第63話 選択
結局、こんなことになってしまった……シトリーからの連絡を再度確認して何度も読み返す。あの子は、俺達に助けを求めたから殺されたのかな。誰かがあの会話を聞いていた、そしてあの女の子たちを殺したんだ。それは許される事じゃない。
携帯を強く握りしめるだけではやり場のないこの怒りをどうしたらいいんだろう。
63 選択
「拓也、良かった。今日これたんだね。早速で悪いけど、あまり良くない状況らしいんだ」
マンションに着いた途端、セーレが少し焦ったように状況を簡潔に伝えてくる。セーレがこんなこと言うなんて珍しいな、なんて場違いなことを呑気に考えて携帯に視線を送る。やっぱりあの女の子が殺されたのがまずかったんだろう。リビングではストラスも含め全員が集合しており、固い表情をしている。
「あの会話……誰かに聞かれてたってことだよな」
『恐らく。しかし貴方達ならばともかく、私たちまで気づかないとなるとやはりただの人間ではないと思います。盗聴器などは恐らく仕掛けられていないと思いますが』
あんな田舎の村にそんな機械あるわけがない。電気だって通ってないのに盗聴器だなんて……そんなもの中々手に入らないだろう。そこまでしてあの女の子を警戒するメリットなんてないはずだ。ジャーナリストの存在があの組織にそこまで影響を与えるとは思えない。
あのジャーナリストの人たちは逃げられたんだろうか。聞かなくてもストラスたちの様子から無事にアメリカに戻ることができたことは伺える。
「俺たちはどうすればいい?」
『そうですね、まずは組織を割り出さなければなりません。また現場に赴く必要は出てきますね』
やっぱり現場に行かなきゃいけないのか……あんなことがあった後じゃ滅茶苦茶警戒されそうだけど。
「行くって言ってもパイモンはどーすんだよ。アルビノって疑われたら大変じゃね?」
『逆に仲間に引き抜かれるかもで好都合ではないですか』
えー……そうなの?そういうもんなの?いまいち理解できないんだけどその感覚。
『今日明日は流石に難しいでしょう。向かうとすれば少し先だと思います。今のうちに体を鍛えるなり英気を養うなりしてはいかがです?』
今は村が混乱しているから迂闊には近寄れないらしい。そりゃ先延ばしできるってんならこっちは嬉しい限りだけど。仕方がないな、久しぶりにパイモンに稽古付けてもらおうかな。
今日はいかないことが分かり、光太郎が胸をなでおろしている。結論が出てしまったのでパイモンはさっさと例の事件の詳細を調べるためジャーナリストに連絡を取っている。なんだか中断しづらいな……
チラリと気まずくなってずらした視線の先にはアスモデウスが呑気にお菓子を食べていた。そうだ、こいつに稽古をつけてもらうってのも手だな。
「アスモデウス、少し鍛えてくれよ」
「え、俺?」
急な指名に当の本人はなぜか動揺して手に持っていたスナック菓子を落としてしまっている。こんな間抜けそうな奴が七つの大罪だなんて納得いかないわ。間抜けさなら俺も負けないけど。
「私でも構いませんが?」
「ううん、パイモンが調べてくれなきゃ話進まないし。今日はアスモデウスに手伝ってもらうよ。空間だけ作ってくれたらいいよ、ありがと」
「了解しました」
特に反論もなくパイモンは空間を広げてくれる。未だにあたふたしているアスモデウスの腕を引っ張って無理やり空間の中に入った。心配なのか茶々を入れたいのか光太郎とヴォラクとシトリーも続々入ってきてギャラリーの中で稽古をつけてもらうのは少しだけきまずい。
アスモデウスは仕方なくと言った感じで悪魔の姿に変わり鋭利な剣を手に持つ。
『稽古って言ったって人に教えるなんてしたことがない。ましてや素人に……あまり役に立たないと思うけど』
「強いくせになんでそんな低姿勢なんだよ」
アスモデウスの不思議な所だ。誰よりも強いのに、パイモンだって強いって言ってるのに自分の力を認めようとしない。そのくせ澪の事だけは目の色変えて意見してくるんだ。
『とりあえず打ち込んできて。君の戦いは地獄で見たきりだけどその際は大したことなかった』
