第64話 救うと言うこと
ヴォラクの後を着いていけば、開けた場所にたどり着き複数の松明で照らされた先に沢山の人たちが身を寄せ合っていた。顔を隠して全員同じ服を着ている組織の人間が円を囲むように銃を構え立っており、住民たちはその円の中に詰め込まれている感じだった。
「パイモン」
『……本当に貴方は思い通りになりませんね』
出会って早々辛辣な一言に条件反射でごめんと言葉が漏れた。そりゃそうだ、ヴォラクとパイモンは俺たちがここに来ることに反対だったんだから。言うこと聞かないって思ってるんだろうな。
64 救うと言うこと
銃を持っている人間に囲まれて、ストラスを抱く腕に力が入り、後ろで光太郎が息を飲む音も聞こえてじんわりと嫌な汗が出てきた。
住民は声を発することを禁止されているのか、母親は子供の口を手でふさぎ、赤ちゃんはこの現状に気づくことなく母親の腕の中で眠っている。この人たちを巻き込んじゃいけない。
でも自分から声を出すことが上手くできず、何度も何かを言おうとして息を飲みこんでしまった。組織の人間は俺達をジロジロと見た後に銃を構える姿勢を崩すことなく一人が一歩前に出てきた。もしかしてこいつがリーダーか?
「(お前はこの現状をどう捉えている?虐殺だと思っているのか?)」
腕の中にいるストラスに日本語での意味を教えてもらって相手の質問を知る。どう捉えているって……虐殺だろう、どう考えても。現に人狩りって言われているじゃないか。でもここは相手を刺激せずに説得したほうがいいのかな?
あーもう!大体一高校生にそんな生死がかかる質問するのって可笑しくないか!?
「あの、虐殺って言うか……この人たちを殺すつもりなんですか?」
もはや相手の質問に答えてるというか、逆に質問で返すって言うね。
ヴォラクが俺の言葉を訳して相手に伝えてくれるけど、その質問を聞いて村人たちの視線がいっぺんに注がれる。ここで肯定されたらどうなるんだろう、考えたくない。
「(私たちは目には目を、歯には歯を。過去の過ちを正してやったに過ぎない。今でこそこいつたちは大人しいが、それまでは迷信に取りつかれ私たちにとってこの国は地獄のような場所だったのだ)」
「それで、殺していったんですか?」
俺の問いかけに今度は別の奴が頷く。
この人たちの気持ちは分からなくはない。アルビノだって言ってた。血肉が薬になるからって理由で殺されて、嬲られて、やり返したくなるのは分かるんだ。だけど、こんなやり方は間違っている。
「あの、話し合いで、解決とかできませんか?俺からしたら、やっぱり人が沢山死ぬのは辛いっていうか……」
甘っちょろい意見にも組織の人間は馬鹿にしたり呆れたりした雰囲気はない。何とも言えない沈黙が包み込んで、余りの恐怖に呼吸が荒くなっていく。もう嫌だ、早く終わらせたい、逃げ出したい。
今なら隙だらけなんじゃないのか?パイモンやヴォラクならなんとかできるんじゃないのか?
そう思っても二人が動く気配はない。こっちからチラチラ視線を向けても二人の視線は真っ直ぐ組織の方に向かっている。もしかして契約者を探してるのか?
「(話にならないな)」
その言葉と同時に大きな音が響き渡り、暗闇の中でも何かが噴き出たのが分かった。
「え、あの、え、え……?」
住民が倒れ込んだ人を避けるように後ずさる。撃ったのか?頭を撃った?何の躊躇もなく、俺の返事が気にくわなかったから、自分の傍にいた住民の頭を撃ちぬいたのか?
「ひっ!うわああぁぁぁあ!!」
死んでる!殺されている!!嘘だろ?なんで、こんな、なんの戸惑いもなく!
光太郎もその場に崩れ落ちて、シトリーが隣にしゃがみ込む。
大声をあげて騒ぎ立てる俺達に銃口が今度はこっちに向かう。ストラスとセーレが庇うように前に出て相手の引き金が引かれる瞬間、今まで黙っていたパイモンが口をはさんだ。
『(おい、話が違うぞ。お前たちの答えがそれならこちらも相応の対応をさせてもらうが)』
パイモンの一言で銃を持っていた一人がその腕を下げる。なんでパイモンが相手の行動を制限できるんだ。どうして……
「ひぐっ、う、っく……」
怖くて、自分のせいで一人撃ち殺されたのが恐ろしくて、その場に座り込んでストラスを抱え込んで泣いてしまった俺には周りの目なんてもう関係ない。怖い、説得できなかったんだ。こいつらは結局賛同が欲しかっただけだ。絶対にこの人たちを解放する気なんてなかったんだろう。それならまだパイモン達に任せていた方がもしかしたら組織の人たちをサッとやっつけてこの人たちは解放されたかもしれない。
パイモンがこっちに歩いてきて目の前にしゃがむ。
『酷な物を見せましたね。やはり力づくでもあの場に残すべきだった』
「ごめんなさい。ごめん……っ!」
パイモンはそれ以上何も言わずに剣を手に持つ。もうこのまま斬り捨てる気なんだ。結局こうなってしまうんだ。
その時、布がこすれる音がして顔を上げる。組織の人間が全員顔を隠していた布や体に巻いている布を脱いでいっていた。身体と顔を厳重に覆っていた布が取り払われて、見えたのは村人とは対照的な真っ白な肌と乳白色の髪の毛。でもみんなどこかしらが足りてなかった。
その姿に住民は悲鳴をあげて、逃げようと立ち上がった女性が蹴り飛ばされて地面に転がる。
「う、うぐ……」
言葉が出なかった。だってみんな、無くなってるんだ。全てではないけど、無くなっている。
片足が無い人や、目がない人、顔の右半分がへこんでいる人、頭皮が削られている人、手は残っているけど指がない人、腕ごと無くなっている人、耳がない人、鼻がない人……全員がどこかしらを欠損している。これを、この村の人たちがやったって言うのか?
