第62話 魔女
進藤さんから何も連絡がないまま二月に入り一週間が経過した。学校は既に早い段階だけど受験戦争の皮きりでもある模試も始まり、更に二月の終わりには修学旅行が控えていた。
まさか二月の間は何も言わないつもりなのか?進藤さんにチラリと視線を向けたが、本人はどこ吹く風で、こちらに視線を一度もむけることなく女子と楽しそうにおしゃべりしていた。
62 魔女
その間にパイモンから届いていた連絡を確認して携帯を握りしめる。悪魔の情報が見つかったっていう。こんな時期に悪魔を探しに行ってもいいんだろうか。万が一行くことになったとしても進藤さんにはばれないようにしないといけない。バティンは好きにしていいって言ってたけど、それでもきっといい気はしないだろう。
光太郎はどうするのかな。
嘘のように世間を振り回していたイルミナティは今の所大人しいもんだ。あの地震の記憶だって少しずつみんなの中で風化しつつある。募金をしなきゃとか被災地支援だとか、そんなのばかりで予言が当たったことに対する恐怖や興味はテレビからは消え失せていた。
俯いて携帯を眺めていると、不意に視線を感じる。何となく居心地が悪くて視線の先をたどろうと顔を上げたら進藤佐奈がこっちを見ていた。その口元は緩やかに曲線を描き何かを隠すように面白そうに笑っている。その表情の意味が気になって声をかけようとしたもののチャイムに遮られ、結局聞けずじまいだった。
― 結局進藤さんに声をかけることができたのは昼休みだった。
***
「進藤さん。ちょっと……」
「なあに?」
白々しいほど可愛らしい少女を演じる進藤さんにため息が漏れそうになったけどここは我慢だ。それをしてしまえばクラスの悪者は俺になってしまう。
こっちに指をさし興奮気味に光太郎に話しかけている上野の声を背中に受け、進藤さんと二人で教室を出て人気のいない場所まで移動する。
「……さっきの、なに?」
「なんのこと?」
「隠すなよ。こっちみて笑ってたろ。あれ、どういう意味だよ」
「やだー笑うだけで疑われちゃうのー?やってらんないー」
ケラケラ笑う進藤さんに今度こそ小さく舌打ちが漏れた。流石に不機嫌になった俺を見て、進藤さんはからかうのを止め、呆れたように小さく笑った。
「ごめんって。怖い顔しないで。まだ詳しいことは言えないんだけど、イルミナティが動くわ」
「イルミナティが?」
「次の予言を近いうちに世界に放送するの。どれだけのメディアが取り上げるかは分からないけどマティアスはもうリヒテンシュタインの国営放送の枠をとってる」
最近大人しいと思ってたのに……思った矢先にこれかよ。バティンは自分たちの存在を風化させる気は更々ないらしい。その予言は一体どんなものになるのか、どんな国で起こると言うのか……それを進藤さんは知っているのだろうか。
俺の聞きたいことはお見通しのようで進藤さんは首を横に振った。
「残念だけど、私は知らないわ。悪魔を派遣するのは間違いないだろうけど私とアガレスには何の連絡もないもの」
「でも進藤さんが知らないなんてそんな……」
『イルミナティは元々バティンが単独で乗っ取った組織。決定権は全て彼にある』
進藤さんを守る様にアガレスが現れ、自分達の身の潔白を訴えてくる。
『彼は非常に優秀で愛想もいいが、かなり疑い深くてね。私たちに全幅の信頼を寄せてはいないはずだ。彼が信頼と忠誠を向けるのはルシファー様だけだからね。予言の報告を行った後にそれに相応しい悪魔を現地に派遣する。継承者、分かるかい?世界は私たちの存在に脅威を感じ始めている。都市伝説のようなありもしない存在から得体のしれない悪魔を操る現実の存在になりつつある』
「……それが、なんだって言うんだ」
『この世界は鬱憤で満ちている ― そう言うことだ。今の自分の環境が気にくわない者ほど、世界なんてどうなろうと知ったことではないと思うものだ。こちらとしては捨て駒が手に入るし、彼らも暴れたいものは喜んでやってくれる。バティンの思うままさ』
ようはイルミナティの存在が公になったから賛同者が押しかけてるってわけだ。でもバティンがどこにいるか知らないはずなのに、どうやってそう言う奴らを動かすんだ。
