第42話 邂逅の場所
街灯も乏しい夜の街で携帯の明かりだけが周囲から浮いている。
既読になったメッセージに返信が来たことを確認して画面を暗くした。
「パイモン、光太郎と澪は目的の場所で待機してるって」
「了解しました。では私たちも隠れましょう」
「隠れる?」
「他の奴もこの道を見張る確率は高い。極力面倒は起こしたくないですから」
40 邂逅の場所
隠れるって言ったって相手は暗殺者だ。トーマスを追いかけてる奴らの中にだって当然暗殺者がいるだろう。隠れるのはお手の物だし、隠れてる奴を見つけるのだってお手の物なんじゃないのか?
でも確かに道路の真ん中にドシンと身を構えてるのは危険すぎるし、怖いから言う事を聞いておこう。
物陰にコソコソと隠れて避難。トーマスが事件を起こしてから一週間が経った。逃げている途中で殺されたんだろう所属マフィアたちの死体が次々に見つかり、国内は混沌と化していた。そのお陰か、比較的広い道路なのに人っ子一人いないし、建物の中の電気も最低限をとどめて消されている。目立たない様にしてるんだろう。
トーマスが捕まらない事、そして映像で捕えられた悪魔アモンの状況に皆が恐怖に駆られていた。どんどん行動が制限されていく……どうしたらいいんだ。
「パイモン、本当にトーマスは来るのかな?事件から一週間が経ってる。もうここを通り過ぎてる可能性は?」
「完全にないとは言い切れません。ですが今の所発見されている逃亡者や追跡者の死体はこの通りよりも手前です。まだ捕まってないと願いたいですね」
ニュースで見ただけだけど、マフィアに残ったメンバーは次々に逃げ出した仲間たちを捕まえていった。でも捕まったリストの中に今の所トーマスの名前は無いらしい。目撃情報によると、トーマスは女の子の手を引いて逃げていたって話だけど。あ、これはパイモンからの情報。本当にどこで調べてるんだろう?あんま危険な場所からの情報収集は控えてほしいもんだ。
確実にトーマスを見つけられる方法はない。パイモンだって試行錯誤で色々やってくれてるけど、あっちも見つからないように慎重に事を進めてるんだ。
すごいよな、俺より年下だよ。そんな奴がこうやって追っ手を殺して、皆の目をかいくぐって逃げ切れてるんだからさ。俺なんて三十分も経たずに捕まってしまうだろう。
光太郎と澪からの連絡では、未だにトーマスらしき人物が現れた形跡は無いって言う連絡を受けてる。果たしてこの数時間の待ち伏せでお目当ての人物は見つかるのか……
『しかし厄介ですね。暗殺者として働いていたのなら、契約者自身もそれなりの戦闘能力は持ち合わせているでしょう』
「悪魔はアモンだけだ。契約者は俺たちのうち一人が相手をすればいい。所詮は人間、なんてことはない」
『アモンと契約できる人間は限られている。彼が気に入っている人間です、恐らく相当な手練れなのかと……』
少なくとも俺よりは強いだろうな。だって相手は暗殺者なんだから。一対一なら勝てる気が正直言ってしない。ストラスの言う通りなんだろうな。
結局その日、トーマスは現れなかった。
***
「どうしよう、このままじゃ見つからないんじゃないか?」
日曜日も再びメキシコに向かい、トーマスを待ち伏せする。でも土曜も含めて十時間以上待機しているのに、一向にトーマスが現れる気配はなく、その間にも加速する報道は市民を恐怖に陥れている。特に国境越えをはかるトーマスや他の逃げ出したメンバーが絶対に訪れるであろう、この州では。
パイモンも効率の悪いやり方に少し苛立ってるけど、それ以外に方法がないんだ。今回に限っては諜報が行えないから情報が全く入ってこない。その間にも時計は夜の二時を回った。
少し眠くなってうつらうつらしている時に携帯のバイブが鳴って慌てて画面を覗き込んだら澪からの短いメッセージが届いていた。
“なんだか様子が可笑しい!”
それだけしか書かれておらず、光太郎がどうしたんだと返信しても、それ以降澪からの連絡はない。もしかしたら澪の所にトーマスが現れたのか!?
