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第70話 バレンタインの悲劇4

 『フウ。貴方ノ力デハ私ノ防御壁ハ崩セナイト言ウノニ』


 パイモンの空間に入ったヴィネーはやれやれと言うように首を横に振るも、手には鞭を持って臨戦態勢だ。ヴィネーの持っている鞭はただの鞭ではなく鞭の先端が蛇になっており、うねうねと気味悪く動き回っている。


 『フォモスとディモス召喚して一気にやっちゃうしかないよね』

 『そうだな。お前がやってくれるのなら俺は一旦待機しておく。奴の防御壁、お前しか崩せないだろうしな』


 あれ?パイモンがこっちにくる?その場に残ったヴォラクが偉そうにふんぞり返っている。大丈夫なのかあれ……



 70 バレンタインの悲劇4



 「パイモン、どうしてヴォラクだけ?」

 『今回の事件だけではしょうもなく感じますが、元々奴の能力は戦争指揮です。強固な砦を作り、嵐を起こす。その嵐が心理的な作用も持ったみたいですが……奴の能力の中で最も厄介なのが強固な砦……結界です。奴の結界を壊すには高威力で大規模な攻撃が必要だ。貴方の周囲の悪魔の中でその両方の条件を満たすのはヴォラクのみ。私では奴の結界は壊せない』


 パイモンが言うって相当だ。じゃあ今回ヴォラクがついてくれてたのって実はかなりラッキーなんだろうか。相手の悪魔が誰か分からない状況だったし、ヴォラクが来ない可能性だってあったわけだから、来てくれてよかった~!


 ヴォラクの呼びかけに応じるように二つの頭を持ったドラゴンが真っ暗な空間から現れた。それに飛び乗ったヴォラクと翼を広げて飛び立つドラゴンに千秋さんは口角をヒクリとあげてその場に座り込んだ。


 ヴィネーが動く気配はなく、空を飛んでいるヴォラクたちの方が一方的に攻撃出来て圧倒的に有利そうだ。


 『無駄ナ事ヲ。貴方ノ攻撃デハ私ノ結界ハ壊セナイ』

 『火炎放射!』


 フォモスとディモスの口から炎が噴射され、ヴィネーの周辺全てを覆い尽くしていく。全くよける気配のないヴィネーはその炎の中に消えていき姿を目視できなくなったが、ドラゴンたちの攻撃は止まることなく炎の威力はますます増し、こっちまですさまじい熱気が襲いかかりヒリヒリする顔を隠すように背中を向ける。


 「あいつ、避けなかった。もう黒焦げなんじゃ」

 『単なる挨拶代りです。この攻撃で奴の結界は崩せない』


 確かにあいつが避ける気配がないってことは結界で防げる自信があったってことだもんな。それにしてもあの炎があいさつ代わりなんてどんな世界だよ……


 炎が少しずつ消えていき、中から傷一つ負っていないヴィネーが現れる。本当だ、あの火炎放射を食らっても全くの無傷だ。


 『ダカラ無駄ダト言ッタノダ。私ノ絶対障壁ハ全テヲ遮断スル。何一ツ通サナイ』

 『もっかい焼いちゃえ!』


 ヴィネーの言ったことなんて無視してフォモスたちがもう一度口から炎を放つ。今度は結界を張ることなくヴィネーがヒラリと炎をかわし、そのまま飛び上がりヴォラクたちに鞭を振るう。


 でもフォモスたちも軽々と鞭をよけて、翼を大きく打つことで風を作り出しヴィネーの体勢が崩れた背後を狙う。しかしその攻撃は届くことなく結界に阻まれた。


 「映画かよ……」


 千秋さんの反応が、まんまヴォラクを初めて見た時の自分の反応そのもので、こんな状況でいけないとはわかっていてもうっかり笑ってしまいそうになった。


 それにしてもヴィネーの結界って確かに厄介だ。フォモスとディモスの攻撃が全く効いてない。これは長期戦になるのか?


