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第5話 燃える炎と共に

 「我是丑当然,大学做我的燃烧。(アイム、流石に大学を燃やしつくすのは不味い)让我们去问空间。(空間移動頼むぜ)」

 『是啊。(そうだな)我并不想成为一个主要缺点。当然可以。(主に不利になる事はしたくない。いいだろう)』


 アイムが真っ暗な空間を広げる。こいつもそうだけど大体の悪魔は契約者の言う事を聞いて、他人に自分たちの姿が目撃されないように、外から中を覗けない結界や空間と呼ばれる異次元への扉を開くことが多い。

 ブラックホールの様な空間は他の悪魔たちが使う“狭い場所では戦えないから別の場所で戦おう”って奴だ。この中に入れって事なんだろうな。

 でも気をつけなきゃいけないのは、この先はアイムが作り出した空間。奴専用の戦場なんだ。



 5 燃える炎と共に



 何も言わずに入っていってしまったアイムと楊さんを追いかけるかのようにパイモンとヴォラクが一斉に空間の中に飛び込む。二人には迷いが一切なく、残された俺とストラスとセーレの間に嫌な空気が漂う。


 『拓也……』

 「俺のせいでサタナエルが……」

 「大丈夫、まだ間に合うよ。その為にも今はしんどいだろうけど頑張ろう」


 セーレがそう言って優しく笑う。まだ間に合う、その言葉に少しだけ心が軽くなった。俺とセーレ、ストラスも空間の中に飛び込む。その先には燃え盛る炎で囲まれた空間が広がっていた。

 今までの悪魔、パイモンも含めてだけど、相手の空間は何もない世界みたいなのがほとんどだったけど、こいつの空間は少し違うみたいだ。フルフルも結界を張る際、雷のドームを作り出したし、悪魔によって結界や空間の種類は様々なようだ。

 燃え盛る炎の中、楊さんを庇うかのように巨大な蛇に跨り、アイムは松明を持つ。


 『さぁ行くか、骨まで燃えつくされて灰になるがいい!』


 アイムがそう言い松明に息を吹きかける。それだけで何倍にも膨れ上がった炎がこっちに向かって一直線に向かってきた。


 「うあっ!」

 『拓也下がれ!』


 ヴォラクに言われた通り後ろに下がって避難すると、ヴォラクが二つの首を持った巨大なドラゴンであるフォモスとディモスを召喚し、二匹の口から炎が飛び出す。

 アイムの炎と相殺されて凄まじい熱気と煙が襲いかかって一瞬で汗をかいた。煙のせいで前は全く見えず、どうなったかもわからないが、アイムを乗せていた巨大な蛇がフォモスとディモスの足に巻き付き、うめき声が聞こえた。


 『フォモス、ディモス!』

 『心配ない主!私達からお離れください!』


 巨大なドラゴンが牙と歯をたて、それに応戦する大蛇。ハリウッド映画の様な激しい取っ組み合いが目の前で繰り広げられて茫然とする。ヴォラクがフォモスとディモスから離れ、状況を不安そうに見守り、アイムも大蛇から身を放し、その光景を満足そうに眺めていた。

 でも厄介な大蛇を引き離せたのは大きい。この隙を逃がさないかの様に、ヴォラクとパイモンがアイムに剣を向ける。


 『大蛇がいなくなったお前に何ができるんだ?悪い事は言わない、降伏しろ』

 『誰がするか。てめえら裏切り者に屈服するくらいなら死を選ぶぜ』


 アイムが松明の炎を吹きかけてパイモン達を威嚇する。フォモスとディモスがいない今、こいつの炎に対抗できるのはソロモンの指輪の力を用いて水の魔法を使える俺だけだ。

 出てくれ……そう指輪に念じれば宝石がちりばめられた大きな剣が目の前に現れる。重そうな見た目の割にはすごく軽くて扱いやすい。セーレから離れ、剣を持ってアイムに近づいて行く。そんな俺をアイムは少し苛立った顔で見つめた。


