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第58話 友達

 怒り心頭のナベリウスはこっちには目もくれずに陽真理さんを睨みつけ、肝心の陽真理さんはナベリウスから逃げるように沙希さんと抱き合う形で隅っこに座り込んで震えている。あれかな、今回は完全に契約者が軽く考えて契約しちゃったって感じかな。


 しっかしこんな化け物そのまんまな悪魔と契約しようと思っちゃう当たり、陽真理さんは結構肝は据わってると思うんだけどなー



 58 友達



 でもどうするんだろう。ナベリウスは戦闘に向いている悪魔じゃないとは聞いたけど、それならパイモンやヴアルがいるのにわざわざそこで戦闘を仕掛けてくるもんなんだろうか。案の定こっちをちらちら見てくるあたり、かなり気にはかけているみたいだけど。


 「どーすんのこの鳥。さっさと倒しちゃわないと」

 『そうよねえ。何というか、あまりにもこっちの存在無視してるからどうしようかしら』


 ヴアルも何とも言えなさそうだ。今まではまずは契約者の前に俺たちを始末してしまおうとか言う悪魔は多かったけど、まさか無視して契約者許さんってなってる悪魔は初めてだから。


 『イルミナティニ恐レヲナシタカ!我ハ契約ニ従ッテ主ト契約ヲ交ワシタト言ウノニ!我ヲ奴ラト同族ト見テイタナ!?』

 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


 やっぱり戦闘に不向きって言うのは本当みたいだ。ヴアルの結界をくちばしでコツンコツン突きながら切れ散らかしているナベリウスと必死に謝っている陽真理さん。なんだかとってもシュールだ。


 「えー……ナベリウスってこんな弱いの?」

 「だから言ったじゃないですか。シトリーはいらないかもと」


 もうパイモンなんか悪魔にすら変わってないじゃないか。聞くとナベリウスは博識で能力としてはかなり便利な力を持っているけど、ストラスレベルに戦闘には不向きなんだそうだ。そりゃくちばしで突く程度のはずだよね。なんかもはや子供の喧嘩みたいで可愛いんだけど。


 「まだこんな弱い悪魔って残されてたんだね……」

 「そうですね。しょぼすぎて数に入れていませんでした」


 こんな会話すら聞こえていないのか陽真理さんを攻撃し続けるナベリウス。なんか情けない。この程度の攻撃なら室内でやられても何ら問題ない。


 「まあ、捕まえますか。このままでも行きませんし」


 捕まえるって……

 結界から出たパイモンはもはや素手で暴れるナベリウスの首根っこを掴んでいる。え、そんなのありなの。


 「魔方陣描かなきゃ魔法も使えねーし、マジなんであいつ単体で俺らの前に来たんだよ……」


 あいつそんな弱かったのか。シトリーでさえそう呟いている。

 パイモンに首根っこを押さえられてフローリングに突っ伏しているナベリウスは暴れているけど、それでも被害はその横のテーブルに置かれている小物が落下する程度だ。


 『クッ!陽真理、オ前ハイイノカ、我ガイナケレバオ前ナド……』

 「……っ!」

 『貴様ガ活躍デキテイルノハ我ノ力ナノダゾ!ワカッテイルノカ!?』

 「耳は貸さなくていい」


 パイモンがバッサリと切り捨ててこっちに向き直る。


 「主、面倒事はさっさと終わらせましょう」

 「……はーい」


 ヴアルの結界から出るのがこんなにも怖くないと思うなんて。浄化の剣を取り出して教えてもらいながら召喚紋を描いていく。


 「陽真理、契約石を持ってきて手伝え。お前の力が必要だ」


 パイモンの言葉に陽真理さんは反応を示さない。しかしその姿は怖がっているよりも……


 「貴方まさか悩んでるんじゃないでしょうね」


 ヴアルの少し棘の含んだ言い方に陽真理さんの肩が揺れる。ここまでやっておいて、友達まで巻き込んだんだ。今更かえさないとかそんなんはないだろ。


 「か、返します。だけど……」


 富山から出てきて、成功をおさめなきゃいけないって言っていた。それと関係がないはずがない。ナベリウスの力でアイドルで成功してるんだ。その地位がなくなることが陽真理さんは怖いんだ。ここまで登り詰めて崩れ落ちたらそれこそ叩かれる的になる。


 「私、でもこれからどうしたら……」

 「そんなこと知るかよ。だが契約続けてたらイルミナティの一員とみられる可能性はあるかもな。特に今はイルミナティのせいで今まで興味を持たなかった奴らがソロモンの悪魔を検索して調べてると言う奴も多い。人間に化けることのできないこいつは分かりやすい悪魔だろうさ」


