第71話 修学旅行1
「あ、拓也!こっちこっち」
普段こんなものを持たないからトランクが上手く操縦できず、蛇行しながら空港内を走る俺を発見した光太郎と立川が手を振って場所を知らせてくれる。
若干の不安は残ったままだけど、それでも楽しみにしていた修学旅行だ。すでに生徒はかなりの数集まっており、空港内は制服を着た高校生たちで賑わっていた。
71 修学旅行1
光太郎と立川と合流して集合場所に向かう。ひえ~成田空港なんて初めて使うよ。ターミナル多すぎだし、南とか北とかまじでわかんねえ。何回も利用したことのある光太郎の後ろをトランクを転がしながらついていく。
「池上トランク新調?」
「いや、父さんの借りた。お前は?」
「俺も俺も」
立川とくだらないことを話しながら二人で光太郎についていく。立川も成田使用は初めてらしく電車が光太郎と同じ奴だから一緒に行こうとなってて俺がそれに割り込んだ形だ。
これからニュージーランドへ五日間の修学旅行だ。光太郎は誰かと電話をしながらも道に迷うことなくまっすぐ歩いている。光太郎の隣に行き、電話口の声が何となく聞こえるところまで近づき耳を澄ますと話している相手がシトリーだと言うことが分かる。
光太郎はこっちに視線を向けてアイコンタクトをして電話を切った。
「家族か?」
「おー。心配性なんだよな」
立川からの質問を適当に流し、光太郎が携帯をポケットにしまう。
光太郎の後をついて行くと集合場所に到着し、すでに到着していた桜井たちがこちらに気づいて手を振る。
「ういーす。遅かったな。つか池上トランクでかくね?そんなでかいのいるか?」
「や、やっぱり?父さんの借りたんだよ。たぶんこれ十日用とかだから……やだなー俺だけでかいとか恥ずいわ」
「いやーお前サイズの何人かいたから平気だろ。土産買いこめよ」
桜井と藤森はけらけら笑っている。まだ上野は来ていないようだ。あ、オガちゃんとジャストは向こうにいる。
立川がそのまま桜井たちとの会話に花を咲かせている間に光太郎に袖を引っ張られて、少し離れたところに連れて行かれる。
「お前にWi-Fiのパスワード教えとく。いざって時はこれで連絡取れるし。俺とお前、運よくホームステイ先も同じだしな」
「Wi-Fi?そんなの持ってきてたのか?」
「親父の借りた。シトリーが頻繁に連絡とかしたいから常に連絡取れる体制にしとけって。できるだけつけとくから連絡は取り合おうぜ。グループの方で連絡送るらしいから」
「わかった。ありがとな」
流石は光太郎だ。持ち運びできるWi-Fiがあるなんて初めて知った。パスワードを教えてもらい、登録すると確かに光太郎のWi-Fiを使用できた。光太郎がグループに澪も誘い、Wi-Fiのパスとか色々連絡している。
光太郎と話している時に肩をたたかれて振り返ると携帯を片手に持った澪がいた。
「あ、松本さん。メッセージ見た?」
「うん、グループ参加した。ありがとう。連絡はここに入れればいいんだよね?」
「らしい。シトリーとセーレとアスモデウスは一緒に行動するらしいし、シトリーに連絡入れればいいと思う。松本さんも俺らとホームステイ先近くてよかったわ」
確かに。運よく三人ともホームステイする場所が同じ街らしく、合同で行動とかも一日くらいあったはずだ。最悪なことに進藤さんも同じだったみたいだけど。澪に何かしないように見張っとかないと。ていうか、ニュージーランドに悪魔とかいないよな。
せっかくの修学旅行だけどみんなと同じように純粋に楽しめないのが少し辛い。それに、結局修学旅行までに中谷を助け出すことはできなかった。
携帯を握りしめて思わず漏れた本音に澪と光太郎も眉を下げる。