「悪魔の遣いだわ!私たち殺されるんだわ!」
村人の叫び声に組織の人間は笑う。蔑みと憐れみと怒りが混じった声で。
「(聞いた?散々私達の血肉が欲しいからって私の腕を持って行っておいて悪魔の遣いだって!それを食ったお前たちはどうなのよ!)」
「(おい、俺の目玉の味はどうだった?それ食ってお前の息子の風邪は治ったのか?あぁ!?)」
一人が銃を村人に突き付けてケタケタ笑っている。この人はここの人たちに目をくり抜かれたんだ。
異様な空気の中を固まって動けない俺を守る様にヴォラクも近くに来る。
『……一旦引くのか?』
パイモンが後ろを振り返り、俺も視線だけ向けたら光太郎を抱え上げているシトリーが見えた。
「おう。流石に光太郎にはもう無理だ。俺らは一旦引くぞ。村の外に出とく。どう考えたって無理だろ。そいつらは煮るなり焼くなり好きにしろよ。拓也も連れてくぞ」
シトリーが俺も連れて行ってくれる。これについていったら危ないことから逃げられるんだ。幸いと言っていいのか組織の人間は光太郎とシトリーには興味がないようだ。それなら俺がいなくなっても。
『それは無理だ。一度この場に出てきてしまった以上、奴らは主を逃がさない。光太郎だけ連れて行け』
「はっ!?お前本気で言ってんのか?冗談だろ?」
パイモンのあまりにも惨い一言にその場は凍りついた。光太郎が真っ青になった顔で俺が残るなら残ると弱弱しくつぶやくが、それをシトリーが許さない。
でも俺が動こうとしたら組織の人間の一人が銃を向けてくる。確かにパイモンの言うとおり光太郎はともかく、俺を逃がす気はないんだろう。
「もうこいつら全員殺して終わりでいいだろ。パイモンてめえ何がしてえんだ」
『光太郎はお前の好きにさせているだろう。主とお前は契約上は何の関係もない他人だ。決定権はお前にない』
「主の決定権をてめえが決めんのか」
『ここに来ると言ったのは主だ。来たからには最後まで付き合ってもらう』
これ以上邪魔するのなら容赦しない。その一言だけ告げてシトリーにまで剣を抜こうとしたパイモンにこれ以上シトリーは何も言えず、舌打ちをしてそのまま出て行ってしまった。
逃げるチャンスを失くした。俺だって、こんなとこいたくないのに……
「パイモンのこと、嫌いになりそうだ……」
『非難は事が済んでからに。悪魔を逃がしたくない』
どこまでもドライな反応にまたもや溢れ出た涙を見てストラスもパイモンに噛み付くが、本人は何食わぬ顔だ。ヴォラクもパイモンの味方をしているし、俺が来たのが悪かったけど、でもここまで酷い仕打ちを受ける必要だってないはずだ。
俺達が揉めている間にも組織の人間は良く分からないけど多分住民に罵倒を浴びせている。
『主、わかりますか?貴方が無責任に首を突っ込んだ結果が。トーマスを救ったことで何かができると思ったのかもしれませんが、救えないんですよ。存在を隠して行動する貴方は世界から見たら日本人の男子高校生。そんな人間が彼らを救うことなんてできないんですよ』
『パイモン、拓也をなぜそこまで追い詰めるのです!?拓也の気持ちになって考えなさい!』
『冷静になってください。助けるべきは最低限でいてください。悪魔を倒すことを考えて、それ以外は考えないでください』
パイモンに顔を掴まれて無理やり上を向かされる。セーレの非難もヴォラクが睨みつけてそれ以上のことはできない。綺麗な顔が険しく歪み俺を睨みつけている。パイモンって絶対俺の事嫌いなんだと思う。頭の片隅でぼんやり考えて、ボロボロ零れ落ちる涙がパイモンの掌も汚していく。
『最初に言ったはずです。悪魔討伐が最優先だと。なのに貴方は私とヴォラクの意見を無視してここにきた。その結果、こんなに傷ついて泣いている。全て救うことはできない。いい加減理解してください』
パイモンは怒ってる、それと同じくらい悲しんでいる。契約者の俺の意見を優先させた結果、俺が泣くのをいつも悲しんでたんだ。その都度きっと思ってた、やっぱり自分の言うことを聞かせて何も見せなかったらよかったって。俺の意見を通した結果、救うことができなくて罪悪感に苛まれていたんだ。
『最後まで見ていてください。おそらくここの人間はもう誰一人、生きては帰れません。それでも貴方は最後まで説得をしてください。ギリギリまで彼らを救うために動いたのだと。彼らを最後まで救おうとしたのだと。中途半端な救いなど誰も望んでいないし、貴方も後悔するでしょう』
そうか、これが責任をとるってことなんだ。冷静な頭と反対に身体は拒絶反応を繰り返している。逃げ出したい、何も見たくない、すべて任せたい。俺が説得するって決めたのに変なの。上手くいかなかったらパイモン達に丸投げって確かに可笑しいや。
鼻をすすって目に溜まった涙を瞬きして一気に落とす。どこにももう逃げられないんだ。パイモン達も助けてくれない。
小さく頷いた俺を見て、パイモンはやっと顔を抑えていた手を離してくれた。向こうの言い争いは益々ヒートアップし、住民を殴る蹴るの暴行も行われていた。
「(いい加減にしなさい)」
喧騒の中で鈴のような声は村人たちだけではない、俺達の争いも終結させた。
組織の人間たちも大人しくなる辺り、もしかしたらこいつがボスなのかもしれない。こんな、女の人が……
女性は組織の人間を一瞥した後に、俺達の前にやってきた。パイモンとヴォラクが目配せをする。何のことか分からなかったけど、ストラスの一言で察しがついた。
『契約石を身に着けています。恐らく彼女が契約者でしょう。まさかプルソンと契約していたとは』
プルソン……カナダで逃がしてしまった悪魔。ローラさんとマーロウさんを不幸にした悪魔!
どこまでいろんな人たちを不幸にすれば気が済むんだ。どれだけの人間を悲しませたら満足するんだ!?
