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第44話 六大公の戦い

 澪side -


 アスモとヴアルちゃんが睨みつけるのはカラスの姿をした大きな黒い鳥で、最初は何だろうと思っていたけど、その鳥は周囲の人たちを全て焼き殺し、本来の姿に変化した。

 トーマスを捕まえるために拓也と広瀬君と三手に分かれて探していたところに姿を現した男。


 『冗談でしょ?まさかアモンが私たちの所に現れるなんて』

 『そうだな、アモンを囮に使うなんて、ここまでアモンを使役できる人間は中々いない。契約者の方も厄介かもしれない』


 ヴアルちゃんがあたしの手を引いて、被害がいかない場所まで避難する。

 この場所にはトーマスを捕まえようとしている人が他にもいた。でもそれも全員居なくなってしまった。理由は目の前の悪魔が全て殺してしまったから。

 砂になってしまった人たちと、あたしたちしかいないこの場所で無残な殺人が起こったなんて誰が説明できるのか。


  

 42 六大公の戦い



 「澪、ここにいて。何があっても私たちの傍から離れないで。トーマスを殺害する勢力の援軍だって来るはずだから、一人になったら危ないわ」


 それどころではなくて返事をすることができないあたしをヴアルちゃんが慰めてくれることはない。いつもならヴアルちゃんは一番にあたしを安心させてくれるのに。


 目の前で殺されていった人たちの最期が脳裏から離れなくて吐き気がした。火あぶりだった。苦しんでもがいて走り回って、手を伸ばされても体が動かなかった。


 でもこれ以上ここで足手まといになったらいけない。拓也たちがすぐに応援に来てくれるから……そう願って連絡を送ったのに、拓也と広瀬君からの返事は未だに来ず、その事が更に焦りへと繋がっていく。


 七十二柱の六大公アモン、この悪魔がどれだけ強いかなんて想像もつかない。でもあたし達が手も足も出なかったフォカロルよりもずっと強い悪魔なんだ……ヴアルちゃんとアスモだけで勝てるのかな?パイモンさんたちがいないと怖い。


 「アスモ……」

 『大丈夫、すぐに終わらせる』

 『随分自信があるようだな。貴様の行方が知れんと思っていたら、日本人の女と契約とは……』


 こっちに笑みを送ってくれたアスモをアモンは不愉快そうに眺めている。その姿は正直言って怖く、目を合わす事すらできない。

 声がするたびに震えるあたしの肩をヴアルちゃんが叩いて、前を向いて歩いていく。


 『君がまさか囮として出てくるなんてね。プライドの高い君をここまで使役するなんて、よほどの契約者を見つけたようだね』

 『ああ、今までで一番の契約者だ。私はあのような人間を待っていた』


 やっぱりこれほどの悪魔と契約する人はすごい人なんだ。トーマスって人はあたしより年下だけど、こんな悪魔を使役している。あたしは何もできない。アスモとヴアルちゃんを手伝うことも、契約者としての相応しい振る舞いも……


 『まさか君からそんな言葉が出るなんて……人間が悪魔に勝てるなんて、俺ですら思ったことないよ』

 『そうか?私はトーマスならばパイモンすらも殺せると算段している』

 『……なぜそう思う』

 『アスモデウスよ、貴様に問おう。貴様は全てが無になった事はあるか?また無の状態から得た唯一の光を見た事は?』


 アモンの問いかけにアスモの瞳が揺れる。ヴアルちゃんは二人の会話に入る事はなく、辺りの状況を見守りながらも、いつでも飛び出せる準備をしている。

 返事をしないアスモにアモンは答えを聞くことなく、結論を出した。


 『答えられぬのだろう?私も同じだ』

 『ならなぜその質問をした?』

 『我らが空っぽだからだよ。そしてトーマスもまた然り。だが我らと奴とで決定的な違いがある』

 『違い?』

 『トーマスは無の状態から光を見つけたのだ』


 無の状態からの光……その言葉にアスモは明らかに動揺した。アスモはアモンの言葉に何かを感づいたみたいだ。トーマスは無の状態から光を見つけた?それが理由でパイモンさんですら倒せるって本気で思っているの?


