表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/92

第65話 報い

 「バカシトリー!なんで電源切ってんのよ馬鹿!」

 「二回も言うな!しょーがねーだろ、パイモンが切れって怒るんだもんよ」

 「人のせいにするな役立たずが」


 マンションに戻ってきたのを待っていてくれたヴアルが発した第一声だ。どうやらシトリーにずっと連絡していたらしく、それに出てくれなかったらしい。日本に戻ってきたから確認してみると俺と光太郎にも不在着信が入っていた。



 65 報い



 「うわ……酷いな。大丈夫だったのか?」


 ヴアルについでリビングに入ってきたアスモデウスが俺達の姿を見て顔を歪めた。全員泥と血でまみれていて綺麗とは程遠い姿だ。夜中の二時に日本を発って今はもう朝の六時だ。まだ外は暗いけど、もうすぐ明るくなるだろう。


 アスモデウスが慌てて風呂に向かいタオルを数枚渡してくれて、お礼を言ってタオルで顔を拭ったら、やっとすべてが終わって安心できた。帰ってきた、もう終わったんだ。


 「つかなんだよ騒いで。イルミナティの予言はどうだったんだ?」

 「それなんだけど……」


 ヴアルとアスモデウスが顔を見合わせる。なにか不味いことでもあるんだろうか?


 「私たちも話をしたいけど、先にお風呂に入った方がいいわ。それからでも遅くないし。タンザニアの事がどうなったか知りたいしね」


 確かにそれもそうだ。風呂に入りたい、借りてもいいかな。

 アスモデウスが浴室暖房を入れて今お湯を沸かしていると教えてくれる。セーレの手伝い良くしてるだけあって段々こいつも家事とかが様になってきたんじゃなかろうか……


 「主とストラスはお先にどうぞ。私たちは後で構いません」

 「え、いいの?じゃあ今から入るよ。浴室暖房入ってるなら温かいだろうし」

 「まだ沸いてないと思いますが」

 「入ってれば沸くよ。いこ、ストラス」


 ストラスを連れて一足先に風呂に向かう。脱衣所で服を脱ぎながら余りにも汚れた私服に苦笑い。もうこれ使えないんじゃないかな?ていうか洗濯機で洗ってもいいんだろうか。


 とりあえず洗濯機に放り込んで、これで汚れが取れなかったら捨てようと決める。ストラスの首輪と王冠も取ってやり浴室の扉を開けると既に中は温かくこれならお湯がたまるまでシャワーで何とかなりそうだ。


 シャワーを思い切り流し頭に当てる。透明だったお湯が赤黒い色に変わっていき、どれだけ自分が汚れていたかを改めて再確認した。


 「……きたね」


 ポツリと呟いたひとことをストラスが複雑そうに眺めている。


 全て真っ黒だ、でも全てが自分の血じゃない。俺は、人を殺めてしまった。直接ではないけれど、俺がいたせいで死ぬことになってしまった人たちがいる。あのまま野ざらしになった死体はどうなるのだろうか、一体誰が見つけてくれるのか。日本でもニュースになるんだろうか。わからない、でももう終わってしまった。


 ストラスが片足だけで拙く歩き浴槽の渕に立ち見上げてくる。


 『拓也、もう汚れは取れましたよ』

 「ああ、そうだな」


 見える範囲は。

 それ以上は言葉にすべきじゃない、馬鹿な俺でもわかる。言葉を飲み込んでストラスを抱えて汚れを落としてやる。汚れが取れて綺麗にはなったけど水を含んだ羽はぺちゃんとしおれ、丸々としている普段の姿からは想像できないほど細くなってしまった。


 「ストラスってマジしぼむとちょっときもいよな」

 『失敬な』


 軽いやり取りがなんだか懐かしくて、可笑しいな……タンザニアなんて数時間しかいなかったのにあまりにも濃密すぎる時間だったせいか随分と長いこと向こうにいたような気がする。


 何が悲しいのかもう分からないけど、次第に目は潤み零れ落ちた涙はお湯と一緒に流れていく。そのままストラスを抱きしめたまま泣く俺に、あいつは何も言わずに黙って受け入れてくれた。


 ***


 「悪い長風呂ー。次入っていいよ」


 風呂からあがってパイモン達に入る様に声をかけると、何かに集中していたのか皆が弾かれたように顔をあげた。全員テレビの前に集まっていて、テレビは録画していたイルミナティの予言の奴だった。