ぐしゃぐしゃな顔のまま女性を睨みつけても全然ひるむ様子はない。冷たい視線で見おろされて嫌な空気が流れる。
まじまじ見ても目の前の女性に傷を負っている気配はない。見えない所に傷を負っているのかもしれない。
「(私もどこか欠損してるって思ってるのね。粗探しは好きじゃないわ。貴方はなぜここまで来たの?単に悪魔を殺したいだけなら他に方法はあったでしょう?)」
村人を救いたかった。そんなこと、言える雰囲気じゃない。黙っている俺に女性は思い出したように「ああ、話し合いをしろって言いに来たんだっけ?」と小ばかにするように続けた。
「(初めまして。私はシェリーって言うの。貴方の事は知っているわ。本物にお目にかかれるとは思っていなかったけど)」
呑気に自己紹介までされてこっちが反応に困ってしまう。シェリーは組織の人間に銃を降ろすように合図をし一歩一歩こちらに近づいてくる。パイモンが剣に手をかけ威圧すればシェリーはその場に立ち止った。
「(話をすることOKしたんじゃなかったの?)」
『(話をするだけならば、そんなに近づく必要もないだろう)』
シェリーはそれもそうね。と納得し、そのままの距離で話を続ける。
「(ねえ、この状況をあなたはどう思うの?私たちが悪いと思う?それとも因果応報と思う?)」
「俺、は……」
この人たちは可哀想だと思う、それは嘘じゃない。でもやっていることは褒められたことではないのも分かっている。だけどまた逆上させてしまったら今度こそ大勢の人が死んでしまうんじゃないのか?
「因果、応報と、思う、けど……でも、俺は……!」
「(そうよね!悪いのはあいつら!)」
次の瞬間シェリーは降ろしていた銃を後ろに向けて再び引き金を引いた。今度はハッキリわかった。打ち込まれた瞬間、スローモーションのように時間の感覚が麻痺し、ゆっくりと人が倒れていったのが。
「(あいつたちが悪いのなら殺していいわよね?)」
その一言を言い終わるまでに銃声が五発響き渡った。身体がびりびりし、悲鳴をあげて逃げようとした村人が更に撃たれていく。俺のせいなのか?これも俺のせいなのかよ!
「待って!待ってよ!!殺さないで!!」
思わず走ってシェリーに飛びついてそのまま押し倒してしまった。
やばい!これ俺殺されちゃうんじゃないのか!?
急に背筋が凍って慌ててはなれようとした瞬間、シェリーに違和感を感じてそのまま固まった。
「耳……」
「(ああ、無いわよ。削ぎ落されちゃったもの。耳がない人間を見るのは初めて?)」
シェリーは俺に顔を近づけてそのまま俺の手を持ってあろうことか自分の服の中に突っ込んだ。
「ちょ、何して……え、?ひっ!!」
ない!この人、胸がない!!
シェリーの両胸はまっさらだった。皮膚の継ぎ目なのか凸凹していて胸とはかけ離れた感触だ。
「(下もないのよ。監禁された時のレイプであそこは壊れちゃった。もう女の身体、してないのよ)」
顔が引きつった。何も言えない俺の頬を手ではさんで、シェリーは追い打ちをかける。
「(ねえ、それでもこいつたちが罪に問われず笑ってて、いいの?)」
― 私たちがアルビノってだけで、誰も助けてくれなかった ―
憎悪を宿したシェリーの瞳が訴えかけてくる。
喉がカラカラで声が出ない。襟元を掴まれてシェリーと距離を取れてようやく息が吸えた。パイモンが何も言わずにこっちを見つめて、ストラスが肩に飛んできた。何を言っているのか全く理解できなかったけど、耳と胸をこの人はそぎ落とされていた。そんな非道なことを平気でされている!!
『拓也、大丈夫ですか!?』
「……可笑しいよ。こんなの可笑しい。あの人、胸と耳なかった……そんなの、可笑しい!!」
『では殺人を正当化しますか?』
パイモンからの鋭い一言に肩が跳ねる。良くないよ、良くないに決まってる。だけど、この人たちからしたらそんなの関係ない。万が一、俺がアルビノでこんな目に遭ったら……憎まずにいられるわけがない。何の関係もない東洋人が邪魔してきて苛立たないわけがない。こんな目に遭わせた奴らがニコニコ普通の生活をしているのが、許せるわけがない!!
もう、何も言えないよ。止めることなんてできない。
何も言わない俺にシェリーはニッコリと笑い、自分の生い立ちを話してくれた。
「(私はこの村の出身なの。両親と兄弟はアルビノじゃないわ、なぜか私だけがアルビノだった。タンザニアではアルビノの血肉が万病の薬になるって迷信が今も残っててアルビノ狩りが今もなくならない。私は十歳のころに近所の男に誘拐されてレイプされた。処女との性行は病気が治るんですって。むしろ私は病気を移されたけど)」
シェリーが一点を振り向いてニタリと笑う。彼女をこんな目に遭わせた男は今もまだ生きているんだ。
「(その時に耳と乳房を切り落とされた。麻酔なんかなく包丁でザックリ。痛くて痛くてこのまま死んじゃうかと思ったわ。私はそのまま川岸に捨てられて私を探していた家族が見つけてくれて病院に入院した。一命は取り留めた。でもね、警察や病院は相手にしてくれなかったの、私をこんな目に遭わせた男を逮捕したいと言うことに。アルビノだから仕方がないって言われたのよ。子供心に絶望したのを覚えているわ)」
饒舌に語る内容はヘビーすぎる。誰も何も言わず、村人だって黙って聞いている。
「(でもこの話を聞いて保護施設の人が来て私を保護してくれた。それからは幸せだった。自分を危険に巻き込む人がいないんだもの。そこで沢山勉強して特待生で大学に入ったわ。その姿を家族に見てほしいと思ったけどね、殺されてた。私を施設に預けた報復だったみたい)」
殺された?そんなことで?
