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第72話 修学旅行2

 -澪side


 何が起こったかすぐに理解をするなんて不可能だった。アスモデウスの声が聞こえて、ホームステイ先の人も友達も皆が意識を失って、あたしだけ手を引かれて連れて行かれた。アスモデウスに手を伸ばしてもう少しで掴めるはずの腕は新しく出てきた悪魔に阻まれて、空しく宙を切る。


 ガアプと聞こえた悪魔はアスモデウスとともに姿を消し、あたしの腕を掴んでいた女性の悪魔が無理やり馬に乗せる。


 「いや、離して!」

 『暴れるな。君を傷つけるのは本意ではない。使えるうちは傷つけたりはしないが、あまり私を怒らせないことだな。うっかり落馬して首の骨を折っても責任はとれないぞ』


 それは私を突き落とすって言ってるのだろうか。息が詰まって抵抗もできなくなった私を確認して、女性が馬を走らせる。突然のことで携帯も持っていない。多分 ― あたしはここで殺されるんだろう。



 72 修学旅行2



 『やあ、よく来てくれたね。嬉しいな。君みたいな可愛い子と星空デートって最高だね。ごらん、星が綺麗だろう?テカポ湖って有名なところらしいよ。マルバスもありがとうね』

 『なぜわざわざここにしたんだ。遠すぎるぞバティン』

 『僕の加護を与えたんだから高速移動できただろう?それにロマンチックなところでなら話も進むかなって。女性は大好きっていうじゃないか』

 『付き合ってられん』

 

 ため息をついて私を下ろしたマルバスがそのままバティンの目の前に連れて行く。まじまじと顔を見られて、恐怖から視線をそらしてしまう。どうしよう、殺される。もう、拓也たちに会えないの?


 『そんな蛇に睨まれた蛙のようにしないで。殺さないよ。今日は少しお話したかっただけ。君も聞きたいことだと思うんだけどな。アスモデウスとサラのこと』


 思わず視線を上げてしまい、バティンと目線がぶつかり合う。にこりとまるで善人のように綺麗に微笑み、その場に腰かけたバティンに逃げようと動かした足はマルバスという悪魔に阻止され隣に座らせられる。


 時間を稼ぐんだ、アスモが迎えに来てくれるまで。絶対にアスモはあたしを迎えに来てくれるはずだから。それまで時間を稼がないと。バティンとマルバスが物理的に攻撃してくる気配はない。有名な場所って言ってのに周辺に人はおらず、誰にも助けを求められる状況じゃない。


 『さて、どこから話そうかな。まずは単刀直入に聞こうかな。女子高生と恋バナなんて緊張しちゃうな。君はアスモデウスのことをどう思う?君の先祖のサラのことも』

 「……」

 『あれ?無視?傷つくなあ。おじさんと恋バナはいや?見た目は若いはずなんだけどな』

 『セクハラと言うんだそういうのを』


 二人の会話だけだと、まるでマンションにいるシトリーさんとパイモンさんの会話のような感じでなんだか毒気を抜かれてしまう。

 でもこんなことをしている間にもアスモデウスは悪魔と闘っている。呑気に話すなんてできるはずがない。


 「……帰してください。アスモが怪我しちゃうのは嫌なんです!」

 『アスモ、ねえ。随分仲良くなったんだね。心配しなくてもそんなに怪我はしないと思うよ。僕たちもガアプがいなくなっちゃうのは本当に痛手なんだ。アスモデウスの牽制は同格の彼が一番だからね。君はちゃんと帰してあげるからね。話が早く終わればすぐにでも』

 「本当、ですか?」

 『勿論。僕は胡散臭いけどマルバスは信用できるよ』

 『自分で言うな馬鹿』


 どこまで信用すればいいんだろう。アスモが助けに来てくれるのを待つのか、それとも話を信じて相手の言うとおりにした方がいいんだろうか。どうしよう、何を選択すればいいんだろう。


