第57話 発見
パソコンで晒された少女の事を調べていたパイモンが眉間に皺を寄せる。ヴォラク達と一緒に見ていた正月番組は終わりに近づいており、新しい番組が始まろうとしていた。
画面にはテレビに引っ張りだこのアイドルや俳優、お笑いたちが明るい笑顔で年始の抱負を述べて終わっていた。
57 発見
「パイモン、眉間に皺よってるよ」
「ああ、すみません。先ほどの少女は一週間前に掲示板で相談に乗ると言った青年と新宿で待ち合わせたみたいですが、この少女は富山県に在住しているようです」
「わざわざ東京まで来たっての?」
晒されている写真は少女だけだ、家族と来たんだろうか。まさか一人で?
パイモンも何か事情があるのではないかと思い始めたらしく、少女について調べている。でもさすがにこんなにネットで晒されたんだ。もうこの子も簡単には引っかからないと思うんだけどな。
「……一人で来ていた、のかもしれませんね。待ち合わせの時間と解散した時間を計算すると親と一緒ならば中学生の少女に遠方でそんな遅くまで自由な行動をさせないかと」
「それはそうだけど……でも一人で行かせるって言うのも変な話じゃない?富山から東京って新幹線使っても二時間くらいかかるんじゃない?」
「そうですね……料金も馬鹿になりませんし、新幹線の時間を考えると日帰りではなさそうです」
なんだろう、悪戯にしては行き過ぎてるような……俺とパイモンが悩んでいる横でヴォラクは得意げに鼻を鳴らした。どうやら自分が間違っていなかったと言うことが嬉しいみたいだ。それはいいとしても、この子は一体何がしたいんだろうか。
「……接触してみる必要がありそうですね。会う約束を取り付けるまでは私が何とかしてみます。会ってからはシトリーに任せましょう」
「できそうなの?」
「少し乱暴な方法にはなりますが、このような会員関係なく誰でも書き込める掲示板で会う約束をするためには個別に連絡が取れるツールが必要になります。それを探し出して特定しましょう」
「捨てアカの可能性は?」
「ないとは言えませんが、生憎本人の顔が割れています。それも最近の出来事です。見つけ出すのは容易ですし、まだアカウントも削除していないでしょう」
やっぱパイモンは頼りになるな。でも相手もSNSとかの本アカウントに本名と顔写真で登録はしてないかもだし、見つかるのかな。富山の子だって言うのなら、今はもう東京にはいない可能性だってある。結局少女を特定するには、この日だけでは時間が足りないと言う結論になり今回はマンションを後にした。
悪魔に怯えてる人、いるのかもしれない。今まではどうだったかしらないけど、イルミナティの存在が明らかになってから自分がさらし者にされないかどうかが怖いのかもしれない。あいつらのお陰で全てがゴタゴタだ。本当にどうしてくれるつもりなんだろう。
パイモンから連絡が来たのはその二日後だった。
***
「できれば今週中に勝負を決めたいと思います」
マンションに向かった俺と澪にパイモンは状況を説明してくれた。結果としては少女と会う約束を上手いこと取りつけたみたいで、パイモンが言うにはかなり相手は切羽詰まっておりこっちが協力してくれるのならば全て話すと言っているらしい。どこまで信用できるかは分からないが、今回は相手が都内まで出てくれるみたいだから、こっちから品川まで迎えに行くことになった。
人気が多い場所なだけに目立つストラスは連れて行けないとなり、パイモン、ヴアル、シトリーで向かうことになった。
相手はかなり怯えていることと同時に痛い目を見たせいで警戒心も結構あるらしく、本当はまだ行動を制限したいみたいだけどシトリーはいざと言う時にはずせないだろうということと、あまり大勢で行くのも良くないってことになって今回は三人だけだ。
「状況は分かったけど、駅で暴れられたりとかは、ないかな……」
「何とも言えませんね。ないと願いましょう」
またそんな投げやりな……
状況を述べるとパイモンは少女に会える日を連絡する。富山に住んでいるが、今は冬休みらしく返事はすぐに来て明後日東京に向かえると言った返事だった。
「なんか、東京にこのために来てくれるってすごいね。新幹線でくるんしょ?品川駅で待ち合わせだし。めっちゃ金持ちじゃん」
「それだけ切羽詰まっているんでしょうね。時間は向こうが指定してくるでしょうから、その時間に合わせましょう」
そうだね、上手くいくといいんだけど……
