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第37話 頑張る理由

 結局行くしかないのかな……あんな怖い所に、六大公の所に。

 パイモンに怒られた事を思い出したら、理不尽な仕打ちと情けなさと悔しさで再び目に熱が集中し、鼻をぐしっと鳴らしタオルで目元を乱暴に拭いてベッドに倒れこんだ。どうして俺はこんなに意気地がないんだろう。結局しなきゃいけないのに、いつになったら戦うことに慣れるんだろう?

 そもそもどうして俺ってここまで頑張ってるんだろう。



 37 頑張る理由



 数十分経過したのかな?ぼんやりと天井を見たまま動かずにいたら、不意に扉が開く音がした。ストラスが帰ってきたんだろうか。それにしてはドスドスと歩いてくる音が聞こえてくるからストラスじゃない。母さんだろうか?


 「何?飯できたの?」

 「何言ってんの?」


 変声期前の高い声が室内に響き、顔をあげると、そこには直哉が立っていた。


 何か用でもあったんだろうかと思ってベッドから起き上がろうとしたが、泣いて目元が腫れていたら恥ずかしいため、ベッドに転がったままで話す事に決めた。


 直哉はただ漫画を読みに来ただけの様で、床に腰を下ろして本棚から数冊の漫画を手に取り、その場で読み出した。


 今は居て欲しくないのにな……そう思いながら直哉の背中をまじまじと見つめる。


 小学校六年になって一気に身長が高くなった。まだまだ可愛らしいといえば可愛らしいけど、五年生の時に比べたら随分言動もしっかりしてきた気がする。


 「直哉も着実に大人になっていってんだよなー」

 「はあ?」

 「いや、こっちの事」

 「……なんかあったの?」


 漫画から視線を動かさず、あくまでも平静を装った声で直哉が問いかける。でも多分直哉は分かってる、何かあったから俺が部屋に引きこもってるんだって事。漫画を読みたいなんて言うのは真っ赤な嘘だってことも分かってしまう。


 返事をするまで待つつもりらしく、話聞いてた?って言う突っ込みは聞こえてこず、漫画をめくるページだけが室内に響く。もう言ってしまおうか。


 「理不尽だなーって思ったんだよ」

 「何に?」

 「悪魔を倒す事に。なんで俺達がこんなに頑張ってるのにさ、世界中のほとんどの人はそれを知らないし、知る必要も無い。そんな人たちの為に危険な目に遭ってまで頑張らなきゃいけないって理不尽だと思った」


 言い方だけだと酷い人間のように感じるかもしれない。でもこれは本当の気持ちだ、別に顔も名前も見た事のない人を命をかけてまで助けようとは思わない。そりゃ目の前で悪魔に襲われてたら助けなきゃって思うけど、どこか見えない所で殺されてても可哀想、残念だったぐらいしか思わない。


 所詮そんな程度の気持ちでいるのに、人類を守るなんて夢のまた夢だ。戦いたくもないし、死にたくも無い。ましてや悪魔になんかなりたくない。


 「じゃあ逃げればいいじゃん。逃げて普通の家族しようよ」

 「直哉?」

 「今までどおり普通にしようよ。兄ちゃんが指輪を手に入れる前までの……どうせ死ぬ時は皆死ぬんだろ?自分達だけじゃないんだ、怖いけど仕方ないってなるよ」


 冷静に淡々と直哉は返事をした。そして逃げてしまえ、と。


 その言葉はすごく魅力的で、今すぐにでもそれに縋り付きたいと思ってしまった。でもそれと同時に、こうやって逃げ道をくれる直哉を悪魔なんて最低な生き物に殺される未来が来て欲しくないと強く思った。


 直哉には普通に、普通の人間として幸せに生きて欲しい。自分が失くしてしまった物を直哉にまで背負わせるのだけは嫌だった。


 「……俺ってやっぱ弟思いのいい兄ちゃんなんだよな」

 「じゃあこの漫画の八巻買ってきてよ。なんで九巻あるのに八巻ないんだよ」

 「貸してるんだよそれ」


 残念そうにして直哉は再び漫画に視線を戻すも、その手は少しだけ震えていた。


 それを見たら更に直哉を守りたいって気持ちが強くなる。自分よりも幼くて弱い存在の直哉を。その為に自分より幼い子供が人殺しとして活躍している国に行かなくちゃ行けない。辛い現実を見なくちゃいけない……それでも直哉を救う為なら。


 携帯を開いて光太郎に連絡を送る。やっぱり自分は行くと。それに澪を一人だけ行かすわけにはいかないし、最初からこの選択しかなかったんだろう。


 「あ、ストラスだ」


 直哉の声が聞こえて携帯に向けていた視線をずらすと、そこにはちょこんとストラスが立っていた。直哉が漫画を床に置いてストラスに手を伸ばすと、ストラスは一直線に直哉の元に飛んでいった。