 そんなこっちの考えなんてまるで気にもせず、バティンは呑気に空を見上げている。なんだろうこの人……前に話した時とは全然違う。あの時はパイモンさんと舌戦みたいなのをしてたのに、今の姿からはそんなの想像できない。


 『脱線しちゃうのは僕の悪い癖だなあ。で、君はアスモデウスをどう思ってる?サラとのいざこざのしわ寄せに巻き込まれて可哀想だとは思ってるんだよ』

 「あたしは……」

 『アスモデウスが怖い?』


 首を横に振ればバティンはふうんと頷き、マルバスは視線をわずかに動かす。アスモのこと、初めは怖いと思ってたけど、今はそんなこと思わない。アモンと闘ってくれたアスモは本当に王子様みたいだった。やっとサラじゃなくて松本澪を守ると言ってくれたことが嬉しかった。


 『僕はね、アスモデウスのこと結構好きなんだよ。ていうか、不安定な子って見ていて不思議な気分になるんだ。彼の生涯って裏切りの連続だよ。元々天使で、なおかつ熾天使の天使長をしていたのに、神を裏切って悪魔になって、今度は僕たちを裏切って人間に恋をして……興味深いよね』

 「でも、アスモはいつだって大切な人を守りたいって思ってたと思います。だって、あんなに優しいから」

 『それは君にだけだ。私はそんな大層な理由が奴にあるとは思えんが』


 どうしてこんな話をしているんだろう。相手はイルミナティの悪魔なのに。あたしたちを……拓也をこんなに苦しめている相手なのに。


 「アスモを苦しめているのは貴方達じゃないですか」

 『僕たち?どうしてそう思うの?』

 「だって、貴方達がイルミナティなんて率いるから、世界を混乱させるから!」

 『わからないなあ。アスモデウスは悪魔だよ?世界の混乱なんて彼には関係ないじゃないか。サラだって、もういない訳だし』


 どうして、そう話をはぐらかすんだろうか。アスモは戦いを好まない優しい人だから、サラのためだとはいえ平和を望んでいるから裏切ったんじゃない。貴方達もそれを望んでくれれば、こんなことにならなかったのに。


 でもそれを上手く説明することもできずに唇を噛むあたしにバティンはまた呑気に怪我するから止めろなんて言ってくる。


 『君がアスモデウスを気に入ってるのは分かったよ。じゃあサラはどう?僕はサラも実は嫌いじゃないんだ。欲望に忠実な人って大好きだから。好きな相手と一緒に居たいって思うのは当然だよね。やり方がまずかっただけだ』


 サラは ― 嫌い。あたしの遠い遠いご先祖様。本当に実在したかも怪しいレベルの人なのに、そんな人の呪いに父さんたちはずっと巻き込まれてきた。生まれるはずだった子どもを殺して繁栄をしている、その発端になった酷い人。


 確かにサラの生い立ちは可哀想だと思う。好きな人と一緒に居たいって気持ちは分かる。勝手に婚約を決められて悔しくて父親を憎く感じるのもわかる。でも、彼女は越えてはいけない一線を超えてしまった。殺人に手を染め、自分の子供まで呪いにかけた。同情なんて、できるわけない。


 アスモの時とは違い答えないあたしにバティンは察したのか「そうか」と頷いた。


 『君には分からないか。日本という国は随分と自由を謳歌できる国だしね。澪ちゃん、って呼んでいいかい?サラの気持ち、きっと君には分からないだろうけど世界では共感されるところは多いと思うよ。それは君が恵まれている証拠だ。僕はサラをとても美しいと思うよ』


 あの人のどこが。貴方は会ったことあるのかもしれないけど、あたしにとっては縁もゆかりもないご先祖様だ。しかも呪いなんて物騒なものをかけてきた最悪のご先祖様。


 『君がアスモデウスを気に入っていて、サラを嫌っていることは分かった。じゃあ次の質問だ。池上拓也君をどう思う?彼は随分君に惚れ込んでいるみたいだけどね』

 「ほ、ほれっ……!」


 顔が赤くなって心臓がうるさくドキドキ言っている。でもバティンに拓也のことを何一つ知られたくなくて顔を隠す。


 拓也は、あたしの幼馴染で、いつだって優しくて少し泣き虫で、あたしを守るって言ってくれる男の子で。世界で一番大好きな男の子。いつだって思ってた。この手を繋ぐ女の子ができたら嫌だなって。できればそれはあたしであってほしいって。チョコレートだって、拓也に渡すために作ったようなものだ。じゃないとあんなに張り切らない。


