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第60話 イルミナティへ

 光太郎に肩を借りながらマンションまで向かう。ストラスは外からは見えない様に鞄の中に入っているらしく姿も見えないし声も聞こえない。マンションに着くまで迂闊な話はしないという結論になり足早に向かっているけど、全然上手くいかない現実と袋小路に追い詰められている事実に再び涙が零れた。



 60 イルミナティへ



 マンションについた瞬間崩れ落ちそうになった体を光太郎が支えてくれる。


 「お、おい拓也大丈夫か?ソファまで頑張れよ」

 「うん、本当ごめん」


 光太郎にここまで迷惑をかけて俺は一体何がしたいんだろうか。マンションの中に入ったことでストラスが鞄から出てきて光太郎の肩に飛び乗る。その瞳は心配の色を宿しており、後ろで何もしゃべらないパイモンとシトリーが怖い。何かを探る様に、勘ぐるような視線を向けている。そんな目で見なくてもちゃんと話すから。


 ソファに倒れ込むように座った俺にセーレがお茶を置いてくれる。どうしよう、どこから話せばいいんだろう。セーレが俺に怪我がないことを確認して、転んだ時にできた痣だけだと伝えたら安心している。


 色々頭の中で整理しようと考えてるけど、正直パンクしているかのように何も纏まらない。でも簡単に言えばこの一言だ。


 「イルミナティが来たんだ」


 ストラスの眉がピクリと動く。パイモンとセーレが目配せをして、アスモデウスの表情が厳しくなる。鳴り止まない心臓を押さえつけるように胸の付近の服を掴むとダイレクトに心音が響いてくる。

 次の言葉を言う前に深呼吸して今度こそ呼吸を落ち着かせる。皆がいるマンションの中は不思議と安心感があり、やっと息を落ち着けることができた。


 「今日来た転校生、そうだった。俺たちの情報はもう向こうは手に入れてて、敢えて姿を現したんだ。エクソシストを潰す協力をしろって言ってた」

 「あの転校生……」


 マジかよ。そこまで言って光太郎は顔を真っ青にして俯いてしまった。まさかイルミナティの方からくるとか思わなかったから。いや、向こうはあれだけ堂々と活動してるんだからそりゃ可能性はないとは言えないけど、まさかこんな早く……


 ストラスたちが何の返事もないのが気になる。何も返事が来ないのにまるで催促をするかのように睨みつけるように見つめてしまった。


 『……のせられるのは癪ですが彼らの言い分はもっともかもしれません。どちらかと共闘するのは手でしょうね。相手の情報を私たちもいただきたい』

 「……本気で言ってんの?」

 『恐らくエクソシスト協会も貴方の情報は手に入れているのではないでしょうか。近いうちに彼らも貴方に接触するかもしれません』


 唯でさえ悪魔と天使のゴタゴタで疲れてんのに、そのうえ人間同士のゴタゴタなんてさらに迷惑だよ。でもイルミナティにはバティンがついてるけど、エクソシストは誰がついているんだろう。天使があんなに胡散臭いんだ。エクソシストは人間の力だけでやっているのかもしれない。それなら人間同士で手を組むのは有りだ。


 考え込んでいる俺を見かねて光太郎がパイモンに質問する。


 「エクソシスト協会って天使と協力してんの?ほら、イルミナティにはバティンがいるけど」

 「恐らくついていますね」


 パイモンは恐らくとか言いながらも断言した。だとしたらどんな天使が?正直天使はウリエルしかあまりかかわったことないから他にどんな奴がいるのか全くわからない。かろうじてミカエルとガブリエルとラファエルまでならわかるけど。


 「エクソシスト協会を牛耳っているのはザドキエルとサリエルだと思います。ふん、どっちも体よくエクソシストを使っているだけですよ……」


 全く名前は知らないけど、それなりに有名な天使なんだろう。


 悪魔と天使と考えてやっぱり手を組むの話だ。だってどっちも信用できない……いや、まだ悪魔の方が信用できるくらいだ。天使なんてそれこそ正々堂々してなくていい様に人を利用してきたんだ。俺だってその被害者だ。こんな目に遭わされて協力しようとは思えない。


 「拓也、エクソシストに探りを入れよう」

 「ヴォラク?」


 いつになく強い口調のヴォラクはこっちをまっすぐ見つめている。なぜエクソシストに肩入れするのかは分からないけど、ヴォラクには何か考えがあるのかもしれない。黙って理由を話してくれるのを待つと、口を開いてくれた。


 「エクソシスト協会を天使が牛耳ってるのなら……ヴァルハラの情報も手に入る可能性がある。中谷を取り戻す方法が分かるかもしれない」


 そうか、中谷を……!


