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第66話 束の間の安息

 「私に話って何?なんとなくわかるけど」


 昼休み、進藤さんを呼び出してもはや恒例になった楽器室に向かった。面倒そうに髪の毛を弄る進藤さんにいつもの余裕はなく、なんだかイライラしている。でもそれはこっちも同じだ。

 話が何となくわかるとまで言われて、グッと奥歯を噛みしめた。



 66 束の間の安息



 「分かってたんだよな。あの日、イルミナティが何を言うかを」


 確認するように問いかければ進藤さんはわざとらしくため息を吐く。それが知っていたからどうなんだとでも言う様に面倒さを隠すこともなくするもんだから、こっちも思わず「ハッキリしろ」と強い口調で脅してしまった。


 でも勿論脅しに屈する進藤さんではなく、髪の毛とピアスを弄りながらも視線だけは外さずこちらに向けている。


 「知ってた。だから忠告したでしょ?それを聞かなかったのは誰?」

 「進藤さんが内容を言ってくれたら……俺だって行かなかった!」

 「はあ?そんなの知らないし。私は忠告したし、あんたはそれを無視して行った。バティン達は予定通り予言を行った。それだけじゃない。あんたのことを報道したわけでもないし、別に問題ないでしょ?それに、共闘期間なんだから私たちの予言に協力してくれてもいいはずなんだけどね」


 いけしゃあしゃあと……それで俺達が、どんな思いをしたと思っているんだ。怖くて、恐ろしくて、罪悪感で夜も眠れなくて、それなのにこいつはそれを、俺たちの苦悩を簡単に切り捨てた。こんなこと、許されていいのかよ!?

 握り拳を作って怒りを我慢する俺を挑発するかのように進藤さんは信じられない質問をする。


 「それより、どうだった?人、たくさん殺したんでしょ?やっぱ人間の腸って長いの?心臓ってどんな形だった?首って落とされても数十秒は反応するらしいわよ?ねえ、どうだったのよ」


 カッとなって思わず振り上げてしまった手は進藤さんの顔の前で止まった。駄目だ、殴ったら俺の負けだ。でも、こいつは、どうして……こんな死人をも愚弄するんだ!?


 どうして、進藤さんはこんなに歪んでる……生まれつきの変人って自分で言ってたけど、何の理由もなしに、こんなサイコパスになるもんなのか?何もできない、悔しくて苦しくて涙が出そうになって、でも進藤さんの前で泣くのだけは避けたくて必死で堪えているのに向こうは涼しい顔だ。


 「前から思ってたけど、池上君泣き虫過ぎない?そんなんで幼馴染のあの子、守れんの?あ、でもアスモデウスがいるから問題ないわよね。ふふ」

 「うるさい……澪に何かしたら、絶対に許さないからな」


 それを言うのが精いっぱいだ。進藤さんはクスクス笑い、一歩前に踏み込む。両手で顔を挟まれて口がぶつかってしまうんじゃないかってほど近くに顔を寄せてくる。


 「ッはなせよ!」

 「会見の事、内容を知ったのは私たちも当日だったのよ。まさか池上君が悪魔を討伐しに行くとは思ってなかったけど。私もあんたもバティンに踊らされてるの。悔しいけどね、私もアガレスがいなかったらバティンに怯えるただの人間だと思うわ」


 絶対、敵に回したくないわよね。そう言ってくすくす笑う進藤さんはイルミナティとかさえ関係なければ可愛い女の子だ。どこまで本当か知らないけど、俺達が悪魔を退治しに行くことを知らなかったとしたら、どうして忠告なんかしたんだ。


 「じゃあ、どうして忠告したんだよ。俺達が行くの、知らなかったんなら……予言の通りに行く方がいいだろ」

 「……まあ、そうなんだけどね。近いうちに聖地つぶしに行かないといけないから、あまり刺激的な物見せたくなかった、て言うのが個人的な理由。勿論内容までは言えないわ。バティンにばれたら怒られるもの」


