第45話 六大公の戦い2
澪side -
『ソロモンの名もサタネルの名も汚した愚か者よ。今ここでその女もろとも消し去ってくれる』
『簡単には死なないよ。俺には生きる目的があるからね』
アスモとアモンが再び睨み合う。
お願いアスモ、アモンを倒して。そして一緒に帰ろう。
45 六大公の戦い2
『ヴアル、君は澪の傍にいてやってくれないか。アモンには俺が当たる』
『私が足手まといって言いたいの?』
『結界をはりながらアモンとやりあえるのか?集中しないとすぐに壊されるぞ。そんな簡単な相手じゃない』
『……むっかつくけど正論ね。じゃあここは譲ってあげる。私だって戦えるんだからね!?そこんとこ覚えときなさいよ!私を足手まといって思ってんのならあんたもろとも爆破してやるからね!』
『はいはい』
ヴアルちゃんとアスモが何かを話し終えた後、ヴアルちゃんがあたしの所に向かってきた。何かあったのかな?不安な顔をしてたんだろうな、ヴアルちゃんはあたしにニッコリと可愛らしい笑みを浮かべた後にアスモを見つめた。
それに少し安心してヴアルちゃんの手をぎゅっと握りしめる。視線の先にはアスモがいる。アモンと睨み合って剣を構えている。お願い、怪我しないで……
そう願っている瞬間に二人が一斉に走り出した。もう何が何だかわからない。アスモの大きな剣を軽々と受け止めて、アモンが空いた左手でアスモの心臓に剣を向ける。
危ない!そう言いたくても声が出せなかった。目の前で火柱が立ち、熱気が襲う。何が、起こったの?
ヴアルちゃんが結界を張ったのが理解できた。透明だけど手で触れられる壁があたしとアスモを隔てている。
「ヴアルちゃん?」
『あいつは近距離も遠隔攻撃もこなす万能型の悪魔。この結界もいつ破られるか……』
魔法が主体のヴアルちゃんの結界もアモンは破ることができるんだ。それほどまでに強い悪魔なんだ……
火柱が消えた先には足に火傷を負っているアスモが確認できた。怪我してる!
それだけで体の温度が下がる感覚がした。
『……避けた先を予想して発火能力で仕留める。やっぱり君はすごいよ。正攻法では俺に勝ち目はないのかもしれない』
『その言葉を真に受けるほど私は自惚れてはおらん。我が全ての力を持って貴様をハーデスに突き落とすのが私の仕事だ』
『ちぇっ……少しは油断して欲しかったのにな』
アスモは火傷を負った足を軽く動かす。良かった、動かせないほどの痛みはないんだ。あたしも手伝いたい、なんとかして……
再び剣を合わせだしたアスモに祈るしかない。無事でいてくれって。
多分逃げてもさっきの火柱で不利になるのを悟ったんだろう。アスモは少し窮屈そうな体勢でも距離を取ることはせずに攻撃の手を緩めることがない。このままアモンを倒せたら……
でもアスモの剣をアモンが受け止めてアスモに顔を近づける。
『貴様の剣にはまだ迷いがあるぞ。小娘の前で血を流すのは本意ではないか?舐められた物よ。貴様の血であの小娘の視界を遮ってやろう』
そのまま肩に噛みつかれてアスモは低く苦しそうな声を出して、アモンのお腹を蹴って距離を取った。でも肩はへこんでていて骨が見えていた。アモンがアスモの肩の肉を食いちぎったんだ。
生まれて初めて他人の骨を見て全身に寒気が走る。多分今あたしの顔は真っ青だろう。
どうしよう、利き腕の肩をやられた。きっと痛くてアスモは腕をまっすぐ上にあげられないだろう。アモンはアスモの肩の肉を吐き出し口を拭う。
『まずいな。貴様は食料にもならん』
『そんなグルメじゃないだろ。アホかよ』
『そうだな。私はあの日、人間の世界に召喚される前のお前が好きだったよ。サタンと肩を並べても対等で地獄を統べる一角だった。なぜ、そこまで堕ちてしまったのかね』
二人の会話を黙って聞いていたヴアルちゃんの目つきが変わる。
『なによ……押されてるじゃない!仕方ないわね』
ヴアルちゃんも出ようとしたけど、アスモはそれを拒否する。どうして?ヴアルちゃんは強い、きっと状況を好転させてくれるのに……
アモンは笑った、その声は野太くて怖い。
『下らぬ見栄は張るな。貴様、死ぬぞ』
『一度は死にかけた命。今更何の未練もないさ』
そんな……どうしてそんな悲しい事言うの?アスモに死んでほしくないって思ってる人間はここにいるよ。それなのにそんな悲しい事言わないでほしい。
首を横に振るあたしが視界に入ったのか、アスモはこっちに少し悲しそうな笑みを送って再びアモンに向き直る。アモンの目が赤く光っていく。もしかして……さっきの火柱がくるのかな。
予想は当たっており、大きな火柱がアスモとヴアルちゃんの結界ごとあたしを包む。こんな派手な事をしたら近隣の人たちが気づいちゃうっ!