 そうだ、その話をしようって考えてたんだ。


 「先に入るか?」

 「俺は大丈夫。パイモンとヴォラクの方が汚れてるから先にどうぞ」

 「じゃあ俺次行っていい?拓也とストラス来たし、先に話スタートしといて」


 ヴォラクが面倒そうに浴室に向かって行き、なんだか知らないけど嫌な空気がながれる。


 光太郎は顔を真っ青にして画面を食い入るように見ている。そんなになにか不味いことを言ったんだろうか。まさかまた日本で何かが起こるとか言い出したんだろうか。


 『イルミナティ、次はなんと予言したのですか?』


 単刀直入にストラスが問い、一呼吸をおいてため息をついたパイモンがリモコンを取って巻き戻しを始めた。


 「奴らの予言はタンザニアでの大量虐殺。まんまと嵌められたわけだ」


 は?どういうことだ?タンザニアって……今まさに俺達が行っていた……


 画面の中でイルミナティのトップであるマティアスは淡々と述べている。表情も変えずに、何も知らない振りをして。タンザニアで大量虐殺が起こる。百人以上が一晩で亡くなるって……これってもしかして、俺達が今その予言通りに行動したって言うのか?


 ふと頭の中で進藤さんの家にいたほうがいいと言う忠告を思い出した。もしかして進藤さんは知ってた?知ってて敢えて忠告したのか?


 「こんな、こと……あるか?あいつら、わかってたのか?」

 「わからない。でもバティンのことだ。俺たちの動きはある程度想定してたのかもしれない。ただ、プルソンと繋がっていたのは確定だろう」


 足の力が無くなってその場に座り込んでしまう。


 もう駄目だ、バティンには敵わないんだよ。俺達がこんなに頑張って傷ついて、やっとの思いで終わらせたことを簡単に予言と言う形で世界に報道して全てを壊していく。分かっててやってた?俺達が行かなかったらもしかしたら予言は回避できたのか?確かにシェリーは言っていた、本当は殺すつもりはなかったけど気が変わったって。それは俺たちのせい?俺たちのせいでみんな死んだ?


 「はは、ははは……」


 もう、笑うしかない。パイモンもセーレも頭を抱え、シトリーも悔しそうに歯を食いしばり、光太郎は画面を見て泣いてしまいそうだ。どうして上手くいかないんだ、こんなに頑張ってるのにどうして!?


 「悔しい……」


 悔しい、もっと早く動ければ、バティンを倒せればこんなことにならないのに!


 「悔しい!悔しいよ!なんで俺達だけこんなに追い詰められるんだ!?なんで、どうして!!?くそお……っ!!」


 どうやったってバティンの掌で転がされている。まるで倒される悪魔すらも利用して、全員がバティンの元に集まって組織を作っている。単体行動せずに組織化されたらもう勝てないんじゃないのか?


 「今は耐えましょう。最後に勝てばいいんです」


 強く握り拳を作りながら苦々しい表情でパイモンが答える。勝つまでにどれくらい被害が出るんだよ……


 「勿論真っ向勝負も出れますが、それこそ貴方のプライバシーはズタズタですよ」


 わかってるよそんなこと……


 でもどうしたら、この悔しい気持ちをどこにおけばいいんだ。進藤さんの忠告を聞いておけば、こんなにことにならなかったかもしれないのに。パイモンだってタンザニアに行く前に忠告してくれたのに、それを無視して行った結果がこれだ。本当に俺が決めたことでいい結末だったことってほとんどない。やられてしまったものは仕方がない。騒いだところで意味がないことも分かってる。進藤さんに月曜問いたださなきゃいけない。こんなの、絶対に許せない。


 やっとタンザニアから帰ってきてこんな暗い話題で嫌になる。もうこの日はこのまま解散してゆっくり休めと言う話になった。


 光太郎はこのままマンションにもう少し残るそうなので俺だけストラスを連れて帰路につく。朝も七時半になれば明るく、冷たい風が頬を指す。日曜と言うこともありいつもは賑わう通学路も人がまばらのため、ストラスを鞄に押し込めるのも可哀想で腕に抱いたまま歩く。


 『ふう、今日は疲れました。帰ったら労いのポテトをいただきましょう』

 「お前本当に飽きないよな。よくあれだけポテトばっか食えるな」

 『ポテトに飽きるなどありえません。理解に苦しみます』


 人がいないことをいいことにストラスと話しながら歩く。不意に何か視線を感じ誰かいたのかと振り返るけど、そこには誰もいなかった。気のせいだったのかな?