 顔を上げた俺達をみんなが見つめている。中谷を助けられるかもしれない、本当に殺されてしまったのか、本当に天使の兵として天使たちの世界ヴァルハラに招待されてしまっているのか。でもイルミナティに協力しても中谷の行方は探れないかもしれない。それならば……でもダメだ、イルミナティは自分たちに協力すれば個人情報を保護すると言っていた。つまり俺たちがエクソシストに協力すれば全世界に俺たちの情報を流すつもりでいるんだ。


 「結論はまだ急がなくてもいいんじゃないかな。どちらについても俺たちに不利なのは変わりない。相手が痺れを切らすまでは返事は先のばしにしてもいいと思うよ」

 「二手に分かれるっつーのもありだな。拓也と光太郎でイルミナティとエクソシストっつーのも」

 「向こうはあんたの情報は仕入れていると思う。今更二兎を追いかけても上手くいかないと思うけど」

 「アスモデウスの言うとおりね。こっちの正体握られてるのよ?澪たちの事考えたら迂闊にどっちかにはつけないわ」


 皆も随分揉めているようだ。でもどう転んでも間違いなく被害は大きくなる。簡単に決められる話じゃない。解決策が見つからず時間だけが過ぎていく。この重い空気を終わらすようにストラスが声をあげた。


 『今はまだ様子見にしましょう。イルミナティが本格的に動き出した今、エクソシストも黙っている訳にはいかない。天使も悪魔もサタナエル様の力を使える人間を戦力として欲するのは条理。エクソシスト協会が接触を図った際の条件も考慮して決めましょう』

 「……どっちかにつかなきゃいけないのかな」

 『どうしても向こうは巨大な組織です。だましだましに進むのはもう難しいかと』


 そっか、そうなんだ……ついに日常から切り離されるカウントダウンが始まった。じわりじわりと逃げ道を塞がれて、あいつらがこっちに手招きしてるんだ。手を握ってしまったら最後、きっともうどこにも帰る事ができない。


 なのに、どうして ――


 ***


 「池上君、イルミナ……」

 「わーーー!!」


 進藤さんが猫なで声で放った言葉を慌てて大声で遮る。急に話しかけてきた転校生と大声を出した俺に教室内が静まり返る。ヘラヘラ笑い適当な返事をする俺に進藤さんは面白そうに笑っている。ふざけんなよこの女、どういうつもりだ。


 「答え出たかしらぁ~?」


 俺にしか聞こえない声で本性を出してくる。今ここでお前の本性こそ晒してやりたいわ!!答えない俺に進藤さんはまた俺にしか聞こえない声で耳打ちする。


 「昼休み、音楽室横の楽器室に来い。情報交換しーましょ」

 「……俺は協力するとは言ってない」

 「いいから来い。お互いに理になる話は共有すべきでしょ。シトリーと契約しているお友達もなんなら連れて来ればー?どうせいっつも一緒じゃん」


 それは、まあ、そうだけど……つか光太郎の事も気が付いているのか。向こうも流石に学校で騒ぎを起こす気はないとは思うけど油断はできない。澪の事も気づいているんだろうか。言いたいことだけを投げかけるように言って進藤さんはまた猫を被って先ほどまでとは打って変わり、可愛らしい笑みを浮かべる。


 席に戻った俺に上野が興奮したように転校生と仲良くなったのかと質問攻めをしてくる。


 「どんな子だった?」

 「……思ったより性格悪い」

 「え、マジ……?」


 このくらいは意趣返しとして言ったっていいだろう。こっちはこんなに冷や冷やさせられてるんだ。機嫌が悪く頬杖を突いた俺に上野は首をかしげたけれどそれ以上は何も聞いてはこなかった。昼休み、楽器室か……勝手に入っても大丈夫なんだろうか?