次元の違う話についていけない。そんなの、日本では考えられないことだ。
「(勉強をして正しい知識を手に入れて初めて知ったわ。アルビノは色素異常の遺伝子疾患であって、それ以外は普通の人間だってこと。血肉に何の価値もないことを。衝撃だったわ。じゃあ彼らは何のために私たちを追い回していたんだって。私の人生は何の学も教養もない馬鹿のために犠牲になったのかって)」
シェリーの生い立ち。知識を手に入れて得た衝撃。知らない人たちの暴力。赤裸々に語ってくれる内容はあまりにも重く、どうして俺なんかが止められると思ったのだろうとすら思う。
「(最初は広めようと思ったのよ?この知識を広めて、間違いを正して、アルビノの社会的な人権を向上させようって。私にも善良な人間だった時期は確かにあったのよ。でもね、何もかもが間違いだった。同じことをしたアルビノの男性がバラされて殺されたのよ。遺体は闇市で売られて遺族には遺体と言えるものなんて何一つ戻ってこなかった。それを聞いて思ったのよ。話し合いが実るのは何年先の話なんだろう?立場的に劣悪な私達アルビノがきちんとした地位を得られるのにいつまで頑張ればいいんだろう?政府や民間に何年、何十年訴えればその声は届くんだろう?私たちが生きている間にはきっと無理なんだわ)」
「シェリー……」
「(私たちアルビノは数百年以上こうやって弾圧され続けているの。数百年間全く声を上げなかったわけじゃないのよ?それでもまだなくならない。私一人が声をあげてどうこうできる問題じゃなかったのよ)」
「それは……」
「(あなたの解決法は相手が聞く耳を持って、お互いが対等の立場で公平な第三者が立ち会うことによって行えるものなの。そこまでたどり着くのにどのくらいかかると思う?法律をかいくぐって私たちを殺そうとする奴らからどうやって逃げればいいの?話し合えばいいの?)」
段々シェリーの声が荒くなっていく。感情を抑えきれず目が潤んでいく。ここまで苦しめた奴らが法に裁かれず暮らしているなんて、俺なら耐えられない。
「(教育を充実させたらいい、この人たちは無知なだけで真実を知ったら分かってくれる。そう思ったわ。許そうとしたわよ、何度も、何度も許そうとした!でも、どうしても、どうしても許せなかった!だって……家族の写真を見て、そしてこの身体を見たら憎しみを抑えきれないのよ!これまでも、そしてこれからも!!許せない、許せるわけがない!!)」
シェリーは泣き崩れ、彼女の言葉は自分たちに当てはまるんだろう、組織の人間も泣いている。村人はその訴えを聞いても信じられないように目を丸くしている。俺達では当たり前の常識が、彼らには通用しない。ずっとアルビノの血肉は薬になると何百年間もの迷信を信じて生きてきたから。自分を殺そうとしているアルビノの言葉なんか信じられないんだ。
「(だから思ったの。話し合いをするためには対等な立場を手に入れなければならない。私たちが安全に暮らせる場所を手に入れて、そしてそこから情報を発信する。無防備に訴えるよりもずっと効率がいいもの)」
「だから……殺すの?」
俺の問いかけにシェリーは笑う。
「(本当はね、全員殺すつもりはなかったの。でもあなたを見て気が変わったわ。やっぱり第三者は奴らの味方。ずるいわ……この部分だけ切り取って私たちが非難されるなんて。ね、プルソン)」
『(ああ、殺しちまえよ。事の重大さをまだこいつは理解してない。全員死んで自分の選択を呪うんだな)』
プルソン!
シェリーの後ろに突如現れた悪魔。パイモンとヴォラクが斬りかかりに走りだし、全ての動きが緩慢になる。
『ለመግደል!(殺せ!)』「ለመግደል!!(殺せ!!)」
プルソンとシェリーの声が被り、次の瞬間何十もある銃が一斉に村人に牙をむいた。ものすごい発砲音を響き渡らせ村人の悲鳴、シェリーの笑い声、全てがこの世の物とは思えない。
パイモンとヴォラクの攻撃をプルソンは軽い身のこなしで避け、二人にシェリーが銃口を向ける。銃弾が数発二人に飛んでいき、パイモンは弾き、ヴォラクは結界を張ってそれを防いでいた。
これが、俺が望んだもの?結局何も助けられなかった。
瞬きすることもできない視界は急に真っ暗になって音だけの暗闇に変わる。
「見なくていいよ。耳も塞いで。何も聞かなくていい」
声の主はセーレで言われた通りに耳を塞いだ。漏れた嗚咽のお陰で自分の声ばかりが耳の中でダイレクトに響く。
「拓也、頑張った。君はとても勇敢だ。優しくて勇敢な子だ」
でも誰一人助けられなかったのに、そんな慰めいらない。セーレの手に涙が張り付いて不思議な感触だ。でも払いのけられないだけマシなのかもしれない。
パイモンの言うとおりだ。俺には何の力もない。立場も権力もない。ただの一高校生の声なんて響くわけもない。俺は一体何を勘違いしていたんだろう……何を思ってシェリーたちを止められると思っていたんだろう。トーマスのように救えるなんて傲慢なことを考えていたんだろう。
部外者のくせに。悪魔を倒しに来たくせに。それだけだったくせに。
もうこの人たちは救えない、誰も救われることはないんだ。
耳を塞いでも聞こえてくる悲鳴と銃撃の音。鼻につく鉄と火薬のにおい。全てが感覚をマヒさせる。この人たちはもう犯罪者だ。政府と話し合いなんてできるはずもない。この事件が大きく報道されて、この人たちは世界中から非難を浴びて、下手したら軍隊に殺される未来が待ってるんだ。
こんなのこと、誰も望んでなんかいないのに……!