 『目障リナ……バタバタト上空デ騒グナ』


 ヴィネーが腕をあげた瞬間、ものすごい風が吹き荒れて、立ってその様子を眺めていた俺はその風に耐えきれずにひっくり返って千秋さんに激突した。


 「ぶっ!」

 「わーごめんなさい!」


 なにこれ恥ずかしい!でもこの風耐えられない!

 パイモンやセーレも立っているのがやっとのようだ。確かにこんな暴風の中じゃフォモスとディモスくらいしか耐えられないだろ!俺だって耐えられない……無理い……!


 『拓也!この中に入りなさい!ぷぎゃーーー!!!』

 「あーストラスー!!」

 「待って拓也!出たら危険だ!」


 ストラスが魔法陣を作ってくれてその中に入っている時はさっきまでの暴風が嘘のようにそよ風程度にまでなっているけど、作った本人が結界の外にいたからストラスが風に揉まれて遠くに運ばれていく。


 助けないとと結界を出ようとした俺の腕をセーレが掴んで止めてくるけど、ストラスはどうするんだ!あいつ俺よりはるかに体重軽いし、今も風に遊ばれるようにぐるぐる回ってるんですけど!


 「どうしよう……!すすす、ストラスが!」

 「あれじゃどうしようもないよ。大丈夫だ、ヴィネーの嵐は暴風だ。フォカロルのようにカマイタチを中に織り交ぜるとか高度なことはできない。障害のないこの空間だったらぶつかるものもないし彼なら大丈夫だ。どこまで流されるかは分からないけど……」


 それって戻ってこれないってことだろ!?どうするんだよ!


 ストラスが風に揉まれてどこかに消えていくのを助けることができない。ストラス戻ってきてくれー!


 でも意識が完全にストラスに向かっていた後ろで千秋さんの悲鳴がきこえて振り返る。


 暴風で上手く飛行をコントロールできないんだろう、フォモスとディモスの高度が下がっている。やばい!あの高さだったらヴィネーの鞭の範囲に入ってしまう!俺の想像通り、ヴィネーが鞭を取り出し、フォモスとディモスに向かって振るう。


 『引キズリ降ロシテアゲマシヨウ』


 鞭の先端の蛇が牙をむいてフォモスとディモスの足に噛み付こうとするのを身を捩って避けてフォモスが爪で蛇を切り落とす。やった!すげえよフォモス、ディモス!


 でも切り落とされた鞭の先端からまた新しい蛇が瞬時に生え変わるように出てきて、フォモスとディモスの足に絡みつき、そのまま蛇の牙が体に刺さる。


 フォモスの雄叫びのような悲鳴に千秋さんは耳を塞ぎ小さく縮こまる。それより、まさかあの蛇、毒を持ってるとか、ないよな?


 『まずいな……』


 パイモン言葉に追い詰められているという現実をひしひしと感じる。そのまま羽にまで鞭の蛇が襲い、かまれた箇所はあり得ない速さで変色して爛れていく。


 羽を噛まれたことで動かせなくなったんだろう、フォモスとディモスがそのまま地面に叩き付けられるように墜落して、ヴォラクが声をかける。


 『おい!フォモス、ディモス!』

 『ヴォラク様……我らからお離れください』


 ヴォラクを下ろしてフォモスとディモスはよろよろと立ちあがり、ヴィネーに向かって突進していくが、もちろんそれを簡単にヴィネーが許すはずがない。再び嵐がフォモスたちを襲い、中々近づくこともできない。


 それでも最後の力を振り絞ったのか加速をしたフォモスたちがヴィネーの目の前まで接近し、そのまま振り上げた腕はまたしてもヴィネーの結界に阻まれる。いつの間にか嵐が消え、フォモスたちが結界を殴りつける音だけが響く。結界にはヒビが入っているけど壊れる気配がない。その間にも翼や足の皮膚は爛れていく。もう限界だ、止めてくれよ……!ヴォラクも止めてくれ!このままじゃフォモスたちが動けなくなってしまう!


 「パイモン!ヴォラクに言ってくれ!このままじゃフォモスとディモスが!」


 訴えてもパイモンは返事をしない。何度言ってもガン無視して戦っている様子を見ている。

 なんだよ!なんで無視するんだよ!フォモスとディモスが傷ついてもいいのかよ!

