第51話 狂愛
「(そうですよ)」
あまりにも簡単に、あっさりと悪魔と契約しているのを認めた青年にパイモン達が目を丸くした。こちらの反応には興味がないのか、青年は人形を拭く手を止めない。まるで目の前には誰もいないと言う振る舞いだ。
ただ人形だけが滑らかな肌に日の光に反射して不気味なほど光っていた。
51 狂愛
今までにない契約者の反応にパイモンも戸惑っている。
目の前の青年はパイモンが話を切り出さなかったら、この会話も無かったかのように流して何事もなく人形のメンテナンスを終わらせてこの場を去るんだろう。固まってしまった空気の流れを流暢にするために、パイモンが深く息を吐いて青年に問いかけた。
「(随分と余裕だな。他に悪魔を従えている人間が目の前にいると言うのに)」
「(貴方たち以外にも前に一度、契約者の方が来られました。案外契約している人間はいるものですね。この広い世界に最高七十二人しかいないはずなのに)」
他の契約者とも連絡を取っていた?だとしたら誰が?俺たちのように悪魔を探している人がほかにいるのか?
「(その契約者は誰だ?名前を言え)」
「(さあ、知りませんね。芸が終わった後、今の貴方達みたいに質問されただけなので。俺の知り合いじゃないですよ)」
なんでこんなに落ち着いていられる……
この人は、一体どこまで知ってるんだ?それでヴォラクの言ってた事が本当なら、魂を無理やり人形に閉じ込めてしまってるって事じゃないか。どうしてそんな事を簡単に言ってのけてしまうんだ。
人形のメンテナンスが終わったのか、青年は人形を丁寧に箱の中に入れて、使用した糸や手袋も中に入れて蓋を閉める。もしかしてこのまま帰る気か?そんなマイペースな事させるわけにはいかない!
案の定、青年は立ち上がり俺たちに頭を下げて歩き出した。なんだよこの人、本当に行動が読めねえな!
「(待て。俺たちの情報を知っているのなら、このまま逃がすと思ってはいないだろう?)」
逃がす意思はないとでもいうように釘を刺したパイモンに振り向いた青年は笑みを浮かべたまま。本当になんなんだよこの人……この人自体が悪魔なんじゃないのか?悪魔が人間に化けた姿みたいなさ……だって、こんなに得体のしれない不気味な人は初めてだ。
「(勿論ですよ。俺の作業場を見たいんでしょう?どうぞいらしてください)」
「誘い込んでいるのか?」
警戒したセーレとヴォラク。でもパイモンはため息をついて二人に目で来いと訴えてついて行ってしまった。パイモンが行っちゃったら俺達も行かざるを得ない。
少し怖いから距離を取って、パイモンと青年の会話に耳を傾ける。ヴォラクから二人の会話を訳して伝えてもらって分かった事は青年の名前はフェルプスさん。三十六歳でこの地方では有名な人形劇団の団員らしい。大道芸は自分の腕を磨くために劇団の稽古が早く終わった日にだけ行ってるんだそうだ。両親もその劇団に入ってたんだけど、今はフェルプスさんだけだという。
話を聞いていれば普通の青年だ。結婚してたみたいだけど今は奥さんも子供もいない。多分奥さんが離婚して子供連れて実家に帰っちゃったんだな。少し変わり者って感じだもんなぁ……勝手に自己完結してフェルプスさんの後をついて、バスに乗って更に二十分ほど歩くと草原に囲まれた田舎町が視界に入った。
その草原の中にポツンと建っている家をフェルプスさんは指差す。ここに住んでるんだ。
「(どうぞ。男の一人暮らしだけどね)」
部屋の中は質素で最低限の物しか置かれていなかった。フェルプスさんはこの家を自宅兼稽古場にしているらしくて、部屋のあちこちに人形やぬいぐるみが置かれていた。
生活感はあまり感じられないが、人形師としてなんら変哲もない部屋なんだろうな。でもパイモン達が息を飲む音が聞こえた。
「(お前、この人形を使って何をする気だ?そちらの人形には魂が宿っているようだが。どれだけの人間を殺害したんだ)」
「(やだなぁ、そんな大げさに。殺したのは今まででたった六人ですよ。いや、四人と二匹か。さしたる違いはないですね。もしかしたら後二人ばかり増えるかもしれないですけど)」
なんだよその会話……なんなんだよその返答は!?