「ヴアルちゃん!」
『これがアモンの本気……私なんかじゃ手も足も出ないわ』
そんな……じゃあその中にいるアスモは不利ってことになる。だってアモンの炎に囲まれてる。普通に戦っても強いのに、更に炎までアスモを襲ったら逃げる場所なんてどこにもない。
炎が蛇のようにうねってアスモに襲い掛かる。こんな光景見たことある。フォカロルと同じだ、フォカロルもこうやって大量の水を自在に操って、結果あたしたちは負けた。怖い、アスモが死んじゃうかもしれない。だって、アモンはフォカロルよりも強い悪魔なんでしょう?
炎を避けても、どこまでも追いかけてくる。こんな炎を自在に方向転換できるなんて……
服スレスレをかわしてアスモが地面に転がって、一旦は逃げ切ることができた。
『他に、なんの悪魔がいる?』
『ほう……』
『お前の発火能力は目的の場所に炎を出すこと。こんなに自由に炎を動かす力はないはずだ。風を支配する悪魔を連れてるな?』
『あ・た・りー』
男の子にしては少し高い部類に入る声が聞こえて、風が吹く。この風を感じたことがある。間違いない。
恐怖で体が動かない。心臓がうるさくなっている。それほどまでにあの悪魔があたしたちに与えた恐怖は計り知れないものだった。トラウマ ― 簡単に言えばそうだった。
「フォカロル……」
『あっはっは!いつぞやのレディじゃないか!ご機嫌麗しく。可憐な見た目のわりに色欲を従えるとは中々のやり手だな』
「あ、あ……」
『あんたを殺したところで運命は変わらないが、仕方ないな。まあ俺と出会ったのが運のつきと思ってくれ』
怖い怖い怖い怖い怖い!
ヴアルちゃんにしがみついて必死に呼吸を繰り返す。ヴアルちゃんもフォカロルが出てきたことに驚きを隠せず、目を丸くしている。
『風を操っていた悪魔はお前かフォカロル』
『おやぁ?恥さらしのアスモデウスじゃないか。なんだお前、まだ生きてたのか?』
フォカロルの目の色が変わる。アスモを殺しに来たんだ……殺されちゃう!フォカロルには誰も敵わないっ!だって本当に手も足も出なかったんだから。
フォカロルから出てきた風がアモンの炎と合わさって火柱を作る。アスモに逃げ道がない……ヴアルちゃんも結界を張ってて援護できない。どうしたらいいの?どうやったら無事に日本に帰れるの?
アスモは痛むんだろう苦い表情で立ち上がって剣を握る。
『ナイスファイトだ色欲の悪魔』
『どこまで持つか……見物だな』
アスモが走り出したのを確認して、火柱が一斉に襲い掛かる。それを間一髪の所でかわしてるけど、服の至る部分が黒く焦げていき、それと同時に火傷も負ってるんだ!