 身体の力が抜けて座り込んでしまった俺を進藤さんがまるであやすように抱きしめてくる。女の子に抱きしめられるのは初めてだし、進藤さんは可愛いのに全然嬉しくない。


 「離せってば!」


 思わず本気で突き飛ばしてしまい、進藤さんは尻もちをつく。それに謝る気も起こらず、零れてしまった涙を拭って立ち上がる。自分で呼び出しておいてだけど、これ以上関わりたくない。もう十分だ。


 進藤さんは座り込んだまま立ち上がろうとしない。俺のせいだけど、謝って手を差し伸べるのだけは嫌だ。逃げるように進藤さんの横を通り過ぎて準備室を出る。教室に戻れば数分後に何食わぬ顔で進藤さんも戻ってきて、仲のいい子と雑談に興じる。


 こちらに見向きもしない進藤さんに若干の不安がよぎるけど、別に俺が悪いことしたわけじゃないし……突き飛ばしたけど、それは向こうがいきなり距離を詰めてきたからで……悶々と考えて結局自分は悪くないと結論付けて、話しかけてきた光太郎とジャストの会話に混じる。


 でも進藤さんの一挙手一投足に警戒してしまって雑談に集中することができない。嫌だな、もうすぐ修学旅行なのに、こんな状態でみんなと離れるのは怖い。進藤さんが何かしてくるかもしれない。


 「池上ー今週金曜はバレンタインだぞーお前今年はもらえんの?」


 ジャストの急な問いかけに素っ頓狂な声が漏れて今まで何の会話をしていたかを忘れてしまう。さっきまで修学旅行の話してたのに、もう話題はバレンタインに移っていた。


 「あ、いやー俺はどうかな?クラスの女子が男子みんなに配ってたらもらえんじゃね?」

 「でたよヘタレ。お前進藤さんと仲いいじゃん。今年いけんじゃね?」


 絶対にいるか!あんな奴から!!

 思いきり顔に出ていたらしく、ジャストは光太郎に仲いいんじゃなかったっけ?って問いかけている。


 「拓也は松本さんからもらうから」

 「あー澪ちゃん。羨ましーそっか。池上アドバンテージあるもんな」


 そう言えばジャストと澪って知り合いだったな。一年の時クラスが隣だったから体育とか合同でやってたらしいし。やっぱ澪ってみんなから可愛いって思われてんだな。そりゃそうだ、だって澪だもんな!


 「ジャスト図々しくね?松本さんって言えよ」

 「え、うぜえ……でもいーじゃん。澪ちゃんからもらえたらお前マジ勝ち組よ?あの子マジでモテるらしーから」

 「松本さんってやっぱもてんだなー」

 「おー。一年の時も可愛い女子の話題になったら絶対あがってたしな。幼馴染が同じ学校にいるって聞いて殺意湧いてる奴いたぞ」

 「俺知らない奴から殺意湧かれてたの!?」


 噂ってのは本人には届かないもんだな。俺にまで被害来てたなんて……

 ジャストは笑いながら頷いて、そいつが隣のクラスだってことを教えてくれる。


 「でも池上、お前ぶっちゃけモテんだろ?いい奴代表みてーなとこあるし。クラスの女子が前うちのクラスでは池上君が一番やさしいーっつってたぜ」

 「ああ、それ俺も聞いたわ。雄一がすっげー悔しがってた」


 いつのまにか後ろに上野がいて俺の頭に腕を乗っけてくる。頭上から拓也モテモテだねと言われて実感もなく首をかしげた。モテモテと言っても光太郎やジャストの方が圧倒的にモテてると思うし、上野だって彼女いるし、俺が一番最下位じゃなかろうか……


 「もててたら告白の一つや二つくらいありますから……」

 「いやー澪ちゃんの幼馴染ってのはハードルたけえんだって。俺お前の事好きって言ってたやつ二人くらい知ってる」

 「はあ!?誰!?」

 「いや言えねえけど。でも松本さん以外に目ぇ向けたら分かるんじゃね?」


 なんだか褒められて悪い気はしないけど逆に気になる!誰が俺を好きになってくれてたんだ!?