 『サタナエル様の御子息か。だが用済みのてめえに用はねえ……大人しくしとけ!』


 アイムが俺に向かって松明の炎を吹きかけ、炎は真っすぐこっちに向かってくる。

 大丈夫、悪魔の王サタネルの称号を持つ悪魔達と戦ってきたんだ。今更こんな奴を恐れていてはどうしようもない。水のイメージを剣に送り続ければ、薄く光り出した剣を向かってくる炎に向ける。


 「行けっ!」


 剣から出された水はアイムの炎とぶつかり合い、大量の水蒸気を発生させる。その隙を逃さずパイモンとヴォラクが攻撃を仕掛けると、アイムは咄嗟に自分の足元に炎をまき散らし、近づけない様にガードした。

 距離をとって一息ついたアイムは冷やかな視線をこっちに向けてきた。


 『なんだよ、まだ天使の力借りて魔法とか使えんの?意外だな……てっきりソロモンの指輪の力はもう使えねえって思ってたんだけどな』

 「何が言いたいんだよ」

 『サタナエル様の力に浸食されて悪魔になっていってるお前に天使の力が使える訳ねえだろ。俺達悪魔と天使はエネルギーが全く違うんだからよ。次第に指輪の力は使えなくなるだろう。その時、てめえが用いる事が出来るのはサタナエル様の炎のみだ』

 「違う……」

 『違わねえ。ハッキリ言うぜ、てめえは悪魔だ。天使に利用されて人間から悪魔にされちまった可哀想な被害者だ。恨むなら、てめえに指輪を渡したミカエルと利用しようと考えたザドキエルを恨むんだな』


 俺は悪魔じゃない、悪魔なんかじゃない!悪魔じゃないから天使の力をまだ使えるんだ!悪魔になんてなる訳ないじゃないか!


 知らない間に歯を食いしばっていたらしい俺を庇うようにヴォラクが前に出た。フォモスとディモス、大蛇が絡み合って恐ろしい地響きが聞こえて来る。早くこいつを倒さなきゃフォモスとディモスもあぶねえよな……


 アイムだけならきっと何とかなるはずだ。こっちにはパイモンもヴォラクもいる。サポートにセーレもいるんだし、絶対に負ける訳がない。


 問題は……契約者の方だ。


 楊さんに日本語の会話が分かるはずもなく、首を突っ込む事もないが、ドラゴンと大蛇が絡み合って戦っているのを見て、少しだけ目を輝かせてみている。その光景は幼い子供がファンタジー的な物に憧れる目その物で少し異常だ。


 楊さんはアイムに何かを耳打ちして笑い合っている。これが普通の状況なら何も問題は無いんだけどな。


 「ストラス、俺が聞く事訳してくれないか?なんで楊さんが悪魔と契約してるのかって」

 『分かりました』


 息を大きく吸い込み、楊さんに向かって大声で問いかける。何で悪魔と契約したんだって。楊さんは訝しげに俺を見たけど、アイムが中国語で訳してくれた何かを聞いた途端、不機嫌な表情になった。

 そして半ば吐き捨てるかのように俺に返事を返してくれた。


 「別に憂さ晴らしでやっただけだ。こっちはストレス溜まってんだよ」

 「え、日本語?」

 「話せるよ。日常会話に支障が出ない程度に」


 流暢な日本語で楊さんは話している。もしかして日本語の勉強でもしてるんだろうか。これだったらストラスの訳も必要なさそうだ。


 「憂さ晴らしって……そんな単純な理由でか!?沢山人が死んだんだぞ!」

 「そんなん知らねえよ。別にいんじゃね?俺あいつら嫌いだし。腐るほど人間いるんだぞ。少しくらい減ったって問題ねえよ」


 楊さんの言葉に耳を疑った。あいつらって……じゃあ今回火災を起こしたのは嫌いな奴がいたからって事か?

 楊さんは相手を殺したって言うのに反省の色は全く見られない。むしろ死んでいいとまで言っている。何がそうさせた……呆然としている俺を見て、楊さんは真実を語りだした。


 「今回起こした火災。俺の母校ね」

 「……は?」


 こいつ、正気か?自分が卒業した高校で火災事件起こしたのか!?