***
二日後、少女が指定した時間に俺たちは品川駅に集合した。品川駅は相変わらず人が多い。新幹線が到着したと言う掲示が電光掲示板に表示され、大量の人が改札に向かって歩いてくる。品川駅は広いから出口間違えないといいんだけどな。
向こうはこちらの顔を知らないみたいだから、俺達が捜さないと。
「拓也、あの子じゃない?」
ヴアルが指さした先にはポニーテールにリュックを背負った子がキョロキョロ首を動かしながら改札から現れた。何かに警戒するように、所在なさげに辺りを見回す少女は心細そうだ。
「行きましょう」
間違いないみたいだ。パイモンが少女の元に歩いて行ったので、俺達もその後ろについていく。こっちの存在に向こうも気づいたのか、少女は背筋をただして気まずそうに視線を向けた。
「高橋 沙希で間違いないか?」
「あ、はい……えっと、貴方が中谷 章吾、さん?あ、なんか想像と違う。外人さんみたい」
「まあ、日本人ではないな」
「名前は日本名なのに」
「良く言われる」
どうやら中谷の名前を使って少女と連絡を取っていたみたいだ。パイモンらしからぬ軽いやりとりに少女は小さく笑い、少しだけ肩の力を抜いて小さな声で本題を切り出した。
「あの、悪魔について相談にのってくれるって、本当ですか?私、あまりこの事をいろんな人に知られるのは困るので……」
「ああ、それについて対応策は考えよう。どこか店にでも入るか?ゆっくり話ができる場所がいいだろう」
「そうだね、お昼時だし」
俺も同意すれば、沙希さんも頷いた。駅近くにあるお店でお昼を食べながら話そうと言うことになり、お店に向かっている間に少女は自分の事を教えてくれた。
名前は高橋沙希さんで現在中学三年生で、今年受験生だそうだ。悪魔の件で頭を悩ませていて、悪魔と契約を失くしたいけど、方法が分からないし悪魔が怖いからそれができなくて今回相談したらしい。
「でも、悪魔の気配を感じねえんだけどよ。あのガキ嘘ついてんじゃねえか?」
沙希さんとヴアル、パイモンが話している後ろでシトリーが小さく耳打ちしてくる。悪魔の気配を感じないってことは今悪魔は富山にいるんだろうか。距離的には離れてても問題はないはずだけど。
「わからない。離れてるのかな」
「いやー俺だったら怪しむけどな。主がネットに張り付いてて外に出てるってなると。書き込みばれてねえだけマシだろうがよ。自分と契約切る方法を他人に相談してるってなるとこっちも捨て置けねえからな」
「でも晒されちゃってるんだし、嘘ではないと思うけど」
とてもそんなことをする子には見えない。大人しくていい子そうだけど、どういうことなんだろう。それも含めて話を聞いたらわかるかもしれない。
近くの店に入り、やっと落ち着いたところで少女は本題を切り出した。
「助けてほしいって言うのは、私の友達なんです」
「友達?じゃあ悪魔についての相談って沙希さんの友達の事?」
沙希さんは頷く。その契約者を助けるためにこんな危険を冒してるって言うのか?あまりにも無鉄砲な作戦にシトリーもパイモンも顔を顰める。それに気づかずに沙希さんは話を続けた。
「友達はなんていうのかな、自分では動けない立場の子で、私に最初助けを求めてきて……私が勝手に掲示板に書き込んだんです」
「そのこと友達は?」
沙希さんは首を横に振る。なんだよそれ……この子が勝手にやってるってことなのか?
契約者の子が契約を切りたがっているのは確かのようだけど、実際に契約しているのがこの子ではないんなら話を聞くだけでは埒が明かず、その友達に会わないといけない。
でも沙希さんは友達に俺たちを会わせるにはまず俺たちの事を話してほしいと言ってくる。どうしようか、どこまで話せばいいのかな。
「駄目だな」
「シト……じゃない、なんで」
シトリーがあまりにもバッサリ言い切るから、うっかり名前を言いそうになった。
「お前が俺達を信用してない様に俺たちもお前を信用してない。俺らは一応そういったの対処してはいるが、最近はイルミナティのせいで悪戯が多い。今度はこっちが晒されるなんてことになったら笑えねえしな」
「私は、そんなこと……」
「先にお前が知っている友人の事を話せ。それが嘘じゃないって思ったらこっちの事も話してやる」
シトリーの雰囲気が変わる。力を使う気だ……
シトリーの目を見た沙希さんの表情は恍惚にかわり、恥じらう様に手を口元に持って行った。分かりやすいほどに見事にかかった沙希さんをみてシトリーはニヤリと笑う。
「教えてくれるよな。俺たちに」
「……うん、私の友達は市川 陽真理って子なの。もしかしたら知ってるかもだけど、アイドル活動してる子で、陽真理が悪魔の事を相談に乗ってきたの」
アイドルッ!?