 脅しを含むシトリーの返答に陽真理さんは肩を揺らす。ナベリウスは羽をばたつかせてもがいているけど今の所はパイモンがしっかりと首根っこを摑まえているから問題はなさそうだ。見ている限り変な魔法を使いそうな雰囲気もないし、そんな空気も感じない。あとは契約者である陽真理さんが協力してくれたら。


 「陽真理さん!」

 「分かってるよ!」


 大声で返されてこっちもカッとなってしまい、「ならっ!」と言葉を続けて口を噤んだ。俺から言えることは何もない。所詮部外者だし説得したところで陽真理さんが納得しなければ無理やり契約解除を行うしかない。それによって陽真理さんのアイドル人生がなくなっても俺たちのせいではない。


 だけどこの人たちはもう知ってしまった。池上拓也と言う人間を。それをネットでばらされることになる可能性もあるのか?逆恨みの可能性は?


 色んな事態がグルグル頭によぎってそれ以上の言葉が出なかった。


 「アイドルとして成功しなきゃ、ここまで応援してくれた父さんと母さんの期待に応えなきゃ……」

 『ソウダ陽真理、貴様ハ我ガイナケレバ何モデキヌ木偶ノ坊ダロウ』


 動かない陽真理さんを見てパイモンの目つきが変わる。無理やり契約解除を行う気なんだ。それともシトリーを使って陽真理さんを操ることだって考えているはずだ。


 「……シトリー、力づくでも儀式を行うぞ」

 「こんなか弱い子に力づくとか必要ねえよ。俺に任せろい」


 シトリーが陽真理さんに視線を向け、周りの空気が変化したのが何となくわかり、シトリーが力を使い始めようとしている。これで、本当にいいのかよ。無理やり操って陽真理さんはそんなんじゃ納得しないだろう。悩んじゃうのは仕方ないけど、この状況をいつまでも待てるわけじゃない。大体契約をなくしたいと言っていたのは陽真理さんなのに……


 シトリーが呼びかけて陽真理さんが顔を上げるも、その目が交わることはなかった。


 陽真理さんの視界を沙希さんが手で覆っている。まるでシトリーに騙されるなという様に、陽真理さんを守る様に。


 「ひーちゃん、この人たちに従おう?悪魔、いなくなってくれるんだよ」

 「わかってる、わかってるよ。でもナベリウスがいなくなったら私、今までみたいにアイドルやれるのかな。人気が急にでなくなって、居場所がなくなる可能性だって……」

 「私はひーちゃんのファンだもん。そんなことないよ」

 「沙希は友達だからでしょ?ファンじゃないじゃない!」


 大きな声をあげて陽真理さんは契約石を手に包んで胸元に持っていく。ナベリウスが暴れているのを無理やり押さえつけているんだ。大きな怪我とかは勿論ないけれど、パイモンの手には小さな切り傷や擦り傷ができていく。


 「陽真理さん、いい加減にしろよ。怪我してるんだよ!陽真理さんのためにナベリウス押さえつけてんだよ!パイッ……中谷は!」

 「陽真理、もう時間がないわよ。急いで」


 ヴアルも追い打ちをかけて陽真理さんの呼吸が荒くなっていく。


 「ひーちゃん、大丈夫とかは言えないけど……もう怖いよ。悪魔とかイルミナティとか関係なく普通にしたいよ……」

 「さっちゃん……」

 「このままじゃ、私達普通じゃなくなっちゃうよ」


 沙希さんの顔が陽真理さんの肩に埋まる。震えているその体と小さく聞こえる嗚咽を聞いて陽真理さんも泣きそうに顔を歪ませた。沙希さんを抱きしめて耳元で何かを呟き、大きく深呼吸をしたのち陽真理さんはこちらに歩いてきて、無言で契約石を差し出した。覚悟が固まったみたいだ。


 「俺じゃ悪魔を返せないから、陽真理さんが手伝ってくれなきゃいけないんだ」

 「……危険な事?」

 「ううん、復唱してくれればいいだけ」


 その呪文を俺は未だに覚えていないからヴアルにパスして後ろに避難。危害はないだろうけど、一応シトリーが俺と沙希さんを庇うように前に出てくれる。陽真理さんはヴアルの言葉に頷きながら一歩一歩ナベリウスに近づいた。