 あまりにも痛々しいその姿に居てもたってもいられずヴォラクの所に行こうとした俺の腕をパイモンが掴む。だからなんでだよ!


 「フォモスとディモスが死んじまう!止めないと!」

 『それは分かっています。ですがもう少しだけ待ってください』

 「何を待つんだよ!」


 俺たちが言い争いをしている間にもフォモスたちは怪我を負いながらも戦っている。それを攻撃するわけでもなくヴィネーは無言で眺めている。なんだよ、このまま毒が回ってくたばるのを待つってのか?陰湿な野郎だ!


 『フォモス!ディモス!戻れ!』


 流石に見かねたのか、ヴォラクの声が響き、フォモスとディモスがそれに反応するように体が少しずつ薄くなって消えていく。


 それを見て安心と絶望が半分半分だ。フォモスとディモスでも壊せなかった結界を、俺たちだけでどう壊せっていうんだ。あれだけの攻撃を軽々と防いでるんだぞ……


 ひびが入った結界はすぐに修復され、最初からなかったように綺麗な形に戻っていく。他にどうすれば、あいつの結界を壊せるんだ?


 考えて一つの結論に落ち着く。そうだ、サタナエルの炎があれば……


 じっと手のひらを見つめる俺に何を考えているのか分かったんだろう、黙っていたパイモンが千秋さんには聞こえない程度の声でぽつりとつぶやいた。


 『第三者がいます。使用はお勧めしません。あの男、私は信用できません』


 それはつまり千秋さんがネットか何かでリークするかもってことだよな。


 千秋さんに視線を送るけど、さっきまで騒いでいた千秋さんは何を考えているのか一人でぶつぶつと手を顎に当てて考えている。千秋さんがそんな人じゃないって信じたいけど……万が一サタナエルの炎を見て、ネットとかに晒されたらどうしようもない。あくまでも今は千秋さんと同じ悪魔と契約しているだけの高校生で通せってことだろう。


 でもそれじゃあ肝心のヴィネーは倒せないかもしれない。


 『ナゼ貴方達ダケデ私ヲ止メラレルト思ッタノデスカ?私ノ絶対防御、壊セルハズガナイノニ。アスモデウスヲ連レテクルベキダッタ。奴ガイレバ状況ハ劇的ニ変ワッタダロウ』

 『そういう助言するってことはアスモデウスがいても大丈夫だってことだろ?お前らがアスモデウスを殺そうとしてるってことは分かってんだ。迂闊にお前らの前に出せるか』

 『彼ハ人間ヲ、アノ女性ヲ愛シスギタ。早ク殺シテヤラナケレバ審判マデニ再生ガ間ニ合ワナイ』

 『そう?俺はお前の計画が頓挫して、そのぶっさいくな顔が更に酷く歪むのを見るの楽しいけどね』


 ……あいつも煽るなあ。フォモスとディモスもいない状況で相手を怒らすのは得策じゃないって思うけど。

 案の定、今の言葉がかなり頭にきたんだろう、表情の変化こそわからないがヴィネーを纏う空気が変わっていくのが分かる。


 『己ガ言動ヲ反省セヨ。悪童ガ』


 再び猛烈な嵐がヴォラクを襲い、立つこともままならないヴォラクが踏ん張って耐えている。

 どこのままじゃ近づけないままで終わってしまう!


 『流石に一対一では近づけないだろうな。何とか隙をつければいいが……』


 パイモンが剣を持って結界の外に出ていこうとするが、今出たところで状況が変えられるって俺でも思えないから、百戦錬磨のパイモンだってわかっているはずだ。じゃあ、俺にできることがあるとしたら……二人のサポートか?なんとかあの嵐から二人を接近させることができれば。