 ***


 「俺たちの方が先に着いたみたいだな」


 昼休み、急いで昼飯を食い、休む間もなく楽器室の扉を開ける。普段は音楽教師か吹奏楽部の誰かがこの近辺にいることが多いが、今日は誰もいなくこれも進藤さんが調べていたのかとぼんやりと考える。楽器室にあった椅子を引っ張り出して腰掛け大きく深呼吸をして進藤さんが来るのを待つ。その状態が五分程度続けば扉を開ける音がした。


 「はやーい。遅くなっちゃったあ」

 「……あんたから呼び出したんだぞ」

 「だって私もお付き合いがあるから。女の子は時間かかっちゃうの」


 反省の色が全く見えない進藤さんはクスクス笑い、耳につけているピアスを弄る。今日も契約石を身に付けているってことはアガレスを連れてきているのか?あの時も急に現れた。瞬間移動か、それとも体を透明にする魔法でも使えるんだろうか?どちらにせよ厄介だ。


 「アガレス」


 進藤さんの声掛けに応じるように空間が歪み、ローブを羽織った老人がその場に現れた。光太郎が思わず立ち上がって後ずさり、出口を塞がれたことにこっちも動揺を隠せない。

 進藤さんはクスクス笑い、一歩こちらに足を踏み出した。


 「何にもしないわよ。私も鬼じゃないの。言ったじゃない、協力しましょうって」

 「そんなの信用できるかよ……」

 『やれやれ。君は選べる立場なのかい?』


 それを言われたら何も言い返せない。実際向こうは今世間を騒がせているイルミナティで、俺達は日陰の存在で……世間に顔を知られているイルミナティの方が圧倒的に優位なのは感じている。進藤さんは髪の毛を手で遊ばせながらため息をつく。


 「あのさあ、私も気が長い方じゃないの。お返事、聞かせてほしいなあ」

 「協力なんかするかよ。世界を滅ぼそうとしているイルミナティに」


 光太郎が震える声で、しかしハッキリと拒絶を伝えれば進藤さんの表情が険しくなる。まずい、あまり挑発しない方がいいかもしれない。


 「世界を滅ぼす?私たちが?馬鹿でしょ。世界を滅ぼすのは私達じゃない、天使たちだ。お前、審判を止められると思っているのか?」


 急な質問に息が詰まる。光太郎も応えられずに唇を噛んだ。


 「あんたたち見てたらわかる。何も知らされていない……いや、どうせパイモン達に丸任せで現状を認識することすらしてないんでしょう?悪魔を全て地獄に返して、その後どうする?」

 「……召喚門に封印をかける。それで、間違ってない、はずだ」

 「そうね、間違っていない。でもそれって第一段階での話でしょ?悪魔の能力に目覚めた人間の処理はどうするの?悪魔だけを地獄に返してさ、審判を行いたい天使が黙ってると思う?」


 それは……続く言葉が出てこない。今回は天使が審判を行おうとしている。俺に指輪を継がせて、ウリエルを監視役にして、悪魔を倒させて、それで?天使に言われた通りに悪魔を倒して、その先どうする?審判を行いたい天使の思惑通りに悪魔を倒して審判を止められるのか?


 「悪魔を殺すしかないのは分かってるわ。結局、それ以外方法がないの。だって審判の閉廷に成功した例なんて未だかつてないんだもの」


 心臓がバクバク音を立てている。進藤が一歩一歩こちらに向かい、目の前に立ち止る。それを避けることも後ずさりすることもできない。次に言葉が紡がれるのをひたすら待った。


 「世界って実は二回滅んでるのよ?知ってた?恐竜が絶滅するよりずーっと前に人類は一度栄えてたんですって。でも審判により滅ぼされた」

 「そんなの、歴史の授業で習ったことない……」

 「私だって信じられなかったわよ。バティンやアガレスが言うから、ふーんそうなんだって感じで聞いてただけ。歴史って本当に繰り返すのね」


 ストラスが言っていた。その時は聞き流しちゃったけど、数万年ぶりの審判だって。じゃあ、人類は既に何回も滅ぼされている?

