第69話 バレンタインの悲劇3
バレンタインデー当日。母さんから今日はチョコレートを貰って来いとプレッシャーを背中に受けて学校に向かう。千秋さんが今日一日どういう状態になるかはパイモン達が様子を見に長野に向かうらしい。多分問題なさそうだから学校終わりに来てくれたらいいって言われたけど、本当に大丈夫なのかな?
第69話 バレンタインデーの悲劇3
この日、俺はとんでもない物を目にした。
「おい、広瀬のチョコレートの量ヤバいだろ……」
「明らかに本命ぽいの混じってるし」
昼休み、光太郎を俺の席の近くで眺めていた藤森がポツリと呟き、立川がそれに同意している。
そう、光太郎のモテ度がすごいんだ。朝来た時からチョコレートを貰い、十分休みのたびに誰かしら女子が光太郎にチョコレートを渡しに来る。しかも三年生や一年生からも光太郎に手作りチョコレートを渡しに来てるんだ。
「んなことしてねーで勉強しろよ。暇人か」
桜井が僻みしか入っていない恨み言を先輩に対して呟くほどに今日の光太郎はすごい。
光太郎の鞄の中からは既にチョコがはみ出ている。元々イケメンだし頭いいしでモテてたけど、去年はこれほどじゃなかったはずなんだけどな。俺達が驚いている間にまた一人、女の子が顔を真っ赤にしてチョコレートを渡して逃げるように去って行った。
あれだけもらったら喜びよりもお返しに頭を痛めてるのかな?光太郎の表情は硬い。肝心の俺は男子全員に配ってたチョコレートとクラスで仲のいい女子にもらった義理チョコのみだ。これでもあるだけ有難い。母さんに情けないとからかわれることもないんだから。それに澪から貰えるわけだしな!
俺達は少し離れた場所から光太郎と桜井とオガちゃんの様子を眺めている。
「光ちゃん……その数はえぐいわ。二十はもらっただろ?お前多分学年No1だわ」
「No1は成績だけにしろよ死ね!!」
オガちゃんと桜井にからまれて光太郎は苦笑しており、あまりの光景に俺たちも光太郎の席に向かう。
「しっかも可愛い子からばっかじぇねえか!ふざけんな死ね!」
「桜井お前さっきからそれしか言ってねえぞ」
なんだろう、なんか少し違和感だ。いつもなら光太郎もこういった状況で茶化して自慢したりもするのに、若干顔が引きつっている。皆はそれを貰いすぎたチョコレートのせいだと思ってるけど、多分光太郎は違うことを考えている。
他に理由を考えて、一番最悪なケースにたどり着いてしまった。
「便所いきてー拓也行こうぜ」
「なんだよ連れションかよ。お前こんだけモテて池上を取るなんて俺には理解できねーわ。死ね」
「桜井うっせーわ!いやー拓也が女の子なら俺絶対狙ってたわ」
適当なジョークで桜井たちを笑わせた後、光太郎は俺の肩を組んでポツリとつぶやいた。
「俺たぶんシトリーの能力目覚めたわ……時期は分かんねえけど」
「やっぱり……お前マジ顔引きつってたし」
「あの子、可愛いよなって思った人たち学年問わずに全員からチョコもらった。話したことないし先輩とか多分俺のこと知らないだろうに」
羨ましい能力に目覚めているけど、光太郎の表情は暗い。
「とりあえずシトリーに相談して、力の制御方法とか聞いといた方がいいぞ」
「もう連絡した……今日はバイト休んで学校まで迎え来てくれるって。帰りに力振り撒いてストーカーでもされたら危険だからって」
シトリーも過保護なこった。でも確かにその通りだ。今の所は光太郎が可愛いなって思った子にしか影響は出てないっぽいけど、シトリーの力が使えるようになったって実感しちまったら多分色々気にしてしまって支障きたしそうだもんな。
廊下で相談を終えて便所にはいかず教室に戻る。まだ光太郎の席付近では桜井たちが騒いでいた。
「お、池上~お前広瀬とは縁切りしとけ。お前じゃスペック違い過ぎっから」
「はあ?」
ニヤニヤ笑っている桜井が光太郎の机に置かれているチョコレートを指さす。隣から小さく「やべっ」って聞こえてきて、チョコレートが入っている袋を覗き込むと、そこには見慣れた名前があった。
「澪、から……光太郎、これ」
「いや、俺は何もしてない。可愛いとは思うけど何もしてない」
「死ね!!!」
「酷い!」
桜井たちが俺達のコントのようなやり取りにゲラゲラ笑っている。でも澪、俺にはまだくれてないのに、光太郎にはなんで渡してんの!?俺の大きくしてくれるって言ってたから固まってないの!?プラスに考えたくても、これ無理な案件よ!?