 しばらく直哉とじゃれた後、少し気まずそうにこちらに視線を向けた。


 『拓也、私たちは今週の土曜の午前六時に向かう事にしました。澪からも了承は得ました』


 体が硬直した。直哉もなんとなく意味が分かったんだろう、先ほどまでの笑顔は一瞬で消えてしまった。

 さっき行く決意を固めたのに時間を言われた瞬間、追い詰められた感覚がする。しかも澪からも了承を取ってるって事は澪は行くことを決意したんだろう。無理やり脅したのか、それとも……


 「俺も行く、澪一人だけとか行かせられない」

 『……怖いのではないのですか?』

 「怖くたって行かなくちゃいけないんだろ。今更そんな事聞くなよ、答えなんか分かってるだろ」


 八つ当たりだと分かっていても、少しきつい言葉を浴びせればストラスは黙った。それを確認してから光太郎に送ろうとしていたメッセージに文章を付け足す。土曜の朝六時に行くって事を。

 その日、光太郎からの返信は来なかった。


 ***


 行くのは勿論学校がない日だから必然的に土曜日と日曜日の二日を使うことになった。今日が木曜だから金曜までに本当の意味で覚悟を固めなきゃいけない。


 危ない場所に行くこと、そこの現状を見ること、命を狙われる可能性が高いこと、挙げたらきりがないけど逃げられないんだ。澪は俺が守らなきゃいけない、アスモデウスじゃなくて俺が。


 夕飯を食いに来てた澪を呼んで部屋に二人きりになった時に話を切り出してみた。


 「澪はさ、本当に行くのか?」

 「決めたから」


 ……澪ってもしかして俺より度胸ある?全然迷いなく即答されたんですけど。


 「だってアスモデウスがいるもん。アスモがあたしを守ってくれるから」


 なんかそれ面白くない。

 

 なんだって澪はそんなにアスモデウスを信頼するようになったんだろう。だって自分の先祖が不幸になった原因を作った悪魔なのに、そんな奴をここまで信頼するっておかしくない?って言えたらいいのになぁ……


 結局チキンな自分にはそんなケンカを売るようなことは言えず、そっか。とだけ言って携帯に目を向けた。光太郎も覚悟を決めたのか行くと言う返事が返ってきて、今回は全員で挑むことが確定して息を飲む。相手にとって不足なしだ。


 俺だってどうしようもなくなったらサタナエルの力を使うことだって惜しまない。フォカロルの時みたいに完敗するのだけは御免だ。


 悪魔アモンを倒したら向こうだって焦り始めるだろ。だって相手はソロモンの悪魔の中でも格段に強いって言われてる六大公の一匹なんだから。そいつをこてんぱんにしてルシファーの鼻の穴を開かしてやる。


 「拓也、今回はおばさん達に自分が行くとこ伝えてた方がいいよ」

 「なんで?母さんがどんだけ心配性か澪知ってんじゃん。部屋から出してもらえなくなっちゃうよ」

 「そっか……ただそう思っただけだから、気にしないで」


 こんなことを母さんに言ったら、どんな理由であっても母さんは俺をメキシコには行かせないだろう。逆の立場だったら俺だって行かせないと思う、直哉が行くって言ったら殴ってでも監禁してでも止めるだろう。


 それほど危険な場所に行くんだ。今だって怖いし、震えは止まらない。でもパイモン達が守ってくれるよな……大丈夫なんだよな。


 ***


 『拓也、一大事です』

 「うぎゃっ!」


 こ、こいつ……まだ朝の六時じゃないか!明日悪魔を退治しに行くんだ、眠るぐらいさせてくれたっていいじゃないか!


 ストラスに叩き起こされて渋々ベッドから起き上がり、文句をつけようとしたけど血相を変えているストラスに何も言えなくなった。何があったんだろう?


 ストラスは深呼吸した後、いつもの冷静さを頑張って保つかのように語った。


 『最大大手のマフィアが……たった一夜でほぼ壊滅状態にまで追い込まれました』

 「え?」

 『この短い時間にそこまで大それた事ができるはずがない。確実に内部のメンバーが悪魔と契約しているかと……』

 「分かってるのか……名前は?」

 『私たちの調べて出てきた者は一人……トーマス・モレッティ。四歳で両親にマフィアへ売られ、暗殺者として働いている十五歳の少年です』


 全身に鳥肌が立ち、さっきまで覆っていた眠気は一瞬ですっ飛んでしまった。


 十五歳の少年がマフィアをほぼ壊滅状態にまで追い込んだ……いや、四歳からその子は暗殺者として人を殺しながら生きていた。


 でもストラスが慌てていたのはこれが原因じゃなかったようで、服の袖を咥えられておぼつかない足取りでリビングに向かうと、父さんと母さんが真剣な表情でテレビと向き合っていた。


 なになに?芸能情報で面白いのでもあったの?


