつはいないと思うんだけど。澪はもちろんだけど、俺も天使相手に戦えるかと聞かれたら多分無理だ。自分の身すら今までろくに守れてないのに。


 何も答えずに苦笑いする俺に進藤さんは笑いながら指をさし、ルーカスの頬がひきつる。


 「おい、無理だぞ。これで天使に挑むなんてできない」

 「大丈夫よお。私とルーカスは悪魔払い師を倒せばいいんだし、天使はアガレスたちに任せましょう?」

 「自分の身くらい守れないと困るぞ。俺はおそらく自分で手いっぱいだ」

 「大丈夫、怖がらないで。きっと死にはしないわ。ルーカスは強いもの。そこら辺の悪魔や天使ならパパっとやっつけてくれちゃうわ」


 まあルーカスは強いだろうさ。明らかに強い奴の雰囲気あるし。少なくとも戦闘には慣れてるんだろう。でもイルミナティは誰と戦ってきたんだろうな。


 進藤さんもアガレスの力使えるってなると自分を守るくらいは絶対できるだろうし、足引っ張りは俺と澪だけだろうな。


 「べ、別に澪は俺が守るから心配ないよ。俺だってこれでも修羅場を潜り抜けてきたんだ」

 「パイモンたちが助けてくれてね」


 うぐ!うるさいなあ進藤は!


 少しぎくしゃくしながらも時間は過ぎて、少しだけど進藤さんとルーカスのこと分かってきた気がする。いや、進藤さんは相変わらずだけど、ルーカスのことは。


 「澪ちゃん、お腹減ったでしょ~何か作ってあげる」

 「いらない。放してよ!」


 進藤さんが澪の腕をつかんでキッチンに連れて行き、ルーカスと二人だけになる。ルーカスは進藤さんがいなくなったのを確認してナイフを眺めながらも呟いた。


 「気を付けとけよ。あの子も、お前の友人も。特にお前の友人はシトリーの力に目覚めてるんだろ」

 「どうしてそれを」


 言って口を覆った。しまった、こんなこと言ったら光太郎のこと認めたも同然だ!あわあわと言い訳を考える俺にルーカスはクツクツ笑いながらナイフを撫でる。


 「お前は嘘がつけねえな。イルミナティはやり方が強引だ。ないものを再現するし熱狂的な信者も世界各地にいる。うまく立ち回れ。まあ、パイモンやストラスがいるなら問題はないか」

 「……少し、気になるんだけど、ルーカスはどうしてイルミナティに?」


 今までナイフに向かっていた視線が交わって息を飲み込んだ。


 「い、いや変な意味じゃなくて、その、話したらルーカスって普通にいい奴っぽいし、進藤さんに比べたら話も分かるし」

 「あんなサイコと一緒にするな」

 「そ、そうですね。ごめん」

 「……どうしても会わないといけない奴がいる」


 ルーカスがナイフに再び視線を戻す。その会わないといけない奴ってイルミナティに所属してる人?でもそれならルーカスはもう会えてるはずだよな。だって、ルーカスは多分だけど悪魔もちだからイルミナティの中心人物のはずだ。じゃあ、どこに……


 「あの、聞いてもいい?俺に力になれるかも」

 「もう力になってくれてるよ。そいつは悪魔払い師だから」


 その発言でふと思い出したのが、マルバスの契約者から今回はあいつがいないと言われたときに悔しそうにしていたこと。もしかして、そのことか?


 ルーカスはナイフを再びテーブルに置いて椅子に深く腰掛ける。視線は窓の外に向かっている。どうやらこれ以上は教えてくれる気はなさそうだ。俺もあんまり首を突っ込むのは気が引ける。


 でもどうしてイルミナティに……もっと他の方法だってあったはずだ。


 「それならイルミナティよりエクソシスト教会に入ったほうが良かったんじゃないか?わざわざ敵対組織に入らなくたって……」

 「そいつはノアの箱舟のメンバーだ。俺が今更協会に行ったところでどうにもなりやしない。そんなとき、知り合いに連れられて旅行で行ったタンザニアでキメジェスと会った。そこでやっと理解ができたよ。あいつが言っていた悪魔との契約の意味を」