『頭のいい者は言葉尻を掴んで、その場をしらみつぶしに探す。こちらが少しだけヒントを出せばすぐにさ』
「……そのヒントをテレビで報道してるってことかよ。やり方陰湿だよあんたら」
進藤さんはため息をついて、アガレスにしゃべり過ぎだと注意する。これ以上何か言うつもりもないのだろう、アガレスは進藤さんに一瞬だけ視線を向け、すぐに姿をくらました。
俺達の間に会話はなく、重々しい空気がピリピリと全身を覆う。
「とりあえずいつ報道するかは私も分からない。テレビのスケジュールなんて急に分かんないでしょ?無理やりどっかの時間にねじ込んでるんだから。何を話すのか、何時にするのかはさっぱりね。まあ三日前には分かるんじゃないの?」
随分と適当な言い訳だ。余りにも余裕綽々でどこまで嘘か本当か分からない。言いたいことを言い終えて進藤さんは俺の肩を軽く叩き教室に戻っていった。
こうなってしまっては進藤さんに問いただしたところで埒が明かない。こちらからバティンに連絡を取っても向こうはしらばっくれるだろう。と言うか舌戦で勝てる気がしないし……パイモンとは違うのらりくらりとかわしつつ掌で転がすようなやり方をすると言うことは一度しか会ってない俺でも分かることだ。今は何もできない。
とりあえずストラスには報告しておこう。
予鈴が鳴り、午後の授業に備えるために俺も後を追う様に教室に戻った。
***
学校が終わり、澪と二人でマンションに向かう。光太郎は塾で今日は夜までいけないようだ。でも明日が土曜で補講はあるものの休みだから塾終わりにマンションにより、そのまま泊まる予定らしい。俺も今日は泊まろうかなあ。
まずは悪魔の話を聞かなくちゃいけない。今日はすぐに終わるんだろうか。珍しくほとんどがマンションにおらず、ヴォラクと代わりに来ていたストラスが状況を説明してくれた。
『拓也、今回はアフリカの方面に向かうことになります』
「アフリカ?」
今まで散々悪魔を倒しに世界中を飛び回ってきたけど、そう言えばアフリカにはエジプトに行って以来行ったことなかったな。ストラスが寄越してきた紙には全身を布で覆い、何かを祈っている人の写真が写っていた。
「なにこれ儀式?」
『その通りです。良く分かりましたね!』
適当に言っただけなのに当たっちゃった!俺が適当に言ったことを分からずにストラスは感心したように反応するから、なんだか言いづらいぞ。
『これはスペインの情報誌なのですがタンザニアで魔女が降臨し、魔術により人々を支配していると書かれた記事です』
何それ。このご時世に面白いことしすぎでしょ。そんなの信じる方も信じる方だ。細かいことは日本ではニュースになってないから分からないけど、パイモンが地元のニュースサイトを調べて出てきた情報だそうだ。
でもその魔女って言うのは一体何をしてる人なんだろう。
『残念ながらその魔女はネットでは分かりませんでした。基本顔出しNGで各国の取材にも答えないようです。ただ分かることは一つ。彼らに殺害されるのは黒人ばかりだそうです』
黒人ばかり?と言われても、アフリカって元々黒人ばっかのとこじゃん。たまたまその黒人に当たっちゃっただけのような気もするけど。
『スペインの新聞には彼らが黒人しか狙わないと宣言しているようです。儀式に黒人の血が必要なのだと』
「でも、それって犯罪なんじゃ……殺してまわってるんだよね?」
不安そうに聞いた澪にストラスが頷く。
『どうも今の政府ではこの組織の壊滅が難しいらしく、警察当局が恐れていると言うのが要因のようですね。彼らも黒人でしょうから。近いうちに軍と衝突する可能性が高い……その前に調べましょう』
「面倒だけど、捨て置けないんだってさ。こんなことしてる場合かっつの」
淡々としているストラスとは対照的にヴォラクは不満そうだ。
「……とりあえず今日行くのか?」
『はい、貴方と光太郎には来ていただきましょうかね。澪は危険地域です。ヴアルのみ借りますが、ここに居てもいいでしょう』
「でもアスモは?」
『この間、話し合ったのですがアスモデウスの存在は私たちの襲撃への抑止力になる。彼はできるかぎり動かさない方がいいでしょう』
はあ!?一番強いアスモデウスを動かさないって……パイモンの負担が重くなるだけじゃん!