フェルプスさんは殺人犯じゃないか!それだけの人を殺しておいて、なんでそんなに飄々としていられるんだ!?何食わぬ顔でお湯を沸かし始めるフェルプスさんは普通じゃない。こんな場所に長居する必要なんてない、早く終わらせて出たい!
「パイモン、こんな所早く出ようよ。気味が悪いよ」
「……そうですね、悪魔の気配も感じません。どうやらフェルプスと今は離れているのかもしれない。この男を囮に使っても構わないが、今は長居しない方がいいかもしれませんね。まだ感情を表に出していた分、トーマスの方が話ができるように感じますよ」
パイモンもフェルプスさんを不気味がっている。
部屋に置かれている人形は一体、ぬいぐるみが二体。この全てに魂が入っているとしたら、フェルプスさんはこの部屋に置かれている人形だけで一人、動物を二匹殺したことになる。目の前にこんなやばい殺人犯がいるなんて……
「(紅茶でいいですよね)」
帰ろうとした俺たちを引きとめたフェルプスさんの目はやっぱり笑ってない。逃がさないとでも言うように俺たちに問いかけてきた。その喧嘩を買ったのか帰ると言っていたパイモンが暫く時間をおいて席に着く。居座る気なの!?
「帰るって言ったじゃん!」
「ここまで歓迎されて帰るわけにもいきません。もう少しこの馬鹿のことを知りたい」
そういう問題なの!?しかも日本語通じないからって言いたい放題だな……もう怖いし話なら外ですればいいじゃないか。わざわざ相手のテリトリー内で話すことなんかないのに。四人分の紅茶と砂糖、ミルクが入った瓶が出される。ど、毒とか入ってないよな。犯罪者なんだから、絶対変な事してくるよ。
そう思ったのは俺だけじゃなかったようだ。パイモンもセーレも食いしん坊のヴォラクでさえもカップに口をつけるどころか持とうともしない。それを見てフェルプスさんは困ったように笑い、自分の分に口をつけた。
「(信用されてないみたいですね)」
「(当たり前だ。貴様の契約悪魔の情報、そしてこの人形たちの事も吐いてもらうぞ)」
ドスの利いた声で語りかけられてもフェルプスさんはニコニコと笑っている。勿論だとあっさりと言い放ち、自身の詳細を話し始める。いままで出会ってきた中で一番不気味な契約者。
「(俺はマリオネッターもやってるんですけど、人形作りも手掛けてるんです。やっぱり自分で一から作らないと、愛せませんから)」
「(そんな事を聞いているんじゃない)」
「(あれ?じゃあ何を知りたいんですか?せっかちだなあ)」
笑うフェルプスさんに皆が苛立っていくのが分かる。わざとやってんのかな?パイモンの醸し出す空気に殺気が混じりだしているのに何食わぬ顔。恐るべしフェルプス。口喧嘩では勝てそうにないな。
「(この人形になぜこんなものが埋め込まれている?)」
フェルプスさんの表情が変わった。いや、笑ってるまんまなんだけど何て言うのかな?今までははぐらかすような笑い方だったのに、今は目だけは真剣で口元は笑ってるっていうか……なんだか上手く説明できないや。フェルプスさんがケースから人形を出して、席を立ちあがり部屋を出ていき、しばらくすると人形を二体さらに持ってきた。
他の部屋にも、いたんだ……
並べられた人形は男の人形一体と女の人形一体、小さな女の子と男の子の人形1体ずつ、そして犬のぬいぐるみ二体だった。その横には作りかけだろう老人の人形が二体置かれている。人形は多分フェルプスさんの手作りで間違いない。どれもこれも精巧で、恐ろしいぐらい綺麗に管理されていた。
「(この子達は全部名前がついているんですよ。彼はジョセフ、彼女はジャンヌ、この女の子はルーティ、男の子の方はライル。犬のぬいぐるみはアベルとカイン)」
人形とぬいぐるみ、そしてフェルプスさんが揃うとまるで一つの家族みたいだ。
ぼんやりと話を聞いて出てきた考えを思い返して鳥肌が立った。待って、その人形やぬいぐるみには魂が入ってるんでしょ?女性や子供の人形、若い男性の方は良く分からないけど、家族のように見える構成、そしてフェルプスさんは結婚してたけど今は独り身。冗談、だよな……?