俺は今日この瞬間の光太郎を絶対に許さないからな……
光太郎と揉めている最中に携帯がポケットの中で振動したから喧嘩を一時中断して確認すると、メッセージはシトリーからでグループにまとめて送られてきた写真付きのメッセージに俺と光太郎は目を丸くした。
“あの契約者、チョコに埋もれて死にそーだぜw”
写真には女子に追いかけられて逃げている千秋さんの姿。しかしこの写真は一体どこから撮ったんだ。ドローンで撮ったかのように綺麗に空撮されている。ってそんなことに感心してる場合じゃない。千秋さん大丈夫なのかこれ……
俺の心配をよそに光太郎は写真を見てブハッと吹き出し、安全だと思ったのか桜井たちに知り合いが面白いことになってると言って写真を見せている。おいおい、話を広げんな。
「なんだこいつ死ね!フツメンじゃねえか!雰囲気イケメン死ね!」
今日の桜井はもうこればっかりだ。別にチョコレートもらえてないわけじゃないのに、彼女がいないから本命はもらえないと拗ねてんだよな。本当に恋愛脳め。まあ上野みたいに惚気られるよりましか。
でもこれ本当に大丈夫なのかな?シトリーは面白半分で眺めてるっぽいけど、千秋さんの顔はズームにしたらマジの顔だ。チョコレートで窒息死とかなったあかつきには今日の全国ニュースのトップを飾るだろうな。
うーん、これはちょっと早く学校終わらないかな。面白そうで気になってしょうがないな。パイモン達が見てるから大丈夫とは思うけど……なんだか助ける気はなさそうだ。まだ午前の授業が終わったばかりなのにモヤモヤして何だか気持ち悪いな。
「池上くーん!これあげるー!私の本命だよー!」
どこから湧いたのか進藤さんが俺にチョコレートを押し付けて腕をからめてくる。本命とか言いながら明らかに市販品の安い奴だし、この適当さは一体なんなんだ。
こんなチョコレートでも進藤さんの事を可愛いと言っている目が節穴の桜井からしたら羨ましいらしくギリィと歯を食いしばっている。
「池上死ね……」
「なんだかんだであいつもてるよなー。進藤さんに松本さん?」
「文系と理系のマドンナからか。フツメンのくせに生意気だよな」
助けを求める視線を向けてもみんなニコニコ微笑ましそう。全然微笑ましくないよ……
むかつくからその場でもらったチョコレートは食ってやった。どうせ市販の物だ、勿体ぶる気も起こらない。桜井の口にも押し込んでやれば、頬を緩ませて食べていた。
「進藤さんのチョコ……」
「市販品だアホ。百円で買えるやつだよ」
食べ終わったチョコの包みをごみ箱に捨てて昼休み終わりのチャイムが鳴る。
やっと午前が終わった。あとはシトリーが光太郎を迎えに来るのを待って、それから長野に行くだけだ。
***
「よお」
授業が終わり、光太郎と一緒に学校を出ると門の前には既に待機していたシトリーがこちらに向けて手を上げていた。高校生の女子たちの視線を一斉に受けても何食わぬ顔だ。むしろ顔の整ったお兄さんが学校の前にいると女子がキャーキャー言いながら校門を出て行く。
「いやー今日は俺様みたいなイケメンが得する日だよな~申し訳ないぜ。なあ光太郎、俺はお前が女子に大人気なようで鼻が高いぜ。そんなお前に俺からもチョコレートをやろう。正確には女の俺からだけどな」
「え、シトリー俺には!?俺にもちょうだいよ!!」
「お、おお?なんでお前必死なんだよ。そんな俺からのチョコが欲しいのかよ……わりいけど、お前のはねえから帰りにコンビニで買ってやるよ」
俺のないの!?シトリー(女)め!!あいつ俺にも用意してくれたっていいだろうに、なんで用意してくれないんだよ!別に男のシトリーからのチョコとかいらんけど、コンビニで買ってくれるのならいいや!有り難くもらっとこう!
「あーありがとう……あとで女の方にも変わってよ。直接お礼が言いたいから。てかシトリー俺どうしよう。力制御できなかったら日常生活やばいとかあるのかな」
「俳優になれんじゃね?男女からの支持率驚異の100%狙えるかもな」
「そう言う相談じゃねえよ!」
怒っている光太郎にシトリーはそんなに深刻に考えていないのか光太郎の頭をポンポン叩いてケラケラ笑ってる。うーん、でも確かにシトリーも日常生活に不便さは感じてなさそうだし、力の制御の仕方も教えてもらえるわけだし、正直俺的には羨ましい力だなーくらいで終わっちまうけどな。
「とりあえず、マンション行きながら話すか」
シトリーが光太郎の肩を組んで歩きだしたので俺も慌てて後を付いていく。
「池上君、また明日」
進藤さんの声が聞こえて振り返ると友人と帰っている進藤さんがこちらに手を振っている。
流石に他に人もいる時点で無視するわけにもいかず、こちらも手を振りかえす。
「広瀬君、格好いいお兄さんだね。またね」
そうか、進藤さんはシトリーを見たことあるもんな。光太郎に話しかけているけれど、視線は完全にシトリーに向かっている。ここでパイモンなら無視か舌打ちをかますくらいしそうだけどシトリーはヘラッと笑って手をふって踵を返した。
「アガレス引きつれて愛想よくされてもな」
「やっぱいるんだ」
