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第47話 太陽に手を伸ばす2

 パイモンの宣告にトーマスは顔をしかめる。互角に戦っていたように見えたけど、パイモンは何か突破口を見つけたのかもしれない。つまりそれはトーマスの死を意味しているのか……?

 途端に激しく鼓動を始めた心音を押さえつけるように服を握りしめる。


 『(何が言いたい?)』

 『(忠告はした。そして遊びは終わりだ)』


 トーマスは強い、それはパイモンが言うんだから嘘ではないんだろう。人間が悪魔をここまで抑え込む姿を俺は初めて見た。



 45 太陽に手を伸ばす2



 パイモンの挑発とも取れる言葉にトーマスは苛立ちを隠さなかったけど、それが太刀筋に現れるわけではない。現に今もパイモンとの激しい戦いが目の前で繰り広げられている。肝心の俺はと言うとセーレの後ろに隠れて状況を見守るしかない。


 情けない話だけど、自分が介入できるレベルじゃない。


 ……幼い頃から戦い続けたら、悪魔とも対等に戦えるんだろうか。俺もパイモンに剣の稽古はつけてもらってる。それでもやっぱり稽古と実践は全然違って、実践になると全く役に立たない。


 でもトーマスは実践をずっと日常として繰り返している。ナイフと言う軍人とは程遠い静かで音も立てない兵器で。だから暗殺者としてやってこれていると言うのもあるのかもしれない。


 『拓也、しゃがみなさい!』

 「え?うおっ!!」


 言われたとおりにしゃがむと同時に派手な音が響いて、後ろの方で何かがぶつかる音が聞こえた。


 そこには壁にめり込んだ銃弾が数発。どうやら咄嗟に距離を取ったトーマスが発砲したものらしい。危なすぎる!パイモンの後ろにいたから、避けたパイモンのせいで飛んできたんだ!!


 あいつ、パイモンが俺たちの前に来たのを見て撃ってきたんだ。じゃなきゃ今まで銃なんて使わなかったのに、いきなり使用するなんて可笑しい。パイモンに当たればラッキー、避けられても後ろにいる俺たちに当たれば御の字だったのかもしれない。戦いながらそこまで考えて動いているのなら本当に恐ろしい相手だ。


 そしてパイモンの足元にはパイモンが斬ったんだろう銃弾が数発落ちていた。銃弾斬るってあんた……漫画読みすぎだって言われても仕方ない展開よこれ。


 トーマスはこんな混沌とした状況を半分楽しんでいるようにも見えた。目をキラキラ輝かせて。その眼は化け物を見るというより尊敬の念が入っているような気もする。


 『(すげえ。流石悪魔だ)』

 『(そんなもの俺には通用しない。不意打ちでもない限り、銃弾が俺に当たるとは思わない方がいい)』

 『(あんたがあの中では一番強いみたいだな。あんたさえ殺せば後は楽そうだ)』

 『(調子に乗るなよ。セーレもストラスも貴様などに負けはしない。勿論お前が俺に勝つこともない)』


 トーマスは銃がパイモンに通用しないってことが分かると、銃を再びしまってナイフを手に持った。炎で燃え盛るナイフはそれだけで人を殺す殺傷力は十分だろう。そのナイフがパイモンの首を狙い、受け止められた瞬間に今度は心臓付近を狙う。


 でもパイモンはそれも受け止めて、更に距離を詰めてトーマスの懐に入った瞬間、相手の口元が弧を描くのが見えた。


 あれ?なんかトーマスの目が赤く……


 その瞬間、周りの空気が圧縮されていくような感覚が広がった。


 「パイモン避けて!」


 俺が言葉を言い終わる前に察知したパイモンが距離を取れば、目の前で真っ赤な炎が現れた。


 『アモンの発火能力さえも……』


 目の前に現れた炎は一瞬で消えてしまったけれど、焦げた臭いが充満し、先ほどの炎がまやかしではないということが証明されている。驚いているストラスを見てやっぱりあの炎はトーマスが使ったものだったんだと確信して、相手がもう人間の領域ではなくなっていることを感じる。ここまでできてしまうのか……もう下手な悪魔よりもずっと強いんじゃないのか?


 パイモンもさすがにここまでやるとは思ってなかったんだろう。目を丸くしている。


 『(お前、まるで化け物だな)』

 『(まだ上手く制御できない。目の前の奴しか燃やせねえんだ。あんたは実験台だ。あんたで制御してみせるよ)』


 あんなの出されたらパイモンも迂闊に近寄れないよ……俺が魔法で援護しないと。剣を取り出した俺をトーマスはニヤリと笑みを浮かべて眺めている。でもそれをパイモンが止めた。


 『必要ありません』

 「でもっ!」

 『こいつは私が仕留めます。貴方が手を下すまでもない』


 トーマスはかなり不満そう。

 そして再び刃がぶつかり合うが、今度は所々で発火が起こり、パイモンも気が気じゃないだろう。後ろに少しずつ後退しているからパイモンが押されてるんだ!どうしよう、やっぱりトーマスは強い。

 お互いに所々に傷を負っており、パイモンが少し距離を取って剣を立てる。


 『(面倒な奴だ……やりにくい。次で決める)』

 『(決められるのか?)』


 少しだけ口角を上げて挑発するように中指を立てたトーマスに舌打ちをしたパイモンから攻撃を仕掛けていく。トーマスはそれをいなして反撃をしたけど、それをパイモンは受け止める。トーマスは一方的に攻撃を続けたけど、パイモンはその猛攻を防ぎ続けてる。


 すごい……パイモンにしか見えない隙があるのか?