うっせーな。今も大したことねーよ。とりあえず打ち込んできていいって言われたんだ。思う存分打ち込んでやろう。
思い切り剣を振りかぶってアスモデウス目がけてふるう。でも勿論それは簡単に受け止められて次の一撃を打つ。向こうは何も言わないまま黙って受け止めていなしている。こっちはどうすればいいか考えながらやってるって言うのに。
『接近戦で勝てるなんて思うなよ。魔法との混合戦。あんたはそれが理想だろ』
そうはいっても、そんな魔法なんて元からあんまり使えないんだ。結局案の定だけどアスモデウスの表情を変える事すら全くできず息を切らせてこっちがギブアップだ。向こうは未だに余裕の構えで呑気に剣をクルクル回して遊ぶほどだ。見ていた光太郎たちもやっぱりね。って空気を醸し出して自分から言い出したくせに何とも格好悪い結果で終わってしまった。
『魔法を使う訓練、した方がいいよ。剣の腕を磨くよりも』
「俺に才能ないって言いたいのかよ」
いや、まあ、そうなんですけど。なんだかこう遠まわしに言われてる感も若干辛い。
でも俺の想像とは裏腹にアスモデウスは首を横に振った。光太郎たちに聞かれたくない会話なのか、耳元に顔を近づけた。
『悪魔化を防ぐために天使のエネルギーで中和する必要がある。もちろん人間に戻るための処置ではないけれど、悪魔に取り込まれるのは防げるはずだ』
「なに……」
『悪魔に侵食され続ければ、いつか指輪の中の天使の力は使えなくなる。君は魔法が使えなくなっていくだろう。それを食い止めるためには天使のエネルギーとリンクさせるしかない。できるだけ指輪でも剣からでもいい。魔法を使う様にしろ。使えば使うほど天使のエネルギーに触れていることになる』
それだけを伝えてアスモデウスは離れて行った。立ち上がらない俺に一瞬だけ視線を向けて、距離をとる。
『もう一度、打ち込む?』
小さく頷いて立ち上がる。光太郎の方に視線をむければシトリーとヴォラクは内容までは分からないだろうけど、アスモデウスが何を言ったか気にはなるんだろう。顔を顰めてこちらを見ている。
でも空間にセーレが入ってきてこっちに戻ってくるように促され光太郎たちが戻っていく。俺とアスモデウスも呼ばれ中途半端なまま打ち込みは終了した。
空間を出た先にはパイモンとストラスが真剣な顔で何やら話し込んでおり、二人の視線は相変わらずパソコンに向いていた。
「どした?」
『拓也、ちょうど今ジャーナリストから連絡が入ったのです。なにやらまずいことになっているようですよ。例の村で制裁という名の大規模な人狩りが行われる可能性が高いそうです』
「人狩りって……」
『今回の件で報復をするという話です。あまりにも突拍子もない話ですが、決行日は近いと思います』
そんな、急に……でも確かにそんな人狩りが行われたら世間では大問題だ。なんとしても阻止しなきゃ。向こうのあまりにも手の早い攻撃はパイモンも予想していなかったらしく、頭を悩ませている。本当はもう少し様子見のはずだったのに。
「でもまだ相手の場所も分かんないんだよね」
「ええ、むやみやたらに動き回って相手を刺激したくない。今回は私達よりも一般人への被害が大きくなる。どうしますか?事が起こる前に叩きますか?個人的には全て終わった直後に相手を叩くことをお勧めしますが。人狩り後に時間が経てば政府の軍隊も出てくる。見極めは難しいですね」
それって人狩りが行われた後に行くってことだよな。パイモンはそう言うことはいつだって合理的だ。自分たちの労力が一番少ない方法をとってくる。でもあの村だって二百人程度の人は住んでいたはずだ。その人たちが犠牲になるなんて分かっていて無視なんてできない。できる事なら助けたい。
首を横に振った俺にパイモンは何となく予想はしてたんだろうな。若干嫌な顔をしていた。そりゃ俺はついていくだけで役に立たなくて実際戦うのも先導するのも計画するのもパイモンだ、楽な方を選ばせてやりたいけど……正義感振り回すわけじゃない。彼らを助けないといけない、救わないといけないなんて崇高な理由はない。ただの同情と後味の悪さを避けたいだけだ。