「パイモン!」
「可能性が高そうですね。私が向かいます。主は……」
その瞬間、パイモンの言葉を遮る悲鳴が響き渡った。
顔をあげた先には道路に横たわっている死体。え、なにこれ……何も気づかなかった。このおっさんは俺たちと同じでここで待機してたのか?暗くて良く見えない事だけが救いだ。全てが目に見えたら吐いてしまいそうだ。
『パイモン、気づきましたか?』
「……あの男が監視をしているのは気づいていたが、殺される瞬間は気づかなかった」
俺とセーレの間にも緊張が走る。待ってよ、誰が来た?でもアモンは澪たちの所に出たんだろ?ここでは一体何が起こってるっていうんだ!?
再び携帯に連絡が入り澪からの返信かと思ったが、今度は光太郎からだった。
“変な男女二人組がいる!何かしてるぞ!”
どうして光太郎の所に……何がどうなってるんだ?こっちでも事件が起こってるのに……
待ち伏せした三か所で同時に事件が起こってる。なんなんだよ!?
「(隠れてないで出てこいよ。他にもいるんだろ?)」
声が聞こえた。声変わりはしてるけど、まだ若い少年の声が。
「どうやら俺たちの存在はばれてたようだね。流石暗殺者……気配には敏感だ」
「感心している場合ではないぞセーレ、どうやらアモンは囮だったようだな。澪と光太郎、どちらかに向かっているはずだ」
『ではアモンではない方には一体何が……』
「分からない。だがあの人間、一筋縄ではいかないようだ。アモンの魔力を帯びている。奴は契約者として悪魔の能力に目覚めているようだな……よりによってアモンか」
パイモンが苦々しげに呟く。そうか、トーマスも悪魔の力を既に少しは使えるようになってるのか。その悪魔がソロモンの悪魔の中でも最強の部類だったら、トーマスだって相当強くなるはずだ。道路の真ん中に立っているフードを被った少年と少女。間違いない、俺たちの道を通ってきたのはトーマスだ。契約者本人が来たんだ……
パイモンの言うとおり、澪と光太郎のどっちかでアモンが現れて騒ぎを起こして他の奴らの気を引いているうちに逃げようって魂胆だったんだろう。
更に澪からアモンが現れたと連絡が入った。じゃあ光太郎の所には何が現れたんだ?光太郎に返信しても連絡はそれ以上返ってこない。何があったんだよ光太郎!
その間にもトーマスはこちらに視線を寄こしている。物怖じを一切していないまっすぐな視線が恐ろしく冷や汗が伝う。
「大人しく出よう。契約者相手なら話し合いで解決できるかもしれない」
「可能性は低いが、隠れていても始まらない」
パイモンとセーレが出ていき、俺とストラスが慌ててその後をついていく。
道路は暗く、トーマスの表情までははっきり分からないが、それでも近距離で見つめていれば、目が慣れていき、ぼんやりと顔が見えてきた。どうしてこんな子供が暗殺者で働くなんて……背は俺よりも少し高いくらいだけど幼さの残る顔をしている。
言葉を発することができる呆けている俺をトーマスはジロリと見て、眉をしかめた。
「(お前……そうか、お前からは俺と同じ臭いがする。お前も手に入れてるんだろう?悪魔って奴を。お前がアモンの天敵だな?)」
「(……見分ける事までできるのか。そうだ、降参しろ。アモンに用があってお前には用がない。逃げるのなら見逃してやる)」
パイモンの返答にトーマスはケタケタ笑った後に、地面を強く踏みつけた。
その表情は鋭く、同じ人間で年下なのに俺は酷く怯えてしまった。
「(は、ははは……上からかよ。お前何様なの?逃げるのなら見逃してやる?おい、てめえ舐めてんじゃねえぞ!そこをどけ、殺されたくなかったらな!)」
「(貴様はある程度の事情は知っているだろう。悪魔に敵うという自惚れをましてや持ってはいまいな?)」
「(自惚れなんかじゃないね。俺はお前を殺せる力がある。俺の邪魔は誰にもさせない。邪魔する奴は全て殺す)」
「……やりにくい奴だな。吹っ切れている」
パイモンが悪魔の姿になり剣を抜く。正直トーマスは不気味だ、ただの人間じゃない気がする。
未だに光太郎からは連絡が来ない。
***
光太郎side ―
「なんだ、あの男と女……」
アモンを探すために待ち伏せをしていたら、黒い服に身を包んだ二人の男女が現れた。こいつらがトーマスなのか?でも相手の年齢は聞いていた話よりも上っぽく、トーマスではないのだろう。じゃあ、こんな危険な状況に街に繰り出す馬鹿がいるってことか?