 怪訝そうなストラスになんでもないと告げ、でもこれ以上外で会話をしない方がいいだろうと無言で歩く。


 ***


 家に帰り着いてからもその違和感が続き、なんだか気分が悪くなる。何か視線を感じるんだ。薄気味悪い、まるで監視されるような何かが。数時間前まではピンピンしていたのに帰ってきてから明らかに行きと雰囲気が違う俺とストラスに最初はみんな首をかしげていたけれど、母さんは片足を失ったストラスに真っ青な顔で走り寄った。直哉も父さんも目を丸くして皆がストラスを心配した。それを擽ったそうに何でもないと言いながらストラスは満更でもなさそうだった。


 死んだように何もする気が起こらず、でもあまりにも凄惨な事件を家族に言うのは躊躇われた。結局たいしたことないと嘘をつき、無気力の身体をベッドに放り投げる。時計の針は何をしなくても勝手に動き、先ほどまで明るかった外は真っ暗になりもう翌日が目の前に迫っていた。


 『拓也、もうそろそろ寝ましょう』

 「おう」


 ベッドに元々入っていたので、ストラスが横に潜り込んだのを確認して電気を落とす。真っ暗な空間で目を閉じたら眠気は自然と襲ってきて、身体の力は無くなっていった。


 真っ暗な世界にいた。たった一人。誰も助けてくれないような場所。周りは真っ暗なくせに足元だけは血で塗りつぶしたように真っ赤で、足を動かせばジャリジャリと何かをすりつぶすような音が鳴る。


 嫌な夢だ、早く覚めないかな。夢の中の自分は酷く冷静で、服が汚れるとかそんなの構わず真っ赤な地面に腰を下ろす。じんわりと何かが滲んで気づいたら下半身は真っ赤に染まっていた。そのままどのくらいの時間が経過しただろう、足元が段々と歪んでいき、さっきまで赤かった部分に何かが浮き上がってくる。それは手やら足やら人間の体の一部で、気づいたら自分は横たわった死体の上で胡坐をかいていた。


 「うわっ!」


 慌てて起き上がった先には肌の白い人たちが立っていて、こっちを睨みつけている。夢にしてはタチが悪い。あれだけ辛い思いをしたんだ、夢の中くらい休ませてくれよ。アルビノ達はそれぞれ銃を自分の口元に持っていき順番に引き金を引いていく。頭が吹き飛んで顔の皮が焼けただれて、夢なのになんだか火薬や血の匂いまでしてくるようで、一刻も早く逃げ出したい。


 さめろ!覚めてくれ!!


 何度も自分に言い聞かせて、不意に後ろから誰かに抱き着かれて振り返る。そこには涙を流しながらシェリーが何かを訴えている。


 ― 死にたくなかったのに、あなたのせいよ ―


 心臓が嫌に大きい音を立てた。


 「ひっ……!」


 気づいたら見慣れた天井に戻っていた。そうだ、夢だ、夢だったんだ。冬なのに冷や汗が伝い、心臓はうるさく騒いでいる。夢にまで見るなんて最悪だ。思わず起き上がってしまったので横で寝ていたストラスは布団を剥ぎ取られて寒さに少し震えている。羽毛があっても多少は寒いようだ。寒くて目が覚めたのだろう、ストラスが不機嫌そうに睨みつけてくる。


 「ストラスごめん」


 お小言が来ることを予想しながらストラスに毛布を掛けて自分も寝ようとした瞬間、目の前の人物に目を奪われた。見ているんだ、シェリーがこっちを見ている。

 そんなはずがない、シェリーは死んだんだ。ここに居るわけない!

 気づいたら周りをアルビノと村人に囲まれて一瞬呼吸が止まる。


 ― お前のせいだ ―


 全員が口を揃えて言う。違う、俺のせいじゃない。いや、俺のせいだ。違う、俺のせいじゃない!そんなこと言うな!消えろ、消えろ消えろ消えろ!!


 腕を振り回してもあいつらには届かず、全員が俺を見下ろしてお前のせいで死んだんだと何重にも声を投げかけてくる。怖くなって頭を抱えて俯くけど、俯いた先にも村人の子供がこっちを覗き込みニヤリと笑った。


 ― 私たちを全員殺して、楽しかった? ―


 「うわあぁぁあぁあ!!消えろ!消えろ!!」


 目の前の子どもに手を振り下ろしたら、思いのほか衝撃が腕に来て、やっと奴らに届いたんだと分かり笑みがこぼれる。もう一発殴ればいなくなるかもしれない、消えてくれるかもしれない。お願いだ、もういなくなって……眠ってくれよお!!