「行こうパイモン、出来るだけ早く」
『……そう言うとは思っていました。ならば策はいりません。どうせ近いうちに人狩りは起こるのです。できるだけ村周辺を調査して奴らが行動を起こす前に叩きます。人狩りが起こる前に奴らの仲間も下見やらなんやらで少人数で村に顔を出すとは思いますから』
結論はまとまった。
向こうが行動を起こすのは恐らく夜。その為、今週土曜の夜中から日曜の朝方に向かうことになった。
***
二日後、土曜補講のHRが終わった俺と光太郎は急いで荷物をまとめていた。パイモン達が言うにはまだ行動は起こっていないらしい。
急いで帰っていろいろ準備しないといけない。と、思ったのに。
「いっけがっみくーん」
緊迫した状況の中、呑気な声が名前を呼び、振り返った先にはにこやかに笑う進藤さんがいた。
……また面倒なのに捕まりそう。
明らか顔に出ていた俺に進藤さんは苦笑いをしながら席の前に来た。既に帰り支度を済ませている光太郎も来て賑やかな教室の中、この場所だけ笑い声は全く出てこない。
「今日どこか行くの?随分急いでるようだけど。何もないのなら付きあってほしいんだけどなー」
イルミナティからのお誘いって訳か。でも今はそんなのに付き合ってる暇はない。
首を横に振って一言いかないとだけ言っても進藤さんは食い下がる。
「今日は私を優先してよーどこにもいかない方がいいと思うなー」
「悪いけど急いでるんだ。付きあうのは来週でもいいだろ?」
「忠告してあげてるの。今日は動かない方がいいわよ。大人しくお家で遊んでなよ」
そうやって肝心なことは言わないくせに不快になることばっかりしてくるんだ。真面目に話を聞くのも馬鹿らしくて、体裁上で謝罪の言葉を伝え光太郎と足早に教室を出る。俺たちの後姿を黙って見ていた進藤さんの表情は分からないままだった。
急いで教室を出たのはいいけど、マンションを出るのは夜の二時だ。それまでにまだ十分に時間があったので光太郎と軽く飯を食ってからマンションに向かう。
外国人は殺害すると言われてしまえばジャーナリストたちが逃げないはずはない。俺たちによくしてくれたアメリカのジャーナリストたちも帰国してしまい情報は何も入ってこない。人狩りのニュースはまだ出ていないみたいだけど、電気もガスもラジオすらないような小さな村で起こった事件なんて翌日以降にしか発見されないだろうから、本当に今が大丈夫かどうかは分からない。
マンションにはそれぞれが緊張した面持ちで待機していた。
『拓也、光太郎、良く来ましたね。今日は酷な一日になると思います。今はまだゆっくりしていなさい』
マンションに入るや否やストラスに促され、言われたままにソファに腰掛ける。パイモンはジャーナリストと連絡を取り合っており、セーレは太陽の家。シトリーに至ってはバイト仲間と遊びに行っているんだそうだ。
「……なんかみんないつも通りだね」
「悪魔を討伐するってセオリーは一緒だしね」
あっさりと答えたヴォラクに「おお……」と声が漏れた。すげえなこいつ、百戦錬磨みたいで何だか格好いいじゃねえか。
確かに何もすることはなさそうだ。でもそわそわしてるのは俺も光太郎も一緒だ。
「ゲームでもする?」
「そうだな」
***
「やべえ、緊張してきた」
深夜一時。横から声が聞こえて目が覚めた。出るのが夜中だから夕飯を食べて十九時頃からベッドを借りて眠っていたんだ。丁度目覚ましが鳴る五分前で、もうこの目覚ましを鳴らす必要はなさそうだ。
独り言のように思っていたが、別の声も聞こえてきて光太郎が誰かと話しているのがか分かった。
「まあ、確かに今回はな……情報が手に入らなさすぎだしな」
「人狩りの最中に出くわしたりしたら、俺吐くかも。つか泣くかも」
「好きにしろよ。どうしても無理なら言え。お前だけでも安全な場所に避難させてやる」
「いや、一人嫌だし。そん時は一緒居てくれるだろ」
「いてやりてえけど拓也次第だな。安全な場所に連れてってやってんのに、更に護衛は贅沢だぜ」
「拓也も一緒に避難させて三人でいりゃいーじゃん」
「何甘えてんだよ。気色わりい」
