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第35話 血まみれの少年

変換による文字化けの都合上、舞台が海外ですが日本語表記しかありません。

海外の人間の台詞は「(日本語台詞)」と言う形で表記しています。

 ?side -


 「(た、助けてください。命だけは……命だけは!今度はあんた達の所で買うよ!だからっ……)」

 「(それを俺に言っても意味は無い。俺は下っ端で、ただの雇われ暗殺者だ)」


 ナイフを少しだけずらせば、それまで付いていた筈の男の首が胴から離れた。悲鳴を上げる間もなく、目を見開いたままの首が足元に転がる。


 それを体ごとサッカーボールの様に蹴って転がしながら目の前にある川に蹴り捨てた。これで仕事は終わりだ。今日も最低最悪の一日だったが何とか生き延びれた。明日もきっと最低最悪の一日なんだろう。


 「(くだらねえな……何もかも)」


 自分の仕事が終わり、返り血がつかない為に上に着ていたフード付きの服を脱いで街中を歩く。真夜中で暗い路地では、血がついた服を持っていても人々が気付く事はなく、その足でアジトに戻っても良かったがその気にはならず、近くの路地裏に足を運ばせ、ポケットからタバコを取り出した。


 ライターでタバコに火を灯すと、何とも言えない安心感が全身を包み込み、やっと腹の底から息をつくことができた気がした。今回も上手くやった、あの死体が見つかるには時間がかかるはずだし、この調子で行けば、こっちも楽になる。


 そのままタバコを吸いながら一息ついていれば、一人の少女が路地裏に入ってきた。金色の長い髪に、色素の薄い目、白い肌、しなやかな体……世間一般で言う美しい部類に入るであろう目の前の白人の少女は、俺の同僚でもあった。


 「(よおリア)」

 「(……体に悪いわよ。まだ十五の癖に)」


 リアはタバコの臭いがあまり好きではない、いつも吸っている姿を見つけたらこうやってうるさく説教してくるのだ。そんな純情ぶる人間じゃないだろう俺たちは。


 お前だって臭いには慣れているはずだ、毎晩金属で身を包んだ欲にまみれた親父たちに可愛がられているのに。慣れないと商売になりはしないのにリアがタバコに慣れる姿は見られない、わざとなのか……それとも。


 言われた通り、タバコを吸うのを止めて足元に落とし踏み潰す。リアはその光景を黙って眺めていた。


 「 (一々うるせえよお前。好きにさせろよ。お前と違って、こっちはいつ死ぬか分かんねえんだ。思い残す事は少なくしておきたい)」

 「(そんなの無理よ。私達は思い残す事の方が多すぎるから)」


 淡々と言ってのけたリアだったが、その目は悲しげだ。それもそうか、世間一般で言えば、俺達は可哀想な子供って奴なんだ。俺は幼い頃に母親に売られた。雀の涙ほどの金額で。そこで待っていたのは暗殺者としての訓練。五歳の頃に初めて銃を手にとって戦い始めた。全ては生きるため、ボスに殺されない為。ただそれだけだった。


 リアも俺と同じ暗殺者だ。アメリカから家族旅行でこっちに来ていたリアは家族とはぐれた一瞬の隙に誘拐された。それ以来、家族の所には戻れず、こうやって闇の世界に生きている。


 そしてリアはその容姿から麻薬を買いに来る客と体の繋がりをボスに強要されている、いわゆる性接待って奴だ。だがその分、リアは上の人間や客にとっても大切な商品だから、リサイクル駒と言われる使い捨ての俺と違って上からの加護があるし、暗殺業も簡単な物しか参加しない。


 ややこしい仕事は俺たち男のガキの仕事だ。


 「(今日も最低最悪の一日だった。明日は少しはマシな一日になってるといいんだけどな)」

 「(トーマスの言うマシな一日ってどんな?)」


 そう言われてすぐには答えられなかった。最低最悪の一日を毎日繰り返してマシな一日だったと感じたことは一度もない。何もかもがどうでもよくて常に虚無が体にまとわりついている。