 契約石を魔法陣の中に置いて、確認したパイモンが魔法陣から撤退する。陽真理さんはヴアルのあとを続いて一言一句間違えずに復唱していく。


 「手、大丈夫?」

 「この程度ならば一日あれば治ります。それより、この後の対応をどうするかですね。記憶管理を行うか、私達の事を口外しないことを誓わせるか……お互いの社会的体裁を考えれば向こうもリークすることはないと思いますが。記憶管理をするかどうかは主がお決めください」

 「……悪魔を返した後の陽真理さんの対応を見て決めるよ」

 「そうですね」


 陽真理さんはつっかえながらもヴアルのあとを追って一言一句間違えずに詠唱を行っていく。心配そうな沙希さんが後ろから固唾を飲んで見守っている。ナベリウスの身体が薄くなり、次第に背後の壁や床も透けて見える。


 『陽真理、己ノ思ウママニ生キテ何ガ悪イノダ。人生ハ短イ。他者ニ縛ラレル必要ナドナイハズダ』

 「どういうこと?」

 「陽真理、聞かないで続けて」


 悪あがきのつもりなんだろうかナベリウスの言葉に陽真理さんが反応し、ヴアルに注意されるが視線はナベリウスに向けられたまま。


 『モウ手遅レナノダ。全テノ名声ヤ栄誉ハ意味ガナクナル。オ前ハソノ時マデ好キニ生キルベキダッタ。誰ノ意見ニモ耳ヲ貸サズ』

 「でも、イルミナティの仲間だって思われたら……私、アイドルをやれない」

 『……チッポケダ。ドウセ全テナクナルノニ』


 それ以上は口を噤み、陽真理さんが話しかけてもナベリウスは一切の反応を示さなかった。ナベリウスが消えた空間を静寂が包む。沙希さんが陽真理さんのもとに走り寄り、その体を抱きしめた。


 「頑張ったね、ひーちゃん」

 「……うん」


 どこかひっかかるような返事を返し、沙希さんの肩に陽真理さんは顔を埋めてしまう。その光景を見て、パイモンがこっちに視線を向けてくる。記憶管理をするかどうかの答えを求めている。


 「あの、俺には良く分かんなくて……どう思う?」

 「問題はないと思いますが……彼女も芸能活動を続けるのなら下手な行動はしないかと」


 まあ、そうだね。


 この事は他言無用だと言うことを話すと陽真理さんはあっさりするほど頷いた。やっぱり自分だって悪魔と契約してたんだ、それが公になる可能性があるから他の人間を晒すなんてありえないと言う言葉を聞けたし、今回はこのまま撤収することにした。


 何かあった場合はまた連絡をしてもらえるようにパイモンがパソコンのメールアドレスを陽真理さんと交換してマンションを出る。沙希さんはこのまま陽真理さんの家に泊まるから俺達だけだ。


 マンションの外まで送ると言う申し出を有難く受けてエレベーターを待っている間に陽真理さんが小さな声で話しかけてきた。


 「あの、池上さん」

 「ん?」

 「貴方も、契約者なんですか?」


 そうだよ、と返事をすると陽真理さんが泣きそうな顔になる。何かまずいこと言ったかな。


 「じゃあ、指輪の継承者って人ですか?ナベリウスが言ってました。貴方が、悪魔を召喚したんですか?」

 「俺じゃないよ。悪魔を召喚した奴は誰か分からないんだ。俺も、こんな指輪ほしくなかった」


 正直に告げると、陽真理さんは小さな声で謝罪をした。


 「ごめんなさい。迷惑をかけて……悪魔を倒している人たちがいるって話は聞いていたんです。イルミナティに負けないでください。私に協力できることは何でもしますから。お手伝いしますから、必要なら連絡ください!」

 「え!?ありがとう!」


 まさかのアイドルと連絡先を交換してしまった!!


 この子は多分、俺のことを他言する気配は本当になさそうだ。怪我をさせて申し訳ないとパイモンにも頭を下げていたけれど、パイモンは大したことないと冷たくあしらっただけだった。此奴は本当に相変わらずだ。


 「あの……ナベリウスの最後の言葉の意味、わかりました?」

 「いや、俺には。なんか訳わかんなかったな」

 「ですよね。うん、私も訳わかんなかった」


 安心したように陽真理さんが笑う。でもナベリウスは間違いなくバティンやイルミナティの事は知っている感じだった。きっとバティンが今の所、残りの悪魔たちの指揮を執っているんだ。もう好き勝手させない様に、なのかもしれない。まだバティンの支配下ではない悪魔もいるかもしれないけど、でも今の一番の敵はやっぱりイルミナティなのか。


 なんとかして、あいつらを止めないと。




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