 「拓也!!」


 誰かに肩を掴まれてベッドに押さえつけられる。それすらパニックに陥ってしまい、爪で引っ掻きながら抵抗した。でも次第に目の前の人物が自分の身知った人だと分かり、手の力が抜けていく。


 「父さん……」

 「何があったんだ……拓也」


 あいつらは全員いなくなっていて、視界の先には父さんしかいない。また、夢を見ていたんだろうか?でもあの衝撃は?

 殴った手は未だに鈍痛を訴えていて、明らかに何かに当たったことを示している。これは父さんに当たったのか?でも自分の下にいたんだ。一体誰に?


 「たんこぶができてるわ。氷を持ってくるからそれで冷やしなさい」


 母さんが直哉に話しかけて走って台所に向かって行く。

 直哉を、俺が殴ったのか?みんなはもしかして俺を止めようとしていた?なんだそれ……


 『拓也、落ち着きましたか?』


 ストラスが顔を覗き込み、少しずつ今の自分の状態を理解する。頭おかしい奴じゃないか……パニックになって家族に暴力をふるって、情緒不安定すぎるだろ。


 父さんにも直哉にもどう説明していいか分からず、自分のしてしまったことが恐ろしくて視線が逃げるように扉の方に向かう。でもそこにまたシェリーが立っていた。ヒク……と口元が動く。シェリーはニッコリ笑ってハッキリと、その言葉を放った。


 ― 人殺し。いや、殺人鬼ね。 ―


 恨んでいる、シェリーは俺を恨んでいる!そんなの当り前だ。死んだんだから。死にたくないと言ったシェリーを俺は止めなかった。殺させてしまった。それなのに自殺にさせられて、俺達はのうのうと日本に帰ってて、だから罰が当たったんだ!シェリーが俺を殺しに来るんだ!!


 「いやだ!ごめんなさい!許して、許してください!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!俺だってこんなことしたくなかったんだよ!ごめんなさい許して!!」

 「拓也!!」


 父さんに抱きしめられて、まるで守ってもらう様にしがみつく。父さん助けて、俺殺されちゃうよ。あの人たちに殺される。恨まれてる、当然だ。あの人たちからしたら俺も悪魔のような奴だったに違いない。怖い、恨まれるのが、憎まれるのが怖い。


 パイモンの言うとおりだ。責任なんか取れないし、覚悟もないくせに言うこと聞かないで首を突っ込んだ罰なんだ。あの時、もし交渉せずにあそこで待っていたら、何も知らずに無責任にパイモン達を責めるだけで終わったのかもしれない。


 「ひっ……は、ひっ!」


 息が苦しくて、意識してないと呼吸もできなくなりそうだ。首を絞められてるのか!?誰に?助けて!!

 首を掻き毟る俺を父さんが止めてストラスに袋を持ってくるように指示している。


 「拓也、ゆっくり息を吐くんだ。いいか?ゆっくりだ」

 「ひっ……ひっ……」


 上手くできない。呼吸って今までどうやってしてたんだろう。当たり前だったことができない。どうして?俺はここで死なないといけないのか?怖い、お願いだ。見ないで、許して、もう消えてくれよシェリー……


 父さんから袋を手渡され、必死で言われた通りに息をする。次第に息苦しさは無くなっていき、さっきまで見えていたシェリーやアルビノ達の姿は消えていた。室内を沈黙が遅い、ゆっくりと背中をさすってくれる父さんに、氷で頭を冷やしている直哉、今にも泣きそうな母さん、心配そうなストラス、皆が俺を見ている。


 「ごめん、なさい……」


 小さな声でそう呟くしかなかった。直哉を殴ってしまった。父さんの腕に思いきり爪を立ててしまった。どう謝ればいいんだろう、なんて言えばいいのかすら分からない。


 皆は何も言わなかったけど、今回の悪魔退治で何かあったことだけは気づいているんだろう。でもそれを言ってしまえば駄目だ。母さんはきっと心配してもう悪魔に関わることを許さないだろう、元々反対されているんだ。それはきっと父さんだって同じ。


 「拓也、もう止めなさい」


 グルグル回って何を答えていいか分からない中で父さんの一言は静寂を崩し、身体の重石が落ちていく。力が抜けて父さんが何を言ったのか分からなくて、目を丸くして見つめるしかない。