でもストラスたちは俺とは違い、色々考えがあるようだ。
『バティンが今望んでいる事項はいくつかありますが……その中にアスモデウスの抹殺は間違いなく含まれている。アモンを倒したアスモデウスに下手な悪魔は向かわせないと思います。ならば共闘している間に隙を見て殺す算段は間違いなくしているでしょう。今はアスモデウスがこちらにいるから私たちに直接的な攻撃をバティンは行わない ― お互いの被害が大きすぎるからです。なのでアスモデウスは六大公など私たちがどうしようもない相手の時のみ協力し、普段は澪や直哉、貴方達や光太郎の家族など、身近な人間の護衛に当てようかと。彼が監視している限りバティン達も無理をして人質に取ろうとはしないはずです』
なるほど……確かにアスモデウスがいなくなれば向こうとしては万々歳か。隙を見て殺そうとあいつらなら間違いなくしそうだしな。それに澪や直哉たちもアスモデウスがそこそこ近い位置で生存を確認してくれたらこっちも有難いのは有難い。いざと言う時に海外にいたとかなったらセーレの力を使っても駆けつけられない場合があるし。
俺と光太郎で海外の悪魔を討伐して、澪とアスモデウス達で身近な人間を守るのか。ヴアルがその中に含まれていないのは単に遠距離の攻撃が欲しいからなんだろうな。
『異論があればそれも考慮してもう一度話をします。どうでしょうか?』
「うん、大丈夫。お前の言うとおりにする」
「あたしも、大丈夫だけど……でもあたしは拓也と一緒に行動できないの?」
澪は少し焦ったようにストラスに問い詰める。俺の事を心配だって言ってくれた、うぬぼれかもしれないけど澪は俺の近くに居たいと思ってくれてるんだ。
でもストラスは首を横に振り、少し厳しい意見をぶつけた。
『お気持ちは分かりますが澪、貴方は正直足手まといです。アスモデウスとヴアルの能力を貴方の存在が邪魔をする可能性がある』
「……そう、だけど」
『拓也はともかく、光太郎も自分の身を守るために多少の護身術は身に着けています。少しの間ならば一人での行動も問題ないでしょうが貴方は違う。私たちも貴方に怪我をしてほしくないのでどうしても貴方の護衛に人数を割いてしまう。それは避けたいのです』
そこまで言わなくても……
澪は項垂れて、ストラスの少し強い口調に若干涙目になってしまっている。ここでストラスを責めたところで結局何も変わらないんだろう。こういう時って俺はどうすればいいんだろう。澪に怪我をしてほしくないから日本に居てほしいのは俺も同じだから、ストラスの厳しい言い方はあれだけど、それを責める資格はないって言うか……
澪は何度か息を飲みこみ、呼吸を整えてから目じりを拭い顔を上げた。
「うん、そうだね。ごめんなさい。我儘言って」
『……ありがとうございます澪。今後の話はヴアルとアスモデウスの三人で行ってください。拓也と光太郎はできれば今日中にタンザニアに向かいたいと思います。光太郎は二十二時には来られるでしょうか』
「あ、うん。多分ね」
『分かりました。光太郎にはシトリーが報告するでしょう。その後タンザニアの首都であるダルエスサラームに向かいましょう』
ストラスの言葉に頷いて、とりあえず一度澪と一緒に家に帰る事にした。
澪はいつも通りに頑張って接しようとしているので、俺もさっきの件は何も言わないでなんだか不自然に二人で明るく話しながら帰路につく。今日は澪は母親が帰っているからうちには来ない。俺の家が見えてきて澪との別れが近づいてくる。
このままでいいのかな。このまま有耶無耶にして別れていいのかな……
もんもんと悩みつつも行動に移せないまま俺の家の前に着いてしまった。
「じゃあね拓也、気を付けてね」
「あ、澪……」
「いいの。心配してくれてありがとう」
何か言わないといけないのに何も言うことができない。ストラスが言い過ぎだってことは分かってるし、でもそれは澪の事を考えてだとお互いに分かってる。むやみにストラスの言うことなんて気にするな。とは言えない。
澪は無理に小さく笑い、そのまま身を翻し去って行った。