あ、シトリーと話してたんだ。いつのまにか帰ってきてたんだ。
目は覚めたけどもう少しベッドの中に入ったまま二人の会話を盗み聞く。
「でも早めに決着はつけてえな。お前も知ってんだろ。タイミングわりいことに今日の夜中三時だぞ。放送」
「なんの?」
「……イルミナティだ。奴らの予言が今日の夜中三時にある。日本でも中継するらしいな。録画予約はいれるけど、リアタイで見てえよな」
マジかよ!
思わず起き上がり、音に反応して二人が振り返った。でもそれどころじゃない。夜中にあるって……まさか、だから進藤さんは家にいろって言ったのか?大人しく予言を見て震えてろって?
冗談じゃない!あの女に振り回されてたまるか!
「わりい。起こしたんだな」
「平気、起きる時間だったしな。お前らこそ二人で何コソコソやってんだよ」
「逢引きだよ逢引き。お前はマジで空気読めねえなあ」
「光太郎の顔がすげえ歪んでるよ。嘘でもやめた方がいいと思うなシトリー」
「……きしょい」
「お前も軽く流せ!」
二人が痴話げんかを始めてしまい、それを止めることもなくリビングに入る。全員準備はできており、ヴォラクとヴアルが機械の操作に四苦八苦していた。どうやら今から録画予約をするんだろう。多分それなら俺の方が分かると思うな。
二人に挨拶して間に入り予約を済ませてやり、ストラスたちがいる方へ向かう。
「今日、イルミナティの会見の日だったんだね」
『ええ。放映時間を生意気にもシークレットにしていたようで今日分かったのですよ。日本でも話題になっているからか放送するようですね』
「こっちでは夜中の三時だもん。やりやすいよね。番組入ってない局とかあるし」
刻一刻と時間が迫ってきている。忙しなく鼓動を立てる心臓を抑えてストラスを肩に乗せた。
「主、やはり嫌な予感がします。人狩りの情報をもう少し集めてから向かう方がいいのではないですか?」
突然パイモンがそんなことを言うものだから驚いた。今更もう引けないでしょ。さあ行こうってなってんのに。今は人狩りが起こる前に早く決着をつけなくちゃいけないんだ。
「パイモン、犠牲を少なくしたいんだ。行こう」
「……了解しました」
まだ腑には落ちてないけど従ってはくれた。大丈夫、上手くいくはずだ。
時計の短針が二を指し、ベランダに向かう。
「……先に釘を刺しておきますが、今回は悪魔の討伐が最優先です。契約者、人質の命は私たちの用件には含まれない。そこだけは勘違いなさらないでください」
どうしてそんな覚悟決めたのに本当に釘を刺してくるんだ。
項垂れた俺に光太郎が背中をポンポン叩き、ストラスが肩に飛び乗る。
『拓也、パイモンの言うとおりに動いてください。いいですね?決して前に出ない事、そして私たちの指示に従うこと。わかりましたね?』
「光太郎、お前もだぞ。絶対に何があっても離れるなよ。あと、村人をむやみやたら助けようとするな。いいな」
「……と、とりあえず、お前の言うとおりにする」
「それでいい」
シトリーの気迫に光太郎も頷くしかなく、納得がいっていないながらもそれ以上は何も言わなかった。シトリーは光太郎の頭をポンと軽く叩いて、こちらに行ける合図をした。それを確認してパイモンとヴォラクがベランダに向かい、セーレもそれに続いた。
「拓也、気を付けて」
「対応できないときはセーレを送ってくれ。対応する」
ヴアルとアスモデウスに見送られ、ジェダイトは翼を広げ空に舞い上がった。
***
村の近くに降りてパイモンとヴォラクを先頭にして村の様子を伺う。村からは灯りの変わりなんだろう松明が見える。夜に松明を燃やしたまま就寝はしないはずだ。きっと村人は起きている。
組織からの襲撃を警戒しているんじゃないのかな。
全員で息を殺している中、携帯のメール受信音が響き悲鳴が出そうになった俺の口をヴォラクがすごい勢いで塞いだ。
「あ、わりい俺だ。へへ……海外にきましたよってメールだわ」
流石にこの流れでそれはない。全員の視線が突き刺さる中シトリーが手っ取り早く電源を切りポケットにしまう。盛大にパイモンが舌打ちをかまし、再び村に視線を向ける。ひいい!こわい!!