「中谷……間に合わなかったな」
「いなくなったのが夏休みだったから、留年も確定しちまったしな……修学旅行が終わったらいよいよ聖地潰し、だもんな。でもこれで中谷を取り戻す方法が分かるかもしれない」
そうだな、うん。そうだよな。
担任とか先生たちが集まってクラスごとに集合するよう声をかけている。澪と手を振って別れ、光太郎とクラスの列に戻る。列に戻った時にこっちを見ていた進藤さんと目が合い、いつもはむかつく笑みを浮かべているのに今日は無表情で何を考えているかが分からない。
「進藤さんにはあんまり近づかないようにしないとな。相変わらず契約石つけてるし」
進藤さんの耳にはアガレスの契約石であるホークスアイのピアスが揺れている。俺たちには分からないけど、今日も多分アガレスを連れてるんだろうな。
担任が出席を取っていき、全員がそろったことを確認して確認事項をプリントを配って説明していく。初海外勢は浮足立っており、担任の話を真面目に聞いているものは少ない。かく言う俺もちょっかいかけてくる上野と話しながらだから真面目に聞いているかと言われたら何とも言えないけど。
生徒たちが移動をはじめ、俺もはぐれないように移動する。
「池上くーん!旅行楽しみだね」
いつの間にか隣に来ていた進藤さんが腕をからめて肩に頭を乗せてくる。やめてくれ!隣のクラスとかの見てる奴らから変な噂とかたてられたくない!ましてやバカップルとか言われるなんて冗談じゃない。
「放してよ……」
ここが学校以外だったら強く言えるのに、絶対こいつ考えてやってるとしか思えない。そんな俺の考えもお見通しで進藤さんが離れる様子はない。
「契約石、持ってきてるの?」
周りに聞こえないような小さい声で進藤さんが問いかけてくる。わざわざこのタイミングで聞いてくることじゃないだろう……
「そっちは持ってきてるんだな」
「私たちは一心同体だもの」
「あんたが何もしなければ、俺たちも持ってくる必要なかったはずなんだよ」
「ふふ、そうね。いいこと教えてあげる」
進藤さんがそのまま腕を引っ張り、耳元に顔を近づける。その光景を見ていた上野や桜井たちは驚いて興奮しているが、内容はそんな甘酸っぱい物じゃない。
「バティンもこのタイミングでニュージーランドに行くらしいわ。理由は知らない。注意しておくことね」
ヒクリと口角が動く。バティンが、ニュージーランドに来る?あいつはまた俺たちを引っ掻き回す気だろうか。進藤さんは知らないと言っているが本当なんだろうか。だとしたらどうしてわざわざ俺に教えてくるんだろうか。
「どうして……」
「知らない。伝えておいてくれって言われたの。まあ自分を見つけても干渉するなって意味じゃない?邪魔はしないでね。私も全力で抗戦するし、護衛しているマルバス姉さまも来るみたいだし」
マルバスって確かバティンと一緒にいた騎士の姿をした女の悪魔だったよな。それにアガレスもいざというときはバティンの護衛につくってことだもんな。光太郎に伝えて、できるだけそれぞれの近くにいてもらった方がいいだろうな。特にアスモデウスは狙われてるって言ってたし、澪だけはちゃんと守ってもらわなきゃ。
進藤さんの腕が離れていき、そのまま親しい友人の元に足を動かしていく。残された俺は羨ましい!と桜井からパンチを食らい、何を話したかを聞いてくる上野をあしらうので精いっぱいだ。
そのまま全員で搭乗ゲートに向かい、席は大部分が俺たちの学校の生徒で貸切状態だ。三人掛けの中央の席に座り、光太郎と上野と話している間に飛行機の準備が完了して離陸する。セーレたちは追いかけてきてくれるって言ってたけど、大丈夫なのかな?