 大量の札束もエロい女も、頭がぶっ飛んじまうほどの麻薬や覚せい剤が目の前にあっても、きっと俺にとってマシな一日になりはしない。


 「(わかんね。こうやってタバコ吸って、日がな一日日向ぼっこでもしてたらマシなのかもな)」

 「(なんだかおじいちゃんみたい)」

 「(麻薬にタバコ、暗殺作業、体はボロボロだよ。どうせこの生活してたら三十まで生きられねえよ)」


 俺の言葉にリアは表情を凍らせた。そりゃ寂しいよな、俺達の同期なんてもう数えるほどしかいない。最初はあれだけ身を寄せ合って慰めあっていたのに、優しくていい奴から死んでいく。


 残ったのは俺達みたいな全てを捨てて、ただ息を吸って飯を食うだけの生きた屍だけだ。


 リアとこれ以上話をする内容もなくなったため、相手がいなくなることを期待してもう一本タバコを吸おうとポケットに伸ばした手はリアによって遮られた。


 持っていかれた自分の手が相手の胸に沈んでいき、柔らかさと弾力に少しだけ目が覚めた。なんのつもりか知らないが、リアは娼婦の表情をしている。俺を誘っているつもりか?


 むかついたから手に力を込めて無駄にデカくなっている胸を思いきり掴むと痛みで表情を崩した。


 「(クソビッチ。俺を誘惑するくらいなら金になることしろよ)」

 「(……マシな一日にしてあげようと思って)」

 「(体売るしかねえもんなお前は)」


 その言葉にリアは小さく笑って「そうだね」と呟き、踵を返す。


 今日は隣国からの客が来る。リアは恐らく性欲処理として使われて、今日はアジトには戻らないだろう。なんだか今更ながらヤレる機会を逃したことを後悔した。


 リアがいなくなり静寂が再び包み込み、その中に混じって雑談する男女の声が遠くにハッキリと聞こえる。こんな夜中に歩くなんて馬鹿な奴らだ。ここら一体は無法地帯、どんな目に遭っても文句は言えねえっつーのによ。


 真っ暗な闇夜に低いしわがれた声が聞こえてくる。その声に辟易する。最近聞こえてくるようになった謎の声。最初は訳が分からなかったが、今ではいい話し相手だ。薬の影響で幻聴でも聞こえてんのかな?俺も末期って事だ、長くは無いだろう。


 「(またお前か)」

 『(今宵も見事な見世物だった。凶器と殺戮が支配する街、中々刺激的な場所だ)』

 「(ははっ……ばーか。ここは無法地帯なんだよ、この場所では殺人が許される)」

 『(ああ、魅力的な場所だ。地獄のような世界)』


 例えるならそうなのかもしれないな。決して安全とは言い難い。


 でもこの場所で生きている人間は大勢いる、自分だってその一人だ。理由は簡単、俺がこの場所で生まれ、この場所から外に出れる金も身分も無いからだ。この泥沼の戦争の世界の中で永久に死ぬまで働かさせられて最後は無様に死ぬ。本当に滑稽だ。


 表の顔はリゾート地として有名らしいが、その恩恵を受けているのは僅かな人数だ。国として困窮しているこの国ではこの仕事は一大ビジネスだ。今まで何度、介入しようとした政府を沈めてきたか。


 「(観光だけで食っていけるほど、経済発展してない国でね。麻薬は今や一大ビジネスなんだよ)」

 『(面白い、実に面白い)』

 「(ああ面白いな。馬鹿馬鹿しいほどに面白いよ)」


 再びタバコに火を灯し、口に入れる。そんな馬鹿馬鹿しい世界から抜け出せない自分はもっと馬鹿馬鹿しくて惨めな存在なんだ。


 足を洗う事なんて許されない、逃げたら待っているのは追っ手からの死だけ。一度入ったら出られない。俺は、一人の時にいつも考えている。


 ― 父さんと母さんはなぜ、俺を産んだんだろう。


 子供を雀の涙ほどの額でマフィアに売って得た金で何をしたかったんだろう。一年生活するにも足りない程度の金額だったと俺を買い取った男は毎日言っていた。生きている価値もないお前に価値をつくってやると。