これで、良かったのかな。でも澪を棄権に巻き込む可能性が減るのなら……
***
家で夕飯を食べて部屋で寛いでいると光太郎から連絡が来てマンションに向かう準備をする。しきりに心配する母さんに頭を下げて家を出た。肌を突き刺す風を頬に受け、マンションに向かって足を進めた。
「あ、拓也きたきた。アフリカだってな。マラリア大丈夫かな」
現実的な心配をしている光太郎をシトリーが後ろから軽くどついている。でもたしかに蚊に刺されたりしたら危ないよな。こっちが二月ってことは向こうは夏になる可能性もあるんだし。
「病院行かなくていいかな……」
「お前まで何言ってんだよ」
「だってマラリアかかって死んじゃったら死ぬに死にきれないよ」
「二月は媒介のハマダラ蚊の活動シーズンではありません。夜行性なので日中の活動ならば問題ないでしょう。あとは虫よけスプレーで対処してください」
ばっさりとパイモンに切り捨てられて、これ以上は何も言い返せない。とりあえず虫よけジェルを塗って、更に服の上にスプレーもかけないとな。
でも行くにしても、その相手はどんな奴らが全く見当つかない。スペインの新聞紙に載ってたのは全身をほぼ隠した人たちだったし、モノクロの写真だから今いち良く分からなかった。
それともうひとつ。
「パイモン、相談したいことがあるんだ。言ってもどうしようもないこととは思うけど……今回の件が終わったら聞いてくんないかな?」
「了解です」
イルミナティの事も相談しないと。この悪魔の件が長引きそうなら先に相談するけど、早く済みそうならこれ以上パイモンに負担はかけたくない。この件が終わってからにしよう。
セーレがジェダイトの腹を蹴って天高く舞い上がった。
***
ジェダイトが着陸したのは道路やそこそこの高層マンションが立ち並ぶ比較的近代的な場所だった。パイモン曰く首都のダルエスサラームってところらしいけど、これからどうするんだろ。とりあえず海外は危ないからストラス入っているリュックは前に持っておこう。
「主、首都のダルエスサラームは極悪都市で名が知られています。勝手な行動はしないようにしてください」
下調べせず来たから知らなかった。確かに路面店みたいなのは鉄格子で覆われており、日本みたいに店に入って商品を見て回る方式ではなく、鉄格子の前から店員に欲しいものを指さして購入していると言うありえない光景だった。
それだけで治安が悪いことは頷ける。
「分かった。これからどうするんだ?」
「そうですね。一度、聞き込みをして情報を集めてみましょう」
一応ダルエスサラームでも殺人事件は相当な頻度で起こっているらしく、警察官がウロウロしている。しかし流石極悪都市とでもいうべきか、殺人事件が起こっているにもかかわらず聞き込みをしていても誰も恐れていないのだ。
まあ、この国では普通だろ。そう言って笑い飛ばす青年を見て頬が引きつった。
「(あ、でも確かあそこの村がかなりの人数殺されたんじゃなかったっけか)」
聞き込みをしている中、青年が思い出したように一緒にいた友人に振り返る。
「(あーなんかそんな話聞いたな)」
「(ここから北に車で三時間くらい走ったら小さな集落があるんだよ。二百人くらいしか人が住んでなさそうなところ。そこで数十人殺されたとか言う話を聞いたぜ。ダルエスサラームで殺人なんて日常茶飯事さ。こっちでの殺人は例の集団が起こした事件かどうかも検討がつかないけど、その集落での集団殺害は間違いなくその組織の奴らって言われてる。そこを調べてみたらどうだ?バスとかないからタクシーとかで行くしかないな。ぼられるなよ)」
その言葉で俺たちはその集落に向かってみることにした。
***
ハッキリ言って田舎町だろうと思われる小さな村だった。草と土で固めたような壁でできた茶色い家がいくつも立ち並び、家畜を飼っているからか動物のにおいが漂っている。