その単語に食いついたのは俺とヴアルで早速スマホでその名前で検索すると、正月番組にも出ていた今人気のアイドルグループの子だった。嘘でしょ!?この子が契約してたの!?
沙希さんはポーッとした顔で次々と情報を話していく。悪魔となんで契約したかは不明で、イルミナティで話題になってしまったから契約を解除したいと思っていること、自分がアイドルだから表だって動けずに沙希さんに連絡したのだそうだ。
「なるほどな。シトリー、連絡を取れるか聞いてみてくれ」
「OK。しっかしアイドルとはな。上手いこと言ったらアイドル仲間紹介してもらって合コン開いてもらえっかもなー俳優とか教えて貰えたらもう一人の俺も喜びそうだし」
「女のお前ならばともかく、これ以上グレモリー様を悲しませたら許さんぞ」
「しないって。冗談だよ。グレモリーに敵う奴なんてどっっっこにもいねえからな」
シトリーとパイモンは軽口を交わした後に沙希さんに向き合う。沙希さんは恥ずかしそうに目を伏せ、携帯で誰かに連絡を取っている。多分陽真理さんだろうな。てかアイドルに会えるってヤバいでしょ!逆にこっちが緊張しちゃうよ。し、色紙買っていこうかな。
「どこまで力使うの?この子にシトリーの魔力がかかってる状態なら敏感な悪魔なら気づいちゃうわよ。それに、あまり長いこと悪魔の魔力に触れたらシトリーの力があの子に適用されるかもしれない」
「確認さえ取れたら一旦操作は止めるよ。俺らの事も核心に触れない程度なら話しても問題なさそうだ。最悪、記憶管理すりゃいいんだからな。パイモン」
「……できないことはないが専門ではない。記憶のすり替え程度しか行えないぞ」
「充分だろ」
パイモンも記憶管理できんのか……呆けていると連絡を送り終わったのか、沙希さんがモジモジしながら携帯の画面を切る。
「多分、仕事と思うから返事は夜になるかも」
「お前はどこに住んでいるんだ?連絡先を聞いておきたいんだが」
「陽真理の家。家族にも会いに行くって言ってるし。お金は陽真理が出してくれてるの」
流石アイドル……あれだけテレビに出てたら稼いでるよねそりゃ。じゃあ陽真理さんは一人暮らししてるのかな、まだ中学生なのに。
でも沙希さんが言うには陽真理さんの親戚が東京でマンションを持っているらしく、そのマンションに住んでいるらしい。それならいつでも連絡取れるし親戚が近くにいるから安心だろう。
「沙希は十八時までしか働けないから、たぶん二十時には行けると思う」
「また連絡くれよ。その子に会う前にもう一回あんたに会って話しておきたいことがあるからな」
シトリーは多分その時に確信を取って、操作を解除する気だ。操られている沙希さんに俺から何か言う必要はない。今は完全にこっちが主導権を握っているんだ。大丈夫、上手くやってくれるはず。
連絡が来るまでは解散という話になり、一度マンションに戻ることにした。人で賑わう品川駅のホームで電車が来るのを待っていると横にいた大学生くらいの男性の会話が耳に入った。
「マジおもしれーよな。イルミナティって奴。あれ本物?」
「さあ、変な組織が宗教盾にして好き勝手してるだけみてーに思えるけど」
「お前信じてねえの?俺ネットで調べてさーソロモンの指輪って奴?持ってる奴探してるよ」
「なんだよそれ。そんな奴いたとしても日本じゃねえだろ。日本人だったら迷惑すぎてさっさと国出てって欲しいよ。そいつのせいでとばっちりとかごめんだな」
「内輪だけでやってろよバーカって話だよな」
聞こえてきた会話に心臓がバクバク鳴る。迷惑人間のように言われて血の気が引いた。
俺の様子に気づいたのか、横にいたヴアルが手を握ってきて何とか息を吐き出すことができた気がする。なんだか変な感じだな。人間から邪険にされて悪魔から慰められるってなんだよ……普通逆でしょ。悪魔って残酷だけど、人間だって変わらないじゃないか。きっと俺もこの男の人の立場なら同じこと言ってんだろうな。馬鹿馬鹿しいな、もう……
電車がブレーキ音を立てて駅に到着した。
***
「マジで十八時に来たわ」