 「パイモン、俺に任せて。カマイタチであいつの嵐を相殺できるかもしれない」

 『……あなたのカマイタチでは奴の元まで届くとは思えませんが?』

 「いきなりカマイタチが飛んできたら誰だってビックリすると思うんだ。隙を突くのは俺よりもパイモンたちの方が上手いだろ?なんとか接近してくれれば……」

 『わかりました。支援感謝します。今は接近するために囮にもなる遠隔攻撃が行える面子が欲しい。貴方の参戦は正直有難い。万が一……』


 パイモンはちらっと千秋さんに視線を向ける。相変わらず何かを考えて一人でぶつぶつと呟いている千秋さんは少し不気味だ。こっちに全く興味を持ってないように思える。

 だけど、そんな千秋さんでも俺の魔法を騙せるとは思ってない。それはパイモンもわかっている。


 『あいつが貴方の能力を晒すような素振りや口調をしたのならば、奴の記憶を管理します。専門ではないですが記憶のすり替え程度は私でも行えます』

 「それってパイモンの魔力に触れることになるってことだよな」

 『そうですね。長い間、記憶管理すれば今の状況下では私の能力に目覚めるでしょうね。貴方が千秋を殺す許可を出せば話は別ですが、貴方はそれを望まないし、私も望んでいるわけではない。これが一番ベターかと』


 パイモンがそれだけを告げて空間から出ていく。足を踏ん張って風に耐えているパイモンを見て、結界の中がどれだけ安全か再確認する。セーレが不安そうにこっちを見ているけど、大丈夫だ。遠距離支援するだけだし、万が一飛ばされてもひっくり返るだけだ。


 未だになにを考えているのか分からないけど、ブツブツ言っている千秋さんの前に座り込む。千秋さんは俺が前に座り込んでも全く気付いていない。本当に大丈夫なのかこの人?


 「千秋さん、千秋さん!」

 「うわあ!びっくりした……なんだよいきなり」

 「こっちの台詞ですよ。大丈夫ですか?黙り込んで」


 千秋さんはどこかバツが悪そうにうなずく。この非常時に何を考えていたのかは知らないけど、一応念押しはしておかないといけない。


 「千秋さん。細かいことは言えません。でも一つだけ言わせてください。俺が何をしても見なかったことにしてほしいんです。絶対に、誰にも何も言わないで、勘ぐらないでください」

 「まさか拓也君、参戦する気なんか?」


 そりゃその反応だろうな。細かいことを言う気はないし、そんな時間もない。早くパイモンとヴォラクを助けないと。久々だからうまく出せるかな?


 指輪を見つめて浄化の剣のイメージを吹き込む。指輪が輝いたと同時に手に剣が現れて千秋さんが後ずさる。空間の外に出た瞬間、恐ろしいほどの強風にさらされて予想通り尻餅をついてひっくり返る。あーもう集中できねえな!でもやるしかない。


 何とかうつ伏せになって風の影響を少なくして剣にカマイタチのイメージを吹き込む。少し時間がかかってけど剣が少しずつ光って、段々光が大きくなってくる。


 このくらいの明るさなら、いけるかもしれない。


 コントロールがどれだけうまくいくかは分からないけど、カマイタチの一つでもヴィネーに命中してくれたら隙をつけるかもしれない!


 「いけ!」


 剣から無数のカマイタチが放出され、四方八方に飛んでいく。全部ヴィネーに向かってくれればよかったのに、嵐で進路が変わったのかその一つがまさかの自分の真横に飛んできて、息が詰まる。


 「ひっ!」


 顔面すれすれにカマイタチが激突し、ヴィネーの嵐に俺のカマイタチの衝撃でまた倒れこんで転がってしまう。

 でもいくつかのカマイタチは嵐を食らっても進路が変わらずまっすぐヴィネーに向かって飛んでいく。上手いこと直撃してくれ!


 『ナンダ!?』


 突然乱入してきた俺の攻撃にヴィネーは嵐の発動を止めて結界を張ってそれを防ぐ。やっぱり俺程度の攻撃では結界を貫通することはできなかったみたいだけど、でも問題ないはずだ。嵐を消してくれたおかげでパイモンとヴォラクが一気に距離を詰めた。


 『パイモンいくよー!』

 『奴の結界を砕く』


 ヴォラクとパイモンが距離を詰め同時に結界を攻撃した。でも結界にはヒビが入っただけですぐに割れるような感じはない。やばい……せっかく近づけたのに、あいつがまた嵐をだしたら二人とも吹き飛ばされるんじゃないか?