 息が詰まり、光太郎も目を見開いている。


 「もう手遅れなの。受けて立つしかないってわけ。そうなったら、あんたはどっちが信用できると思う?」


 どっちが、信用できる?それは天使と悪魔の事を言っているのか?そんなのどっちも信用できるわけがない。人類を滅ぼそうとしているんだから……

 でも光太郎は何かを考えているように口元に手を当てている。


 「俺は、天使よりかは悪魔の方が信用できる」

 「はあ!?何言ってんだよ光太郎!」

 「だって、シトリーだって悪魔だし……天使にいい奴がいるなんて信じられないよ。こんなこと起こした張本人だろ?」


 確かにストラスたちは悪魔だ。悪魔だけど俺たちに協力してくれている。でも天使は何を考えているか分からない。ウリエルだって助けてくれていたはずなのに今じゃ連絡一つとれやしない。それにこの指輪で全てを巻き込んだ始まりが天使だったとしたら……

 息を飲んだ俺に進藤さんは静かに話す。


 「天使が勝ったら人類は滅ぶわ。まあヴァチカンの一部の聖職者はノアの方舟で生き残るかもしれないけれど……それなら悪魔に加担したほうがマシよ。少なくとも悪魔は天使よりも人間に近い。私たちに似た感情を持っている奴もいる。それがストラスたちじゃないの?」

 「それは……」

 「私たちイルミナティの目的は新たな秩序を作ること。審判が起こってしまった場合は悪魔と共闘し、悪魔が勝利した世界で悪魔の管轄下に触れない人間の国をつくる。そして人類の繁栄を目指す。それは私たちの目的」


 それは、そうかもしれないけれど……でもそんな簡単にイルミナティに協力なんてできない。中谷を助けるためには天使の協力が必要なんだ。天使に通ずるエクソシスト協会をやっつけてしまったら中谷に関する情報が手に入らなくなってしまうかもしれない。


 それに根本的なところが違う。俺たちは今の日常を守りたいんであって審判で勝ちたいんじゃない、なんとしても審判を防ぎたいんだ。


 「な、中谷を、俺達は助けなくちゃいけない……」

 「フォカロルに殺された子ね。その子が今天界にいるのは間違いないと思う」

 「フォカロルに……あいつに連絡は取れないのか!?中谷の件をあんたたちが解決してくれるのならイルミナティに協力する!」

 「おい拓也!」


 どちらにせよイルミナティには情報を握られている。下手な行動は打ちたくない。なら中谷の情報をこいつらから引き出してしまえばいいんじゃないか!?フォカロルとさえ連絡が取れれば詳しい話を聞けるかもしれない。

 進藤さんは何かに悩むように顔を顰めたけれど、暫くすると渋々だが頷いた。


 「いいわ。フォカロルに連絡を取ってみるようにバティンに頼んであげる」

 『佐奈、いいのかい?』

 「ええ。どちらにせよバティンの所に連れて行かなくちゃいけない。その時に交渉すればいいわ」


 は?バティンの所に連れて行くだって?敵の巣窟にこっちから出向けって言うのか?そんなの無理に決まってる。パイモン達だって黙ってないはずだし、全面戦争おっぱじめる気かよ!


 進藤さんは勝手に何かを完結させて誰かに連絡を送っている。待てよ、俺もしかしなくてもとんでもないこと言っちゃったんじゃない?