 「俺さぁ、在日だったんだよね。小学生の頃まで日本に住んでた。こっち来て改名したけど本名は違う」

 「それがなんの関係が……」

 「親父の仕事の都合でこっちに戻ってきて待ってたのは差別だ。あいつらは日本語しか話せない俺を差別した。あの高校もな、随分反日な教師がいてな、そりゃー俺はいいカモで目ぇつけられてたよ。お陰で肩身の狭い高校生活だった。事あるごとに、これだから日本に住んでた奴はって言われたわ」


 確かに中国って日本の事嫌いだよな。よくデモとかの話しをニュースで見るけど……でもそれが同じ中国人にまで及んでるなんて、全く知らなかった。

 楊さんは多分ずっとこっちに来てからイジメに遭ってたんだろう。だから中国人が嫌いなんて事を……


 「それはぶっちゃけ今でも続いてる。ダチはいるよ、でも俺を避ける奴は皆言う。日本の味方をするお前は国から出て行けってな。正直俺だってこんな国にいたくない、いつかは日本に帰ってやるって思ってるさ」


 だったらなんで殺すまで発展するんだ……日本にくればいいじゃないか。

 留学だって何だってできるだろ?頭いい大学行ってるんだ。日本語だって話せるし就職も余裕だろ。嫌いって言ってる国から逃げちゃえばいいじゃないか。


 「たださー黙っていなくなるのもつまんねえじゃん?だから、これは俺からの復讐ね。俺をないがしろにした奴らへの復讐。別にいいっしょ。あんたの友達や知り合いが被害に遭ってんなら謝るけど、死んだ奴らは関係ない奴だろ?なら放っといてよ。俺は自分を散々こきおろした人間達にやりかえしただけなんだから」


どれだけの差別を受けてきたかは知らないけど、悪魔と契約してまで嫌悪してるんだ。何を言っても無駄なのかもしれない。アイムは炎をまき散らしながら俺達に近づいて来る。


 『さぁ死にたい奴から出てこい。真っ赤に燃やしつくしてやる』

 『……馬鹿馬鹿しい』


 ヴォラクが一言つぶやいてアイムに向かって走っていく。そしてそれを援護するようにパイモンも走りだした。

 さっさと仕留めないとフォモスとディモスが危ない。てか巨大なドラゴンと大蛇がドッタンバッタンやられたら、こっちも気が気じゃない。

 時々こっちに大蛇の尻尾やフォモス達の羽がぶつかりそうになって慌てて避ける始末だし。

 目の前ではパイモンが炎を振り回すアイムと闘ってるし。アイムは松明の炎をパイモン達に撒き散らしている。


 『お前のペットがいなければ、お前の戦闘力等たかが知れている。所詮貴様はアミーの下位互換悪魔だ』

 『失礼な野郎だな。だが現実はそうだろうな、俺の能力は炎よりは法律がメインだからな』


 次第にヴォラクとパイモンに距離を詰められて苦しそうに顔を歪めるアイム。その姿を楊さんは不安そうに眺めていた。


 「我和他们输了!(アイム、そんな奴に負けんな!)」

 『正如你说你要……但是我很痛苦。(そうしてえけどよぉ……やっぱ俺に二匹相手はきついってことだな)当我对没来是确定的。龙的烦人(ヴォラクが来た時点で俺の不利は決まってた様なもんだ。くそ、忌々しいドラゴンだぜ)』


 ヴォラクとパイモンの剣が体中をかすり、小さな切り傷が増えていくアイム。でもそれはこっちも同じだ。パイモンとヴォラクも所々にアイムの炎を食らって火傷を負っている。

 それでも有利なのは変わらないんだろうけどな。

 アイムは悔しそうに舌打ちをして松明を持ち直した。


 『降参か?』

 『俺は最後までてめえ達には屈しねえ。腰抜けの裏切り者共が!偽の救世主(アンチクライスト)なんぞに手ぇ貸しやがって!』


 アイムはパイモンとヴォラクが向かっているにもかかわらず、真っ直ぐ松明を向けている。そしてアイムの位置と俺の位置が一直線になる。

 まさかこいつの狙いは俺なのか!?