 でも俺の心配とは裏腹にヴィネーが嵐を発動する気配がない。どうして発動しないんだ?結界が壊されないことに対する余裕か?俺だったら、安全な結界を発動したまま攻撃するけど。手に持っている鞭すら使う気配がなく、それどころか二人から距離を取ろうとしている。どういうことだ?結界が壊せないんだ。無理に距離を取る必要だってないはずだ。もちろんヴィネーが距離を取るのを二人が見逃すはずがない。


 『忌々シイ』


 まさかの結界をヴィネーが一度解除し、今まで攻撃しなかった鞭を振るう。パイモンが鞭を切り捨てれば、ヴィネーが再び嵐を発動し二人から距離を取る。俺はまたひっくり返りそうになったけど、パイモンとヴォラクも離されないように追撃する。


 意味が分からない、なんだその戦い方は。


 ヴィネーの謎の行動が理解できなくて足りない頭で必死に考える。もしかしてヴィネーは結界か嵐かを片方ずつしか使えないんじゃないのか?じゃないと説明がつかない。先ほどまで近づくこともできなかったのに、食らいつくパイモンとヴォラクにヴィネーは再び嵐を発動するのを止めて結界を張る。やっぱりそうだ!じゃあ、今あいつは嵐を発動できない。


 パイモンとヴォラクで結界を壊すのが難しいのなら、サタナエルの炎を使ってでも壊してやる!


 掌から溢れた光のような炎が空間内で輝く。これで結界を壊してやる!


 『パイモン、ヴォラク、どいて!』


 ヴィネーに向かって走っていき、結界に手を伸ばす。この炎で壊せるかもしれない。ヴィネーは一瞬目を丸くしたが、その次の表情は俺の想像とは違った。ニタリと笑い歓迎するかのように手を伸ばしてくる。


 その瞬間、ヴィネーを囲っていた結界が消えて、逆に自分が結界に囲まれる。あれ?これってどういうこと!?


 サタナエルの炎が結界に触れてもひびが入るだけで、これまた壊れない。なんだよこれ!なんでだよ!ヴィネーは高笑いし、俺を盾にするようにして距離を取った。


 『馬鹿ナ方ダ。マサカ結界ト嵐、ドチラカ一ツシカ発動デキナイト思ッテイタノデスカ?』


 違うのか?じゃあなんで片方ずつしか使わなかったんだ。俺は騙されたのか?


 『私ノ結界ハ全テヲ遮断スル。ドンナ攻撃デアレ……私ハ自分ヲ結界デ囲ンデイル間ハ自分ノ攻撃スラ結界ヲ貫通スルコトガデキナイ。ダカラ発動シナイダケデス。随分ナ勘違イヲサレテイタヨウデ。私ニトッテハ人質ガ手ニ入ッタワケデスガ』


 そう言う事!?自分で結界を張ってその中に入ってたら、嵐も鞭も結界を貫通できないから発動したって結界の外にいるパイモンたちには届かないってだけだったんだ。確かに俺もカマイタチを使うときに何も考えずに結界の外に出た。結界の中で発動しても意味ないって分かってたから。


 あー!俺の馬鹿!なんでこんな簡単なことが分からないんだよ!!


 距離を取ったヴィネーが再び嵐を発動させる。さっきは耐えられていたのに、今度はパイモンもヴォラクも立っているのがやっとの状況で近づくことができない。でもヴィネーの隣にいる自分には分かる。


 嵐はヴィネーの掌から放出されている。つまりヴィネーのいる場所は台風の目のように、この場所は嵐の影響がない。ヴィネーに近づけば近づくほど嵐の影響を受けないんだ。だからさっきヴィネーに接近していたパイモンとヴォラクは嵐の影響をそこまで受けなくて攻撃出来てたのか。


 それを、また俺邪魔した……


 項垂れてしまったけど、まだ諦めたらダメだ。なんとかここを脱出する方法を考えないと!


 試行錯誤する俺を見てヴィネーはくつくつ笑っている。くっそむかつく奴だ。ニヤニヤすんじゃねえよ!