マンションで軽い夕飯を食べていると、バイブで揺れた携帯をシトリーが開き、内容を見て反応した。そうか、十八時になったら陽真理さんは仕事ができないから沙希さんに返信してくれたんだ。シトリーの横に移動してスマホを覗き込むと、メッセージの内容は待ち合わせの場所と連絡先だった。
「二十時前にまた恵比寿駅に集合だってよ。その前に一回俺達だけで会うよな」
「そうね、ちゃんとお互いに理解して臨まないと」
俺の言葉に頷いて前もって会えないかを連絡する。どうせシトリーに操られてる状態なんだ、返事なんかOKに決まってる。帰ってきた連絡は予想通りだった。
「移動時間も考えたら今から出ねえとな。さっきのメンツでいいよな。よっし!行くかヴアルちゃん」
「な、何よ気持ち悪いわね」
さすが女タラシ。ヴアルは若干引き気味で距離を取りながらも準備を始めた。さーてと、何も起こらないといいな。なんだか偉く皆のんびりしているような気がするんだけど大丈夫なのかな。強い悪魔だったらどうすんなかな。
十九時、恵比寿駅付近のスタバで沙希さんと待ち合わせた。こっちのが先に着いたから飲み物をシトリーに奢ってもらい飲んでいると沙希さんがスタバに入ってきた。ヴアルが立ち上がり呼びに行き、沙希さんがテーブルに来る。
シトリーを見て顔を赤らめらせた沙希さんは陽真理さんについて言われた通りに答えてくれる。
話を聞いていると間違いなく悪魔と契約している、それを確信した俺達はシトリーに視線を送る。シトリーは沙希さんの額に手を持っていき、おでこに軽く触れる。
「情報どうも、ご苦労さん」
沙希さんの目が見開かれて、その瞬間後ろにのけぞりこけそうになったのをパイモンが止めた。沙希さんは今までの自分の行動が信じられなくて目を白黒させている。
「わ、私……貴方!」
「悪かったな。こっちも嘘の情報で踊らされたくない。確実に悪魔関連だと言うことが知りたくてな」
「貴方、誰なの?何者なのよ……」
「簡単に言えば悪魔討伐を専門にしている者だ。最近は悪戯も多いからな、確実な物しかこちらも対応したくなかった」
こっちの適当な嘘でも沙希さんはあっさり信じてしまっているようだ。大丈夫なのかなこの子、こんな純粋で……でもこれで問題は解決、かな。一種の洗脳状態から抜けた沙希さんは今の状況を把握するのに一杯一杯だ。
とりあえず沙希さんに状況を理解してもらいながら確認するしかない。
「状況を簡単に整理するわね。まず契約しているのは貴方の友人の女の子で悪魔の姿かたちは聞いてないのね?」
「はい。あ、あの、あなたは私より年下よね?大丈夫なの?」
沙希さんからしたらヴアルが悪魔の件に参加することは疑問を持っているようだ。それもそうだよな、どう誤魔化すんだろ。チラリとヴアルを見たらヴアルもどう対応するんだという様にシトリーとパイモンを見ている。
「問題ない。こう見えて百戦錬磨だ」
「そうよ!ベテランなの!」
パイモンの一言で沙希さんは少し怯えてしまったけど納得するように頷いた。これってパイモンの能力だよな。絶対的な発言力……普段から正論で威圧的だから特に考えなかったけど、こうやって不利な状況でもたった一言で相手を黙らせられるんだ。パイモンと契約してた鈴木さんもフルで使ってたんだろうな。
沙希さんが落ち着いたところでヴアルが話を続ける。
「今日はどの女の子にはどこまで話してるの?」
「協力してくれる人が見つかったよって……その時にネットの話もしたの。そうしたら、その、怖がって会いたくないって。方法だけを教えてほしいって」
まあ、アイドルだもんね。しかもネットで見つけてきた相手ってなると、それをネットに載せられないかって不安になる気持ちも分かる。
でも沙希さんはそれをなんとか説得して今日に応じてくれたみたいだ。自分で蒔いた種だけど、陽真理さんも沙希さんを随分信用してるんだな。俺も光太郎と中谷がそんな話を持ってきてくれたら不安だけど会ってみようって思うかもしれない。
「じゃあ今から合流すっか」