 問い詰めてもジャストは口を割らず、結局予鈴のチャイムで逃げられてしまった。席について上野と話しながらぼんやりと考える。そうか、もうすぐバレンタインだったのか。去年は澪がヴアルとチョコを作っててくれたんだっけ。今年はどうなるんだろ。


 ***


 『そう言えば拓也、悪魔を見つけたかもしれません』


 学校帰り、ストラスへ貢物であるポテトを買って帰り与えていると今思い出したとばかりにストラスが言ってきた。母さんたちがいない場所を選んでいるんだ、こいつなりに考えはあるんだろうけど。まだシェリーの傷は癒えてない、そんなにすぐに次の悪魔だなんて今はまだ無理だ。


 「……もう行くのか?」


 声が少し震えて情けないことに怯えていることがすぐに伝わってしまったんだろう。ストラスは申し訳なさそうに眉を下げて頷いた。


 『ですが、まだいいでしょう。使い魔を見たと言う話だけなので今から調べるとなると今日は無理だと思います。ゆっくりしましょう』


 それって明日には行くってことだよな。ため息が漏れて鞄を投げ捨ててソファに横になった。またこれだ、一から始めるには何もかもが大変だ。なんだか、澪に会いたいな。一番つらい時に支えてくれた澪に。惚れた力ってすごい、澪が励ましてくれるだけで頑張れんだもんな。