俺と同じことを思ったんだろう、皆が目を丸くして化け物を見る目でフェルプスさんを見ている。フェルプスさんは笑った。壊れたレコードのように同じ音を発して、クツクツと笑っている。
「(勘がいいね。この人達は皆俺の大切な人たちさ。妻のジャンヌ、俺の娘のルーティと息子のライル、たった一人の俺の弟のジョセフ。飼い犬だったアベルとカイン)」
「嘘、ですよね……」
「(勿論この子達は人形だ。妻たちをモデルに作った、ね)」
本物の殺人鬼だ。こいつは、家族を自分の手で殺してたんだ……殺してその魂を人形に入れ込んで何食わぬ顔で劇をしてたんだ。その人形を使って……
気分が悪くなって吐き気がする俺とは正反対で、恍惚の表情でフェルプスさんはルーティの人形を抱きしめる。
「(人形は素晴らしいよ。臭いもしないし虫も湧かない。人間なんて死んでホルマリンにつけなきゃ腐って虫が湧くけどホルマリンなんて中々手に入らない。でも魂だけを人形に入れ込めたら……永遠に俺の物だ。俺の最高の愛情を注ぐ事ができる)」
「そんなの……可笑しい。そんなの愛情なんかじゃない!」
思わず大きな声で反論してしまった。
その声で初めて笑み以外のフェルプスさんの表情を見た気がした。
「(違うよ。好きだから、愛してるから人形にするんだ。口ごたえもしないし、俺だけしか操れない。俺から離れない、従順だ。完璧だろう?)」
そんなの、理解できる訳ないよ……彼の後ろにいる数体の人形には殺された人たちの魂が埋め込まれてる。作りかけの二体も完成したら誰かを殺して魂を入れるんだろうか。どうしてこんな……酷い事を。
「そんなの、愛じゃないよ。そんなのは違う!」
「(俺は少し変わってるみたいだから、こんな愛し方しかできないんだ)」
なんだよそれ!言い訳にもなってないよ!開き直ってんじゃねえよ!
勿論納得しているような表情はしていなかったはずだ。フェルプスさんは理解できない俺に今度はたった一言だけ、自分のことを明かした。
「(俺は死体愛好家なんです。死体しか愛せないんですよ)」
死体、愛好家……?死体を愛してる人?
初めて聞いた単語だけど、意味はすぐに分かった。フェルプスさんは本当に異常者だったんだ。死体しか愛せないから家族を殺したのか?こんなむごい事を平気でしたのか!?そんなの愛情だなんて言わないだろ!あんたに好かれただけで、この人達は、犬は命を落としたのか!?
吐き気がして頭が痛くて、椅子から立ち上がる事ができない。フェルプスさんはルーティの髪の毛を撫でる。でもそれは人形で返事をするわけでもなく体を動かすこともない。全てフェルプスさんが動かさなければ自ら動けるわけじゃない。
固まってしまった俺たちを今まで歓迎している空気は一変し、笑っていた表情は冷たく全てを拒絶する程の壁を放っていた。
「(俺の秘密を知ったのならお引き取りを。俺にはまだやらなきゃならない事があるからね)」
「(貴方のそれは犯罪だ。俺たちが警察に言えば貴方は捕まる)」
「(証拠でもあるのなら。誰が人形に魂が入っているなんて信じますか?なんなら俺の土地内を掘り起こしてもいいですよ。家族の死体が見つかるといいですね)」
何て事を平然と……
呆然としていると腕を引かれてパイモンに立ち上がらさせられる。パイモンの表情は正直言って怖い、かなり怒ってる。でもそれでもいい、もうこんな奴殴っちゃえばいいんだよ!
「主、一度戻りましょう。調べたいことがあります」
えぇ!?戻るの!?あいつの頭をパコーンってやってくれないの!?