銃声が止み、悲鳴が止まった代わりに興奮冷めやらぬ歓喜の咆哮が響き渡った。
「(殺した!殺したんだ!!これでここは俺たちの物だ!)」
「(奪われた物を取り返してやったのよ!)」
セーレの手が震えているのが分かる。きっと信じられないんだ。
「……これが、人間?全く、変わってないじゃないか。数百年前の戦争の時から、何も……」
声は震えている。本当に数百年間かかっても進化しないって大概だね。セーレの手をやんわり離して現状を目に焼き付ける。俺が来たことで殺されてしまった人たちの姿を、俺のせいで殺されてしまったこの人たちを。
死体を蹴ったり踏みつけたりしてアルビノは喜んでいる。泣きながら笑っている。どっちが正しいかなんてもう分からないよ。
『(さあ、次はあいつらだぜ)』
プルソンの声に反応して、再びアルビノ達が銃を構えて銃口を向ける。どちらにせよ俺達も逃がすつもりはなかったんだ。なんだかもう可笑しくなってきたよ、頭がいかれてしまった。
『拓也、お前が何と言おうと殺すしか道はないよ』
ヴォラクがまるで迎え撃つかのように剣を構える。逃げられないんだ。どうせ彼らはもう話し合いなんて行えない。テロ組織と化したんだから。アルビノの人権向上をその口から発しても与えるのは恐怖だけだ。俺には救えない。だから、もう、諦める ―
「パイモン、ヴォラク、頼みがあるんだ」
声が震え、ひっくり返る。肺が笑って言葉も途切れ途切れだ。言ってしまえば引き返せない。実行するのはパイモンとヴォラクだけど、主犯は俺だ。俺の望みを二人は叶えてくれるだけなんだ。
パイモンとヴォラクは少々嫌そうな表情で振り返る。どうせ止められるって思ってるんだろう。止めないよ。だからできるだけでいい、俺の願いをかなえてほしい。顔を上げた俺を見て二人の表情が変わる。
シェリーは日本語を理解できない。だから何を言っても理解できないんだ。プルソンがシェリーに意味を教える前に二人ならかき乱してくれるはずだ。
まるでお守りのようにストラスを抱きしめる。温かい体温とやわらかい羽根に少しだけ安心できた。
口を開こうとしたのを塞いだのは低い体温、視界の全てはわずかな松明の灯りでも輝く銀色の髪が覆う。
『これから行うこと、非道だと思わないでくださいね。貴方はお人よしで契約悪魔一匹思い通りに操ることができなかった。救おうと最後まで行動した貴方をただの悪魔が邪魔した。それだけです』
言葉が終わった瞬間、口を覆っていた手が離れていき、本人は背中を向けていた。プルソンが怪訝そうな顔をしてシェリーに何かを伝える前にヴォラクに一言だけ告げて走り出した。
そこからはあっという間だった。パイモンとヴォラクは手始めに一番近くにいたアルビノを殴り倒し銃を奪い顎に突き付け引き金を引いた。一人が血を吹きだして倒れ、それに動きが止まった瞬間、更にもう一人をこめかみから撃ちぬいた。
『(殺せ!今すぐこいつらを!)』
細かい指示を出している時間なんてないんだろう。プルソンが声を張り上げるけど無理だよ、パイモンとヴォラクは強いから、一般人が敵うはずがないよ。
震える足に力を入れてゆっくりを立ち上がる。
『拓也?じっとしていなさい。二人に任せましょう。拓也!』
こいつを、殺すんだ。プルソンだけは殺さなくちゃいけない。浄化の剣を出して一歩一歩近づいていく。
『雑魚が。俺とやりあうのか?ぶっ殺してやる!ሼሪ, ቁሙ!(シェリー、立て!)』
シェリーが怒りを宿した目で睨みつけ銃を持って立ち上がる。後ろからは悲鳴と銃声が響き渡り、仲間が次々と殺されていくのが見える。
「シェリー、どいて」
「(糞野郎が!関係のない第三者が割って入りやがって!!私たちの問題に口を出すな!)」
そうだな、本当にその通りだ。
「ストラス、セーレ、お願い。シェリーを助けてほしいんだ。プルソンは俺が殺すから」
『拓也……』
「聞いてくれるか?」
『……わかりました』
ストラスが腕から飛び立っていき、セーレもジェダイトを召喚して臨戦態勢に入る。これ以上、パイモンとヴォラクに頼れない。あの二人は全ての責任を取ってくれたんだ。俺が何もできなかったのに、俺に命令させなかった。あの時、皆を殺してってお願いしようとした。でもパイモンがそれを言わせなかった、俺の命令で人を殺さない様に、俺を人殺しにさせないために……
「死ねよ、プルソン」
『てめえが死ね。偽の救世主が』
シェリーが銃をこっちに向けた瞬間、ジェダイトが猛スピードでシェリーに体当たりしてシェリーの身体が軽く飛ぶ。それを確認して、プルソンに斬りかかった。
プルソンは妖精の姿をしていて小さい。その見た目の通り身のこなしが軽やかで、あっさりと避けられて背中を取られてしまう。
『ぎゃはは!隙だらけ!はい、死んでくださーい』
プルソンがつきだした手が触れそうになり、体勢を崩して尻もちをつきながらも何とか離れることができたけど、一瞬触れた私服はその部分だけ切り取られたように無くなってしまった。
『拓也、プルソンは触れた物を元素単位で分解します!絶対に触れられることはNGです!』
あっぶねえ……服で良かったけどこれが首とかだったらゾッとする。
教えてくれたストラスは、次の瞬間シェリーが放った銃弾をスレスレで避けて距離をとる。
『ジェダイトに体当たりされて銃は手放したと思っていたのですが、まだ隠していたのですね。もう少し強く当てても良かったのではないですか?』
『本気のジェダイトで体当たりさせたら死んじゃうよ。気絶程度で済ませたかったのに……加減が難しい』
混戦状態で訳が分からない。でも皆が何とかしてくれる。俺はプルソンだけに集中すればいいんだ。でもこいつはすばしっこい。簡単に背中を取ってくるだろう。だから、近づけさせなければいいんだ。
アスモデウスからは魔法を使えと言われたけれど、どんくさい自分にはこっちの方が手っ取り早い。魔法はまた今度だ。
手に力を入れたら光のような白い炎が溢れ出る。一瞬で辺りを照らし、アルビノ達は眩しそうに目を細めた。勿論その一瞬をパイモン達が見逃すわけないんだけど。
『サタナエル様の炎……反則だろい』
これなら勝てるかもしれない。剣をふるう訳でもなく、炎は手に宿っているんだ。ずっと戦いやすい。プルソンは触れないと力を発動できないんだろう、攻めあぐねて接近を避けている。でも自分で言うのもなんだけど、俺のどんくさい動きなんて見切っているだろう。カウンターを狙っているはずだ。できるだけ背後は取られない様に
どうやって使っていいか分からないけど、プルソンに向かってボールを投げるように腕を振るえばこれまた俺がボールを投げるようなヘボ速度で手に宿っていた炎の一部が炎弾のように飛んで行った。
『うーわ……見かけ倒し。当たるわけねーだろそんなの』
当たり前のようにプルソンが炎弾を避けていく。避けられた炎は地面すら一瞬で灰のように真っ黒に焦がし消えていく。
後ろからは銃声や悲鳴、罵倒、もう何が何だかわからない。悲鳴や銃声が聞こえるたびに怖くて振り返りたくなるし、目もつぶりたくなる。腕が震えて音にビックリして体が跳ねるから炎を思うように投げられない。
少しずつ距離を詰めてくるプルソンを威嚇するように炎を向ける。やっぱり使いこなせていないからだろう、プルソンは最初の焦りが嘘のように笑みを浮かべだしている。
『……怖いんだろお前。だからそうやって目ぇ瞑って炎弾なんか投げてんだよ』
言い当てられて動きが止まる。周囲の喧騒からまるで切り離された様に俺とプルソンの間だけ静寂に包まれた。
『サタナエル様の炎は怖いけど、てめえはぜんっぜん怖くねえな。甘ちゃんだろ』
一気に距離を詰めてきたプルソンが目の前に迫る。いや、でも待てよ。これはチャンスなんだ。心臓なり顔面をこのまま焼き切ってやればこいつだって死ぬんじゃないか?この炎で燃やせない物はない。首に触れたら胴から切り離せる。いくら人間より頑丈で傷の治りが早いからって流石に悪魔だって首落とされたら死ぬだろう。そうだ、やれ、今がチャンスだろ?やれ!!