 『無駄ナ動キハ止メナサイ。私ノ結界ハ酸素ノ行キ来モ許サナイ。コノサイズデハ数分……数分後ニ中ノ酸素ハ無クナリ、貴方ハ窒息死スルデショウネ』


 は?え?マジ?それって本当に?


 『ナゼ私ガ危険ヲ冒シテ結界ヲ解除シテイタカ。反撃ノタメモアリマスガ、中ニ長時間イレバ私デモ窒息死ハ避ケラレマセンノデ』


 まじかよ!?やばいってこれ!俺あと数分で息できなくなるのか!?

 ショックで固まってしまった俺と、嵐で身動きできないヴォラクが焦ったように声を張りあげる。


 『セーレ何とかできないのー!?ジェダイトで好き放題移動できないわけー!?』

 『無理だ!俺の飛行の障害をかき消す力はあくまでも自然に関してだけだ。魔力で作り出された人為的な力は掻き消せない!』

 『なんだよそれー!近づけないよ!』

 『最悪の形勢逆転だな。あのまま接近できていたら勝機はあったかもしれないが……』


 やばいパイモン怒ってる。チクチク刺さる言葉に申し訳なくて項垂れるしかない。その時、今まで黙っていた千秋さんが顔を上げてセーレに何かを話しかけている。そんなとこだけ冷静に観察できて、解決策は思いつかないんだから嫌になる。


 『ヴォラク様。我らを盾にお使いください』


 この様子を見かねたのかフォモスとディモスが再び姿を現す。二匹はヴォラクが命令して姿を消している間は傷の回復をしているって話は聞いた。でもこんな短時間でまた出てきてもさっきの怪我は回復できないはずだ。


 やっぱり羽と足は爛れており、鱗が剥げている。それでもヴォラクや俺のために体を張ろうとしてくれる。本当に俺って役立たずだ……


 『でも……』

 『この風の強さ、我らでないと近づけません。パイモン殿とともに我らを盾にし、奴に近づき次第攻撃を。早く拓也殿を救出せねば……』

 『ヴォラク、俺からも頼む。ヴィネーは嘘をついていない。直にあの結界は酸素が無くなる』

 『……わかったよもう。拓也の奴、後でぶんなぐる』

 『一応俺の主だ。俺の見ていない所でやってくれ』


 パイモン、助けてくれるけど、ヴォラクから殴られることに関しては助ける気がなさそうだ。でも助けてくれるんなら一発殴られるくらい我慢しないと。俺のせいでこんな最悪な状況になったんだ。

 フォモスとディモスが嵐を全身に受けつつも力強く一歩ずつヴィネーに近づいて距離を縮めていく。


 『マルデ亀ノヨウダ。私ニ辿リツクノハ、イツニナルカ』


 ヴィネーは近づいた分だけ後退する。ふざっけんなこの野郎!


 「正々堂々と戦え!」

 『ソウ仰ルナ。二対一ノ時点デ分ガ悪イ。コノクライ見逃シテクダサイ』


 どうしよう、これじゃ近づけないよ。フォモスとディモスの足が先にダメになってしまう。これ以上フォモスたちに傷ついてほしくない。やっぱり、自分の力で何とかするしか。


 「いい加減やめろヴィネー!」


 嵐のお陰で風が吹き荒れる音しか聞こえず、急に耳に入ってきた大きな声に反応する前にヴィネーに千秋さんが掴みかかった。千秋さん一体どっから落ちてきたんだ!?


 上を見上げると、ジェダイトに乗ったセーレがいた。あの台風の目のような場所から落としたのか!?よくあそこまで飛べたな……


 千秋さんはヴィネーに馬乗りになり、思いきり顔面を殴る。急な乱入に嵐が消え、手に持っていた鞭が千秋さんを襲う。


 「千秋さん危ない!」

 「食らわねえよ!」


 千秋さんは鞭を振るう前にヴィネーの腕を掴み、思いきり頭に頭突きをかます。


 『グア!』

 「って~!」


 嵐が消えたことでヴォラクとパイモンがフォモスたちから飛び出し、一瞬で鞭を持っていたヴィネーの腕を切り落とし、両腕が宙を舞う。それを見て、驚いた千秋さんが尻餅をついた瞬間に、ヴィネーの体が金縛りにあったように固まった。これは結界?ヴィネーが結界に閉じ込められたのか?でもいまだにヴィネーの結界は俺にかかっている。いったい誰が?