こんな酷い事を平然と言える人なのに、なんでパイモンは間を開けるって言い出したんだよ……頭を下げることなく玄関から出ていき、俺もそれに続く。玄関の先にはのどかな草原が広がってて、こんなのんびりした景色にあんな怖い人がいるなんて。
「悪魔、見つからなかったね」
「今はここにはいないようだな。それにあの契約者、調べてみる必要があるな。かなり精神的に危ない男だったが」
「フェルプスさんボコれば出てくるかもよ?」
「契約者を助けるのは悪魔次第ですからね。平気でフェルプスを見限るケースもある。その場合は手を出した私たちが法に触れる」
そりゃ、そうだけどさ。でも契約石の関係もあるんだし、悪魔ってあんまり契約者から離れたら駄目じゃん。だったら助けに入ってきそうな気もするけど。
振り返ってフェルプスさんがいる家を眺めても当然だけど何も変化がない。のどかな田舎町にひっそりと佇む家。近所の人だって知らないだろう、自分の周りにこんな恐ろしい殺人鬼がいるなんて。よりにもよって自分の家族を殺すなんて……
死体愛好家なんて初めて聞いた。少なくとも自分の周りにはそんな人はいなかった。死体しか愛せない、だから家族を殺した。駄目だ、これ以上考えたら吐きそうだ。この問題はパイモン達に任せよう。
***
結局フェルプスさんの件はパイモンに丸投げして家に戻ってから、約二週間が経過した。その間に期末も模試も終了し、本格的に冬休みと悪魔退治ができるようになったのに未だに連絡は来ない。日常生活に戻った俺は冬の風物詩でもある炬燵をセットしながらストラスとテレビを眺めていた。
「中々報道終わんないね。アモンの奴」
メキシコで起こったカルテル崩壊事件。トーマスの件の報道はほとんど無くなったのに対し、アモンの報道は次第に加速していっている。特にバラエティでこの話題は引っ張りだこだ。サイエンススペシャルとか未確認生命体の特番でお約束と言っていいほど出てくるからだ。
結構ヤバい状況だよな。
『そうですね。あれほどハッキリとした映像の流出は初めてでしたからね』
掲示板は相変わらずお祭り騒ぎだ。早く新しい画像なり映像なり見つからないかと情報を今か今かと待ちわびている。指輪を初めて手にしたとき、こんな大ごとになるなんて思わなかった。たった一年と四か月で俺を取り巻く環境は大きく変わってしまい、どうすることもできない。
俺にできることは一刻も早く悪魔たちを地獄に戻して、最後の審判を防ぐのみだ。
「フランスにはいつ行くの?」
『そろそろパイモン達が契約者の情報を割り出すでしょうね。思った以上に長くなりましたが、二週間程時間をくれと言っていましたので。今日マンションに向かって見ましょうか』
あまりにも不気味だった今回の契約者のフェルプスさん。パイモン達もあまりにも不気味なそれに力づくで行くことがなく、素性を調べるために二週間程度時間をくれと言ってきた。調べが終わってるなら向こうから連絡が来るかなって思って待ってたんだけど、ストラスがこう言うからこっちから出向いても問題ないだろう。炬燵出し終わったら行ってみようかな。
今なら夕飯ができるまでには家に帰れるだろう。
炬燵を定位置に置いてコンセントをつける。これで取りつけ完了だ。さあマンションに行きますかね。自分の部屋に行ってパーカーを着こみ、母さんに一言告げて玄関に向かい、靴を履いて家を出た。外は冷たい風が吹き、その風が肌に突き刺さり少し痛い。体をあっためるために少し早歩きでマンションに向かえば三十分程度歩いた先にマンションが見えてきた。
「あ、拓也だ。連絡したところだったんだよ。丁度良かった」
玄関から出てきたヴォラクに話を聞かされて携帯を確認すると確かに連絡が一件入っていた。何も気づかなくて他の場所に出かけてなくてよかったな……中は比較的暖かく、パーカーを脱いでリビングに入れてもらった。
「お、なんだ早ーな。連絡して十五分くらいしか経ってねえだろ。んな急がなくてよかったんだぞ」
「いや、丁度向かってたところだったんだ。メールには気づかなかったよ」
詰めてもらってシトリーの横に腰掛ける。ストラスはそのままパイモンの傍に向かって行った。
パイモンは少し難しい顔でパソコンで何かを調べてたけど、俺が座ったのを確認してパソコンからこちらに視線を変更した。
「遅くなって申し訳ありません。ある程度、契約者の素性が分かったのでご報告を」
「うん、お願いします」
「このフェルプスと言う青年、幼い頃に両親から虐待を受けていますね」
「虐待?」
信じられない事実に聞き返してしまった。だってあの性格じゃ、逆に虐待をする側だろう。されていたなんて言われても信じられる訳がない。
「はい、近隣の人間の通報で両親と離され祖父母に弟共々一時期生活を共にしていたようですが二年後に両親の元に戻っていますね。その一年後に両親が亡くなっています」
「まさかフェルプスが……?」
「いえ、父親側の祖父母による殺害です。どうやら再度虐待を始めた両親と再び子供を預かると言った祖父母が揉めたらしく、その際にナイフで刺し殺しているようですね」