今までセーレに連れて行ってもらっていたから何時間もかけて海外に行くことがすごく非効率的に感じる。普通の事なのにな。窓際の光太郎は機内では寝るタイプですぐにイヤホンを耳につけて目を閉じてしまい、暇になった俺は必然的に上野と話すしかすることがなく、二人で雑談をする。
「そういえば上野、最近夢見が悪いとかは良くなったのか?」
状態が悪くなっているのだけは止めてほしいけど、気になって上野に聞いてみれば案の定首を横に振ってため息をつく。
「全然。桜井と全く同じ夢を見るんだよ。やっぱりこれってどう考えてもおかしいよな。普通夢の内容が全く同じのを見るって聞いたことねえもん」
やっぱりまだロノヴェの影響力は出ているまんまなんだろうな。桜井たちは善意でロノヴェの契約者を救い出したってのに、この仕打ちはあんまりだ。
「今日は見た?」
「いや、見てない。そんな毎日見てたら頭やられるわ。ネットで調べてみても原因分かんねえし、誰かに言いふらしたり書き込みするのは今の状況じゃ危ねえし」
「そっか。なんか力になれることあったら言えよ。来年のお前の誕生日安眠グッズやるよ」
「来年かよ!いつでもいいわ!くれよ!なんかさ、最近すっげえ不思議な気分になるわ。バティンって奴が最後の審判宣言しただろ?あいつが本当に悪魔がどうかなんて確認取れないし、嘘かもしれないけど、世界が滅ぶって言われてんのに呑気に修学旅行かよ。って思うことはあるよな。予言とかで混乱が起きてるってのに、俺は普通に学校行って帰ってるって、良くわかんねえ気分になるんだ」
それは、まあ、俺も思う事だけど。ここまで大それたことになるなんて思ってもなかったし。それもこれも全部進藤さんのせいだけどな。あいつが来なかったらここまで酷いことにはならなかったのに。アガレスの力をあんな簡単に使うから。
自分から話を振っておいてだけど、こんな話を聞いてしまったらモヤモヤしてしまう。上野は結局機内で寝ることはなく、なんとなく俺もそんな上野を横に眠ることもできず光太郎だけが呑気に機内で爆睡していた。
***
「うわー!あったけえ!」
機内から降りた藤森が日本との気温の違いに大声を出す。確かに日本で着込んできたヒートテックがもはや邪魔なくらい熱い。男子は学ランを脱いでいたけど、女子は脱げなくてキャーキャー言いながら楽しんでいた。
それからは全員集合を確認して、空港内でホームステイ先の街ごとに集まり、移動する。
俺は光太郎と上野と運よく澪と進藤さん他に十数人が同じグループだ。バスに乗り込んで移動している間に光太郎がWi-Fiの電源をつけてシトリーに連絡する。すぐに返信は帰ってきて、すでに向こうは俺たちが泊まる予定の街にいるらしい。飛行機に乗ったら改めてセーレの力に感動する。本当に便利な力だよな。
「光太郎、進藤さんが言ってた。バティンもニュージーランドに来るって。進藤さんは邪魔するなって意味だろうっつってたけど……シトリーに伝えといて」
光太郎の顔が引きつる。それにしてもバティンは一体何をしにニュージーランドまで来るっていうんだ。もしかして悪魔の契約者がニュージーランドにいて連絡を取り合いたいってことなんだろうか。だったらこっちだってその情報は知りたい。ついでにそのことも伝えて、契約者探しをしてもらうようにお願いする。俺たちでは限界があるからセーレたちがやってくれる方が早いだろうな。
澪にも伝えておきたいけど、声をかける機会がない~……グループの方に連絡を入れて見てくれるのを祈るしかない。その間に澪たちがホームステイする家の前に到着し、降車する準備を始める。
「松本さんここで降りんのか」
「一緒に降りる女子、澪と仲いい子だ。じゃあまだ良かった」
「ああ、水城さん……だっけ?」
澪は降りる前にこっちに振り返り手を振ってくる。それにヘラリと振り返せば周囲の男子から睨まれて若干縮み上がる。そうだ、澪って人気あるんだった。今ので結構な数の男子をもしや敵に回した?