アモンと再び剣が合わさり、襲ってくる火柱をギリギリのところで避けて何度も剣をぶつける。火柱はあたしとヴアルちゃんにも襲い掛かり、結界が何とかそれを弾き返してるけど、結界がなかった時の事を考えたら恐怖で震えた。
『貴様、死に急いでいるのか?無謀だぞ』
『どこにいても同じだっ!』
アモンの攻撃をアスモが左腕で受け止めた。左腕から血が噴き出し、恐怖で直視できない。でもアスモは体を休めることなく、右手で剣を構えてアモンの左腕を切り落とした。剣を持った左腕が地面に転がり、斬られた腕からは血が噴き出している。
『……魔力を左腕に凝集させて筋肉の強度を上げた。肉を切らせて骨を断つ……見事な判断だ』
『こうでもしなきゃ勝てないからね。お互い腕一本だな』
アモンの剣がざっくり突き刺さった左腕は、しばらく使えないだろう。アスモもアモンも右腕だけが頼りだ。でもアモンの後ろにはフォカロルが控えてる。あの炎を喰らったらアスモは……
フォカロルが指を動かしたのに反応して炎が再びアスモに向かって接近し、避けた先にはアモンがいる。そのままお腹を剣がかすめて血が飛んで、痛みに堪えるアスモに涙が流れた。泣いているあたしに気づいたフォカロルがクツクツ笑ってバカにするようにアスモに声をかけた。
『おーい、お姫様泣いてるぜ。泣かせるなよナイト様』
『くそっ……』
フォカロルは軽口をたたく余裕がある。
一瞬だった。一瞬アスモがフォカロルに視線を向けた瞬間、アモンの目が赤く光った。
「アスモ!」
その言葉と同時にアスモの右腕を覆うように炎が現れた。
『ぐ、ううっ!』
アスモの悲鳴が聞こえて、剣が地面に落ちる。その剣は風によって遠くに追いやられてしまった。
真っ黒だ……さっきの炎はアスモの右腕を使いものにしなくしてしまった。これでアスモは両手を使えない。
『貴様の命運もここまでだ。せめて苦しまぬように一瞬で決めてやる』
アモンが走り出してアスモに剣を向ける。アスモは丸腰なんだよ、勝てるわけないよっ!
それを必死に避けてるアスモにアモンは高笑いをしたけど、攻撃を緩めてはくれない。
『避ければ痛みが増すぞ。じっとしておけ』
腕、足、頬、首……アモンによってどんどん傷ができていき、状況が悪くなっていくことにヴアルちゃんがイライラしてる。
でも結界を解いたら炎があたしたちを襲う。アスモの加勢ができないよ!
『澪、ここにいて。私が離れても五分は持つはずだわ』
その言葉を残してヴアルちゃんが結界から飛び出していき、アスモの剣がある方向にまっすぐ走る。
『邪魔すんなよヴアル』
でもヴアルちゃんの目の前をカマイタチが襲い掛かり地面をえぐった。フォカロルが邪魔してるんだ!
カマイタチの他にも炎がヴアルちゃんに襲い掛かり、爆発で相殺してヴアルちゃんは蛇行しながらも剣に距離を詰めていく。お願い、早く……アスモがどんどん傷だらけになってく!
『しぶてえな……ここでくたばりな!』
なんとか剣を手に取ったヴアルちゃんにフォカロルが手から竜巻のような風を放出し、まっすぐヴアルちゃんの方向に飛んでいく。
「ヴアルちゃん!」
『アスモデウス!』
ヴアルちゃんが剣をアスモに投げたと同時に竜巻がヴアルちゃんに命中した。そんな……嘘。
ヴアルちゃんはその場に倒れこんで、動かないヴアルちゃんに炎が今度は襲い掛かった。炎はヴアルちゃんを包み込んで真っ赤に燃えている。死んじゃう、ヴアルちゃんが死んじゃう!
『澪出るなっ!』
アスモの言うことを聞いている余裕はなかった。
気づけば結界から飛び出してヴアルちゃんの元に駆け寄り、持っていたタオルで炎を消そうと試みるけど全く消えない。
「消えて、消えてよ!ヴアルちゃんが死んじゃうっ!死んじゃうよぉ!!」
早く、早く消えて!