 光太郎が小さな声でどうするんだと問い詰めてくる。中谷の事を聞けるかもと思い、咄嗟に言ってしまった言葉を今更撤回なんてできない。そんなことをして怒らせちゃったりしたら悪魔を連れている向こうの方が断然有利になる。


 「今日」

 「は?」

 「日本時間二十時にリヒテンシュタインの首都ファドゥーツのある場所に来なさい。セーレ使えば一発でしょ?」


 やっぱり……イルミナティのアジトに来いってことなんだ。でもこれは逆にチャンスかもしれない。俺たちはあまりにもイルミナティについて知らなすぎる。これで向こうのアジトの場所やどれだけの悪魔がいるか分かるだろう。その代わりに、こっちは絶体絶命の危機にさらされる可能性があるけれど……


 「そんなとこ行けるわけないだろ。まだ信用したわけじゃないんだ。袋叩きにあうかもしれねえ」


 進藤さんはその言葉に面倒そうに大袈裟なため息をつく。


 「じゃあ悪魔全員連れてくればいいだろ。アスモデウスでもヴォラクでもパイモンでも連れて来い。うじゃうじゃ仲間がいるんだから」


 勿論、行くとしたらそのつもりだ。パイモン達が許可したらだけど。

 話が終わり進藤が扉に手をかけて思い出したかのように振り返る。


 「あ、そうそう。もう行くことはバティンに伝えちゃったから、こなかったらバティン怒っちゃうかもね。そうなった場合は何が起こるか分からないんであしからず」

 「は?」


 最悪な脅しの言葉だけを置いて進藤はクスクス笑いながら楽器室から出て行き、アガレスはこちらにチラリと一瞬だけ視線を向けて消えて行った。残された俺たちに話をする間もなく予鈴のチャイムが鳴る。

 冷や汗が伝った俺の腕を光太郎が引いた。


 「……拓也、もう今日は帰ってマンションに行こう。呑気に授業なんか受けてる場合じゃない。学校終わってマンション行ったら十七時過ぎる。日本時間二十時にリヒテンシュタインなら、流石に三時間で話し合って、準備してじゃ間に合わないかも」


 そうだ、時間が残されていない。一刻も早く報告して状況をまとめてもらわなきゃいけない。


 ***


 教室に荷物を取りに行き、そのままクラスメイトの声を無視して教室を走って出て行く。こんな勝手に学校をさぼって親に連絡がいくんだろうけど、そんなの気にしている場合じゃない。この選択は今後の動きに大きく影響を与えるだろう。でも、上手くいけば中谷を救い出すことができるかもしれない。


 マンションにたどり着いてオートロックの鍵を開けてもらう。時間が時間の為、出てくれたヴォラクは訝しげな反応をしていたけれど、どうせ部屋の中で話はするんだ。こんな場所で説明する暇はない。


 玄関を開けて部屋の中に入る。全員は居なかったけど、それでもパイモンとヴォラク、ヴアル、アスモデウスは居てくれた。


 「話があるんだ。今日、イルミナティから招待を受けた。日本時間の二十時にリヒテンシュタインの指定の場所に来いって。罠の可能性もあるけど、でもそこでバティンが中谷を探してくれるかもしれないって」


 ヴォラクの眉が上がるのが見え、パイモンはアスモデウスと目配せをしてまだ話に加わる気配はない。もう少し詳細を話せってことなんだろう。


 「今日、イルミナティの進藤佐奈と話した。エクソシスト協会を潰す手助けをしろって。まだ危害を加える気配はないと思うけど……でも、フォカロルを探すようにバティンに頼んでくれるって言った」

 「それ本当なの?信用できないと言うか……大体天界にいっちゃったらもうフォカロルは中谷のこと分からないでしょう?エクソシストしか分からないんじゃない?」


 ヴアルの言うことは最もだ。でも天使なんか信用できないのは分かっている。それに正直恐いのだ、天使が。イルミナティとエクソシストならイルミナティの方がいい。悪魔の方が信用できる、だってこいつらも悪魔だから。でも天使は違う、影で色々操って自分たちは表に出てこない。得体が知れない分、恐ろしさが増すのだ。


 「どこまで本当かは知りませんが、貴方に従います。向かいましょう」

 「パイモン?」

 「ただし、全員です。光太郎と澪も連れて行く。意味は分かりますね?」


 澪も連れて行かなくちゃいけない。でもそれで、今の状況が打開できるのならば……

 頷いた俺に光太郎は複雑そうな顔をしていた。


 ***


 「約束の時間だ」


 日本時間二十時、リヒテンシュタインでは十二時。首都のファドゥーツはビジネスマンや学生、観光客、家族連れで賑わうダウンタウンに来ていた。かなりの大所帯の自分たちはダウンタウンの中でも目立つ方のはずだ。向こうは確実に気づいてくれるはず。