 ― お前も同じだな。俺も、どうしても果たさなきゃいけないことがある。お前の隣は安心する。俺たち、似た者同士だな ―


 何かを思い出すかのようにルーカスが小さく笑った。それが何を意味しているかも分からず、役に立つことも言えずに側にあったクッションを抱いて俯いた。ルーカスはその件がなければ、普通に生きることができたはずなのに……


 「イルミナティなんてどうでもいいが、俺の目的を達成するためには一番の近道だ」

 「でも、ルーカスはどうするんだ?その目的を果たしても、もうイルミナティから抜けれないだろ……?」

 「ああ見えて、バティンは案外いい奴だ。キメジェスが裏切らない限り、俺が口外しない限りは見逃してくれるだろう。潔癖な天使様よりも数倍話が分かる。お前はどうか知らないけど、俺はバティンのこと、嫌いじゃないよ」


 ― 君も僕たちを利用すればいい。僕が君を利用するようにね。でも何もかも嫌になったならここにいなよ。僕はね、君は生き残るべき存在だと思うんだ ―


 「本当に……どっちが神様か分かんねえよな。いや、神様なんかいねえのかもな。天使が人間滅ぼそうとして悪魔が守ってくれるってどういうことだよ」

 「ルーカス?」

 「何でもない」


 「男の子ふたりで盛り上がって私も入れて~」


 進藤さんが澪を連れて何かを持っている。良く見たらカップヌードルの文字。何かを作るのかと思いきや、カップ麺作ってたのかよ。

 目の前にドンと置かれ、進藤さんは椅子に腰かけてそのままラーメンをすすり始める。


 「あーおいしい~よく考えたらもう日も暮れちゃうし、お腹すいちゃうよね~」


 澪はムスッとしたままラーメンを食べており、ルーカスはナイフを隅に移動させてフォークを持つ。それを見て、俺もラーメンを食べるためにフォークを手にもった。


 「俺、ルーカスとは仲良くやれる気がする」


 それだけ告げてラーメンを食べ始めた俺にルーカスは少し困ったように笑った。やっぱり、この人は悪い人じゃない。この人とならやっていけると思う。進藤さんは何か言ってくるかと思ったけど、何も突っ込むことなく無言でラーメンを食べ、それは澪も同じだ。


 そのままパイモンたちが来るまで、俺たちは四人で、よくわからない空間でそれなりに過ごした。


 ***


 「主、少しいいですか?」

 「あ、パイモンお疲れ」


 どうやら話が終わったようだ。パイモンとヴォラク、アスモデウスが顔をのぞかせた。アスモデウスは澪のところに行き、その後ろにいたアガレスとキメジェスも進藤さんとルーカスのもとに向かう。


 俺は呼び出されたパイモンと隣にいたヴォラクについていき部屋を出た。


 「明日早朝、大聖堂を攻めます。最後にもう一度だけ確認します。本当によろしいんですね?」

 「引き返すなら今だよ。まあ俺は絶対に参戦するけど」


 今更引き返す道なんて与えないでほしい。行きたくないって気持ちが勝ってしまう。俯いた俺にパイモンが返事を促すかのようにもう一度同じ質問をする。


 「怖いけど、でも逃げない。俺は、中谷を連れ戻したい。その手掛かりを手に入れられるのなら、どんなことでもする!」


 中谷は、俺のために今まで戦ってくれた。怖いことも嫌なことがあっても、俺を見捨てないでいつだって大口開けて笑って不安なんか吹き飛ばしてくれた。そんな中谷に何度助けられたか分からない。今度は、俺が助けたい。


 パイモンとヴォラクは満足そうに俺の返事を聞く。


 「絶対中谷を連れ戻そう。中谷もきっと拓也たちに会いたがってる。俺も会いたい!」


 そうだ、悩んでいる場合じゃない。俺は中谷を助けるんだ。怖いし逃げたいけど、絶対にダメだ。今逃げたら一生後悔する。そんなの嫌だ。


 人を、殺してしまうかもしれない。進藤さんが言ってた。悪魔払い師を相手にすればいいって。でもそれは人間が相手になるってことなんだろう?それだけが怖い。殺されることもだけど、自分が人殺しになることが怖い。