「おう、何かあったらすぐにでも飛び出すだろうな。迂闊に手は出せんぜ」
やれやれと言った感じにシトリーは首を横に振り、足早にマンションに向かう道を歩く。周囲に人があまりいないこと、周りに聞こえないことを前提で光太郎と俺にどうするべきか話してくれた。
「多分お前はしばらく力の使い方が上手くいかなくて日常生活に不便が出るとは思うが、慣れるまでは辛抱だ。とりあえず拓也とか俺の近くにいたほうがいいだろうな」
「え、そんなに……?」
「お前気づいてなかったろうけど、お前の後つけてる女いたぞ。校門で睨んだら逃げちまったけどな。大方お前あの子可愛いとか思ったんだろ?俺の力は上手く扱えない場合は自分が少しでも好意を持った人間全てに働く。一番手っ取り早いのは相手に興味を持たねえことだけど、そんなのすぐにはできねえ。とりあえず慣れるしかない」
それってシトリーは普段は他の事に無関心ってことなんだろうか?あれだけバイト仲間とか友人とかたくさん作って、女の子誰かれかまわず口説いてるって言うのに。
「それって結構扱い難しい……」
へこんでしまった光太郎にシトリーも俺も困り顔だ。慣れてるシトリーからしたら大したことないのかもしれないけど、光太郎からしたら、これからストーカー被害だって遭うかもしれないんだ。一刻も早く解決したいだろう。
すぐになんとかできないのかとシトリーに聞いてみても、首を捻っている。
「正直俺も力の制御とかってのは良く分かんねえんだ。もうこの力が染みついてて好き勝手使えちまうから。簡単に言えば他人に興味を持つなってことしか言えねえ。最初は大変だろうが、時間が過ぎて慣れてきたらある程度こんなもんだってのは多分わかってくる。上手いこと線引きができるようになるから、それまでは我慢だろうな。わりいなあ、お前がそんなに真剣に悩んでたなんてな」
流石にシトリーも少し申し訳なさそうで、光太郎は首を横に振って大丈夫だと告げる。
「慣れるまでは契約石持ち歩くようにしとくから、何かあったら助けてくれよ」
「まあ、そうだなーさっきみたいな女いたらお前ホイホイついていっちまいそうだもんなあ」
「俺をどんだけ変態スケベ野郎と思ってんだよ!」
「気にすんなよ。童貞なんてそんなもんだからよ」
「どどど、童貞ちゃうわ!彼女いたことあるし!」
「ええマジで?その割には女の扱い下手だねお前!」
シトリーと口論している光太郎は元気そうだ、やっぱりシトリーが側にいると安心するんだろう。直哉の次に光太郎がこんな事になってしまって、澪も多分近いうちにヴアルや、最悪アスモデウスの力に目覚めるってことだもんな。ヴアルの場合は恋愛感情を操れるって奴だったよな。シトリーみたいに自分に好意を向けさせるわけではなく、あくまで恋のキューピッド的な能力だからそんなに害があるわけじゃないけど、アスモデウスの能力ってなんなんだろう。
てか俺はどうなんだ?未だにストラスとかセーレ、パイモンの力に目覚めるわけでもなさそうだけど、俺も何か目覚める可能性はあるのか?
「なあシトリー、俺も近いうちにストラスたちのとかあるかな」
「いやーお前はねえだろうな。サタナエル様が強力すぎる。指輪の中の天使のエネルギーも邪魔してるだろうし、お前がストラスたちの能力に目覚めることはないだろうな。あってもあまりにもしょぼすぎて気づかないくらいだと思うぞ」
あ、そう。パイモンの絶対的な発言力とか手に入れたら人生イージーモードだろうに、少しだけ残念だ。いや、悪用しようとかそんなこと考えてるわけじゃないけどさ。
そうだ、光太郎ですっかり忘れてたけど、千秋さんはどうなったんだろうか。
「そういえば千秋さんは大丈夫なのか?」
そう聞けば、多分何かを思い出したんだろう。さっきまで真面目な顔をしていたシトリーが急に噴出してポケットから携帯を取り出してこっちに手渡してきた。
「動画見てみろよ」
言われるがまま動画を開いて再生ボタンを押すと、そこには逃げ惑う千秋さんが映っていた。多分本当に面白かったんだろう、シトリー達が爆笑している声も入っている。
逃げ惑う千秋さんを追いかけている女の人は十人程度いる。あ、しかも隣に駐車した車からチョコレートを持った人が……年配の女の人もいる。なんだこれカオスすぎる。
想像以上の展開に言葉を失ってしまう。
大学の敷地内ではアナウンスまで流れて千秋さんがどこにいるか伝えており、これがヴィネーの力だとしたら恐ろしいことをしてくれたもんだ。千秋さんこんなことされたら女性不信になるんじゃないだろうか。
『す、凄い事になってるな彼は……助けなくていいのかパイモン』
『待てセーレ、もう少し観察しよう。これはこれで面白い。ふふっ』
『確かに面白えな!あひゃひゃ!こんなに腹がよじれたの久しぶりだぜ!』
『シトリーの言う通りだよ、やべえってこれ!あはははは!ちょー必死で逃げてやんの!てかトラックにチョコ積んでくるって、もう何の世界なの!?あっははははは!!』
『皆助ける気ないな……』
皆の会話から、千秋さんが逃げ惑う様子を楽しんでいるのが伺える。ていうかパイモンまで楽しんでるじゃん。