光太郎は場所が分かるように地図アプリ的なものに印をつけている。こういうところ本当にしっかりしてるよな……確かにこうやって見ただけじゃ、いざ澪の所行かないとってなった時に迎えに行けないわ。グループにその地図のスクリーンショットを送り、光太郎が携帯の電源を落とす。
「多分、俺らんとこと結構近そう。つっても車で十五分くらいかかるけど」
「それって歩いたら一時間以上はかかるよな」
「まあ行くとなったらセーレに頼むしかないけどな。お、羊。すげー」
本当だ。羊の大群とか初めて見た。こんな観光って感じで海外でのんびりしたことはなかったからなんだか新鮮だ。
「お前どれがいい?」
「えー俺やっぱセーレとかかなー。よくね?色んなとこ連れてってくれるってよ。しかも性格いいって。こいつ悪魔じゃねえだろ」
前の席の男子の会話に思わず聞き耳を立ててしまった。光太郎も体勢は変えずに視線だけ前の座席に向けている。どうやらソロモンの悪魔の中で誰を従えたいかの話をしているようだ。
イルミナティで有名になってしまってから掲示板やHPとかでも七十二柱の説明を載せたものや契約するならだれがいいか等を投票するページがあった。たぶんそんな話をしてるんだろうな。
「俺はパイモンかなー男の娘ってロマンだわ。女が確定してるのってグレモリーだけだろ?ルシファーの妃って書かれてるし、やっぱパイモンだわ」
ばーか。パイモンめちゃくちゃ怖いんだぞ。男の娘なんて言ったらぶっ飛ばされるんだからな。腕っぷしだって頭の良さだってお前らよりずっとずっといいし、強いんだからな。
「気楽でいいよな」
ぼそっと呟いた光太郎に頷く。担当の教師が俺たちの名前を呼んで降車が近いことを教えてくれる。そっか、俺らここで降りんのか。
「プケコヘ……って場所らしいな。オークランドから九十分くらいか。案外近かったな」
「澪の所からはそんな遠くなさそうだな」
「待って。近いわ。歩いたら二十分だって。他の生徒降ろすためにグルグル回ったから時間かかったのか。いざって時は何とかなるな。ただ、俺らが先に降りるとなると、進藤さんがどこかが分かんねえのが気になるけどな」
バスが停まったことで名前を呼ばれて、光太郎と荷物を整理してバスを降りす。上野に手を振って降りた先で教師とガイドがホームステイ先の人なんだろう初老の男女に頭を下げて何かを会話していた。
「池上、広瀬。何かあったら緊急連絡先に連絡しなさい。先生は二日後の午前中に一度伺うから、急ぎでなければその時でも構いません。ご迷惑をかけないように」
「はい」
のどかな田舎町でにこにこ愛想よく笑っている夫婦。良かった、当たりっぽい。
ホームステイ先の夫婦は男性がジェームスさん。女性がマーサさん。二人ともホームステイには慣れており、若干日本語も話せるようで安心した。いざというときには携帯に入れた翻訳アプリと光太郎がいればいいやとも思ってたけど。
「(ようこそプケコヘに。疲れたでしょう。お昼にしましょう。沢山食べてね)」
ジェームスさんとマーサさんは色んな所に連れて行ってくれる予定らしく、オークランドや映画の舞台になったらしい場所、羊の毛刈りなど、楽しそうに話してくれる。
「(日本は地震大丈夫だったのかい?こっちでも報道されていたんだよ。君たちが元気に来てくれて嬉しいよ)」
「(ありがとうございます。俺たちが住んでいる場所ではそんなに影響はなかったんですけど、地震が起こった地域にいた人は今も避難所生活みたいです)」
光太郎が身振り手振りで伝えると二人は眉を下げて、悪魔の仕業なのかと話している。事前に調べたけど、ニュージーランドは宗教的にはキリスト教だ。マーサさんの首には十字架のネックレスが光っているあたり、その辺熱心な人なのかもしれないな。
マーサさんが用意してくれたお昼ご飯を食べ終わって、ゆっくりするかどこかに連れて行くかを聞かれる。ジェームスさんは連れて行きたそうにうずうずしており、お言葉に甘えて観光することにした。
「(ニュージーランドではイルミナティの話題は結構大きく扱ってるんですか?)」
「(そうだねえ。ニュージーランドはキリスト教が多いから、やっぱり騒ぎにはなっているよ。マーサは熱心な信者だからミサに良く通っているしね)」
そうなんだ。じゃあやっぱりバティンはそういうのも見越して、ニュージーランドに来てるのか?