 電話をかけると澪はすぐに出てくれた。ガヤガヤしてるから今はまだ外なのかもしれない。


 『拓也?どうしたの?』


 柔らかくて優しい声が耳から流れてきて、なんでか分からないけど鼻の奥がツンとした。


 「ん、なんか元気かなーって」

 『変なの。学校で会うじゃん』


 澪は可笑しそうにクスクス笑っている。


 「今どこいんの?外?」

 『うん、ヴアルちゃんとチョコの材料買いに。拓也来る?荷物持ち募集だよ?』


 澪は冗談で言ってるんだろうけど、お邪魔してもいいかな。すげえ今はまだ一人でいたくないんだ。ストラスは居てくれるけど、そうじゃない。澪にいてほしいんだ。

 その結論にたどり着いたらいてもたってもいられなくて澪の誘いに喰いついてしまった。


 「俺も行く。荷物持つ。どこいる?」

 『へ!?本当に?マンション近くの駅の商業施設だけど、分かるかなあ?拓也も来るなら三人でご飯食べよ。買い物終わらせて待ってるね!』

 『拓也おいでよー!すっごく面白いよー』


 どうやらヴアルと二人で来ているみたいだ。返事をして電話を切る。すぐさま準備を始めた俺にストラスはどこか嬉しそうに声をかけてきた。


 『デートですか?』

 「そんなんじゃねーわ。ヴアルもいるし。お前はどうする?」

 『私は優雅にポテトを味わっています。行ってらっしゃいな』


 ストラスにそう言われ、そのまま一人で家を出る。外はもう暗くなりかけており、商業施設に着くころには完全に陽が沈んでいた。

 澪に場所を教えてもらい、集合場所に向かうと紙袋をいくつか持っている二人を見つけた。


 「拓也!」


 澪が笑って手を振ってくれてる。昼間の話とか色んなことがフラッシュバックで戻ってきて、なんだか胸が苦しくなった。胸の痛みを無視して二人の元にへらっと笑って近づく。


 「なんか急に外でたくなって。悪いないきなり」

 「ううん、拓也と出かけるの久しぶりだから嬉しい。今日うちお父さんもお母さんもいないからご飯食べて帰る予定だったの。拓也も一緒食べよ」


 こんな時でも澪は優しい。でもうっかり鼻の下が伸びてたのかいつのまにか横にいたヴアルに足を蹴られ、紙袋をいくつか持たされる。


 「あだ!なにすんだよ……つかまたたくさん買ったんだな」

 「そんなに買ってないわよ。お店が違うから袋がどんどん増えてるだけ」


 確かに紙袋の割に重さはそれほどだ。澪は俺とヴアルのやり取りを可笑しそうに笑った後、夕飯を食べる店をもう決めていたんだろう、背を向けて歩き出す。それに慌ててついていき横に並んだ。


 「店決めてる?」

 「うん。パスタでも食べようってなってたから、もうここの中のお店でいいかって」


 店は平日と言うこともあり、そこまで並ばずに中に入ることができた。三人でパスタを頼んで話しながら待っていると、横に座っている大学生くらいの女の人たちが携帯を片手に笑いながら何かで盛り上がっていた。

 声のボリュームも大きく、何の話をしているかも何となく聞こえてくる。


 「やばくない?全部なくなってんだって」

 「本当にー?田舎だから元々あんまり数も置いてないのかな?」

 「いやいや流石に駅付近は最低限あるでしょー全店でバレンタイン関連のグッズが無くなってるとか県あげて応援してるのかなー?急遽更に仕入れるって」


 何の話だろう。バレンタインのグッズが無くなったって言ってるけど……なんだか気になって俺もさっきの話だけで検索を駆けたら関連記事が一発で引っかかった。なになに?長野県でバレンタイン商品が相次いで完売。企業は補充の拡大にてんてこまい。へえ……なんだか変な記事だ。大体ショップの特設コーナーの商品が全て売り切れるなんて話聞いたことがない。一体なんなんだろう。


 首をかしげている間に店員がパスタを持ってきて、なんとなく心に引っ掛かりを残したままパスタを食べる。


 澪とヴアルが美味しいねーって笑いながら食べているのが何だかほっこりする。


 「拓也のおいしそうーねえねえちょうだい」


 ヴアルが俺が食っているパスタにフォークを持ってきてクルクルと器用に巻いていく。それを口に入れて嬉しそうに笑っているのがなんだ可愛くて、パスタに入っていた鶏肉を口元に持って行った。


 「肉も食う?」


 喜んで口をあけたヴアルに運んでやると、これまた嬉しそうに口を動かしている。なんだか妹ができたみたいで面白い。


 二人といるとあの最悪な出来事を少しだけ忘れられる気がした。


 夕飯も食べ終わり、送ると言ったのを無視してヴアルはさっさと帰って行った。確かにヴアルなら一人でも大丈夫だとは思うけど、こんな時間に女の子を一人で帰すのは若干の不安が残る。


 でも大丈夫だよな。うん。


 「俺らもかえろっか」


 澪が頷いて下らない会話をしながら二人で帰路につく。澪はバレンタインを楽しみにしているみたいで、紙袋の中身を確認してどういったものを作るのかを嬉しそうに話している。


 今年も澪から貰えそう。うん、頑張って生きよう。


 他愛ない話でもその相手が澪となったら話は別だ。ついつい澪の方にばっか視線を向けてしまい、俺は前から歩いてくる人とぶつかってしまった。


 「あ、すいません!」


 すぐさま謝って立ち止まっている相手に視線を送る。フードを深くかぶって表情は見えないけど口元は緩やかに弧を描き、気にしないでと返事をしてくれた。フードをかぶった男性はぶつかった際に落としたのか地面にしゃがみ何かを拾い上げた。


 「落としましたよ」

 「あ、すいません……」


 男性が手にしていたのは俺の携帯で、頭を下げてそれを受け取って、画面の割れを確認していると不意に振動して思わずこっちまでびくっと震えてしまった。画面には進藤さんの文字。しかもいまビックリしたおかげで電話を出る方にフリックしてしまった。