シトリーに携帯を返して今の状況を確認する。
どうやらまだ千秋さんは女性に追いかけまわされているから迂闊には近づけないらしい。本人も逃げ回って大学の講義は全て欠席しているそうだ。恐らく二月十四日が終わるまでは千秋さんに今日は近づけないだろうとシトリーは言っていた。じゃあ結局今日はもう何もできないってことなのか。
「こいつがこの調子じゃ迂闊に近づけねえんだよ。今回で懲りただろ。契約は解除するとは思うんだが、ヴィネーが大人しく帰るかどうかが問題だな」
「じゃあ今日中に悪魔を見つけて叩かないと逃げられちまうかもだろ?長野に行った方がいいんじゃないのか?」
「まあ、それもそうなんだけどよ……誘き出すのが失敗したらあいつ街中に出てきちまう。どうにかしてパイモンが空間移動させてくれりゃイケるとは思うんだが、そうなるとできるのはやっぱり二月十四日が終わった直後だ。とりあえずもう時間も時間だ。このままマンションに寄って飯でも食ったら長野に行くか」
それはいいんだけど、それって下手したら澪からチョコレート今日中にはもらえないってことじゃないのか!?いや、最終的にもらえるからいいんだけど、やっぱり二月十四日にチョコレート欲しい……何で澪は光太郎に先に渡すんだよお。ずーっとモヤモヤして引っかかるわ。
でも光太郎の話とかを聞いていると、そんなこと言える雰囲気でもないし流されるままにマンションに歩いて行ってしまう。うう、チョコレート……
***
結局マンションに強制連行されて、ヴアルにもらったチョコを食べながら時間を潰して、契約者も家にこもってるだろうとなったため二十三時頃、昨日と同じメンバーで長野に向かった。光太郎はシトリーが駄目って言ったからマンションで待っているため今回は参戦しない。
千秋さんのマンションはもうすごいことになっており、マンションの入り口にある郵便入れにチョコレートが綺麗に積み重なっていた。可哀想に学生マンションなんだろう、同じマンションに住んでるっぽい男子大学生のグループが入り口を見てびっくりしながら写真を撮っていた。ちょっと奇妙すぎる光景だったから俺も写真を撮った。
千秋さんの部屋に繋がるドアは固く閉じられており、警戒されているのかインターホンを押しても出てこない。そしてここにもチョコレートが綺麗にいくつか置かれている。
「帰ってきてないのかな?」
「家に籠っていると思ったが、友人の家にでも逃げているのか……?千秋、いないのか?」
パイモンが玄関をガンガン叩くと、バタバタと人が走る音が聞こえてパイモンが玄関から一歩距離を取る。すごい勢いで玄関が空き、中からげっそりした千秋さんが出てきた。
「ああ、あんたらか」
「バレンタインを楽しんだようで何よりだ」
「嫌味かクソ。殺すぞ。何も楽しくねえよ」
少し小馬鹿にしたようにパイモンが千秋さんに声をかければ、心底イラついたように低い声で返事を返された。千秋さんは周囲に女の人は?と聞いてきたのでいないと答えたら部屋にあげてくれた。
どうやらあまりに女の子が押しかけてくるから困った大家さんから今日はマンションには住んでいる女の子以外の女性はあげない!となったらしく、今は静かなんだそうだ。それでもこっそりとチョコレートを持ってくる女性と大家さんの戦いが今も続いているらしい。
「大家さんなんて見なかったけど」
「流石にもう寝てんだろ。大家さん七十代のじーさんだからな。だから家から出たくなかったんだよ。ダチも今日はさすがに泊めてくれねえし逃げ道ねえんだよ」
千秋さんの部屋にはすでに大量のチョコレートが部屋を埋め尽くしている。これに玄関の前やマンションのポストの前のチョコレートを合わせたら一年は買わなくてよさそうだ。もうチョコを見るのも嫌なんだろう、千秋さんがこっちに投げるようにチョコレートをくれたから有難くいただく。
まさかこんな形で俺でも知ってる高級チョコレートをゲットしてしまうとは……
もぐもぐ食べながら千秋さんがパイモンと話している姿を眺める。ストラスとヴォラクは意識が完全にチョコレートに向かっており、もう千秋さんには興味がなさそうだ。二人でどのチョコを貰うか勝手に物色して包みまで開けている。本当に食い意地はった図々しい奴らだ。
「ヴィネーは?」
「知らねえ。流石にやりすぎってアイツに切れ散らかしちまって、それから姿が見えねえんだ」
「喧嘩別れか?余計な事を……奴を始末できるチャンスだったのに」
不機嫌隠さず舌打ちしたパイモンに千秋さんもイライラがピークになってるんだろう舌打ちを返し二人が一触即発だ。
でも実際にため息をついた千秋さんはチョコレートを一つ食べて苛立ちを抑えていた。
「あいつの行方、本当に知らないのか?」
「本当に知らねえ。心配しなくてもそのうち戻ってくる。いっつもそうだからな」
喧嘩してヴィネーって奴が出て行くのはどうやらいつもの事みたいだ。本当に仲はいいんだろうな……なんだかヴィネーを倒すのは申し訳なく感じてくるが、結局ヴィネーを捕まえられなかったら困るし、このまま帰るわけにはいかない。そもそも本当に帰ってくるのか?