そんなあたしをフォカロルは冷めた目で見ている。
『……はあ、結界から出るとか馬鹿だねえ。こりゃ後で怒られちまうかなあ。でも、結界から出たのはあんたの落ち度。恨むなら戦えないくせに出しゃばった無能な自分を恨めな』
フォカロルが指を動かして炎があたしに襲い掛かる。本当に馬鹿だ。ヴアルちゃんが出ちゃダメって言ったのに……
でもその炎があたしに届かなかった。目の前には透明な空間。これ、ヴアルちゃんの……
『魔力で炎消すの、大変なのよ。いい加減にしてよ』
肩で息をしながら全身に火傷を負ったヴアルちゃんがいた。
「ヴアルちゃん……」
『澪、どうして危険なことしたの?危なかったんだよ』
怒られて謝るしかない。でもヴアルちゃんはすぐに笑ってくれた。
『でも嬉しかった』
それはあたしのセリフだよ。ヴアルちゃんが無事で嬉しかった。
泣きだしたあたしを困った顔で見つめて、ヴアルちゃんは再びアスモに視線を戻す。アスモは痛む右手で必死に剣を振っていた。でも追いつめられてる……どうしよう、アスモが死んじゃう!
戦っている二人に向けてヴアルちゃんが何も言わずに指をさした。
「ヴアルちゃん?」
『油断しないでね。敵はアスモデウスだけじゃないのよ。避けなさいよアスモデウス、あんたごと爆破するしかないんだから』
その言葉と同時に二人を巻き込んで爆発が起こり、指が黒焦げになったアスモが煙から飛び出してきた。なんでヴアルちゃん、そんなことを!!でもその言葉は出なかった。
煙から姿を現したアモンは残っていた右腕が吹き飛ばされていたから。
そしてチャンスを狙ったかのようにアスモが最後の力を振り絞り、アモンの心臓に剣を突き刺す。やった、の……?
アモンは苦しそうにうめき声をあげながらも立ち上がろうとしたけど、足元から砂になっていく。
『アモン、お前まさか……』
『馬鹿な……有り得ぬ、有り得ぬ!』
怒りを露わにしても砂になっていくのは止められない。
『許さぬぞアスモデウス……サタナエル様の御力で復活の暁には、必ずや貴様は私の手でっ!』
その言葉を残してアモンは消えた。
それと同時に炎も消えて、残されたのはあたしたちとフォカロルだけ。でもこれからが大変だ、ヴアルちゃんもアスモも大怪我しててフォカロルを相手になんかできない。
「フォカロル……」
『今ここでお前を殺せば、それでいいんだけどよ。俺としてはお前をもう少し泳がせたいんだよなぁ。まあ結果オーライって奴ですか?これ』
『何、を……』
『心配すんなアスモデウス。お前は俺が手を出さずとも惨たらしい死が待ってる。ガアプやアスタロト、バアル、べリアルから逃げられると思うなよ。じゃあな、楽しかったぜ』
風に包まれてフォカロルは姿を消した。
それと同時に訪れたのは安心感。でもヴアルちゃんとアスモが……
真っ黒焦げになったヴアルちゃんは自分の怪我の治療を自分で始めてる。ヴアルちゃんもセーレさんほどじゃないけど、傷の治癒ができるんだ。アスモも同じみたい。黒焦げになった手や骨が見えるほどかみちぎられた肩、全身が切り裂かれ血だらけだ。それでも深呼吸して足に力を入れてアスモは何とか立ち上がった。
『澪、拓也の所に行こう』
そうだね、拓也が心配。早く拓也の所に行きたいな。
連絡をしてセーレさんが迎えに来てくれるのを待つ。ヴアルちゃんは大丈夫みたいだけど、アスモは大丈夫なのかな。
「アスモ……」
『君の為に戦えて嬉しかったよ。俺を信じてくれてありがとう』
その言葉が嬉しくて涙が出た。
うん、アスモは勝ってくれた。それでいいよ、ありがとう。
あたしたちをヴアルちゃんが複雑そうな顔で見ていたのを、その時は気づくはずもなかった。