「俺でもここまで緊張感なくないけど」
「シトリーよりお前のが頼もしく感じるよ。かんばろうなヴォラク」
褒められたのが嬉しかったのかヴォラクは少し得意げにふふんと鼻を鳴らし、再び視線を村に移す。
暫く待機してみても村に可笑しな変化はない。何だかんだで一時間以上張り込んで時刻は日本時間で朝の三時すぎだ。そろそろイルミナティでの会見が始まる時間になるはずだ。その時、パイモンとヴォラクが体勢を僅かに前のめりにさせ一点を睨みつけた。暗くて俺は何も見えないけど、二人には何かが見えているんだろうか。
「何見えてんだろう。ストラス、お前フクロウだから夜強いだろ。見える?」
『組織の人間ですね。銃を構えて顔を隠した男が村に入っていきました。彼を捕えるべきかと』
「ああ、行くぞヴォラク」
「うーい」
二人が一斉に走り出し、男を追いかけて村に入っていく。残された俺たちはどうすればいいんだろう。ていうか二人がいなくなったらどうするの!?戦えるのいないよね!?
「どっちか残ってほしかった……」
光太郎の呟きに大きく頷いて出て行く機会も逃し固まるしかない。
その状態で更に十五分が経過し、パイモン達が戻ってこないことに若干の焦りが見え始めた。
「遅くないか?」
「パイモンがいるから無理な深追いはしないと思うけど……流石に時間がかかってる。何かあったのか?」
「悪魔に遭遇したのかもしんねえな。俺達も行くか。流石に待ってるだけじゃ何も分かんねえ」
シトリーが立ち上がり光太郎の腕を引いて歩き出す。
「え、ちょ、まじで?行くの?無理だって!離せってばか!」
「俺がついてるから大丈夫だって。行くぞ」
「ひえーマジで行っちゃったよ」
「俺達だけ残っても意味ないしね。行こう」
セーレも立ち上がり二人についていく。ちょっと待ってよ!流石にここにストラスと二人きりは怖いって!!サバンナの中にあるような集落だぞ!ライオンに食われる!!
慌てて俺も立ち上がり後を追いかけセーレにしがみつきながら移動する。
「拓也、歩きづらいよ……もう少しだけ力緩めて」
「あ、ごめん」
村の入り口はわずかに灯りが見えるけど静かだ。一体何がどうなってるんだ?
皆で辺りを警戒しながら先に進む。ここらへんに人の気配は全くない。パイモンとヴォラクは一体どこに行っちゃったんだろう?まさか本当に悪魔と遭遇して捕まっちゃったのか?
だとしたら俺達だけじゃどうしようもない。アスモデウスとヴアルに応援を頼むべきなのか?でもそうなったら澪も連れてこないといけないのか?