 でも、俺はいつも思っていた。なぜ俺を産んだのだろうと。俺を不幸にするためだけに産んだのならば最低な両親だと思った。こんな場所で生きていくのなら産まれてこない方がマシだと。意識がないうちに殺してほしかったと思っていた。


 『(この国は初めてだが、いい場所に召喚されたものだ。しばらく腰を落ち着けるのにちょうどいい)』

 「(そうかい。ようこそ麻薬と殺戮、狂気が入り混じる国、メキシコへ)」


 こんな場所でマシな一日を掴むのは、どうすればいいんだろうな。



 35 血まみれの少年



 拓也side ―


 「悪魔見つかったって、前お前が探しに行くっつってた所か?」


 直哉が悪魔の能力に目覚めて数日が経過した。今のところはラウムの能力には目覚めておらず注意をしながらも問題なく学校生活を送れているようで安心した矢先だった。ストラスから悪魔を見つけたという報告を受けたのは。


 世界中飛び回って探していたんだ、今度こそお目当ての奴が見つかったんだろう。でも中々言い出さないのは勿体ぶってるのか、それほどの大物なのかは分からないが……雰囲気的にやばそうな奴だろう。悪魔なんかほとんどがやばい奴だけどさ。


 その空気を壊す為に明るい空気を作ろうと、自分にできる最大限の明るい声と表情でストラスの羽毛を荒らす。


 『こ、こら止めなさい!ムギャー!』

 「ひっでー顔!勿体ぶってねーで、さっさと言え」


 ストラスの羽毛を荒らすだけ荒らして、放置すれば、羽毛を戻す為にストラスは毛づくろいに入ってしまった。これじゃますます話しを聞き出せないじゃないか。

 辛抱強く待っててやると、毛づくろいを終わらせたストラスが振り返る。その目はさっきと同じ、真剣そのものだ。


 『新たな悪魔が見つかりました。場所はメキシコです』


 南米の国だよな?この間ベネズエラに行ったって言うのに、今度はメキシコか。南米の所要な所、このままだったら制覇できそうな気がする。でもメキシコっつったらリゾート地があるとこだよな。旅行代理店で普通にパンフレットとかあるし。


 カンクン、だっけ?海が綺麗な所もあるみたいだし、そんな所で悪魔と契約してる奴がいるんだな。ストラスの表情は相変わらず硬い。まだ他に言う事があるんだろうか?


 俺が海外だって言う事にあんまり驚かなかったから、こいつ的には面白くなかったのかな?だったら空気読めなくて申し訳ない。


 『随分と平気そうな顔ですね。もっと怖がるかと思いましたよ』

 「どこに怖がる要素があるんだよ。リゾート地じゃん」


 マラカス振った陽気なおっさんの国だろ?


 そう笑って答えた俺にストラスの目が丸くなる。あれ、もしかしてカンクンってメキシコじゃなかった?マラカスも?だったらどこの国なんだ!?うわーやべー!めっちゃ知ったかして恥かいた!


 顔を赤くして言い訳する俺をストラスは冷めた目で見ている。止めてその目傷つくから!


 『……日本ではあまり大きく報道はされていませんからね。仕方ないのかもしれませんが……拓也、メキシコは今まで貴方が悪魔退治をしに行った国のどこよりも恐ろしい国ですよ』

 「恐ろしい国?」


 全く想像ができない。それに今まで悪魔退治をしに行った国のどこよりも恐ろしいって……一体どういうことなんだ?


 俺はエジプトでは武装集団の、イタリアではマフィアの人質にされかけて実際銃も向けられた。その二カ国よりも危険な国があるんだろうか?ストラスは日本では大きく報道されてないって言ってるけど、メキシコが戦争してるとか、そう言うのは無いんだろ?