 パイモンさんが強いのはあたしだって知ってる。いっつも稽古をつけてもらっている拓也だって敵わない。それを普通の人間が敵う訳ないじゃない。


 『無の状態の人間が光を手にしたとき、全てが変わる。生かされるだけだった者が生きたいと願い、受動が能動に変わる』

 『何が言いたい?』

 『我ら悪魔は無の状態だ。他人ではない、己の為に戦うのだ。戦う意思や理由すら明確でない者も多い。だがトーマスは違う、奴は戦いに理由と意志を見出し、それに全てを捧げている。分かるか?我らとは次元が違うのだよ』

 『……元々君は戦いに理由や信念を求めるタイプだもんな。契約者の理由がお気に召したわけだ』

 『空の我らが満たされるために全てを賭ける者に敵うはずがないのだ。トーマスは誰にも止められん。目的を果たすまで奴の邪魔は誰にもできんだろう』

 『精神的にはそうだろう。だが物理的には違う、彼はパイモンには敵わない』

 『戦いに年期など関係ない。確かにパイモンは相当な剣士だ。だがトーマスもこの世界での地獄をかいくぐってきた男……負ける訳などないのだよ』


 トーマスの事をアモンは信じてる。パイモンさんを倒すって……そこまで強い契約者なんだろうか。今まで契約者が戦う所をあたしは見た事がなかった。悪魔が戦っている後ろに控えている印象だった。


 でも今回は違う、この契約は本当にちゃんとした上下関係ができてる。トーマスにアモンは忠誠を誓っている、自分は絶対に敵わない相手だって。


 六大公にここまで言わしめる人だったら本当にパイモンさんでも危ないかもしれない。それと同時に理解できた、トーマスは間違いなく拓也たちが待ってる通りから亡命をはかるんだって。アスモを引き離す時間稼ぎにアモンがやってきた。きっと今頃拓也たちの所にもトーマスが辿り着いているはずだ。どうしよう……


 頼みの綱は広瀬君だけだ。そう思ってるのに、広瀬君の所にも妙な男女二人組が現れたって連絡が来てから連絡は途絶えている。一体何がどうなってるんだろう?


 アモンが手に二本の剣を持つ。


 『アスモデウス、ヴアル……ルシファー様に反逆する愚か者。貴様らを屠ることがルシファー様への土産よ』

 『……俺の首は簡単には取れないよ』

 『私だって負けるつもりはないわ!』


 睨み合いが数分続いていたけど、その静寂を破ったのはアモンの方だ。あたしには一瞬の出来事過ぎて何も分からなかった。でもその一瞬でアスモが弾き飛ばされて、アモンが更に距離を詰めていく。


 ヴアルちゃんが瞬時に周りに結界をはって、さらにアモンに攻撃の手を伸ばしたけど、剣を合わせるアモンとアスモの距離が近すぎてアスモを巻き込んでしまうため攻撃ができずに、伸ばした手を引っ込めた。


 ギリギリ音を立てたと思ったら剣と剣が弾きあい、二人の体勢が崩れるけど、それも瞬時に立て直して再び剣を振る。すごい、それと同時に全身に冷や汗が走った。拓也はいっつもこうやって目の前で剣と剣が重なり合う瞬間を見てきて、体験してきたのかな。


 アスモが剣をふるうたびにドキドキして嫌な汗が出る。怪我をしないか、死んじゃわないかって。

 一瞬できた距離にヴアルちゃんがすかさず爆発を起こして、アモンは一旦距離を取り、その間にアスモも剣を構えなおす。


 『ふむ、腕は鈍っていないようだ。流石アザゼルと対等に戦っただけはある』

 『負ける訳には、いかないからね……』

 『そうか……おい女』


 アスモに向かっていた視線がこっちに来て、恐怖で体が硬直する。

 そんなあたしを見て、アモンの目に呆れの色が浮かぶのが見えた。

 

 『なぜ貴様ごときがアスモデウスを従える?私から見れば、貴様はトーマスに何もかも及ばない。戦う知識も、意志の強さも、理由も』

 「あたしは……」

 『継承者の金魚の糞程度の認識でいるのならば、貴様など足手まといも甚だしい。即刻この舞台から降りる事だな』


 足手まとい……自分でもそう感じる事はあった。でも言われるのと自分で思うのでは精神的ダメージが違う。トーマスに戦う知識は確かに負けてるだろう、でも戦う理由だって意志だって持ってるつもりでいるのに。