子供が無邪気に走り回る中、大人たちは怪訝そうにこちらに視線を向けている。そりゃそうだ、首都のほうならまだしも、こんな場所に東洋人が来るなんて思ってないだろうし……これは俺の偏見かもしれないけど、アフリカの田舎の方って学がないイメージだからアジア人とかそういうのすら分からないんじゃないのかな。
そんな中、一人の男性がこっちに近づいてくる。身を固めた俺達には全く視線を寄越さず、その男性はパイモンの前に立ち止った。
「(白い肌、色の薄い髪……お前、神の使いか?)」
「(何のことだ?お前、俺に何か用があるのか?)」
何を言ってるのか分からないけど、パイモンが睨みつけて何かを言った瞬間、男の人が顔を青くして大声で叫んだかと思えば大人も子供も全員が一斉に家の中に入り、小さな村には人っ子一人いなくなってしまった。
「パイモンの怖さって万国共通なのかな?」
「冗談は止めろ。先ほどの発言、どういう意味だと思う?」
「やっぱり、新聞に書いてたとおりかなあ……勘違いされたのかもね」
勘違い?パイモンとセーレの会話に耳を傾ける。もしかしてその変な宗教みたいな奴らと同類って思われたってこと?見慣れない人間だから危ない奴らだって思われたのかな。
でも困ったな。これじゃ聞き込みも何もできないよ。場所を移すしかないのかなあ……
「あの男の証言って信用できそうだねーでもさ、なーんかさっきの男の話って聞いたことあるような~」
「ヴォラクお前は新聞に目を通してないのか。記者がここに滞在して取材を行っている。ここは例の宗教発祥の村だ。ここで殺人事件も起こっているのなら十中八九、関与しているだろう」
「あーそうなんだ。でもなんだってパイモン見てあんな怯えたんだ?そんな脅すようなこと言ってないだろ」
「……あくまで憶測の段階だから確定ではないが、俺をアルビノと間違えているのかもしれないな」
アルビノ……ゲームとかで聞いたことがある。色素を作る力がなくて肌とか髪の毛が透き通るように白くて薄い色になるって奴だよな。確かにパイモンは俺たちの中でも色が白いし髪の毛も光が当たればキラキラ銀色に輝いているような感じだ。実際に日本で何回かアルビノと間違えられてるらしいし。
もしかしてあの宗教の人たちはアルビノってことか?
「あの新聞にはアルビノとは断定していないのですが、赤い目をしている人間が何人かいた。と言う文章がありました。色素が薄いアルビノは目の血管が透けて見えることで目が赤くなる者がいます。それが数人もいると言うことはアルビノの集まりである可能性が高いと」
なるほど。だから黒い人間を狙っているってことか?でもなんで……やっぱり生きづらいからかなあ。良く分からない。
「(あれ?君たちは旅行者か?こんなとこまで来たってことは例の新聞見たのかい?)」
明らかに村の人と違う言語が聞こえて振り返るとカメラとリュックを携えた茶髪の男性が一人、こちらに向かって歩いてきた。どこからどう見ても白人の男性という感じだ。この人こそ、どうしてこんなところに一人で……
俺達を庇う様に皆が前に出て、人当たりのいいセーレが男性の対応に当たる。
「(そうなんです。あの新聞を見て上司に取材に行けって言われてチームを組んできたのですが、あなたもですか?)」
「(ああ、俺もそうなんだ。俺はフレッド。アメリカのジャーナリストだ。あともう一人マイケルって言う通訳兼ガイドと一緒にきてるんだ。まさかここで英語が通じるなんてなー)」
リュックの中に収まっているストラスがリュックのチャックを開けている隙間から小さな声で会話の内容を教えてくれて、相手がアメリカのジャーナリストだと言うことを知る。でもこれはチャンスかもしれない。ここで色んな話を聞ける可能性がある。
「(でも俺の同僚がアルビノと間違われて、皆逃げて行っちゃって……誰にも話を聞けないんだ)」
「(え?あー……本当だ。本当に君アルビノじゃないの?俺から見ても君はアルビノっぽいけど。君の会社人選ミスだよー。アルビノに見える人が来るのはこの村じゃあり得ないぜ。ここで既に四十六人の村人がなくなってるんだ)」
「(そんなに……)」
四十六人!?そんなにたくさんの人が亡くなってるのか!?