その日は特に何も起こらず、観光を楽しんだだけだった。
***
結局バティンに遭遇することも進藤さんに遭遇することもなく、おかげでシトリーたちに連絡を入れることもなく、本当にホームステイを楽しんで今日がホームステイ最終日だ。次の日にオークランドでクラス観光をして明後日の朝の便で日本に帰ることになった。
「結局何も起こらなかったな」
シトリーからの連絡では契約者も探せていないようだし、何も収穫はなしか……パイモンからもイルミナティで新たな予言が出ている様子はないみたいだ。うーん、今日で終わるっていうのにただ観光を楽しんだだけか。それが悪いとは言わないけど、正直少し呆気ない。警戒していた分肩透かしを食らった感じだ。
午前中、趣味でやっているジェームスさんの畑仕事を手伝ってマーサさんのミサに付き合い、昼からジェームスさんが連れて行きたいと言うので近郊の綺麗な海に行く予定だ。運が良ければウミガメとかが見れるらしい。
「(いやー、若い男手がいて助かるよ。今日はこの野菜を使ってサラダを作ろう)」
「(拓也、光太郎、手が空いたら教会に行きましょう)」
収穫の手伝いを終えて、農作業の後片付けがあるからと家に残るジェームスさんを後にマーサさんと歩いて近郊の教会に向かう。小さい村の小さい教会でそんなに人もおらず、夏真っ盛りのニュージーランドで俺と光太郎の避暑地になりつつある。
今日もマーサさんがお祈りしている間に俺たちは後ろの席でボーっとしている。熱心な宗教徒のマーサさんのお祈りは長く、大体十分くらいは祈っている。最初は実は寝ている疑惑もあったけど、それはなさそうだ。でも今日は珍しく他に人もいたらしく、マーサさんが祈っている間に席を立ちあがって教会の出口に向かっている。
端正な優男はマーサさんに一礼して出口付近のこちらに向かってくる。その相手があまりにも想定外の相手で椅子から思わず立ち上がってしまった。
「な、なんでバ……!むぐ!」
「しっ。祈りの邪魔をするなんて良くないよ。お祈りくらい静かにさせてあげなくちゃ」
どうしてバティンがこんなところに!?俺を待ってたのか!?
光太郎はどうしていいか分からず携帯を取り出したが、いつの間にか光太郎の後ろに回っていたバティンがそれを取り上げる。
「こらこら。喧嘩でもするつもりかい?イエスの前で失礼だよ」
「……あんたがそれ言う?悪魔の癖に」
「僕も表面上はいい人を装いたいからね。それより、佐奈を知らない?探してるんだけど見つからないんだ」
わざわざこいつがここに来たのは進藤さんを探しているからなのか。知らないと告げればバティンは疑うことなく俺たちから離れていき教会を出ようとする。
「あんた、なんでニュージーランドに来たんだよ」
「なんで?それを君たちに言わないといけないのか?僕も案外忙しいんだよ。世界中に信者はいるからね。心配しないで、君に何かをするつもりはないから」
手を振って、教会を出て行ったバティンに光太郎と固まるしかない。すぐさまシトリーに連絡をして、契約者探しを後回しにして護衛をしてもらうように頼む。マーサさんの祈りも終わって家に帰る間気が気じゃなかった。この町のどこかに、あいつがいる。もう進藤さんと合流したのかもしれない。一体、何をするつもりなんだ。
シトリーからはすぐに連絡が来て、離れない距離を保ってもらうことにした。澪とは別行動だから、アスモデウスは近くにいないみたいだけど。バティンが俺たちに何かを仕掛けてくるわけでもなく、午後からの観光に何の支障もなく、夜になる。最後の夕食という事で豪華な食事を作ってくれた二人にお礼を言って写真などを撮ってのんびり過ごす。でも最後まで平和が続くことはなかった。
二十三時。二人が寝静まった時間にシトリーから連絡が来て、迎えに来てくれたセーレの手を借りて二階の窓からこっそり抜け出す。
「何かあったのか?」
『それが、正直結構やばい状況で……君たちが無事なのは良かったけど、澪がいなくなったらしいんだ。おそらく連れ去られた』
はあ!?だって、バティンは何もしないって……!いや、俺には何もしないって言った。俺以外には何かをするつもりだったのか!?