パイモンと千秋さんが話している間にチョコレートを一箱食べ終え、まだまだあるチョコレートを物色する作業を行っているヴォラクとストラスに俺も合流する。千秋さんがそんな俺達を見て好きな物を好きなだけ持って帰れと言うので、皆のお土産にするためにいくつか美味しそうで高級そうなものを選んでいく。
手作りは駄目だな。悪魔の力であんな妄信的に千秋さんを追いかけていた女の子たちだ。毒でも入れてそうだしな。
ついでに手作りは捨ててくれと言われたので、言われた通り物色しながら手作りをごみ袋に移していく。
「これ俺持って帰ろう。すげえ高い奴だ」
『このチョコレートは直哉が欲しがっていた物……!いただいて帰りましょう。ついでのこちらの詰め合わせも……』
「俺はとにかく沢山入ってそうな奴がいい!これもーらい!」
セーレが飽きれたように俺達を見ていたけど、太陽の家に持っていけばと言うヴォラクの発言を聞いてセーレもチョコあさりに加わる。パイモン以外本当に何しに来たんだ俺達は。
そんなことをしていたら二月十四日が終わり、二十四時を過ぎた瞬間、今までとは違ったピリッとした感覚を感じて千秋さんの方に顔をあげる。
『千秋、沢山チョコレートヲ貰ッタヨウデスネ。私モ嬉シイ』
いつのまにか千秋さんの目の前に現れたヴィネーはチョコレートの山を見て満足そうに微笑み、玄関とポスト前にあったチョコレートも回収してきたんだろう、大量のチョコレートを床に散乱させた。
千秋さん家に籠ってから一回も出てなかったんだろうな……チョコレートの山を見て頭を抱えるも、ヴィネーは満足そうだ。でも悪魔がこれだけ満足そうなんだ。もしかしたら円満に地獄に戻ってくれるのでは?と若干の期待が湧く。
『サテ、二月十四日ガ終ワリマシタガ、大量ノ収穫ガアリマシタネ。貴方ノ望ミヲ叶エラレテ私ハトテモ嬉シイ』
「俺は地獄だったんだけど。お前マジやり過ぎだわ。つかあれはあくまでもただの願望で、ここまでやってほしいとは思ってねえんだよ」
『可愛イ彼女ガ欲シイ、モテタイト言ッテイタジャアリマセンカ』
「それはそうだけどー」
千秋さんは黙ってチョコレートの山を乱雑に足でガサガサ動かしている。早く二人で話をつけて……てかパイモン切り込んで!もう俺早く帰りたい!チョコレート大量にゲットしたし、肝心な澪から貰ってないんだよー!!
そんな俺の想いが伝わったのか、黙っていたパイモンが口を開いた。
「で、お前どうするつもりだ?ここで俺とやりあうか?大人しく地獄に戻るか?」
『本当ニ貴方ハ自分本位デ相手ヲ尊重シマセンネ。私ハ千秋ト話シテイルノデス。千秋、貴方コノチョコレートヲドウスルノデスカ?』
「はあ?お前がよこしたんだろ」
『貴方ノ願イハ“リア充”ニナルコト、デスヨネ?“パリピ”ニナッテ可愛イ彼女ガ欲シイ、ト』
欲望の塊じゃねえか。
彼女はともかくパリピってのは当たってる気もするけどな。だって遊び歩いてる感じすごくあるもんこの人。
千秋さんはヴィネーの言ったことに対してあんまり真面目には考えていないようだ。もしかしてヴィネーはこの言葉を真に受けて、ここまで大それたことを?じゃあ今回は千秋さんが悪い。反省しろ。
「言ったけど、それとこれが何の関係があるんだよ。そりゃチョコ欲しいとは言ったけど、ここまでやれとは言ってねえよ」
『日本デハ女性カラ好キナ男性ヘチョコレートヲ渡ス日ト言ッテイマシタ。ツマリチョコレートノ数ダケ貴方ニ好意ヲ抱イテイル女性ガイルノデス!』
そりゃ、普通に考えたらそうなんだろうけど、今回はヴィネーの力が働いたからで、明日になったら効き目無くなっちまうんじゃないか?だってバレンタインの嵐を起こしてたんだよな。それがなんで千秋さんに向かったのかは知らないけどさ。
千秋さんは首を捻り、目を輝かせて顔を上げた。
「じゃ、じゃあ俺にチョコくれたミスコン優勝の白石さんが彼女になる……?」
『貴方ニチョコレートヲ送ッタナラバ好意ガアルノデショウ!オメデトウ千秋!』
「……ヴィネー!」
だから何だよこの茶番!
仕方なくまた一箱チョコレートの箱を開けた俺とは裏腹にパイモンは複雑そう……いや、すごく険しい顔してる。眉間に皺が寄ってる姿はよく見るけど今のは違う。臨戦態勢の表情だ。ヴィネーには何か裏がある?