 所在なさげに立ちすくむ澪の手を握る。こんな事に巻き込んでしまったんだ、絶対に死んでも守って見せる。


 辺りを警戒するように見渡すパイモン達、光太郎の傍を離れないシトリー、同じ場所から動かない俺たちの前一組の男女が向かってくる。


 『彼ら、ですかね』


 ヴォラクの腕の中にいるストラスが小さな声で呟いた。

 歩いてくる男女は見覚えがあった。一人は進藤佐奈と、もう一人は進藤さんとペアを組んでいる男だ。二人は俺たちの前に立ち止り、人数を確認し笑みを浮かべた。


 「本当に全員じゃない。警戒され過ぎね」

 「Es ist bequem. Lets go(好都合だ。行こう)」


 青年は一度セーレに視線を向け、何かに気づき小さく笑った。


 「Kimejesu würde sich freuen.(キメジェスが喜びそうだ)」

 「Ist Kimi seinen Vertrag Unternehmen? In do aus der Zeit, als wurde die Bathin angegriffen für euch wurden Vertragsverhältnis ?(君が彼の契約者なのか!じゃあバティンが襲撃した時から彼と君は契約関係だったのか?)」


 それ以上は答えずに青年と進藤はさっさと歩いて行ってしまう。その後ろをついていく姿はなんだか観光客と添乗員みたいだ。実際はそんな愉快な旅行ではないんだけれど。

 ダウンタウンの中心部を抜けて二十分程度歩けば住宅街が見えてきた。ここら辺の一角がそうなんだろうか。


 「そういえば進藤さん、どうしてここに……日本にいたんじゃ」

 「バティンの能力の一つは飛翔。セーレと似た力を持ってる。借りただけよ」


 なるほどね……バティンも高速移動を扱える悪魔ってわけだ。セーレと違って他人にその力を使えるって部分ではかなり厄介な存在なのかもしれない。


 「セーレとどっちが早いの?」

 「速度はどうかな……でも彼は俺の上位互換の悪魔って言うのかな。全体的な能力は彼の方が上だ。彼自身も高速移動を得意としていて他人に一時的に能力を付与できる。そこが決定的な違いだな」


 ルシファーの側近だった奴だ。パイモンと同格の悪魔なんだから、上位の悪魔で間違いはないだろう。それにブレーン的な役割までになっている。簡単にはいかないだろう。


 進藤さんは住宅街の中にある一件の住宅の門を勝手知ったる我が家のようにインターホンも鳴らさずにあける。鍵は青年が持っているようで、玄関を開けて中に入って行ってしまった。かなり広い家だけど、イルミナティの全員がいるにしては小さいはずだ。恐らく契約者とかは最低限しかいないのかもしれない。


 パイモン達が家の中に入ったのを確認して足を踏み込む。中はなんてことはない、普通の住宅だ。怪しい物は今の所見つけられないのはまだ玄関しか見ていないからだろうか。


 進藤さんと青年がリビングに繋がる扉を開けると、そこにいたのは四匹の悪魔だった。俺を襲撃してきたアガレスとキメジェス、そして凛々しい女性の悪魔、もう一人が……


 「バティン」

 『やあどうも遠路はるばる有難う。今はまだリヒテンシュタインを離れるわけにはいかないからね。こちらから出向くことができなかった』


 俺や澪、光太郎を守る様にパイモンとヴォラク、アスモデウスが前に出る。まだ話もしていないのに既に一触即発の状態だ。


 『すごいな。十人の大所帯か……佐奈、パーティーを開くんじゃないんだよ』

 「でもこうでもしないとこなさそーだったしぃ」

 『それもそうか』


 さして気にした様子はなく、バティンは満足そうにソファに腰掛けている。


 『さて、じゃあ話でもしようか。お互い、利益になるといいね』


 その胡散臭い笑顔をどうにかして曇らせることができるんだろうか。




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