グルグル回る頭でいろんなことを考えながら一歩一歩先に進む。村に入り十分ほど誰にも出くわさず歩いていると段々話し声が聞こえてきた。
「奴らか?」
シトリーが警戒心をむき出しにし先を睨みつける。
『私は夜目がききます。上空から探ってきましょう』
ストラスがそう言って肩から離れて空に飛び立った。確かにこういったときは便利だけど相手は銃を持ってる。撃ち落とされるとかだけはマジで止めてくれよストラス。ちゃんと戻ってきてくれよ……
***
数分もしないうちにストラスが戻ってきて再び肩にとまる。無事に帰ってきたことに安堵したけど、ストラスは血相を切らしている。
『恐らく村人全員が一か所に集められています。その先には二十~三十人程度の組織の人間が銃を持って構えていました。パイモンとヴォラクもそこにいます。彼らは交渉していたのです。村人を解放するように。詳しい話までは聞こえませんでしたが』
なんだって!?村人全員!?
だからこんな村に灯りがあるのに人に出会わなかったのか……全員が一か所に集められていたからなんだ。そこに組織の奴らもいるってなると厄介だぞ。でもそんなところにパイモンとヴォラクだけを残すわけにはいかない。
「なんとかできないかな?危険だよそれ」
だけど、そんな場所に正直行こう!とはならず、足がすくんで先に進めない。
皆が一度、撤退しアスモデウス達を呼ぶかを考えだしたとき、銃声と悲鳴が聞こえ村人の一人が撃ち殺されたのが分かった。怒声のような声も聞こえてきて、なのに村人の騒ぐ声は聞こえなくて……とんでもなく不気味だ。
「彼ら、俺達を呼んでいるね。やっぱり悪魔だったんだ」
俺達を、呼んでいる?
セーレが言うにはさっきの怒声は「契約者よ、出てこい!」と言う意味だったらしい。それって俺の事なのか?全員に冷や汗が流れた瞬間、ゆったりとした足取りでヴォラクが歩いてきた。
「うえ、ヴォラク!?お前無事なのか!?」
『え?ああ。ピンピン。拓也呼びに来たついでにどうするか聞きに来た』
どうするか?つまりヴォラクは奴らに呼び出すように言われたのか?でもその割には組織の人間が周辺にいる気配はない。ヴォラクは一体なんでここに来れたんだ?
『拓也、決めてくれ。奴らはどうもお前と会話したいみたいだった。返答次第では村人の開放もあり得るっつってた。だから呼んで来いってさ。でも正直俺とパイモンはそんな危ないことさせられないから今ここで決めろよ。村人は諦めて組織の奴らを殺していいか、お前が出て交渉するか。どうする?俺とパイモンはお前をここにおいて今から奴らを殺す方に一票投じてる』
「なんで、俺にそんなこと」
『俺たちの契約者がお前だから。契約者のお前の意向を全く聞かずに行動は起こせない。だから確認だけを取りに来た。拓也、ここにいろ。悪魔は俺とパイモンで始末する。お前は安全な所にいろ』
全身の血が凍った。俺が、ここの村の人たちの命を握ってるのか……?
あまりに突拍子のない展開にみんなの目が丸くなっている。ヴォラクが言うには組織の人間を捕まえたパイモンとヴォラクはそいつを囮に村人の開放を要求したようだけど、まさかの組織の人間が僅かな隙をついて自殺してしまったらしい。先ほどの銃声と悲鳴はその組織の人間が自殺した時の音だったみたいだ。形勢が逆転してしまい、どうするか決めあぐねていたけど、向こうが俺の存在に気づいて出てくることを条件にしたみたいだ。つまり……
「奴らの中に間違いなく契約者がいるな」
シトリーの一言にヴォラクは頷いた。悪魔の姿が見えていない事。組織の人間皆が武装してて顔も隠しているから契約石も目に見える場所になく、どいつが契約者か分からない事。そのせいでヴォラクもパイモンも攻めあぐねていたらしい。
『普通に考えりゃトップだけど。全員顔も隠して同じ格好してっからどいつがトップか分かんなくてさ。拓也がOKだすなら、こっちも気にせず全員殺す。どうする?』
「そんなの……駄目だろ」
『いい子ちゃんな拓也、俺は好きだよ。でもさ、自分が危険な目に遭ってまで見ず知らずの他人助けなくてよくない?』
「それでも……っ!」
駄目だろ!