セーレの反応を見てジャーナリストの男性は詳細を教えてくれた。
「(スペインの記者に話を聞いたんだ。どうやらこの組織、トップの人間がかなり学がある奴らしいな。黒人を殺害すれば幸せになれるって下っ端に教え込んでるって話だ。まあアフリカではアルビノってだけで不遇な扱いばっか受けてきてるんだ。奴らの気持ちは理解できるけどな……)」
不遇な扱い?
男性の言葉に引っかかったけど、詳しく聞くことはできない。でもそれは俺の想像以上の現実だった。
「(やはり復讐ですか?)」
「(上の方は恐らくな。下っ端はどうかしらない、幸せになるって教えを真に受けてるようだからな。アフリカでアルビノって言えば、その血肉がクスリになるって迷信が未だに信じられてる地域だ。アルビノってだけで殺害や臓器売買、愛玩道具、用途は色々だ。怯えて暮らすことと黒人への怒りを考えれば、納得できない理由じゃない。首都の方で評判を聞いたけどよ、まあ奴らはこの組織の味方が多いぜ。やっぱ知識がついてる奴らからしたらアルビノの人身売買は哀れ以外他ならないだろうよ。やり方は非人道的だが、取材をした際に片足や腕、目が抉られてる奴がいたって言う話も聞いてるしな)」
アルビノってだけでそんな……普通に生きることもままならないのかよ。
じゃああの組織は自分たちを虐げてきた黒人への恨みを晴らす組織なのか。余りにも複雑な事情に首を突っ込んでも大丈夫なんだろうか。
「(良かったら一人、あの組織のことを知ってる子がいるんだ。アポも取ってる。一緒にどうだ?今からその子のとこに向かう予定だったんだよ)」
「(いいんですか?)」
「(ああ。でもあんたはこれを被ってくれ。またアルビノって疑われたら面倒だ)」
男性がパイモンに帽子を手渡し、何かに気づいて手を振る。後ろから別の男性が歩いてきて、その人がこのジャーナリストと一緒に来た通訳だと理解した。ここで有力な情報を手に入れられたら、悪魔を倒す手がかりも組織への手がかりも手に入るかもしれない。俺たちの答えは決まっていた。
男性の後ろをついて歩き、目的の少女と待ち合わせしている場所に向かった。
村の中を三十分程度歩くと、一件の家の前に少女が座り込んでいた。もしかしてこの子なのかな?