 『うーん。これは両想いってやつかな。僕でも恋のキューピッドができるって感激だよ!ねえマルバス』

 『不憫でならん。お前が茶々入れずとも勝手にくっついていただろう』

 『あはは。照れる女の子は可愛いなあ。これが恥じらいってやつだね。マルバスにも見習ってほしいよ』

 『私の恥じらっている顔が見たいのか?物好きだな』

 『うん。僕は君のこと愛してるから』

 『……その割には使い方が荒い。そう思うなら注意しろ』


 なんだか隣でラブコメまで始まった。でももういいだろうか。二十分くらい話をした。まだアスモが来てくれないって絶対何かある。もうあたしを開放してほしい。

 アスモが心配だし、拓也にまで連絡が行っているかもしれない。あたしのせいで迷惑かけたくない。


 「話は終わりですか?アスモが心配だから……」

 『待って。最後に一つだけ。エクソシストとイルミナティ、指輪の継承者。他に怪しい奴を知ってる?』


 それは前に聞いた第四の勢力ってやつだろうか?そんなの、あたしが知るはずないじゃない。首を横にふれば、バティンはあっさり引き下がり立ち上がる。


 『さて、聞きたいことは終わりだよ。君をアスモデウスの所まで送ってあげようね。サラ』

 「あたしはサラじゃありません」

 『うん。君は今日からサラになるんだよ』


 何を、言っているの?

 後ずさったあたしの腕をマルバスが掴んで身動きが取れなくなる。待って、話が違う。帰してくれるって言ったじゃない!


 「やめて!離してよ!」

 『勿論離すよ。僕たちの用事が終われば。これは僕からアスモデウスへの手向けなんだ。サラとあいつの望みを叶えてあげようと思って』


 訳の分からない事を言わないで!あたしの記憶でも操作するつもり!?そんなことしたってあたしはサラにはなれないし、サラだってあたしになれない。サラに振り回されるなんて御免だ。


 バティンはあたしの指につけていたアスモの契約石であるラピスラズリの指輪を外し、しげしげと見つめる。


 「返して!壊したら許さないんだから!」

 『壊さないよ。でも、すごいな……サラの執念ってやつなのかなこれ。本当に、哀れで可哀想な女』


 バティンは契約石を見て口元に笑みを浮かばせる。サラの執念ってなんなの?まだあの女はアスモデウスの契約石に何かを仕掛けていたんだろうか。おじいさんが、命を懸けて呪いを消し去ってくれたのに。


 あたしの視線で何を言いたいかある程度察したのだろう。バティンは指輪を目の前に持って見せてくる。何の変哲もない指輪だ。あたしに黒魔術を見抜ける知識なんてない。


 『契約石の呪い全ては消えていないよ。最後に残った呪いはサラからアスモデウスへの恋情。それを君が受け継ぐんだ』


 バティンがアスモデウスの契約石に何かの呪文を唱え、光る球みたいなものを取り出す。それが、おじいさんが取り除けなかった呪い?マルバスが小さく「気味の悪い女」と悪態をつくけど、この光る球みたいなものにいったい何が埋め込まれているんだろうか。


 バティンが契約石に向けていた視線をこちらに向けてくる。本能が危険だと告げている。でもマルバスの腕を振り払う力がない。


 『これはね、サラのアスモデウスへの想いの塊みたいなものかな。強い、誰よりも汚らわしく、純粋な愛情。これを受け継ぐのは大変だと思うよ。サラの思考に憑りつかれて、嫌でもアスモデウスに魅かれていくんだろうな』