そんな過去が……じゃあフェルプスの祖父母は今どうしてるんだろう。
「祖父母は懲役八年を言い渡され、既に出所していましたが八十四歳と八十七歳でこの世を去っています。両親が亡くなってからは母親側の祖父母の元に引き取られています。その場所がエクサンプロヴァンス。元々フェルプスはロワール地方出身らしいので」
「そうなんだ……」
「フェルプスの両親は有名なマリオネッターの劇団の花形らしいです。フェルプスと弟にもマリオネットの練習の際に始まった虐待が日常化したものと警察が判断したようですね。弟は両親の死亡を機にマリオネッターを止め、銀行員をしていましたが、フェルプスはマリオネッターを続けているようですね」
フェルプスさんに悲しい過去があったって言うのは分かった。だからって死体愛好家になんてなってしまう物か?逆に酷い目に遭った分、他人に優しくなれそうなものなのに。憶測でフェルプスさんは語れない。あの人が何を思ってるかはあの人しか分からないんだから。
パイモン曰く、契約している悪魔の特定はまだできないんだそうだ。物に命を入れ込むんだ。結構特徴のある力だと思ったんだけどな。
「主、今回は早めに終わらせましょう。あの青年はまだやるべきことがあると言っていた。被害が拡大します」
「……あの人の家に完成してない人形が二体あったんだ。もしかしたら」
「その勘は正しいと思いますよ。完成次第、母方の祖父母を殺害するつもりですね」
なんだってそんな事を……だってそんなことしたら本当に一人になっちゃうじゃないか。人形は返事をしてくれないんだ。話しかけても何も返ってこない家なんてきっと寂しいだけだ。
「なんでフェルプスさんは死体なんて……殺しちゃったら自分が一人になっちゃうのに」
「さあ、私は理解する必要性も興味もないので考えていません。どうでもいいことですね」
……パイモンみたいに割り切れたら結構楽なのかもしれない。
***
土曜日と日曜日をかけてフランスに向かう事になった。どんな悪魔かはわからないけど、少なくとも六大公やフォカロルのレベルでは無いだろうと結論付けたので光太郎とシトリー、ヴォラクは中谷を探すために日本に残す事にした。アスモデウスとヴアルも澪がいないと難しそうだ。セーレ、パイモン、ストラス、そして俺で悪魔を討伐することにした。ヴォラクやアスモデウスがいないのは心細いけど、多分そこまで危ない事にはならないと思う。
エクサンプロヴァンスは学校が休みなのか、学生や若い人が大通りの広場を沢山行き来していた。その中に先週いたはずのフェルプスさんの姿は無い。
「いないね」
「曜日は確認したんだけどな……」
俺とセーレが首をかしげている間にパイモンが広場にいる人に何かを聞いており、聞かれた人は首を横に振っている。もしかしてここで芸するの止めちゃったのかな?俺たちが押し掛けちゃったから……
パイモンが苦い表情で戻ってきた。
「今週一週間はいないみたいですね。恐らく私たちが現れた事に警戒しているのでしょう。奴の自宅に向かいましょう。奴のテリトリー内……一番行きたくはありませんが」
そうだ、フェルプスさんの家にはたくさんの人形やぬいぐるみがあった。もしかしたら悪魔の力でその人形が動いて襲いかかってくることだってあり得るんだよな。しかもフェルプスさんの自宅はのどかな田舎町で家と家の間隔が広い。少し騒いだぐらいじゃ隣の家に音は聞こえないだろう。
再びジェダイトに乗って数分でフェルプスさんの自宅がある田舎町に辿り着いた。道を歩いている人も車も全く見当たらない。自宅の扉前でパイモンが確認するようにこっちに視線を寄こした。それに頷いて開けていいってことを伝える。そしてパイモンが扉に手をかけた。
「……開いている」
呼び鈴を鳴らして扉を回したら鍵が開いていたらしい、向こうからのアクションがないまま扉が開いた。中は昼間なのにカーテンが閉められ薄暗く、また物音ひとつ聞こえなかった。不気味なそれに唾を飲み込んで、中に入ったパイモンの後を付いていく。この間フェルプスさんの家に行ったばかりだから、リビングがどの部屋かは分かる。リビングに繋がる部屋の扉を開けると、そこには人形に囲まれたフェルプスさんがいた。
「うわっ!」
思わずあげた悲鳴にフェルプスさんの顔がこちらに向く。その顔はニコリと不気味な笑みを浮かべて、不法侵入した俺たちに対して驚くこともしなかった。
「(怖いなぁ。不法侵入は犯罪ですよ)」
「(貴様が犯罪を語るか)」
パイモンのドスの利いた声にも動じない……本当にすごいなこの人。フェルプスさんは目の前に置かれたお茶を飲んで、人形の髪を優しく梳いた。
「(もうすぐクリスマスでしょう?ルーティはこの時期は家族みんなが家に居てほしいって泣くものだから、俺も家を出れなくて。おかげで作業がはかどったのはいいんですけどね)」
何を言ってるんだこの人は……まさか人形に行動を制限されてるって言うのか?本当にこの人はいかれてる。この間行ったときにはなかった人形が沢山増えている。ずっと家にこもって人形を作り続けてたのか……?