見ている限り、ヴィネーにそんな気配はなく、ニコニコとまるで自分の事のように千秋さんと一緒に喜んでいる。千秋さんは本命だったんだろう白石さんって人から貰ったチョコを握りしめている。
『デハ千秋、残リノチョコハ要リマセンネ』
「おう!俺にはこれだけで十分だぜ!白石さんに誤解されちまう。お前らに好きなだけやるよ!ヴィネーも好きなだけ持って行け!」
『ソレハ有難イ!彼女タチノ好意モ要リマセンネ』
「おう!迷惑だからな!」
なんだろう、心臓がざわつく……見てはいけない物を見ているような。
それを感じたのは俺だけじゃなく、ストラスもヴォラクもセーレもチョコレートから手を離し、二人の会話を黙って聞いている。
ヴィネーは散らばっているチョコを魔法か何かで手元に集めている。そしてそれを眺めながら恐れていた言葉を放った。
『デハ、用済ミノ女性タチノ魂ヲ頂キマショウカネ』
「……は?」
千秋さんが目を丸くした瞬間、剣を抜いたパイモンがヴィネーに斬りかかった。剣がぶつかる音が聞こえて、千秋さんが持っていたチョコレートを落として目を丸くする。
パイモンの剣を受け止めたヴィネーはそのまま弾いて千秋さんに語りかける。
『奴を自由にさせるなヴォラク!』
『おう!』
ヴォラクが手をかざし、マンションの一角に結界を張る。閉じ込められたヴィネーは面倒そうにため息をついた。
『千秋、彼ラカラ逃ガス為ニ貴方ハ私トノ契約ヲ破棄シ、私ヲ自由ニシテクレタ。貴方ハトテモ優シイ人ダ。デスガ、契約シタ時ノ約束、覚エテイマスカ?』
「……そんな約束、したっけ?」
首をかしげる千秋さん。困惑してるけど、本当に覚えてなさそうだ。忘れたふりをしているようには見えない。
ヴィネーはニコリと笑う。千秋さんに危害を加える気はないんだろうけど、その笑みは余りにも不気味で千秋さんの頬がひきつる。
『エエ。貴方ハ現レタ私ヲ見テ、コウ言イマシタ。自分ガ特別ナ人間ニナッタヨウダ。オ前ノヨウナ能力ガ欲シイ ― ト。貴方ハ私ノ能力ニ目覚メタ。ソノ結果ガ、指輪ノ継承者ノ襲来ノ予知。ソシテ、私ガ女性達ニバレンタインデーノ熱意ヲ増長サセ、貴方ハ自分自身ニ、バレンタインノ矛先ガ向クヨウニ私ノ力ヲ使ッタ。ダカラ貴方ノ知リ合イハ皆一斉ニ貴方ノ虜ニナッタノデス』
「俺が、自分でお前の力を使った……?予知能力以外で?いやいや、ねーよそれ」
『自覚ガナイカラ上手ク使イコナセナイノデス。デスガ安心ナサッテクダサイ。私ノ心理的ナ嵐ヲ起コス力ハ、相手ノ思イヤ意思ヲ捻ジ曲ゲル事ハデキマセン。チョコレートヲ送ッタ女性達ハ貴方ニ少ナカラズ好意ハ抱イテイタノデス。マア、タダノ友愛ダッタノデショウガ。増長サセレバ愛情ニナル』
千秋さんは何も言い返せない。結界を張ったから逃げられないと言うのは分かっているんだ。ヴィネーもこっちを警戒しながら千秋さんに語りかけている。パイモン達も千秋さんがヴィネーの横にいるようじゃこれ以上派手に攻撃できないと思っているんだろう。飛び出すタイミングを見計らっている。
そしてヴィネーは恐ろしい言葉を口にした。
『カラクリハコンナ所デショウ。本題ニ戻シマショウ。千秋、私ノ力ヲ譲ッタ時ノ見返リヲ貴方ハコウ言ッタ。 ― 俺ニ迷惑ガカカラナイ物ナラバ好キニ何デモ持ッテイケ ― ト』
やっぱり、ヴィネーの狙いは魂だったんだ!流石に千秋さんも事の重大さを理解したんだろう、顔が真っ青になっていく。パイモンがそれを見て「馬鹿め」と罵ったけど、それにすら今の千秋さんは反応出来ない。
『貴方ハコレラノ贈リ物ト気持チヲ“イラナイ”ト言ッタ。私ニ“好キナダケ持ッテイケ”ト。ナノデコレラノチョコレートを贈ッタ女性達ノ魂ヲ頂イテ地獄ニ帰ロウト思イマス』
「待って……魂持って帰るって、どうやって……?魂持って帰られたらどうなんの?」
『ソレハ想像通リデスヨ。“死”デス。肉体ノ方ハ可哀想ナノデ、ゴ家族ト貴方ニオ譲リシマス。オ好キニ供養シテクダサイ。心配ナサラズトモ、魂ヲ抜クノデ相手ガ化ケテ出ルコトハアリマセンヨ!』
「そうじゃなくて!!」
それ以上先を千秋さんは言わない。いや、言えないんだ。恐ろしくて。もしその先を言って肯定されたらどうしよう。そう思ってるんだ。
きっと今、後悔してるに違いない。昨日、悪魔を地獄に返しておけば、こんな事にならなかったのに……って。
何も言わない千秋さんを納得したと思い込んだのか、やや上機嫌でヴィネーがこっちに振り返る。思わず固まってしまった俺を守る様にセーレとストラスが前に出た。
『サテ、私ハ地獄ニ戻リマス。コレダケ大量ノ手土産ガアレバ、ルシファー様モオ喜ビニナリマショウ。パイモン、手伝イヲ依頼シテモ?』
『構わん。こちらも手を汚さずに済んで好都合だ』