集合時間二十分前だ。相手がちゃんと時間通りに来れるかは分からないけど、俺達が遅れるわけにはいかないので集合場所に少し早めに向かう。待ち合わせ場所は駅なだけあって沢山の人が歩いている。こんな中にトップアイドルが来て大丈夫なのかな……
沙希さんと話をしながら待っていると十分経ったくらいに沙希さんが声を上げた。
「ひーちゃん!」
ひーちゃん?声がするように顔を上げると帽子を深くかぶり太いフレームのメガネをかけた女の子が少し俯き加減に歩いている。その姿は正直言ってオーラがないけど、分かる人には分かるんじゃないかこれ……案の定、何人かはチラッと視線を寄越している。これは単に変な人だなって思ってるのかな。
そそくさと小走りで走り寄ってきた少女は沙希さんに抱き着く形で顔を隠すも、メガネのフレームからのぞく瞳と素顔はテレビで見ていたアイドルそのものだ。
「さっちゃん、この人たち?」
「うん、ひーちゃんに協力してくれる人だって。良かったねひーちゃん!これでもう大丈夫だよ」
「でも私のせいでさっちゃん……」
「気にしないで。あんなのクラスの誰も見てないんだから。ほとぼりなんてすぐに冷めるよ」
芸能人って有名になったら地元の友達とか縁を切るもんだと思ってたけど二人はどこからどう見ても仲良しな女の子だ。
恐る恐る視線をこちらに向けた陽真理さんを相手に、警戒するかのようにシトリーとパイモンが前に出る。でもこの反応は近くに悪魔がいるって感じでもないけど……何かを探る様に周囲に気を配りつつも、パイモンが事務的に話を進めた。
「友人から少し話は聞いている。お互いにあまり人目が着かない場所がいいだろう。どこか話ができるところはないか?」
「そう、ですね。今なら私の部屋ならあいつもいないかもしれない……私の家に行きましょう」
アイドルのお宅訪問……
そう思ったのは俺だけじゃないようで、シトリーとヴアルも顔が若干にやけている。唯一興味のなさそうなパイモンのみが陽真理さんと話を進めていく。
「彼女の自宅に向かいましょう。そこで詳しい話は伺います」
陽真理さんと沙希さんが先に改札に向こうに行き、その後ろを歩く俺にパイモンが小さく耳打ちした。
「恐らく悪魔で間違いありません。ナベリウスと言っていました。奴の能力は諸学問の知恵を授けることですが、愛嬌や雄弁を授ける力もあります、能力としては都合がいいかと」
「ええ……それってあの子は悪魔の力で八百長アイドルってこと?」
「ではないのですか?詳しい話は直に聞けます。個人的な詮索は止めておきましょう」
そうだね、でもパイモンが言ってたことが本当ならソロモンの悪魔との契約は間違ってないっぽい。ナベリウスを検索したら一発で出てきた。確かに能力的には丁度いいのかな……
「強い?」
「いえ、戦闘に特化した悪魔ではありません。状況次第ではシトリーは無理に連れて行かなくてもよかったですね」
良かった……今回はそんなに危険なことはしなくて済みそうだ。陽真理さんの後をついて行って、自宅であるマンションに向かう。芸能人の住所を初めて知っちゃったな。この興奮を誰かに伝えたいけど言えないんだよなー
電車を降りて着いた先は少し老朽化したマンションだった。こんなところに住んでるなんて想像できなかったけど、オートロックを解除した陽真理さんを見て、ここが彼女の家だと実感した。
エレベーターに乗っている間に、陽真理さんがポツリと呟く。
「この間の地震、悪魔と関係ありますか?」
「……イルミナティ?」
「うん、あんなのピッタリ当てられたら怖いですよね。私、あいつらの仲間じゃないっ……!」
陽真理さんの震える手を沙希さんが握る。良くも悪くもイルミナティは全てを変えてしまったんだ。こうやって悪魔との契約に恐れる人間もいれば、逆に悪魔と契約したいと動く人間だってきっといるはずだ。トーマスのように死に物狂いで挑んでくる人だって、きっといるはずだ。
エレベーターを降りて、玄関のドアノブに手をかけたと同時に陽真理さんが何かを確認するように扉に耳を当てた。中からは何も音が聞こえないことを確認して鍵をさす。
「いないみたい。大丈夫」
「そんな怯えてて良く悪魔と契約できたわね」