『ほーら。やっぱりできねえ』
やれよ。どうして、動いてくれないんだ!!
腕はまるで固まったようにプルソンの顔面で止まる。余りの眩しさにプルソンは眩しそうに、でもニヤリと笑ったと同時に瞬時に離れてしまったけど、それでもチャンスだった。なのにどうして出来ないんだ?あいつはこれだけ惨いことをした。なのにどうして俺は、こいつを殺せないんだ!!?
『死ねよ』
プルソンの声が後ろから聞こえてくる。やっぱり駄目だ。俺はどうして最後まで何もできないんだ。それで殺されるなんて馬鹿馬鹿しいだろ。
振り返るのも絶対に間に合わない。怖くて目を瞑って身を縮むせ、これから起こる想像もつかない衝撃に備えた。
『むぎゃ!!』
聞きなれた声が背中から聞こえ、羽音がぶつかる音が聞こえた。
ストラス……?
声がした方に顔を上げると、ストラスが地面に倒れ込んでいる。苦しそうに体全体で呼吸をしているストラスの片足が無くなっていた。まさか、俺を助けるために割って入ってプルソンの手で足を払われたのか?
『ストラス!』
セーレの声と共に銃声が聞こえて、そっちにも視線を向けると、腹から血を流したセーレを銃を持ったシェリーが見下ろしている。
俺の、せいだ……
『やるじぇねえか。シェリー』
プルソンが嬉しそうに声をかけ、シェリーが更にセーレに銃弾を撃ち込むがそれはジェダイトによって阻止された。
どうして殺せないんだよ!殺せよ!サタナエルの炎があったらできるんだろ?この炎は無敵なんだろ?なら、どうして、こいつを殺せないんだ!
動け、迷うな、殺せ、燃やし尽くせ。
『殺せよ!こいつを殺したいんだろ!!俺の大事なもの傷つけた奴にやり返したって罰当たらねえだろ!?光太郎もストラスもセーレもこいつらに傷つけられたんだ!俺が殺したって問題ねえじゃねえか!!殺せよ!!!』
『自分自身に言い聞かせてやがる。ははは!おもしれえ!二重人格か何かか?』
殺せ!迷うな!ストラスたちを助けるんだ!プルソンもシェリーもためらうな!殺すんだ!
今度こそ殺すためにプルソンに向かって走り出す。シェリーが援護するように銃を撃ったが、セーレが命令したジェダイトが俺をくわえそれを避ける。
『ジェダイト、手伝ってくれるんだよな?俺じゃプルソンには敵わないから……』
ジェダイトはいつものような自信に満ちた声も上げない。勿論俺を口でくわえてるからだけど、でもその表情は何とも言えず複雑そうだ。やっぱセーレの相棒だ、あいつに似て優しい奴だ。
『くっそ、神速の馬か……厄介だな』
無理だ。ジェダイトは目に負えない。一気に距離を詰めて背後から燃やしてやる。
案の定プルソンは俺とジェダイトがどこにいるかすら分かっていないようだった。あちこちに視線を向けてどこか探している。無理だろ。混戦状態なんだから、どこにいるかなんて分かるわけない。プルソンの後ろをとらえて、ここからならジェダイトが俺を落としてくれたらそのまま奴にしがみつく形で触れることができる。やるなら今だ!
『ジェダイト!頼む!!』
しーん……
あれ?声をかけたのにジェダイトは口を離してくれない。ちょ、え?もしかして言葉通じてないのかな?
ジェダイトにくわえられた状態でジタバタしても、まるで危ないよとでも言う様に更にちゃんとくわえなおして、そのまま走り続ける。
『ジェダイト!ジェダイトってば!!』
離してくれよ!いつまでもこんなことやってる場合じゃないってば!
今度こそ思いが通じたのかジェダイトは俺を解放してくれたけど、あろうことかプルソンの目の前ど真ん前に崩れるように放り投げられてしまった。
え?ジェダイト……俺に死ねって言ってる?
プルソンは目を丸くして、でも口元を三角に変えて両手をかざす。
まずい!
『じゃあねー。今度こそさよなら~』
プルソンの手が視界の大半を覆い、何とか顔に触れられる前に腕を掴んでやろうと思い、咄嗟に左腕を動かした。
『ぐぎ、がっ……!』
血が顔にかかり、鉄臭いにおいが鼻を刺激する。空回った俺の手は行場を失くし宙をさまよっている。なにが、起こったんだ?