パイモンはあくまでもドライだ。どうしよう、止めないと ― そう思って開いた口から声は出ない。もし、ここで俺が余計な事を言って、またシェリーのような犠牲が出たらどうしよう……!そんな考えがグルグル回って何も言葉を出せない。どうしよう、パイモンが何も言わないならこれが正解なのかな?でも、このままじゃ千秋さんにチョコレートをあげた女の人たちはみんな殺されてしまう。
俺が発言してもいいのか?責任も取れないのに、余計な事をしてしまうかもしれない。
喉からヒューヒューと荒く息を吐く音しか出ずに、ストラスが心配そうに見つめてくる。寒いはずなのに冷や汗が頬を伝う。
「ちょっと待てよ!いや、可笑しい、だろ!俺が言うのもなんだけど、殺すって……ヴィネー!」
『千秋、貴方ハモウ私ノ契約者デハナイ。私ニ命令ヲ下セル立場デハナイノデス。故ニ貴方ノ意見ヲ私ハ聞キイレナイ』
「殺すとかありえないだろ!止めろヴィネー!マジそれやばいって!」
千秋さんは真っ青な顔でヴィネーに掴みかかっている。それを振りほどかない辺り、千秋さんに対しては情があるんだろうけど、でも……
『私ニモ仕事ガアルノデス。コレ以上邪魔ヲスルノナラバ、心苦シイガ少シ痛イ目ヲ見テモラワナケレバナリマセン』
千秋さんの息がヒュッと詰まる。それ以上何も言えず、掴んでいた腕の力もなくなり項垂れた千秋さんにヴィネーは満足そうに笑い、パイモンの方に向かう。どうしよう、どうしよう!
「おい、あんたも止めてくれ!あんたヴィネーを倒しに来たんだろ!?」
『地獄に返しにだ。なぜお前の尻拭いを俺がする?自業自得だろう。安易に悪魔と契約したお前の責任だ』
やっぱり、パイモンは助ける気が、ないんだよな。ヴォラクもそんなパイモンを止める気配もないし、セーレはやんわりとパイモンを諌めてくれているけど、それに聞く耳を持つ相手じゃない。唇を噛んで耐える。声が出ない、見たくない物は見るなとパイモンが言った。じゃあ、俺がする正しい行動はこの場所から逃げる ― ことなんだろうか?
腕の中のストラスは何も言わない。あと時間はどのくらいある?どうやったら最善の道を選択できる?自分が傷つかずに、千秋さんが、他の人たちが傷つかずに済む?
『拓也、思ったことを言いなさい』
ストラスの凛とした声が耳に響く。
ジッとこっちを見てくる瞳に先ほどまで騒がしく動いていた心臓は大人しくなっていく。
『パイモンは確かに正論をいいます。合理的で正確、そして厳格です。貴方が意見をしづらいと思うのも当然です。ですが、貴方も分かっているでしょう?パイモンはいつだって貴方を救うために戦っているのだと。彼は厳しいですが、貴方の言葉に耳を全く傾けなかったことが今までありますか?』
そう言われてハッとした。パイモンは確かにいっつもなんでも決めてくれるから、それに従ってきた。でもそれはあくまで俺が何も意見しないときに限りだ。俺が何かを訴えた時はいつだって聞き入れてくれた。それで面倒なことになっても、何回も何回も見捨てずに言うことを最後は聞いてくれた。
息を飲みこんで呼吸を整える。大丈夫、声はちゃんと出る。
「パイモン、千秋さんを助けよう」
振り返ったパイモンの真っ直ぐな視線に治まっていた心臓は、またうるさく動き出す。でも大丈夫、まだ否定はされていない。
『それは、私に手を汚せ。と言うことですか?こんな男を救うために?』
「女の人たちは無関係だよ。千秋さんだって、悪い人じゃない」
『それは命令ですか?』
命令……そうか、契約者は俺なんだ。命令だと言ったらパイモンは言うことを聞くしかないって思ってるのかもしれない。でも危険なことをさせるのに、命令なんて偉そうなことは言いたくない。
「お願い、かな……でもパイモンは俺の願いを聞いてくれる。今までだってそうだっただろ?」
『……貴方を甘やかした私に責任があると言いたいのですね』
パイモンが手に剣を握る。やっぱり、なんだかんだでパイモンは優しい。俺の意見を聞いてくれるんだ。
『主が言わなければ俺はお前を救う手助けなどするつもりはなかった。主に感謝するんだな』
『貴方モ随分ト甘イノデスネ。私ト戦エバ、オ互イ無事ニハ済マナイト言ウノニ』
『仕方ないだろう。気乗りはしないが、主に頼まれた。聞かないわけにはいかない。魂を解放して地獄に戻るか、拒否してここで俺に殺されるか選べ』
『モウ一ツ選択肢ハアリマス。貴方ヲ殺シテ逃ゲキル ― ソレモ付ケ加エマショウ』
『いいだろう。選ぶだけなら自由だ。成功するかは別だがな』
パイモンが空間を広げてヴィネーを誘う。
確かにこの狭い空間じゃお互い満足に戦えないだろう。でもヴィネーが言うことを聞くとも思えないけど。