 「良く分からない……止めて」


 今更この言葉に何の力があるっていうんだろう。あたしの無力な言葉なんて何の意味も価値も持たない。そんなの今までの悪魔とのやり取りで分かったはずなのに。バティンは光る球を顔に近づける。


 『これ、飲み込んで。これで君はサラの思惑に憑りつかれてアスモデウスを愛するようになる。今日の僕の本当のお願いだ。池上拓也への恋情を捨ててくれ。僕の望みは君とアスモデウスの永遠の愛だ。君たちは愛し合って共に死んでいくんだ。サラ、これが君が望んだ結末だろう?僕も結構アスモデウスにはお世話になったんだ。だからどうせ殺すなら最後に供物としてサラを捧げてあげたい』


 頭が真っ白になる。嫌だ、サラの思考に捕らわれたくない。あたしの拓也への想いを無くしたくなんかない。だって、ずっと、ずっと拓也だけを見てきたのに。こんなことで終わりたくなんかない!


 「いや、離して!やめて!!」


 いくら暴れても腕は離せない。そのままさらに強く拘束されて、どんなにもがいても抜け出せない。涙が流れたあたしを見てもバティンの表情は変わらない。


 『分かろうともしないなんて狡いじゃないか。あいつの想いも、孤独も、全て君は受け止めなくちゃいけない。そして、一緒に終焉を迎えるべきなんだ』


 助けてアスモ、ヴアルちゃん ―― 拓也……!


 光る球を口の中に入れられて舌で押し出そうとする私にバティンは手ごと突っ込んで喉の奥にをねじ込んでくる。嗚咽とともに思わず飲み込んでしまった事を確認して口の中から手が抜けていく。


 それと同時に訪れたのは強烈なフラッシュバックのような、走馬灯のような、サラとアスモが過ごした時間だった。


 “愛してる。アスモ。誰よりも愛してるわ”


 拓也への想いがその言葉とともに塗りつぶされていく。嫌だ、怖い。何もかもサラに奪われていく。


 「いやあああぁぁぁぁあ!!」


 嫌だ、こんなの嫌だ!助けてアスモ!私の ―― 愛しい人!!


 ―― あ……


 力が抜けて座り込んだあたしの瞳からは涙が零れ落ちていく。アスモを愛しい人だと思った。拓也に向けていた気持ちが思い出せない。好きってどんな気持ちだったっけ?こんなに醜くて、汚れてて、でも何よりも大事で、大切なもの ― そんなのじゃなかった気がする。


 これが、サラに思考を支配されるってことなんだ。


 座り込んだあたしの前にバティンがしゃがみこむ。両手で頬を包まれて優しく上を向かされた。


 『おかえりサラ。今度こそ、アスモデウスと終焉を迎えなよ。これが僕からの手向けだ』


 最悪だ。ふざけるな。そう言いたいのに、言葉が出てこず勝手に口が弧を描いていく。


 「……ありがとう。こんな最後が迎えられるなんて思わなかったわ」


 アスモデウスと死ねる。彼をやっと ― 手に入れることができる。


 でも一瞬で思考が戻り、バティンを突き飛ばして距離を取る。負けるもんか、サラなんかに意識を乗っ取られてたまるか。絶対に、サラなんかに全てを渡しはしない。


 「あたしは、松本澪として生きるの。サラなんかに絶対に負けない。アスモも絶対にあんたの思い通りになんかさせない」

 『そうか、それは楽しみだな。君の最期がどんなものになるか、僕は楽しく鑑賞させてもらうよ。最高のショーに仕立ててくれ』


 バティンがそう言って距離を取る。マルバスも何かに気づき、バティンを守るように剣を抜いた。その瞬間、金属がぶつかる音が響き、マルバスが体をばねのように捻りその剣を弾いた。


 『澪!』


 アスモデウス ― ダリル ― いや、アスモ!