 父さんは俺の頭を優しく撫でて暴れたせいでかいた額の汗をぬぐった。


 「悪魔が、なんだって言うんだ……お前がそんなに泣いて苦しんで、そこまでして戦う必要があるのか」


 父さんの目が潤んで、今にも零れ落ちそうなほど水滴がたまっている。


 「全部終わったとして、お前は元に戻れるのか?一生、この経験を忘れられないだろう?お前の人生がこんなことで潰されるのかと思ったら……これ以上は……」


 父さんと母さんの嗚咽が室内に響き渡り、今までどれだけ心配させていたかを改めて思い知る。信じられないよな、人を殺してるんだ。そんな奴が平然と学校行って、友達と遊んで、そんなの可笑しいだろ。そうだ、もう俺は可笑しいんだ。普通じゃないんだから。


 でも誰も救ってくれない。神頼みだって今の俺には信じられない、天使が俺を巻き込んだのに。神様なんているわけがない。ああそっか。最後に縋るものがないって、こんなに絶望を煽るんだ。運に任せることすらできないんだ。これが見捨てられるってことなのかな。


 父さん、今日みんな死んだんだ。パイモン達は俺を巻き込まない様にしてくれたけど、俺は皆死んでいいって思ったんだ。救えないし、これ以上被害が拡大するなら死んだ方がいいって。怖いだろ?父さんと母さんの息子は何人、何百人もの人間を直接的に、間接的に殺してるんだ。どんなシリアルキラーもきっと俺には敵わないだろう。

 

 ストラスがベッドの隅で俯いているのが見える。罪悪感を感じてるんだ。バティンのせいだ、あいつのせいで何もかもが上手くいかない。どうしてこんなことになったんだろう。


 でもさ、もうダメなんだよ、逃げられないんだ。イルミナティに協力してるからあいつらを裏切ったらみんなに迷惑がかかる。何もかも降りて逃げちゃうなんてできないんだよ。父さんと母さんがいくら望んでも、直哉がいくら泣いて頼んでも、それはもうできないんだ。


 「駄目なんだ。逃げれないんだ……イルミナティは俺のこと知ってるんだ。顔も名前も住所も何もかも。逃げたら俺の個人情報を世界に報道するって言われてる」


 父さんたちが息を飲む。


 「分かるだろ?もう普通に生きられないんだよ!!転校したらいいとかそんな次元じゃないんだよ!どこにも行けない、逃げられない、もう……止まれないんだよ!」


 家族だけじゃない、澪や光太郎たちまで巻き込んでしまう。そんなの、簡単に決められるわけがない!

 知らないうちに大きくなりすぎている問題を父さんたちは解決できない。案の定、悔しそうに泣きそうに顔を歪めて俯いてしまっている。


 「くそっ!くそ、くそぉ!!」


 父さんは子供のように悔しそうに癇癪を起こす。俺がパニックにならなかったら、あの時冷静に対処できていたらこんな事にはならなかったのに……本当に全部自分のせいだ。だからもう遅いかもしれないけど、精一杯嘘をつかなければいけない。


 「でも、ストラスたちが守ってくれるから。やれるだけやってみる。だから、今日は一緒に寝てほしい。怖いんだ……今日だけでいいから」

 「……その指輪、父さんに渡すことはできないのか?俺が、肩代わりすることはできないのか?」


 首を横にふれば、もうそれ以上は何も言えない。

 まるでタブーのように俺達を縛り付けて、その日は何も変わらないまま皆で身を寄せ合ってリビングに布団を敷いて眠った。朝起きたら、何もなかったように振る舞うから、今日だけは情けない姿を許してほしい。


 ***


 目が覚めたら父さんはもういなかった。俺達を起こさないように音を立てずに仕事に行ったらしい。朝食も食べなかったらしく、母さんは俺たちの分しか用意していなかった。隣で寝ていた直哉を起こして既に起きていたストラスと一緒に朝食を食べる。


 『拓也、今日……』

 「進藤さんに聞いてみる」


 あの子は知っていた、俺達がタンザニアに行くことを。知っていて止めてくれた。進藤さんなりに何か考えがあるかもしれないけど、でもあの子はこの日は家にいろと忠告してくれた。なぜそれを教えてくれたのか、イルミナティが何を考えているのか聞きたい。今朝の報道ではまだタンザニアの件は触れていないがイルミナティの予言をリアルタイムで中継したんだ、タンザニアのニュースもすぐに騒ぎになる。


 母さんが心配そうに玄関まで見送りに来て、行ってきますと笑って伝える。大丈夫、今日も一日を迎えられた。まだ、頑張れる。


 進藤さんはなんていうだろう。またあのムカつく顔で笑うんだろうか。でも問いたださなければいけない。あれは進藤さんの単独行動なのか、それともあの瞬間を含めて予想通りだったのか ―



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