男性は少女に声をかけて、こちらに目配せをして家の中に入っていく。間違いないみたいだ。こっちは六人いるけど大丈夫なのかな。
男性に促されて家の中に入る。
家の中は日本の家とは想像もつかないほど脆い作りで今にも崩れてしまいそうだ。その中に黒人の少女と母親がおり、男性はお金を少女に支払い何かを言っている。
『残りの額は話が終わったら渡すと言っていますね。恐らく少女に先に金銭を要求されたのでしょう』
なるほどね。お金を払うから話を聞かせてくれって言ってたのか。
ソファなどは勿論ないため地べたに腰掛けて少女が話してくれるのを待つ。と言っても、向こうの言葉は俺や光太郎には分からないからストラスが通訳してくれるのを聞くだけだけど。少女はお金を母親に渡してからポツポツと話し出した。
「(あの良く分からない集団が出てきたのは丁度二か月くらい前かな。十人以上が集団で行方不明になって、そのまま殺されたの。身体はバラバラになって、首から下だけ返されたわ。頭は……どうなったのか知らない)」
少女の目に光は宿っておらず、その時の惨状を淡々と述べている。
「(私の家にはテレビとか、ラジオとか、そんなものはないの。だから情報とかを手に入れる手段がなくて……どこかの国の人が取材に来て初めてそう言う人たちがいるって聞いたの)」
最初は神隠し、魔女の呪いだなど噂が横行し、村の人々の恐怖は相当のものだったらしい。でもそれが自分達と同じ人間の仕業だと分かり、相手を殺しに行こうと村の男手たちが何十人も向かったそうだ。
そして ― 彼らは帰ってこなかった。
「(私のパパもあれから帰ってこない。でも一人だけ生きて帰ってきた男の人がいて、彼はこういったわ。真っ白な奴らだったって。神の使いが沢山いたって。彼らは私たちの血肉を食べて生きると言っていたと聞いたわ)」
「(なるほどね。で、君はどうして今回俺の取材を受けたんだ?お金の為だけじゃないだろう?)」
そうだ、なぜこの子はアメリカ人の取材なんて受けたんだ。海外の人間に情報をリークして騒ぎが大きくなればこの子だってただで済まないかもしれないのに。
少女はため息をついて玄関に向かい、外に人がいないことを確認してこちらに戻ってきた。
「(私の友達に……神の使いがいた。肌も髪も真っ白の女の子。その子が言いにきたの。貴方は死んでほしくないからこの村を捨てて逃げろって。近いうちにこの村を滅ぼすって……)」
「(滅ぼすって……)」
「(彼女は言ったわ。自分たちが安心して暮らせる場所をつくるって。アフリカ中から同じ人間を匿って幸せに暮らすんだって……そのためには私たちが邪魔だと言っていた)」
少女はジャーナリストの手を握る。
「(この話を、政府に伝えてほしい。国を動かしてほしい。私たちを ― 助けて。ここを追い出されても私達には他に行くところがない。お願い……)」
「(つまり君はこの話を大きくして彼らを止めたいってことだね)」
少女は泣きながら頷いた。
この子はその宗教から友達だからって理由で襲撃の件を知っている。でも村を出たところで行くところも働く場所もない。そして ― 村の人達が力を合わせても彼らには敵わない。だから政府に海外からのジャーナリストが声をかけてほしいんだ。こうでもしないと届かないから。
少女はこれ以上は知らないようで、青年は残りの金額を支払い家を出た。
外は再び活気を取り戻していたが、やはりこちらに奇異の眼差しは向けている。
「(さて、俺達はこの後に隣村でもう一度情報を集めることにするよ)」
ジャーナリストはタブレットを取り出してメールアドレスを見せてくる。
「(職場のメールなんだ。何かあったら連絡してくれ)」
「(助かるよ)」
こちらからはシトリーのアドレスを教えてジャーナリストとは解散した。
「あの人、伝えてくれんのかな」
『それはジャーナリストの仕事ではありません。しないと思いますよ。彼らはその集団を非難することはありますが、政府に訴えかける動きをするとなるとそれはジャーナリズムから外れた行為ですからね。ですが彼らの記事が世論を動かすきっかけになることは確かです』
そうか、きっとそうなんだろうなとは思った。あの人たちの行動を見てたらわかる。問題提起はするだろうけど政府に直接直談判する気配なんてなかったもんな。アメリカ人がアフリカの地で何やってるんだって門前払いくらうだけだろうしな。
『とりあえず一度もどりましょう。幸い明日は土曜。行動もしやすい』
「そうだな」
この選択が間違いだったのかな。
次の日、学校の補講を受けている間にシトリーから連絡が来た。その内容はジャーナリストからの連絡だったそうで、俺達に話をしてくれた少女とその母親が殺されたと言う内容だった。そしてその集団は次に少女たちの肩を持とうとした外国人を殺害すると予告が出たそうだ。
つまりジャーナリストと俺達と言うことになる。
ジャーナリストたちは直ちに帰国を決め、現在空港に向かっており、俺達にも早く日本に戻れと言う内容だった。