 『女よ、貴様の戦う意思と理由を言ってみよ。なぜ貴様がアスモデウスを従えるか……私の疑問を解決させてくれ』

 『澪、挑発だ。乗らなくていい。俺が彼女から契約を申し出た。君には関係ない』

 『ますます興味深いではないか。アスモデウスよ、貴様もサラの子孫だけと言う理由でこの女と契約に至ったわけではなかろう?』

 『……そこまで知っているのか。理由はそれだけだ、それ以外の理由なんてない』


 その言葉にもショックを受けている自分がいた。


 アスモはいつだってあたしにサラを重ねていた、あたしを見てくれてなんていなかったのかもしれない。守るって言葉も、笑っていてほしいって言葉も、全部本当はサラにあげたかった言葉に違いない。分かってたはずなのに……あれ?可笑しいな、胸がすごく痛い。


 項垂れているあたしにアモンはさらに追い打ちをかけてくる。


 『答えろ女』

 「あたしはただ……拓也を助けたかっただけで」

 『……それが貴様の意志と理由か?嘆かわしいにも程がある。アスモデウスよ、貴様この程度の下らぬ意志を持つ女と契約に持ち込んだなど、六大公としての恥を知れ!』


 アモンの大声で空気が震えて、その振動がこっちまで伝わった。

 ヴアルちゃんが傍に居てくれたから恐怖で泣くことはなかったけど、あたし今きっと酷い顔をしてる。


 『では君の契約者の意見を聞こうかアモン』

 『我が契約者の悲願はアメリカへの亡命だ。ここで待ち伏せておった貴様たちも察しはついているだろうがな』

 『でもそれだけじゃないだろう?』

 『トーマスと言う少年は四歳で家族に捨てられ組織に売られてきた天涯孤独の子供。5歳から麻薬に関わり暗殺業を叩きこまれた。そこに疑問はなく物心ついたころから奴はその手を血で染めていた』


 たった四歳で家族に捨てられた天涯孤独のトーマス、たった五歳で人を殺す事を強制させられた可哀想な男の子。契約者が暗殺者の少年としか知らなかったあたしにとって、トーマスの過去は信じがたいものだった。


 『奴は無だったのだ。このまま使い捨てられるのを待つだけ、暗殺の腕が上がっても満たされることのない毎日、無気力で流れるがまま生きていた。だが奴は自ら行動し光を掴もうとしている。その理由が愛する女ができたからだ』


 アスモデウスの目が丸くなる。それはあたしもヴアルちゃんも同じだった。


 『愛する女はアメリカから誘拐されてきた同じ組織の娼婦。トーマスは愛する女をアメリカに帰すために亡命をはかっている。そして自身も光のある世界に行きたいと……その女を助けたい一心で私との契約を決意した』

 『澪だって同じよ。馬鹿にしたくせに理由は同じじゃない』


 暗殺者って酷い人だと思ってた。きっと怖くて話の通じない人だって思ってた……でもそうじゃない、その人たちだって人間だ。好きな人だってできるし、守りたいって思う人がいる。あたし達と同じじゃない……


 ヴアルちゃんの不機嫌な言葉を受けてアモンは笑った後、こっちを睨み付けてきた。


 その目には嫌悪が宿っていて、一瞬で息が詰まった。


 『同じだと?守られるだけの女と自ら手を下すことを厭わず行動するトーマスが同じだと?ヴアル、貴様のそれは我が主への侮辱よ。その女の意志は脆弱だ、現にその女が貴様達の心を揺さぶる何かがあったか?その女は最初から何も持っていない』


 そうかもしれない。


 ヴアルちゃんは最初ただ単に女の子と契約したいって理由で拓也との契約を断ったからあたしになった。あたしの理由なんてヴアルちゃんは興味も無かったはずだ。アスモだって同じ、サラの子孫じゃなかったら見向きもしなかっただろう。本当にあたし……何も持ってないなあ。