 最悪だ。澪だっているのに、何も言わずに着信終了を押そうかとも考えたけど、用件次第では無視ができなくなる。仕方ない、今は無理だとだけ説明して電話を切ろう。澪がいる前で悪魔の話なんかしたくない。


 「もしもし」

 『あ、本当に電話にはちゃんと出るのね。感心ー』


 鈴のような高くて華奢な声が耳を擽る。でもそれすらも不快でしかない。


 「……今は電話に出られない。かけなおすよ」

 『あーそう。別にそれでもいいけど、先に用件伝えさせてね。こっちの準備があらかた整いそうだから、三月の初旬あたりで聖地潰しを行うわ。こっちからも私を含めて他にも数人送り込む。あんたたちも戦える奴らは全て連れてきて。詳細はまた追って連絡するわ』

 「は?いや、ちょっと……そんな急に、進藤さん!?」


 ブツッと電話が切れて、ツー、ツーという音だけしか聞こえてこない。この女は……こんなタイミングでこんな電話……ふざけんじゃねえよ。

 

 内容は聞き取れなかったんだろうが、進藤さんと言う名前に澪の表情が不安そうなものに変わる。先ほどまでの和やかさは一瞬で消えてしまった。 


 「……大変ですね。心中お察ししますよ」


 俺にぶつかった男性はまだ立ち去っていなかったらしく、更にその発言に目が丸くなった。なんていった?心中お察しします?見ず知らずの奴にそんな馴れ馴れしくなんで言われなきゃいけないんだ。


 ポカンとして返事ができない俺に男性は口元の笑みを崩さないまま、もう一つ落ちてましたよ。と掌に何かを乗せて渡してくる。男性が手にしていたのはタンザナイトのブローチでストラスの契約石だ。でも可笑しい、契約石はカバンの中に入れていたはずだ。別にぶつかったからって倒れたわけじゃないし、そんなによろめいたわけでもない。なのにカバンから契約石が落ちるなんて……


 何だか嫌な予感がして一刻も早く契約石を取り戻したくて、伸ばした左手は契約石を受け取る前に相手によって掴まれた。


 「格好いい指輪ですね。これは値打ちものだ」

 「……ッ離せよ!」


 相手の腕を払いのけて契約石をひったくる様に奪う。男性は乱暴に腕を振りほどかれたにもかかわらず相変わらず口元に緩やかな弧を引かせている。


 こいつは誰だ、何者なんだ?まさかイルミナティか?いや、それともエクソシスト協会?


 澪が服の裾を引っ張って早く離れようと声をかける。そうだ、こいつから一刻も早く逃げなくちゃ。今この付近は住宅街ってのもあって人が歩いていない。何かあってからじゃ遅いんだ。自宅がばれることは避けたいからすぐさまマンションに……いや、マンションだってばれたくない。どこだ、どこに逃げればいい?


 「お前、誰だよ……」


 声が震え情けないほど怯えているのは相手にも伝わっているだろう。そんな俺に男はクツクツと笑い、フードを少しだけあげて顔をのぞかせる。薄い街灯に反射される水色の髪の毛と、海のような真っ青の目。なんで、こいつがここに……こいつは人間に化けることができたのか……

 澪の震えがこっちまで伝わってきて、息を飲んだ。


 「なんで、お前が……フォカロ「うえ!?拓也さん!!??」


 もうなんなんだよ!今度はなんだよ!?