「アスモデウスは何やってんだよ!」
「今回ばかりはあいつを責めんな。ガアプが出てきたらしいんだよ。六大公の一角だ。くそ……最悪のケースを予想してはいたが、本当にイルミナティに協力してたなんてな。澪はマルバスが連れて行ったらしい。アスモデウスは結界内でガアプと交戦中だ。ガアプが相手となるとアスモデウスでも簡単には倒せねえ」
『正直、パイモンを呼びに行きたいところだけど、往復に十分程度はかかる。連れ去られてるってなるとそんな余裕はない。俺とシトリーで澪の救出に向かう。だけど君たち二人を残すのも怖い。一緒に来てほしいんだ』
だから俺たちを呼びに来たんだ。くっそ!澪に何かあったら……そう考えただけで怒りでどうにかなりそうだ。
とにかくこんなところに居てはいられない。場所は分からないけれど、急いで澪を追いかけないと!ジェダイトに乗ろうとした瞬間、足元が揺れてその場に尻餅をついてしまった。これって地震か?もしかして……
「だーめ。行かせない。すごいでしょ?私も実はアガレスの力、少し使えるの。っていっても震度三くらいの地震だけどね」
進藤佐奈!また、俺たちの邪魔をする気かよ!?
進藤さんの横にはアガレスも待機しており、結界を張って俺たちが外に出るのを阻止する。
「進藤さん!お願いだ、結界を解いてくれ!澪を助けないと……俺はどうなったっていいんだよ。澪を助けたいんだよ!」
「大丈夫よお。変なことなんかしないもの。バティンが澪ちゃんと少し話したいんだって」
「澪に何する気だ!?信用できるか!早く場所を言え!」
「池上君よりバティンに怒られる方が怖いもの。やーだ」
進藤さんがこの先に通すことはないとでも言うように後ろに下がって代わりにアガレスが前に出てくる。
それを受けて立つかのようにシトリーも前に出てきて掌を鳴らす。
「大体話が違うだろうが。まだ共闘期間だ、よっぽど殺されたいみてえだな」
『佐奈がすまない。別に戦いに来たわけじゃないよ。流石にそこまでぼけてないよ。弁明に来ただけだ。話が終わり次第すぐに彼女は君たちの元に返すよ。バティンがあの少女に話をしたいと言ったところアスモデウスが斬りかかったんだ。こうするしか手がなかったのだ』
「そうそう。別に喧嘩を売ってるわけじゃないのよ。話が終わったらちゃんと無傷で返すし。でもバティンは確認したいことがあるんだって。第三者の意見が入らない場所で、ね」
そんなの信用できるか!現に今進藤さんは悪魔の力を俺たちに使った。そんなことする奴を信じられるわけがない!こんなことしてる場合じゃない、今この瞬間にも澪がどうなるか分からないのに。
周囲にアガレスが結界を張って、俺たちが逃げられないように細工する。これが喧嘩売ってない奴がやることかよ……
『君たちは澪に何をするつもりなんだ』
『それは私達も知りたいところだよ。二人きりで話をしたいから場を設けてくれと頼まれただけだからね。バティンは馬鹿じゃない、今彼女を殺すなんて得策じゃないことはしないよ』
「迷惑なのはこっちも同じよお。私まだ荷造りも終わってないのよ。池上君も迷惑な話よねー」
なんなんだよこいつら……いけしゃあしゃあと言ってのけやがって。手にサタナエルの炎を宿し、威嚇するようにアガレスに向けても相手がビビる気配はない。