 『や、やっと戻ってこれました……』


 ストラス!戻ってこれたのか!!

 結界越しにストラスを見つめていると、少しずつ結界が透けていきやっと解放される。ヴィネーも閉じ込めたし、これでもしかして終わりなのだろうか。


 『奴を殺すか?それとも地獄に戻すか?』

 『地獄に戻そう。千秋も拓也もいる。刺激が強い』

 『そうだな』


 パイモンがセーレと話し、ヴィネーの体に契約石があるかどうかを調べる。


 『千秋、ヴィネーの契約石がわかるか?』

 「えーなんだったかな……たしかモルー……でもピンクの石がついた指輪だった」

 『モルガナイトですね。指輪をしています。契約石は問題ないでしょう』

 『そうか。契約もしていないし、俺でもなんとかなるな。後は任せろ』


 腕を切り落とされたヴィネーは苦しそうに息を吐き、瞳を閉じる。死んではないようだけどこれ以上は戦えないだろう。

 パイモンが儀式をしているのを大人しく待っていると後ろから思いっきり蹴られてそのまま顔面から倒れこむ。


 『このくらいで済んでラッキーだと思いなよ。これでチャラにしてあげる』

 「ヴォラク。ごめん」


 正座して謝った俺にヴォラクはそれ以上何も言わなかった。


 「後で飴買ってやるな」

 『明日でいいよ。半額になったチョコ二つ買えよ』

 「はい」


 言いたいことを言って満足したのか、儀式を黙って見ている千秋さんにヴォラクが近づいていく。


 『成功したからいいけど、なんであんな無茶したのさ。普通に人間があんな高さから落ちて、骨折しないのって奇跡だと思うけどね』

 「しないって。成功するのも確認済みだ」

 『はあ?』


 千秋さんはひらひらと手を振ったあとにヴィネーに指をさす。


 「俺がヴィネーから譲り受けた能力だ。未来予知。正確には自分が行動を起こしたことの結果に対する未来を予知する。ヴィネーを止めるための方法をずっと頭の中でシミュレーションしてその結果を予知してた。あのやり方が一番誰にも被害がなくヴィネーを止められる方法だったんだよ」


 だから千秋さんは何かを考え込んでいたのか。ずっと解決法をイメージしてその先を予知してんだ。でもなんだよそれ。やばいくらい便利な能力だろ。絶対に勝てる方法がわかるってやつだもんな。

 あまりにも便利な力にヴォラクも感心しているようだった。


 「でも欠点はあるけどな。あくまで自分が起こした行動に対する余地だ。他の対外因子は予知に含まれない。第三者の割り込みで予知が外れることもある。あと俺が解決策になる行動を予知しないと成功の余地も行えない。たまたま奴を倒せる正解のルートを想像できただけだ」


 なるほど。一応欠点があるんだな。それを除いても便利すぎる能力だけどな。

 ヴィネーを地獄に返し終わったらしいパイモンがこっちに戻ってきた。


 『終わりました。空間を閉じます』

 「あ、パイモン……ごめん」


 パイモンは無言でこっちを見ている。それ結構傷つくからやめてほしい。思わずそらしてしまった瞬間、額にパチンと言う音と地味な激痛が襲いかかった。


 『ヴォラクが大きなものを入れたようなので私はこれで勘弁して差し上げます』

 「はい……」


 デコピンされて痛む額を抑えながら空間から千秋さんの部屋へと戻る。さっきまでの何もない空間とは嘘のようにチョコレートが散らばった部屋に戻ってくる。ヴォラクとストラスは自分たちが持って帰るチョコレートを隅に寄せたり袋に入れたりと大忙しだ。