 手に汗が滲んで状況を見守る。そしてパイモンが受け止めたトーマスのナイフを弾き飛ばし、トーマスに刃を向ければ、もう一本のナイフでトーマスが防御しようとしたが、パイモンの剣は相手の急所ではなく足を貫いた。


 うめき声をあげて地面に倒れたトーマスを見て、後ろにいた女の子が走り寄ろうとした。


 『(くっそ、があ!)』


 トーマスが叫んだと同時にパイモンが炎に包まれた。トーマスを仕留めるために自分が炎で反撃されるリスクを冒して……!

 悲鳴が出そうになった瞬間、炎の中からパイモンが逃げるように飛び出てきた。少しやけどを負っているみたいだけど、動けているし命に別状はなさそうだ。安心して腰が抜けそう……


 『(来るなリア!)』

 「(トーマス……でも)」

 『(来るなっ)』

 『(まだやるか?痛みで歩けないだろう)』

 『(……仕留めそこなったか)』 


 更にナイフが持てないように追い打ちをかけるかのごとくパイモンがトーマスの腕を切りつける。痛みで顔を歪めるトーマスにこちらまで心臓がキリキリ痛んだ。そして走り寄った女の子がトーマスを抱きしめた。


 トーマスが再び発火を発動させようと目を見開いて集中を始めた。そうだ、まだトーマスにはこれがあった!でもそれが発動されることはなかった。


 「Amón(まさか、アモン……)」

 『その気配を感じたのならばアスモデウスが仕留めたようだな』


 アスモデウスが仕留めた?


 『アモンをアスモデウスが仕留めたのでしょう。契約者である彼はアモンの存在を感じることができるはずです。おそらく彼が倒されたことにより戦意を喪失したのかもしれませんね』


 アモンがいなくなってしまったと言うことは、アスモデウスたちがこっちに合流する。トーマスからすれば絶対的な強さの象徴だったアモンが倒されたことは精神的に大きなダメージと絶望感を与えたんだろう。


 携帯に連絡が入り、澪からアモンを倒した。光太郎からは大事な話があるってきてセーレが迎えに行くことになった。俺はそれに同行しない、トーマスと話がしたいから。


 その間にパイモンはトーマスが身に着けていた宝石を剣で叩き割った。多分あれは契約石だ。パイモンは今回アモンを地獄に戻すことなく、契約石を壊すことで殺すつもりだったんだろう。多分澪たちの前からアモンは消えたはずだ。


 セーレがいなくなってその場に残された俺とパイモンとストラスの間に沈黙が走る。


 トーマスは悔しそうに項垂れて、女の子は何も喋ることはない。ただ、涙を流すだけ。


 「(……どうして俺の攻撃を見切れた)」

 『(お前は暗殺者として急所を狙いすぎた。太刀筋は速く鋭いが、どこに来るか予測が容易だったんだよ。それが分からなければ、危うかったかもな……)』

 「(ほんっと……最低最悪だ。殺せよ)」


 二人が何の会話をしているかわからない。でもストラスからトーマスの放った言葉を告げられて頭が真っ白になった。殺せ?そう言ったのか?


 パイモンが剣を構える。女の子が首を横に振るっているが、トーマスが女の子をどけて首を差し出すかのように頭を下げた。嘘だろ?そんなの望んでない!


 「止めろパイモン!」


 振り下ろされた剣がトーマスの頭上で止まった。

 パイモンもトーマスも女の子もストラスも皆がビックリしている。今まで外野だった自分が急に話の中心に入り込んでしまい、自分でも言ってしまった後にどうしたらいいか困惑したが譲るつもりはない。俺は助けたいんだ。


 「殺しちゃ、駄目だ」


 多分雰囲気で察したんだろう。トーマスの目が丸くなり、同時にその目は怒りに燃えていく。


 「(だから、てめえのそう言う所がむかつくんだよ!俺を捕えて見せしめにでもするつもりか!?)」


 大きな声で怒られて肩が跳ねた。


 でも駄目、絶対に譲らない。お願い、これは俺の自己満足だ。本当はどうしていいかなんてわからない。責任なんて取れないし、最善の策だと言う自信もない。でもトーマスがここで死んだとして、何が救いになるんだろう。彼の人生が、これで終わってしまうことに納得がいかない。