 フォカロルの背後から見覚えのない青年が歩いてくる。見たところ年は同い年くらいだ。こいつは、どうして俺の名前を知ってる。


 「おい馬鹿。おまえが割り込んでどーすんだ」

 「あ、やべっ!ごめーんフォカロル……やっちった」


 青年は随分とフォカロルと親しそうだ。なんだこいつら。なんなんだよ……


 「なんだよお前ら……俺を、地獄に送りに来たってのか」


 きっとこの男はフォカロルの新しい契約者なんだ。今の所は親しそうだけど、フォカロルは油断ならない。いつだって契約者に牙をむく。


 「あんたもなんでこいつと契約なんか……こいつは前の契約者だって!」

 「あ、俺ですか?俺は契約者じゃないんすよ。それは別の奴で、俺はただの付添いっす」

 「はあ?」

 

 訳が分からない。別の奴が契約してるって……じゃあなんでこいつと一緒に行動してるんだ。

 多分喋るべき情報じゃなかったんだろう、フォカロルが指から水を出して相手の顔にお見舞いする。


 「うおッ、冷て!お前止めろよ。二月に水かけるとか洒落になんねーわ」

 「うっせえ。お前マジ余計なこと言うなら帰れって。文句言われんの俺なんだぞ」

 「お前が勝手に出て行っちまうから追いかけたんだろー」

 「一々俺の行動監視すんなって……ちゃんと仕事はやってんだろーが」


 なんだ、この会話は……

 今の所フォカロルに攻撃する気配は見られないが、じゃあなぜこいつは俺の元に現れたんだ。

 じりじりと後退する俺をフォカロルと話していた青年が目ざとく発見し、ニコニコ笑いながらこっちに近づいてくる。


 「協力が欲しいなら、いつでも言ってくださいね。俺らも目的の邪魔にならない限りはお手伝いします」

 「なに、言ってんだ……?」


 青年は人のいい笑みを崩さないまま。でも確実にこいつは核心を知っている。俺達が何に困っているか、今の状況がどうなっているのか。


 「すいませんね。連絡取れる手段あればいいんですけど、今はスマホとかも使えないんすよ。もう少しだけ頑張ってくださいね。時期が来たら俺らも参戦するんで」

 「余計なこと言うな。てめえ俺が簡単に手が出せないからって好き勝手すんじゃねえよ」


 フォカロルに強い口調で諌められ、青年は肩を竦めて俺から離れたが反省している気配はない。

 一体何をしに来たのかは知らないが、二人はこちらに背を向けて離れていく。それに安心と不安が襲い掛かり、でもどうしても確認しないといけないことも思い出す。


 「フォカロル!中谷は、中谷はどうなってんだよ!お前があいつを……!」


 フォカロルは面倒そうに振り返る。


 「俺からは何も言えねえな。どうにでもなるんじゃねえか?」


 はあ!?なにがだよ!

 食って掛かろうとした俺にフォカロルの指から放たれた水鉄砲が顔に直撃する。


 「うわっ!つめてえ!」

 「ッたく、てめえと接触なんざまだするつもりなかったのによ。面見ちまうと、やっぱちょっかいかけたくなっちまうんだよなあ」


 ケタケタ笑うフォカロルは今まで見たことない悪戯っ子のような雰囲気を醸し出している。あまりにも友好的な反応にこっちの毒気が抜かれていく。


 そのまま手をひらひら軽く振って二人は足を進めていく。なんなんだ一体……でも今のあいつは敵じゃない、なんでかはわからないけどルシファーの任務が終わったから好き勝手やってるんだろうか。だとしたら横の奴は一体誰なんだ?契約者じゃないって言ってた。仲は良さそうだったけど……


 「なんだか、良く分からないけど……フォカロルはイルミナティに協力してないのかな?」


 澪のポツリと呟いた言葉で現実に引き戻された。そうだ、相談しないといけない。ストラスに伝えないと。聖地つぶしを奴らが言ってきた。人手を出すって言ってたけど、ソロモンの悪魔が出てくるんだろうか。


 「わからない。考えることありすぎだろ」


 ため息が漏れ、息が白く変わって消えていく。頭が痛くなりそうだ、さっきまでのふわふわした気持ちはいつの間にかどこかに消え去っていた。


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