 千秋さんは深いため息をついてベッドに勢いよく腰かけて頭を抱える。


 「なんか、理解できねえことばっかりだ。なあ、ヴィネーがいなくなったらこの能力は消えんのか?」

 「今のこの状況では消えないな。しばらくはそのままだ」

 「あっそ。使わないようにしねえとな。便利すぎて癖になりそうだわ」

 「そこまでは知るか」


 目的を達成したパイモンはもう千秋さんに興味がなさそうで、すぐに帰る準備をしている。

 今の様子だったら千秋さんは俺のことネットに晒したりとかは、しないよな。

 そこだけは確認して帰りたい。


 「あの、千秋さん……えっと、俺のこと」

 「言わねえよ。誰にも。まあ世界のヒーローになれるだろう人に会えたのはラッキーだったけどな。サインでも貰っとこうかな」

 「いや、何の役にも立たないと思います」

 「ふはっ!拓也君はまじいい奴だな。なあ、連絡先教えてよ。なんかあった時は呼んでくれ。役に立たないかもだけど、ヴィネーの能力が使えそうなときは少しはサポートできるかも」


 携帯を出してきた千秋さんと連絡先を交換する。たぶん大丈夫、この反応は俺のことを漏らすとかないよな。


 「本当に、黙ってくれてるんですよね?」

 「だから言わねえって。信用ないな……」

 『あなたの言動を信用しろと言われましてもね』


 ストラスにまで突っ込まれて千秋さんは気まずそうに頭を掻く。


 「俺だって少しは不安なんだよ。同じ仲間と情報くらい交換したいよ。契約者でグループ作 る!?」

 「作んないっす」


 本当に反省してんのかなこの人は。

 ひとしきり話した後、時間も遅いので本当に帰るとなり、玄関まで千秋さんが送ってくれる。


 「イルミナティに関しては力になれない。悪いな。ヴィネーはイルミナティに所属してなかったらしいからな」

 「そうですか……」


 イルミナティの情報は無し、か。でもまあ悪魔を倒せたんだから良しとしよう。

 千秋さんと別れて、人気のない場所に向かいジェダイトを使いマンションに戻る。


 「もう拓也遅い!」

 「み、澪!」


 マンションには澪がおり、その横のソファには毛布を掛けられたアスモデウスとヴアルが爆睡している。なんでここに?ていうか澪はこんな時間まで起きてたのか?時間はもう夜の二時だけど。光太郎とシトリーはおらず、澪に聞いてみると光太郎は眠気に勝てず、シトリーの部屋で寝てしまい、シトリーはシフトの人間が風邪を引いたからとかで、急遽バーのバイトに出て行ったらしい。


 そうなんだと返事をした俺に澪は手に持っていた箱を渡してくる。


 「二月十四日中に渡せなかったじゃない。もう、ちゃんと食べてね」


 ちょ、ちょこ!澪からのチョコ!!

 もうこれだけで生きていける!今確信を持って言える。俺は世界一幸せな男だ。千秋さんみたいに沢山貰えなくても澪から貰えるのならどうでもいいことだ!


 「浮かれているところ悪いですが、寒い中ベランダに長居したくはありません。さっさと入ってくれませんか?」


 冷ややかなパイモンの視線。いつもはそれに縮みあがるけど、澪のチョコのお蔭でほかほかの俺の心には全く効果がない。ヘラヘラしてちんたらとマンションに入る俺にパイモンは舌打ちをして部屋の中に入る。ねえ酷くない?契約者の俺に舌打ちしたよこの子。


 澪はそのままマンションに泊まるらしい。確かにもうこの時間だ、今から家に帰るってのはないだろう。俺も今日はここに泊まるし、明日も一緒に居れるみたいだ!やばい、それって嬉しすぎる。


 パイモンはもう疲れたのか風呂は明日の朝に入ると言ってさっさと部屋に向かっていき、ヴォラクもそれに続く。セーレは俺に風呂はどうするかと聞いて入ると伝えればお湯を沸かしに風呂場に消えていく。


 『嬉しそうですね』


 チョコを持ってニヤニヤしている俺にストラスの声も弾む。


 「うひひっ!千秋さんみたいにモテモテじゃなくても十分幸せだな」



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