そう言いかけて吐き気が込み上げてしゃがみ込んだ。なんとか喉元で吐き気は収まり、浅い呼吸を繰り返すだけで終わったけど、光太郎が背中をさすり気持ち悪さに涙がこみ上げた。
「全員殺すとか、駄目だよヴォラク」
『……じゃあどうすんの?タイムリミットあるんだよ。もうそろそろ向こうも痺れを切らす』
上から若干イラついたように言われて体が震えた。そんな俺を庇う様に光太郎がヴォラクを止めてくれたけど、そんなの意味なんかない。
『あのさ、これもう普通の状況じゃないんだよ。わかるだろ?今回はヤバいって覚悟してたじゃん』
「してた、けど……!」
『光太郎も村人をむやみに庇うなってシトリーに言われてたよね。約束破ってない?』
「はあ!?別に破ってないだろ!」
「ヴォラク、頭ごなしに否定するのはよくない。拓也の意見を聞いてあげてくれ」
『セーレは甘いんだよ。だってどうせ拓也は決めれないじゃん。時間があったら待ってあげるけど、時間ないんだよ。わかってる?あのさ、無視して皆殺ししてもいいけど、お前は絶対に俺達に相談しなかったことを責めるだろ。穏便に解決しろって言ってくるだろ。だから、お前も納得したうえで俺達に皆殺しにしろって命令しろ』
「行くよ!交渉する!!」
俺の大きな声はきっと向こうにも聞こえただろう。日本語だから分からないけど、俺が近くにいることはきっとわかったはずだ。ヴォラクが目を丸くして、そして目が細められていく。
怒ってるんだ。いや、分かってる。ヴォラクとパイモンは俺達が危険な目に遭わない様にしてくれてたんだ。人を殺すって言っても俺達はその現場に居合わせることはない。汚い仕事を全部二人で片づけてくれるようにしてたのに、俺が言うことを聞かなかったから怒ってるんだ。
『……分からず屋』
「ごめん、でも何もしなかったら……罪悪感で潰れそうなんだよ……っ!」
声が裏返って自分が言うのもなんだけど、余りにも悲痛な声が出た。ヴォラクは複雑そうな顔で舌打ちをして先に進んでいってしまった。どうやらついて来いってことなんだろう。
『拓也、私とセーレがあなたを守ります。何があっても』
「ああ、君に傷一つつけさせない。光太郎は危ないからここでシトリーと待ってる方がいい」
そうだ、光太郎が行く必要はない。でも光太郎は首を振った。
「俺も行く。拓也だけ辛い目には遭わせたくない」
「ま、ガチでヤバかったら離脱させてもらうが、それまでは付き合うぜ」
大丈夫。俺は一人じゃない。パイモンとヴォラクも最善を尽くしてくれるはずだ。
***
ヴアルside ―
「始まった」
拓也達が出て行って一時間。私とアスモデウスはテレビの前に待機していた。先ほどまで別の番組が流れていたのが瞬時に切り替わり、日本人の男性リポーターが建物の前で実況中継を行っている。
やっぱりこれだけ大きな問題になったら日本からもリポーターが派遣されるのね。今回はどんなハチャメチャな予言を行うのかしら。沢山のフラッシュを浴びながら、マティアスが会見の場に入ってくる。今回もバティンはおらず、恐らく裏で私達と同じで会見を見てるのね。
「相変わらず澄ましてるね」
「エラそうよね」
アスモデウスと悪口を言いながら会見が始まるのを待つ。マティアスが何言か話し、通訳がすぐさまそれを日本語に変えてくれる。
― 世界各国からのメディアに感謝する。このような時間になり申し訳ない。また先日日本で地震が起こったようだ。全ての犠牲者のお心、心中お察しする ―
その一言で会見場からは怒声が聞こえる。分かっているのならなぜもっと早く言わない。お前たちが起こしたのではないのか?中には日本語も聞こえてくるから日本の記者も怒ってるんだろう。
「流石に白々しいね」
「ほんっと!自分達が起こしたくせに!」
― さて、今回また新たに予言を行おうと思い、会見を開かせていただいた。近いうち新聞やメディアでトップニュースで扱われるかもしれないな。 ―
やっぱり、予言だったんだ。また悪魔を使って大規模な事件を起こすつもりなんだわ。
― 今度の事件は殺人だ。とはいえ、殺人など世界中で起こっている。だが今回は規模が違う。百人規模の殺人が一夜で起こる。これも正確な人数は分からないがね。 ―
ザワザワとどよめく会場。記者の一人がテロ行為か何かなのか?という質問を送り、マティアスはすぐにそれを否定した。
― そこまでは断言できない、だが起こるであろう場所は分かる。場所はタンザニアだろうな。これはあくまでも予言だ。100%の未来ではない。だがこの予言を聞いて人類が最善の道を選択するのを祈るのみだ。 ―
ねえ、これってもしかして私たち……
私もアスモデウスも顔が真っ青になっていく。だってタンザニアって、今拓也たちが向かってる……大量の人狩りが起こるかもって……嘘、よね?