『ばーか。拓也に気ぃとられすぎだろ。あんな人間倒すのにそんな時間いらねえっつの』
ヴォラクの剣がプルソンの腹を貫いている。そのまま剣を抜き、ヴォラクは瞬時に身構える。
『て、めえ……』
『ちゃんと地獄に戻れるとか思うなよ。てめえは俺が殺して契約石もちゃーんと破壊してやる。死ね』
『拓也、目を瞑れ!』
セーレの大声に咄嗟に目を瞑ったから、先の事は分からない。でもゴトンって何か重い物が地面に落ちる音は聞こえた。
***
『もう目を開けていいよ』
その声がかかったのは二~三分後だった。目を開けたらプルソンの姿はなく、プルソンがいたであろう場所にはここの土とは色が違う砂が広がっていた。
シェリーはパイモンによって身動きを取れなくされており、その後ろは夥しい死体の山だった。今更ながら悲惨さが伝わって、込み上げてきたものを抑えることができなくなる。駄目だ、吐く!
口から漏れる瞬間、布が下に落とされてそこに思いきり吐き出す。口の中が酸っぱくなって、涙も溢れてきて、今の自分の顔は中々悲惨なことになっていると思う。
俺の背中をセーレがさすり、その横に寄り添う様にポスンと触れた温かい体温。
「……ストラス」
『頑張りましたね拓也。戻ったら一緒にお風呂に入りましょうね』
「う、ううぅぅうう……わああぁぁぁああぁあ!!!」
吐いたり血まみれの俺なんかに抱きしめられたくないだろう。でもストラスは何も文句は言わなかった。
ごめん、俺のせいで片足が無くなって。俺を庇ったせいで、助けたせいで。ごめん、ごめんなさい。
「ストラス!ごめん、足が、足があ……!」
『いいのです。一緒に帰りましょう』
ストラスは羽で頭を優しく撫でてくれた。ふわふわの羽毛が頭から頬を滑っていきくすぐったい。こんな時も俺を責めないんだ、足を失くしたのに。痛かったはずなのに。セーレだってそうだ、お腹を撃たれたんだ。痛いはずなのに、俺を気にかけてくれて……守られてばっかりだ。それに今ならわかる。ジェダイトは俺がプルソンを殺すのを怖がっているのが分かってた。だから時間稼ぎをしてくれていたんだ。注意をひきつけている間にヴォラクとパイモンがアルビノを倒し終わってプルソンに刃を向ける瞬間、それに気づかれないために、更に気を引かせるために、俺をプルソンの前に落としたんだ。
「う、うぐ……ひっく」
俺が交渉するなんて言わなければこんな事にならなかったのに。結局俺は怪我なんて何一つせず、誰一人傷つけることなく、俺が起こしたことの責任を俺以外の皆が被った。本当に、なんて無能な契約者なんだ。
『主が落ち着いたら始めましょうか。(シェリー、分かっているだろうな。ここまで来たら言うことを聞いてもらうぞ)』
「……どうせもう生き残る道はないわ。それなら、その話に乗ってあげる。随分と、美化してくれるみたいだから」
結局俺が落ち着くまでに三十分程度時間を必要とし、落ち着くと言っても涙が引っ込んだだけでこの惨状を見てにこやかに会話をするなんて、そんなことはできない。なるべく死体を見ないで、腕の中のストラスの頭だけを視界に入れる。
泣き止んだのを確認して、パイモンがシェリーの拘束を解放した。
『(言われた通りにやれ)』
それだけを告げてパイモンはシェリーから離れていく。
『あいつ、逃げるんじゃない?』
『それなら殺せばいいだけだ。他に考えはある』
何やら不審な会話が頭上から聞こえ、肩が跳ねたけど顔を上げる勇気はない。今は一刻も早くここを立ち去りたい。シェリーは何かをごそごそを漁り一人で何かを話し始める。
『(私はシェリー。アルビノのシェリー。今から最後のメッセージを残すわ。私達は安全に暮らせる場所が欲しかった。アルビノ達が差別されない場所で平和に暮らしたかった。でもそれは叶わなかった。私たちは憎しみを抑えることができなかった。ここの村人は私たちが全員殺した。でも他のアルビノは見当たらないでしょう?私以外全員自害してしまったわ。百人以上殺したの。可笑しいわよね、自分でもそう思う。私たちは怖くなってしまった。これから先が。いつか軍が差し向けられて近いうちに滅ぶ。それが怖くて一人が自分に引き金を引いたらそれが連鎖してしまった。私たちはここでおしまい、今から私も自害する。でもお願い、この動画を見たならば救ってほしい。私達ではない、アルビノを。アルビノを救ってほしい。私たちは生きる場所が欲しかった。私も含めてこの組織は全員どこかしらを切り取られ欠損している。私も片耳と乳房を切り落とされ、レイプにより膣が潰された。私たちは生きているだけでそんな目に遭う。だから抵抗したかった、私達だけの平和な場所が欲しかった。与えてほしい、正しい教育を施して、善良なアルビノを救ってほしい。光を、与えてほしい)』
シェリーが動画を切ってパイモンが中身を確認する。問題がないことを確認すると、パイモンはシェリーから何かを奪い取った。
『スフェーンのチェーンベルト。プルソンの契約石……』
プルソンは死んでしまって契約石を守るコーティングは消えてしまっているんだろう。簡単に契約石は叩き割れ、輝きを保っていた宝石は欠片になり、そのまま砂になっていった。
次にパイモンは銃を手に取りシェリーに渡す。
『(最後の仕事だ。自害しろ)』
ストラスに意味を教えてもらい、今から行われることに背筋が凍る。止めたいけれど、でも止められない。俺が動いたってもうどうにもならないからだ。シェリー一人が生き残ってどうなる?どうしようもないはずだ。後ろ盾もなくアルビノの彼女がこれから先これだけの罪を重ねてどう生きていくって言うんだ。俺みたいに、支えてくれる人もいないで、誰にも打ち明けられないまま……
『拓也、もういいよ』
「ヴォラク?」
『頑張ったね。離れたとこに行きなよ。終わらせてから俺たちは行くよ』
解放される。でも、動けない。動いてはいけない気がする。
自分では立ち上がらない俺の身体をセーレが引っ張る。
「セーレ?」