とりあえず余りにも不気味な様子だったので、拓也と松本さんに連絡をする。
でも拓也の所にも松本さんの所でも不審な事が起こっているらしく、同時に三か所で不審者が現れてるってことだ。とりあえず隣にいるヴォラクに小声で話しかけた。
「あいつがアモンなのか?」
「いや、違うはずだけど……でもあいつからは嫌な臭いしかしない」
ヴォラクが嫌そうに男女を見ている。でもアモンじゃないとしたらあいつ達は一体何者なんだ?
暗くてよく見えない二人組をシトリーが目を細めて眺めていたが、何かを発見したのか目を丸くして数歩後ろに下がった。
「シトリー?」
「……ついに出てきやがったな。今まで遭遇しなかった方が可笑しかったのかもしれねえが」
「はあ?あいつら一体何者なのさー」
自己完結してしまったシトリーにヴォラクがぶすくれた様子で問いを投げかける。でもシトリーは何かを考え込んだ後、踵を返した。
「説明は後だ。とりあえずこの場からずらかるぞ」
「え?どうして!?」
「説明は後だって言ってんだろ。急げ、見つかったら面倒だ」
理由もなくそれではこっちも納得がいかない。
それにあいつらが怪しい奴らだったとしても悪魔じゃなかったのなら、シトリーとヴォラクがいれば楽勝じゃないか。案の定ヴォラクは蚊帳の外の会話についていけず、動く気配を見せない。そんなヴォラクを引きずろうとシトリーが腕を伸ばした瞬間、男女が会話を始めた。
英語で話してるのか?ある程度聞き取れる。メキシコは公用語が英語じゃない、こいつらは恐らく国外の人間だ。そして所々に出てくる悪魔という単語が聞こえる度にシトリーの表情が歪んだ。
「やっぱ逃がしてくれないって訳かぁー」
「だからなんなんだよ」
シトリーとヴォラクの漫才のような会話を聞いている時、女がこっちを向いた。
心臓が一瞬飛び跳ねる。間違いなく、あの女はこっちを見てる!なんなんだあいつは一体!
「シ、シトリー!」
「駄目だ逃げられねえ。やるしかねえな。まあ、大したことはねえと思うんだが」
「何者なんだよ!」
シトリーの表情が硬いことから冗談で済まされる状況じゃないってことが理解できる。何者なんだ、あいつらは……
ヴォラクも何かに気づいたんだろう、目を丸くした後に苦笑いを浮かべた。
「あらー俺たちの天敵じゃない。逃げる必要なんてないだろ。ここで始末しちまおう」
「……それは構わねえけど、大ごとになっちまうからなぁ」
「もう見つかってる時点で大事でしょ。無理に逃げて居場所嗅ぎまわられるよりも、殺した方が得策だ」
「だから何なんだよ、あいつらは!」
俺だけ話についていけてないじゃんよ!二人がああ言うってことは、やっぱ悪魔に何かしら関係ある奴らであることは間違いない。
「光太郎、あいつらはヴァチカンから派遣されたエクソシストだ。エンブレムからして間違いないな」
「エクソ、シスト……」
テレビや漫画でなら聞いた事がある単語。悪魔祓い師……それが目の前にいる。
でも普通の人間にしか見えない。とても強そうとか、そんなものは感じない。とてもじゃないが、シトリーとヴォラクに対抗できるかと聞かれたら答えは否だ。
「(……探し物ではなかったが、当たりと言えば当たりか。私たちの前に姿を現すことだ)」
男の声が聞こえて、反応するようにシトリーとヴォラクが出て行った。
つられて出ていって、はっきりと男女の顔が分かった。こいつらがヴァチカンから派遣されたエクソシスト……悪魔たちの天敵。
「(初めましてと言うべきかな?我が名はブラザー・ペテロ。ノアの方舟の一員だ)」
「(あーね。あんたがノアの方舟か。噂はかねがね)」
英語で会話を交わす二人の後ろには少女がこちらを見据えていた。表情を変えない少し薄気味悪い女、年齢は俺と変わらないくらいだろうか?
そしてブラザー・ペテロって名乗った男が鞭を取り出した。え、なに?ここで戦うの?どう言う事?俺も一緒に殺されちゃうのか?
「(何人たりとも教皇のお考えの邪魔立てはできぬ。薄汚き者よ、神の裁きを受けるがいい)」
「(神の裁き?笑えるね。人間が神を気取るな、虫唾が走る)」
ヴォラクのどすの利いた低い声が響き、両者が睨み合う。
そんな睨み合いが続いているのに、女の子はそっちには目もくれずに俺の方を凝視している。
気まずくて視線をそらしてるけど、一体なんなんだろう?
「(……契約者、見つけたわ。連れて帰らないと)」