 だったらどうして目の前のフクロウは険しい表情を崩さないのか。


 『拓也、メキシコは現在“麻薬戦争”と呼ばれる紛争が多発している国なのです。カルテルと呼ばれるマフィア同士の殺し合いが激化し、一般人にも毎年数千人の犠牲者が出ている』

 「は?な、なんで……」

 『元の原因はアメリカとコロンビアです。アメリカが大麻をコロンビアから大量に輸入したのが始まりだった。コロンビアはアメリカの依頼を受け、麻薬の大量生産を始めた』


 それがどうしてメキシコに繋がるんだろうか。あ、でもベネズエラで悪魔を倒しに行った時も、契約者はコロンビア出身の男で、その時にチラッとコロンビアとベネズエラのことを調べたらベネズエラの首都のカラカスは極悪都市って書かれてたな。光太郎と震えあがったのを覚えている。


 日本が治安がいいから、どこもあんまり良くないように感じてしまう。


 『しかしコロンビア政府が軍を投入し、麻薬栽培を一掃したのです。その事から生産地はコロンビアからメキシコに移された。元々アメリカへ密輸入する際に通らなければならない国だったので、すぐにメキシコは今の地位に上り詰めた』

 「で、でもさ……それで一般人が巻き込まれるのは理由になってないって言うかさ……戦争とかも訳分かんないし」

 『今度はアメリカが麻薬に対する法規制を強めたのです。次第に客が減り、その事からメキシコの麻薬栽培業者間で顧客の取り合いに発展しだした。それが今のカルテル……マフィアの始まりです。彼らは対抗勢力の幹部や顧客、その家族、一般人までも殺害し、お互いのマフィアを潰そうとしている』


 なんだかすごく寒くなってきた。メキシコの内情は日本ではほとんど放送されないため、そんなの知りもしなかった。でもストラスの話には続きがあった。


 『その内部には暗殺業を営む者が多数います。そしてその30%が十六歳未満の子供たちです』

 「嘘だろ……」

 『メキシコでは十六歳以下の子供は、どんな罪を犯しても三年の刑期で出所できます。一人殺しても百人殺しても……その事から彼らは“リサイクル駒”と呼ばれ、幼い頃から暗殺業を徹底的に仕込まれるのです。四歳で麻薬売買を強制させられる子供、誘拐や親に売られて暗殺者として育てられる子供、様々なのですよ』

 「だからって」

 『だからこそ貴方には覚悟をして望んでいただきたいのです。十七歳の貴方よりも年下の子供たちが暗殺者として動いている国の実態を』


 どうしてそんなことを俺に言うんだろう。そんなことを言われたら、嫌でも意識してしまうし、同情してしまう。そんな事になったらこっちが殺されるかもしれないのに……

 メキシコだってコロンビアみたいに軍を投入すればいいんだよ。そうしたら麻薬戦争なんてきっと無くなる。政府が黙認してるからいけないんだ。


 「何で俺に言うんだよ……政府が軍出せばメキシコだって……」

 『今の勢力は軍を投入しても制圧できない所まできている。マフィアの中には元特殊部隊や警官、議員の関係者など様々です。軍や政府の中にもスパイがいる。制圧を考えていた事が彼らに伝われば、その者達や家族、親戚、友人まで皆殺しの世界ですからね』

 「そんな……」


 怖すぎる、メキシコがそんなに恐ろしい所だって言うのを知らなかった。


 なんでそんな危険な所の旅行パンフレットなんかあるんだろう。行ったら殺されるかもしれないじゃないか。でもそれと同時に分かった、ストラス達が調べに行きたいと言っていた場所はメキシコだったんだ。ここになら絶対に悪魔と契約してる奴がいるって踏んでたのかもしれない。


 そうだろうな、イタリアでもマフィアの幹部が悪魔サロスと契約してたんだ。こんな泥沼の世界だったら絶対に契約してる人間がいるはずだ。生き残る為に……どうしよう、怖くて行きたくないな。


 でも行かなきゃ行けないんだろう。また辛い物を見る事になる。


 どうして逃げられないんだろう。


 怖い物を怖いと言って逃げて何が悪いんだろう?誰だって犯罪者と会うかもしれないって言われたら、その道を通らないだろ?


 なのにどうして俺は逃げる事ができないんだろう。



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