『もう任せよう。これ以上、辛いものは見ないで』
駄目なんだ、俺のせいだから最後までいないと。見届けないと。責任が取れない。いや、取れていないからこそ辛くても見るくらいはしないといけないんだ。でもそう思うのに、体は離れることができて喜んでいる。セーレについて行ってしまう。心と体がまるで別の感覚だ。
もう声すら出せなくなって抵抗する術がなくなる。でもシェリーの小さな声で動いていた足は縫い付けられたように動かなくなった。
「(怖いの……)」
シェリーの声は震えている。そうだ、自殺なんて怖いはずだ。殺されるのだって想像できないくらい怖いのに、死にたくないのに自分で自分に引き金を引くなんてできるはずがない。でもシェリーはそれをしなければいけない。俺以上に辛いのはシェリーだ。俺は見るだけなんだ、指示するわけでもない、見るだけ。俺は、逃げない。
立ち止まって振り返る。距離が離れてシェリーの顔がはっきり見えない分、幾分か気は楽だ。
『拓也』
「見るよ、あの人の最後を。俺が逃げていいわけない」
ハッキリと告げれば、セーレは言葉に詰まり何も言い返さなくなった。俺とストラスとセーレ、三人で少し離れた位置から事の顛末を見守る。シェリーは遠くからでもわかるほど震え、怯えている。可哀想になって声をかけたくなるけど、できない。今まで手を伸ばしても届かなくて救えないのとは違う。今なら止めればまだ間に合う、手は届くのに救えないんだ。
一向に引き金を引かないシェリーの手にパイモンが自分の手を重ね銃を握りしめる。
『(引き金は引いてやる。もう解放されろ)』
「(死にたくない)」
『(そうか。いや……そうだろうな)』
ドン!と銃声が響き、シェリーがその場に崩れ落ちる。
「シェリー……」
呆けて視線をずらせない俺の前に全てを終わらせたパイモン達が立ち止まる。
『奴らは全員自殺。そういうシナリオです。アルビノへの弾圧に耐えきれず村をのっとって自分達が平和に暮らせる場所を残そうとしたけれど、村人が抵抗したことで殺害。罪の意識に駆られ自殺。まあ、あれだけ人を殺しておいて今更罪の意識か?と言われたら何とも言えませんが、あの動画があれば自殺でカタは着くでしょう。他のアルビノも顎、口、こめかみから銃殺したので、自殺と思わせられると思います。エチオピアの警察のレベルでは私達にまでは絶対にたどり着きません』
「……そっか」
『憎んでいますか?私の事を』
ハッキリと聞かれて言葉に詰まる。憎んでいるとか憎んでいないとかそんな話ではない。でも、どんな惨いことでもパイモンは俺を守ってくれた。それなのに、俺は一時的でもパイモンを責めた。いつだって、俺を守ってくれたのに。
『悪魔が起こした事件は私でも、貴方でも解決できます。ですが人間同士のいざこざは悪魔が関与していたとしても私達にはどうすることもできないのです。私は前に貴方に言いました。同情で救われたら世界から悲しみは根絶されている ― と。世界は貴方が思っている以上に混沌として、汚れているのです。貴方の優しさにつけ込む奴らは大勢いる。全てを見捨てろとは言いません。ですが、斬り捨てる覚悟をしてください。見たくない物は蓋をして覗かないでください、不用意に感情を傾けないでください。救えなかった時の貴方を見るのは……私もとても辛い』
うん、いつだって何回も言われた。甘すぎるって……良く考えたらそのたびに上手くいかないことはパイモンがフォローしてくれてたな。それが当たり前になって、どんどん我儘になっちゃったのかな……俺は。
「憎んでなんかないよ……パイモンの言うとおりだった。トーマスを助けられたから勘違いしてたんだ。トーマスは逃げようとしてた、だから逃がすことができた。この人たちは殺そうとしてた、だから手伝えなかった。状況が全然違った。なのに俺はできもしないことに首突っ込んで、責任もとれないで、皆を……傷つけて」
ごめんなさい。 ― 最後の声は掠れてしまった。
頭上から馬鹿にするかのように鼻を鳴らす声が聞こえて、次にくる言葉を怯えながら待つ。
『たかだか十七歳に責任の取り方など期待していません』
「……パイモン」
『光太郎を迎えに行って、さっさと帰りましょう。私も辛気臭いのはあまり好きではありません』
「うん……嫌いになりそうだなんて言ってごめん」
『まあ、嫌われてもそんなに困らないですしね』
うん、そうだね。そうやって冷たいこと言いながらも今までずっと助けてくれたんだもんな。
片足だけでは歩きづらそうなストラスを持ち上げる。痛々しいその姿が申し訳なくて悲しくて残った足を掌で撫でると、擽ったそうに身をよじった。
『綺麗に無くなったので見た目に反して痛みはないのですよ。すぐに慣れます』
「うん……」
『ですが今は楽なのでこのまま連れて行ってもらいましょうかね』
ありがとう、見捨てないでいてくれて。守ってくれてありがとう。
村の入り口にみんなで向かう。後ろは怖くて振り返ることなんてできなかった。先ほどまでの喧騒は嘘のように静まり、松明の火も消え星だけが明るく輝いている。ふと空を見上げていると漫画や歌で良く出てくる一言が思い出された。
“離れていても空で繋がっている。”
そんなの嘘っぱちだ。繋がっているはずがない。全部バラバラだ。星座だってバラバラの星を人為的につなげてそう見せているだけなのに、人が繋がるはずがない。
性格の悪いことを考えている間に村の出口が見えてきた。
外には光太郎とシトリーが待機しており、俺達を発見するや否や光太郎は思い切り破顔し涙を流して俺に抱き着いてきた。
「拓也、ごめんっ……ごめん」
泣き続ける光太郎と血だらけの姿になっている俺達を見て眉を寄せるシトリー。でもシトリーが光太郎を連れて行ってくれてよかった。あんな現場、光太郎には見せたくない。
村を一歩踏み出して外に出る。後ろを振り返ってももう誰も何も見えなかった。
「ばいばい、シェリー」
どうか、安らかに ―