『お勧めしないよ。バティンの自分勝手で巻き込んで申し訳ないとは本当に思っているんだよ。でもそれは君たちにも言えることだよ。共闘期間とは言いつつも君たちも私たちを敵対視し、隙を見れば殺そうとしているだろう?現にアスモデウスはバティンが現れただけで斬りかかったんだ。こちらがすべて悪いと言われるのは納得がいかないね。アスモデウスが攻撃さえしなければここまで大事にならなかったと思うけどね。共闘期間とそちらも認識しているのに、これではこちらも強硬措置を取るしかなくなるんだよ。私と佐奈も迷惑しているんだ』
「ほーんと。警戒するのは勝手だけど、突っかかるのは止めてくれる?大体あんたたちイルミナティに逆らえないくせに必至こいてて馬鹿みたい」
段々進藤さんの機嫌が悪くなっていき、口調も荒くなってくる。
アガレスはそんな進藤さんをなだめて、杖を下ろした。
『大丈夫だ。彼女は必ず無事に送り届ける。君たちも少しは信用してくれ。エクソシスト協会を潰すまで君たちに危害を加えるつもりはないんだよ。それとも、戦うかい?』
「止めときなよ。戦うってなったら私も殺すまでやるわよ。今手が空いてるのはキメジェスとムルムルとフルカスだっけ?呼んだら来てくれるかしら?」
おいおい待てよ。聞いたことない悪魔が増えてるぞ……どんだけイルミナティに悪魔が集中してんだよ!ふざけんなよ!!
流石にパイモンも呼べない状況での援軍は分が悪いと判断したんだろう、シトリーが舌打ちをして一歩後ろに下がる。ちょっと待ってよ。それじゃ澪はどうなるんだ!?
「シトリー!澪はどうするんだよ!?」
「わりいが無理だ。アガレスだけでも分がわりいのに、他の悪魔まで呼ばれたら太刀打ちできねえ。光太郎とお前まで殺されるぞ。パイモン呼んだって、あいつらがキメジェスたちを全員呼んだら敵わねえよ」
そりゃ、俺たちの中で戦闘に特化してるのはパイモンだけだけど……でもそれじゃイルミナティに何時まで経っても敵わないじゃないか!
焦る俺を横に、アガレスは満足そうにうなずく。
『それでいい。無益な争いは何も生まない』
嘘だろ……じゃあ、澪を助けられないのか?
座り込んでしまった俺を光太郎が支えてくれるけど、足に力が入らない。なんだよこれ。こんなことになったら意味ないじゃないか。何のためにセーレたちはニュージーランドまで来てくれたんだよ。結局澪がさらわれてるじゃないか。
心臓がバクバク騒がしく暴れて、呼吸も荒くなっていく。この間にも澪は危険な目に遭っている。なのに、俺は何もできない。そんなの、嫌だ!
アガレスに掴みかかろうとした俺をシトリーと光太郎が押さえてくる。
「放せよ!お前らどっちの味方なんだよ!?」
「お前の味方だ馬鹿!冷静になれ!行っても殺されるだけだぞ!」
「澪を見捨てろっていうのかよ!?」
「言ってねえよ!けど援軍呼ばれたら100%全滅だ!お前をここで死なすわけにはいかないんだよ!」
押さえつけられた俺を見て進藤さんが笑いを堪えられなかったようで声をあげた。
「あはは!池上君かわいー!必至すぎでしょ。あははは!そういうとこ好きだなー」
「ふざけんな進藤!お前なんか死んじまえ!」
「うん。まあいつか死ぬからその時ね」
悔しい。結局何も守れない。
シトリーと光太郎が俺を止めてくれるのが、俺のことを想ってってこともわかっている。後ろにいるセーレが何とか結界から抜け出そうと模索しているのもわかっている。でも、それでも上手くいかない。
これで澪に何かあったら、罪悪感で潰れてしまいそうだ。
アスモデウス、お願いだから澪を助けて。もうお前しかいないんだよ。
それを伝えることもできずに、ただただ唇を噛みしめて俯くしかなかった。