パイモンが悪魔の姿に変わり、今回は見逃さないとでも言うように剣を抜く。一気に決める気なんだ……でもフェルプスさんはこっちに関心を示さない。パイモンが悪魔の姿になっても視線は人形のまま。なんでこの人はこんな冷静でいられる?
『(貴様の契約悪魔を出せ。出さなければ貴様を殺して契約石を探しだし破壊するまで)』
「(やだなあ。本当に怖い)」
冗談とでも思ってるんだろうか?フェルプスさんはあくまでも余裕の表情を崩さずにこちらに笑みを向けた。
「(俺、新しい人形を今作ってるんです。男の子で東洋人の)」
『(何を言っている?)』
「(君の人形だよ。池上拓也君)」
フェルプスさんが俺を見た。そしてストラスに訳してもらって戦慄した。俺の人形を作ってる?俺を殺そうとしてるのか!?
「(君も俺の人形になりなよ。大丈夫、毎日綺麗にしてあげるし、お散歩だってしてあげる)」
『(馬鹿なことを。身内では満足できなくなったのですか?』
ストラスが厳しい口調でしかりつけてもフェルプスさんは笑っている。
狂ってる……この人は狂ってる!
パイモンの目が怒りに染まる。剣を抜いて一歩一歩フェルプスさんに近づいて行った。まさか殺す気なのか!?
『(お前、俺が何も感づいていないと思っているのなら、羨ましいほどの能天気だよ)』
パイモンの振り下ろした剣が一体の人形に当たった。人形は砕け散り、その中から宝石が出てきた。
「(ジャンヌ!!)」
『(ジャスパーの指輪。人形の中に隠していればバレずに済むと思ったか?)』
フェルプスさんはばらばらに砕けた人形を抱きしめて悲鳴をあげた。この人、こうやって感情を露にできるのにどうして今まで……しかし返ってきた表情は恐ろしい物だった。歯をギリギリならし、目は大きく見開かれて睨み付けていた。
「(良くも俺の大事なジャンヌを……殺してやる!殺してやる!!)」
『(ほざいとけ。貴様などトーマスの足元にも及ばない)』
そのまま契約石を砕こうとしたパイモンだけど何かに守られて契約石に攻撃を加える事は出来なかった。
『来たな……』
パイモンが小さく呟いた瞬間、目の前に杖を持ったライオンの姿をした悪魔が現れた。杖には二匹の蛇が縫い込まれていてウネウネと動いている。なんだよこの気味の悪い悪魔は!?
『悪魔オリアクス。まぁ妥当な所だろうな』
『何ト憎イ御方デショウ。我ラヲ裏切ッタ挙句、我ガ契約者ニコノ様ナ仕打チマデ』
「(オリアクス!ジャンヌが、ジャンヌが!)」
『(可哀想ナ主、私ガスグニ直シテサシアゲマショウ)』
オリアクスに縋るフェルプスさんを優しく抱きしめる姿は異様な光景だ。
『(私ノ主ヲ傷ツケタ罰ヲ受ケヨ!裏切リ者共ガ!!)』