 「拓也」


 名前が聞こえて振り返った先にはルーカスとキメジェスがいた。身長があまり高くないキメジェスはルーカスに隠れるようにこちらに顔だけ向けて威嚇をしている。


 「明日、お前が人を殺す必要はない。自分の身だけ守っとけ」

 「ルーカス?」

 「俺と佐奈で全て殺す。お前らは、何もしなくていい。幼馴染のあの子を守ってやれ」


 ルーカスだって人なんか殺したくないだろう。でも、どうしてそんなこと言えるんだよ!

 止めたいと思う気持ちがあるのに、声が出ないのはきっと安心してるからだ。なにかあったらルーカスに任せればいいって思ってしまったからだ。そんな自分を殴りたい。


 「ルーカスだけに、汚いことはさせない。俺も戦うよ」

 「……無理だけはするな」

 「ばーか。イキってんじゃねー。そのまましーね」

 「おめーが死ねよばーか!」


 キメジェスとヴォラクが睨み合い、ため息をついたルーカスがキメジェスを連れて行く。


 大丈夫、明日のことは考えない。今できることをするんだ。だって想像すらできないし、最悪の結末ばかり考えてしまうから。


 ***


 大聖堂の前に俺たちは立っている。早朝とはいえ大聖堂の前には人は誰もいない。イルミナティの予言のおかげで旅行会社とかも緊急の引き返しを通達してるからだろうな。無言で前を歩くパイモンたちの後をついていく。大聖堂の扉は閉じられており、ここを開けるには骨がおれそうだ


 でもそれも杞憂に終わり、簡単に開いた扉はまるでおびき寄せるかのようにギギギと嫌な音を立てて誘う。


 「受けて立つってことか」


 誰かがそういって皆が入る。でも俺と澪だけが入り口の前で立ち止まってしまう。進藤さんもルーカスも入ってしまったのに。


 「澪」


 でも、アスモデウスが手を差し出せば澪はその手を握って一歩を踏み出す。なんだか急激な疎外感と一人になった恐怖を実感して立ち尽くした俺の腕を進藤さんとルーカスが握った。


 「手を引かれないと歩けないなんて池上君も澪ちゃんも赤ちゃんね。かーわい」

 「行くぞ。置いて行かれるのは嫌だしな」


 二人に手を引かれて俺も一歩を踏み出す。扉が勝手に閉まり、閉じ込められたことに背中が震えた。赤い色で魔法陣のようなものが床一面に描かれており、扉が閉まり早朝ということもあり教会の中は薄暗い。それなのに教壇のキリスト像だけ嫌に神々しく光っていて今の俺には恐怖心しか煽られない。


 「やっぱ、街で慣らしても居心地の悪さやばいなーこれ」


 ヴォラクが呟きながらずんずんと中を歩いていると、突然何か音が聞こえ、気づいたらヴォラクが悪魔の姿になっていた。


 『いきなり攻撃とか、どういうつもり?』

 「(やっぱりそうだ。間違いない。)」


 教団の近くには弓を構えている少年がいた。年は直哉と同じくらいだ。見た感じ、悪魔じゃない。じゃあこの子が悪魔払い師!?そんな、嘘だろ!?こんな子供がか!?


 「(お前、リヒトなのか……?)」


 パイモンが目を丸くして目の前の少年に声をかけた。リヒトって単語だけ聞こえた。多分人名だ。パイモンはこの子供を知ってるのか?