 拓也はストラスとちゃんと繋がってるし、パイモンさんもセーレさんも拓也の事を信頼してる。広瀬君だってシトリーさんは口では文句を言いながらもブレる事無く最後まで諦めずに守り通すだろう。中谷君もヴォラク君にあんなに慕われているんだ。でもあたしにはきっと、それがない。


 我慢していた涙が恐怖と悲しみが混じり、頬を伝い、その光景をアスモとヴアルちゃんは呆然と眺めていた。


 『貴様達もその女の為に戦うのはよせ。命を賭すには、その女は余りにも価値がなさすぎる』


 アモンの姿が一瞬で目の前から消えた。どこにいるかわからず目を白黒させているあたしの背後から、その声は聞こえてきた。


 『貴様は気に食わん。貴様ごときを守る為に戦う奴らとの戦などつまらんのでね。早急にケリをつけさせてもらう』


 これから何が起こるかが理解できて恐怖で目を瞑った。あたし、本当にここで殺されちゃうの?何もできないまま……拓也を助ける事も出来ないで。


 でも金属音が響いただけで痛みが届くことはなかった。


 恐る恐る振り返ると、そこにはアモンの剣を受け止めているアスモの姿があった。アスモは体全体を使ってアモンの剣を弾き返し、距離を取ったアモンをとアスモの間に再び沈黙が覆う。でも変わったのはアスモの雰囲気、明らかに怒ってる。


 『……口を慎め獣が。俺だけならいいが、契約者の侮辱を黙って聞いていられるほど、俺はお人よしじゃないぞ』

 『それはその女がサラの子孫だからか?貴様の契約理由も馬鹿馬鹿しいものだ』

 『確かにそうかもしれない。でもそれだけじゃない、俺は彼女自身を守りたい。戦う理由なんてそれで十分だ』

 『先程申したではないか。サラの子孫だという以外の理由などない、と』

 『そうだな、だがお前の言葉で考えを改めたよ。俺もお前の契約者と同じ、無の状態から見つけた唯一の光を守るために命を賭ける。邪魔をする奴は全て消す』

 『……面白くなってきたではないか』


 びっくりして座り込んだまま動けないあたしの前に振り向いたアスモが膝をつく。そのまま手をすくわれて見つめられた。

 なんだかお姫様みたい……一瞬その考えがよぎり赤くなった顔を隠すために下を向いたけど、こんな真っ暗な夜では、はっきりあたしの顔なんて見えないだろう。


 『澪、俺は君を守りたい。君の命を俺に預けてくれ。俺の全ての忠節は君に捧げる』


 サラじゃない、今アスモはあたしを見てる……ちゃんと松本澪を見て守るって言ってくれてる。

 それがたまらなく嬉しくて、目から熱い水滴が零れ落ちる。でもそれを拭う気も起らず、何度も頷くしかできなかった。


 「あたしもアスモに全部預ける。あの悪魔を倒して一緒に帰ろう」

 『御意、我が主よ』

 『ちょっとー私を空気化しないでくれる?』


 不機嫌そうな声が頭上で響き、ヴアルちゃんがアスモからあたしの手を奪い睨み付けた。


 『澪は私のだもん、アスモのじゃないもんねー』

 『ヴアル、君こそ引っ込んでなよ。君はどうあがいたって澪の騎士にはなれないよ』

 『本性出たわね!?あんた今までそう思ってきたでしょ!』

 『さあ、どうだろうね』


 少し意地の悪い笑みを浮かべたアスモにムキになってヴアルちゃんが突っかかっていく。でもまずはアモンを倒してからって結論に渋々だけどヴアルちゃんも同意した。

 二人が何か話してるのは聞こえないけど、大丈夫……ちゃんと皆で帰ろうね。


 『自分の意志がちゃんと固まった。これからは遠慮なく取りに行かせてもらうよ』

 『……あんた澪のこと好きなの?』

 『俺はサラの子孫だからではなく松本澪の幸せを願うだけさ。俺には彼女を幸せにする資格なんてないからね』

 『私は澪は拓也と幸せになってほしい。でも今の澪は……』

 『ヴアル?』

 『……なんでもない』


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