 だって、幸せになりたいって思っていたんだ。そのためにここまでして、その結果が横から割って入った俺のせいで全て失って殺されるなんてあんまりじゃないか。


 トーマスの前にしゃがみ込めば女の子がナイフを構えたけど、それが俺に振り下ろされることはなかった。この子は俺を切らない、だって酷く怯えているから。


 「俺さ、こういう風に悪魔と契約してた人何人も見てきた。君みたいに俺を怒る人、一杯いたよ。いつも助けられなくて悪魔を倒しても契約者は皆目の前で死んじゃうんだ」


 話していく内にシャネルやアリスの姿が浮かんだ。二人とも俺と同い年くらいの女の子で辛い目に遭っていて、現実に耐えられなくて悪魔と契約して、最後は死んでしまった。


 助けたかった、笑ってほしかった。馬鹿でもいい、怒られてもいい、だから生きてほしい。


 震える手でトーマスの血まみれの手を握った。その手をトーマスは払わなかった。


 「ごめん。俺の自己満でさ……でも俺、君に生きてほしいんだ。普通に、普通にっ……」


 涙が零れて泣き出した俺をトーマスが複雑そうに見ていた。それはトーマスを抱きしめていた女の子も同じだった。

 その状況が数十秒続けば、トーマスがポツポツと話してくれた。それは初めて聞く、優しく落ち着いた声だった。


 「(俺は四歳の時に両親に捨てられた。たったの五万ペソで……俺の価値はあの人達にはその程度だった。もう両親の顔も名前も思い出せない)」

 「トーマス、君……」

 「(それからはずっと暗殺で生きてきた。初めて殺人を犯したのは五歳の時、幹部がほとんどボロボロにした奴の後始末だった。多分殺しに慣れさす為だったんだろう)」


 たった五歳でトーマスは人を殺した。同い年だったころ、俺には直哉が産まれて嬉しくてはしゃいでたのに。トーマスは物心ついた時から殺しをさせられていたんだ。


 「(生きるためには殺し続けるしかない、そうやって運良く生き残っていけば暗殺の腕なんて嫌でも上がった。同期は八割がた死んじまったけどな)」


 トーマスを握る手に力が籠った。出血はパイモンも本気で斬っては無いんだろう、布を当てれば止血は容易だった。後ろでセーレが澪たちを連れて戻ってくる音が聞こえたけど、後ろを振り向く気にはなれなかった。


 光太郎と澪は俺たちの邪魔をしない、黙って状況を見守ってくれた。


 「どうして、逃げようと思ったの?」


 優しく話しかければ、トーマスは顔を上げた。今のトーマスは自分と同じに見えた。幼くて、さっきまでの怖さはない。きっと今しか説得できない。


 「(同じ暗殺業の先輩がカルテルを逃げたんだ。好きな女を守るために。そいつは娼婦で性病にかかってた。売り物にならない娼婦は殺される、でも逃げるのに失敗しても殺される。それなのに先輩はその女を守るためにカルテルを抜けた……羨ましかったんだ。俺もそんな勇気がほしかった)」

 「もしかしてその子も……?」


 黙って頷いたトーマスの背景と、明るみになっていくカルテルの内部の現状と苦しみ。何も言えなくて涙が零れて肩が震える。どうして君がこんな目に遭うんだ?何も悪い事なんてしてないのに。安いお金で売られて、こんな事を強いられて……何も悪くなんかないのに!


 本当はこんな事しちゃいけないんだろうな。でもそのまま帰るなんてできなかった。笑ってほしいんだ、トーマスに。


 「俺がアメリカまで連れて行く」

 『拓也!?』


 俺の発言にストラスをはじめ、全員が目を丸くした。

 アメリカに逃がしたい、それが俺の望みだ。


 「セーレお願いだ!二人をアメリカに連れてってくれ。こんな所で見捨てるなんてできないよ!」

 『だけど……』

 「犯人がトーマスだってこと、カルテルには公にばれてないんだろ?逃げれるよ、絶対に……お願いだよ!」

 「甘すぎますよ主」


 パイモンに釘を刺されて、肩がはねた。


 「アメリカに逃げたとしてもどうするのですか?バレたらトーマスは捕まるし、貴方がやろうとしている事は無責任に事態を掻き回すだけだ」

 「……可哀想だよ」

 「同情で救われたなら、世界で悲しみなどは根絶されています」


 そうかもね、それでも譲れないよ。

 首を横に振る俺にパイモンは呆れて何も言う気もなくなったのか、勝手にすればいいと厳しい言葉を投げられた。セーレもパイモンが認めたのならと、言う事を聞いてくれるようだ。

 どうして契約者の俺には反抗してパイモンの言う事は聞くんだよ。


 『貴方の好きなようにしなさい。私は賛成しましょう』

 「ストラス……」

 『貴方を重ねると、彼を見捨てる事は私にもできないのです……』


 ストラスはトーマスに俺を重ねてる。


 年もほとんど同じで性別も同じで、でも生まれた場所と両親が違っただけでこんなにも違ってしまった。本当に俺は幸せだよ、甘いって言われるのも仕方ない。でもそれで二人が救えるのなら。


 とりあえずセーレにトーマスの怪我は回復してもらわないと。


 そこからは全部俺の責任だ。どう転んでも仕方ない。


 「トーマス、俺が君をアメリカまで連れて行く」


 大きく見開かれた丸い目と幼い表情は、自分と何一つ違わない少年のそれその物だった。




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