 リヒトと呼ばれた少年はパイモンに視線を向けて目の色を変えた。その目は復讐に燃えている。


 「(ああ、そうだ。良くもあの時、好き勝手してくれたな。お前のせいで姉ちゃんはあの後死んだんだ。心労がたたってた母ちゃんもその後死んだ。お前はバルバトスとウォルフォーレを倒した後の俺の境遇なんか知らないんだよな。俺がスラム街で必死に一人で生きてきたことなんかもな)」

 「(アレクはどうなった?お前のことをあいつが見捨てるはずがないだろ?)」

 「(アレクには迷惑かけたくなかった。親戚でもない俺をただ近所に住んでいる仲のいい兄ちゃんが引き取れると思う?誰も俺を助けてくれなかったよ。だから一人で生きてきた。でも、この人たちは俺を救ってくれたんだ。お前たちとは違う)」


 誰なんだよこの子供は!?パニックになってあたふたしている俺に隣にいたルーカスが教えてくれる。


 「バルバトスとウォルフォーレの元契約者だとよ。お前知らないのか?お前たちが悪魔を倒したせいで天涯孤独になってスラム街で一人で生きてきたって言ってるぞ」


 まさか、俺が地獄に連れていかれている間に直哉がインドで悪魔退治をしたって奴か……?間違いない。だって俺は今までの悪魔と契約者全員覚えている。バルバトスとウォルフォーレなんて知らない。そんな奴を倒した記憶なんてない!じゃあこの子は俺たちを恨んで、悪魔払い師になったのか?


 「(お前たちに復讐したい。俺から全て奪ったお前たちに)」


 そんな、ことって……

 座り込んでしまった俺を見てもリヒトって子供は反応しない。そうか、リヒトと俺は初対面だ。リヒトにとっては俺よりパイモンとヴォラクだろう。


 「(リヒト、やめなさい)」


 凛とした声が聞こえ、中から優しそうな中年男性が出てきた。リヒトはしぶしぶ弓を下ろし、男性に抱き着く。男性はリヒトの頭を優しくなでて、こちらに振り返った。


 「(ようこそ、大聖堂へ)」


 この男、写真に載っていた……!

 男性は俺たちを見渡してため息をつく。


 「(なんと哀れな……悪魔に誑かされたのですね。今ここで懺悔なさい。さすれば許しは与えられます)」

 「(あはは!馬鹿な男!神様にでもなったつもり?あんたの許しなんていらないよーだ)」


 進藤さんが腹の底から可笑しそうに笑い、中指を立てて男性を侮辱する。リヒトが再び弓を構え、男性も表情を固くする。でも待って、今はまだ戦っている場合じゃない。聞きださないと。この人が中谷のことを知っているかを!


 「ヴォラク手伝って。教えてください!俺たちは人を探しています!ここに天界とのゲートがあるって聞いています。会うだけでもいいんです!方法を教えてください!」


 ヴォラクがスペイン語で男性に俺が言ったことを訳して伝えてくれる。ここで教えてくれるのなら、俺たちが無理に戦う必要なんてないんじゃないか?中谷さえ救えたら、方法があれば、こんな暴力的なことを俺たちは望んでいるんじゃない。


 男性はヴォラクの言葉を聞いて、リヒトに再び弓を下ろさせる。


 「(貴方の周りに殉教者がいるのですね。その御霊が神の元に導かれ、イエスの子になっていると。ですが、私からは貴方の訴えは聞けません。神がそれを望んではいないからです。神は聖なる者のみをお救いになられます。それは貴方ではない)」

 「俺が、ソロモンの指輪を持っていてもですか!?」


 男性は表情を変えずに頷く。


 そうか、それがあんたの答えなのか。聖なる者のみ救うというのなら、あんたは俺だけじゃない、人類を、皆を、救うつもりがないんだな。アガレスたちが本性を現したかとでもいうように愉快そうに笑い、大聖堂の中で似つかわしくない笑い声が響き渡る。


 「じゃあ、あんたを倒してゲートに入る。中谷に直接会いに行く」

 「(なりません。聖域に足を踏み入れることは許されません。今ならば見逃して差し上げます。引き返しなさい)」

 『うるさい、邪魔するな!』


 ヴォラクが剣を持って飛び出していき、男性に斬りかかる。


 『あんの馬鹿!ヴォラクってあんな単細胞な奴だったっけ!?』


 キメジェスがライオンのような獣を召喚し跨ってヴォラクの後を追いかける。リヒトが弓を引いてヴォラクに矢を放とうとするが、男性の表情は変わらない。ヴォラクの剣の先が男性の目前に迫った時、金属音がぶつかり、ヴォラクは急に現れた乱入者からの攻撃で剣を弾かれていた。


 「ヴォラク!」


 しかしその攻撃がヴォラクに届くことはなく、キメジェスが乗っている獣がヴォラクを咥えてすんでの所で攻撃を回避した。


 何が起こった?いったい誰が……?