 そう茶化そうとしたけど、画面に映っていた“それ”に何も言えなくなってしまった。


 「な、んだ……これ」


 朝の報道番組の右上のテロップには未確認生物発見か!?口から火を噴く生物!と言う、何とも朝に相応しくないUMA情報が流れていた。

 でもそれを笑って見る事はできなかった。


 「これ……」

 『遂に世界に報道されてしまいました。私たち悪魔の姿が……この男こそソロモン七十二柱の六大公が一角アモン。この様な形で貴方の目に入ることだけは避けたかった。そして彼の後ろにいる少年が映っているでしょう。彼がトーマス、私たちもこの映像でこの少年が今回の事件の首謀者だと判断しました』


 画面の隅に映っている少年。俺からしたら悪魔から逃げているようにしか見えないけど、本当にこの子が契約者なのか!?


 「でもこの映像じゃ逃げてるようにしか……」

 『彼の腰にぶら下がっている鞘……あれこそアモンの契約石、カルセドニーの鞘です。この少年は逃げるふりをしているだけに過ぎない。自身が主犯格だと言う事実を隠すために。彼は間違いなくアモンと結託している』

 「……この事は内部の人間は知ってるのか?」

 『いえ、恐らくこの少年は賢い。今までのどの契約者よりも……自ら犯人だとばれる行為はしないでしょう。どさくさに紛れて抜ける算段をしているはずです』


 日本にまで届いているニュース……そこに映っていたのは間違いなく悪魔だった。不幸中の幸いなのか契約者の姿は小さくしか映っていなかったが、悪魔が炎を操って威嚇している姿がテレビに映されていてた。


 この火を噴く悪魔がアモン……


 テレビではメキシコのこのニュースを大々的に放送し、この悪魔がCGじゃないかをアナウンサーが学者に質問しているのを見て、慌てて携帯で検索サイトを開くと、トップニュースとして大々的に載っていた。


 勿論こんな一大ニュースをネットの奴らが見逃すはずがなく、掲示板のスレもSNSもお祭り騒ぎだ。遂に悪魔が現れた、はっきりとした映像が出されたって。


 “悪魔マジでかっけー!こいつはなんの悪魔だ!?”

 “特徴と見た目からソロモンの悪魔アモンって奴でしょ?怖すぎる!”

 “悪魔って本当にいたのかよ…じゃあ最後の審判も本当に起こるのか?今まで遊び半分で書き込んでたけどこれは洒落にならねえだろ”

 “この映像はどう見てもCGじゃねーだろ。やべーだろこれどうすんの”

 “ヴァチカン市国のエクソシストが今日会見を開くってよ”

 “やった!これで勝てる”

 “いやいや無理だろ。エクソシストの悪魔祓いとかただの精神疾患患者治療レベルだろ。こんな火噴く奴をあんな十字架1本でどうやって戦うんだよ?刺すのかよ?せめて軍を投入してくれよ”

 "ネットにアメリカ外務相が万が一は核戦争って話した文書が公開されてるぞ”

 “噂ではイルミナティが関与してるって話。あいつらってエクソシストと対立してる組織だよな?”

 “漫画とかじゃな。実際いるかもわかんねえし。でもこの映像がガチだとしたらどこに逃げればいいのか分からなくなった。本当に審判が起こったら俺たち皆死ぬぞ。天使と悪魔に殺される。”

 “本当の意味で世界が終わる瞬間に立ち会うんだな”


 スレは異常に伸びていき、SNSもトレンド一位になっている。そして分かった事はエクソシストが今日会見を開く予定なんだそうだ、今回の映像流出の件についてなんだろうけどな。

 どうしよう、ますます動きづらくなってきたよ……


 「ストラス……」

 『最悪の展開になっていっている気がします。この核戦争と言う内容が本物ならば悪魔、天使、人類、三つ巴のかつてない大戦争になるでしょう。しかしこのようなハッキリとした映像が流出すればエクソシスト協会も黙っている訳にはいかないでしょうね……この協会に教徒たちから救いを求める声が殺到しているという話は聞きましたし』

 「それにイルミナティって何?初めて聞いたよ」

 『イルミナティ……名前だけなら聞いたことがあります。悪魔を崇拝する組織です。彼らは間違いなく実在し、エクソシストと対立している。過去にヴァチカンの司教が行った会見で彼らの存在をほのめかす発言もしていましたからね』


 悪魔の存在がどんどん明るみになっていく。悪魔だけじゃない、エクソシストとかイルミナティとか訳が分からない。でも俺たち以外にも悪魔と天使の存在を知って陰で行動している人たちがいるんだ。


 少し前まで自分たちだけが悪魔の存在を知って戦っているのは不公平だと思ってた。みんなが知ればいいんだって思ってた。でも違う、それは混乱しか招かない。


 本当に核戦争とかになれば、このスレの奴の言うとおり世界は本当に終わってしまうだろう。


 でもエクソシスト協会ってなんなんだ?漫画や映画でならエクソシストって単語は聞いたこともあるし、どんな職業かも大体わかる。実際のエクソシストはどんな事をして悪魔と戦ってるんだ……それと対立してるイルミナティは?


 分からないことだらけだ。



 ― 人類に勝ち目なんかないよ。

 ― だって人類は所詮悪魔と天使の創造物なんだから。


 ― 創造主に勝てる訳がないだろう?




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