 混濁する意識を乗っ取られまいと、咄嗟に出そうになった言葉を飲み込んでアスモの名前を呼ぶ。アスモはあたしに近づき怪我がないかを確認する。


 マルバスの後ろに撤退したバティンは突然現れたアスモデウスにため息をつく。


 『ガアプ、これは酷いよ。マルバスがいなかったら僕真っ二つだよ』

 『すまない。暴れて手に負えなかったんだ』


 上空に別の悪魔が現れてバティンの傍に降りてくる。こいつがガアプ。アスモデウスと闘っていた悪魔。手に負えなかったと言う割に表情は涼しげで焦った様子はない。多分本気で戦ってなかったんだ。マルバスが剣を抜いたまま威嚇するように一歩前に出る。この人、アスモのあの一撃を弾くなんて……正直ちょっと格好いい。


 『マルバス。一旦引こう。君が怪我するのは嫌だな。目的も果たしたし』

 『今なら奴を殺せるぞ。ガアプもいる。回りくどいことをする必要があるか?』

 『うーん。折角ここまでしたんだ。過程にも拘りたいな。アスモデウスのことは好きだけど、裏切ったのは許せないんだ。君に殺させるなんて簡単な死に方はさせたくないんだよ』

 『悪趣味め。好きにしろ』


 マルバスは剣をしまい、背中を向ける。当然アスモデウスは斬ろうとしたけど、それをガアプが防ぎ、三人の姿が消えていく。


 『あ、佐奈には撤退って伝えておいてね。彼女とアガレスに何かした場合はちょっと僕も怒っちゃうよ』


 その言葉を残して三人は消えていき、あたしとアスモだけが残される。アスモはしゃがみこんで、外傷がないことを確認して安心したように表情を緩めたけど、すぐに申し訳なさそうに眉を下げた。


 そうだね、サラにもそんな顔を貴方はしていた。ずっと貴方を待っていたの。謝らなきゃいけないって。私と一緒に生きてほしかったって。ポロポロと涙が溢れた私にアスモはギョッとして、私の手を握ってくれる。


 『怖かった、よな。本当にごめん。俺はいつも君を悲しませてばっかりだ……』


 そんなことないわ。アスモ。貴方を悲しませているの私。でもそれを喜んでいる最低な私。貴方は私を待っていてくれたのね。やっと見つけた。もう、離さない。


 「アスモ、ごめんね」


 何年前なのかもわからない。でもずっとずっと言いたかった言葉。誰よりも愛した貴方に伝えたかった言葉。アスモは目を丸くして首を横に振る。


 『どうして澪が謝るんだ?俺が謝らなきゃいけないのに』

 「だって、私は………………違う!アスモ、あたしは大丈夫だから拓也の所に行こう!」


 違う。飲まれるな。サラの思考なんかに、絶対に。アスモに相談しようと開いた口から声が出ることはない。こんなこと、相談してどうする?サラの記憶を手に入れたとして、だから何だっていうの?アスモには言えない、誰にも言いたくない。サラの思考に乗っ取られるなんて、絶対に拓也には言いたくない。何か方法がある筈だ。サラなんかに負けたくない。


 勢いよく立ちあがったあたしにアスモは瞬きして、でも何も言わずに立ち上がる。


 『そうだな。拓也には怒られちゃうな……君をこんな目に遭わせて』

 「でも私は貴方と会えたから ―― だから違う!あたしは平気。バティンは良くわかんないこと言って消えちゃったし、拓也が心配」


 怪訝そうなアスモの腕を引っ張って、拓也の所に帰る方法を考える。ここがどこかもわからないし、アスモと一緒に頑張るしかない。だから、違うの。ドキドキしてない。あたしは拓也が好き。こんな気持ちじゃアスモにも拓也にも失礼だ。


 自分から引っ張っておきながら、アスモの腕に触れることができたことに心は喜びで打ち震えている。再びこぼれた涙をぬぐって歯を食いしばる。あたしの意志はあたしだけの物だ。サラにあげるものなんて一つもない。



 でも、二人で過ごした古い記憶が頭を支配して涙が止まらないの。




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