「くそっ!俺達に予言を担がせやがって!」
やっぱりそう、よね?イルミナティの予言を私たちが実行することになるんだ!奴ら分かってる。今回の事件はイルミナティが仕組んでたんだ!拓也達が来ることを見越して大々的な予言を行うついでに拓也と光太郎にダメージを与えるために……!
きっと、大規模な人狩りなんて本当は行われなかったかもしれない。でも拓也達が来たことで実行されることになるんだわ。
「酷い……!」
「とりあえず皆を呼び戻さないと!」
アスモデウスが慌ててシトリーに電話をかけている。
「くそっ!電源を切ってる!なんでこんな時に!」
拓也と光太郎にも電話をかけてるけど二人も出てくれない。
会見のその先なんて全く耳に入らない。私たちはあいつらの、バティンの手のひらで踊らされているんだ。
***
佐奈side -
『契約者は行っているようだね。尻尾を掴んだよ。イルミナティの予言を実行してくれてありがとう ― ってとこかな?』
馬鹿な奴。人の折角の忠告を無視したツケをあんたが払うのよ。
「あいつらが行ったからこれから大規模な人狩りが起こる」
『そうだね。彼らからしたら自分達への恐怖はもう十分与えているんだ。あとは村を譲ってさえくれれば村人を殺す必要はなかった。でも継承者が出てきたことによって変わってくるだろう。彼はカナダで継承者にお世話になったみたいだから、円滑に事は運ばないだろうね。可哀想だね、死ぬ必要のない人間が死ぬことになるなんて』
馬鹿な男。あんた達が行かなかったら大量殺戮は起こらなかった。村の村長だけを殺害しアルビノが村に君臨するだけで終わったのに。奴らが出てきたせいでただで帰すことができなくなった。
もともとタンザニアで近いうちにテロが起こるって話を聞いていたから万が一にも保険はあったのに、あいつのお陰でちゃんと予言通りに事は運ぶ。
「あんたって本当に怖いわ。私もアガレスがいなかったらあんたに怯えるただの人間の一人だったんだから」
バティンは笑う。綺麗な笑みで。
殺戮なんか無縁そうな笑みで。好青年を絵にかいたような男が世界を混乱に陥れているのだ。
会見が終わり、マティアスさんが部屋を退出する。それを見てバティンが立ち上がった。
『さてと、迎えに行こうかな。彼ももう一人の身じゃないんだ。道中何が起こっても可笑しくないしね』
クツクツ笑い、バティンが出て行った部屋で私は一人取り残される。
そんな私を憐れむようにアガレスが現れ、言葉を紡いだ。
『残念だったね佐奈。折角彼に忠告をしてやったのに』
「本当よ。聖地つぶしの前に潰れられたらたまんなかったのに……多分ショックでしばらく動けないんじゃない?自分のせいで村人全員死ぬんだもの」
本当に、綺麗ごとで生きてるだけの馬鹿な奴。