「……怖いもの見たさだったのかな。今考えたらよく分からない」
玄関が空き、部屋の中に通される。部屋は普通の1DKで、それでも女の子らしい装飾や甘い匂いで包まれている可愛らしい部屋だ。緊張して足がすくんだ俺の腕をヴアルが引っ張ってくれて部屋に入る。
お茶をもらうとかそう言ったこともなく、パイモンは時間が惜しいとでも言う様に陽真理さんに状況提供を求めた。
「先ほどナベリウスと言ったな。そいつと契約しているのか?契約内容と契約石を伺っても問題は?」
「ないです。私、どうしても成功したかったの。ずっとアイドルになるのが夢で、親の反対押し切って上京して売れないとか失敗したなんて言われたくなかった。成功しなきゃ家には帰れないって思ったから……私が悪いんです。なんだか不思議だったんです。悪魔なんて化け物が目の前にいるのに、それと契約するなんて、可笑しかったのよ」
「……懺悔は求めていない。端的に話せ。こちらも時間がない。奴の気配が近づいてくる」
それって……
パイモンの一言に室内の空気がピリッとしたものに変わる。陽真理さんは慌てて引き出しから何かを持ってきた。手の中には宝石がついた羽飾りがあった。
「契約石かな」
「多分ね。ナベリウスの契約石が何かは分からないけど、ピンクトルマリンかしらこれ……でも魔力を感じるから契約石で間違いないと思う」
「うっし!奴が来る前に叩き割っちまうか。そうしたら戦わなくてもいいしな」
「あ、そうか」
「おいシトリーよせ」
シトリーが陽真理さんの手から契約石と半ば奪い取るかのように掻っ攫い床に落とす。パイモンに剣を貸せと言っているけど、パイモンはしぶい顔をして首を横に振る。でも戦う必要がなくなるのなら契約石を壊しちゃうのは一つの手だ。なんで渋るんだ。
「お前馬鹿だろう。契約石を預けている以上、トラップを張っているのは当たり前だろう。攻撃を加えてみろ。一発で叩き割らなければ契約の不成立が確定して契約者の魂と記憶が抜かれるぞ。俺やお前でも契約石に呪詛は使っているだろう」
「でもよー」
「契約石に結界を張っている以上、一発での破壊は無理だ。それに、どうせ奴がすぐこちらにくるだろう。随分荒い仕事をしているようだ」
じゃあ今から悪魔が……
陽真理さんと沙希さんの顔がみるみる青ざめていく。そりゃそうだ、悪魔は最初から陽真理さんを信用していなかった。陽真理さんがナベリウスを裏切るように悪魔も裏切られることを想定して動いていたんだ。
「来るわ!拓也、危ないから下がって」
ヴアルに押しやられるように後ろに連れて行かれる。一人暮らしの狭いベランダに首を三つ持った大きな鳥が降り立つ。こいつがナベリウス、なのか。ナベリウスは喉を鳴らし、血に染まったような真っ赤な目で見つめてくる。
『ヤハリ裏切ッタカ陽真理。恩情ヲ忘レル愚カ者メ。対等ナ契約ヲ行ッタ我ヲ売ルツモリダッタノダナ』
「ちが……わないけど、だってイルミナティがあんなに暴れだすと思わなかったから……!」
『バティンニ恐レヲ抱イテイルノカ。我モ奴ノ契約者ノヨウナ者ヲ見ツケルベキダッタ』
尖った爪でフローリングに小さな傷を付けながらナベリウスが室内に入ってくる。でもちょっと待ってよ。こんな狭い中で戦うなんてなったら、大ごとじゃすまないよ。こんな場所でばれちゃってどうすんだよ!
ヴアルが悪魔の姿に変わり結界を広げていく。俺たちを守る様にナベリウスとの間に壁を作り、出方を伺っている。でもここで戦うってなったら不利なのは違いない。
『我ヲ裏切ッタコノ恨ミ、何ガ何デモ晴ラサセテモラウゾ!!』
「ナベリウスのやろー、俺達と言うより契約者にブチ切れてるな」
「奴は契約自体は対等に行う悪魔だからな。今回は契約者に非がある。ナベリウスに見る目がなかったのは確かだが」
ナベリウスは陽真理さんに怒り心頭でこっちの事はどうでもいい感じだ。一方的に契約を切られてる挙句に他の悪魔引きつれて凹ろうとしてるから怒ってるんだ。
「あのー話し合いで何とか」
『貴様ハ引ッ込ンデオレ!』
「あ、はい」
本当にどうしようか、この流れ……