 『てめえだけは道連れにしてやるぜ!最後の審判で俺達が次の世界を手に入れる為にも、天使共にてめえは渡さねえ!』


 アイムが吹いた炎が一直線に俺に向かってくる。ちょ……嘘だろ!?どうすればいいんだよ、どう防げばいい!?魔法を使いたくても間に合わず、避けたくても足が動かない、このままじゃ俺は焼き殺される!

 咄嗟に手を前に突き出して必死に祈った。サタナエルの炎に頼った。これがあれば助かるって思った。


 『拓也!』


 ストラスの声が聞こえたとき、全身を熱気が襲ったけど、不思議と自分が焼けている感覚は得られなかった。恐る恐る目を開けると全身火傷を負い、体中から煙が出ているアイムが直線状にいた。

 何が何だか分からない。俺は一体何をしたんだ……?


 『拓也……貴方サタナエル様の……』


 俺はサタナエルの力を使ってしまったんだな。その炎がアイムの炎を弾き飛ばして、あいつを攻撃したんだ。掌には真っ白な光のように輝いている炎の残骸が残ってる。

 冷静に考えたけど体は言う事を聞かず、座り込んでしまった俺をセーレが支える。


 「拓也、拓也!」

 「……大丈夫」


 そう言うしか出来ない。過去に同じサタナエルの炎を喰らって全身が焼けただれた悪魔ベヘモトと同じように全身に火傷を負い、膝をついたアイムを楊さんが支えようとしたけど、パイモンとヴォラクに邪魔された。

 パイモンが暴れる楊さんを押さえ込み、ヴォラクに召喚紋を書くように命じている。


 『拓也、手伝って』

 「……俺、が」

 『そうだよ。お前が倒したんだ。何も悪くない、すげえことだ』


 ヴォラクに腕を引かれて言われた通りに描いていく。その間も体の震えは止まる事はなかった。


 もう俺はある程度使いこなせるのかもしれない。サタナエルの炎を……もう俺は人間じゃないのかもしれない。恐くて聞けないし、誰も教えてくれないから分からないままだ。


 でもアイムは言っていた。次第に天使の力が使えなくなるって……


 その時、本当に俺は悪魔になったって事だろう。嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!


 召還紋を描き終わった俺は後ろに下がって、光景を見守る。楊さんは嫌がったがパイモン達に半強制的に契約石を返し地獄に戻す儀式をさせられている。


 アイムが消えて空間も消えていく。ゼミ室に再び戻った俺達を楊さんは非難するような目で睨みつけている。


 「よくも好き勝手やってくれたな……」

 「でも俺、ただ……」

 「ははっ……てめぇは俺よりも遥かに凶悪だよ!この化け物が!」


 その言葉に全身が縫い付けられたように動くことが出来なくなり、瞬間に顔に衝撃が襲った。上手く体勢が保てず倒れこんでしまった先には楊さんの姿があり、その時に殴られたんだって事を理解した。

 

 楊さんは殺気立った目をして、その言葉を残してゼミ室を出て行ってしまった。そして俺たちだけが取り残される。皆が心配そうにする中、何とか笑って無事をアピールして立ち上がったらセーレに腕を引かれて、俺たちもすぐさまゼミ室を出た。


 殴られた箇所はジンジンと鈍い痛みが消えなかった。


 次の日も中国の火災のニュースをやってたから楊さんは自主はしてないみたいだ。裁判でも無罪が確定してるし、今更自首してもな……そんな事はどうでもいいんだ。


 自分の手のひらを見つめる。何の変哲もない手なのに、この手から最強の悪魔であるサタナエルの象徴ともいえる光のような白い炎が飛び出す。


 そしてあいつは目を覚ますんだ。目を覚まして俺を殺しに来る。


 とてつもない恐怖が包み込んだけど、誰にも言えなかった。口にするのも怖かったから……でも俺は確実に追い詰められているというのは感じた。



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