『貴方ノ空間デスカ。マアイイデショウ。トラップハ確カ無カッタハズ。脱出条件ハ円満脱出以外ダト貴方ヲ殺スコト。簡単ダ』
『ああ、簡単だろう?分かったなら早く入れ。中に何もありはしない。ここだろうが俺の空間だろうが、お前が死ぬ未来は変わらないからな』
ヴィネーが飲み込まれるように空間の中に入っていき、続いてヴォラクもこちらに行ってくると意思表示し、飛び込んでいった。パイモンは一度だけ振り返り、一言だけ俺に言葉を放って空間に入っていった。
『中に入るか、ここに残るかはご自由に』
先ほどまでの騒がしさは嘘のように静かになり、危険分子がいなくなったことで大人しかった千秋さんが顔をあげて俺の手を握る。
「ありがとう拓也君!本当にありがとう!君は俺の命の恩人だ!」
「あ、いえ……俺は何も。パイモンとヴォラクに言ってください」
「いや!君の一言があったからだよ!いやー本当に助かった!あとは勝つだけだな!」
あまりに軽いノリになんだかこっちがついていけない。でも千秋さんのノリにイラついたのか、まさかのセーレが千秋さんの頭を結構な強さで叩いた。
「いだ!なにすんだよ!」
「こっちの台詞だよ。君の自業自得でパイモンとヴォラクが傷つく。それでも君は自分の保身が一番か?申し訳ないと思わないのか?」
「いや、思ってるけど……でもまずはお礼だろ?」
「ああ、そうだね。でもその態度が反省しているように見えない。あと、拓也に触らないで。君のその軽いノリで拓也の決意や説得まで意味のない物に見えてしまうのが嫌だ」
ピシャリと強い口調でセーレに諌められ、千秋さんはバツが悪そうに身を引いた。
セーレがこんなに怒ってるの、久しぶりに見た。
「こんな事で、拓也や皆が傷つくなんて納得がいかないよ」
「セーレ、俺は大丈夫だから……パイモン達の様子見に行こう?心配だ」
「そうだね。君はどうするの?まさか自分が蒔いた種なのに、後はこっちに丸任せって訳じゃないよね?少しは責任感じてるのか?」
「お、俺だって感じてるさ!そりゃ、俺のせいで怪我人出たら申し訳ないってなるけど……でも一番悪いのはヴィネーだろ!?あいつがこんなことするとか思わなかったんだよ!」
「自分で責任が取れないなら悪魔なんて従えないことだね。面白半分で首を突っ込んでいい問題じゃないよ。あと、俺達をイルミナティだと言ったことも反省してくれ。君に拓也の苦労なんて分からない。謝罪なんかいらない。だから、もう何も言うな」
千秋さんはセーレの言葉につばを飲み込み、本当に何も言わずに頷いた。
それを見たセーレはため息をついて、空間の中に入っていく。残されたのは俺と千秋さんとストラスだけだ。
「あの、行きません?ヴィネーは千秋さんのこと気に入ってるし、説得できるかもしれないし……」
「……ごめん、拓也君」
「俺は本当に大丈夫だから。行きましょ?責任感じてくれるなら、最後までちゃんと見てください」
その言葉に千秋さんは頷いて、空間の前に立つ。本当に大丈夫なのかと訴えてくるから頷けば入り方を聞かれる。そのまま飛び込めばいいと伝えると深呼吸をして空間に飛び込んでいった。
それを見届けて俺もストラスを抱えて空間の中に入る。
『セーレがあそこまで怒るなんて……よほど腹が立ったんでしょうね』
「なんか、悪いことしたかな。俺、本当に大丈夫なのに」
『本当に本当ですか?』
「本当に本当だよ!俺さ、正直パイモンには嫌われてるって思ってたんだ。いや、嫌われてるって言うよりは好かれてないって感じかな。俺が指輪を持ってるから従ってくれてるだけで、池上拓也って人間自体は面倒くさい奴だって思ってると思ってたんだ」
『タンザニアで貴方を救えないのが辛いとパイモンが言っていたのに嫌われていると思ってたのですか?』
「……うん。許してはもらえたけど、愛想はつかされたんじゃないかなとは少し思ってた。もうパイモンに迷惑かけちゃいけないって。だからさ、お前がああ言ってくれてパイモンが命令じゃなくて願いを聞いてくれてさ、セーレが俺の為に怒ってくれて、ヴォラクも何も文句言わないでヴィネーを倒すことに承諾してくれて、ちょっと嬉しかったんだ。なんかハズいけどな」
ストラスはなんだか満足そうだ。
空間の先では腰が抜けたんだろう、尻もちをついている千秋さんと呆れながらも、千秋さんに被害がいかない様にセーレが千秋さんの前に出ている。その先ではパイモンとヴォラクが戦っている。
何か手伝えることはないだろうか?いや、たぶん絶対ないだろうけど、それでも何かこいつの弱点を探せたら……
千秋さんの隣に行って戦いを見守る。パイモン、ヴォラク、怪我しないでは無理だってわかってるけど、でもできるだけ怪我をしないでくれ。無事に、戻ってきてくれ。