 純白の羽があたりを覆い、男性の頭上に天使の輪をつけた少年が浮遊している。これが、天使か……


 俺たちが呆然としている横でアガレスやパイモンたちの表情は険しい。


 『これはまた大物だな。メタトロンレベルを覚悟しておけとは言われていたが……』

 『初っ端から君が出てくるかい?サリエル』


 サリエルと呼ばれた少年の天使は身の丈よりも大きな鎌を容易に担いでいる。


 『まさか。状況観察。僕が相手してあげてもいいけど、多分君たち全員死ぬよ。それでもいいのならいいけどねえ。あはは!でもザドキエルが言ったとおりだ。お前、本当にヴァルハラに来る気なんだ!じゃあテストしてあげよう。最低でもこのくらいはできないと入れてはあげられないからねえ』


 サリエルの声に反応するかのように大聖堂の中に別に三人ほど悪魔払い師らしき人間と、三人の天使が現れた。


 『地獄の三天使。僕直属の部下なんだ。アフ、ヘマハ、マシト。全員殺せ』

 『望みのままに』


 地獄の三天使と呼ばれた天使はそれぞれが碇、弓、大剣を手に持っている。本当に今から天使との戦いが始まるのか。サリエルって奴は呑気に男性の頭上、空中で足を組んで偉そうに座っている。


 その時、床に描かれていた魔法陣が光り、空間がゆがんでいく。なんだ!?世界がゆがんで……!


 大聖堂の装飾は変わってないけど、明らかに広くなり、机や椅子など邪魔な物もなくなった空間で礼拝堂にあるオルガンがけたたましい音楽を鳴らしている。


 『さあ、僕を楽しませてくれ。サタナエルの子よ』


 アフ、ヘマハ、マシトが一斉に襲い掛かり、悲鳴をあげた澪を守るようにアスモデウスも剣を抜く。


 『主、天使たちは私たちにお任せください!あなたと澪はできるだけ安全な場所に!』


 安全な場所?そんなのある訳ない。


 だって、四人の悪魔払い師が俺たちを囲んでいる。リヒトは弓を、別の三人は鞭と銃と剣をもって。心臓がバクバク言っている。こっちは四対四だ。最低でも一人で一人殺さないといけない。相手は少年と男性に中年の男女が一人ずつ。


 ルーカスもサバイバルナイフを持ち、進藤さんはケタケタ笑ったまま澪に近づく。


 「ねえ澪ちゃん、貴方ってヴアルの力、もう使えるようになってるんじゃない?」


 澪の肩が震える。澪がヴアルの力を?そんな訳ない。でたらめなこと言うな!


 「進藤さん、今そんなこと言ってる場合じゃないだろ!?」

 「だってヴアルの力って戦力になるじゃない。絶対使えるわ。恋愛の力と爆発の力。私、すっごく頼りにしてるの」

 「何言ってるのよ……そんなの使えるわけないじゃない!?」

 「お姫様ごっこはもうおしまい。使えないのなら、ここで死ね」


 後ろでは天使たちとパイモンたちが戦っている。数では圧倒的に有利そうだけど、それでも相手は上級の天使っぽいし、こっちに加勢ができるかどうかわからない。サリエルって奴が今のとこ手を出す気配がないのが救いなのか?


 誰も助けてくれない。ルーカスだけに全てを任すわけにはいかないんだ……澪は、俺が守らないといけない!


 ルーカスの隣に立って浄化の剣を出す。サリエルがそれを見て笑みを濃くする。



 『(ふうん。まだその力使えるんだ。ソフィアもとんだハイブリッドを産んでくれたもんだ)』

 「(彼が大天使ウリエルの依り代……私たちの指導者になりうるかもしれない少年か)」

 『(ザドキエルが必要っていえばね)』


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